「お茶会?」
思わず聞き返した総司に、土方は「あぁ」と頷いた。
久しぶりの休日である。
総司お手製の晩御飯を食べた後、リビングでくつろいでいた処、ふと思い出したように土方が云ったのだ。
「茶会に招かれたんだ」
と。
総司は小首をかしげた。
「お茶会って……どこで?」
「小島さんの家だよ。ずっと前に逢った事があっただろう?」
「あのカメラマンの」
すぐさま思い出した。
ホワイトデーのお返しとして、彼のブロマイドをねだったら、何故だか自分も一緒に撮られてしまったのだ。
無意識のうちに、唇がとがった。
「あの時は、土方さんの策略にのせられましたものね」
「お互いさまだろう。おまえだって、俺の写真をシールなんざにしていたじゃねぇか」
「あれは愛の証です!」
「愛の証……」
「とにかく、そのカメラマンの小島さんの家で、どうしてお茶会があるのですか?」
「写真集が賞をとったんだ。その祝いのためのパーティで、俺も招かれているんだよ。あ、おまえも」
「ぼくもっ?」
びっくりして、目を丸くしてしまった。ただの一度しか逢った事がないのに、どうしてそんなパーティに呼んでくれるのか。
「そりゃ、俺の恋人だからだろう」
あっさり答えた土方は、肩をすくめた。
「あの人も俺のこと知り尽くしているからなぁ。総司を呼んだら、断れないって、どうせ姉貴あたりから入れ知恵されたに決まっているのさ」
「じゃあ、土方さんもぼくも出席?」
「まぁ、仕方ねぇよ」
うんざりしたように答える土方を横目に見ながら、総司はちょっと気持ちがうきたつのを感じた。
パーティなのだ。
生まれてこの方、パーティなどというものに出席した事がない総司にすれば、面白くてわくわくしてしまう。もともと好奇心いっぱいの総司は、前から土方が面倒そうに話すパーティに行ってみたいと、思っていたのだ。
だが、そこまで考えて、ふと気が付いた。土方の言葉に、おかしなものを感じたのだ。
「土方さん」
呼びかけた総司に、土方は「何だ」と新聞を取り上げながら、答えた。それに、問いかける。
「あのね、さっき、土方さん、お茶会って云いましたよね」
「あぁ」
「でも、なのに、パーティ? つまり、ご飯じゃなくて、ティーパーティってことなの?」
「どっちでも同じ事じゃねぇのか」
土方は軽く肩をすくめた。新聞を広げ、視線を落としながら気のない返事をする。
「飯ぐらいは出るさ。安心しろ」
「別に心配してないけど」
「それより、総司」
不意に、土方は顔をあげると、総司の方へ視線を向けた。綺麗に澄んだ黒い瞳で、じっと見つめてくる。端正な顔だちはひどく真剣で、精悍だ。
それに思わずぼうっと見惚れていると、頬に手があてられた。
低い声で告げられる。
「気をつけろよ」
「え?」
「パーティなんざ、夜の公園やクラブとかわりゃしねぇ。間違っても、危ない男についていくんじゃねぇぞ」
「夜の公園? クラブ?」
不思議そうに小首をかしげる初心な総司に、土方は苦笑をうかべた。
「とにかく、可愛いおまえに声をかけてくる奴がいるから、相手にするなって事だよ」
「……何で断言できるの。ぼくなんか、誰も声をかける訳ないのに。だって、ぼく、土方さんと同性ですよ? それ、わかってる?」
「総司」
土方はうんざりしたように、ため息をついた。くしゃりと髪を片手でかきあげながら、言葉をつづける。
「おまえこそ、相変わらず全然わかってねぇな。男でも女でも、関係ねぇんだよ。おまえは可愛いんだ、アイドル顔負けの可愛いさで、しかもこんなに気立てがいいってわかったら、どんな男だって惚れちまうさ。当然の事だろう?」
「そういうの知ってる?」
不意に、総司が目をきらきらさせながら、楽しそうに訊ねた。虚を突かれ、土方が「は?」と目を丸くしていると、悪戯っぽく笑いながら云ってくる。
「惚れた欲目! って云うんですよ」
「……」
「あばたもえくぼだったかな。とにかく、土方さんぐらいだから、ぼくのこと可愛いって思うの。だから、ぜーんぜん心配ありません」
「……」
沈黙する土方の前で、総司はにこにこしながら立ち上がった。お茶を入れてきますねと、キッチンに入っていく。
それを見送りながら、土方は深々とソファに身を沈めた。思わず舌打ちしたくなる。
(何が、俺ぐらいだから、だ)
なら、総司にべた惚れの、斉藤、伊庭などは、いったいどうなるのか。
総司に惚れている男は、彼ら以外にも山ほどいるに違いないのだ。大学でもたいそうな人気だと、藤堂から聞いている。
なのに、本人はまったく無自覚ときたものだから、困ったものだった。
(今度のパーティ、しっかりガードしねぇとな)
その大変さに、土方はため息をついた。そんな彼の耳に、キッチンの方から呑気な総司の歌声が届いてきたのだった。
「へぇ、パーティ」
藤堂は感心したように頷いた。
それに、横から磯子が目をきらきらさせながら、身をのりだしてくる。
「パーティってことは、おめかしするんですよね? あたし、手伝わせてもらってもいいですか?」
「えっ?」
総司は目を丸くした。
翌日の事である。
土方と総司の愛の巣に、いつものごとく藤堂と磯子が訪ねてきた。もちろん、事前に連絡は貰っている。
総司は、今朝焼いたドライフルールたっぷりのパウンドケーキを切り分けながら、二人に話をしている処だった。
木枠の窓ガラスごしに広がる、小さな庭の緑や花々。ふわりと揺れるカーテン。たまご色の壁に、無垢の床。
ソファに並べられた花柄のクッションや、ガラス細工の照明などなど。
可愛らしくフレンチテイストにまとめられた部屋は、思いっきり総司の好みだが、土方がこれに似合っているのかどうかは、ちょっと微妙な処である。
「お、おめかしなんて、しないよ」
総司は慌てて手をふった。
「いつもの恰好でいいって、聞いたし」
「でも、パーティでしょ? ちょっとおしゃれするんじゃないですか」
「うーん、どうなんだろう」
思わず首をかしげてしまった。
何しろ、パーティになど出るのは初めてなのだ。いったいどういう恰好をしていけばいいのか、皆目見当もつかない。
(テレビなどで見るパーティだと、男の人はタキシード、女の人はドレス姿で、大きな花瓶に花がどーんと生けられていて、それで、悲鳴があがって殺人事件が起きたりするんだけど……)
サスペンス劇場の見すぎ! としか思えない発想で悩みつつ、総司は答えた。
「でも、土方さん、気軽に行けるパーティだって云っていたよ。小島さん家でやるホームパーティだから、心配ないって」
「ホームパーティ……」
藤堂が小さく呟いた。それから、ぱっと顔をあげると、総司を見た。
「あのさ、総司、今、小島さんと云ったよね」
「あ、うん」
「それって、カメラマンの小島さんだろ?」
「平助、知っているの?」
「有名な人だし。でも、あの人……確か……」
藤堂は口ごもってしまった。それに、総司は小首をかしげる。
「何?」
「どうしたの、へーちゃん」
訝しげな二人を前に、藤堂が云った。
「確か、小島さん家って、お花の何とか流の家元だとか、聞いたような覚えがあるんだけど」
「お花の……い、家元?」
総司は目を丸くした。
何それ、聞いていない、である。
「うん、結構大きくて古い流派でさ、お弟子さんの数が半端じゃないって。いや、小島さん自身じゃなくて、えーと、奥さんが」
「奥さんが……」
「お弟子さんとかも呼ばれているんじゃない? だいたい、土方さんが云うホームパーティって、どんな規模なんだか。あの人、一般人の感覚と激しくズレているし」
「それは云える……」
思わず深く頷いてしまった。
土方はもともと、金銭感覚も何もかも、ずれまくっているのだ。しかも、パーティ慣れしまくっている。
その彼が云うホームパーティとは、どんな規模なのか。
「やっぱり、ちゃんとおしゃれした方がいいですよ」
助け舟を出すように云った磯子を、総司はうるうるした大きな瞳で見つめた。
「でも、この場合、何を着ていったらいいんだろう? 全然わかんないよ」
「ですよね。あたしも見当が……」
うーんと考え込んだ磯子が、あっと声をあげた。それに、藤堂が首をかしげる。
「何、いっちゃん」
「うん、あのね。いいアドバイザーを思い出した」
「アドバイザー?」
「あの人なら、全部ちゃんと知っているんじゃない」
その言葉を聞いたとたん、総司と藤堂の頭に、一人の人物が浮かび上がった。
毎回、お約束のように登場する人物。
もはや今更、確認するまでもないが。
「斉藤、さん?」
そう訊ねた総司に、磯子は大きく頷いたのだった。
普通で考えれば、土方に相談すればいいのだと思う。
だが、彼の場合、本当に感覚がずれまくっているので、こういう時はまったくアテにならないのだ。
その事を知っているからこそ、総司は斉藤に相談する事に決めたのだが。
「……これ聞いたら、また土方さん、怒るだろうなぁ」
ということは、百も承知なのである。
「あ、斉藤さん」
公園でベンチに腰かけ待っている総司のもとへ、斉藤は足早にやってきた。ちょっと息をきらしている。
総司は目を見開いた。
「もしかして、お仕事の最中ですか?」
「いや、昼飯時。急いでかきこんでから、来たから」
「ごめんなさい」
素直に謝る総司に、斉藤は思わず頬を緩めた。こういう素直なところが可愛いのだと思ってしまう。
この素直で可愛い小悪魔に、今まで、さんざんふり回されているというのに、まったく懲りることのない男である。
「で、何? 話って」
ベンチに腰かけながら問いかけた斉藤に、総司は身をのりだした。
「あのね、今度、ぼく、小島さんの家でのパーティに招待されているのです」
「あぁ」
斉藤は小さく笑った。
「知っているよ。土方さんが文句云っていたから」
「文句?」
「あの人、パーティ嫌いで有名だから。けど、総司まで呼ばれているんだ、行かなきゃ仕方がないって思ったんだろう」
「ふうん。あ、それでね」
総司は小首をかしげた。
「小島さんの家でのパーティって、どんな感じなのですか? ぼく、何を着ていったらいいのか、わからなくて」
「何を……って、土方さんから聞いてないの?」
「ホームパーティとか、お茶会があるとか」
「何だ、聞いているんだ。じゃあ、大丈夫だよ」
あっさり云いきった斉藤に、総司は呆気にとられた。
何が大丈夫なのか、さっぱりわからない。この人も、彼と同じ飛びまくった感覚なのか。
「全然大丈夫じゃないのです!」
総司は両手を握りしめた。
「小島さんの奥さまって、華道の家元さんなのでしょう? だったら、着物なのかとか、それとも、ドラマみたいにタキシードなのかとか」
「だから、大丈夫だって。着物着ていく必要まではないよ。あ、でも、茶会にも出るんだ。なら、まぁ……それは、着物の方がいいだろうけど」
「??? 何で、お茶会なら着物なんですか」
「当然だろう。スーツでもいいけど、総司なら着物の方が似合いそうだし」
「よく意味が……」
「総司」
斉藤は小首をかしげた。
「もしかして、茶会って意味、誤解していない?」
「え?」
「茶会っていうのは、ティーパーティじゃないよ。茶を点てる方。つまり、日本の茶道の茶会のこと」
「……え、えぇえっ!?」
思わず仰け反ってしまった。
唖然となってしまう。
まさか、そっちとは思ってもみなかったのだ。
「ぼく、作法なんて全然知りませんよっ」
「大丈夫大丈夫。あんなの茶を味わえばいいだけだし、小島さん家の茶会はそんな堅苦しくないし」
「で、でも、着物着ていくべきなんでしょう?」
「まぁ、その方が無難だね。けど、心配しなくても、土方さんが用意してくれているんじゃない?」
「……わかんない」
総司はとんでもなく不安になってしまった。
招待されたと聞いた時はわくわくしていたが、今は不安でいっぱいで、お先真っ暗気分である。
(……どうしよう)
どーんと沈み込んでしまった総司を、斉藤が心配げに眺めていた。
どんどん話が転がっていく事態に、総司は慌てちゃっています。