そして、さくさくと日々は過ぎ、12月31日。
「……やっぱり、こうなっちまったよなぁ」
 土方は携帯電話を手に、深くため息をついた。
 29日から休みを申請していたが、結局、テロ事件発生のためそんなもの遙か彼方へ吹っ飛んでしまい、土方は他の面々同様仕事に走りまわることになったのだ。
 もちろん、総司には連絡してある。
 初めからあまり期待していなかったらしい総司は、「わかりました」とあっさり答えていたが、そのあたりも又、土方の気分を憂鬱にさせる原因だった。
 約束を破ったのが自分である以上、伊庭との事をあまり強く云うことは出来ない。
 かと云って、伊庭と年越しデートしている総司など、想像するだけでキレてしまいそうだし、何と云うべきかと悩んでいるうちに、電話はあっさり切れてしまったのだ。
 淡々としていた総司の対応がやたら気になる。
 仕事ばかり優先する彼に呆れていたのか、それでもって、伊庭とデートするつもりなので、別にいいやとあっさり答えたのか。
 どちらにしろ、今の土方にはそれを追究する余裕も時間もなく、仕事のため家にも帰れない状況が続いていた。
 だが、それもようやく一段落つきかけている。事件の捜査もほぼ終わり、後は本庁に戻って報告書をあげるだけだった。それが終れば帰れるし、大晦日の夜を総司と過すことも出来るだろう。
 むろん、総司が家にいれば、の話だが。
「……」
 何となく気弱になってしまっている自分にため息をつきつつ、土方は地下鉄の階段を足早にあがった。腕時計に目を走らせながら、JRの駅構内に入る。
 改札口横に大きな広場があるそこは、いつも待ち合わせの場所となっていた。だが、何故か、今日はやたら人だかりがしていて歩きにくい。
 それに眉を顰めながら通りすぎようとした土方は、突然、耳に飛び込んできた声に息を呑んだ。


「皆さん、こんにちはー!」


 明るく澄んだ、甘い声。
 ちょっと舌ったらずな感じが可愛くてたまらない、そんな……
「……俺もしょうがねぇな」
 思わず苦笑した。
 総司の事ばかり気にかけるあまり、何でもかんでも総司に関連づけてしまうのだろうと。
 だが、しかし。


「今日は、安全運転キャンペーンでやって来ました! これから年末年始、皆さん、安全運転に気をつけて下さいね♪」


「……」
 土方はくるりと踵を返すと、人ごみを強引にかき分けた。失礼と云いつつ、間をすり抜ける。
 すると、広間の中央につくられたステージが見えてきた。警察と自動車教習所の共催らしく、警官やら教官やらが立っている。
 そして、その真ん中。
 頭に白ウサギの帽子をかぶり、白いセーターに白いキュロット、安全運転と書かれた赤いタスキをかけた女の子がマイクを握っていた。
 ボブショートの黒髪はつやつやと、なめらかな頬はほんのり桜色。大きな瞳に、長い睫毛。
 笑みをうかべたベビーピンクの唇も愛らしい。
 見惚れるぐらい可愛く、そこらのアイドル顔負けの、その周辺にいる男たちの視線釘づけにさせているのは───


「……嘘だろ、おい」


 土方は、呆然と立ちつくしてしまった。
 周りの男たちが「かわいいー!」とか、「名前教えてー!」とか叫んでいるが、もはや耳に入っていない。
 休みがとれるとれないの話の時、伊庭の事が出たのを思い出し、周囲に視線を走らせた。すると、伊庭がステージの端に立ち、熱っぽい視線を総司に向けている。


(やっぱり、こいつが元凶か!)


 めらめらと怒りがこみあげた。
 もともと土方は総司に対して独占欲が強く、大事に大切に、あまり人目にふれさせないよう囲いこむようにして愛してきているのだ。
 そのため、バイトも原田の処以外では許していないし、本当の事を云ってしまえば、いっそ家の中に大事にしまっておきたいぐらいだった。
 色々な事を経て、土方も妥協と忍耐を覚え、おおめに見るようになったのだ。
 だが、しかし!


(いくら何でも、これはねぇだろう)


 キャンペーンガール(ボーイ?)など、もっての他! っていうか、何でそんな可愛いマニアックな兎スタイルで出てきたりするんだ。
 それも、白うさぎ。
 後ろにふかふかしたシッポがついているように見えるのは、錯覚か。


 土方は、今すぐステージに駆け上がって総司をひっさらいたくなるのを、ぎりぎり我慢しつつ、人ごみをかきわけ、前へと進んだ。
 最前列の真ん中に陣取ると、腕組みし、じっと鋭い視線を総司に向けてやる。
 初め、総司は全く気づいていないようだった。
 にこにこ可愛く笑いながら、安全運転に関するクイズなどをやっている。
 だが、さすがに気づいた。
 というか、
「はぁい、正解でーす♪」
 そう云いながら、客席(?)の方へ向き直ったとたん、ばっちり目があってしまったのだ。
「!?」
 ひっと悲鳴をあげかけ、慌てて両手で口をおおった。大きな瞳がさらに大きく見開かれ、まん丸になっている。
 さーっと顔が青ざめ、ついで、真っ赤になった。耳朶まで真っ赤にして、わたわた慌て始める。
 それも、当然の事だろう。
 独占欲が強く超嫉妬深い彼氏が最前列で仁王立ちになり、こちらをじいっと睨みすえているのだ。それも、周囲の人々がひいてしまうぐらいの、ものすごい迫力で。
 慌てないはずがなかった。
 総司は目を泳がせると、手早く何とか態勢をたて直した。口早にクイズの終了を告げると、ちょうどイベントも終わりかけだったのだろう、最後の挨拶が始まる。
「え、えーと、じゃあ、長い時間おつきあい下さり、ありがとうございました!」
 微妙に土方から視線をそらしつつ、総司はひきつった笑顔で(けれど、やっぱり可愛い)云った。
「皆さん、年末年始、安全運転して下さいね♪」
 小首をかしげ、愛らしく微笑ってみせた総司に、男たちが歓声をあげた。かわいいー!と、声援が飛びまくっている。
 ぺこりと頭を下げ、総司はステージから降りた。控え室になっているらしい看板裏のテントに、さささっと入ってゆく
 それを見届けた土方は、散ってゆく客にまぎれ、看板裏へと歩み寄った。すると、キャンペーンの関係者らしい警察官が押しとどめようとする。
「すみません、ここから先は」
「……」
 土方は無言で警察手帳を取り出し、その警察官の目前に突きつけた。こいつらも共犯かと思っているため、表情が怖い。
 警察官は、土方の身分を見たとたん、慌てて敬礼をした。
「し、失礼致しました!」
「……」
 押し黙ったまま、土方は看板裏へとまわった。すると、そこでは総司があたふたと帰り支度をしている処だった。何を慌てているのかと聞いている伊庭の言葉も、耳に入っていないようだ。
「……総司」
 低い声で呼びかけたとたん、その動きがぴたりと止まった。
 しばらく固まった後、おそるおそる後ろをふり返る。
 彼の姿を見たとたん、今度こそ、ひっと声をあげた。お化けでも見たように、後ずさる。
 土方の眉間の皺が深くなった。
「それが、彼氏に対する態度か」
「ひ、土方さんっ、何でここに! っていうか、どうして入れたの」
「これの共催、警察だろうが。俺の職業が何か忘れたのか」
「あ、そ、そうでした。刑事さんでしたね」
 こくこくと頷いてから、総司はひきつった笑顔になった。
「うっわー、奇遇ですね。こういう偶然ってあるんだ、びっくりしちゃったぁ」
「わざとらしく驚いているんじゃねぇよ」
 凄味のある声でばっさり切り捨ててから、土方は総司の腕を掴んだ。
 それから、伊庭の方へ視線をやった。伊庭はどこか面白そうな表情で彼らのやり取りを見ていたが、視線をむけられると、今更ながらの挨拶をするつもりか、手をさし出してきた。
「久しぶり。相変わらず元気そうで」
「そっちも相変わらず総司にちょっかい出しているみたいだな」
「オレは実入りのいいバイトを紹介しただけ。会う会わないは、総司の自由だと思うけどね」
 そう云ってから、伊庭は総司に、にっこり笑いかけた。
「総司も年末一人淋しく過させているくせに、バイトの事まで口出しする勝手な彼氏なんて、いやだろ?」
「え、あのっ……」
「そろそろ、オレに乗りかえちゃわない?」
「何云ってる! そろそろも何も……」
 土方が云いかけた時だった。
 傍らから、澄んだ声が小さく、だが、きっぱり云った。
「土方さんは……勝手じゃないです」
「──」
 驚いて見ると、総司は頬を紅潮させていた。ちょっと遠慮がちでありながら、一途な口調でつづける。
「勝手なのは、ぼくの方なのです。それは……確かに、年末お休みとれなくて一緒に過ごせなくて、すっごく淋しかったけど、でも、刑事さんのお仕事一生懸命頑張ってる土方さん、誠実で男らしくてだい好きだから。心から尊敬しているから」
「……」
「バイトの事も、土方さんはちゃんとお金出してくれるって云ったのに、また意地はっちゃったし。勝手ばかりしてるの、ぼくの方なのです。でも、土方さんはいつも優しくて、怒っても結局は許してくれて、だからっ」
 総司は大きな瞳で、伊庭をまっすぐ見つめた。勢いよく、ぺこりと頭を下げる。
「ごめんなさい! 乗りかえるなんて絶対できないから……ごめんなさい」
「……」
 しばらくの間、沈黙が落ちた。
 呆気にとられている土方と、深々と頭を下げている総司、そして、それを達観したような表情で眺めている伊庭。
 やがて、その沈黙を破ったのは、伊庭だった。
「そう思っているなら、素直になればいいのに」
「……え?」
「素直に、淋しいって、甘えたい、だい好きって、云えばいいんだよ。総司の彼氏なら全部受け止めてくれるはずだろ?」
 悪戯っぽく笑ってみせた伊庭に、総司は目を見開いた。
 それにくすっと笑い、伊庭は土方の方に視線をむけた。明るい口調で云う。
「ま、残念だけど、邪魔者はここらで退散させて貰うよ。あぁ、云っておくけど、全然諦めた訳じゃねぇから。オレ、うたれ強くてさ」
「覚えておく」
「じゃあ、よいお年を」
 ひらりと手をあげ、伊庭は踵を返した。さっさと歩み去ってゆく。その背に、総司は呼びかけた。
「伊庭先生!」
 ふり返った伊庭にむけ、ぺこりと頭を下げた。
「あのっ、よいお年を。それから……ありがとうございました」
「……」
 伊庭はちょっと複雑そうな表情になったが、すぐに、小さく笑うと、もう一度だけ手をあげた。そのまま歩み去ってゆく。
 その後ろ姿を見送る総司の躯が、土方の腕にそっと抱きしめられた。












「さて、と」
 玄関を入ってすぐ、扉が閉まったとたん、腰に手をあてて土方がそう云った瞬間、総司は(……やばいかも)と心底思った。
 あれから本庁へ一度戻って、それに総司もつきあって、色々買い物をしてから、とりあえず仲良く帰宅したのだ。
 大晦日もってけ泥棒セールのデパ地下で、総司好みのケーキやら和菓子やらを機嫌よく買ってくれた土方だったので、例のバイトの一件はこのままお咎めなしかな? と期待したりしていた。
 だが、それは間違いだったようで……
「詳しく聞かせて貰おうか」
 意地悪そうな笑みをうかべ、土方は総司の顔を覗き込んだ。
 それに、総司は下駄箱に背を押しつけ、大きな瞳で彼を見上げた。
「詳しくって……何?」
「だから、何であんなバイトをしていたか、だよ」
「そ、それは、だから、伊庭先生に実入りのいいバイトがあるって聞いて、それで」
「実入りがいい?」
 土方は形のよい眉を顰めた。しばらく黙ってから、はぁっとため息をつく。
「おまえ、まさか、また金がいるからとか、意地はってんじゃねぇだろうな。ほら、高校の学費でもめた時だ。あれみたいに、俺に金出して貰うのが嫌だからって……」
「違いますよ。あの時とは全然違います」
「じゃあ、さっきのは何だ。また意地はってとか何とか、云っていたじゃねぇか」
「う」
 総司は視線を彷徨わせた。それに、やれやれと肩をすくめ、土方は云った。
「ほら、吐け」
「は、吐けって……」
「前みたいに、何か理由があるんだろ。さっさと云っちまえよ」
「……車……」
 ぽつりと答えた総司に、土方は、え?と首をかしげた。
「車?」
「そうです、車なんです」
「車って……年明けに、見に行こうって云ってたじゃねぇか。それとも、やめにするのか?」
「見に行く事は見に行くけど、でもっ、車を買うお金、自分で出したいのです!」
 一気に叫んだ総司に、土方はちょっと驚いたように目を見開いた。それから、腕を組むと、総司の顔を覗き込む。
「おまえ、貯金いくらあるんだ」
「……。そんなには……」
「車の値段、知っているよな。幾ら安くても、諸費用込みで100万はするぞ。それ、おまえ出せるのか?」
「出せないから、バイトしようと思ったんです!」
「そんな簡単に稼げる金額かよ。だいたい、それは俺が出すって云っただろ」
「それじゃ駄目なの! ぼくが出したいの」
「何で」
「だって、土方さんを迎えに行きたいんだもの!」
「……は?」
 突然飛びまくった会話に、土方は目を丸くした。呆気にとられる土方の前で、総司は頬を紅潮させ、手をふり回し、力説した。
「残業で疲れている土方さん、迎えに行きたいの! ぼくが運転して乗せてあげたいの! なのに、その車、土方さんに買って貰ったんじゃ、何かおかしいじゃない。ぼく、土方さんの愛人じゃないもん」
「愛人って……なぁ」
「そこに突っ込まないで! とにかく、ぼくは自分のお金で車を買いたいのです」
「……総司」
 短い沈黙の後、土方はため息をついた。手をのばし、総司の髪をくしゃりとかき上げる。
「あまり、意地をはるなよ」
「意地なんか……」
「金なんざ、ある処から出させりゃいいんだ。俺だって、おまえに贅沢させる気はないし、しっかり仕事にもつかせたい。けど、今はまだ、おまえは学生だろう? 勉強の方が大事なはずだろう?」
「……」
 もっともな事を云われ、総司は黙り込んでしまった。


















次はお褥シーンがありますので、苦手な方は避けてやって下さいね

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