何しろ、昨夜、土方を誘ったのは自分の方だったのだ。
 久々に帰ってきてくれた彼だから、したいと思い込んで誘ってしまったが、もしかして……外れだったのだろうか。
 無理につきあってくれていたのだろうか。
 そんな不安がむくむくと起き上がってくる。


 せめて、おいしいご飯をつくって癒そうと、総司は昼食づくりに励む事にした。
 頑張った甲斐もあり、おいしい昼食が出来上がって、土方も嬉しそうに食べてくれた。そして、約束どおり昼寝をして(総司も結局、一緒に彼の腕の中で眠った)、平和な休日が過ぎていったのだが。
 それは、夕食後に起こった。
 録画しておいた映画を見ようという事になり、二人でソファに並んで見た。軽いコメディタッチの恋愛ものだったのだが、途中、土方が呟いたのだ。
「こういうの、苦手だな」
「え?」
 総司は、映画自体が苦手なのかと思って、驚いた。だが、それは違うようだった。
 ソファに凭れた土方は、画面の中の女優を指さしながら、云ったのだ。
「ほら、肉食系っての? こういうがっついたタイプ……俺、好きじゃねぇな」
「……」
 確かに、彼の言葉どおりだった。
 というより、映画の中は、そういう事の真っ最中だったのだ。女性の方から男性に迫りまくり、落とし、ベッドインしている。男性の方は完全に圧倒され、主導権は完全に女性の方にあるように見えた。
 だが、そんな事はどうでもよかった。
 総司にとっては、土方の言葉と、今、画面に映っているシーンの方が、とてもとても重要だったのだ。


 まるで、自分の事を云われた気がした。
 いや、もしかすると、そうなのかもしれない。
 拒んでいる彼に迫り、無理やりベッドインして、抱いてもらうなど、昨夜の自分たちそのものではないか。
 挙句、土方は疲れきり、今日も昼寝までしてしまった。
 うんざりだと思っているのかもしれない。
 呆れ、疎まれてしまったのかもしれないのだ。


 総司はそっと傍らの土方を見上げた。
 端正な横顔に、何の表情もうかんでいない。頬杖をつき、映画を見ているだけだ。
 だが、先ほどの言葉は、総司の胸にグサリときた。


 自分のことが、彼の中にあったのではないかと思ってしまったのだ。
 むろん、土方はわざとそんな事を云ったりする男ではない。
 だが、先ほどの言葉を口にしたきっかけは、自分の事ではなかったのかと、つい考えてしまった。タイミングがタイミングだけに。
 それに、これは初めての事ではなかった。
 ここ最近、総司は妙にHな気持ちになることが多くて、発情期の猫みたいに土方に纏わりついていたのだ。
 何度も自分から誘った事がある。
 土方はいつもそれに優しく応じてくれたが、本当は呆れていたのではないだろうか。
 疎ましく思っていたのではないだろうか。
 そう思うと、涙がこぼれそうになった……。


 黙って俯いていると、土方がそれに気づいた。
「総司?」
 訝しげに問いかけてくる。
 だが、自分の気持ちを素直に告げる事など到底できなかった。
 彼の答えが、思ったとおりだったら立ち直れないだろう。
 総司は顔をあげると、にこりと笑ってみせた。
「何ですか?」
「いや……」
「あ、お茶でも飲みます? ぼく、喉かわいちゃったし」
「そうだな」
 土方は手をのばし、リモコンを取り上げた。停止ボタンを押してくれる。それに、「ありがとう」と云って、総司はキッチンに向かった。
 お茶を入れながら彼の様子を伺ってみたが、土方は不審に思ってはいないようだった。傍に置いてあった雑誌を取り上げ、めくって眺めている。
「お待たせしました」
 丁寧に入れたハーブティを持って戻ると、土方はすぐさまトレイを受け取ってくれた。二人並んで坐り、また映画を見始める。
 結局、その日の映画の後半は、総司はまったく記憶にない状態になってしまったのだった……。













「……どうしよう」
 総司はベッドの上で躰を丸めると、小さく呟いた。


 本当に、もうどうしたらいいのか、わからないのだ。
 どうして、あんな事を云っちゃったんだろうと思っても、遅い。


 あの喧嘩の夜、二人はいつもどおり寝室で一緒に眠ったが、会話は一切なかった。
 気まずい沈黙が落ちていたのだ。
 そして、ほとんど眠れず過ごした翌朝、土方はいつも以上に寡黙だった。苛立った様子はなかったが、それでも、挨拶しか口にせず、仕事に行ってしまったのだ。もちろん、いってきますのキスもない。
 その事にショックを受けた総司は、坐りこみそうになってしまったが、それでも謝ることが出来なかった。
 いったい、何を謝ればいいのか、わからなかったのだ。
 不満があるのか?
 そう聞かれた時、頭をよぎったのは、彼のことではなかった。
 自分自身のことだったから。


 土方さんこそ、ぼくに不満があるんじゃない?


 本当は、そう聞き返したかったのだ。
 だが、勇気がでなかった。
 もしも、「あぁ、あるよ」と、当然のように云われたら?
 がっついてくるおまえが鬱陶しいって云われたら?
「絶対、立ち直れないよ……」
 総司はこぼれそうになる涙をこらえた。きゅっと唇を噛みしめ、膝を抱え込む。
 今夜も、眠れない夜になりそうだった。












「……は?」
 土方は呆気にとられた顔で、相手を見た。
 それに、近藤はやれやれと首をふった。
「おまえ……それはいかんだろう」
「いや、いかんって、どういう事だよ」
「だから、おまえの発言だ」
「発言……」
 意味がわからないまま、呟いた。
 結局、その夜も泊り込みとなってしまい、仮眠室から出てきた処を、近藤につかまえられたのだ。今、二人は警視庁の近くにあるカフェにいる。朝食をとりながらの会話だったため、土方は珈琲を一口飲んだところだった。
 だが、近藤の言葉に、その手もとまる。
「俺の発言って、どういう意味だ」
「どういう意味って、総司くんに云った言葉だ。あれはいかんだろうと、おれでも思った。だいたい、おまえは自分が強引な事をしまくっているくせに、何だ。総司くんがちょっと積極的だと、手のひらを返したように……」
「ちょっと待ってくれ」
 土方は手をあげ、滔々とまくしたてる近藤の説教を遮った。
「全然、意味がわからねぇよ。俺と総司の事なんだろ? ちゃんと初めから説明してくれ、あんたは誰から聞いたんだ」
「永倉経由で、藤堂くんから聞いた。まぁ、藤堂くんも総司くんから聞き出した話だがな」
「総司から……ってことは、総司が云っていたのか。俺が何か云ったって」
「そうだ。おまえ、云ったそうじゃないか」
「何を」
「肉食系の、がっついたのは好きじゃないと」
「……は?」
 一瞬、意味がわからなかった。近藤の口から出たとは思えぬ台詞に、呆然としてしまう。
 唖然としている土方の前で、近藤は、はぁっとため息をついた。
「その前の夜、おまえを総司くんが誘ったらしいな。ちょっと強引だったので後悔していたら、挙句、そう云われたと泣いていたぞ。たまに強引だからって何だ。おまえはいつもいつも、総司くんにその倍も強引な事をしているだろうが。なのに、それぐらい受け入れられんとは、男としての度量を疑うぞ」
「度量を疑うって……俺、そんな事、云ったか?」
「おれに聞いても仕方がないだろう。何でも、翌日の夜、映画を見ている時に云ったらしいが」
「翌日の夜、映画……」
 土方は眉間に皺をよせ、考え込んだ。
 それから、不意に表情を明るくすると、あぁと頷く。
「あれか! 嫌がる男を無理やりベッドインさせた女の映画」
「……おまえたち二人は、いったいどういう映画を見ているのだ」
「ラブコメディものだよ。いや、それはともかく、確かに……そんな事、云ったような気もするな。映画の中で、そういうシーンがあってさ、俺、あの手のやたら積極的な女って嫌いだろ? だから、肉食でがっついているのは嫌いだ、と……」
 言葉が途切れた。
 しばらく沈黙が落ちた後、土方は「えっ」と声をあげた。
「ちょっと待ってくれよ、それって、まさか……総司は自分の事だと思った訳か?」
「そうらしいな」
「冗談だろう! あいつのどこが肉食なんだ。どこからどう見ても、肉食獣に狙われてぶるぶる震えている仔猫かウサギじゃねぇか」
「その肉食獣ってのは、おまえの事か」
「いや、その……」
「まぁ、おまえの表現の当否は知らんが、総司くんはそう思ったらしいぞ。積極的だった自分を呆れられた、疎まれたと、ひどく落ち込んでいたそうだ」
「……」
 土方は呆気にとられてしまった。
 まさか、そんな展開になっているとは、思いもしなかったのだ。
 だが、だからなのかと思いもした。
 総司と喧嘩になった時、不満があるのか? という話から発展したが、あの時、叫ばれたのだ。


 ちょっと不満があるだけでも、駄目なわけ? そんな完璧じゃないと、駄目なの? と。


 てっきり、土方への不満の話だと思い込んでいたが、あれは違ったのだ。
 総司に対して彼が不満を抱いていると勘違いし、その事に関して云っていたのだろう。
 今にも泣き出しそうだった総司の顔を思い出し、土方は堪らなくなった。朝食の途中だったが、傍においていた上着を掴み、立ち上がる。
 顔をあげた近藤に、云い放った。
「悪いが、このまま帰る」
「家へ戻るのか」
「あぁ」
「わかった、たまには帰って安心させてやれ」
 鷹揚に云ってくれた近藤に感謝しつつ、土方はカフェを飛び出した。足早に地下鉄の駅への道を歩いてゆく。
 一刻も早く総司に逢いたかった。












 朝の光が射し込んでいた。
 それに、総司はもぞもぞと起き上がった。時計を見ると、もう8時だ。
「……寝過ごしちゃった」
 休みだからいいのだが、夜中眠れなかったせいだろう。あれこれ考えていて、ようやく眠れたのは3時頃だったのだ。
 隣を見たが、むろん、誰もいない。帰ってきた気配すらなかった。
 総司はベッドの上に置いてある彼のパジャマに手をのばした。胸もとに引き寄せ、ぎゅっと抱きしめる。
「土方さん……」


 もう駄目なのだろうか。口もきいてくれないなんて、そんなこと今までなかったのに。
 喧嘩をしても、すぐに仲直り出来ていたのに。


 どんどん落ち込んでいってしまう気持ちのまま、総司はまたベッドの上に横になった。
 起きて掃除して朝ご飯食べて洗濯しなきゃと思うのだが、どうしてもその気になれないのだ。
「ぼくって、本当にだめ……」
 小さく呟いた時だった。
 不意に、家の前の道路を、もの凄い勢いで駆けてくる足音が響いた。
 そのまま荒々しく鍵をあける音が聞こえたかと思うと、誰かが家の中に走りこんでくる。リビングをひとまわりしてから、寝室のドアが開け放たれた。
 男の荒い息づかいと、気配に、総司は目を見開いた。ふり返ると、そこに土方が仁王立ちになっている。
「土方…さん……」
 怯えた顔で呼んだ総司に、土方は眉を顰めた。スーツの上着を脱ぎ捨てながら、ベッドの方へ歩み寄ってくる。
 鋭い瞳をむけられ、息を呑んだ。
 彼はまだ怒っているのだ。
 気がたっている証に、切れ長の目の眦がつりあがり、怖いぐらいだった。狼のような目をしていると思った。
 そのためか、土方が手をのばした瞬間、思わず両手で頭を庇ってしまった。
「や……!」
 殴られると思ったのだ。
 だが、土方の手はそっと髪にふれただけだった。どこか傷ついたような声が低く呟く。
「……殴ったりなんかしねぇよ」
「土方…さん」
 小さな声で呼ぶと、背中と腰に男の逞しい腕がまわされた。柔らかく、壊れものを扱うように抱きすくめられる。
 彼の手はあたたかだった。駅から走って帰ってきたのか、まだ息も荒い。
 シャツごしに感じる男のぬくもりに、総司は目を閉じた。
「ごめんなさい……」
 肩口に額を押しつけるようにして謝ると、土方の手がすぐさま総司の躰を引き離した。やはり、まだ怒っているのかと泣きそうになりながら見上げると、意外なことに、土方は驚いた顔をしていた。
「どうして、おまえが謝るんだ」
「だって……全部、ぼくが悪いから」
「総司、おまえ」
「ぼくが悪いのです。土方さんに色々と無理強いして、疲れさせて、挙句、駄々こねて困らせて……本当に、ごめんなさい」
「謝るな」
 乱暴な口調に、総司がびくんと目を見開いた。
 それに、はぁとため息をついてから、土方は煩わしげに片手で黒髪をかきあげた。
「……すまん。本当に、俺は云い方がきついな」
「そんな……」
「とにかく、俺が云いたいのは、おまえが謝る必要なんざねぇって事なんだ」
「謝る必要がない……?」
「そうだ。おまえは悪い事なんか何もしてねぇし、むしろ、俺の方が悪い。誤解させるような事を云っちまった俺が悪いんだ」
 土方はベッドに腰かけると、総司の躰を膝上に抱きあげた。そっと頬にキスを落とす。
「俺はおまえを、肉食系だとか、がっついているなんざ、思っていねぇよ」
「だって、ぼく」
「わかっている、おまえがそう感じた理由。けどな、俺は、おまえが誘ってくれた時、すげぇ嬉しかったんだ。めちゃくちゃ燃えちまったんだ」
「も、燃えるって……」
「だいたいさ、あの時、俺、やる気なさそうだったか? 嫌がっている男が、何度も出来ると思うか?」
「……」
 そう云えば、そうだった。


 あの夜もあの夜もあの夜も、総司の方から誘った時、土方は一度で終わらせてくれなかったのだ。
 おまえから誘ったんじゃねぇかとかなんとか、意地悪く笑いながら、総司を抱きつづけた。
 ひっくり返されたり、膝上に乗せられたり、とにかくいろんな体位で貫かれたのを覚えている。
 なのに、その彼が嫌がっていたなどと、いったい誰が思うだろう(いや、総司は思ってしまったが)。


「じゃあ……全部、ぼくの誤解? ぼくに、不満……ない?」
 総司はおそるおそる問いかけた。
 それを、土方は無言で見つめ返した。微かに眉が顰められる。
 しばらく黙った後、土方は静かに答えた。
「……あるよ」
「えっ」
 思わず息を呑んでしまった。




















次、お褥シーンがありますので、苦手な方はご注意下さいね。