沈黙が落ちた。
 やがて、それに堪えきれなくなった総司は、おそるおそる目を開いた。とたん、どきりとする。
 土方は鋭い瞳でこちらを見下ろしていた。黒い瞳に怒りを湛えたさまは、身が竦み上がるほど怖い。
 それでも、息をつめたまま見返していると、土方が低い声で云った。
「……ここへは一人で来たのか」
「え……?」
 思ってもみない問いかけに、目を瞬いた。一瞬、何を云われたのかさえ、わからなかったのだ。
 だが、そんな総司に苛立ったのか、土方が声を荒げた。
「一人で来たのかと聞いているんだ。答えろ、総司」
「ひ、一人で来ました……けど?」
 慌てて答えた総司だったが、いったい何を問われているのか、彼の意図が全く見えなかった。
 どうして、そんな当たり前の事を訊ねるのか。だい好きな恋人に逢いに行くのに、誰かと一緒に行くなんてありえないのに。
 だが、不意に理解できた。斉藤が話していたことから、思い当たったのだ。
 とたん、かぁっと頭に血がのぼった。
「土方さんは……っ」
 怒りのあまり、声が掠れた。
「ぼくを何だと思っているの? 伊庭先生と一緒だとでも思った訳!?」
 まさかと思っていた。そんなふうに邪推されているなど、考えたくもなかったのだ。
 だが、総司の目の前で、土方は表情を変えた。きつい瞳で見下ろし、手首を強く押さえつけてくる。
 それに、尚更怒りがこみあげた。
「莫迦にしないで!」
 大声で叫び、足をばたつかせた。手を離させようとするが、男の力は鋼のようでビクともしない。
「ぼくが、ぼくがどんな思いでここに来たかも知らないで、勝手に疑って怒って……土方さんなんて、だいっ嫌いだ!」
 思わず叫んでしまった。だが、云ったそばから、後悔する。
 みるみるうちに、土方が纏う気配が剣呑なものになったのだ。切れ長の目の眦がつりあがり、ぎりっと奥歯が噛みしめられる。
 一気に、男の中にある獰猛な獣が剥き出しにされた。
「あ……」
 総司は息を呑み、躯中を竦み上がらせた。怖くて恐ろしくて、ぎゅっと目を閉じてしまう。
 無意識のうちに、涙がにじんだ。頬をつたうのを感じる。


(こんなはずじゃなかったのに……)


 ここへ来ることを決めた時、総司が願っていたのは、恋人らしい一時だった。
 優しく笑いかけ、互いをいつくしみ睦みあいたいと願っていたのだ。なのに、どうしてこんな風に険悪な状態になってしまったのか。どこで話がこじれてしまったのか。
 総司は辛くて悲しくて、ただもう、ぽろぽろと涙をこぼしつづけた。
 その次の瞬間だった。不意に、躯の上に感じていた圧迫が消えた。手も離され、土方が身をおこしたのを感じる。
 目を開くと、ぼやけた視界の中、土方が立ち上がる処だった。総司に背を向け、歩み去ってゆく。
 それに、総司は目の前がまっ暗になるのを感じた。
 嫌われた、と思った。だいっ嫌いなどと云ってしまった総司に呆れ、とうとう見捨てられてしまったのだ。
「……ぅっ…ふぇ……っ」
 ソファの上で総司は身を丸め、今度こそ泣きじゃくりはじめた。それ以外、何をどうする事もできなかった。泣くことで男を引き留めようと思った訳ではない。だが、堪えようとしても、涙がこぼれて仕方がなかったのだ。
 その頬に、突然、冷たいものが押しあてられた。
「!」
 びっくりしてふり向くと、土方が決まり悪げな表情で見下ろしていた。身をかがめ、濡れたタオルを総司の頬に押しあてている。
「……土方…さん……っ」
「とにかく、これで涙を拭け」
「……」
「いや、そうじゃねぇな。ごめん、泣かないでくれ……総司」
 そう優しい声で云われた瞬間、総司は土方の胸もとに飛びついていた。両手を男の背にまわしてしがみつき、もっと泣き出してしまう。
 それに、土方はより困惑したようだった。総司の躯を膝上に抱きあげると、宥めるように背中を優しく撫でた。
「悪かった。俺が悪かったな……怖がらせて、本当に悪かったよ」
「っ…ふぇ…ぇっ、う……っ」
「頭に血がのぼっちまって、酷い事を云った。おまえを疑うなんて、どうかしていたんだ」
「……ぼ、ぼくも……ごめんな、さい……っ」
 総司は男の胸もとにしがみつき、泣きじゃくりながら懸命に言葉をつづけた。
「だ、だい嫌い…なんて云って……ごめんなさい。そんなの、絶対違うから……違うから……」
「総司……」
「お願い、ぼくのこと……嫌わないで、嫌いになってしまわない、で……」
「なるはずがねぇだろう」
 土方は総司の躯を抱きしめ、きっぱりと云いきった。髪に頬に口づけながら、云いきかせる。
「俺がおまえを嫌いになるなんざ、天地がひっくり返ったってありえねぇよ。だから、おまえも……」
「絶対に云いません。あんな事……云わない」
 素直に答えた総司に、土方は微笑んだ。泣いたことで火照った頬に、ちゅっとキスしてやる。
 そのまま首筋や耳もとに口づけてやると、総司はますます顔を赤くした。小さく躯を震わせながらしがみついてくるさまが、たまらなく可愛い。
 土方は総司の腰と膝に腕をまわすと、恋人の小柄な躯を抱きあげた。びっくりして見上げる総司に、笑いかける。
「寝室はどこだ?」
 悪戯っぽい声音で訊ねる男に、すぐさま意図を察したのか、総司は目を見開いた。頬をあからめ、答えない。
 それに、何度もキスを落としてやりながら、囁いた。
「おまえだって、ベッドの方が楽だろう? ほら、早く教えてくれよ」
「……階段をあがって右の扉」
 小さな声で恥ずかしそうに答える総司に、土方は小さく笑った。そのまま総司を抱いたまま部屋を横切り、階段をのぼった。廊下の奥にある右の扉を肩で押し開くと、確かにそこは寝室だ。
 モスキーネットのかけられた甘いフレンチテイストの寝室に、土方は少し驚いたようだった。それを、総司は頬を染めたまま、見上げる。
「可愛い部屋すぎて、その気なくなっちゃった?」
「まさか」
 土方はくすっと笑った。
「たまには、こういうのもいいんじゃねぇか。お姫様のもとに忍び込んだ盗賊みたいでさ」
「ぼくがお姫様で、土方さんが盗賊?」
 そう問いかけながら、総司はこんな恰好いい盗賊がいるのかなぁと思った。
 薄闇の中、土方の端正な顔はとても綺麗だった。
 アーモンド形の目。男にしては長い睫毛に、黒曜石の瞳。すうっと通った鼻筋、形のよい唇。何もかもが綺麗で、魅力的で。
 自分を軽々と二階へ運んだことからもわかる、鍛えられた長身。力強い腕。なめらかな低い声。
 いつもは冷たいほど整った顔だちなのに、笑うと、悪戯っぽい少年のようだった。見慣れているはずなのに、いつも見惚れてしまう。
 本当に、だい好きなのだ。
 この人以上に、好きになれる人なんていない。いるはずがない。
「……だい好き」
 そう小さな声で告げた総司に、土方はちょっと驚いた顔をしてから、すぐ笑顔になった。嬉しそうに喉を鳴らして笑い、頬をすり寄せてくる。
 甘いキスをあたえられながら、ベッドに運ばれた。すぐさまのしかかってくる男を、うっとりと見上げる。
 両手をのばし、抱きついた。何度もキスをくり返す。
 久しぶりである事を気遣ってか、土方の愛撫はとろけそうなほど優しかった。甘く優しくて。だが、一方で執拗なほど愛撫をほどこしてくる土方に、総司は耳朶まで真っ赤になり、羞じらった。
「や…っ…も、そんな……」
 いやいやと首をふる総司に、土方は唇の端をあげた。
「久しぶりだし、せっかく旅行先だろう。じっくり味あわせてくれよ?」
「だって、恥ずかし……」
「恥ずかしい事があるものか。すげぇ可愛いぜ」
 土方はそう囁きざま、ちゅっと音をたてて総司の胸の尖りにキスをおとした。弱い箇所を舐められ、総司が甘い声をあげる。既に男の手に握られたものは、とろとろと蜜をこぼしていた。今すぐにでも達してしまいそうだ。
 やがて、土方は蜜を絡めた指を下肢の奥へすすめた。くすぐるようにふれてから、ゆっくりと慎重に指を入れてくる。
「ん……っ」
 思わず息をつめた総司に、土方は腰骨あたりにキスを落としてくれた。その男の唇がふれる感触に、甘い疼きがわき起こる。
 弛緩した処を見計らい、緩やかに指を奥まで挿入した。ゆっくりと動かし、押し広げ始める。
 何度も躯を重ねた二人だが、何と云っても、体格に差がありすぎるのだ。引き締まった長身である男を受け入れるには、総司の躯は儚げなほど華奢でいたいたしい。
 最初の頃はよく強引に躯を繋げたりもした土方だったが、総司への愛が深まるにつれ、より優しく丁寧に扱うようになっていた。
 だが、それがまた、総司の羞恥心を煽ってしまうのだ。
「も……いい、から…っ」
 顔を真っ赤にし、総司は首をふった。
「大丈夫だから、お願い……もう、して」
「してって、何を?」
 意地悪く問いかけてくる土方を、総司は潤んだ瞳で拗ねたように睨んだ。だが、それがまた何とも可愛らしい。
 くすくす笑い、土方は、その火照った頬にちゅっとキスを落とした。
「ごめん、意地悪したな」
「土方さん……」
「あぁ、わかった。すぐによくしてやるから」
 土方は総司の細い両脚を抱え上げると、押し広げた。いつもの事だが、恥ずかしい恰好に、総司の頬が熱くなる。だが、一方で、恥ずかしげに目を伏せるその様が男を欲情させるのだ。
 一度だけキスしてから、土方は腰を進めた。狭い蕾に男の太い猛りが突き入れられてくる。
「ッ、ひ…ッ」
 無意識のうちか、総司が逃れようとした。だが、それを男の力強い手がおさえつける。
 華奢な躯ごと抱え込むようにして、一気に奥まで貫いた。
「ぁ、ぁああーッ!」
 甲高い悲鳴をあげ、総司が仰け反った。ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちる。
 それに罪悪感を覚えつつ、土方はぐっぐっと腰を入れた。相変わらずの狭さと締め付けに、思わず吐息がもれる。
「……すげぇ締め付けだな」
「ぃッ、ひ…ぃ……っ」
 総司は泣きながら、ふるふると首をふった。指さきがシーツを掴む。
「や…ぁ、ぃ…た……痛い……ッ」
「息を吐いて、身体の力を抜くんだ」
「できな……土方さ…っ」
 子どものように泣いて嫌がる総司に、土方は何度もキスを落とした。決して強引な事だけはしたくないのだ。二人ともに、甘い頂きへ駈けのぼりたい。
 総司のものを手のひらの中に包み込んで愛撫し、胸の尖りを柔らかく舐めてやるうちに、少しずつ頬に赤味が戻ってきた。それに安堵し、華奢な躯をゆるく抱きすくめる。
「……動いていいか?」
 耳元で囁きかけると、総司がまだ少し怯えたような表情で見上げた。だが、じっと見つめると、目元を染め、こくりと小さく頷く。
 まだ痛いし、怖いのだろう。だが、それでも彼を受けいれてくれようとする総司の健気さに、胸が熱くなった。
「優しくするから」
 そう約束してから、ゆっくりと躯をおこした。総司の様子を見ながら、腰を動かしてゆく。
 総司は初め身を固くしていたが、愛撫をしながらの行為に、次第に緊張をほどいたようだった。そうなれば、快感もこみあげてくる。シーツでなく、男の腕に手をかけ、甘い声で啜り泣いた。
「ぁっ…ぁ、ぁあっ……ぁ、ん…ッ」
「いいか? 気持ちよくなってきたか?」
「ぅ…んっ…ぁ、ぁあ……っ」
 男を受けいれる蕾も熱をおび、ねっとりと絡みついてきた。それに、思わず喉を鳴らしてしまった。
 優しくしようと思っていたが、総司の艶めかしい肢体と甘い声に、男の理性も突き崩されてゆく。
「総司……っ」
 低く呻きざま、膝裏に両手をかけた。躯を二つ折りにしてのしかかり、激しく腰を打ちつけ始める。たちまち、総司が甲高い悲鳴をあげた。
「ぁああ、ぁ……っ!」
 ぐっぐっと最奥まで男の猛りを突き入れられ、総司は泣き声をたてた。だが、その声は甘く掠れている。
 泣きながら、土方の肩に縋りついた。男の熱い肌を感じながら、「あっ、あっ」と声をあげる。互いの間で総司の小さなものが擦れ、ふるふると震えた。熟した果実のように濡れそぼり、今にも達してしまいそうだ。
 強烈な快感に、総司は甘く泣きじゃくり、身悶えた。
「土方…さ、んっ、ぁ…んっ、ぁあっ」
「……は、ぁっ」
「ぁあっ、ぁあぅ…ぅっ、んっ」
 艶めかしい泣き声につられるように、土方の動きもより激しくなった。男の太い楔が何度も蕾の奥を穿ち、引き抜かれる。
 感じる部分を容赦なく擦り上げられ、総司は白い胸をのけぞらせた。ベビーピンクの唇から、甘い声があがる。
「ぁっ、ぁあ…ぃッ、いい…そこっ、いい……っ」
「総…司……っ」
「い、いっちゃうッ、いっちゃ……ぁあああ…―ッ!」
 細い悲鳴をあげた瞬間、総司のものから白い蜜が迸った。それと同時に、土方も総司の腰奥に熱を叩きつける。
 絶頂と同時に中へ注がれ、総司は信じられない程の快感美を味わった。白い裸身をくねらせ、「ぁ…あ、ぃ…っ」と泣きじゃくる。
 それを抱きしめ、土方は啄むように唇を重ねた。次第に濃厚になってゆくキスに、総司はうっとりと目を閉じる。
「ん…ぅ、ん…ぁ……」
 甘い声で喘ぎながら、男の逞しい躯にすがりついた。繋がったまま、無意識のうちに細い腰を擦りつける。
 それに、土方が我慢できるはずもなかった。喉奥で低く唸ると、そのまま総司をベッドに組み敷いた。硬さを取り戻した猛りが、濡れた蕾を一気に貫く。
「ぁ、ぁあッ! 土方さ…ッ」
 身を仰け反らせ、総司は悲鳴をあげた。だが、その白い躯は男を深く熱く受けいれる。
「総司……愛してる……っ」
「ぼくも……ぼくも、愛して…います……」
 熱いキスと睦言をかわしながら、二人は再び、互いを激しく求めあってゆく。
 そして、愛しあう恋人たちは、夏の海ならぬシーツの波に甘く溺れていったのだった。















「ん……」
 総司は寝返りをうち、小さく瞬いた。
 ぼんやりと霞んだ視界が飛び込んでくる。淡い朝の光にみちた室内。揺れるモスキーネット。
 それをぼうっと眺めていた総司は、突然、はっと我に返った。慌てて身を起こし、周囲を見回す。
「……土方、さん?」
 どこにも彼の姿はなかった。それどころか、耳を澄ませてみても、コテージの中は物音一つしない。
 総司は呆然とベッドに坐り込んでしまった。
「もしかして……夢、だったの?」
 昨日のことは夢だったのだろうかと、思った。夢の中に彼が現れ、抱いてくれたのかと。
 だが、すぐにそれが現実だった事を知った。
 ナイトテーブルの上に、メモが残されてあったのだ。


 よく眠っているので、起こさずに行く。馬を走らせているから、良かったら後でおいで。


「馬……?」
 きょとんと、総司は目を瞬かせた。
 確かに、このホテルの中には馬を走らせる場所があると聞いていた。だが、彼が馬に乗れるなど知らなくて……
「……見たい!」
 ほとんどミーハー気分で、総司は思わず叫んでいた。
 彼が馬に乗るなど、どんなに格好良い姿か。思わず見惚れてしまうに違いない。
 絶対絶対、見たい!
 総司は大急ぎで衣服に着替えると、コテージを飛び出した。もっとも、昨日の事もあるのであまり無理は出来なかったが。
 森の中を抜けると、馬がいる広場に出た。こんな早朝から馬に乗る人も少ないらしく、走っている馬は一頭だけだ。
 むろん、それに騎乗しているのは土方だった。
「わぁ……っ」
 思わず歓声をあげた。
 土方は、昨日見たシャツとジーンズ姿のままで鞍に跨り、気持ち良さそうに黒い駿馬を疾走させていた。艶やかな黒髪が風に揺れているさまは、うっとりするほど魅力的だ。
 その上、総司を見たとたん、手綱をひき、きれいな笑顔をむけてくるのだから、一気に頬が熱くなる。
「土方さん……」
 軽やかにギャロップで近づいてくると、ぼうっと見惚れている総司に、優しく笑いかけた。
「おはよう」
「お、おはようございます!」
 慌てて頭を下げる総司に、くすっと笑った土方は、少し考えてから、柔らかく片手をさしのべた。
「乗るか?」
「え?」
 びっくりして見上げると、悪戯っぽい瞳が笑いかけている。
「馬にだ。俺の前に乗れよ」
「え、え……だって」
「怖くねぇよ。ちゃんと俺が乗せてやるから」
 そう云うと、土方は総司の傍に馬を寄せた。いったん柵に坐らせてから、腰に腕をまわして抱きあげる。
 ふわりと躯が浮いたと思った次の瞬間、総司はもう馬の上に坐らされていた。
 思わず目を丸くする。
「すごい! 魔法みたい」
「魔法って事はねぇだろう」
「でも、あっという間に馬の上なんだもの」
 子どものようにはしゃぐ総司に、土方は柔らかく目を細めた。それに、総司は無邪気に笑いかける。
「思ったより、すっごく高いんですね、馬の上って。こんな光景なんだ」
 きょろきょろ見回す総司を、土方は後ろから包みこむように手綱をとった。ゆっくりと馬を歩かせていきながら、話しかける。
「怖いか?」
「大丈夫です。すごくゆっくりだし」
「駆けさせたりしねぇよ。おまえに怪我させたくないしな」
「うん」
 優しい男の言葉に、総司は頬を染めた。嬉しそうに、土方の胸に凭れかかる。
 鼓動の音がとくとくと鳴るのが聞こえた。ぬくもりと彼の匂い。それらが何よりも懐かしく、心地よい。


 彼だけなのだ。
 自分がこんなにも好きになるのは、この人だけ。
 だから、それをもっともっと伝えたいの。
 不安になったり泣いたり、喧嘩したり、そんなの嫌だから、哀しいから。
 土方さん。
 あなたに、この想いをちゃんと伝えるね。


 乗馬を二人楽しんでから、総司は土方と一緒にコテージへ戻る事にした。朝食が未だだった事に気づいたのだ。
 小鳥の囀りと緑、爽やかな風が心地よい森の中を、二人は手を繋ぎあい、ゆっくりと歩いた。恋人同士らしく指を絡めあう。
 総司は彼の綺麗な笑顔を見上げてから、ちょっと恥ずかしそうに俯いた。それに、土方が小首をかしげる。
「どうしたんだ?」
「……うん。あのね」
 総司はしばらく躊躇っていたが、やがて、小さな声で告げた。
 自分の気持ちを。
 彼しか好きになれないのだという、想いを。
「……」
 だが、土方は何も答えなかった。黙り込んでいる。
 何も答えない彼に、ちゃんと伝わったのかな? と、総司は不安になってしまった。そっと見上げたとたん、ちゅっと頬にキスされる。
「!」
 びっくりして目を丸くした総司に、土方は身をかがめた。
 優しい声が、耳もとで囁いた。
「……愛しているよ」
「土方さん……」
「愛してる……俺もおまえしか好きになれないよ、総司」
 なめらかな低い声に、うっとりと目を閉じた。その長い睫毛、頬、唇に、花びらを降らすように甘いキスが落ちてくる。
 土方は総司の小柄な躯を抱きしめると、優しく囁いた。
「誰よりも、ずっとおまえだけを愛している」
「うん、ぼくも……」
 総司は答えた。細い手を彼の背にまわし、ぎゅっとしがみつく。
「ぼくも……愛してる」
「総司……」
 土方の力強い腕が、守るように包みこむように、恋人の躯を抱きすくめた。その腕の中、総司は目を閉じた。
 清々しい風が二人の髪を撫でるように、揺らしてゆく。
 さわさわと鳴る森の樹木、綺麗な小鳥の囀り。澄み渡った青い空。


(気持ちいい。ここにずっといたいな……)


 そう思った総司は、ふと気がついた。
 土方の休みは、あと数日あるはずなのだ。
 なら、SATのキャンプは絶対キャンセルしてもらって、コテージに移って貰って、二人きりのバカンスを過さなくちゃ。
 でないと、北海道までわざわざ来た意味がないもん!


(まずは、キャンプのキャンセルだよね)


 総司はそう固く決意すると、愛する彼氏を口説き落とすため、とびきり可愛い笑顔をむけたのだった。



 ちょっと遅れてしまったけれど、恋人たちの夏休みは今、始まったばかり。



















[あとがき]
 この夏、一気に書いたお話です。
 残暑厳しい毎日、このお話で、皆様が少しでも楽しんで下さったら、とっても嬉しいです♪
 総司が誘うまでもなく、土方さん、さっさとキャンプやめてコテージに移る手続き、済ませていそうです。
 楽しかったと思って下さった方、ぱちぱち、心よりお待ちしております。とっても大きな励みになります♪
 ラストまでお読み下さり、ありがとうございました♪

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