おまえが俺に抱かれるのは、俺を愛しているからではない。
 むしろ、おまえは俺を憎んでいるのだ。
 何故なら。
 これは恋ではないのだから。

 

 


 
 艶やかな髪をすくいとり、口づけた。
「……愛してるよ」
 そう囁くと、冷たく澄んだ瞳が土方を見返した。それに目眩のような感情を覚えながら、 土方はゆっくりとその華奢な躯を褥に横たえた。
 さらさらと髪が褥にこぼれ、白い両腕が彼の首をゆっくりとかき抱いた。
「……土方さん……」
 ふと、その仕草に笑いがこみあげた。
 どこかで聞いた話だった。男を殺すつもりの女が使う手管だ。小柄を忍ばせた片手で男の首をかき抱き、男が油断した瞬間に、一刺し。よくある話だと笑った事もあったが、こんな時に思い出すとは。
 だが、俺たちには似合いの光景ではないか──?
 そんな事を考えながら、土方は総司の首筋に胸もとに唇を押しあてた。とたん、甘いため息がその桜色の唇からもれる。
 それに、少しだけ土方は満足した。

 

 初めて抱いたのは、総司がまだ十六の時だった。
 合意では全くなかった。あれは抱いたというより、犯しただ。それも、幼い総司の躯を無理やり押さえつけ、凌辱した。あの時の痛々しい悲鳴、泣き声は今でも忘れない。
 あの時の俺は狂っていた。
 すべてが思いのままにならず、己の存在意義さえ理解できず。そして、その歪んだ絶望を苦しみを、幼い総司に叩きつけたのだ。
 なぜ、それが総司だったのか。
 その理由は今ならわかる。
 総司はあの時、俺が望んでもえられないものを全部、その手にしていたからだ。しかも、それを総司は何とも思っていなかった。総司がある武家の養子として望まれ、それを拒んだと聞いた瞬間、俺を襲ったのは理不尽なまでの怒りと嫉妬だった。
 武士になりたいと望んでも決して叶えられぬ夢。それをやすやすと手にしながら、あっさり投げ捨ててしまった総司。
 あの時、俺は総司を征服することで、何かを得ようとしたのだ。それは、総司がもっているものだったのか、何なのか。
 そのために、もっとも大切なものを失う事になるなど、気づきもせずに──

 

 俺は総司を愛していた。
 だからこそ、抱いたのだが、総司にとってそれは当然の事ながら、憎悪しか生まぬ行為だった。
 あれから何度も躯を重ねたが、総司はいつも抱かれる前の一瞬、俺をひどく冷たい瞳で見つめた。
 それに怯んだり苛立ったこともあったが、今はむしろ、ぞくぞくするような感覚に襲われる。
 俺を憎んでいるおまえを、愛していつくしみ、この腕に抱く甘美な一時。
 いつ自分を殺すともしれぬおまえを抱きながら、俺は何度も思った。
 どうして、こんなふうにしかあれなかったのだろうと。
 わかってる。
 すべて、俺が悪いのだ。
 あの幼い日の優しい思い出も笑顔も、何もかも叩き壊したのはこの俺だ。
 


 決して怒りや嫉妬だけではなかった。
 総司を征服したかったのは、本当だ。だが、それはこの少年を手にいれたいと願ったからだった。
 歪んだ怒りと欲望の裏に、紛れもない総司への激しい愛があった。
 だが、それを総司に告げても、理解されるはずがなかった。俺自身、あまりにも複雑に絡みあってしまった感情を、理解できないのだから。
 それでも、俺は総司を愛していた。
 総司を失ったら、生きてゆけないほど。

 

 ……総司。
 おまえのすべてが手に入るなら、俺は何でもさし出そう。
 この命が欲しいか?
 それとも、俺の下らない矜持か?
 おまえのためなら、俺は何を失ってもかまわない。
 いつまでたっても手に入らないおまえ。
 征服などできるはずもなかった。
 おまえはどんなに俺に穢されても、いつも綺麗に微笑んでいる。
 俺はおまえを見ると、いつも清らかな花を思い出すんだ。
 どんなに雨に濡れても何があっても、美しく咲き誇る花。
 そして、いつか……おまえは昇華するのだろう。花は翼になり、永遠に俺の手のとどかぬ処へ去ってしまうに違いない。
 地上で惨めにすすり泣く俺を残して。

 

 総司、おまえが一瞬でも俺を愛してくれるなら。
 他にはもう何も望まないのに。
 だが、それは永遠に叶えられぬ願いだ。
 おまえはいつも、おまえの愛だけを求めて縋りつく俺を、冷ややかに見つめている。
 心の底まで凍えてしまいそうな瞳で。

 

 ならば、総司。
 俺も最早おまえに愛を求めまい。
 おまえが俺を見つめる時、それが憎しみゆえであればいい。
 おまえに見捨てられるよりは余程ましだ。
 そう、憎めばいい。
 いつか俺を殺してやりたいと、願うほど……。

 

 

 
 そっと抱きしめた腕の中、総司が長い睫毛を伏せた。
 土方はその頬に唇に優しく口づけながら、ゆっくりと躯を揺らした。
 深く深く繋がりながら。
「ぁ……土方…さん……っ」
 濡れた声をあげ、総司が褥をきつく両手で掴んだ。こんな時でも、総司は決して彼の背中に手をまわさない。それがひどく切なかった。
「総司……愛してる」
 熱い吐息の下から囁くと、総司はうっすら目を開いた。
 その綺麗な瞳を見つめ、何度も唇を重ねた。
 深くとけあって。
 この世の誰よりも、大切に愛しく思いながら。
(……愛してる……)
 土方は腕の中にある恋人を抱きしめると、静かに目を閉じた。

 

 

 

 おまえが俺に抱かれるのは、俺を愛しているからではない。
 むしろ、おまえは俺を憎んでいるのだ。
 何故なら。
 これは恋ではないのだから。
 だが、それでも。
 俺は時々、おまえに愛されたくなる。
 一瞬でもいいから。
 おまえに愛されたいと願ってしまう。
 だが、これも永遠に叶わぬ願いなのだろう。
 おまえに愛されたいなどと。
 いつか、おまえに殺される運命の俺には望むべくもないのだから……。



   ……総司、愛してる……



















 

[あとがき]
 正味30分で書き上げたお話です。何かに取り憑かれたように書いてしまいました。こういう緊張感のある刹那的な関係って、好きです。皆様はいかがですか? いつもとかなり違うタイプのお話ですが、こういった感じもお好きな方がいらっしゃれば、一言メッセージで云ってやって下さい。喜んでまた、つづき書くかもしれません(笑)。


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