玄関扉が開かれ、総司が顔をのぞかせる。
「土方さん、お帰りなさい!」
 嬉しそうな総司の笑顔に、ちょっとささくれ立っていた気持ちがマシになった。家に入った土方に、総司は可愛らしい仔猫のようにまとわりついてくる。
「今日は早かったんですね。何かあったの?」
「いや、別に」
「あのね、晩ご飯、今から用意するのです。ちょっと待たせてしまうけど、ごめんなさい」
「構わねぇよ。おまえも出かけていたのだろう?」
 さり気なく訊ねた土方に、総司は何の衒いもなく「はい」と答えた。スーツの上着や鞄を受け取りながら、にこにこと話してくる。
「ちょっと買い物に出ていたのです。それで、伊庭先生と偶然会ってお茶してたから、少し遅くなっちゃって。車で送って貰ったんだけど、こんな時間になって晩ご飯も遅れる事になってしまったの。本当にごめんなさい」
「……」
 問いただすまでもなく、素直に総司の方から答えてくれたのには、助かった。だが、一方で、伊庭と会った事を楽しそうに話す総司の超天然ぶりに、ため息がもれそうになる。


(俺がどう思うかとか、考えねぇのか?)


 複雑な心境でじっと見つめると、総司は不思議そうに小首をかしげた。
 大きな瞳で彼を見上げ、ぷるんとした桜色の唇で「土方さん?」と訊ねるさまは、本当に今すぐ食べてしまいたいぐらい可愛い。
 そこらのアイドルも顔負けの可愛さで、その上、本人は全く自覚がないとくるのだから、始末におえなかった。
 自分の可愛さ、花のような笑顔、華奢な肢体が、男たちをどれほど誘うのか、全然わかっていないのだ。
 だからこそ、伊庭などという男も簡単に近づけてしまうし、それをまた土方に話すという天然ぶりなのだろう。


(それとも、何か。俺が心の狭い男なのか。これぐらい、他の家の旦那は当然だと耐えているのか)


 土方はちょっと意味不明の事を考えつつ、総司を見つめた。
 それをどう思ったのか、総司がにこっと無邪気に笑ってみせた。
「お腹すいた?」
「あぁ」
「じゃあ、急いでつくりますね」
 そう云って身をひるがえそうとする総司の手首を、反射的に掴んだ。
 いつもの事ながら、どきりとするぐらい細い手首だ。
 土方はそっと出来るだけ優しく、総司の躯を引寄せた。腰に腕をまわし、躯をぴたりと密着させる。
 びっくりしてふり返り、目を丸くする総司に、笑いかけた。
「俺は、おまえの方を食いたいんだけど」
「えっ?」
 さすがに長年のつきあいだ。男の言葉の意味をすぐさま理解した総司は、とたん、耳朶まで真っ赤になってしまった。それから、もごもごと口ごもり、男の腕の中で俯く。
 しばらく黙ってから、恥ずかしそうに訊ねた。
「……お風呂、入ってからにしない?」
「一緒に入るか」
 まず無理だろうと思った誘いは、彼が内心驚いた事に、あっさりOKされた。総司はこくりと頷き、慌てたように彼の腕から抜け出すと、頬を赤らめつつ云ったのだ。
「さ、先にいっていますね」
 バスルームの方へぱたぱたと走り去る総司を見送り、土方は形のよい唇の端をあげた。
 天然だろうが何だろうが、総司の恋人は彼なのだ。愛されているのは彼なのだ。だったら、他の男の事などで思い煩うなど無意味な事だろう。二人が仲良ければいいのだから。
 そんな事を考えながら、土方は総司が待つバスルームへと、軽い足取りで歩き出していった。
 そして、結局の処、総司と二人甘い甘い一時を過した土方は、その出来事を遠い彼方へうっちゃってしまったのだ。
 だが、もちろん、彼の意識も何もかも、完全に決着がついた訳ではなくて……


(結局、こうして思い悩んでいるんだから、しょうがねぇよな)


 土方は深くため息をついた。
 すると、SATの仲間たちと、ジュウジュウとバーベキューを豪快に焼いていた斉藤がふり返り、声をかけてきた。
「土方さん!」
「あぁ」
「何しているんですか。早く来ないと、なくなってしまいますよ」
「わかった、今行く」
 そう答えながら、、土方は気持ちを切り換るため、かるく首をふったのだった。












 さて、総司である。
 磯子と平助の協力により、土方たちのキャンプが北海道の某処であることを突きとめた総司は、さっそく飛行機に飛び乗った。幸いにして、飛行機の席も、近くのホテルも予約できたのだ。
「うわ、可愛いコテージ」
 案内された総司は、思わず感嘆の声をあげた。
 以前、記憶がなかった時に行った佐藤家の別荘や、海辺の家とは大きさも格段に違うが、その分、とても可愛らしくていかにも女の子が好みそうな、フレンチテイストのコテージだった。
 それらが、緑豊かな森の中に点在している様は、とてもメルヘンチックな光景だ。
 オレンジ色がかった瓦に、白い漆喰壁。丸い窓。中に入れば、白を基調とした柔らかなパステルカラーのインテリアで、品の良い甘さが漂っている。おまけに、ベッドは白いモスキーネットがかけられ、可愛くてロマンチックだ。
 もともと可愛いもの、綺麗なものがだい好きな総司は、「磯子ちゃんに手配頼んで良かった」と、しみじみ思った。
 磯子がここ絶対お薦めなんですと教えてくれて、しかも、たまたまキャンセルが出て入れたコテージなのだ。
 総司はうきうきした気分で、荷物をほどいた。
 このコテージがあるホテルの敷地の隣に、土方たちのいるキャンプ地があるはずだった。この辺りの森や雑木林は、周辺のホテルや施設により綺麗に手入れされている。
 なので、散策がてら歩いていけば、逢える可能性大だろうと、総司は思った。
「さっそく行ってみようっと」
 もちろん、怒られないかという不安はある。だが、それよりも、彼に逢いたい、一緒にいたいという気持ちの方が、ずっとずっと強いのだ。
 総司はコテージにきちんと鍵をかけると、淡いピンク色のTシャツに細身のショートパンツ、スニーカーという恰好で、森の中を歩き出した。
 大きな白い帽子をかぶっている総司は、どこから見ても可愛い女の子にしか見えず、すれ違う男が皆、見惚れてゆくのだが、本人は全く気づいていない。
「あ」
 しばらく歩いた総司は、小さく声をあげた。
 偶然なのか運命なのか。
 前方から、あるグループが近づいてきたのだ。どこかへ移動する最中なのか、皆、楽しそうに笑いながら手にバッグを持っている。この先にあるのは川だと聞いているので、カヌーやカヤックなどをやるつもりなのだろう。
 その中に、土方がいた。総司の知らない男たちと談笑している。
 総司は声をかけようか、どうしようかとドキドキしながら、道の脇によった。大きな瞳でじっと見つめる。
 その存在に、当然ながら、土方は気がついた。総司を見た瞬間、え? という表情で大きく目を見開いた。
 だが、それだけだった。突然、土方は酷く冷たい表情になると、すっと視線をそらしたのだ。
「──」
 息を呑んだ総司の前を、土方は無言のまま通りすぎていった。一瞥さえしない、まるきり他人に対する態度だった。
 総司の胸を痛みが貫き、視界がゆらぐのを感じた。躯が震えてしまう。


(……やっぱり、来ちゃいけなかったんだ)


 怒っているとしか思えない表情だった。
 最近ではまったく見せられる事のなかった、冷たい彼の横顔。冷ややかなまなざし。
 まるで、昔のような……。
「……」
 呆然と立ちつくしている総司に、一番最後を歩いてきた斉藤が気がついた。「あっ」と声をあげてから、慌てて、「あとであとで」と手振りをしてゆく。
 それに、総司は頷くのが精一杯だった。斉藤にまで知らん顔されていたら、その場で泣き出してしまっていただろう。
 遠ざかる恋人の背を見つめ、総司はきつく唇を噛みしめた。












 ……信じられねぇ。
 正直な気持ちだった。
 まさか、あんな処に総司が突然現れるなど、思ってもみなかったのだ。いや、予想できる方がおかしいだろう。
 緑濃い森の中、まるで森の美しい精霊のように、ひっそりと佇んでいた総司。瑞々しい肢体をシンプルな装いにつつんだその姿は、清楚で愛らしく、可憐だった。
 だが、だからこそ声もかけられなかったのだ。
 周囲の男たちが皆、視線を吸い寄せられているのが丸わかりだった。あの時、もし土方が声をかけていたら、紹介もしなくてはならなかっただろう。そんな事、絶対に嫌だった。
 心の狭い男だと笑われようが、嫌なものは嫌なのだ。この手の中に閉じこめ、誰にも見せたくないと思っている総司を、他の男に紹介するなど我慢できるはずもない。
 もちろん、本当は手をさしのべ、笑いかけ、その細い躯をぎゅっと抱きしめたかった。会いたかった、よく来てくれたと、囁いてやりたかったのだ。
 だが、土方は、諸々の事情を考えた結果(つまりは、嫉妬と独占欲)、そのまま通り過ぎる事にした。無表情をたもち、絶対にふり返らないよう忍耐の一字で川まで辿りついてみると、いつのまにか斉藤の姿がなかった。
 その理由には、すぐさまピンときた。
「斉藤さん、どうしたんですかね」
 不思議そうに云いあう後輩たちに、土方は笑顔をむけた。
「忘れ物か何かだろう。俺が待っているから、おまえたちは先に行ってくれ」
「え、いいんですか」
「あぁ。構わねぇから」
 にこやかに手をふってみせると、彼らは納得したようで、カヌーやカヤックに乗り込んでいった。歓声をあげ、流れの中に入ってゆく。
 それを見送っていると、しばらく後、斉藤が息せき切って走ってきた。樹木の幹に背を凭せかけている土方を見て、肩をすくめる。
「遅れた理由は推察済ですか」
「総司だろう?」
 そう訊ねた土方に、斉藤はちょっと顔をしかめた。
「わかっているなら、声をかけるか、目配せぐらいしてあげればいいのに。何で無視したんです? 総司、泣いていましたよ」
「……泣いていたのか」
 とたん、痛ましげな表情で眉を顰める土方に、斉藤は、やれやれとため息をついた。
「とにかく、何が理由で無視したのか知りませんけど、この借りは大きいですからね」
「わかっているさ。何が望みだ、CDBOXか」
「ま、それは後々交渉ということで」
 斉藤は飄々とした表情でそう答えると、一枚の紙をさし出した。それを受け取って視線をおとす土方を眺めながら、言葉をつづける。
「総司が泊まっているホテルと、部屋ですよ。コテージに泊まっているみたいですね」
「……」
「一人で泊まっているのかどうかまでは、聞きませんでしたけど……」
 意味ありげに言葉をつぐんだ斉藤に、土方はびくりと肩を震わせた。顔をあげ、鋭い瞳で斉藤を見据える。
「……まさか、伊庭と一緒なんて云うんじゃねぇだろうな」
「知りませんよ、オレは。一人で勝手に嫉妬して拗ねた挙げ句、総司をほったらかしにしたツケが回ってきたんじゃないですか」
「……」
「とりあえず、オレが関知するのは、ここまでです。後は土方さんの腕次第でしょう?」
「わかった」
 土方は頷き、その紙を仕舞い込んだ。かるく唇を噛みしめ、何か考え込んでいる。
 それを眺めながら、斉藤は、やれやれと、もう一度肩をすくめた。












 星空の綺麗な夜だった。
 やはり空気が澄んでいるからか、星がとても綺麗に見える。
 総司はテラスに出て、しばらくの間、星空を眺めていた。涼しいというより、寒いぐらいの風が髪をさらさらと吹き乱してゆくが、それも気にならなかった。
 綺麗な星空でも見ていなければ、気持ちが落ち着きそうになかったのだ。
 昼間、駆け戻ってきた斉藤が、色々とアドバイスをしてくれた。彼が好きこのんで総司を無視するはずがないから、何か理由があるに違いないと云われ、とりあえず訊ねられるままホテルを教えたのだが。
「土方さん、来てくれるはずないし……」
 はぁっとため息をついた。テラスの手摺りに凭れかかり、ぼうっと星空を見上げる。
 もしかしたら、来てくれるかもと夕方までは思っていたのだ。だが、一人で淋しく食事をとってからは、そんな気持ちも消えてしまった。
 今頃、彼は仲間たちと楽しくやっているのだろう。そうして楽しんでいる処へ、突然、押しかけてきた総司など心よく思うはずがなくて……。
「いつも、ぼく甘えてばかりだから……土方さん、疲れちゃったのかな」


 自分が子どもっぽい性格だと、わかってはいた。
 とくに再会してからは、土方は大人の男としての包容力があって、総司もつい我侭を云ったり甘えすぎたりしてきてしまったのだ。それに対し、前なら喧嘩になったような事でも、土方の方がいつも譲歩し、受けとめてくれていた。
 だが、本当は、彼も疲れていたはずなのだ。うんざりしていたのかもしれない。だから、一人で仲間たちと楽しく騒ぎ、息ぬきしたくなったのだろう。
 子どもっぽい恋人から解放されて、やれやれと思っている処へ押しかけてしまったのなら、本当にいたたまれなかった。
 もう恥ずかしくて自分が情けなくて、東京へ戻ってからも彼と顔をあわせることさえ、出来そうにない。


「ぼく、何をやっているの。何で来ちゃったの……」
 涙がこぼれそうになり、きゅっと唇を噛みしめた。
 明日の朝、荷物を纏めて帰ろうと思った。今更だが、ここにいても意味がないだろう。いや、それどころか、土方にうんざりされるばかりかもしれない。
 どんどん気持ちが落ち込んでしまいそうで、総司は小さく頭をふった。帰ったらちゃんと謝ろうと思いつつ、部屋へ入るため踵を返しかける。
 その時、コツンと小さな音が鳴った。
「?」
 訝しく思い、ふり返る。足下に転がった小石に、首をかしげた。
 それから、はっと息を呑むと、手摺りを掴んで身を乗り出した。森の中に綺麗なコテージが点在し、茂みや樹木の下にも淡いオレンジ色の外灯がともされている光景は、とてもロマンチックだ。
 その明かりの一つだった。
 オレンジ色の光が輪を投げかける中、一人の男が佇んでいた。白いシャツが闇に映える。
「……土方、さん」
 思わず小さく声をあげた総司に、土方はかるく手をあげてみせた。そのまま入り口の方へ歩き出すのを見て、総司は弾かれたように駆け出す。大急ぎで二階から降り、入り口に走り寄った。
 大きくドアを開いたとたん、逞しい腕がその躯をさらい、きつく抱きすくめた。
「! 土方さん……っ」
 思わず声が震えた。広い背中に両手をまわし、縋りつくように抱きつく総司を、土方は息もとまるほど抱きしめてくれた。体格差のためか、半ば、総司は爪先だちになってしまったが、それでも男の腕の中はどこよりも心地がいい。
「総司……」
 土方は恋人の躯を片腕でふわりと抱きあげ、中へ入れた。後ろ手に扉をしめ、小さく照れたように笑ってみせる。
「こんな夜遅く、悪かったな」
「ううん、いいのです。あの、土方さん……」
 云いかけた総司の前で、土方は視線をさまよわせた。部屋の中を眺めているようだ。それに気づいた総司は彼の手をひいて、ソファへとみちびいた。
「とても可愛いコテージでしょう? 磯子ちゃんがお勧めしてくれたんです」
「そうか」
 頷いた土方は、どこか緊張しているようだった。表情も固いし、声も低い。
 その事に総司は小首をかしげたが、すぐさま理由に気づいて頭を下げた。というか、完全に誤解だったのだが。
「ごめんなさい」
「え?」
 驚いたように、土方が総司を見た。それを感じつつ、言葉をつづける。
「土方さんがたまの息抜きをしていたのに、楽しんでいたのに、勝手に押しかけてきたりして、悪かったと思っているの」
「……」
「いつも、ぼくの我侭や甘えに我慢してつきあってくれている土方さんの気持ちも、全然考えなくて……本当にごめんなさい」
「総司……おまえ」
 土方は眉を顰めた。切れの長い目が真っ直ぐ総司を見据えてくる。
「誰かに、何か云われたのか」
「え、違いますけど」
「なら、なぜ急にそんな事を云いだした。俺が息抜きとか、おまえに我慢しているとか、何でそんなふうに考えるんだ」
「だって……」
 総司は俯いてしまった。長い睫毛を伏せ、きゅっと桜色の唇を噛んでいるさまは、とても愛らしく可憐だった。さらりと黒髪が白い項にかかる様子も、なんとも艶めかしい。
 それを見ているうちに、土方の中に、激しい衝動がこみあげてきた。
 こいつは俺だけのものだと、不意に叫びだしたくなる。今すぐ押し倒し、それが本当であるのか確かめたくなってしまう。
 土方はその衝動を懸命に押し殺そうとした。そんな事をすれば、総司を傷つけてしまう。今まで何度も傷つけてきた彼だからこそ、強引なことは決してしたくなかったのだ。
「……っ」
 総司から視線をそらし、拳を固めた。きつく唇を噛みしめる。
 だが、そんな男の気配は、総司にも伝わっていた。まったく違う形でだったのだが。


(……土方さん、怒ってる)


 何が原因なのかわからないが、とにかく、彼は怒っているようだった。
 謝ったのに許して貰えないなど、初めての事で、総司はどうしていいかわからなくなる。だが、それでも、もう一度謝った方がいいのかと、土方の腕に手をかけた。そっと話しかけようとする。
 次の瞬間だった。
 不意に、ぐるりと天井がまわり、背中に衝撃を感じた。ソファへ押し倒されたのだと気づいた総司が、反射的に抗おうとしたとたん、土方がのしかかってくる。
 手首を掴まれ、乱暴にソファに押しつけられた。はっと息を呑んで見上げると、鋭い瞳に見下ろされる。


(土方、さん)


 何が起こるのかわからない怖さに、思わず目を閉じた。

















次はお褥シーンがあるので、苦手な方は避けてやって下さいませね。ちゃんと仲直りするので甘甘です。

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