「……ただいま」
土方は低い声で言うと、玄関の框をあがった。
当然のことながら、答える人はいない。それがたまらなく胸にしみた。
今までなら総司が明るく可愛らしく迎えてくれたのに、どうして、こんな事になってしまったのか。
総司が行方をくらましてから、既に3日が経過していた。藤堂の処から伊庭、斎藤、近藤、永倉の家まで探してみたが、どこにも総司の姿はなかった。おそらくホテルにでも泊まっているのだろう。その上、大学がちょうど休講続きであるため、大学で探す事もできない有様だ。
一刻も早く会って、誤解をといて仲直りしたい。だが、携帯電話も着信拒否されている状況では、どうしようもなかった。
つくづく後悔してしまうのは、あの朝の喧嘩と、この間のカフェまでのやりとりだ。せっかく斎藤が逃げる仔猫をおびき出してくれたのに、自分は捕まえ損ねてしまったのだ。もっと冷静に対応すればよかったと、何度も後悔してしまう。
「俺って、いつもそうだよな」
はぁっとため息をついた。
洗面所で手を洗ってからスーツを脱ぎ、そのまま風呂に入った。ざっとシャワーだけ浴びて身体を洗ってから、パジャマに着替えてキッチンに向かう。
彼にしては珍しく早く帰ってくる事ができたので、寝る前に酒でも飲もうかと思ったのだ。いつもなら総司の手料理を食べさせてもらい、楽しい時間を過ごせているはずなのにと思うと、気持ちがどんどん沈んでいく。
「何でこうなっちまったんだか」
土方は呟きながら、棚からブランデーのボトルを出した。水で割ろうと思い、冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを取り出す。
グラスに注ごうとして、ふと手がとまった。
「……?」
昨日も、寝る前に水が飲みたくて、ミネラルウォーターを自分は呑んだ覚えがあった。その時、かなり量が少なくなっていたのだ。明日、新しいものを開けようと思ったはずだった。
なのに、今、彼の手にあるミネラルウォーターのボトルは、8割方水が入っている。つまり、新しいボトルなのだ。
「……まさか」
土方は乱暴にボトルをテーブルに置くと、身をひるがえした。玄関へ走ってみたが、そこに総司の靴はない。だが、どう考えても、それしか考えられないのだ。
寝室やリビング、彼の書斎、トイレ、バスルーム、洗面にいないことはわかっていた。土方自身が今日も出入りしているから、確実だ。
なら、残るは……
「……」
しばらく眉を顰めて考えていた土方は、一階にある小さな部屋へむかった。物置がわりにしている部屋だった。
音をたてないよう気をつけつつ、ゆっくりとドアを開けた。部屋の中は薄暗いが、窓から月明かりが射し込んでいる。
フローリングの床の片隅に、毛布が置いてあった。
その上で子供のように身体を丸め、総司がすやすやと眠っている。
「……信じられねぇ」
しばらくの間、土方は呆然とそれを眺めていた。だが、やれやれと安堵の息をつき、部屋の中に入る。
眠る総司の傍にそっと跪き、そのあどけない顔を覗き込んだ。
「……」
泣いていたのか、そのなめらかな頬には涙の跡があった。それを見ると、胸が痛くなる。
その上、胸もとに何かを大切そうに抱いているので、見てみれば、彼自身の写真だ。もう降参する他なかった。
「何で、おまえはこんなに可愛いんだろうな」
やることなすことすべて、可愛いのだ。
笑っていても可愛いが、泣いていても怒っていても、拗ねていても、可愛くて可愛くてたまらないのだ。
「俺はおまえにべた惚れなんだぞ」
くすっと笑い、土方は総司のなめらかな頬にキスを落とした。
その細い身体に両腕をまわして、胸もとに引き寄せる。柔らかく抱きすくめた。久しぶりに腕の中に感じる小さくて華奢な身体に、思わず吐息がもれる。
ぎゅっと抱きしめ、その髪に顔をうずめた。彼らの家で使っているシャンプーの匂いがする。
すると、彼の腕の中で、総司が小さく身じろいだ。
「……ぅ…ん……?」
甘い吐息をもらし、むずかるように首をふった。男の胸もとに凭れかかる。
やがて、ゆっくりとその目が開かれた。長い睫毛が何度も瞬き、ぼんやりと土方を見上げる。
しばらくの間、ぼうっと彼を見ていたが、突然、はっと意識が戻った。
「ひ、土方さんっ」
慌てて身を起こそうとするが、がっしりと男の腕に抱かれた状態では身動きできない。
土方は総司の髪に、首筋に、口づけを落としながら、小さく笑った。
「まさか、ここにいるとはさすがの俺も思わなかったよ」
「どうして? どうして見つかっちゃったの」
「ミネラルウォーター」
そう言っただけでわかってしまったらしい総司は、男の腕の中で、しゅんと俯いた。それに訊ねる。
「いつからここにいたんだ」
「土方さんとカフェ前で逢った日の夕方から」
「マジかよ」
「うん。土方さんが帰ってきているのも知っていたし、昼間は家の中で勉強したり掃除とかしていた」
「それで気づかねぇ俺も大概だな。藤堂とか永倉のところとか、他ばかり探していたんだ」
「心配した? 怒っている?」
「怒っているのは、おまえの方だろう。この間、逢った時、俺の結婚がどうとか言っていたじゃねぇか」
「あ」
とたん、総司の頬がぱっと赤くなった。大きな瞳で真っ直ぐ見上げてくる。
「思い出しました! 見合い写真と指輪、見たんだから。土方さん、結婚するつもりなの?」
「する訳ねぇだろう。っていうか、俺はおまえという嫁さんをとっくの昔に貰ったつもりでいたが、そうじゃなかったのか」
「よ、嫁さんって……じゃあ、浮気?」
「それもねぇよ。見合い写真って……あぁ、この間、持って帰った奴か」
土方は短く舌打ちした。
「あんなもの家に持って帰るんじゃなかったな。直接、渡せばよかった」
「直接って?」
「島田にだよ。あれな、姉貴の紹介で、島田の見合い相手の写真なんだ。疑うなら、島田に聞いてみろよ」
「え、ええっ?」
びっくりして目を丸くする総司を、土方は切れの長い目で見下ろした。
「それで、指輪って何だ」
「指輪は……喧嘩の前の夜に見たのです。土方さんの鞄の中に入っていて、それで」
「あれか。あれは、おまえのための指輪に決っているだろう」
「そんな事あるはずないもん!」
総司は思わず叫んだ。
「あの指輪、とっても小さくて、ぼくの指じゃ入らなかったもん」
「入るよ」
「嘘」
「嘘じゃねぇ。あれはな、小指用の指輪なんだ」
「え」
土方は微かに苦笑した。
「おまえに指輪を贈りたいと思ったが、さすがに薬指は嫌がられるだろうと思ってな。で、ジュエリーショップで相談したら、小指用の指輪を勧められたんだ。こっちも疑うなら、店に聞いてみろよ」
「な、何で急に指輪なんか……」
「総司、おまえ、今週末が何の日か覚えてねぇのか」
「え」
「信じられねぇ話だな。それで、あの野郎と約束なんざしているんだから、たまったものじゃねぇよ。なんか、今頃になってすげぇ腹がたってきた」
荒々しい口調で呟き、土方は総司の細い身体を膝上に抱き上げた。男の手がパジャマのボタンを外していく。それに、総司は目を瞬いた。
「な、何?」
「お仕置き」
「えっ」
「勝手にあれこれ誤解した挙句、さんざん俺を振り回して、心配させた罰だ」
「ひ、土方さん」
「つまりは、俺からの愛を疑った訳だろ? なら、しっかり実感させてやる、この身体にな」
驚いてみると、土方は熱っぽく濡れた黒い瞳で、総司を見下ろしていた。にやりと唇の端をあげて笑うさまが、獰猛な肉食獣そのものだ。
慌てて身をひこうとする総司を抱きすくめた男は、なめらかな低い声で囁いたのだった。
「朝までつきあってもらうぜ?」
それが実行されたのは、言うまでもない。
「……っ、も…やぁっ」
総司は啜り泣きながら、首をふった。
先ほどのウォークインクローゼットだった。そこで、総司は土方に犯すように抱かれていたのだ。
まさに、犯されていると言ってもよい激しさだった。もう彼は二度も総司の中に放っているのに、まだまだ休む気はないらしい。
「壊れ…ちゃうよぉ、許して……っ」
泣きながら抗う総司を組みしきながら、土方はくっくっと喉奥で笑った。
「大切なおまえを、俺が壊す訳ねぇだろう」
「だって、こんな……」
「おまえが二度と俺の愛情を疑うことがないように、しっかり思い知らせてやっているんだ。感謝してくれよ?」
「も…わかったからぁ……やだ、いや」
「そう言いながら、おまえの身体、全然嫌がってないぜ? 俺のものをキュウキュウ締め付けてくる」
心地よさそうに目を細め、土方が言った。
その言葉に、総司のなめらかな頬がぱっと赤くなる。悔しそうに唇を噛んだ。
自分の身体なのに、コントロールがきかなかった。今も、総司の蕾には男の太い猛りが深々と埋め込まれているのに、それをキツく熱く締めあげてしまうのだ。まるで、このまま抱かれつづけたいと言わんばかりに。
土方は総司の身体を床に四つ這いにさせた。獣のような体位に、いやいやと首をふるが、男はまったく容赦しない。
頭を床につけさせられ、腰を高くあげさせられた。そのまま、後ろから深く貫いてくる。
「ひ…ぃッ、ぁ…ッ」
総司は泣きじゃくり、仰け反った。最奥を深々と穿たれ、思わず悲鳴が漏れる。
がくりと肘が折れて床に突っ伏してしまった。膝が痛むと思われたのだろう、土方がクッションを膝下にいれてくれたが、それが逆に腰を高くあげる事になり、羞恥に耳たぶまで真っ赤になる。
「や、だぁ……ッ」
「いやじゃねぇだろ。すげぇ可愛くて、いい格好だ」
「こんなの……っ、土方さんなんか」
「俺なんか?」
くすっと笑いながら訊ねてくる男の意地悪さが、にくらしい。嫌いと言ってやりたいが、そんなこと言えるはずがないのだ。
好きで好きでたまらないのだから。浮気されたと思ったとたん、世界が終わった気がしたぐらい、大好きなのだから。
「……すき……」
それでも、小さな小さな声で言った総司に、土方は満足げに微笑んだ。身を倒し、耳朶を噛むようにして囁きかける。
「いい子だ」
「っ、ぁ…ッ……」
「ご褒美にめちゃめちゃ可愛がってやるからな」
「ッ! ぃ、いやだッ……やめ──」
声が途切れた。
土方が総司の細い手首を掴んだかと思うと、後ろにぐいっと引いたのだ。そのまま、激しく腰を打ち付け始める。
「ぃ、やああぁ……ッ!」
甲高い悲鳴が部屋に響いた。
とろとろに蕩けた蕾の奥を男の猛りが力強く穿ち、捏ね回してくる。凄まじい快感美に、総司は身悶え、泣きじゃくった。
激しく身体が揺さぶられる。
「ぁあッ、ひぃぁッ、ぁあッ…やぁあッ」
「すげぇ……熱…っ」
「ん、んんぅ…ぁッ、ぁああッ」
もうクッションも外れてしまっていたが、総司は膝の痛みも感じなかった。もう男に犯されるまま、泣き叫んでいる。
土方は無我夢中で総司を貪っていた。蕾の奥に男の猛りが何度も打ち込まれる。感じる部分を擦り上げられ、総司はたまらず泣きながら首をふった。
「ひぃ…ぁあっ、も、許して…ぇ…ッ」
「まだだ……まだ、俺は満足してねぇよ……」
「ぁ、ぁあッ、も…だめッ、だめぇ…堪忍して……」
必死になって上へ逃れようとするが、深々と繋がれ、挙句、両手首を後ろから掴まれた状態では逃れようがない。その上、そうして逃げようと身悶える様がより男を煽ってしまったのか、土方は喉を鳴らすと、膝上に総司の細い身体を抱きあげた。己の屹立した猛りの上へ腰を下ろさせてくる。
涙でいっぱいの総司の目が見開かれた。
「ぃ…やッイヤッ、ぁああーッ!」
真下から男の猛りに貫かれ、仰け反った。桜色の唇から悲鳴がもれる。
凄まじい快感と重量感だった。息苦しいほどだ。
男の逞しい胸もとに凭れかかり、はぁはぁっと息をついたが、土方は休む間さえ与えなかった。すぐさま膝を抱え上げ、総司の身体を上下させてくる。
「ひぃッ、ぃッぁあッ」
あまりの快感に、総司のものが弾けた。白い蜜があたりに飛び散る。それに構わず、土方は総司の身体を貪った。
しばらく味あうように上下させてから、再び床上に組み伏せる。そのまま後ろからさんざん腰を打ちつけた。
総司はもう掠れた声で泣きじゃくり、犯されるままだ。
「ぁッ、ぁああっ…ひぃ」
「……総司……っ」
「ひ、土方さ……ぁあっ、ぁああッ」
一際甲高い悲鳴をあげた瞬間、総司の蕾の奥に男の熱が叩きつけられた。土方は半ば目を閉じ、射精しながらも腰を打ちつけ続ける。
総司は床に突っ伏したまま、甘い声で泣きじゃくった。
「ぁ…ぁ、ぁあ……あつ…ぃ……っ」
それを土方は後ろからきつく抱きすくめた。男の吐息が耳もとにふれる。素肌がふれあい、それがたまらなく心地よかった。
「……総司、愛してる」
彼の優しく低い声に、こくりと頷いた……。
結局の処、指輪は総司のためのプレゼントだった。
小指用の可愛い指輪だったのだが、何で急に? と聞いた総司に、土方はあっさりと答えた。
「おまえの誕生日プレゼントだよ」
「え?」
「だから、誕生日。……もしかして、完全に忘れていたのか」
呆れたように訊ねてくる土方に、総司は長い沈黙の後、こくりと頷いた。
あの見合い写真を見てしまってから、そればかり気になって自分の誕生日のことなど完全に忘れてしまっていたのだ。
「信じられねぇ話だよな」
「ご、ごめんなさい。あ、だから? だから、伊庭先生と出かけること怒ったの?」
「あたり前だろう」
土方は肩をすくめた。
「自分の恋人に他の男と誕生日過ごされて、怒らない男がいるかよ」
「本当にごめんなさい。怒って……その、当然だよね。家出までしちゃって……」
「そうだよな。で、週末の予定は?」
どこか意地悪い口調で訊ねてくる土方を、総司は大きな瞳で上目遣いに見上げた。
「……ちゃんと伊庭先生には断りました。家出した間に。だから、土方さんと過ごします……でも」
「でも?」
「土方さん、忙しいのに、本当に休めるの?」
「近藤さんの家にいたんだろう? 喧嘩を長引かせたのは、あの人にも一因あるからな、しっかり取引材料にさせてもらったよ」
「……」
「何だよ」
「い、いいえ。なんでもありません」
意外と土方さんって策士だよねと思いながら、総司はソファの上で土方の肩に凭れかかった。少し甘さをふくんだ声で、訊ねかける。
「どこかに連れていってくれるの?」
「おまえの誕生日だからな。楽しみにしていろよ」
「うん」
弾んだ声で頷いてから、総司はちょっとだけ不安になってしまった。
泊まりとなると、当然のことながら、ベッドインすることがあるだろう。また獣のような彼にさんざん好きにされてしまう可能性があった。この間は、お仕置きもかねていたし、それに自分も気持ち良かったからいいのだが、それでも、翌日ほとんどベッドから出られない状態だったのだ。
(釘、さしておいた方がいいよね……)
そう思いながら顔をあげた。
「あのね、土方さん」
「そうだ、いい忘れていたが」
言いかけた総司の言葉を遮り(わざと?)、土方はにっこりと笑いかけた。
「予約してあるホテルのベッド、すげぇ広いんだ。キングサイズでふかふかで、寝心地最高なんだってさ」
「ね、寝心地最高って、うん、じゃあ、ぐっすり眠れ……」
「眠ってどうするんだよ。ベッドは別のことに使うためにあるんだろうが」
「べ、別のことって……」
口ごもってしまった総司の耳もとに、土方は唇を寄せた。なめらかな低い声で一言だけ告げる。
「セックス」
「!」
とたん、ぼんっと音が出そうなほど真っ赤になってしまった総司に、土方はくっくっと喉を鳴らした。さんざん男に抱かれているのに、相変わらず初で恥ずかしがりやの総司が可愛くてたまらない。
その可愛い恋人の細い身体を膝上に抱き上げ、ぎゅうっと抱きしめながら、男は甘く囁いたのだった。
「せっかくの誕生日だ、すげぇ楽しもうな?」
さて、総司の誕生日がどのようなものだったかは、また別のお話ということで……。
ラストまでお読み下さり、ありがとうございました♪