……やばい。
目覚めてすぐ頭をよぎったのは、それだった。
仕事柄、危険な橋を渡りながらも何とか切り抜けてきたが、今度ばかりはしくじったのか。
両腕を拘束されている状態では、そう考えるより他はない。
「……」
土方は身を固くしたまま、周囲の状況を感じとろうとした。まだ目は閉じたままだ。
下手に覚醒した事を知られてはいけない。だが、周囲に人の気配はなかった。しんと静まりかえっている。
自分はベッドの上にでも横たえられているようだった。手首を縛られ、頭上に繋がれている。その他は自由だ。
かたん、と微かな音がした。部屋の外だ。この建物の中に、誰かがいる事は確かだろう。否、それも当然か。刑事である彼を見張りもつけずに放っておくはずがない。
どちらにしろ、まずは状況を見て判断する他はないだろう。
「……」
土方は意を決すると、静かに目を開いた。
事の始まりは、なんて事のない夕暮れの一時だった。
「お帰りなさい!」
電話で云ったとおりの時間に帰った土方を迎えたのは、総司の明るく可愛い笑顔だった。
嬉しそうに頬を上気させ、彼の鞄やスーツの上着を受け取ろうと手をのばしてくる。
だが、それよりもふれたくて、土方は思わず細い躯を引き寄せ、抱きしめてしまった。
「ただいま」
何度云っても、気持ちがあたたかくなる。
ようやく手にいれた二人の愛の巣。一緒に住めるようになった喜びは、引っ越しから時がたっても、まだまだ薄れることはなかった。
総司が迎えてくれるたび、新鮮な嬉しさを感じてしまう。
「マンションでもちゃんと迎えていたでしょ」
彼の腕の中、不思議そうに小首をかしげる総司に、土方は優しく微笑みかけた。
「やっぱり、違うのさ。おまえが時々訪ねてくれるのと、一緒に住んでいるのと、そりゃ全然違ってくる」
「そうかなぁ」
まだ合点のいかなそうな総司を抱えるようにして、土方は家の中へ入った。
玄関をあがり、無垢のフローリングの上を歩いてドアを開ければ、すぐにリビングだ。ある意味、前に住んでいたマンションよりも小さい程だが、二人で暮らすにはこれで十分だった。何よりも、総司が、この小さくて可愛い家をとても気にいっている。
「今日の晩御飯は、和食です。ちょっと頑張ったの」
「そうか、楽しみだな」
「支度してるから、手、洗ってきてね」
「あぁ」
土方は洗面所で手を洗うと、ウォークインクローゼットで、シャツとジーンズに着替えた。ここも総司がきちんと掃除し、管理しているおかげで、とてもきちんと片付けられている。
「……まるで嫁さん貰ったみたいだな」
小さく呟き、だが、すぐに苦笑した。
実際、総司は自分の伴侶なのだ。ある意味、妻と云ってもよい存在だろう。
この日本では同性の結婚は許されていないが、籍を入れるか入れないかなど、今の土方には瑣末事だった。
もっと大変なこと、苦しいことを、二人で乗り越えてきたのだ。
着替えてダイニングに戻ると、総司がせっせと甲斐甲斐しく晩ご飯の用意をしている処だった。
久しぶりに早めに帰ってこられた彼のため、腕をふるってくれたらしい。
テーブルの上には、西陣漬けの鰆焼き、揚げ出し豆腐、胡瓜の酢の物、筑前煮がならべられてあった。それに、もちろん、炊きたてご飯と味噌汁だ。
二人席に着いてから、「いただきます」と手をあわせ、さっそく食べ始める。
「すげぇ旨い」
そう云った土方に、総司は嬉しそうに頬を上気させた。大きな瞳が彼を見つめている。
「よかった。西陣漬け、どうかなって思っていたから」
「味がしみていて、旨いよ。こっちの筑前煮も俺好みの味つけだ」
「あのね、その里芋、とってもおいしいでしょ。ちょっと高かったけど、有機栽培でおいしそうだったから、思わず買っちゃった」
その後も、総司はうきうきした様子で、買い物の時のことや、料理をつくっていた時のことなどを、楽しそうに話した。
何てことのない日常の話なのだが、総司の桜んぼのような唇からの言葉なら、土方にすればどんなことでも楽しく、また話している様を見ているだけでも癒される。
土方はおいしい食事をしながら、総司と過す幸せな時間に浸った。
食後、リビングのソファで二人くつろいだ。
土方の肩に凭れかかった総司は、彼の手を弄びつつ云った。
「今日、とっても早かったんですね」
「あぁ」
「こんなに早く帰れるなんて珍しいから、びっくりしちゃった」
「来月から、ちょっと大きな仕事が入るからな。その前の休息って奴さ」
「大きな仕事?」
びっくりしたように、総司が躯を起した。心配そうな表情で、土方を見上げる。
「何か、また……危険な事があるの?」
「いつも通りの話さ。あまり、その……帰ってくるのが少なくなるけどな」
「どれぐらい?」
「二週間か、三週間。こっちに帰ってくるのは、無理だろうな」
「そうなの」
総司は淋しいと思ったが、こくりと頷いた。
土方の仕事が忙しいのは前々からの事であり、そのあたりは総司も納得しているつもりだった。
大変な仕事に励む土方の支えとまでなれなくても、せめて邪魔だけはしたくない。
自分の淋しさなどを告げて、彼を煩わしたりしたくなかった。
「仕方、ないね。ちゃんと留守番しているから」
「あぁ……ごめんな」
小さな頭を引き寄せ、土方はその白い額にキスをした。それをうっとりと受けながら、総司は何気なく訊ねた。
「潜入捜査でもするの?」
「あぁ」
「聞いていいなら、どこに?」
「聞いてどうするんだ」
訝しげに訊ねる土方に、総司はくすっと笑った。
「だって、知らないでもし逢ったりしたら、邪魔しちゃうでしょ。声かけたりしたら、まずいだろうし。ほら、前も……」
「あぁ」
土方は思わず苦笑した。
以前、アンダーカバーに入っていた先で、総司に見つかってしまった事があったのだ。
「そうだな。けど、まぁ……今回は逢う可能性低いだろう」
「そうなの?」
「あんな処におまえが行くはずもねぇしな」
「? あんな処って?」
「……」
小首をかしげる総司を、一瞬、土方は困ったように見下ろした。だが、すぐに小さく笑うと、そっと抱き寄せて頬にキスをする。
「心配するな。すぐに終る話だから、云う必要もねぇよ」
「だって、さっき3週間もって……」
「総司」
強い調子で言葉を遮った土方は、そのまま、どこかわざとらしいぐらいの明るさで云った。
「買ってきたプリン、食べないのか? 賞味期限、今日までだぞ」
「あ、はい」
土方の様子に戸惑いを覚えつつ、総司はこくりを頷いた。促すように背を押してくる彼に従い、立ち上がる。
だが、キッチンに向いながら、総司は思わず細い眉を顰めずにはいられなかった。
おかしい、変だと思ってしまうのだ。
土方があんな風に誤魔化すなど、余程の事だった。いつも彼はどんな事でも明確に答えてくれたし、隠し事は二人の間ではなしだという約束だった。なのに。
(絶対、何か隠している……)
総司はプリンを二つ手にとってリビングに戻りながら、きゅっと唇を噛みしめたのだった。
土方に関しての悩み相談。
となれば、当然ながら、彼の出番だった。
彼って誰? と聞くまでもない。
総司に絶賛片思い中、永遠の報われない男──
「……来ると思っていたよ」
待ち合わせたカフェでそう云った斉藤に、総司はきょとんと目を瞬かせた。
まだ何も云ってないのに、いきなりこうなのである。
?マークの総司を前に、斉藤はやれやれとため息をついた。
「いや、オレだってさ、反対したんだぜ?」
「反対……?」
小首をかしげた総司に、斉藤はしっかり頷いた。力説しまくる。
「当然だろう。危険極まりないし、何より、総司の気持ちを考えたらまずいだろうと思ったよ。それは、土方さんもわかっている事だろうけど、責任感強いからなぁ」
「……」
「そりゃ、大きな仕事さ。土方さん自らが行くって云いだすのもわかるけど、キャリアがアンダーカバーってのも異例だし、他に人がいない訳じゃない。あんな経緯があるんだ、やめさせるべきだとオレも近藤さんも皆、思っているよ。けど、あの人、云い出したら聞かないから……」
「……えっと、斉藤、さん?」
一人頷きつつ話す斉藤に、総司は戸惑った。
いったい何を云われているのか、さっぱりわからないのだ。
総司はおずおずと呼びかけ、訊ねた。
「何の話、しているの?」
「土方さんの話に決まっているだろう。総司も、それで相談に」
「そうですけど、でも」
何の話かさっぱり……と云いかけた総司の前で、斉藤は、はぁっともう一度ため息をついた。
珈琲をぐるぐるかきまわしながら、肩をすくめる。
「オレが代わるって云ったんだけど、それも却下」
「はぁ」
「けど、黒手団の時だって死にかけたじゃないか。また、同じような組織に潜入するなんて……」
「黒手団って、組織って、え……え…ぇええっ!?」
総司は思わず大声をあげてしまった。それに、斉藤がぎくりっと肩を震わせる。
「な、何っ」
「斉藤さん! 今の本当なのっ?」
「へ?」
思わず身を引いてしまった斉藤とは逆に、総司は半ば立ち上がりテーブル越しに身を乗り出した。
「今の話! 土方さんの潜入先が、黒手団みたいな組織って!」
「え? 今更何を……げっ」
みるみるうちに、斉藤はさーっと青ざめた。
自分がとんでもない間違いをしでかしたのだと、ようやく気づいたのだ。
斉藤は、総司に呼び出された時点で、テロリストの組織への潜入をとめてくれと云われると思いこんでいた。つまり、土方がもう話したのだと考えていたのだ。
(土方さん、何も話してなかった訳か! やばい)
しまったと思っても、もはや手遅れ。
総司は興奮しきった様子で、斉藤の襟首を掴み、ぐいぐい揺さぶった。
「ねぇ! どういう事っ? 土方さん、そんな危険な仕事をするつもりなんですか!?」
「え、えーと、だから……その……っ」
「誤魔化さないで。土方さんにも誤魔化されて、だから、斉藤さんに聞きに来たんだもの。全部話してくれるまで、絶対に帰しませんからね!」
完全に目が据わっている総司に、斉藤は駄目だこれはと観念した。何にしろ、斉藤が全部吐くまでは、てこでも動かないだろう。というか、帰して貰えない。
「あー、その、土方さんが話していると思っていたんだけど」
「話してくれないから、斉藤さんに聞いているんじゃない。教えて!」
「……つまりさ」
押しの一手である総司に、斉藤はとうとう観念した。ため息をつきつつ、話を始める。
「土方さんは、テロリストの組織へアンダーカバーに入る事になったんだ。2週間から3週間。黒手団ほど大きくはないけど、まぁ……中堅クラスの組織かな。そこへ潜入して、内部工作をするという事だ」
「でも、どうして、土方さんが」
「難しい仕事だからね。もちろん、近藤さんもオレも反対したけれど、土方さんは責任感も強いし、一度こうと決めたら絶対に曲げない。だから、説得しても全然駄目だったんだ」
「……」
総司はしばらく黙っていたが、やがて、小さな声で云った。
「すごく危険な仕事、なんですよね」
「安全とは云えない。危険でリスクも大きい仕事だ。でも、だからこそ、土方さん自身が行く事になったし、それに……総司、オレたちもしっかりサポートする。前みたいな事には絶対にさせない」
斉藤は力強い声音で云った。
だが、思い詰めたような表情で黙りこんでいる総司を見ながら、これで納得できるはずないよなぁと、内心思っていたのだった。
反対できるはずなかった。
でも、反対したかった。
命を危険に晒しての仕事なのだ。
黒手団の時、土方は総司を庇って銃に撃たれ、生死の境を彷徨った。彼を失ったと思った時の絶望、張り裂けるような胸の痛みは、今も忘れられない。
なのに、またそんな危険な仕事に向うというのだ。とても、にっこり笑って見送ることなど出来そうにもなかった。
「でもさ」
平助は頬杖をつきながら、云った。
「反対する訳にはいかないって、そのあたりもよくわかっているんだろ?」
「そうなんだけど……」
総司はサンドイッチを手にとりながら、目を伏せた。
大学構内のランチルームだった。たまたま講義で一緒になった平助を誘い、総司は相談をもちかけたのだ。話してどうなるものでもなかったが、誰かに話さずにはいられない気持ちだった。
「行って欲しくない、そんな危険な仕事はやめてと云いたいのは、本心なんだ。でも、土方さんが刑事という仕事に誇りをもっているのも、よく知っているし、反対するなんて、仕事の事に口出しをすることになるでしょ。なんか、おこがましい気がして……」
「それは違うって」
平助は首をふった。
「おこがましいなんて、誰も思わないよ。土方さんにとって、総司は、妻同然なんだから」
「つ、妻って……」
たちまち耳朶まで真っ赤になってしまった総司を見ながら、平助は、やれやれとため息をつきたくなった。
こんな可愛くて一生懸命で、誰よりも土方の事だけを大切に思っている総司がいるのに、どうして、危険も顧みずそんな場所へ潜入するのか。
ある意味、男の性かもしれないが。
総司を悲しませたくないと、一番思っているのは土方自身だろうに。
「土方さんも、罪な人だなぁ」
そう云ってから、平助はくすっと笑った。たちまち、目の前にいる総司がふくれっつらをしたからだ。
「罪なんて。土方さんは優しい人だもの」
「わかっているよ。けど、実際、総司に心配かけている。恋人の事を心配するのはあたり前なんだから、今度ぐらいは云ってもいいんじゃない?」
「本当に、そう思う?」
不安そうに、総司は問いかけた。
「土方さん、怒らない?」
「あの人が総司へのやきもち以外で怒るとは、到底思えないけど」
「うーん、そうかなぁ」
総司はオレンジジュースを飲んでから、小首をかしげた。
「意外と怒ることあるよ。ぼくがコンパに行ったり、遅くなったりすると、めちゃくちゃ怒るし」
「いや、それもやきもちの一種だろ? っていうか、独占欲。総司を大切に思っているからこそ、だろうし」
「だったら、ぼくが云ってもいいよね。今度のお仕事、やめてって」
「正直になった方がいいと思うよ」
「うん」
総司は頷き、よしと両手を握りしめた。何やら決心し、これからの事を考えているようだ。
それを眺めながら、平助はとりあえず磯子を通じて永倉に探りを入れるべきか、ちょっと悩んでいた。
その日、土方が帰ってきたのは、朝方の11時頃だった。
前日まで泊まりだったため、早めの帰宅となったのだ。むろん、話がある総司には好都合だった。
一眠りした後の土方に珈琲を入れてあげながら、総司は少し緊張気味だった。うまく話せるか、喧嘩にならないか、やはり不安だったのだ。
そんな総司の様子に、土方はすぐ気がついた。
「どうした、何かあったのか」
珈琲を飲んでから、ソファの背に凭れかかる。
そうして、ヘンリーシャツにジーンズを身につけ、ゆったりと長い足を組んでいる様は、本当にモデルのようだった。いや、実際、彼はモデル業もしていた事があるのだが、やはり見惚れてしまうほど恰好いい。
黒髪を片手でかきあげる仕草一つにも、大人の男の色香が匂いたつようで、総司はどぎまぎした。
もう長いつきあいであるはずなのに、今も、総司は彼に夢中なのだ。
もちろん、それは土方も同じくで、総司を見る瞳がとろけそうなほど甘く優しい事でよくわかる。
斉藤に云わせれば、万年新婚状態なのである。
「あの、ね」
総司は土方の足もと、ラグの上にぺたんと坐ったまま、口を開いた。
細い指さきで白いカップにふれる。
「この間、斉藤さんに……会ったのです」
「ふうん」
「それで、その、今度のお仕事のことを聞いたんだけど……」
「……」
とたん、土方の表情が固くなった。微かに眉を顰め、無言のまま総司を見下ろしている。
それに、とんでもない威圧を感じつつ、総司は言葉をつづけた。
「テロの…組織に潜入するって、それ、本当?」
「……斉藤の奴」
総司の言葉を聞いたとたん、土方は忌々しげに舌打ちした。
「余計な事を」
「余計な事じゃないもん。大事なことじゃない。そんな危険なお仕事、ぼくに黙っているつもりだったの?」
「云ってどうなる事じゃねぇだろう」
「それでも」
云いつのろうとした総司を、土方は鋭い瞳で見下ろした。やはり、仕事に口だされ苛立っているのか、きつい表情になっている。
「これは俺の仕事だ。おまえが口出すことじゃない」
「でも、そんなの……心配だから。土方さんがアンダーカバーに入っている間、ぼく、心配で心配で眠れないよ」
「だから、俺は何も云わなかったんだ」
土方はため息をついた。
「おまえに心配をかけるだけだとわかっていたし、無事に帰ってくるなら、黙っていれば済むことだ。何も云う必要など……」
「そんなの勝手すぎるよ!」
総司は激しく首をふった。
「ぼくは、土方さんのことを心配しちゃいけないの? 大切に思って心配して当然でしょ。それを黙っていればいいなんて、何も知らせないでいるなんて、ぼくを何だと思っているの」
「何って、おまえは俺の恋人だろうが」
「だったら、教えてくれるのが当然でしょう? 恋人だって云うなら、大事なこと教えてくれるはずじゃない」
「……」
土方は眉を顰めたまま、押し黙ってしまった。
それに、総司はきつく両手を握りしめた。何を云っても仕方がないのだと思う。
平助にはあぁ云われたが、やはり、土方がもう決めてしまった事なのだ。
今更、覆るはずがない。
だが、それでも、たまらなく悔しかった。彼が危険に晒されている時、何も知らないでいればいいなど。
彼が自分に心配をかけたくないと思っての事だとわかっていても、心配することさえ許されないのか、そんなにも頼りにならない子どもだと思われているのかと、悔しくて涙がこぼれた。
血が吹きでそうなほど唇を噛みしめ、俯く総司に、土方は微かにため息をついた。
ソファから降りると、跪き、総司の細い躯をそっと抱き寄せる。
「……すまねぇ」
耳もとで、低く優しい声が謝った。
「おまえのためと思っていたのに、逆に、おまえを傷つけちまったんだな。ちゃんと話すべきだった」
「土方…さん……」
「確かに危険な仕事だが、むろん、勝算があるからこそ行くんだ。あまり心配しないでくれ」
「でも……」
総司は潤んだ大きな瞳で、土方を見上げた。それに、土方は優しく微笑み、泣いたことで火照った頬にキスを落とした。
「大丈夫だ。おまえがいるのに、俺が命を粗末にするはずがねぇだろう?」
「うん……」
「必ず無事に帰ってくるから、総司」
そう云って抱きしめてくれる男の腕の中はあたたかで、吐息がもれそうなほど居心地がよくて。なのに、それをもしかしたら失うかもしれないと思うと、総司の躯は小さく震えた。
それでも、「行かないで」と云うことができなくて。
(……土方さん……)
総司は土方の胸もとに顔をうずめると、そっと目を閉じた。