「どうぞ、お姫さま」
 そう云いながら片手をさし出し、土方は意地悪く笑った。
 総司はかるく唇を尖らせたまま、そんな彼を上目使いに見上げた。
 ちょっと小首をかしげるようにして、訊ねた。
「やっぱり、まだ怒ってるんですか?」
「…………。別に」
「その間は何?」
「何って何だ」
「怒ってるくせに。もう、土方さんの意地悪!」
 そう云いざま、総司がとんっと足を踏み鳴らした。とたん、長い尻尾がゆらゆら揺れた。
「……」
 その超可愛い姿に、土方は深々とため息をついた。
 正直な話、その姿の総司を待ち合わせ場所で見つけた瞬間、土方は思わず「俺の理性試してる?」と訊ねたくなったのだ。なーんにも考えられなくなって、危うくその場で押し倒してしまいそうになった程だった。
 3月14日、午後7時。
 らぶらぶホワイトデー。 
 予約してあるホテルへ二人で向かう、その道中。
 隙あらばナンパしようとする野郎達との不毛なバトルand理性と欲望のチキンレースで疲れきってしまった土方の心境は、正直なところ。
(……頼むから、勘弁してくれ)
 だった。

 

 

 
 とにかく、総司は頑張ろう!と決意していた。
 バレンタインデーで失敗した分、ホワイトデーで絶対挽回しようと意気込んでいたのだ。だが、いったい何をあげれば、土方が喜んでくれるのか、今ひとつわからない。もちろん、同居の件は大喜びしてくれるだろうが、それはまた別の話だった。
 そんな総司に、悪魔の囁きをしたのは、藤堂だった。むろん、彼は総司のためにと助言したのだが。
「何が欲しいって、そりゃ、決まってるよ」
 時は、ホワイトデーの前日。 
 場所は、永倉の家だった。
 こんなところを永倉が見れば怒り狂うだろうが、彼の留守中に、藤堂と総司と磯子は仲良くお茶をしていた。
 藤堂はにやっと笑った。
「そりゃ、土方さんも男だもの。欲しいものは、たった一つさ」
「え、何? たった一つって」
 無邪気に訊ねた総司を、藤堂は指さした。
「お・ま・え♪」
「……おまえって……おまえって、え、ぼくっ?」
「そうそう。頭にリボンでもつけて、裸でベッドに潜り込んでいれば男なら誰でも大喜び……」
 パカーンッ!と凄い音が鳴った。
 藤堂が頭を抱え、うずくまる。もちろん、総司ではなかった。後ろから、いきなり磯子がトレイで殴り倒したのだ。
「このすけべ高校生! そんなオヤジ発想しないでよっ」
「……ううっ、いっちゃん、本気で殴った?」
「あたり前でしょ。あたし相手に同じこと云ったら、ベランダから突き落としてやるわよ」
「そんな事されたら死にます」
 強豪テニス部エースいっちゃんのトレイ直撃だ。
 めちゃくちゃ痛そう……と思いつつ、総司はまだうずくまる藤堂を眺めた。
 磯子はソファに坐ると、あらためて紅茶のカップやお菓子をならべ、総司にも勧めてくれた。
 それから、さっさとポリポリお菓子を食べながら、小首をかしげた。
「でも、さっきの平ちゃんの案も一理あるわね」
「……なら、どうして殴るんだよ〜っ」
「平ちゃんは黙って。形は違っても、ようは可愛くラッピングされていればいいんじゃない?」
「ラッピングって……」
 意味不明の言葉に、総司は小首をかしげた。それに、復活した藤堂が横から云った。
「それいい! ラッピング! 男は脱がすのも好きだし……」
「……平ちゃん、もう一発いく?」
 磯子が怖い目でトレイを手にすると、藤堂は慌てて両手をふって後ずさった。それを眺めながら、総司はなる程と頷いた。
 ラッピング。
 つまり、彼が気にいってくれるような格好をすればいいのか。
 でも、どんな格好がいいのだろう。
 ふわふわの白いセーターは彼のお気に入りだけど。でも。うーん……。
「前に、平ちゃんから聞いたんですけど」
 考え込む総司に、磯子はにこにこしながら云った。
「クリスマスの時、バニーちゃんのコスプレしたって本当ですか?」
「え、あ……うん。ちょっとノリすぎて、やっちゃったんだ」
「じゃあ、今度もそのノリでいったらいいじゃないですか」
「そのノリって……」
「えへへ、着せ替え人形〜♪」
 磯子は嬉しそうに笑った。心なしか、その目がらんらんと輝いてて、とんでもなく怖い。
「……え……?」
 総司はいやーな予感を覚えつつも、小さく笑い返してみせたのだった。
 

 

 

 3月14日、午後6時20分。
 仕事を終えた土方は、総司との待ち合わせ場所に急いでいた。本当は予約済のホテルのロビーでと云ったのだが、少しでも早く逢いたいからと可愛いことを云ってくれた総司のため、警視庁の近くの噴水前で待ち合わせすることになったのだ。
 噴水前についた土方はぐるりと見回してみたが、まだ総司は来てないようだった。だが、ここは待ち合わせのメッカらしく、結構な人の数だ。
「……」
 土方は思わず自分の格好を見下ろしてしまった。
 ダークに近いスーツ姿。とんでもなく目立たない格好だった。これで総司が気づいてくれるだろうか。もう少し、わかりやすい場所で待ち合わせすれば良かったと、つくづく思った。
 が、それは完全に彼の思い過ごしだった。ごく普通のビジネスマンの格好ながら、その待ち合わせ場所で、端正な容姿をもつ土方はとんでもなく目立っていたのだ。
 そこに彼が現れたとたん、女の大半の視線は吸い寄せられてしまっていた。今もちらちらと視線を送っている。が、土方はそんなものに全く無関心のまま、時計に目をやった。
「……おかしいな」
 もう約束の時間なのだ。なのに、総司は現れていなかった。一瞬、一年以上前のあの事件の時の待ち合わせを思い出し、眉を顰めた。
 土方は急いで携帯電話を取り出すと、例のGPSの画面を呼び出した。が、そのとたん、思わず首をかしげてしまった。
「……?」
 総司はこの噴水前にいると表示されていたのだ。なら、もうとうの昔に来てる事になる。
 土方は携帯電話を手にしたまま、もう一度、周囲を見回した。どこを見ても女の子や女性ばかりだ。いや、男もいるが、それは女の子をナンパしてる大学生たちで──
「!」
 不意に、土方の目が大きく見開かれた。
 携帯電話を仕舞うと、もの凄い勢いで広場を横切った。そのナンパしてる大学生たちの後ろまで来ると、低い声で呼びかけた。
「……おい」
 それに、彼らはふり返った。
 あからさまに不満そうな顔をしていた。そこにいるのがまた、モデルばりの容姿をもつ端正な顔だちの男だから、尚更おもしろくなかったのだろう。
「何だよ。何か用なのか」
「あぁ、用がある」
 云いざま、土方は手をのばした。そして、彼らに肩を抱かれていた少女を無理やり胸もとに引き寄せると、両腕で守るように抱きすくめた。
 突然、現れた男に、彼らは叫んだ。
「な、何だよっ、あんた、横取りする気だろうけど、こっちが先に……っ」
「何が横取りだ。ふざけた事ぬかすんじゃねぇよ」
 凄味のある声で、土方は云い捨てた。
 彼の黒い瞳が、ゾッとするほど酷薄な光をうかべた。
「こいつは俺のものだ。汚ねぇ手でさわりやがって……絶対に許さねぇ」
「……や、やる気か。喧嘩なら相手に……」
「おまえら程度を相手に、喧嘩なんかになるものか」
 土方はすうっと目を細めた。形のよい唇の端がつりあがり、酷薄な笑みをうかべる。
 あの頃の──死神と噂された男の嗤いだった。
「こいつに手ぇだしやがった報いを、嫌ってほど思い知らせてやる……」
「……っ」
 彼らは思わず後ずさった。
 凄まじい迄の威圧感に迫力。まるきり格が違っていたが、それも当然のことだった。遊びまわっている大学生が、幾多もの修羅場をくぐり抜けてきたこの男に叶うはずもないのだ。
「……土方さん」
 腕の中にいた少女──の姿をした総司が、慌てて彼の胸もとに縋った。
「お願いだから、そんな事しないで」
「おまえ、こいつらを庇うのか?」
 土方は不愉快そうに眉を顰めた。それに、ふるふると首をふった。
「そんなつもりないけど、でも……もういいから」
「こいつらがおまえに何をしようとしてたのか、わかってんのかよ」
「わかってます。でも、もういいの。こんな所で喧嘩なんかしたら、土方さんの立場が悪くなるから。お願い……やめて」
 そう云った総司に、土方はため息をついた。切れの長い目で彼らを冷ややかに一瞥すると、顎をしゃくった。
「行け、さっさと失せろ」
「………」
 大学生たちは背を向け、そのまま脱兎の如く逃げ出した。停めてあった車に乗り込むと、もの凄い勢いで発進させてゆく。
 だが、土方はもう完全に興味を失ってしまい、それを一瞥さえしなかった。
 腕の中の大切な恋人を見下ろし、そっと優しく抱きすくめた。
「……ごめん」
 突然の言葉に、総司は目を見開いた。
 見上げると、土方は先ほどとはまるで別人のような、不安げな表情をうかべていた。
「ごめん、俺がちゃんとおまえを見つけられなかったからだな。それに……またやっちまった」
「またって……?」
「さっきの俺……怖かったんだろ? おまえ、すげぇ不安そうな瞳で俺を見てる」
 辛そうに唇を噛んだ土方に、総司はふるふると首をふった。
 不安そうな瞳をしているのは、あなたの方なのに。
 一生懸命、言葉を紡いだ。
「……怖くなんかありません」
「総司」
「ぼくを守ってくれたあなたが怖いはずないでしょう? あなたはぼくの恋人だもの」
「……総司……」
 嬉しさと安堵感から、思わず熱烈なキスをしそうになった土方は、すぐ我に返った。ここは公の場所なのだ。しかも、本庁のご近所。その上、先ほどの騒ぎで彼らは注目の的になってしまっていた。
 理性を総動員し、土方は躯を離した。
 だが、ふと思い出し、あらためて総司の姿を上から下まで眺めた。そのとたん、思わず眉を顰めてしまった。
「ちょっと聞きたいんだが……何でそんな格好してるんだ」
「え、そんな格好って……変?」
「変じゃねぇけど……」
 土方はもう一度、少年の姿をじーっと眺めた。
 それに、総司はにっこり笑ってみせた。
 大きな瞳はきらきらし、桜色の唇もつやつやで、そりゃナンパされても当然!ってぐらい、べリィベリィキュートハニー♪な笑顔だ。
 だが、それだけじゃなかった。
 何しろ、今日の総司の出で立ちは──
「じゃーん、黒猫♪ いっちゃんがプロデュースしてくれたんですよー!」
 そう云いながら、総司はくるんとその場で回ってみせた。
 回った拍子に、後ろで垂れていた長い黒猫のシッポが揺れてめちゃくちゃ可愛い。黒髪につけたフサフサの黒い三角耳。ちょっと大きめな感じが艶っぽい黒のセーターで、袖口から指さきだけ覗かせて。ぴっちりした黒のショートパンツに、黒いロングブーツ。
 小悪魔的でセクシーな黒猫ちゃん姿に、土方はくらくら目眩まで覚えた。
「……」
 絶句している土方を前に、総司はにこにこしながら説明した。
「あのね、バレンタインにちゃんと出来なかったでしょ? だから、今日、何をあげたらいいかなぁって考えてて、そうしたら、平助が提案してくれたんですー」
「……なるほど」
 頷きつつ、土方は心の中でこっそり呟いた。
(あのガキ、一度ヤキいれてやらねぇとな)
 とんでもなく不穏な事を考えている彼氏に気づかず、総司は土方の腕に手を絡めた。すりすりっと頭を擦りつけてくる。
「逢いたかったー! ね、今日はどこへ連れていってくれるんですか?」
「ホテルに部屋がとってあるから、食事もそこでしようかと……」
「わーい、ルームサービスって奴ですねっ。いっぱい頼んでいい?」
「あぁ。いや、それよりもな、俺はこの際ちゃんと云っておきたい事が……」
「土方さん」
 にっこり笑った総司が、顔をあげた。そして、土方の言葉をさえぎり、可愛らしく云ってのけたのだ。
「今日のプレゼントはぼくだけど、ラッピングはがすのは部屋に入ってからにしてね♪」
「…………」
 土方歳三28才。
 忍耐の限界を深く深く試される夕方だった……。

 

 

 
 そして、お月さまものぼって、夜の7時。
 さまざまなバトルの末に、ようやく予約していたホテルへ辿りついた土方は、正直ぐったりと疲れきっていた。
 やっとのことで綺麗で瀟洒なそのスイートに超キュートな黒猫少年を連れ込み、ドアを閉めたとたん、思わず深く安堵の吐息をもらした。
 不思議そうに小首をかしげる総司を横目に、苛々しながら脱いだスーツの上着を広いダブルベッドの上へ放り投げ、ネクタイに指をさしこんで緩めた。
 そのまま、うんざりしたような表情でソファに腰を下ろした。
 総司は彼が脱ぎ捨てたスーツの上着を取り上げた。
「もう、ハンガーに掛けないと皺になっちゃいますよ」
 そう云っていそいそとハンガーに掛ける総司を、土方は肘かけに右肘をついた状態で頬杖をつきながら、眺めた。
「総司」
「はい?」
「こっちへ来い」
 そう云われ、総司は土方に歩み寄ったが、彼から1メートル距離を置いた。それに土方は眉を顰めた。
「来いと云ってるだろ」
「やだ」
「何で」
「だって……土方さん、怒ってる」
「怒ってねぇよ」
 そう云った土方に、総司はおずおずと歩みよった。土方は僅かに唇の端をつりあげると、片手をさし出した。
「どうぞ、お姫さま」
 総司のつやつやした桜色の唇が可愛らしく尖った。
「やっぱり、まだ怒ってるんですか?」
「…………。別に」
「その間は何?」
「何って何だ」
「怒ってるくせに。もう、土方さんの意地悪!」
「……」
 地団太を踏む総司を眺めながら、土方はため息をついた。そして、どう対処すればいいのか考え始めた。
 いったい、どう云ってやればいいのか。
 前のバニーで懲りたと思っていたが、全然、懲りてないようだ。
 だいたい、こいつは、ほんっと全然わかってない。
 どれだけ自分が可愛いか、どれだけ男を惹きつけるか。
 普通にしていても可愛いのに、こんな格好なんかしてたらナンパされて当然じゃねぇか。餌食になっても構わねぇのかよ。いや、そんなこと絶対絶対、この俺が許せねぇが。そう云えば、あの連中、よくも俺の総司の肩なんか抱きやがって。やっぱり、落とし前つけてやるべき──
 等。等。等。
 いつのまにか、総司への対処法よりも、男たちへの報復を怠ったことを深く後悔し、それについてえんえん考え始めてしまった土方を、総司は大きな瞳でじーっと見つめた。
(……やっぱり、似合ってないんだ)
 総司はそっと唇を噛んだ。
 磯子と藤堂と一緒にパーティグッズを売ってる店に行き、そこで黒猫の耳とシッポのセットを見つけて。
 それからの磯子の行動は早かった。大喜びで総司を行きつけのブティックに連れていき、この黒いセーターとショートパンツ、ブーツを購入したのだ。
 正直な話、総司は自分に白が似合うことを知っていた。土方も白い服を着た総司に目を細め、何度も「可愛いな」と囁いてくれた。
 なので、黒なんかをつけるのは不安だったのだ。黒猫の耳とシッポなんて絶対似合わないだろうし。やっぱり、こういうのは可愛い女の子むきなんだから、ぼくなんか──
「……っ」
 総司は俯き、きゅっとセーターの裾を掴んだ。それに、土方も気がついた。
「……総司?」
 呼びかけた彼に、総司はおずおずと顔をあげた。その大きな瞳は今にも涙こぼれそうで、うるうるしてしまっている。
 土方は驚き、慌てて両手をのばした。総司の腰に腕をまわして引き寄せ、膝上に柔らかく抱きあげた。
「どうしたんだ。いったい……」
「……だって、だって……似合わないから……」
「え?」
「ぼく、こんな格好して似合わないから、だから、土方さん怒っちゃって、せ、せっかく喜ばせようと思って頑張ったのに……っ」
「総司……」
 あまりの可愛さ、いじらしさに、土方は思わず微笑んでしまった。
 総司の小さな頭を手のひらでつつみこむと、そっと引き寄せた。優しく、そのなめらかな頬にキスしてやる。
「……すげぇ可愛いよ。似合ってる」
「うそ……っ」
「嘘じゃねぇさ」
「なら、どうして? どうして怒ったの?」
「そりゃ、おまえ……」
 土方は苦笑した。
「こんな可愛いおまえを、他の誰にも見せたくなかったからに決まってるだろ? なのに、おまえの可愛い姿を他の野郎に見られ、挙句ナンパまでされたんだぞ。頭に血がのぼっちまって当然だろうが」
「土方さん……」
「なぁ、総司」
 柔らかく瞼に頬にキスの雨を降らせながら、土方は囁きかけた。
「すげぇ似合ってるよ。黒もこんなに似合うんだな……めちゃくちゃ色っぽい」
「ほんと……に?」
「あぁ。だから、約束してくれ。こういう格好をするのは、今後、俺の前でだけだと」
「うん」
 こくりと頷いた総司に、土方は安堵の吐息をついた。
 もちろん、これで万全だとは思っていない。
 まずは、クリスマスにつづき事を起こした藤堂にしっかりお灸をすえておかないとならないし、それに、総司自身またころっと忘れてやってしまう事もあるだろう。何しろ、まったく自覚無しなのだから。
 だが、とりあえずは、これでOKだ。
 よしとしておこう。
 今夜、この無邪気な黒猫にしっかりお仕置きすることは、また別の話としてなのだが──
「? 土方さん?」
 不意に意地悪い笑みをうかべた土方に、総司は小首をかしげた。
 何にもわかってない可愛い恋人の唇に、土方はかるくキスしざま囁いた。
「……後で、たっぷりな」
「??? ……はい」
 意味がわからないながらも、総司はこくりと頷いたのだった。
 

 
 

お仕置き編だよ〜♪


「黒猫ちゃんお仕置き編」へ行かれますか?
ぬるいけど、お褥シーンありですよーん。
読む読むーって方は、いつも通り探してみてね♪ 
いや、目の前だけど(笑)。


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