大晦日を一緒に過そう。
というか、新年を一緒に過そう。
そう云われたのは、年の瀬も押し迫ったある日の事だった。
総司は思わず、土方をじっと疑わしげに見つめてしまった。
それを、土方もじっと見つめ返す。
(……すげぇ可愛い)
白いふわふわのマフラーに顔の半分をうずめつつ、大きな瞳で上目遣いに見上げてくる総司は、とんでもなく可愛い。キュートだ。
ここがイルミネーションきらきらの街中であるにもかかわらず、思わずキスしたくなってしまった。
だが、しようかなと考えたところで、話のつづきを思い出す。
「何だよ、疑っているのか」
土方はスーツの上から着た黒いコートの隠しに手を突っ込みつつ、ちょっと拗ねたような口調で云った。
「そんなもの出来るはずがないって、疑ってるだろ」
「うん」
きっぱり頷いた総司に、思わず反論しかけたが、結局、土方は口を閉ざしてしまった。だいたい、そんなこと出来るはずもないのだ。
何しろ、今日だって久しぶりのデートだったのに、仕事の合間をぬって駆けつけ、1時間だけの逢瀬ということになってしまったのだから。この忙しさは相変わらずというか、どうにかならないのだろうか。
「俺だって、休みぐらいとれるさ」
それでも、強気に云った土方に、総司は「ふうん」と呟いた。全然信じていない。
「とにかく、年末年始は一緒に過す。絶対に約束だ」
「本当?」
総司は、土方と同じようにコートの隠しに手を突っ込み、首をかしげてみせた。
さらさらの髪がふわりと揺れ、大きな瞳が彼だけを見つめた。
キスをねだるようなベビーピンクの唇はつやつやで、白い頬がほんのり上気した様も初々しく可憐だ。
イルミネーションがきらきらする中、白いコートを着た総司は、まるでCMに出てくる少女のように可愛いかった。いやいや、もっと上をいっちゃう愛らしさだ。その証拠に、道ゆく男たちが皆、見惚れるような視線をむけてゆく。
それにガンを飛ばしつつ、土方は総司の方へ歩み寄った。
「絶対にやってみせる」
「あまり期待しないで、待ってますね」
「期待しないって、おまえ、別に約束でも入れてるのか」
「そういう訳じゃないけど……」
「けど?」
「……」
黙り込んでしまった総司に、土方はいやな予感を覚えた。
「おまえ、俺と過ごせなかったら、誰と過すつもりなんだ? もしかして誘われているのか」
「……えーと」
「藤堂か? それとも、まさか……」
あのいやな男──つまり、伊庭の事を頭に思い浮かべたとたん、総司が元気よく叫んだ。
「土方さん、もう時間なんじゃない? あ、ほら、8時だし」
「……」
「早くしないと、近藤さんに怒られちゃいますよ」
ほらほらと小さな手で背を押され、土方は眉間の皺をますます深くした。そんなに俺を追い払いたいのかよと云いたくなる。
だが、そこはぐっと堪え、地下鉄への階段を降りつつ、ふり返った。
しっかり念押しだけはしておく。
「伊庭だけは、絶対に駄目だからな」
「……」
「総司」
鋭い口調で呼ばれ、総司はしぶしぶ頷いた。だが、それでは、誰に誘われているのか、バラしてしまったようなものだ。
バイバイと手をふる総司に手をふり返し、土方は背をむけた。
そして、階段を降りてゆきながら、何が何でも年末年始休みをゲットしてやる! と決意したのだった。
「休み? そんなものとれる訳がないだろう」
近藤の答えは、あっさりしたものだった。
今から出る会議の資料作りに追われつつ、ばっさり却下したのだ。
だが、むろん、土方がここで引き下がるはずがない。
「絶対に俺は休みをとる」
「年末年始だぞ」
「年末年始だからこそ、だろうが!」
土方はもの凄い真剣な表情で、力説しまくった。
「今年こそ、総司と紅白見ながら年越し蕎麦くって、新年の朝に初詣に行くんだ。絶対、あんたに邪魔はさせねぇぞ」
そう云いきった土方を、近藤は珍しい動物でも見るようなまなざしで眺めた。しばらく、まじまじと見つめていたが、やがて、深々とため息をついた。
「……歳」
「何だよ」
「おまえも、そういう事を云うようになったんだなぁ」
「はぁ?」
「まるで、愛妻の待つ家に帰りたがる夫みたいだぞ。いや、そのものか」
近藤には珍しい皮肉まじりの言葉も、恋する男には全く通じなかった。土方は赤面するどころか、あたり前だろうがと、友を見下ろした。
「俺にとって、総司は伴侶だ。妻同然だ。今更、何を云っているんだよ」
「……何の躊躇いもなく云いきれるおまえに、今更驚く気にもなれんよ」
「そうだろ? 今更驚く事じゃねぇだろう?」
今ひとつ噛み合わない会話に、近藤はうんざりしたように首をふった。
そして、根負けした様子で、やけくそ気味に休暇届に判を押した。これでいいだろうとばかりに、土方に突きつけ、立ち上がる。
土方はそれを満足げに受け取り、唇の端をつりあげた。
その誰もが見惚れる端正な顔だち、すらりと引き締まった長身、頭脳の切れをもちながら、性格だけは問題ありまくりの親友に、やれやれとため息をつきながら、近藤は会議室へと去っていった。
それを全然見送らず、土方は足取りも軽く席へ戻った。珍しくデスクワークに勤しんでいた斉藤が、声をかけてくる。
「見事、年末年始の休暇ゲットですか」
「一応な」
結局の処、その当日にならなければ何が起るかわからないのだ。いくら非番だ休みだと云っても、緊急となれば呼び出されるのは当然だと、土方もよくわかっている。
「まぁ、土方さん、ここずっと休みなしでしたからね。近藤さんもその辺りはわかっているでしょうし」
「だといいけどな」
肩をすくめ、土方は休暇届をぴんと指で弾いた。
「それで?」
斉藤は頬杖をつきながら、訊ねた。
「どこか旅行でも行くんですか」
「いや、別に」
「じゃあ、何でまた……」
「あの家で過す初めての年末年始だろ。二人で過したいじゃねぇか」
幸せそうに笑う土方に、斉藤はやれやれと肩をすくめた。
どこから見ても新婚バカップルの二人なら、旅行など行かずとも、一緒にいられれば、はっぴーなのだろう。
「お熱いことで」
斉藤は呆れ半分、からかい半分で、云った。
「とにかく、休みとれて良かったじゃないですか。総司も楽しみにしているでしょうし」
「……」
とたん、沈黙してしまった土方に、斉藤は「え?」と首をかしげた。
土方は休暇届けを弄びつつ、眉間の深い皺を刻んで押し黙っている。それに、思わず呆れた声で訊ねてしまった。
「また喧嘩でもしたんですか」
「喧嘩じゃねぇよ」
「なら」
「総司は、俺が休暇とると云っても全然信じてなくて、挙げ句の果てに」
「挙げ句の果てに?」
「伊庭の奴と約束したらしい」
「? 伊庭?」
あまり耳慣れない名前に、斉藤は首をかしげた。だが、すぐに思い当たり、ぽん!と手を打ち合わせる。
「あぁ、あの教習所の」
「もう完全に縁が切れたと思っていたが、奴もしぶとい。時々、思い出したように現われるんだよな」
「成程。それは、面白くないですね」
総司が土方と結ばれているのなら仕方ないが、他の男(つまり、自分以外)と仲良くなっちゃうなど、絶対絶対許せない斉藤なのである。
「で、本当に、総司は正月、その伊庭という男と過すつもりなのですか」
「嘘だろと思いたいが、あの様子では確実だ。俺がどうせ留守だろうと思って約束したんだろう」
「まさに、亭主元気で留守がいいですね」
「……」
土方に切れの長い目でじろりと見られ、斉藤はやぶ蛇とばかりに首をすくめた。そそくさとデスクに向うと、途中になっていたデスクワークにとりかかる。
それを眺めてから、土方は再び休暇届に視線を落とした。
せっかくゲットできた年末年始の休み。だが、それも確定という訳ではなくて、そういう事情を知っているからこそ、総司も全然期待していないのだろうが。
だが、しかし。
「……」
不意に、あの時の、総司の困ったような顔が目にうかんだ。それはまるで、土方よりも伊庭と過したいと云っているようで。
(俺より、あの男の方がいいってのかよ)
土方はデスクに凭れかかると、はぁっとため息をついた。
「出来上がり♪」
総司は顔をあげ、嬉しそうに云った。
先程から、ずっと廊下の板張りの床を磨いていたのだ。一生懸命磨いたおかげで、ぴかぴかに艶が出ている。
古い家なのだが、手をかければかけるほど美しくなり、総司はこの家に来てから掃除をする回数が増えたように思えていた。だが、それも苦にはならない。むしろ楽しいのだ。
土方と一緒に暮らす、それも、土方が総司のために用意してくれた小さな家。
大切なスイートホームだった。
「愛の巣って、とこだよね」
自分でそんな台詞を口にしつつ、総司は恥ずかしそうに頬を染めた。何だか、急に照れくさくなってしまったのだ。
掃除道具を片付けると、お茶を入れるためにキッチンへ入った。
白い小さなキッチンは、総司の使い勝手を優先してリフォームしたもので、日当たりがよく、とても明るく可愛らしい。
そこでお湯をわかし、いい香りのするフレーバーティをゆっくりと入れた。
ダイニングチェアに腰かけ、カップを口にはこびながら、この間の事を思い出す。
「どうしようかなぁ」
本当に、悩んでいた。
総司だって、それはもちろん、年末年始を土方と過したいのだ。
だが、まさか彼が休みをとれると思っていなかったため、つい伊庭との約束を入れてしまった事も本当だった。
最近は昔ほど逢っている訳ではないが、それでも、友人づきあいは続いている。
その伊庭から誘いを受けたのは、一週間前だったのだが───
「土方さんは絶対だめって云うし、うーん」
別に遊びに行く訳ではないのだ。だが、そうであっても、土方は不愉快に思うだろう。今まであった様々な出来事から、簡単に推測できる事だった。
総司が難しい顔をして唸っていると、不意に、ピンポーンと呼び鈴が鳴った。
「? 誰だろ」
古い家だが、設備機器は引っ越しの時に全部最新のものにリフォームしてある。テレビフォン越しに覗いてみると、平助と磯子が元気よく手をふっていた。
「あ、忘れてた」
総司は思わず両手で口をおおった。
そう云えば、今日、二人が家を訪ねてくる約束だったのだ。きちんと掃除してあるからいいものの、二人をもてなすためのお菓子などを用意していない。
どうしようと思いつつ、扉を開けると、二人は「寒いね〜」と云いながら入ってきた。その手に、ケーキ屋の袋を見つけ、ちょっとほっとする。
正直な総司は、二人をリビングへ案内しながら云った。
「ごめんね、約束忘れてて……何も用意してないんだ」
「いいんです、大丈夫。ちゃんとケーキ買ってきましたから」
にこにこしながら、磯子が云った。かなり大きい箱なので、色々買ってきたのだろう。それに、もう一度「ごめんね」と謝ってから、総司はすぐさま紅茶を用意した。
平助と磯子はソファに腰かけ、きょろきょろと部屋の中を見回している。
「可愛くて素敵な家ですね」
紅茶のカップを運んできた総司に、磯子が云った。それに、平助が傍らから茶々を入れる。
「何しろ、土方さんが総司のために奔走して探しまわった家だもんなぁ」
「そうなの? 総司さん、本当に愛されちゃってますね」
二人の言葉に耳朶まで赤くなりつつ、総司はこくりと頷いた。細い指さきでカップをいじりつつ、答える。
「土方さんは……優しいから」
「総司限定だよ」
「え、そうかな?」
不思議そうに小首をかしげる総司にちょっと呆れつつ、平助は言葉をつづけた。
「で、今年は新居での大晦日だろ。二人で紅白でも見ながら、仲良く過す訳?」
「それが……」
とたん、総司は口ごもってしまった。それに、磯子が平助の脇腹を肘でぐいっと突っつく。
「平ちゃん、また余計なこと!」
「え、何で」
「お休みとれるかどうか、わかんないでしょ。お兄ちゃん見てればわかるもん」
「あー、そっか」
平助は慌てて謝ったが、総司はううんと首をふった。
「違うの。お休みはとれるかもしれないの」
「じゃあ、良かったじゃん」
「でもね」
総司はちょっと口ごもりつつ、云った。
「ぼくの方が約束いれちゃってて……」
「約束って、土方さん以外の人と?」
「うん」
「誰と」
「伊庭先生と」
あっさり答えた総司に、平助は飲みかけていた紅茶を吹き出しそうになった。慌ててごっくんと飲み込んでから、訊ねる。
「い、伊庭先生って、何で!」
「何でって、約束しちゃったんだもの」
「そんなもの何で約束するの! 土方さんが知ったら、激怒するよ」
「もう怒ってる。絶対駄目だって」
「云った訳? 伊庭先生と約束したって、云っちゃった訳!?」
「うん」
こくりと頷いた総司は、でもねと小首をかしげた。
「遊びに行ったりする訳じゃないんだ。ちゃんと理由があるし」
「遊びじゃないなら、何」
「バイト。車買いたいから」
「へ?」
ころころ変わる話題に、平助はついてゆけない。訳がわからず眺めていると、総司は嬉しそうに頬を上気させ、話し始めた。
「前にも云ったでしょ。車を運転して、残業で遅くなった土方さんを迎えに行ってあげたいって。そのために、運転免許をとったんだし」
「そ、そんな話、聞いたような……」
「でも、車がないんだ。土方さんのはマニュアル車だし、ぼくはATの免許しか持ってないし。で、どうしようかなぁと思っていたら、土方さんが買ってあげるって」
「買って貰えばいいじゃない」
「それじゃ、駄目なの!」
突然、総司は目をつりあげると、どんっとテーブルを叩いた。
「この家だって生活費だって学費だって、土方さんに出して貰っているんだよ。その上、車なんて、どう考えてもおかしいでしょ」
「そ、それはまぁ……」
「全然おかしくないと思いますけど?」
ずっと黙って二人のやり取りを聞いていた磯子が、不思議そうに云った。え?と見る二人に、にっこり笑う。
「だって、総司さん、土方さんの奥さん同然でしょ? 妻でしょ? 家事万端きちんとやって旦那さまを支えているんだから、車を買って貰っても当然だと思うんですけど」
「妻……奥さん」
磯子の言葉に、総司はなめらかな頬を、ぽっと赤らめた。気恥ずかしそうに伏し目になりつつも、めちゃくちゃ嬉しそうに、紅茶の入ったカップをいじり回している。
それを横目で見ながら、平助が云った。
「まぁ、いっちゃんの云う事もわかるけど。でもさ、総司だって、たまには自分の稼いだお金で好きなものを買いたいんじゃないかな」
「それもそうね」
「で、バイトに行くって話……けど、何で伊庭先生?」
話を振り出しに戻した平助に、総司が顔をあげた。
「伊庭先生の紹介で、そのバイトに行く事になったの。とっても実入りがいいって話だし」
「実入りがいいって……ま、まさか」
思わず、平助は顔を引き攣らせてしまった。
何しろ、総司には前科があるのだ。
高校生の頃、デートクラブ(それも男性客相手)に登録した挙げ句、それが土方にバレて大騒ぎになった事があったのだった。
総司が怒り狂った土方に浚われるのを見ていた平助は、慌てて身を乗り出した。
「まさか、ヤバい仕事とかじゃ」
「ヤバイって?」
「高校生の時、土方さんを怒らせまくった……」
「あ、全然大丈夫。違うから、ちゃんとした健全なバイトだし」
「……そ、そうなんだ。よかった」
「うん、でもね」
総司はちょっと小首をかしげた。
「土方さんは怒る、かな?」
「へ?」
「うーん、怒っちゃうかも。バレたらまずいんだよねぇ」
「い、いったい、どういうバイトなんだよ!」
「それは、ひ・み・つ♪」
総司は悪戯っぽく、だが、とても嬉しそうにうふふと笑った。磯子に何か耳打ちして、楽しそうにはしゃぎまくっている。
「……」
やばいバイトではなくて、だが、土方が怒ること確実なバイトとは、いったい何なのか。
平助はいや〜な予感を覚えつつ、ごくごくと紅茶を飲み干したのだった。
つづきは、12月20以降に。引っ越しが終ったら!
楽しみにお待ちになって下さいませ〜。
