一方、総司を溺愛していながら、結婚疑惑をかけられている男である。
こちらも昼食中であり、もちろん、場所はいつもの警視庁食堂だった。当然のことながら、周囲には永倉、島田、斎藤といつもの面々が坐って食事をとっている。
「頑丈な檻をつくったのに、逃げられちゃったって訳かい」
「……檻なんか、つくってねぇよ」
いつもの飄々とした口調で言ってのけた永倉に、土方は眉を顰めた。
「そりゃ例えだよ~、土方さん」
永倉が本日のB定食ポークチャップを食べながら言った。
「可愛い家だろうが何だろうが、そこに総司くんを閉じ込めておきたいって思ったんだろ? だから、ケンカになったんだから」
「閉じ込めたりしねぇ。ただ、俺は」
「はいはい、またGPSつけたいとか言い出した訳? それも、総司くんの浮気を疑って」
「何でわかるんだ」
「前科がありすぎだからね」
にやにや笑う永倉に肩をすくめ、斎藤が言葉をついだ。
「浮気を疑うというか、また例の伊庭って男とのつきあいらしいですよ。けど、おかしいんですよね。総司はセーブするって約束したはずだし、前夜まで機嫌が良かったらしいので」
「前夜までって?」
「夜までは普通だったことだよ。飯くって風呂一緒に入って、そこでいろいろして……」
「へぇー。土方さんとこ、一緒に風呂入っている訳?」
永倉がちょっと羨ましそうに訊ねた。だが、それに、土方は重々しく答えた。
「まぁ、たまにな。総司のその気になっていて、許してくれた時だけだ」
「だよなー。絶対あれって嫌がられるよな。何でだろ」
「明かりが問題なんじゃねぇか。暗かったら、まだ入れる確率も」
「確率アップ? けど、それじゃ一緒に入る意味が半減するしなぁ」
「……永倉さん」
どんどん脱線していく二人の話にしびれを切らした斎藤が、低い声で言った。
「完全に、話が脱線しています。そういう攻略法の相談は後にってことで」
「お、おう」
「それでは、土方さん」
斎藤はまるで裁判官のような面持ちで、土方を見た。
「昨夜も聞きましたけど、さんざん考えても、結局のところは心あたりがないって事ですね」
「あぁ」
「じゃあ、総司も機嫌が悪いことがあったって事でしょう」
「総司が?」
土方は眉を顰めた。
「あいつ、怒る時は怒るが、機嫌悪いってことがあまりねぇぞ。気分にむらがないというか、いつも素直で優しいし、可愛いし」
「はいはい、で、その素直で優しくて可愛い恋人に家出された訳ですよね」
「……」
「とりあえず、友人宅に逃げ込んでいる可能性大ですから、聞いてみたらどうです」
「平助かい?」
永倉が小首をかしげた。
「昨日、あの野郎はうちに遊びに来ていたぜ? 総司くんがいるのにうちに来るってのはねーだろう」
「じゃあ、他には……」
言いかけ、斎藤は、はっと何かに気づいたようだった。慌てて土方を見るが、彼は気づいていないのか、黙々と食事をしている。
それに言うべきか言わないべきか躊躇っていると、永倉が横合いから言った。
「あんた、伊庭って男の家には探りを入れたのかい?」
「な、永倉さんっ」
「もともとの喧嘩の原因はそれなんだろ? 順当に考えて、そこに逃げ込むってのが」
「……それが事実なら、今頃、俺はここにいねぇよ」
低い声で答えた土方に、永倉と斎藤、島田はきょとんとした。意味がわからなかったのだ。しばらく沈黙してから、永倉がおそるおそる訊ねる。
「ここにいないって、どこにいるんだい?」
「留置所」
「はぁ?」
「総司と一夜過ごすなんざ、撃ち殺してやるって思ったからな。けど、総司は電話もしてないみたいだ」
「あんた、その伊庭って男の家まで、もう探しにいったのかい。斎藤ん家に行く前に」
「当たり前だろう」
「……ま、いなくて幸いでしたね。総司も土方さんの性格、わかっていますから」
土方は黙ったまま肩をすくめた。冗談でなく、本気で有言実行しそうな処が怖いのである。
ずっと黙っていた島田が、訊ねた。
「基本的な事を聞きますが、大学には探しに行かれたのですか」
「それだよ!」
永倉が箸をふりまわし、叫んだ。
「あの真面目な総司くんだ、絶対に大学休むはずねーからな。当然、行ったんだろ?」
「……行ってねぇよ」
「なんで」
「家出に気づいたのは昨夜だぞ。夜には大学はやってねぇよ」
「あぁ、なるほど。けど、伊庭って男の家には行ったと」
「あっちは、時間なんざ関係ねぇからな」
「人の迷惑顧みずですね。真夜中に刑事に押しかけられて、伊庭って男もさぞかし迷惑した事でしょう」
「にやにや笑っていやがったさ。完全に面白がっていたとしか思えねぇ」
「なるほど、かなり食えない男ですね」
ふむと頷いてから、斎藤は考えこんだ。
「しかし、伊庭って男の家にもいない、藤堂って子の家にもいないとなると、総司はいったい何処に行ったんでしょうね」
「それがわからねぇから、苛ついているんだろうが」
土方は頬杖をつき、はぁっとため息をついた。
総司は窓際で、ぼんやりと青空を眺めやっていた。
大学から帰ったばかりだが、何もする気にはなれない。というか、やることがなかった。
家にいるのなら、幾らでもやることはある。こう見えても、総司はなかなか出来る主婦(?)なのだ。その日の掃除洗濯、夕飯の支度で忙しい時間をおくっているはず。
だが、その家を出てしまっている以上、何もすることがなくて、ぼーっとしている他ない。
「……勉強しようかな」
総司はうんと一人頷き、筆記用具とテキストなどを取り出した。だが、それもやはり上手くは捗らない。どうしても、彼のことばかり考えてしまうのだ。
(土方さん……)
平助の前では怒っていたし、あぁは言ったが、一人になると、やはり辛く悲しくなってしまう。
もともと、土方の傍にあるのが自分でいいのか、いつも悩みつづけてきたのだ。それこそ、やっぱり身を引いた方がいいんじゃないかと、思ってしまうこともあるのだ。
土方は潔く誠実な男だ。総司を愛人扱いするようなことはないだろう。もしも本当に他の誰かを好きになったのなら、しっかりと話をつけてくるに違いない。
だが、それを考えると、まったく態度を変えずに相変わらず総司を抱いている土方に、頭が「?」になるのだが。
(浮気じゃないのかな……もちろん、その方がいいんだけど……)
家出をしたのは、彼の態度に腹がたったことも理由のひとつだったが、他にも、あまりに理解できない状況に混乱してしまって、しばらく土方と距離を置いた方がいいと思ったこともあった。
総司はもともと素直な性格なので、あまり曲がりくねった状況になると、混乱してしまうのだ。この状態で土方と対しつづけていれば、またおかしな事になってしまいそうで怖かった。
「……」
総司は鞄から一枚のフォトフレームをごそごそと取り出した。
もちろん、土方の写真だ。
なんだかんだ言っても彼のことが大好きな総司は、着替えと一緒にこの写真も持ちだしていた。以前、ホワイトデーの時におねだりしてスタジオで撮ってもらった写真なので、本当に、うっとりするぐらい格好いい。
少し乱れた黒髪に、アーモンド形の切れの長い目。濡れたような黒い瞳に、意志の強そうなまなざし。形のよい唇に微かな笑みをうかべ、こちらを真っ直ぐ見つめている。
すらりと引き締まった長身は一見すれば細身なのだが、その実、しっかりと逞しく鍛えられているので、しなやかな獣のような印象を与えた。肩幅もあり、腰もしっかりとして、すらりと長い手足がモデルそのものだ。いや、実際にモデルをやっていたのだが。
刑事というハードな仕事やっているせいか、昔のモデル時代よりも精悍になって格好いい。
「土方さん……逢いたい」
ちょっと離れただけで、こんなにも逢いたくなってしまうのだ。なら、家出しなければいいだろうと思われるだろうが、あのまま家にいれば、どんどん最悪な状況になっていきそうな気がした。
土方のことを思う一方で、指輪や見合い写真のことを思い出すと、胸奥がぎゅぅっと痛くなる。
その時だった。
「!?」
突然、携帯電話のベルが鳴ったのだ。
総司はびくっとなり、慌てて携帯電話を取り出した。
もしかして、土方さん!? と思ってしまったのだ。
いや、実は昨夜からさんざん電話がかかってきていたのだが、すべて無視していた総司だった。彼の声を聞けば、何だかまた頭がこんぐらがって、余計なことを言ってしまいそうな気がしたのだ。
本当は聞いてみたい、あの指輪と見合い写真のこと、彼に聞きたい気持ちはあった。だが、もしも肯定されたらと思うと、怖くてたまらないのだ。
(だって……。ごめん、結婚するつもりだ、なんて言われたら、どうすればいいの)
総司はきつく唇を噛みしめた。それから、おそるおそる携帯電話の画面を覗き込んだ。
土方ではなかった。だが、この電話をとっていいのかどうか、悩んでしまう相手だ。
かなり悩んでから、総司は通話を繋いだ。
「……はい、総司です」
「とりあえず、やれやれだ」
いきなりの斎藤の声に、総司はちょっと唇を尖らせた。
「何ですか、それ」
「そのままだよ。電話出てくれないかと思っていた」
「だって、土方さん……傍にいるでしょう」
「いや、いないけどね。電話もメールも全部無視しているんだって?」
「うん」
「話がしたいんだ。オレは土方さんの友人だけど、総司の友達でもあるから。これでも心配なんだよ」
「斎藤さん……」
本当に心から心配してくれているのがわかる声音だった。そのため、総司も斎藤の誘いを断れなくなってしまう。
3時にカフェで待ち合わせすることになったのだ。すぐさま待ち合わせ場所へ向かった総司だったが、先にもう斎藤は来ているようだった。
ガラス越しに斎藤の姿を見つけ、カフェの中へ入ろうとする。その瞬間だった。
「!」
不意に、後ろから腕を掴まれた。そのまま乱暴に男の腕の中へ引き寄せられる。
ふり返った総司は、大きく目を見開いた。
「土方さん……!」
そこにいるのは、確かに土方だった。仕事の途中に来たのか、スーツ姿でこちらを見下ろしている。白い糊のきいたワイシャツにネクタイを締め、濃紺のスーツを長身に纏った姿は、ほれぼれする程の男前ぶりだった。
だが、微かに眉を顰め、鋭い瞳で総司を見据えている土方は、どこからどう見ても機嫌が悪そうだ。
それは、総司の腕を掴んだ彼の手の力にも、あらわれている。獲物を捕らえる獣のような強さで、痛いほどだった。
「ちょっ……離して」
「離せば、逃げるだろうが」
「逃げるって、何。ぼく、逃げたんじゃないもん」
「あれのどこが逃げじゃねぇんだ」
土方は形のよい唇の片端をあげた。黒い瞳で総司を見下ろしたまま、薄く笑ってみせる。
「かきおきだけ残して、一方的に家を出るなんざ、どう考えたって逃げだろう。挙句、俺の電話もメールも無視しやがって、いい加減にしろよ」
「無視するの、当たり前じゃない。ぼく、怒っているんだから」
「何だと」
どんどんヒートアップしていく痴話げんかに分け入ったのは、斎藤だった。言い争う二人に気づき、慌ててカフェから出てきたのだ。
「土方さん」
斎藤はやれやれとため息をついた。
「オレをつけてきたんですか」
「仕事の途中に抜けていくんだ、総司の処だろうと思ったら的中だ」
「まぁ、それは否定しませんけどね、もう少し穏便に事を運ぼうと思わないんですか」
「……」
「とにかく、場所を変えましょう。目立ちすぎです」
何しろ、スーツ姿のとびきりいい男が、可愛らしい少年だか少女だかの腕を掴み、言い争っているのだ。人目をひかぬはずがなかった。
斎藤は二人と一緒に別のカフェへ向かった。ところが、そこへ入る直前に、総司が身をひるがえす。
慌てて追おうとした土方だったが、少し離れたところでくるりとふり返った総司が叫んだ言葉に、目を見開いた。
「土方さんなんか、大っ嫌い!」
「……」
「結婚おめでとうなんて、絶対に言わないからーッ!!!」
「…………は?」
呆然としている土方を残し、総司は脱兎のごとく走り去っていった。運動神経のいい総司なので、かなりのスピードだ。爆弾発言に驚いた土方は、ついつい斎藤と二人してそれを見送ってしまった。
総司の姿が完全に見えなくなってから、斎藤が静かな声で問いかけた。
「結婚って……何ですか、それ」
「……」
「土方さん」
「俺の方が聞きてぇよ」
苛立った表情で、土方は答えた。うろんげな斎藤の目に気づくと、眉を顰める。
「何だ、おまえ、俺を疑っているのか」
「あり得ないと思っていますけどね。でも、理由は判明したという訳じゃないですか」
「余計にわからなくなっちまったの間違いじゃねぇか」
「土方さんが身に覚えがなければ、ですけどね」
「身に覚えも何も、俺が総司以外の誰かを選ぶなんざ、あると思うのか」
「まぁ、100%ないでしょう」
「200%ねぇよ」
きっぱり断言してから、土方は踵を返した。さっさと歩きだした彼に従いながら、斎藤が訊ねる。
「これから、どうするのです」
「とりあえず仕事に戻る。それから、考える」
「考えてどうにかなる事ですかねぇ」
「……」
無言のままの土方に暗雲の気配を感じながら、斎藤は仕事に戻った。土方はもともと仕事に熱心だし真摯で誠実な男だ。仕事に入ると、それきり私的なことは頭から追い出したらしく、完全に没頭していた。
当然、さわらぬ神に祟なしで、斎藤も余計なことは言わないように心して行動した。
事態が急展開したのは、本庁に戻ってからだった。
デスクの上に山積みになった書類にため息をついていると、近藤が傍を通りかかった。
「今、帰ったところか」
「あぁ」
「歳」
妙にあらたまった様子の近藤に、土方は眉を顰めた。また何かとんでもない案件が持ち込まれたのかと思ったのだ。
だが、近藤の口から出てきた言葉は、とんでもないどころの騒ぎではなかった。
「おまえ、結婚するつもりなのか。総司くんが泣いていたぞ」
「……は?」
「あんなに気立てのいい総司くんがいるのに、結婚を考えるなど、言語道断だ。おまえを見損なった」
「見損なったって……いや、それ全然意味がわからねぇんだが」
土方は混乱しながら、近藤の顔を眺めた。だが、次の瞬間、あっと息を呑む。
「近藤さん、あんたか!」
「何のことだろう」
「とぼけるなッ。総司はあんたの家にいるんだな」
「一昨日のことだ」
近藤は重々しく頷いた。
「非番でいたおれの家に、総司くんが連絡をしてきたのだ。で、泊まりにきてもらっているのだが、何か問題か」
にっこりと穏やかに笑いながら答える近藤に、土方も、横で聞いていた斎藤も呆然となった。
まさか、近藤の家にいるとは思わなかったのだ。灯台下暗しとはこの事である。
「仕事が終わったら、あんたの家に直行させてもらう」
「残念だったな」
「……まさか」
「総司くんは既に出ていった。さっき、お世話になりましたと、電話があったからな。本当に気立てのよい素直な良い子だ」
「行き先は!?」
「さぁ、知らん」
「知っているんだろ、教えろよ」
「おれは本当に知らんのだ。総司くんもおれに迷惑をかけたくなかったのだろう。おまえ自身が探すことだな」
あっさり言い切ると、近藤は歩み去っていった。それを見送り、土方は胸もとから携帯電話を取り出した。すぐさま総司にむけて電話をかけてみるが、当然のことながら(?)着信拒否されてしまっている。
「畜生ッ」
苛立った様子でデスクに腰をおろす土方に、斎藤はやれやれとため息をついた。
その日から、総司の行方は杳として知れなかったのである。
次、お褥シーンがありますので、苦手な方はスルーしてやって下さいませね。