夜の11時50分の事だった。
 その日もハードな勤務を終えてようやく帰宅した土方は、官舎の部屋へ入ったとたん、うっと呻いた。
 正確に言えば、扉を開けたとたんだ。
「お帰りなさい〜!」
 にこにこ笑顔で可愛い恋人が迎えてくれた。靴を脱いで框にあがったとたん、ぎゅっと抱きついてくる。
「……ただいま」
 ワンテンポおいて答えた土方に、総司は小首をかしげた。
「ご飯は食べてくるって聞いてたけど……大丈夫? お茶漬けぐらいなら用意できますよ」
「あぁ、ちゃんと食べてきたからいらない」
「じゃあ、お風呂ですね。ぼく、もう入っちゃったから、どうぞ♪」
 土方はそれに頷き、ネクタイを緩めながら、リビングへ入った。
 いそいそと総司がスーツの上着を脱ぐのを手伝ったり、鞄を受け取ってくれたりする。
 その様はどこから見ても、超可愛い奥さん状態でそれはとっても嬉しかった。
 だが、しかし、それとコレは全く別問題なのだ。
「なぁ、総司」
「え?」
「……いや、何でもない」
 土方はため息をつくと、ゆるく首をふった。
 とにかく風呂に入ってさっさと寝ようと思った。もしかすると、そのうち馴れるかもしれない。
 苦手なものは苦手だし、何で総司がコレに平気でいられるのか、さっぱりわからないのだが……。
 土方はバスルームに入ると、手早く髪と躯を洗い、少し湯につかって躯をあたためてから出た。
 秋口なのでひんやりしているが、まだ寒さを感じる程ではない。むしろ、このちょうどいい温度が問題なのだろうが。
「8階だぞ、ここ。何でまた……」
 ぶつぶつ呟きながら、土方はバスタオルで躯を拭った。
 総司がきちんと用意してくれている清潔なパジャマを纏うと、そのまま洗面所を出て寝室へ入った。
 が、とたんに、また呻いてしまう。
「!」
 もう我慢できなかった。心境がではない。躯が拒絶反応を起こしてしまったのだ。
 土方は思わず口を手でおおい、叫んだ。
「総司! コレ何とかしろ……!」
「え?」
 ベッドで足をばたばたさせながら呑気に雑誌を読んでいた総司は、不思議そうに小首をかしげた。
 きょとんとした顔で、ベッド脇で仁王立ちになっている男を見上げる。
「コレって、何のこと?」
「それだ、それ! おまえ、よくこんな中で平気でいられるな! 部屋ん中、まっ白に煙っちまってるじゃねぇかッ」
「そんな大げさな」
 総司は起き上がると、ベッドサイドに置いた可愛い豚さんを模った器、所謂──蚊取り線香を、大事そうに抱えた。
「たいして煙出てませんよ。それにね、蚊にチュウチュウ血吸われるよりいいじゃないですか」
「どっちも俺は御免だ。だいたい、ここ8階だぞ? 何だって蚊なんか上がってくるんだよ」
「そんなの蚊に聞いて下さいよ〜。あ、でもね、この間、スーパーの蚊取り線香売り場で斉藤さんが云ってましたよ。たぶん、エレベーターに一緒に乗ってあがってくるんじゃないかって。ポーンって」
 総司の言葉に(正確には斉藤の言葉だが)思わずその状況を想像してしまい、土方は深々とため息をついた。文明の利器も、時には仇となるのだ。
「とにかく」
 土方は蚊取り線香をびしっと指さした。
「それ、部屋の外に出せ。とても寝れねぇよ」
「いやです」
「何だと!」
「だって、そんなの絶対嫌だもの。それに……土方さんは、ぼくが蚊にチュウチュウ吸われてもいいの?」
 大きな瞳をうるうるさせ訊ねてきた総司に、土方はうっと詰まった。
 可愛い総司はお肌がとっても敏感なのだ。蚊になど刺されれば、まっ白なすべすべした肌が赤くなってしまうだろう。
 それは、土方にとってもかなり──いや、絶対に嫌だった。
「……それは、いいはずねぇだろ」
「じゃあ、OKですね♪ ありがとう、土方さん」
 にこにこしながら勝手に決めつけると、総司はまた蚊取り線香を大事そうにベッドサイドに置いた。
 土方はそれを諦めの境地で眺め、深くため息をついた。もう何をどう云っても仕方ないのだ。ここはさっさと眠るに限っていた。
 そごそとベッドに入ると、土方は出来るだけ蚊取り線香から離れた場所に寝ころんだ。
 正直な話、蚊取り線香の煙で窒息しそうだが、これも愛の試練だと思って耐えよう!と男らしく決意した。
 可愛い恋人のすべすべした綺麗な肌を守るためには、ある程度の自己犠牲もやむをえまい。
 ところが、彼の可愛い恋人はそんな涙ぐましい男の努力もふっ飛ばし、さらに事態を悪化させるところがあった。
「土方さん♪」
 ころんころんとベッドの上を転がってきた総司は、土方の躯にぺとっとはりついた。両手足をからませ、あちこち撫でまわし始める。
「ちょっ……何してるんだ」
「えー、何ってお誘い」
 総司は可愛い笑顔で男を覗きこみ、甘ったるい声で囁いた。
「ぼく、今夜すごくしたかったの。だから、ね?」
「いや……俺は……」
「それに、土方さん、煙が気になって眠れないんでしょ?」
 男の耳もとに唇を寄せ、総司は手をそろそろと下肢へのばした。パジャマのズボンごしに、そっと掌で彼のものを包みこむ。
「おい、どこ触って……」
「土方さんの大事なところ♪ ね、ぼくが気を紛らわせてあげますよ。こういう事してたら、蚊取り線香の煙も気にならないでしょ」
「余計に気になる! 呼吸が荒くなって、尚更煙で咳き込んじまうだろうが!」
「そうかなぁ。試してみましょ?」
 総司はそう云うなり躯を起こし、とめる間もなく土方の上に跨ってしまった。にこにこ笑いながら、彼のパジャマに手をかけ、釦を外してゆく。
 土方は慌ててそれを阻止しようとしたが、駄目だった。
 突然、思いっきり煙が気管に入ってしまい、げほげほーっと咳き込んでしまったのだ。
 それに、総司は「大丈夫〜?」と云いつつ、一向に手をとめなかった。しかも、めちゃくちゃ発情してしまっているのか、その瞳は艶めかしく潤み、頬は薔薇色に紅潮させている。
 土方はまだ咳き込みつつ、涙目のまま自分の上に跨っている恋人を見上げた。
(……蚊取り線香ってのは、こいつの場合、媚薬にでもなるのか?)
 しかし、その疑問に答えが返ってくるはずもなくて。
 結局、その夜。
 土方は咳き込んでいるにもかかわらず、それをぜーんぜん気にしない総司にさんざん色々と致されてしまい、いつもと逆の立場である男の哀れというものをしみじみと深く味わったのだった……。




 ……その週の燃えるゴミの日。
 官舎のゴミ捨て場に、線香はおろか豚型の蚊取り線香器本体まで投げ捨てる、土方の姿があったとか……。










 

[あとがき]
 蚊取り線香は夏でしょ?と思われるでしょうが、マンションの場合、秋なんですよね。うちはですけど。夏だと暑くて上まであがってこれないという。今、我が家では蚊取り線香大活躍中です。ちなみに、息が荒くなって云々は、うちの旦那の台詞(笑)。皆様のご家庭では、レトロな蚊取り線香? 電気式? 私は絶対、レトロ派なんですけどねぇ。ところで、東京では蚊取り線香って、燃えるゴミ? 兵庫県ではきっぱり燃えるゴミなんですけど。
 どこまでもギャグなお話でしたが、ついでの時にでも、またご感想をお聞かせ下さると嬉しいです。
 尚、このお話から、朔さまが斉藤さんと総司in theスーパーのお話を書いて下さいました。ありがとうございます〜♪ とっても、面白いお話なので皆様もぜひ、コチラから! 別窓が開きますので、ご注意下さいね。


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