あなたが私を抱くのは、私を愛しているからではない。
むしろ、あなたは私を憎んでいるのだ。
何故なら。
これは恋ではないのだから。
真夜中、総司は褥の中でふと目を覚ました。
先ほどまで抱かれていたため、まだ腰奥がけだるく熱い。背後からまわされた男の腕がゆるく腰を抱いているのに、総司はちょっと息をつめた。
彼はぐっすり眠っているらしい。
その規則正しい寝息が、柔らかく項にふれた。
(……こんなにも近くにいるのに)
総司は男の腕の中で、そっと吐息をもらした。
いったい、この人は私に何を求めようというのか……?
愛している訳でもないくせに、私を抱いて。
私に、愛してると囁いて。
だけど、いつでも、その瞳があなたの言葉も行為も裏切っている。
あなたは私を憎んでいるのだ。
そのことに気づいたのは、いつだったのか。もしかすると、初めてあなたに抱かれた時なのかもしれない。
ならば、どうして、私はあなたに憎まれなければならないのか。
答えは簡単だ。
この人が昔から求めてきたものを全部、私が難なく手に入れているからだ。
武家の出であることも。
剣士として優れ、天才とまで持て囃される事も。
この京に上る前、私の前に用意されていた出世の道も。
そのくせ、私はそれに興味も関心ももたない。そのことが、あなたには腹ただしいのだ。憎くてたまらないのだ。
だから、あなたは私を抱く。
私を抱いて、私を征服することで、自分の気持ちが満たされるために。
でも、私があなたを惨めだと思わないのは、あなたがそれだけの男じゃないからだ。
あなたはそうして私を征服しながら、自らの力を確かめようとする。私を支配し、征服し、独占することで。
もう、そんな必要もないのに。
あなたは誰からも求められ、一人の特別な男として認められているのに。
否、今だけじゃない。そう……昔からだ。
私の前に初めて現れた時から、あなたは誰よりも特別だった。
漲るような力で、どんな武士にも負けない誇り高さで、その真摯な黒い瞳で、私を圧倒した。そして、惹きつけた。
私などに囚われる必要もない。私などを羨む必要もない。
あなたこそ、いつだって、私が望むすべてを手にしていたのに……。
だけど、私は絶対そんな事をあなたに告げたりしない。
云えばきっと、あなたは目が覚めてしまう。私をふり向きもしなくなる。
だから、私はあなたを騙しつづける。あなたがどんなに求めても冷たく拒絶し、嘲り、軽蔑しつづける。
あなたのように誇り高い男にとって、耐えがたい屈辱だろう。
けれど、私は望む。
惨めに地へ這ってでも、私を求めればいい──と。
そうして、あなたは、こんな汚い何ももたない私に縋りつき、愛してると何度も囁いてくる。
どうか、わかって欲しい、愛しているのだと。
でも、私は黙って微笑むだけ。
あなたに愛の言葉を与えてはあげない。そんな事をすれば、たちまち、あなたは私から去ってしまう。あなたは完全に手に入れたものに対して、すぐに興味を失うのだ。
誰のことも、本当は愛したことなどない男。
いつでも、あなたは自分のことしか愛してないのだから。
……愛してる。
優しいあなたも、皆から恐れられるあなたも、こうして夜、私に縋りついてくる可哀想なあなたも。
ずっとずっと誰よりも。
愛してる。
だけど、それは絶対に告げない。告げてはいけない。
あなたを永遠に私に繋ぎとめるために。
見えない鎖であなたを繋いでおくために。
総司はそっと吐息をもらした。
すると、不意に、土方の腕がその華奢な躯を優しく抱きよせた。髪に彼の唇がふれる。
「……眠れないのか」
そう訊ねられ、総司は小さく首をふった。
「大丈夫です……ごめんなさい」
「水でももってきてやろうか?」
「本当に何ともありません。もう休みますから」
「そうか……おやすみ」
「おやすみなさい……」
何という事もない会話をかわした。
再び眠りにおちてゆく愛しい男を、そのぬくもりを、総司は背中で感じた。とたん、ふと涙がこぼれそうになった。
だが、それを総司はいつものように呑み込んだ。己の奥の中にたまった悲しみと苦しみで濁った黒い闇に落としこんで。
彼の腕に抱かれながら、総司は静かに目を閉じた。
あなたが私を抱くのは、私を愛しているからではない。
むしろ、あなたは私を憎んでいるのだ。
何故なら。
これは恋ではないのだから。
だけど、でも。
私は時々、あなたに愛されたくなる。
愛して欲しいと願ってしまう。
これも。
永遠に告げられるはずのない、願いだけれど……。
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