土方が問いかけてきたのは、食事後の事だった。
片付けを終えた総司がリビングへ戻ってみると、土方はソファに身を沈め、ぼんやりと夜景を眺めていた。ヘンリーシャツにジーンズという姿が、くつろいだ印象で、とても魅力的だ。
まだ僅かに濡れた黒髪をかきあげる仕草に、ぞくりとするような男の色気を感じた。
「土方さん」
そっと声をかけると、土方は我に返ったようだった。はっとした表情で総司をふり返り、「あぁ」と微笑んでみせる。
「片付け、終ったのか」
「はい」
こくりと頷いてから、総司は土方の隣に腰かけた。ほんの少しだけ間をあけて。
その距離感に、土方は僅かに眉を顰めたようだったが、すぐ知らぬ顔で呼びかけてきた。
「なぁ、総司」
「はい」
「一つ、聞きたい事があるんだ」
「え?」
総司は思わず、どきっと心臓を跳ね上がらせた。
ずっと逃げ回ってきたけど、とうとう、土方さんも堪忍袋の緒がちぎれ飛んじゃった?
でも、ぼく、まだ踏ん切りがついてなくて……どうしよう。
「総司、聞いているか」
「あ、はい。えーと、何ですか」
「……いや、あのさ」
土方は云いづらそうに、彼らしくもなく口ごもった。だが、いつまでも躊躇っていても仕方ないと思ったのだろう、その黒い瞳で総司をまっすぐ見つめると、きっぱりした口調で云いきった。
「おまえ、どうして、俺との行為を嫌がるんだ」
「……え」
固まっている総司に、土方は一度口に出してしまったら箍が外れたのか、一気に話しはじめた。
「海辺の別荘に行ってから、ずっとだろ? そういう雰囲気になると逃げちまうし、直接欲しいと云っても断られるし。かれこれ、もう一ヶ月じゃねぇか。余程、俺が嫌な事をしたかと思ったが、どう考えてもわからねぇんだ」
「……」
「キスとかOKだから、嫌われた訳じゃないと思う。けど、もしかして……それは勘違いなのか? キスも我慢しているのか?」
不意に、黒い瞳が苦痛の色をうかべた。眉が顰められ、両手がぐっと握りしめられる。
切ない表情のまま、土方は掠れた声で問いかけた。
「俺のこと……嫌になった、のか?」
「そんな!」
総司は思わず叫んだ。慌てて身を乗り出し、土方の手を握りしめた。
「そんなこと、あるはずないでしょう!? あなたの事、嫌いになるなんて……ぼくができるはずないじゃない。だい好きだもの、愛してるもの! だから、だから……こうして傍にいるんだもの……っ」
「じゃあ、どうして」
土方は総司に手を掴まれたまま、云った。
「どうして、俺との行為は嫌がるんだ」
「だ、だって……いやなんだもの!」
「は?」
「……中にされるのが……いや、なの」
「……」
土方の目が見開かれた。
何を云われたのか、すぐわかったのだ。だが、それはしかし。
「おまえ、コ……いや、かぶせてするの、痛いから嫌だって云ったじゃねぇか」
「うん」
総司は恥ずかしそうに耳朶まで真っ赤になりながら、頷いた。こんな会話をすること自体、恥ずかしくてたまらないらしい。いつまでも初々しい、可愛い恋人なのだ。
だからこそ、土方も出来るだけ言葉をぼかして話しているのだが、一方で、そうして瞳まで潤ませている姿は艶やかで色っぽく、ずっとお預けくらっている土方にはとんでもなく目の毒だった。
「あのね」
総司はもじもじしながら、云った。
「あれは嫌なの。痛いから……いくらローションつけられても、痛くて嫌い」
「だったら、無理だろ?」
土方はちょっと呆れたように云った。
「だいたい、今まで何も云わなかったのに、どうしてなんだ。急に何で嫌がりだしたんだ? お腹でもこわしたのか?」
「そうじゃなくて……後がいやだから」
「後って……」
「土方さん、いつも後始末してくれるでしょ? でも、あれが恥ずかしくてたまらなくて。しかも、この間の時、バスルームでめちゃくちゃ丁寧にした挙げ句、またやっちゃって、その後もまた始末されて……色々されて……めちゃくちゃ恥ずかしかったの。あの時の事を思い出すと、わぁーって叫びたくなるぐらい、恥ずかしいの」
一気に云いきった総司の前で、土方は呆然としていた。
まさか、そんな理由で拒まれていたとは、思ってもみなかったのだ。
だが、そこまで恥ずかしいと思うのなら、仕方がない。こっちも、そんな理由で拒まれたらどうしようもないのだ。
「じゃあ……自分で後始末するか?」
そう訊ねた土方に、総司は目を見開いた。大きな瞳で男を見上げ、ベビーピンクの唇を震わせている。
だから、そんな顔するなって! と思いつつ、土方は言葉をつづけた。
「俺は別に構やしねぇよ。自分でしたいならしていいし……けど、おまえ、出来るのか? それだって、相当恥ずかしいと思うぜ」
「……で、できない」
「なら……」
「だから、外に出して!」
「はぁ?」
総司の言葉に、土方は驚いた。それに、総司がすごい勢いでまくしたてる。
「AVとかでやってるじゃない。いく寸前で、外に出してるの。あれなら、大丈夫でしょ? できるでしょ?」
「できるでしょって……おまえ、云ってる意味わかってんのか! っていうか、そんなAVどこで見たんだよっ」
的外れな問いかけをしてしまった土方に、総司はぶんぶん首をふった。
「そんな事より、外に出して! でなきゃ、絶対にしないから」
「あのなぁ、それって出来る出来ないの問題じゃねぇよ。どうしたって、おまえの体の上に出しちまうんだぞ。あんなのかけられて、いい気持ちする訳ねぇだろうが」
「……だって……」
「俺だって、そんな事絶対にしたくねぇよ。おまえのきれいな肌の上に、そんなものかけるなんざ、考えただけで嫌だ。絶対にお断りだ」
「だ、だったら、ぼくもお断りだから!」
「!」
総司の言葉に、土方はとうとうキレた。
肩を掴まれ、え?と思った時には、ソファの上へ押し倒されている。
見上げた総司に、土方が素早くのしかかってきた。欲情に濡れた黒い瞳で恋人を見下ろし、口角をあげてみせる。
「悪いが、もう限界だ。断られたって、やってやるからな」
「何……それ! ぼくの意志はどうなるのっ?」
「俺の意志だってどうなるんだよ! ここまで我慢させられたんだぞ」
そう云いきった土方は、総司のシャツに手をかけた。云っていることは強引だが、手だけは優しく丁寧に釦を一つずつ外してゆく。
そんな男の下で、総司はバタバタ暴れた。
のしかかる男の胸に両手をつっぱねながら、思いっきり叫んだ。
「今したら、土方さんの事だいッ嫌いになるから──ッ!!」
「……で?」
恋人同士の痴話喧嘩の一部始終を聞かされていた斉藤は、うんざりした表情で先を促した。
それに、土方は肩をすくめた。
「……だいッ嫌いなるって云った後、泣きだしちまってさ」
「総司が?」
「あぁ。わんわん泣いて、いやだいやだって」
「はぁ。それで、どうしたのです」
「やめた。そんなもの……出来るはずねぇだろ」
「ですよねぇ」
やれやれと首をふくめた斉藤の横で、永倉が「だよな」と頷いた。島田も感慨深げに頷いている。
場所は、もちろん、警視庁内食堂。
今日もいい快晴の空が広がる窓のすぐ横の席、いつもの面々が揃って昼食の真っ最中だった。
「けどさぁ」
永倉が本日のB定食チキンカツを食べながら、云った。
「あんたも、総司くんの気持ちとか少しは理解してあげなきゃ」
「どうやって理解するって云うんだ」
土方は不機嫌そうに眉を顰めた。
「俺に、受け身の方になれって云うのか」
「そう極端じゃなくて、気持ちの問題だよ。気持ち。オレだって、やっぱ、小常の気持ちになって考えるようにしてるしさ」
「考えた挙げ句に、あの行動ですか」
つい最近、お茶の間を騒がせたスキャンダルを思い出しつつ、斉藤が呟いた。
永倉と小常は、二人して一晩カラオケで騒いだ挙げ句、いちゃいちゃしながら出てきた処を、ばっちりフォーカスされたのだ。
「いいじゃねーか! 小常も楽しんでたんだぞ」
むっとした表情で永倉は云い返したが、土方はそんな会話ほとんど耳に入っていない。
ひたすら、彼の頭の中は、「如何にして可愛い総司のご機嫌をとりむすび、あわよくば愛の営みへ入ることができるのか!?」という難題だけで、満タン状態なのだ。
「総司の気持ち、か」
腕を組み、考え込んでしまった土方に、斉藤が声をかけた。
「土方さん、永倉さんの軽口ですから、あまり真剣に考えず」
「斉藤、おまえなぁ」
「とりあえず、無理やりはいけません。余計に頑なになっちゃいますよ」
「……」
「まずは、そういう雰囲気にもっていくんです。恋人らしい、甘い雰囲気に。お酒の力を借りるのもいいですし、音楽かけたりもいいですし。それで、総司がその気になった感じがしたら、ちょっとだけ焦らしてから押してやればいいんですよ。結局、色々なっちゃっても、いい気持ちにさえなれば、総司も何も云いませんって」
「ひゅー、はじめちゃん、詳しいねぇ」
口笛を吹いた永倉に、斉藤は胸をはり誇らしげに云った。
「そりゃもう! いつか来る日のために、準備は怠りありませんから」
「いつか来る日って?」
「もちろん、総司がオレの……」
云いかけた斉藤は、慌てて口をつぐんだ。おそるおそる様子を伺ってみたが、幸い、土方は自分の考えに没頭しているらしく、眉間に皺を寄せて熟考中だ。
「音楽、か……」
「い、いや、映画とかでもいいんですよ」
斉藤はさっきの失言をとりなすように、言葉をつづけた。
「その手のシーンがある映画を、家で見たりとか。ほら、土方さんの家、やたらデカい液晶テレビあるじゃないですか」
「あまり使ってねぇ」
「なら、こういう時こそ出番ですよ! ばんばん使わなきゃ」
「けどさ、その手のシーンってAVでも見ろってのか?」
「そこまでいったら、総司、ひいちゃうでしょう。それより、ちょっと濃厚なシーンのある恋愛ものとかがいいんじゃないですか。一見すれば、ラブストーリーの」
斉藤が色々あげてくれたタイトルの中には、総司が見たいと云っていたものもあり、土方はいい考えだと思った。
少し気持ちの晴れた様子で、笑いかける。
「わかった。ありがとう、助かったよ」
「いえいえ」
「礼に、また何か買ってやる。ま、うまくいけばだけどな」
そう云った土方は、トレイを手に立ち上がった。返却口へ歩きだそうとする。
だが、何を思ったのか、不意に立ち止まった。ふり返りざま、斉藤を見下ろし、呼びかける。
「斉藤」
「はい?」
顔をあげた斉藤に、土方はきれいな顔でにっこり笑いかけた。
「一つ忠告しておくけどな」
「は?」
「絶対来ねぇ日の為に、無駄な労力費やすなよ」
「……」
絶句する斉藤を残し、土方はさっさと歩み去っていった。
それを見送り、永倉はやれやれと首をふったのだった。
「……さすが土方さん。聞くべき処は聞き逃さないねぇ」
総司はおそるおそる問いかけた。
やっぱり自分に負い目もあったので、少し上目遣いに彼を見上げながら、訊ねたのだ。
「……怒ってない?」
場所は、彼のマンション近くの歩道だった。
街灯が灯され、人通りの多いそこは金曜日の夜もあってなかなかに賑わっている。
土方からの「家に来ないか」という誘いに、総司は当然躊躇った。
何しろ、先日は、わんわん泣いた挙げ句、家まで送り届けてもらい、お泊まりもなしになってしまったのだ。むろん、あの状況で泊まれるはずもなかったが。
だからこそ、今回はもう逃げられないという気がしていた。結着をつけなければ、彼の気持ちも離れてしまうだろう。
いつもなら藤堂とかに相談する処だが、こればっかりはそうもいかなかった。そんな話題、恥ずかしくてできるはずもない。
総司自身、土方とそういう事をするのは恥ずかしいけれど、気持ちよかった。だが、一方で、欲求が強いという訳でもなく、傍にいられればいいもんと思っている事も確かだった。
それは総司が淡泊だからなのか受け身だからなのか、わからない。だが、だからこそ、男の性的欲求による衝動のようなものは、理解しがたかった。
そのため、土方の我慢も、苛立ちも、今ひとつ理解できない。
(でも、すっごく辛いみたい……)
待ち合わせ場所で、総司は先日読んだ雑誌の事を思いだした。
情報誌なのだが、そこに男の子・女の子の本音という感じで、色々書いてあったのだ。
それを読むにあたり、さんざん泊まりに行っているくせに我慢させるなんて!みたいな事が書かれてあり、ちょっとショックを受けてしまった。
この一ヶ月、総司が土方の家に泊まったのは、数えきれぬぐらいだ。だが、その中で一度だってOKした事はなかった。土方はいつも優しく頷いてくれていたが、腕の中で眠る総司に、どれだけ苦痛を強いられていただろう。
だから、この間、とうとうキレたのだろうが、あの時も結局は、泣きだした総司に諦めてくれた。何だかんだ云いながら、土方はとことん総司に甘いのだ。
でも、それに甘えているばかりのぼくって……と、総司はきゅっと唇を噛みしめた。
嫌なものは嫌だし、恥ずかしいものは恥ずかしいのだけれど。だが、土方に辛い思いをさせるのも、たまらなく嫌なのだ。
(ぼくって、我侭……)
そんな事を考えながらしょんぼりした気分で立っていた総司のもとへ、やって来た土方は妙に上機嫌だった。
この間の事などすっかり忘れてしまったのかと思うほど、優しい笑顔で総司の手をとり、「逢いたかったよ」と甘く囁きかけてくる。
濡れたような黒い瞳に見つめられ、総司は思わず、ぼーっと見惚れてしまった。自分でも頬が上気しているのがわかる。
だが、だからこそ。心配だったので、ひきずっているのは総司の方だったからか、つい聞いてしまったのだ。
「……怒ってない?」
と。
それに、土方は僅かに小首をかしげた。訝しげに、総司を見下ろす。
「何を?」
「え、あの……えっと、この間の事……」
もごもごと口ごもってしまった総司の前で、土方はふっと唇の端をあげた。ちょっと意地悪い表情が、その端正な顔をかすめる。
「ふうん……気にしているんだ」
「気にして、というか、その……」
「怒ってねぇよ」
土方はさらりと答え、掌で総司の頬を一撫でした。
「怒ってねぇけど、気にはしている。おまえを怖がらせちまったなって」
「え」
「あんな事して悪かった。怖かったろ? 本当にごめん」
「土方さん」
じんわりと胸奥があたたかくなった。優しい恋人に、幸せいっぱいになる。
総司は土方の腕に思わず抱きついた。ぎゅっと抱きしめ、頬を寄せる。
それに土方も笑い、優しいキスを額におとしてくれた。ますます嬉しくなる。総司は幸せいっぱいの気持ちで、土方に寄りそった。
仲良く、彼のマンションへの道を歩いてゆく。
「……」
そんな総司を見下ろし、土方は僅かに口角をあげた。
「わぁ♪ これ見たかったんです」
シャワーを浴びてから、夕食後。
土方がさし出したブルーレイのディスクに、総司は目を輝かせた。
それに、土方は満足げに微笑んだ。
「だろ? 前に見たいって、云ってたからな」
「覚えててくれたんだ。ありがとう!」
「さっそく見るか?」
「うん!」
いそいそと総司はディスクを手に、テレビの方へ走り寄っていった。上だけしか着ていないため、パジャマの裾がひらりと翻いたとたん、白い腿がのぞいてエロティックだ。その光景に、土方は複雑な表情になった。だが、ゆるく首をふると、ソファの上へ腰をおろす。
やがて、明かりを絞った部屋の中、大きな液晶画面に映画が映し出された。
総司は土方の隣に坐り、わくわくしながら見ている。
映画の内容は、少し甘ったるいぐらいのラブストーリーだった。ファンタジー的な要素も含まれているため、尚更甘い。
総司はうっとりとなった。
昔はそれ程でもなかったのだが、土方と恋愛するようになってからは、つい女の子的な視点で見てしまう。今も同じくで、総司は主人公の女の子と同化するような気持ちで、どきどきしたり、涙したり、嬉しくなったりしていた。
そのうち、映画はどんどん進んでいき、気がつくと、ラブシーンが始まり出した。
(あれ? これって、けっこう色々あるのかな)
初めはそう考えたぐらいだった。だが、シーンが進むにつれ、次第に赤面してしまう。
総司が知らないだけだったが、この映画はR18の指定もされた、かなり濃厚なHシーンのある映画だったのだ。AVとまではいかないが、それに近いもののある映像に、総司は頬を上気させた。
自分一人で見るのなら、ここまで恥ずかしいとは思わない。だが、今、隣にいるのは彼なのだ。いつも、自分とそういう事をしている男。
画面の中で激しく抱きあう男女が自分たちに重なるようで、いたたまれなくなった。
「……」
総司はどきどきする胸をおさえながら、そっと隣の様子をうかがった。彼も少しは動揺しているのではないかと思ったのだ。
だが、その予想は外れた。
土方はソファに身を沈め、ゆったりと足を組んで映画を鑑賞していた。その端正な横顔には動揺のかけらもなく、まったく平然とした様子だ。
それに、総司は戸惑った。
