「手錠! アダルトグッズだけど正真正銘の手錠だもん!」


 心なしか、一瞬、周囲がしんと静まりかえった。藤堂もぴきんと固まってしまう。
 だが、総司が訴えかけるような瞳で見回すと、また周囲は慌てて視線をそらした。何事もなかったように食事をつづけている。
 藤堂はおそるおそる訊ねた。
「手錠って……マジで? 本物の?」
「だから、グッズなの。トラ猫のファーがこうふわふわついた、手錠。でも、繋ぐものでしょ、拘束するものでしょ?」
「ま、まぁそれは……」
「だから、土方さん、一年離れている間に性的嗜好が変わっちゃって、あぁいうSMプレイが好きになっちゃったの! あの手錠でぼくを繋いで、鞭とかでびしばし叩くつもりなんだよっ」
「まさか、そんな」
「絶対そうだもん!」
 総司は、ぎゅううっと箸を握りしめた。
「だから、さっきから悩んでいるんじゃない。土方さんを愛してるなら、その変態SMプレイに応じるべきなのか!? それとも、ここはきっぱりお断りして、マトモな道へ戻れるよう手助けしてあげるべきなのか! さっきからうんうん悩んでるのに、平助、まともに取り合ってくれないんだもの」
「それ、最初からそういう議題だった? 確か、初めは猫グッズの……」
「同じ事なの!」
 そう云いきった総司は突然、がばっとテーブルにつっぷした。どうしようどうしようと、小さな頭をブンブンふりながら悩んでいる。
 藤堂はそれを眺め、思わずため息をついたのだった……。












 一方、こちらは。
 最愛の恋人にSMプレイ好きの変態扱いされているとは知る由もない男、土方である。
 会議が終った後、席に戻って書類を整理している土方の傍に、斉藤がやってきた。
「さっきの会議、無駄に長かったですね。あれじゃ時間と税金の無駄遣いですよ」
 いつもすっぱりきっぱり容赦ない言葉を吐く斉藤に、土方は苦笑した。
「相変わらずだな」
「だって、そうでしょう。こっちは忙しいのに、どうでもいい事をぐちゃぐちゃ喋って。途中で寝そうになりましたよ」
「あぁいうの、近藤さんはいつも耐えているんだ。たまには俺たちがやらなきゃ仕方ねぇよ」
「そうですけどね」
 ため息をついた斉藤は、ふと気づいたように土方の方を眺めやった。デスクに凭れかかりながら、訊ねる。
「そう云えば、アレどうしたんですか?」
「アレ?」
 土方は訝しげに眉を顰め、立ったままの斉藤を見上げた。
「何だ、アレって」
「つまり、この間の打ち上げの時のですよ。ほら、アレです」
「? 全然意味わからねぇ」
「本当に? 土方さん、頷いて受け取ってたじゃないですか」
「俺が受け取ったって……何を?」
 まったく意味不明だとばかりに聞き返してくる土方に、斉藤は呆れた表情になった。
「打ち上げの時、さんざん飲んでいるわりにいつも通りだなぁと思っていたんですけど……実は、完全に酔っぱらっていた訳ですね」
「酔ってねぇよ」
「だったら、どうして覚えてないんですか。タクシー乗ったの覚えてますか? 自分の家に帰りついたのは?」
「タクシー……乗ったな、確か。で、家に帰って寝た…らしい」
「寝たらしいって、その時の事、ちゃんと覚えているんですか」
「……」
「何です、その沈黙は」
「……いや」
 土方はちょっと困惑したように、片手でくしゃっと前髪をかきあげた。
「どうも、総司が待ってて迎えてくれたらしいんだが…………記憶がない」
 ぼつりと呟いた土方に、斉藤は思わず叫んだ。
「もろに泥酔状態じゃないですかー!」
「だから、酔ってねぇって」
「酒のせいで記憶吹っ飛んだ人の、どこが酔ってないって云うんですっ」
 斉藤はやれやれという風に首をふってから、言葉をつづけた。
「じゃあ、アレの事も覚えている訳ないですよね」
「だから、アレって何だよ」
「ビンゴの景品です。土方さん、2等のあてたでしょう」
「そう…だったかな」
「そこからもう記憶がない訳ですか。よくそれで帰れましたね」
「習性みたいなものだろう」
「野生動物ですか、あなたは」
 そう呟いた斉藤は、ふと小首をかしげた。
「でも、それじゃ……アレはどうなったのです」
「ビンゴの景品か? 知らねぇよ」
「タクシーの中にでも置き忘れたんじゃないですか」
「かもな。けど、おまえ、何でそんなに気にするんだ」
「いや、結構面白いものが入ってたと噂なので。ちなみに、1等は永倉さんがあてまして、バニーガールの衣装一式だったそうですよ」
「……そんなもの、永倉が貰ってどうするんだ」
「あの彼女に着せるんじゃないですか」
「透音にか? 見せたが最後、背負い投げくらわされるぞ」
 肩をすくめて答えた土方は、とんっと書類を揃えた。さっさと出してこようと立ち上がる。
 それを見送り、斉藤はかるく伸びをした。
「さて、オレも報告書づくりにせいを出しますか」


 そして。
 噂のアレ──ビンゴの賞品の行方は、結局のところ追究されないままとなった。忙しい彼らだ。ビンゴの賞品の行方など、さっさと忘却の彼方に追いやられ、二度と思い出す事もないはずだった。
 はずだったのだが。
 後日、彼らはイヤってほど強力なインパクトで、その存在を思い知らされる事になる……。












 その日、総司は大学からの帰り、寄り道をした。
 色々と買い物がしたくて、少し遠出をしてある地下鉄の駅から降り立ったのだ。
 そこは繁華街の近くだったあったが、総司がだい好きなお菓子の店がある場所でもあった。あのプリンを買おうかなとか、あのケーキを買おうかなとか、色々うきうきと考えながら歩いてゆく。
 もちろん、頭の隅には未だ、例の「土方さんSM趣味疑惑」があった。だが、いつまでも悩んでいても仕方がないと、気分転換のためにもお菓子を買いに出かけてきたのだ。


 土方とはあれから何も話していないし、ましてや、夜の営みも全くない。何やら忙しいらしく、ゆっくり話す機会さえないのだ。そのため、そろそろ自分の方から彼にアプローチをかけてみるべきなのかなと、思ったりしていた。
「きっと、土方さんも喜んでくれるはずだものね」
 何しろ、自分はまがりながりにも彼の恋人なのだ。その恋人からの誘いを喜んでくれないはずがないと、総司はちょっと自分を奮いたたせた。
 先日のSM疑惑以来、どうも自信がないのだ。


 彼は何も云わないだけで、本当は自分に満足してないんじゃないだろうか? とか。
 結構したい放題しているように見えるが、実は、意外な話、自分の欲望を抑えて我慢しているのじゃないだろうか? とか。


 あれこれ考え始めると、不安になるばかりで。
「……大丈夫だもん」
 総司はぶんぶんっと首をふり、両手を握りしめた。
 色々あったが、彼と自分は固い固い──それこそ、のこぎりでギコギコ切っても切れない絆で結ばれているはずなのだから。
「土方さんが、SM趣味でもものすっごい変態でも、ちゃんと受け入れてあげなくちゃ……」
 もちろん、応じるかどうかはこれまた別の話なのだが。
 総司は鞄を抱え直すと、目的のお店へ向って再び歩き出そうとした。とたん、あれ?と目を瞬いた。
 気のせいなのかもしれないが、今、斉藤らしき姿がそこの角を曲がるのが見えたのだ。
「? 斉藤さん……?」
 小さく呟き、総司は立ち止まった。
 斉藤は云わずとしれた土方の同僚だ。だったら、もしかすると、彼も一緒なのかもしれなかった。
「声かけてみようっと」
 総司は小走りにその角へと向った。そこから、ぴょこんと顔をだしてみる。
 だが、次の瞬間、ひゅうっと息を呑んでしまった。


(な、何あれ……っ!)


 思ったとおり、斉藤は土方と一緒にいた。
 だが、彼らの周囲には他の人がいたのだ。それも沢山。
 いわゆるコスプレというべきなのだろうか。それも、マニアックなものではなく、かなりセクシャルな感じのする格好の女の子ばかりがぞろぞろといて、それがどう見ても、土方と斉藤に纏わりついていた。
 猫耳姿からバニーガールまで多種多様であり、しかも、揃いも揃ってなかなかの美人ばかりだ。
 彼女たちは、二人──とくに、土方に纏わりつき熱い秋波をおくっていた。腕に手を絡めたり、背中から抱きついたり、かなり積極的なアプローチだ。
 道ゆく男性たちは皆、羨ましそうに彼らを眺めてゆく。
 もっとも、土方自身は喜んでおらず、それどころか迷惑そうな表情だった。形のよい眉を顰め、僅かに目を伏せている。
 だが、しかし!
 この場合、恐ろしい事に、総司の目には全く違って見えたのだ。
 遠目だったせいなのか?
 めらめら嫉妬に燃える総司には、愛する男がコスプレ女性に喜んで囲まれているように見えたのだ。
 大喜びしている訳ではないが、かと云って邪険に突き放している訳でもない。しかも、彼女たちに纏わりつかれながら、それに馴れた様子で対する彼の姿に、総司は愕然となった。
 土方が何か云ったらしく、彼女たちが「きゃあ♪」と黄色い歓声をあげる。
「……」
 怒りのあまり、総司の手がわなわな震えた。


(あ、あんなべたべたされて! すっごく楽しそうにして!)


 総司は角に引っ込むと、大急ぎで携帯電話を取り出した。
 一瞬考えてから、それである番号を呼び出す。どうかな?と思ったが、あっさりと通話は繋がった。
「……斉藤さん?」
 そう呼びかけると、すぐそこの角の向うにいる斉藤は訝しげに答えた。
『? どうしたんだ』
「お仕事中でした? すみません、少し聞きたい事があって」
『え?』
 斉藤は女の子達から遠ざかったようだった。だが、それでも、「斉藤さぁん、電話〜?」という声が電話越しにも聞こえてくる。
「どうしても聞きたいんですけど、いい?」
『今? もし込み入った話ならちょっと……』
「ううん、大丈夫です。とっても簡単な質問だから」
『なら、いいよ。何だ?』
「あのね」
 総司は目を細めた。そして、低い声で訊ねた。
「斉藤さん、今、土方さんと一緒?」
『……え』
「バニーガールや猫耳の子に囲まれて、楽しい?」
『…………』
 電話の向うで、斉藤が絶句した。短い沈黙の後、慌てたような声が返ってくる。
『そ、総司。まさか今近くに……』
「近くにいますよ。でも、どこにいるかは教えてあげない。ねぇ、楽しい?」
『楽しいとかじゃなくて、これは仕事なんだっ。本当に仕事だから、そのっ』
「ふうぅん、お仕事なの。女の子達に囲まれてべたべたされるお仕事なの。土方さんも、とーっても楽しそうですものねぇ」
『…………』
 完全に沈黙してしまった斉藤に向って、総司は第2の矢を放った。
「二つめの質問」
『ふ、二つめって……』
「先日土方さんが持って帰ってきた、猫耳と猫手錠のグッズのこと、斉藤さんは知ってますか?」
『猫耳……あ、アレか! ……えぇっ!? それ、おまえが受け取ってた訳?』
「そうです。おみやげだって渡されました。なら、斉藤さんはとっくに知っていたんですね。知ってて、ぼくには黙っていた訳ですね」
『黙っていたって、何が。あのグッズの事か? あれは……』
「違います。土方さんがSM趣味に走ってる事です」
『はぁああ!?』
 電話の向うでひっくり返りそうになっている斉藤に、総司はたたみかけた。
「手錠のグッズをお土産だと渡してくるんですよ。どう考えてもSM趣味に走ったとしか思えないでしょう? 昔はそんな事する人じゃなかったのに、一年の間に趣向が変わっちゃったのなら、仕方ないけど、でも、一言ぐらい教えてくれたって」
『ちょっ、ちょっと待った! 教えるも何も、あのグッズは……っ』
「もういいです」
 総司は冷たい声で云った。
「土方さんには、ぼくから電話あった事黙っていて下さい。それじゃ」
 容赦なく携帯電話を切ってから、総司はくるりと踵を返した。たったか地下鉄の駅めざして歩き始める。
 もうお菓子屋さんどころではなかった。総司の頭の中には、先程の、コスプレ女性たちにべたべたされていた土方の姿が、強く強くインプットされてしまっているのだ。
「絶対、ぼく頑張るんだから! 負けないものね!」
 決意も強くそう呟くと、総司は両手を握りしめて「よし!」と一人渇を入れ、もの凄い勢いで地下鉄の階段を駆け下りていったのだった……。












 土方は自分の家近くまで来ると、思わずため息をついた。


 それ程遅くなった訳ではない。だが、何となく疲れていたのだ。
 理由はある程度わかっている。昼間の意味不明な事件のせいだった。爆破予告があったという報せを受けて、土方と斉藤はある繁華街へ向ったのだが、そこで店の従業員である女性たちに囲まれ、さんざん誘いをかけられてしまったのだ。
 適当にあしらいはしたが、それでも抱きつかれたり挙げ句はキスまでされそうになり、それを避けながらの事情聴取は本当に大変だった。仕事上、あまり邪険にする訳にもいかず、曖昧に笑ってやり過ごす他なかったのだ。
 当然、土方も男であるし、もともとは女性だけを相手にしていたのだから、嫌悪感がある訳ではなかった。だが、やはり、最愛の恋人がいる身であり、しかもその恋人が理想そのものである以上、それ以外に目が向くはずはないのだ。
 目が向く以前の話で、総司だけを溺愛する土方にとって、その他のものは一切恋愛対象にならない。総司にとっても同じくなのだから、どっちもどっちの熱愛バカップルだった。
 だが、お互いその事実を知らない以上、色々と誤解は起こる訳で……


 ピンポンを鳴らすと、中から「はぁい」と可愛らしい声が返事をしてくれた。とたん、胸がふわっとあたたかくなり、疲労しきった体も気持ち楽になるのだから、やはり恋の力は強しである。


(今日ぐらい、プリンでも買って帰ってやれば良かったな)


 そんな事をほのぼの考えながら、土方は框をあがった。奥へとかける声も弾み、柔らかくなった。
「総司、帰ったぞ」
 そう云ったとたん、廊下奥の扉が開いた。総司がぴょこんと顔を覗かせる。
「お帰りなさい」
「あぁ、ただ……」
 ただいまと答えかけた男の声が、尻切れトンボになった。
 走り寄ってくる可愛い恋人の姿に、大きく目を見開いた。















総ちゃんの姿は当然……(笑)

web拍手 by FC2