それはクリスマスの昼だった。
念のため言っておくが、夜ではない。昼間の話だ。
ジングルベル♪ジングルベル♪
その日、東京はもう煩いくらい飾り立てられ、完全にクリスマス一色だった。そこらじゅうが緑と赤と金でキラキラ輝いている。
だが、そのクリスマスムードも、某所では一気に息をひそめた。
何しろ、ここは天下の警察の総本拠地、警視庁。日々起こる犯罪と戦い続ける彼らに、クリスマスなど無縁の話だった。というより、恋人や家族がいるのに憐れにも非番をとり損ねた刑事たちが、涙を飲みながら働いている。
「……あーあ、最低だね」
例によって箸をふり回し、喋り出したのは永倉だった。
隣でうどんをすすっていた島田が顔をあげた。
広い警視庁の食堂はなかなかに混雑している。つまりは、このクリスマスに仕事をするしかない淋しい人間の集まりだったが、それもまた永倉にはうんざりするくらい見慣れた光景だった。
「何が最低なのですか?」
律儀に問いかけた島田に、永倉は肩をすくめた。
「最低に決まってるだろー。クリスマスの日に何が悲しくて、警視庁の食堂で本日のB定食なんか食ってなきゃなんないんだよ」
「A定食の方がよかったのなら、まだ残ってるみたいですよ」
嫌味なのか親切なのか、微妙な口出しをしたのは斉藤だ。彼はいつも、すっとぼけた表情でさり気なーく人をからかい、にやっと笑ってるところがあった。
それをぎろっと睨んだ永倉は、先ほどから前に坐って黙々と食事をつづけている男に視線を移した。
「ちゃーんと恋人がいるのに、ここでクリスマス過ごしてる男もいるんだからなぁ」
「……」
「オレだって、可愛い妹とケーキ食べる予定だったのに」
ぶつぶつ呟き、永倉はため息をついた。それから、ふと気がついて問いかけた。
「それで? 今夜、悲しくもイヴの夜を警視庁で過ごす予定なのは、誰と誰なんだ?」
「……」
「……」
「……」
食事をつづけながら、無言で手をあげたのは三人。
それを見回した永倉は自分も手をあげながら、ため息をついたのだった。
「……つまり、全員ってことかよー。あぁ、ほんっと最低」
その会話から数分後だった。
食事を終えた彼らはお茶を飲みながら、そろそろ席をたとうとしていた。
その時、食堂の前方にある大きなテレビから、元気のいいレポーターの声が流れてきた。
『はい、こちらはクリスマスイベントの会場でーす!』
何が楽しいのか満面笑顔の若い男性レポーターは、どこかの会場内に立っている。周囲は賑やかに飾り付けられ、確かにクリスマスイベントのようだった。だが、それにしてはうろうろしてるメンバーが、妙に子供っぽい。
『こちらは、様々な高校が各自多彩なクリスマス企画を競いあう、イベント会場。今年で五回目となるこの催しも──』
「……へぇ、高校生か」
頬杖をつきながら、永倉が呟いた。
「いいねぇ、何にしろクリスマスだ。羨ましいよ」
「ですが、けっこう面倒くさそうですよ」
「それでもクリスマスだろ。あ、そういや土方さんの可愛いの、高校生だっけ?」
「あぁ」
土方は頷き、視線をテレビへむけた。別に興味があったのではない、何気なくだったのだ。だが、その眉がふと顰められた。
「……あの高校生」
「え?」
その呟きに、彼らは職業柄、何かあるのかと思わずテレビの方をふり返った。が、声をあげたのは永倉だった。
「あーっ! あの野郎っ」
テレビの中では、一人の男子校生がインタビューされていた。
それは土方も一度会ったことがある、藤堂だった。にこにこしながら、自分たちが作ったらしい飾り付けを説明している。
土方は訝しげに永倉を見た。
「何だ、知ってるのか?」
「知ってるも何も、うちの磯子にちょっかい出してやがるガキだよっ」
「へぇ」
「あ、けど、何で土方さんが知ってるんだ?」
「いや、総司のクラスメイトだからな」
「世間て狭いんですねぇ、嫌味なくらい」
また斉藤が、感心だか何だか微妙な合いの手を入れた。それに土方は肩をすくめ、永倉は唸りながらテレビを睨み付けている。
そうこうするうちに、藤堂がにこやかに叫んだ。
『では、ここで。うちのアイドルに登場してもらいまーす!』
『アイドル、ですか?』
『そりゃもう、めっちゃくちゃ可愛いんですよ♪』
会話するレポーターと藤堂を眺めながら、土方は眉を顰めた。
……何だか、とんでもなく嫌な予感がする。胸騒ぎとでも言えばいいのだろうか。
いや、まさかなと思いながら、手元の湯飲みをとりあげ茶を飲んだ。
藤堂が大げさな手振りで、じゃーんっと両手をさし出した。
『はい、ご登場〜!』
パッとカメラが動き、そこに一人のバニーちゃんがあらわれた。
いや。正確に言えばベビーピンク色の兎の格好をした、高校生だ。クリスマスならトナカイだろうが、確かに、この高校生には兎の方が似合っていた。
ショートカットの艶やかな黒髪。その頭上にピンク色の長いうさうさ耳をつけ、それが動きとともにふわふわ揺れる。綿菓子みたいなピンク色の服を華奢な躯に纏い、白いブーツを履いて、後ろにはシッポなんかもついてるみたいだ。
ちょっと紅潮したなめらかな頬に、つやつやした唇。少し恥ずかしそうに笑いながら、じっとカメラを見つめ返している大きな瞳。
それは、確かにアイドルだった。
藤堂の言葉どおり、そこらのアイドルも顔負けの超絶な可愛さで、どこから見ても女の子そのもののピンクバニーちゃん。
だが──それは……。
「……っ!」
土方は、今飲んだ茶を危うく吹き出しそうになった。
その隣に坐っている斉藤も、呆然とテレビを凝視している。
(そ、総司……!)
声に出さなかっただけでも、彼らは偉かった。
何しろ、めちゃくちゃ可愛いバニーちゃん女子(?)高校生の登場に、食堂中の刑事たちの大半がテレビに釘付けになってしまっているのだ。こんな中で名前など呼んだらどうなるか、正直な話、考えたくもなかった。
だが、土方には声に出さなかったが、言いたい事が山っほどあったのだ。
何でそんな格好してるんだ。
何でそんなイベントなんかに出てるんだ。
三年だろうが、おまえ大学受験のこと忘れたのか──等等。
いや、そんなことよりもだ!
土方は、今すぐ食堂の前に突進してテレビをぶちっと消したくなる己を、必死に押さえつつも、心の中で叫んだ。
(って言うより、何でそんなに可愛いんだ! しかも、そのめちゃくちゃ可愛い、俺でさえ初めてお目にかかるバニー姿を、全国ネットなんかで流すんじゃねぇーっ!)
が、そーんな恋人の心の叫びを全く知らず、テレビ画面の中、総司はにこっと笑った。
それに、ちょっとデレデレとレポーターが話しかける。
『いやぁ、ほんとすごく可愛いアイドルさんですねぇ。何年ですか?』
『三年でぇす』
『お名前は? あ、上だけでいいですよ』
『沖田といいまーす』
ハイテンションで総司は答えた。それに、あれっとレポーターが首をかしげる。
『もしかして、彼女……酔っぱらってます? まだ未成年じゃ……』
『あ、違います。これこれ』
藤堂が苦笑しながら、赤や緑の包みを差し出した。隣で、確かに総司はとろんとした瞳で、頬も紅潮している。どう見ても酔っぱらっていた。
『さっきスタッフの人に貰ったの食べたら、酔っぱらっちゃって』
『えっ、リキュール漬けのフルーツケーキで? こんなので酔っちゃうなんて可愛い彼女ですねぇ。いや彼氏さんも大変だ』
からかうようなレポーターの言葉に、藤堂は慌てて手を顔の前で振った。
『それも違います。オレ、こいつの彼氏じゃないですよ。そんな間違えられたと知られたら、本物の彼氏に射殺されちゃいます』
「……」
茫然自失からようやく復活した斉藤は、ちらりと土方を見た。
土方は椅子の背に寄りかかり、両腕を組んだ状態でじっとテレビを見つめている。その形のよい眉は顰められ、唇も固く引き結ばれていた。めちゃくちゃ不機嫌らしく、背後でめらめらと焔が燃えているような錯覚さえ覚える。
確かに、この様子なら有り得る話だと思いながら、視線を流した。当初、事情が飲み込めなかったらしい島田と永倉も、ようやくわかってきたらしく、成程という顔でこくこく頷き、テレビを見た。
レポーターが大げさに笑った。
『射殺? すごい彼氏ですねぇ』
『えぇ、そりゃもう』
『いったい、お仕事は何をされて……』
『はいはい!』
総司がマイクを横から掴んだ。
にっこり元気よく、カメラにむかって答えた。
『警察でーす!』
『あ、おまわりさん?』
『違います。警視庁で働いてる刑事さんでーす』
ざわざわっと食堂内がざわめいた。
それもそうだろう。何しろ、今喋ってる超可愛い女子高校生の彼氏が、この警視庁にいる刑事だと言うのだ。
人々が周囲を見回してるのを感じ、土方は思わず頭を抱えたくなった。いっそ席をたってしまおうかと思うが、総司がまだ何を喋るか考えると恐ろしくてそれも出来ない。
そんな土方の苦悩も知らず、総司はえへっと笑った。
『格好いいでしょう? 今日、非番じゃないから、今頃、警視庁の食堂でご飯たべてるかな? あ、もしかしてこれ見てるかも〜♪』
にこにこと手をふる総司に、斉藤は思わず心の中で呟いた。
(……見てる。全部しっかり見てるから、もう喋らないでくれ。うちの課の平和のためだ、頼む、勘弁してくれ)
同じことを傍の永倉と島田も思ったらしく、引き攣った顔で斉藤と視線をあわせ、こくこく頷いた。
だが、彼らの必死の祈りも虚しく、レポーターはもっと立ち入った事を聞き始めた。
完璧にイベントからはかけ離れているのだが、今日はクリスマスだ。恋人たちの日だ。これでいいと割り切ったのだろう、レポーターはにこやかに訊ねた。
『それじゃ、もう一つ質問。ずばり、あなたの彼氏はどんな人ですか?』
『どんな人って……』
総司はちょっと小首をかしげた。くたりと頭につけたピンクのうさうさ耳が揺れ、それがまた可愛い。
『んーと、あ、すっごく格好いい人!』
『うわ、いきなりノロケ』
『だって、本当に格好いいんです。まるでモデルさんみたいに、背もすっごく高くて』
『あなたみたいに可愛い恋人じゃ、まぁそれも当然でしょうね』
『ありがとうございまーす。あとね、優しくて強くて、でも、やきもち焼きなのが困っちゃうんですよっ』
『そうなんですか?』
『そうなんです!』
突然、総司は頬をますます紅潮させて叫んだ。両手をふり回すたび、長い耳やらシッポやらが揺れて、感涙ものの可愛さだ。
『プールにも海にも温泉にも、行っちゃ駄目って言うし! 他の人に肌見せたくないんですって。酷いと思いませんっ?』
『うーん、それは確かに。でも、これだけ可愛いくちゃ仕方ありませんよ』
『だって、それだけじゃないんですよ。前なんか、外へ出すのも嫌だとか! だいたい、独占欲強すぎ! あ、それからね、全然違うけど、掃除の仕方が最悪なんです、あの人! もう特捜なんかたったら、部屋の中ぐちゃぐちゃ! 普段は綺麗にできるくせに、ほんっと一つの事しか見えないっていうか。仕事なら仕事だけ、恋愛なら恋愛だけ。どうしてあぁなのかなぁ』
『まぁまぁ──』
果てしなく続きそうだったが、レポーターが何とか総司を宥めた。その後、ようやく話題はイベントの事に移る。
それに、島田も永倉も斉藤も、やれやれ終ったのだと心底安堵の吐息をもらした。
が、世の中そんなに甘くない。これで災難が終わった訳ではなかったのだ。
藤堂が少しだけ喋ってから、カメラは次の高校のブースへ移ってゆこうとする。
その瞬間だった。
突然、カメラの前に総司がダダダーッと戻ってきたかと思うと。
にっこり可愛く笑って。
こう、叫んだのだ。
『土方さぁん、愛してまーす! お仕事頑張ってねー!』
そして、投げキッス。
後はもうレポーターやスタッフ、周囲の高校生たちの笑い声。
可愛いらしい総司の行動を、誰もが微笑ましく思ったようだった。
……だが。
斉藤も永倉も島田も、到底笑うどころの騒ぎではなかった。
ぴきーんっと固まったまま、呼吸さえとめてしまった。
土方。
そうそうある名前ではない。しかも警視庁所属で、長身で姿形のいい「土方」という刑事など、たった一人だった。
「……」
その土方は、警視庁の食堂中の視線がいっせいに集まる中、ゆっくりと立ち上がった。そして、食堂を横切り、さっさと皿や茶碗を載せたトレイを返却口に置くと、無言のまま食堂を出ていってしまった。
「……」
それを三人は首を回してじーっと見送った。やがて、永倉が小声で斉藤に訊ねた。
「……なぁ、どうフォローする?」
「あの土方さんの恋人がバニーちゃん姿も可愛い「女子」高校生で、おまけにやきもち焼きまくって、プールも海も温泉も禁止するほどメロメロにされてるなーんて、もの凄い噂が警視庁中を駆け巡りまくっても、全然おれたちのせいじゃありませんよ、ねぇぇ?」
「あたり前だっ。けど……いや、それよりさ、今日の仕事どうすんのよ?」
「……さて。私斉藤一は本日突然腹痛のため早退ということで」
「斉藤! ずるっ、最低っ」
「ちょっと、お二人とも待って下さいよ〜!」
ぎゃあぎゃあ言いあいながら、斉藤と永倉、島田が出て行った後。
警視庁食堂内では、ひとしきり噂の花が咲いたのは言うまでもない事だった。
一方、可愛い女子(?)高校生を恋人にもち、おまけに凄いやきもち焼く程めろめろにされてると、全国ネットで思いっきり流されてしまった男は、凄い勢いで廊下を歩いていた。
行き先はもちろん、先ほどのイベント会場だ。生中継で近場だったから、今すぐ行けば捕まえられるはずだった。
「……待ってろよ、総司」
めらめら怒りに燃えながら呟くと、土方は階段を駆け降りていったのだった。
クリスマスイヴの夜。
ピンクバニーちゃん運命は、確定済のようで?
[あとがき]
クリスマスin the警視庁食堂いかがだったでしょうか? クリスマスなら本当はトナカイやら何やらだとわかってるのですが、この機会にどうしてもバニーちゃん姿させたくて。冬と言えば雪兎ですよ、ね? 実はこれ、つづきあります。もっちろん、裏ありの。いつもとちょっとだけ入り方違います。このページで今、目の前。ピンクピンククリスマス!きらきら綺麗なメリークリスマス〜って。下じゃないよん、その反対。ね、おわかりでしょう? では、そっちでまたお逢いしましょう!
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