慌てて口をおさえたが、もう遅かった。
完全にバレてしまったのだ。自分がラブホテルへ土方以外の誰かと行ったなど、絶対に許されるはずもなかった。
彼が怒って当然だ。
「あ、あのね。土方さん……っ」
総司は、謝ることで何とか彼の怒りを静められないかと思った。だが、見上げたとたん、ぐいっと手首をより強く握られ、無理やり立ち上がらせられる。
そのまま手首を掴んだまま、引きずるように歩き出した。彼が玄関へ向かってるのだと知った総司は、思わず叫んだ。
「ひ、土方さん! どこへ行くのっ?」
「おまえが先週行ったとこだよ」
「えぇっ! だって、あれは……っ」
総司は思わず云いかけた。だが、そのとたん、はっと気づいた。
どのみち、彼はラブホテルへ誰かと行った事を怒っているのだ。それが藤堂とであれ誰であれ、同じ事なのだろう。なら、藤堂に迷惑はかけたくなかった。
慌てて口をつぐんだ総司に、土方はすうっと目を細めた。
玄関口で壁際に追い詰めると、総司の頭の両側に手をついた。己の腕の中に囲い込んでから、その黒い瞳で鋭く覗き込んでくる。
「……あれは、何だ?」
「な、何でもありません」
「何でもない訳がねぇだろうが。おい、おまえいったい誰と行ったんだ」
「……」
「それを答えるのも嫌か。どこかの女にでも誘われた訳か」
「ち、違いますっ」
総司は慌てて叫んだ。
「女の人だなんて、ぼく、そんな……っ」
「……なるほどね」
不意に、土方の声音が激しい怒気をおびた。頭の横に突いていた手を、ゆっくりとふりあげる。
思わず、殴られる!と目を閉じたとたん、ドンッと耳横の壁が鈍い音をたてた。土方が拳で壁を激しく殴りつけたのだ。
息をつめて見上げると、冷ややかな目が総司を見据えていた。
「なるほど……相手は男か」
「あっ……」
「まさか、おまえに二股かけられるとはな」
そう低く呟くと、土方は総司を部屋から連れ出した。ちょうどやって来たエレベーターに無理矢理押し込み、自分は無言のまま腕を組んで壁に凭れかかる。
しばらく沈黙が落ちていたが、不意に土方が小さく呟いた。
「……そうか」
「え?」
聞き返した総司に肩をすくめると、土方はゆるく首をふった。僅かに眉を顰め、何かを考え込んでいる。
地上に降りると、総司に玄関前で待ってるよう命じ、さっさと踵を返した。車をとってくるのだろう。ジーンズのポケットから携帯電話を取り出し、どこかへ掛けながら歩み去ってゆく。
そのすらりとした長身の後ろ姿を見送り、総司はため息をついた。
何でこうなっちゃったんだろう。
藤堂と行った事を話せば許して貰える気もしたが、でも、それでは藤堂に迷惑がかかってしまうだろう。
かといって、今のままでは、土方は完全に自分が浮気したものと思いこんでいるのだ。
そんなことするはずがないのに……。
総司はきゅっと唇を噛みしめ、俯いた。
涙がこぼれそうになってくる。それを堪えじっと立っていると、不意にクラクションを鳴らされた。
いつのまにか、土方が車を回していた。見慣れた濃紺の車が玄関前に停まっている。手をのばして助手席のドアを開け放ち、
「乗れよ」
と、そっけなく云い放った。
それに総司は涙目のまま、のろのろと乗り込んだ。前のようにシートベルトをする間もなく出されるかと思ったが、意外に土方は待っていた。総司がシートベルトを閉め終えるのを待ってから、アクセルを踏み込んだ。
ゆっくりとした動きで、車を道路へと滑り出させてゆく。
常と変わらぬ丁寧な運転に、思わず総司は期待した。少しは機嫌が直ってくれたのだろうかと。
「……」
だが、ふり仰いだ土方は冷たいほど無表情だった。
もともと端正な顔だちの男だ。一切の表情を消してしまうと、息を呑むほど冷たくなってしまう。
総司はどうする事もできず、助手席で俯いた。ぎゅっと両手を握りしめ、目を閉じている。
「……」
土方は僅かに唇の端をつりあげると、アクセルを静かに踏み込んだ。
確かに連れて来られたのは、所謂ラブホテルだった。
だが、藤堂と行ったのとは大違いの、新しく値段も高そうなホテルだ。土方は何の躊躇いもなく車を駐車場に滑り込ませると、さっさと降り立った。
そうして、ぐずぐずしている総司を引きずるようにして、ホテルの中へ入ってゆく。
ちょうど出てきたカップルとすれ違った時、女の方が羨望のまなざしを土方に向けていたが、全く気にもかけていないようだった。
ずらりと部屋のパネルが並んでいる。それを眺め、土方は総司に訊ねてきた。
「どれにする?」
「……どれも嫌です」
「ふうん」
土方はいかにも人の悪そうな笑みを、にやりとうかべてみせた。
「他の男と入れても、恋人の俺と入るのはいやって訳か」
「そんな……」
「じゃあ、俺が決めてやるよ。今日はさすがに俺もすげぇ腹たってるしな、お仕置きなら……ほら、このSM部屋なんかにしちまおうか」
「い、いや!」
総司は思わず叫んだ。後ずさり、ふるふると首をふる。
その大きな瞳に、もう涙がいっぱいたまっていた。
「絶対、絶対、いやだ! そんな事したら、だいっ嫌いになるからっ」
「だったら、おまえが選べよ」
「ふ、ふつうの部屋」
「普通の部屋って、どんな?」
土方はわざとらしく問いかけた。
「俺はこういう所をあまり利用した事ねぇから、わからねぇよ。総司、おまえならよく知ってるんだろ? 何しろ、先週も利用したばかりだものな」
「……っ」
「ほら、選べって」
あくまで総司に選ばせようとする意地悪な恋人を、総司はうるうる涙目で見上げた。だが、いつもはその涙ですぐほだされてくれる彼も、今日は言葉どおり心底怒っているのか、腕組みしたまま冷たい視線を返すだけだ。
総司は仕方なくパネルの前に歩み寄ると、見もせず適当に一つを指さした。
「これだな」
土方はその部屋の写真を眺め、何故かくすっと笑った。だが、それを訝しく思うまもなく、さっさとパネルタッチした。キーを手に、総司の腰に腕を回し促してくる。
もう諦めきった総司はそれに従ったが、訊ねずにはいられなかった。
「あのね、土方さん」
エレベーターに乗り込んでから、おずおずと口を開いた。
「もう……怒ってない?」
「怒ってる」
「でも……」
官舎を出る前よりも態度が軟化した印象を受けるのだ。それは決して気のせいではないだろう。
だが、総司はこれ以上云うと、また土方の怒りが再燃する気がしたので、話を変えることにした。
「あのね、さっきのお部屋なんだけど」
「あぁ」
「どうして、笑ったの?」
「おまえ、あの写真をよく見たのか?」
土方は黒い瞳でまっすぐ総司を見つめてきた。それに、ふるふると首をふる。
「ううん、適当に指さしただけだから」
「なるほどね。いや、子供だなぁと思っただけだ」
「???」
「まぁ、入ればわかるさ」
そう云いながら、土方はエレベーターから歩み出た。偶然にも一番高い部屋を選んでしまったらしく、その部屋は最上階の角にあった。
土方はキーを入れて扉を開けると、先に総司を中へ通した。とたん、総司はびっくりして目を見開いてしまった。
「……ここ……本当にラブホテル?」
思わずそう訊ねた総司の後ろで、ばたんと音をたてて扉を閉じながら、土方が低く笑った。
目の前に広がっているのは、先日の部屋の光景ととは全く違う。
シックで小綺麗に整えられ、まるでシティホテルのようだった。だが、よーく見ると、やはり色々と違うところはある。
妖しげなグッズを売っている自動販売機や、ガラス戸のむこうに見えるハート形の広い浴槽やら。だが、何といっても──
「あれ……まさか、ブランコ?」
総司は呆気にとられ、それを見つめた。
部屋の片隅に白いロープで吊された白い木板のブランコ。可愛らしい造りだが、少し高い位置につくられている所から見ても、いかにも妖しげだ。
「見ればわかるだろ」
そう云いながら、土方はキーを置くと、総司にバスローブを押しつけた。
「ほら、シャワーあびてこいよ」
「う、うん……」
一緒に浴びようとはとても云える雰囲気ではなかった。
総司はシャワーを浴びると、びくびくしながら出てきたが、土方は知らん顔でさっさと自分もシャワーを浴びにいってしまった。
その間、こんな状況でも好奇心が強い総司は、ついつい部屋の中を探検してしまう。
ベッドはまたまたキングサイズだが、ごく普通のもので、回転しなかった。
それにちょっとほっとしてから、自動販売機の中を覗き込んだ。ずらっと並んだアダルトグッズは、先日のホテルより色々揃ってるみたいだ。
「やっぱり、新しい所だからかなぁ。すっごく色々あるんだ」
小さな声で呟いていると、いきなり後ろからひょいっと抱きあげられた。思わず悲鳴をあげてしまう。
「きゃあ!」
「……ふうん」
もちろん、それは土方だった。総司を腕に抱きあげたまま、自動販売機の中を覗き込んでくる。
「なるほど、先週行ったホテルはあまり充実してなかった訳だ」
「え、あ……」
「で? 先週も、こういうの使ったのか?」
男の底冷えするような口調に、総司はやばいと首をすくめた。いったん戻りかけていた機嫌が、また下降しつつあるような気がする。
仕方なく、少し潤んだ瞳で拗ねたように云ってみせた。男の首に細い両腕をまわして、柔らかく身をすり寄せる。
「……そんなの使うはずがないでしょう? ぼく、何もしてないんだから」
「何も、ね」
低く呟き、土方は肩をすくめた。
そのまま総司を腕に抱いたまま、部屋を横切った。
二人ともバスローブ姿なので、まるで映画みたいだなぁと総司は呑気に思った。もっとも、すぐにそんな考えなど吹き飛んでしまったが。
「???」
きょとんとする総司を、土方はそっとブランコの上に座らせた。そのまま自分は床上に跪いてくる。ゆらゆらとブランコが揺れた。
「俺もこういうの使った事がねぇから、さっぱりわからねぇけどな」
「じゃあ、使わなきゃいいじゃありませんか」
「おいたばかりしてる悪い子には、お似合いだろう?」
そう笑ってみせると、土方は総司のバスローブの前を押し広げた。下着をつけてないので、すぐ白い両腿の奥が男の目に晒されてしまう。
「下着つけてねぇのか、いい子だな」
すっと手を滑りこませた。膝から腿の内側を撫で上げ、柔らかく押し広げてゆく。
それに総司が身を捩った。
「悪い…子、なんでしょう……?」
「そうだな。その悪い子は、先週もこんな風に誘ったのか?」
「ちが…っ」
慌てて否定しかけた総司は、不意に頭を仰け反らせた。
もう半ば勃ちあがりかけていた桃色のものが、男の大きな掌にぎゅうっと握り込まれたのだ。そのまま、やわやわと指を使って揉み込んでくる。
「や…だッ、や! 離して…ッ」
「こんなに悦んでるくせに?」
くっくっと喉を鳴らして笑い、土方は上下にきつく扱き上げた。とたん、とろりと先走りの蜜がこぼれ、男の指を濡らした。
「ああッ、や、あ…っ、ぁあ…んあんぅっ」
「ほら、すげぇ濡れてきた。舐めてやるよ」
「や! いやあッ!」
慌てて腰を引こうとしたが、男の腕にがっしり抱き込まれてしまっている。身動き一つ出来なかった。
大きく押し広げられた下肢に、土方が顔をうずめた。熱く柔らかな感触が総司のものを包み込み、一気に吸い上げてくる。
「ひ…いッ!」
総司は泣き叫び、身を仰け反らせた。ぞくぞくするような快感が、腰奥を満たしてくる。
「あ、あぁあ、ぁ…やめ、てぇッ」
思わず両手をのばし、男の頭を押しのけようとした。とたん、バランスを失って後ろに落ちそうになる。
慌ててロープに捕まり直した総司を、土方は悪戯っぽい瞳で見上げた。総司のものをしゃぶりながら、小さく笑った。
「……しっかり捕まってろよ。でないと転げ落ちてしまうぜ」
「や、ぁあっ、ん、そんな…状態で、喋らない…で…っ」
「喋らなきゃいいのか?」
くすっと笑い、土方は総司のものにフウッと息を吹きかけた。びくびくっと躯を震わせた少年の下肢に再び顔をうずめ、また淫らにしゃぶってくる。
「ぁあ、ぁ、あ…やっ、んっ、ぁあんっ」
ぴちゃぴちゃ鳴る音に羞恥を覚え、総司は男を見下ろした。
とたん、どきりとする。
土方は片手で掴んだ総司のものにねっとりと舌を絡ませながら、視線をあわせてきたのだ。欲望に濡れた黒い瞳が総司をじっと見つめていた。
熱い視線に囚われる。
もう……我慢できなかった。
「や、やあっ、いっちゃ…いっちゃうッ、も、だめぇ…っ」
総司はブランコのロープを必死に握りしめながら、泣き叫んだ。ブランコが激しく揺れる。射精が近い事を察した土方は、いきなり総司のものの鈴口に舌を捻じ込んだ。ぐちゅりと卑猥な音が鳴る。
とたん、総司は甲高い悲鳴をあげて仰け反った。
「…ぁあッ、やっ…ぁあああーッ!」
次の瞬間、男の唇の中に総司は放っていた。
ごくりと男の喉が鳴る音が聞こえ、生々しい。
総司は激しく喘ぎながら、ブランコのロープにしがみついていた。もう半ばずり落ちかけているが、それを土方が柔らかく抱いて座り直させてくれた。だが、どのみち腰に力が入らない。
ぐったりとなった総司の耳もとに、土方が唇を寄せた。
「なぁ……いっそ、このブランコに乗ったままやっちまおうか?」
「え……」
ぼんやりと男を見上げた総司は、すぐにその言葉の意味を理解した。かあっと頬が真っ赤になる。
慌てて男の広い胸を両手で押し返した。
「じょ、冗談じゃありません! 絶対にいやです」
「何で」
「だって、すごく不安定なんだもの。いつ転げ落ちるか怖くて仕方ないし」
「そこがいいんじゃねぇのか」
「絶対よくありません。普通にベッドでして下さい」
もし男が無理強いしたら、思いっきり爪で引っ掻いてやると決意した総司だったが、意外にも土方はあっさり諦めた。
立ち上がると肩をすくめ、両手をさしのべてくる。
「仕方ねぇな。おまえのお望みどおりしてやるよ」
云いざま、また少年の躯を両腕に抱き上げた。それに、総司はほっと安堵の息をもらし、男の肩口に頭を凭せかけた。
こうして抱っこされるのは確かに恥ずかしい。だが、一方で躯中の力が抜けるような安堵感があるのも確かだった。
土方はいつも力強い腕でしっかり抱いてくれるので安定感があり、また、その腕の中は、総司にとって世界中のどこよりも優しく安心できる場所となっていた。
「だい好き……」
思わず、甘えるように身を擦りよせた総司に、土方はくすっと笑った。そのまま甘いキスの雨を降らせながら、ベッドへ軽々と運んでくれる。
そっとベッドの上に下ろされた総司は、柔らかく躯を開いた。
のしかかってくる男を誘うため、両手をさしのべる。
だが、その瞬間だった。
「!」
総司の目が大きく見開かれた。
一瞬、息を呑み──次に、かあああっと真っ赤になってしまう。
その反応に、土方は小首をかしげた。が、すぐに総司の視線を追って見上げたとたん、喉奥で低く笑った。
「……鏡、か」
ベッドの真上の天井が、一面鏡張りになっていたのだ。
赤紫色の光沢あるシーツの上に、可愛らしい少年が仰向けに寝かされている。バスローブの前を開かれ、そのしなやかな細い躯はすべて鏡に映し出されていた。
それを組み敷いている、男の逞しい背。
しなやかに引き締まった男の躯は思わず見惚れる程だ。
だが、そうやって華奢な躯つきの少年を組み敷いている様は、獲物を喰らおうとする獣そのものだった。
あまりにも刺激的な光景に、総司は思わずぎゅっと目を閉じた。
胸がどきどきする。
「総司、目を開けろよ」
「い、いやです」
「なら、さっきのブランコに戻しちまうぞ」
脅しめいた男の言葉に、総司は仕方なく目を開いた。
だが、彼を見上げれば、どうしても鏡が視界に入ってしまう。なめらかな頬が熱く火照った。
土方はくすっと笑った。
「……いい子だ」
「や、こんなの……っ」
「俺がおまえをどんな風に愛してやるのか、全部しっかり見てろよ」
云いざま、土方は躯をずらした。総司の両膝を掴んだかと思うと押し上げ、左右にぐっと大きく開かせる。
「いやあっ!」
思わず羞恥に叫んだ。
何て破廉恥な格好なのか。今までもされた体位だったが、実際に見てみるとこんなに恥ずかしいものだったなんて……。
総司はふるふると首をふったが、それに土方は小さく笑っただけだった。
先ほどイッたばかりの総司のものを舐めてやりながら、しなやかな指さきで総司の蕾をくすぐった。が、むろん、そこはまだ固く窄んでいる。
「ちょっと待ってろよ」
土方はベッドから降りると、部屋の奥へ向かった。
それを見送り、総司は僅かに身を捩った。裸身にされた自分の躯を隠そうと、放り出されたバスローブを引き寄せる。
ぎゅっとバスローブを抱きしめ、息を吐いた。
もう逃げられっこないし、何をされても仕方ないし。でも、だい好きな彼がそんな怖い事を、自分にするはずないのだから。
(……でも、やっぱり不安……)
向こうで何かをしている男の背を不安そうに見ながら、総司はまるで捕えられた白ウサギのように、小さく身を震わせた……。
