「着物?」
土方は眉を顰め、総司を見下ろした。
帰宅したところなので、片手はネクタイの結び目にかかっている。しゅっと音をたてて引き抜きながら、あっさり答えた
「そんなもの必要ねぇよ」
「だ、だって」
総司は土方が脱いだスーツの上着を受け取り、甲斐甲斐しくハンガーにかけながら、訴えるように云った。
「小島さんの奥さまって、華道の家元なのでしょう? でもって、お茶会って、日本の茶道の茶会なのでしょう?」
「……そんな情報、誰から仕入れたんだ」
訝しげに問いかける土方に、総司は俯いてしまった。口ごもりつつ答える。
「あの、平助と……斉藤さんと……」
「斉藤?」
驚いたように聞き返してから、土方は得心がいったと云うように舌打ちした。
「えらく急いで飯かきこんでいやがったが、こういう訳か」
「ごめんなさい。何を着ていけばいいのかわからなくて、それで」
「俺に聞けばいいだろう。なんで、斉藤に聞くんだ」
「だ、だって」
まさか、本人相手に、あなたの生活感覚はズレまくっているとは云えるはずもない。
もごもごと口ごもっている総司を、切れの長い目で眺めてから、土方はため息をついた。それから、ぽんっと頭に手をおきながら、云う。
「おまえが着物を着たいなら、買ってやるよ。けど、まぁ……そんな正式な茶会じゃねぇけどな」
「本当?」
「あぁ。別に、茶道の家元がやるとか、そういう事じゃねぇし。まぁ、おまえが着たいなら、着物でも何でも用意してやるけどな」
「着物なんて、そんな簡単に用意できるものじゃないでしょう?」
「そりゃ、簡単じゃねぇが……」
云いかけ、不意に、土方は言葉を途切れさせた。
しばらく考え込んでから、何を思いついたのか、その端正な顔に悪戯っぽい笑みをうかべた。形のよい唇の端をあげ、総司を黒い瞳でじっと見つめてくる。
「な、何?」
思わず聞き返してしまった総司に、土方は微笑んだ。
「いや、何でもねぇよ」
「嘘ばっかり! 絶対何かあるもん、今、何か企んだでしょ」
「企むって、ひでぇ云い草だな。けど、何もねぇよ」
「土方さんっ」
「大丈夫、大丈夫」
妙に上機嫌で答えた土方は、胡乱な目で眺める総司をおいて、さっさと洗面所の方へ行ってしまった。じゃーと手を洗う音が聞こえてくる。
それを聞きながら、総司は、いやな予感にぶるっと身震いした。
絶対、何か企んでいると思った。
あの彼の表情は見覚えがありまくるのだ。何か、とんでもない事を思いついた時の表情だ。
「へんな事じゃなきゃいいんだけど」
総司は服を着替えながら、呟いた。
あっという間に日は過ぎて、今日はそのパーティ兼茶会の日だ。
結局、総司は気にいりの薄手のセーターとボトムスで行く事に決めていたが、土方はそれに何も云わなかった。というより、あれきりパーティについての話は、ぱったりと止んでしまっていたのだ。そのため、総司はもしかすると立ち消えになったのかなと思っていたのだが、昨日、仕事中の土方からメールで「明日、小島さん家のパーティに出席予定。そのつもりで用意してくれ」と来たので、びっくりした。
用意も何も、手土産はすぐに用意することが出来たが、服装はかなり悩んだのだ。
だが、部屋からリビングへ出た総司は、そこに佇む土方の服装に、ほっとした。紺色のヘンリーシャツに革のジーンズという、かなりカジュアルな格好だったのだ。もちろん、グラビアから抜け出したような恰好よさだが。
「土方さんも、けっこうカジュアルなんですね」
安堵した総司が云うと、土方はくすっと笑った。手をのばし、くしゃっと総司の髪をかきあげてくる。
「相変わらず悩んでいたのか?」
「だって……」
「大丈夫だって云っただろう。俺にまかせていればいいのさ」
「うん」
こくりと素直に頷いてから、総司はちょっと頭の中に「?」マークをうかべた。
大丈夫という言葉はわかるけど、土方さんにまかせていればいいって……どういうこと?
だが、戸締りだ、手土産の荷物だと、出かける前にバタバタしたおかげで、すっかり忘れてしまう。
小島の家は東京から電車で2時間ほどの、別荘地にある一軒家だった。だだっ広い庭と、明治大正ぐらいの古びた味のある大きな建物がマッチしている。
「祖父からもらい受けたものらしいぜ。レトロでいいと俺なんかは思うが、小島さん曰く、ボロ家だ。雨漏りもするらしいしな」
「でも、すごいお屋敷ですね」
パーティは盛況だった。庭で子供たちが走りまわり、カジュアルだが、洒落た装いの男女が笑いさざめいている。
家のフレンチドアはすべて開け放たれ、テーブルに花が飾られ、たくさんの料理が盛られてあった。手料理やデリバリーや色々だ。ドラマに出てくるような豪華なパーティではないが、とてもあたたかくて居心地がいい感じがする。
「歳三! 来てくれたのか」
門をくぐると、さっそく小島が声をかけてくれた。満面の笑みでやってくる。
それに、土方は小さく笑った。
「総司まで招待されては仕方ありませんよ」
「作戦勝ちか。やぁ、総司くん。相変わらず綺麗だ」
「……こ、こんにちは。お招きいただき、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げた総司は、土方にエスコートされ、パーティ会場に入った。庭や広間が開放され、とても賑やかな雰囲気だ。
そんな中を歩きながら、元モデル仲間らしい人たちが珍しそうに声をかけられても、土方は総司の腰に手をまわし、一向に傍を離れようとしない。それどころか、自分で盛ってくれた皿やグラスを渡したりして、優しくしてくれる土方に、総司は嬉しさと同時に、申し訳なさも感じてしまった。
思わず小声で囁く。
「そんなに気を使わないで」
「気を使っているわけじゃないさ」
土方はかるく肩をすくめ、グラスを口に運んだ。今日は車ではないので、綺麗な琥珀色の酒を口にしている。
それに、総司は、手近にあった料理を皿に盛り、彼にさし出した。
「お酒ばかり飲まないで。ご飯を先に食べなきゃ駄目です」
「世話女房みたいだな」
くすっと笑った土方に、総司は頬を赤くしてしまった。だが、「ありがとう」と云って受け取ってくれた彼に、ほっとする。
総司は大きな瞳で彼を見上げた。
「あのね、ぼくもあちこち探検したいし、土方さんも久しぶりの人がいるでしょう? だから、別々に行動しましょう?」
「そんな事、許可できねぇよ。おまえ、目ぇ離したら危ないだろうが」
「危ないって……ぼく、女の子じゃないんですから。とにかく、少しぐらい、土方さんも楽しんで」
それでも不服そうな土方に小さく笑いかけ、総司は一人ですたすた歩き出した。たちまち、他の男が声をかけてきたが、それに愛想笑いだけかえして、せっせと料理をとって食べる。
もぐもぐ食べながら見ると、土方も諦めたのか、知り合いらしい人々と話をしていた。それなりに楽しんでいるらしい事に、ほっとする。
確かに初めてのパーティで不安だったが、それでも、ずっと自分の傍にいるなんておかしいと思ったのだ。自分のせいで彼の行動が制限されるなんて、申し訳なくてたまらなくなる。
むろん、淋しいことは確かだった。こうやって見ても、土方は際立った容姿をもっていた。すらりとした長身にカジュアルな装いで佇み、そうして談笑している様は、絵のようだ。そんな彼の傍にいるのが自分でいいのかと、またいつものコンプレックスがむくむくと胸の奥からわきおこってくる。
総司は小さく首をふった。
(でも、土方さんはぼくを選んでくれたんだもの。ぼくがいいって云ってくれたんだから)
ちょっと胸奥に痛みを感じつつ、総司は料理を口にはこんだ。
その時だった。
「総司さん」
明るく弾んだ声に、総司は驚き、ふり返った。
見れば、前にメイクをしてくれた小雪が駆け寄ってくる処だった。両手をとり、にこにこ笑いかける。
「お久しぶりです!」
「あ、小雪さん。前はどうもありが……」
「きゃあ、覚えていて下さったんですね。嬉しいっ。じゃあ、さっそくこっちへ」
「え?」
きょとんとしている総司の手を、小雪はぐいぐい引っ張った。どこかへ連れていかれそうになる。
「ひ、土方さ……」
思わず助けを求めようと、慌ててふり返ってみれば、土方はまったくこちらの様子に気づかず、知り合いと談笑していた。昔のモデル仲間らしく、すらりと美しい容姿をもつ男女ばかりだ。
何だかとんでもなく遠い世界の人間に見えて、思わず声を呑みこんでしまった。
呆然としているうちに、家の奥へと連れ込まれる。奥の和室に入ると、そこには小雪のものらしいメイク道具一式、それに、白い紙に包まれたものが置いてあった。
「あの、小雪さん?」
「早く仕度しましょう。でないと、お茶会に間に合わなくなっちゃいます」
「え?」
意味がわからない総司に、小雪の方が小首をかしげた。
「……もしかして、何も聞いてないんですか?」
「何もって……誰に?」
「土方さんですよ。わたし、土方さんから依頼されたんですけど。総司さんに着物を着つけてあげて欲しいって、ついでにメイクも」
「着物? え、じゃあ……」
総司は思わず胸が熱くなった。
知らん顔をしていながら、その実、不安がる総司のために、ちゃんとお膳立てしてくれていたのだ。こうして小雪に頼み、着物も手配してくれていた。その気持ちがたまらなく嬉しい。
「もちろん、わたしも一つ返事で引き受けちゃいましたよ。だって、総司さん、可愛いし綺麗だし。腕のふるいようがあるもの」
「でも、せっかくのパーティなのに、小雪さんに迷惑じゃ……」
「大丈夫。ちゃんと、しっかり土方さんから代金頂いているのです。それもこっちが申し訳なくなるぐらい、沢山。だから、これは仕事なのです。気にしないで下さいね」
にこにこと笑いながら、小雪は、紙を広げた。覗き込んだ総司は、え? と目を瞬いた。
出てきたのは、綺麗な江戸小紋だった。
桜色のぼかし生地に、菫色の花が淡く散りばめられていて、うっとりするほど美しい。
だが、それはどう見ても、どこからどう見ても……
「……これ、女の子のもの、だよね」
「そうですよ」
あっさり答えた小雪に、総司は「やっぱり」と肩を落としてしまった。
舞妓の時のように振袖でないだけマシと思うべきなのか、だが、それでも、娘が着る着物を用意されて、あの男は自分の恋人である少年が喜ぶと思っているのか。
(思っているんだろうなぁ)
可愛い浴衣だって着た事があるのだ。土方にすれば、何を今更? という処だろう。
確かに今更なのだ。それに、この綺麗なもの好きの総司が、ついこの小紋に心惹かれてしまったのも、また事実。どちらにしろ、土方はこれを総司が着てくれることを望んでいるのだ。
「これ……土方さんが選んだのですか?」
そう訊ねた総司に、小雪は微笑んだ。
「もちろん。帯も帯揚げも皆。とっても可愛いくて綺麗ですよね。知り合いの呉服屋さんに仕立て頼んだそうですよ」
「でも、ぼく、寸法図ってもらった事もないのに」
「絶対大丈夫って、豪語しておられました。サイズ熟知しているって」
「熟知って……」
思わず赤面してしまった。
確かに、土方なら、総司の躰のサイズを総司自身以上に知っていることだろう。だが、それを外で云われると恥ずかしい。
あの人は何を云っているのっと思いながら、総司は、江戸小紋の着物に指さきでふれた。その傍で、小雪がてきぱきと用意を始めている。
「じゃあ、始めましょ」
いつのまにやら決定事項になっているお着替えに、総司は一瞬うっと詰まってから、しぶしぶ頷いたのだった。
総司はおずおずと歩み出た。
土方自らが選んだ江戸小紋は、華奢で色白の総司によく似合っていた。艶やかで可憐だ。玲瓏な美しい少女そのものの姿に、庭にいた男たちが皆、ふり返った。
「……」
その視線がやたら痛くて、総司は思わず俯いてしまった。
茶会が開かれるという茶室に向かったが、土方の姿はどこにもなかった。それに、ますますいたまれなくなる。
(どうしよう、帰りたい……)
土方を探そうかとも思ったが、総司を見つけた小島がにこやかに話しかけてきた。
「今から茶会だよ。間に合ってよかったね」
「あ……は、はい」
「おいしい和菓子も出るから、楽しんでおいで」
「あの、土方さんは……」
問いかけた時だった。案内をするらしい女性が現れ、客の人々を中へいざなってゆく。総司は小島に促され、立ち上がった。
茶室は、大勢をもてなすためなのか意外と広かった。小奇麗で上品な色合いの部屋が心地よい。
総司は他の人々と一緒に端坐し、借りてきた猫のように畏まった。一応、茶席での作法は本で読んでおいたが、やはり初めてなので緊張してしまうのだ。
そうして、かちこちになっていると、すっと襖が開き、亭主が現れた。とたん、思わず声をあげそうになった。
(……えぇっ!?)
亭主として現れたのは、土方だったのだ。
いつの間に着替えたのか、先ほどのカジュアルな恰好から一転して、端正な佇まいの着物姿になっている。すらりとした長身に淡い墨色の小袖と黒い袴を纏っているさまは、惚れ惚れするほどの男ぶりだった。端正な顔だちにも、黒い髪、黒い瞳にも、よく似合い、客人の女性たちからため息がもれる。
そんな彼氏の姿を、総司は呆然と見つめた。
次はお褥シーンがありますので、苦手な方は避けてやって下さいませね。