「……え、キャンプ?」
 思わず訊ねた総司に、土方は荷物をつくりながら頷いた。
 窓の外には、きれいな青空が広がっている。子どもたちプールへ行く歓声、入道雲もモクモクと、夏休み真っ只中の日曜日である。
 相変わらず昼夜関係なく多忙な土方が、ようやく家へ帰ってきたかと思うと、云ったのだ。


 今夜からキャンプに行くからな、と。


「キャンプって、あの……どんな?」
 総司は小さな声で訊ねた。
 その時点では、まだ自分も参加かな? と思っていたのだ。これは、旅行のお誘いなのかと。
 だが、そんな総司の淡い期待を、土方はばっさり切り捨てた。むろん、本人は無自覚だったのだが(でなきゃ、恐ろしくて出来るはずもない)。
「キャンプっていうか、野営だな」
「野営……」


 いったい何を云われているのか。
 野営って、何?


 さっぱりわからず、頭の中を?マークでいっぱいにしている総司を前に、土方はせっせと荷造りしながら言葉をつづけた。
「SATの連中で騒ぐらしいんだ。俺も斉藤もSAT出身だからな、声がかかったんだよ」
「……」
「具体的に云うと、キャンプして、色々アウトドアをする訳だ」
 嬉しそうに話す土方を前に、総司は沈黙した。


 どうして?
 何で、夏休みに、そんなものへ参加しちゃう訳?
 今年の夏は、ぼくたち、旅行どころか、デートさえ全く無しなんですけど。
 それ、土方さん、わかってるの? いや、わかっていない(反語)。
 これは云わなければ、永遠にわかって貰えないのかも!


 そう思った総司は、身を乗り出した。
「あのね、あの」
 だが、不意に、土方がくるりとふり返った。濡れたような黒い瞳に見つめられ、どきりとする。
 土方は、端正な顔にきれいな笑みをうかべた。それに、ぼうっと見惚れていると、形のよい唇が動いた。
「総司」
「は、はい」
「悪いが、タオルとって来てくれねぇか。フェイスタオル2枚とバスタオル2枚を頼む」
「はい!」
 条件反射的に、総司は元気よく返事してしまった。たたたっと走って取ってくる。
 土方に云われると、つい従ってしまう辺りが、素直な総司の可愛い処なのだが。
 さし出されたタオルを手際よく丸め、土方はボストンバックの中に仕舞った。さすが元SATの中隊長、荷物をコンパクトに纏める手際も並ではない。
 土方はとんとんっと軽くボストンバックの形を整えてから、「さて」と立ち上がった。
 ぼうっと立ちつくしている総司に、にっこりと笑いかける。
「じゃあ、行ってくるな」
「えっ、あの、あの……っ」
「すぐ戻るさ。5日ぐらいの予定だから」
「土方さん」
 思わず手をのばした総司をどう誤解したのか、土方はその細い躯をぎゅっと抱きしめた。それから、くらくらするような濃厚なキス。
「んっ、んーッ……」
 角度をかえて何度も口づけられ、ばんばん背中を叩いたけど、土方は総司を離してくれなかった。
 挙げ句、腰に力が入らなくなってしまい、離されたとたん、よろよろと壁に凭れかかってしまう。
 それに、くすっと笑った土方は、「じゃあな」と手をあげた。足取りも軽く、家を出てゆく。
「土産買ってきてやるからな、いい子にしていろよ」
 そんな捨て台詞を残して。
 誰もいなくなり、車の音も消え去った家の中で、総司は思わず叫んだのだった。
「土方さんの莫迦──ッ!」












「え、マジ?」
 平助は思わず仰け反ってしまった。
 夏休み中と云っても、大学はあいているし、学生たちも大勢出入りしている。
 そんな大学構内で、調べ物のために来ていた平助は、木陰のベンチに坐り込み、ぼーっとしている総司を見つけたのだ。
「何やってんの、こんな処で」
「あ、平助」
 顔をあげた総司は、心なし元気がなかった。それに、小首をかしげる。
「? 何かあったのか?」
「あったというか、なかったというか……」
「要領の得ない話だなぁ」
「うん、ぼくもよくわからないんだ」
 総司はため息をつき、頬杖をついた。そうして、また、ぼんやり宙を見つめている。
 それに戸惑っていると、向こうから、磯子が「へーちゃんー!」と手をふりながら、駆けてきた。今日は大学で待ち合わせだったのだ。
「こんにちは、総司さん」
 挨拶する磯子に、総司は小さな笑みをうかべた。
「こんにちは」
「? どうしたんですか。なんか元気ないけど」
 やっぱり、磯子もおかしいと勘づいたのか、総司の顔を心配そうに覗き込んだ。
 そして、その後、お茶でもと移動したカフェで、総司は昨日の土方とのやりとりの一部始終を話して聞かせたのだ。
「え、マジ?」
 平助は呆気にとられた。その横で、磯子がフォークを握りしめたまま、問いかける。
「土方さんが一人で出かけちゃったんですか? 総司さんとのデートも旅行も約束しないで?」
「うん。SATの野営に、うきうきと」
「いや、別に、うきうきじゃないでしょ」
「そうかなぁ。土方さん、とっても浮かれていたよ。何だか楽しそうだった」
「うーん……」
 唸る平助と磯子の前で、総司は長い睫毛をふせた。桜色の唇が、きゅっと噛みしめられる。
「やっぱり、ぼくといるのって、土方さん……退屈なのかな」
「え?」
「夏になっても、全然、ぼくを誘ってくれないし。飽きた……とは思わないけど、でも、ぼくといるより、斉藤さんとかお友達といる方が楽しいのかなぁ」
「いや、それは」
 平助は思わず身をのりだした。
「それは、また違う話だと思うけどね」
「違う話?」
「総司だって、オレやいっちゃんといるのと、土方さんといるの、それぞれ違う楽しさがあるんじゃない?」
「うん」
 こくりと頷いた。
 総司はストローでジュースをかきまわしながら、答えた。
「土方さんといるのも、平助やいっちゃんといるのも、どっちも楽しいよ。違う楽しさだし」
「だったら、土方さんの気持ちもわかるんじゃない? 友達と恋人。どっちも大事で楽しいってのが、土方さんの本音だと思うけど」
「それはわかるんだけど」
 総司は、はぁっとため息をついた。


 わかってはいるのだ。
 土方にも、彼の交友関係というものがあって、それを楽しむことはとてもいい事だし、そうして沢山の友達や仲間をもっている彼は素敵だとも思う。
 だが、それとこれとは、別の話だった。
 キャンプだか野営だか知らないが、そこへ行くのはいい。
 だが、総司が一番問題にしているのは、せっかくの夏休みなのに、まったく二人きりの時間を土方がとってくれない事だった。
 デート一つに誘ってくれる訳でもなく、仕事なら我慢もできるが、せっかくの非番となったとたん、キャンプだ野営だと云われれば、ちょっと拗ねたくなるのも当然だろう。


「ま、それは確かにそうですよね」
 頷いた磯子が、突然、「じゃあ」と、目をきらきらさせた。
 いい事を思いついたと云わんばかりの表情で、云ってくる。
「いっそ、そのキャンプに総司さんも参加しちゃえば?」
「えぇ!?」
 総司は思わず仰け反った。慌てて両手をふる。
「無理無理! そんなの。だって、SATの集まりだよ。ぼく、ついていける訳ないじゃない」
「アウトドアにまで参加しなくてもいいから。そうじゃなくて、近くのホテルかどこかに泊まって、土方さんに会いにいけばいいんじゃありません?」
「うーん、それは……」
 総司は思わず考え込んでしまった。
 それこそ、土方の交友関係に踏み込むような気がしてしまうのだ。そこまでやっていいものなのか。怒られないだろうかと、つい考えてしまう。
「怒られない…かな?」
 そう訊ねた総司に、磯子は「ありえませんよ」と朗らかに笑った。だが、その隣で平助は青い顔をしている。
「総司さんに逢えるんですから、土方さんが怒るはずないじゃないですか」
「本当にそう思う?」
「はい」
「じゃ、行っちゃおうかな」
 総司の声が弾んだ。
 それは、当然、大好きな愛する恋人なのだ。
 逢いたいに決まっているし、ちょっと他の人たちといる姿を見てみたいという好奇心もある。
「えーと、それじゃ、どこへキャンプに行ったか調べなきゃ」
「あ、それはお兄ちゃんに聞けばわかるはずです。SATのメンバーでしょ。だったら、届け出でてるはずだし」
「じゃあ、お願い」
「まかせておいて下さい!」
 どんっと胸を叩いて受けあった磯子は、にっこり笑って平助を見た。
「へーちゃんはホテル探しと交通の手配ね」
「な、何でオレが」
「まさか、ここまで聞いて、自分だけ抜けられるなんて思ってないわよね」
 きらりと光った磯子の目に、平助は震え上がったようだった。土方も怖いが、平助にとって磯子はもっと恐ろしいのだ。
「わ、わかりました」
 慌てて返事をする平助に、磯子は満足げに頷いた。
 それを眺めながら、総司の心は、早くも土方との旅行に飛んでいたのだった(もはや、二人きりの旅行へとすりかわっている)。












 一方、そんな事になっているとは知る由もない土方は、斉藤に嫌味を云われていた。
 場所は北海道である。
 以前、総司とハネムーン旅行で来た事があるが、今回はその時の場所よりも更に北の方だった。二日目である今日は、ロッククライミングに勤しんでいる。
「それはまずいでしょう」
 斉藤は、がしっと石を掴みながら、云った。
「だいたい、総司を放置だなんて、独占欲の塊の土方さんにすれば珍しい。他の男にとられてもOKになった訳ですか。だったら、オレが立候補させて頂きますけど」
「……ここから蹴り落とされてぇのか」
 底冷えのする声で答えた土方に、斉藤は首をすくめた。彼らは今、地上50メートルの岩壁に取りついている最中である。
 だが、それでも応酬はとまらない。
「だいたいね、総司も誘えば良かったんですよ。だったら、何の問題もなかったのに」
「そんな事できるはずがねぇだろう。あいつにだって友達づきあいってのがあるし、それに、こんな事させられるか」
「何もアウトドアで遊ぶのにつきあわせろとは云いませんよ。そんな事をした日には、総司のあの白い肌がやけちゃって、もったいないですしね」
「おまえの下心満載の云い方、やめろ」
「土方さんにだけは云われたくありませんよ」
 ロッククライミングを終えた後、昼食の場に向いながら、斉藤はまた話しかけた。
「でも、夏休みでしょう。総司が淋しい思いをしているんじゃないですか」
「大学だとかバイトだとか、色々忙しいだろうよ。俺なんざいない方がいいんじゃねぇのか」
「……」
 ちょっと拗ねたような男の声音に、斉藤は眉を顰めた。一瞬、考え込んでから、すぐ、ぴんとくる。
「あぁ、成程」
 ぽんっと手を打った斉藤に、土方がふり返った。切れの長い目で眺めてくる。
「何だ」
「だから、つまり、そういう事なんですね」
「? 全然意味がわからねぇよ」
「つまり、伊庭って男でしょう」
「──」
 とたん、不機嫌そうに黙り込んでしまった男に、斉藤は己の推理の正確さに満足した。
「成程ねぇ」
 腕をくみながら、ふむふむと頷く。
「総司がまた、あの伊庭って男とデートとかしちゃった訳ですか。それで、土方さんは拗ねてキャンプに来たと」
「デートじゃねぇ」
「じゃあ、何です」
「たまたま街で会ってお茶して、家まで送って貰ったんだとよ」
「それ、何で知ったんです」
 驚いたように、斉藤が土方を見た。
「まさか、総司に問いただして泣かせたんじゃ……」
「そんな事するか。家の前で目撃しちまったんだよ」
 土方は肩をすくめた。
「俺が帰ってきたら、ちょうど、総司があいつの車から降りる処だった」
「それはまた間の悪い」
 やれやれと、斉藤は肩をすくめた。
「で、その事で拗ねて、一人キャンプに行こうと思った訳ですね」
「別に、それだけが理由じゃねぇよ」
 土方は前髪を片手でかきあげながら、僅かに目を細めた。
「ただ、あいつにも、あいつの交友関係、自由ってのがあるよなと思ったんだ。俺が勝手に夏休みの計画たてるのってのもおかしいし、総司にも都合ってものがあるだろう。だから、今年はそれぞれ自由にしてみようかと思った訳さ」
「自由ねぇ。確かに、土方さんの総司への束縛、独占欲は、常識レベルを遙かに超えちゃっていますからねぇ」
「……」
「ま、いいんじゃないですか。そういう趣旨なら」
 そう云って、斉藤は、バーベキューをやっている隊員たちの方へ歩み出した。だが、不意に何を思ったのかふり返り、笑いかけてくる。
「でも、本当は、こうしている間にも、総司が伊庭って男と仲良くしているんじゃないかと、気が気でないんじゃないですか」
「……斉藤」
 土方の目が剣呑な色をうかべたのに、斉藤は肩をすくめた。さっさと歩き出してゆく。
 その背を見送り、土方は、はぁっとため息をついた。頭上に広がる青空を見上げる。


 本当は、斉藤の云うとおりなのだ。
 気になって気になって、仕方がないのだ。
 あの日の夜、久しぶりに早めに帰宅できた土方は、総司が喜ぶだろうと思っていた。
 だが、家に近づくと、明かりは全くついていない。出かけているのかと少し気落ちしたとたん、前方から車が近づくのを見たのだ。
 車をよけるため、家の角に一歩身をひいた。だが、車は自分たちの家の前で停まった。
「?」
 誰の車だと思って眺めていると、助手席のドアが開いた。
 そして、総司が楽しそうに笑いながら、降りてきたのだ。
 よくよく見れば、運転席でハンドルを握っているのは、伊庭だった。何やら楽しげに言葉をかわしている。
「ありがとうございました」
 総司はにっこり笑って頭を下げ、伊庭は軽く手をあげた。そのまま車は走り去ってゆく。
「……」
 足取りも軽く家の中へ入ってゆく総司を見送り、土方はきつく唇を噛みしめた。無意識のうちに鞄をもつ手にも力がこもる。
 どうすべきか、彼にもわからなかった。
 このまま問いただせば、それこそ口喧嘩になってしまいそうだった。だが、知らん顔をしている事も、彼の性格では出来ない。
「まったく……」
 短く舌打ちし、土方は煩わしげに前髪を片手でかきあげた。だが、そこでいつまでも突っ立っている訳にもいかず、ゆっくりと歩き出した。
 家の門前に立ち、ベルを鳴らすと、いつもより少し長い間の後、総司が「はぁい」と答えた。 




















 

さて、嫉妬めらめらの土方さんに、天然総ちゃんの反応は?

web拍手 by FC2