真夜中の0時過ぎ。
 総司はお風呂からあがり、ぼーっとテレビを眺めていた。


 いつもならさっさと眠ってしまう処だが、彼の帰りを待っている最中だった。
 明日非番の彼とデートの約束をしていたが、それでも、今日は早いはずと聞いてしまった以上、つい待ってしまったのだ。
 最近、ややこしい事件もないので、今日は定時退庁のはずだった。
 だからこそ、総司は新妻よろしく夕食をつくり、愛する彼の帰りを待っていたのだが───





「……遅いなぁ」
 総司は時計を見上げ、呟いた。
 もう夜の0時を回ろうとしているのだ。さっき、テレビの中の表示が0:00をさした処だった。
 何か事件でも起こったのだろうかとニュースも見てみたが、とりたてて彼が関係しそうな事件はない。なら、事務的な事でもめているのか、突然の会議なのか。
 まさか、明日の非番が駄目になる事はないだろうが、それでも少しだけ不安で、総司は何度も玄関の方をふり返った。いっそ携帯電話にかけてみようかとも思うが、お仕事中だったら申し訳なくて、それもなかなか出来ない。
「もう先に寝ちゃおかなぁ……うーん、どうしよう」
 総司は小首をかしげ、はぁっとため息をついた。
 その時だった。
 ガチャガチャと玄関の方で音がなり、扉が開く気配がしたのだ。


(土方さんだ!)


 総司はソファから飛び降りると、大急ぎで玄関へ走った。仕事で疲れて帰ってきただろう、だい好きな彼を迎えてあげようと思っての行為だった。
 だが、しかし。
「……え」
 玄関まで走った総司は、目を見開いてしまった。
 いやいや、別の人間が入ってきたのではない。ましてや、誰もいなかった訳でもない。
 そこにいたのは、まぎれもなく土方だった。
 だが、それは───


 壁にかるく手をついて立つ土方は、どこか気怠そうだった。
 だが、病でないようで、独特の香りが彼から漂ってくる。
 いつも整えられた黒髪は乱れ、その精悍な頬は僅かに上気していた。ネクタイも緩められ、スーツの上着も脱いでしまっている。
 伏せられた黒い瞳は潤み、男の色気さえ感じさせた。


「あの、土方さん……?」
 おそるおそる呼びかけた総司に、土方は顔をあげた。総司の姿を認め、とたん、嬉しそうに笑ってみせる。
「何だ、まだ起きていたのか」
「うん、起きるけど、でも、あの」
「だったら、早く帰ってこれば良かったな。待たせて悪かったよ」
 台詞だけ聞けば、いつもの平常な彼と何ら変わる事はない。だが、その口調はどこか妙に明るく朗らかで、そして微妙に掠れていた。それが、ベッドの中の彼の声みたいで、ちょっとどきりとする。
「土方さん、あの、もしかして」
「ごめんな」
 訊ねかけようとした総司に構わず、土方はにこやかに謝ってきた。ちっとも謝っているように見えない、満面の笑顔。
「待たせちまって、本当に悪かった。いや、マジで悪いと思ってるんだ」
「いいんです。ぼくが勝手に待ってたから、それで、土方さ」
「あぁ、帰ったらおまえがいるっていいな。すげぇいい気持ちだ」
 土方はそう云いながら玄関をあがると、いきなり両手をのばした。総司の躯を胸もとに引き寄せたかと思うと、ぎゅううーっと息もできないぐらい抱きしめてくる。
「ひ…土方さんっ」
「おまえ、風呂あがりか? 石鹸の匂いたまらねぇな」
 彼の言葉に、総司は思わず叫んでしまった。
「土方さんは、お酒の匂いすごいですっ」
「え? 酒? あぁ、そりゃ酒呑んだからな」
「土方さんがこんなに酔うなんて、どれだけ飲んだんですか」
「どれだけって、日本酒と焼酎とビールとウイスキーと……」
「ちゃんぽんしたの? 信じられないっ」
 それは酔って当たり前! と断じた総司に、土方は突然顔をあげた。じいっと総司の顔を覗き込み、真剣な口調で云ってくる。
「いや、俺は酔ってねぇぞ」
「酔ってます」
「いーや、ぜーんぜんっ酔ってねぇ! 酒なんかに、この俺が酔うはずねぇだろ」
「立派に酔っていますよ! どこから見ても酔ってますってば……ちょっ、離して!」
「んー、総司は可愛いなぁ。すげぇ可愛いよ」
「苦しいんですっ。離してくださいってば!」
 じたばた暴れたが、酔っぱらいの馬鹿力なのか、男の腕は全く緩まなかった。相変わらず、ぎゅうぎゅう抱きしめてくる。
 その上、好きだとか可愛いとか、綺麗だとか、さんざん睦言を云いながらあちこちキスしてくるものだから、たまらない。総司はいやいやと首をふりながら、このまま流されちゃうのかなぁと思った。
 もしかすると、玄関で初H?
 そんな事を考えた瞬間、不意に、土方がぱっと手を離した。驚いて見上げた総司を残し、くるりと踵を返してしまう。
「土方…さん?」
「寝る」
 そっけない程の口調で云い捨てると、土方はすたすたと寝室へ向って歩き出した。途中でネクタイを抜き取り、ワイシャツの釦も外している。ぽいぽい衣服をあちこちに投げ捨てた。
「ちょっ……土方さん」
 それを総司は慌てて追いかけた。土方が投げ捨てた鞄や袋、衣服をかき集めてゆく。もう完全に、酔っぱらって帰ってきた夫を介抱する妻の気分だ。
 あれこれ片付け、鞄と袋を持って寝室へ行ってみると、土方は既に服を脱いでベッドに潜り込んでしまっていた。枕に頭をおとし、入眠モードだ。
「土方さん」
 総司はその傍に寄って、呼びかけた。
 スーツや鞄はいいが、この紙袋は何なのか。もし生ものとかならば冷蔵庫に入れなきゃいけないしと、総司は土方の肩に手をかけ、覗き込んだ。
「土方さん、これはどうするの?」
「……んー……?」
「だから、この紙袋。冷蔵庫に入れなきゃいけないものなの?」
「紙袋……あぁ、それはプレゼントだ」
「は?」
「だから、おまえへのみや…げ……」
 それを最後に、土方は完全に寝入ってしまった。後はもう揺さぶっても何しても、死んだように身動き一つしない。
 総司はちょっと呆れながらも、仕方ないやと諦めた。酔っている彼相手にこれ以上云っても、どうにもならないだろう。
「でも、お土産って?」
 総司は小首をかしげながら、手元の紙袋を見下ろした。適度な重さのあるものだ。きちんと包装されてあるらしく、紙袋の口からは伺えない。
 リビングへ戻った総司は、ちょっと考えてからそれを開けてみる事にした。何しろ、土方は総司へのお土産だとかプレゼントだとか、云ってくれたのだ。なら、開ける権利はあるだろう。
「何かな、お菓子だったらいいな」
 総司はちょっとわくわくした気持ちで、紙袋を丁寧にあけた。包装紙に包まれたものは、何やら複雑な形をしている。さわってみると、少し柔らかい。
「???」
 中身の想像がつかないまま、総司は包装紙を開いた。テープをはがし、がさがさと開いてゆく。
「? 何だろ、これ……手袋? 帽子…じゃないよね……」
 頭の中を?マークでいっぱいにしつつ、総司は中身を取り出した。しばらくの間、それを大きな瞳でまじまじと見つめる。
 次の瞬間、大声で叫んでしまった。


「なッ、何これ──ッ!?」


 それは、トラ猫のファーグッズだった。
 猫耳に猫しっぽ、猫の手と一揃いだ。
 もちろん、総司も猫耳ぐらいなら驚かないだろう。だが、その猫の手の方が問題だった。手というより輪っかだ。
 何と、それは、ふわふわしたトラ猫のファーがついた、手錠だったのだ。
 可愛らしい外見ではあるが、それでも手錠は手錠だ。所謂アダルトグッズというものに他ならない。


「まさか、土方さん、これをぼくに嵌めてするつもりなの!?」
 総司の頭に、SM!とか変態!とかいう文字が浮かんだ。
 鞭や蝋燭が出てこないだけマシと安心するべきなのか。離れている間に、彼の性的嗜好は変化してしまったのか。それとも、もう少し刺激的なプレイを楽しみたくなってきたという、これはアプローチなのだろうか。
「どっちにしろ、手錠なんて絶対にいやー!」
 総司はそう叫ぶと、そのとんでもないお土産とやらを大急ぎで紙袋に詰め直した。こんなもの受け取る訳にはいかないのだ。受け取ったが最後、どういう状況が待っているのか、想像にかたくない。
 きょろきょろ辺りを見回した総司は、どう考えても土方が開けないだろう廊下の物入れを思い出した。そこに紙袋ごと放り込み、バタンをドアを閉める。
「……とりあえず、明日探りを入れてみよ」
 そう呟いた総司は、すっかりさえてしまった頭を抱えながら、平和に眠る土方がいる寝室へと歩いていったのだった。










「おはよう」
 早朝、起きてきた土方はまだ眠そうだった。
 酔いが残っているのか、寝乱れた髪をかきあげながらため息をついている。
 それを総司は大きな瞳でじいっと見つめてから、応えた。
「……おはようございます」
「俺、何とか家に帰りついたんだな」
「えぇ……」
「おまえ、起きてて迎えてくれたのか。なら、早く帰ってこれば良かったな。待たせて悪かったよ」
 昨夜と同じ事を呟いた土方は洗面をすませてから着替えようとして、「あーあ」と不意に大きな声を出した。びくっとしてふり返ると、土方は片手で黒髪をかきあげ、眉をしかめていた。
「まだ酔いがとれねぇ」
「随分飲んだみたいですね」
「あぁ……仕方ない、朝食前に走ってくるよ」
「え?」
 きょとんとする総司の前で、土方は白いトレーニングウェアを取り出し、手早く着替え始めた。CMに出てるスポーツ選手ばりの格好よさだ。やはり、すらりと引き締まった長身と、端正な顔だちがポイントなのだろう。
 そんな事をぼんやり考えていると、土方は玄関へ向った。框に腰かけ、取り出したランニングシューズらしきものを履いている。
 思わず小首をかしげた。
「酔いって、走ると冷めるの?」
「汗で飛ばせるだろ。30分ぐらいで帰ってくるから」
「じゃあ、朝ご飯つくって待ってますね」
「あぁ、頼む」
 そう云った土方は、まるで元気いっぱいの男の子のような笑顔で出ていった。道路に出たところで近所の若い女性と会い、親しげに挨拶をかわしている。女性の方は嬉しそうに頬を染めていた。
 それに、総司はちょっと唇を尖らせたが、すぐにぱたんとドアを閉めた。


 相変わらず蝶々を引き寄せる花のように、女性を魅了する彼の姿に、胸がちくちくする事は確かだが、どうしようもない事なのだ。
 後はもう、あのとんでもなく魅力的で格好いい彼に愛されつづけるため、どれだけ自分を磨くかという事にかかっているのだから。
 これ以上頑張らなくていいと優しい彼なら云ってくれるだろうが、それでも、もっともっと色々つくしたい。頑張りたい。
 そう、心から思っているのだ。
 でも。


「……あのにゃんにゃん手錠だけは、やっぱり嫌!」
 しっかり拳を固めて決意をあらたにし、総司はキッチンへ戻った。
 昨夜に引き続き新妻よろしく朝食の用意をしていると、やがて、土方が戻ってきた。シャワーをあびて、洗いざらしのシャツとジーンズに着替えてから、リビングへ入ってくる。さっぱりした表情の彼に、
「酔い冷めた?」
 そう訊ねると、口角をあげて悪戯っぽく笑ってみせた。総司の細い腰に腕をまわして抱きよせ、頬にちゅっと音をたててキスをする。
「あぁ、一日おまえにつきあえるぐらいな」
「今日お出かけに連れていってくれるという事?」
「さぁ、どうだろう」
 くすくす笑いながら、土方はダイニングの椅子をひいた。腰かけ、トーストにバターを塗り始める。
 総司は、彼のカップに珈琲を入れてあげながら、訊ねた。
「あのね……土方さん」
「ん?」
「昨日の事、覚えてる?」
「昨日?」
 土方は不思議そうな顔で、総司を見た。黒い瞳が訝しげな色をうかべている。
「昨日って、俺が帰ってきてからの事か?」
「うん……」
「いや、全然。どうやって家に帰りついたかさえ、覚えてねぇよ。けど、それがどうかしたのか」
「えーと、その、おみやげ……」
「は?」
 小首をかしげる土方に、総司はもごもごと口ごもった。
「だから、その、ぼくにおみやげを……その……」
「あぁ、酔って帰ったお詫びにって奴か。そう云えば、前の家ではよく甘いもの買って帰ってやってたものな。ごめん、昨夜は何も買って帰らなかったんだ」
「何も……本当に、何も?」
 そう訊ねる総司に、土方はちょっと心配そうな顔になった。
「まさか、それで怒っているのか? 俺が何も買って帰らなかったから」
「ううん! そういう事じゃないの、そうじゃなくて、そのっ、本当に何も……」
「あぁ、悪いが何も」
 申し訳なさそうに答える土方を、総司は大きな瞳でじいぃっと見つめた。


 どう見ても、嘘偽りを云っているようには見えない。
 これは、本当の事なのだろう。
 彼の記憶には、あのにゃんにゃん手錠は存在していないのだ。
 なら、総司にとって安堵すべき事だった。
 これ以上突いて下手して出て来てしまえば、大変だ。
 知らん顔をしている方が、賢明に違いない。


 そう素早く頭の中で計算した総司は、にっこりと微笑んだ。
 男心をとろかす、甘くて可愛い笑顔だ。
 案の定、土方の黒い瞳がとけるように優しくなった。ほっとしたように笑い返し、頬に指さきでふれてくる。
「本当にごめんな……今日、何か好きものを買ってやるよ」
「いいの。そんな事より、あなたと一緒に過ごせるだけで嬉しいから」
「総司」
 土方は思わずとも云うように身を乗り出すと、テーブルごしに唇を重ねた。何度も角度をかえて、キスをしあう。そのままベッドへなだれこみそうな雰囲気だったが、土方の手元でカチャンと鳴った皿の音に、二人は我に返った。
 顔をみあわせ、ちょっと照れたように笑いあう。
「とりあえず、朝飯食おうぜ」
「はい」
 こくりと頷き、総司は椅子に座り直した。その前で、土方は珈琲カップを口にはこんでいる。
 愛する人と向き合ってとる、朝の食事。こんな幸せな事ってないよねと、総司はなめらかな頬を淡く染めたのだった。












 ―――そう!
 幸せなのは幸せなのだ。だが、しかし。
 それはそれ、これはこれなのである。





「ね、平助。どう思う?」
 いきなりそう聞かれた藤堂は、目を白黒させた。
 大学の生協食堂である。いつもどおり、ここは沢山の学生で賑わっている。
 藤堂はA定食のエビフライにかぶりついた処だったので、喉がつまりそうになった。慌ててごっくんと飲み込む。
「ど、どうって……」
「聞いてなかったの?」
 非難の目で見据えてくる総司に、藤堂は慌てて手をふった。
「い、いや。聞いてた。聞いてたけど」
「けど?」
「趣旨がよくわからない」
「何それ」
「だから、その」
 藤堂はエビフライをとりあえず皿においてから、言葉をつづけた。
「土方さんに聞いてみた訳じゃないんだろ? その猫グッズをお土産だって渡した理由とか」
「うん」
「なら、今どうこう考えても仕方ないと思うんだけど」
「そんなのわかってるよ」
 総司は頬杖をつくと、「あーあ」とため息をついた。
「でも、考えずにいられないじゃない。聞けないから余計に気になって、どういう意味なのかなぁって考えちゃって……」
「総司はどういう意味だと思ってる訳?」
「……男の願望?」
 思わず呟いた総司に、藤堂はまた飲みかけていた味噌汁でむせそうになった。
「が、願望って」
「つまり、最近ちょっとご無沙汰だから、色々刺激的なものを使おうって事なのかなぁって。それとも、ぼくに飽きてきちゃったとか」
「色々刺激的な」
「うん、お道具プレイって事でしょ」


(……ここ大学の食堂なんですけど!)


 箸を握りしめたまま、藤堂は思わずそう訴えたくなった。
 どう考えても、A定食を食べながらの話題ではないはずだ。ある意味、R指定か。
 だが、総司の大きな瞳は真剣そのものだった。しかも、そう云いながら、ちょーっと色々想像してしまったのか、色白の頬がほんのり赤らんでいるあたりが艶っぽくて、あちこちから飛ぶ男たちの視線がやばい。
 藤堂はそれを牽制するようにぐるりんと見回した。それに、男達がいっせいに顔をふせて食事をつづける。これでなかなか体格もいい藤堂は、お役立ち用心棒になっているのだ。
 よし!と頷いてから、藤堂は総司にきっぱり断言した。
「それはない、絶対ないよ」
「平助が何で断言できるの?」
「そりゃ、見てればわかるって。土方さんが総司に飽きるなんて事、天地がひっくり返ってもないから」
 一年離れていた間にパワーダウンしてるどころか、よりパワーアップしている総司への愛を、藤堂は思いっきり見せつけられていた。少しはパワーダウンしていた方が周囲の平和のためだと思ったりするのだが。
「じゃあ、ぼくに飽きてないから、道具プレイしようって思ったって事?」
「道具……いや、それはわかんないけど」
 そう小首をかしげてから、藤堂はふと気が付いた。
 猫グッズだとは聞いていたが、それが具体的にどんな物であるのか聞いていなかったのだ。
「あのさ、総司」
「何?」
 ご飯をぱくぱく食べながら、総司は聞き返した。それに、訊ねる。
「その猫グッズって、具体的に何なんだ? 猫耳とか?」
「……」
 総司の手がぴたりと止まった。じいっとご飯を大きな瞳で見つめている。
 怒ったのかと思ったが、みるみるうちに耳朶まで真っ赤になってしまった。やがて、小さな小さな声で答えた。
「……手錠……」
「は?」
 思わず聞き返した藤堂に、総司はがばっと顔をあげた。
 そして、叫んだのだった。
「手錠! アダルトグッズだけど正真正銘の手錠だもん!」



















久々の「かくれんぼの恋」です。お楽しみ頂けたら、とってもはっぴー♪

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