「お帰りなさい!」
夕刻帰って来た土方を迎えたのは、明るく澄んだ声と思わず見とれるような可愛い笑顔だった。しかも入ったとたん、飛びつくように抱きついてきたのだ。
玄関に入ったところで立ち尽くしている土方に、総司は身を起こすと、不思議そうに小首をかしげた。
「土方さん?」
「……あ、あぁ」
「どうしたの? 何か、ぼく、変なことしましたか?」
「いや……」
かるく首をふって、土方は苦笑した。手をのばし、そっと総司の体を抱き寄せてやる。
「ちょっとな、こういう状況ってのを予測してなかったし、俺はあまり馴れてねぇから」
「お帰りなさいって迎えられることに?」
「あぁ」
頷いてから、土方は総司の前髪をさらりとかき上げた。かるく額に口づけを落としてから、優しく微笑んだ。
「だが、嬉しかったよ。ありがとう」
「土方さん……」
ちょっと恥ずかしそうに笑い返してから、総司は彼の手を両手で引っ張った。二人して手を繋いだままリビングへと歩き出す。
「あのね、昨日、土方さんが色々買い揃えるの許してくれたでしょう? だから、今日、山口さんに買ってきて貰って、ちょっと作ってみたんです」
「作ったって……あぁ」
リビングに入ったとたん、キッチンの方から漂ってくるいい匂いに、土方は気がついた。テーブルの上には二人分のサラダやフォーク、スプーン、グラスなどが並べられてある。
「今夜はビーフシチューを作ってみました」
そう言った総司に、土方は驚いた。
「おまえが作ったのか?」
「意外? これでもカフェに勤めてたんですよ。まささんにみっちり仕込まれましたから」
「へぇ、じゃあ、期待して食わせてもらうよ」
「あ、そんなふうに言われると……」
とたんに不安そうな瞳になった総司に、土方は苦笑した。ぽんぽんとかるく頭に手をおいた。
「おまえが俺のために作ってくれたんだ、どんなものでも嬉しいさ。着替えてくるから、少し待っててくれ」
「はい、なるべく早くして下さいね」
まるで新婚夫婦のような会話だと思いながら、土方は頷き、踵を返した。洗面所で手を洗ってから、寝室に入り、コートを脱いで着替えを始める。
あの告白からもう三日がたっていた。
その間に何度も互いの気持ちを確かめ合い、夢のような幸福に酔いしれた。あれほど苦しみ抜いた末に掴んだ幸せだ。いつまでたってもそれが信じられず、朝、目覚めた瞬間、あどけなく微笑いかけてくれる総司に、体中が痺れるような歓喜を味わった。そのまま総司の体を組み伏せ、貪るように抱いてしまったこともある。
だが、それでも、総司は可愛らしく彼に応え、「愛してます」と何度も囁いてくれた。そんな総司が愛しくて、愛しくて……。
甘い夢のような時間。
それが何よりも大切に思えるのは、終わりが見えているからかもしれなかった。やがて訪れるだろう結末を知っているからこそ、今この時をできるだけ大切にしたいと心から思った。
「……土方さん?」
気がつくと、ドアから総司が顔を覗かせていた。それに我に返った。
「あぁ……すまない、今行く」
「もう、早くしてねって言ったのに。冷めちゃいますよ」
果実のような唇を尖らせて言う総司が、たまらなく可愛い。手早くセーターとジーンズを着込むと、土方は総司の肩を抱いて寝室を出た。
食事は文句なしにおいしかった。
ビーフシチューにサラダ、焼きたてのパンまで出された時は驚いたが、土方はそのどれもがおいしいと思った。
だが、どうしても先ほどの思考に囚われ、黙々と食べてしまっていたらしい。
じっと見つめている総司に気づき、土方は顔をあげた。
「? 何だ」
「……あの……おいしい?」
「あ、すまない」
土方は慌ててスプーンを置いた。
目の前で不安そうにしている総司に、優しく微笑みかけた。
「すげぇ美味くて、食べるのに夢中になっちまったんだ。どれもめちゃくちゃ美味いよ」
「嬉しい!」
とたんに、総司は顔をぱっと輝かせた。
自分もスプーンをとって食べながら、弾んだ声で言った。
「やっぱり、ちょっと不安だったから。土方さんの好みにあってるかなぁって思ってたし」
「味つけも俺好みだ。この胡桃入りのパンもおまえが焼いたんだろ? すげぇ美味いよ」
「ありがとう」
恥ずかしそうに頬を紅潮させ、総司は笑った。
それから、総司は思い出したように言った。
「あのね、聞きたいことがあるんだけど」
「え?」
「教えて欲しい事があるんです」
「………」
土方は思わず目を細めた。
いったい、何を聞かれるのか。
彼には総司に言えない秘密が山ほどあった。様々な隠し事を抱えているのだ。むろん、どれを追求されても上手く切り抜けられる自信はあったのだが……。
土方は頬杖をつくと、にっこり微笑みかけた。相手を篭絡できるとわかっている、とびきりの笑顔だ。案の定、総司はぱっと顔を赤くして俯いてしまった。
それに、土方は手をのばし、優しく頬を撫でてやった。
「言ってごらん? 何でも答えてやるよ」
「……でも」
「俺に聞きたい事があるんだろ? いいよ、何を聞いて構わないから」
「じゃあ……」
意を決したように総司は顔をあげた。そして、小さな声で言った。
「あのね、どうして土方さんは今までぼくにお料理をさせなかったの?」
「はぁ?」
全然思ってもみなかった事を聞かれ、土方は呆気にとられた。それに総司は小首をかしげた。
「お料理しようと思ったら、包丁も果物ナイフ一つないんだもの。山口さんに聞いたら、土方さん、ぼくがくるまでは自炊してたって。なのに、どうして……」
「そりゃ、おまえの為だろうが」
あっさり答えた土方に、総司は驚いた。
「どうして? ぼくのためって、いったい……」
「おまえ、ここへ来た翌朝、リストカットしようとしただろ? それが俺は怖くて、あの後すぐ家中の刃物を全部捨てちまったんだ。包丁もナイフも剃刀も鋏一つに到るまでな」
「土方さん……」
「俺を殺そうとするなら、他に幾らでも手段がある。だがリストカットをくり返しているおまえだ、とにかく刃物を遠ざけないと駄目だと思ったんだよ。だから、ここで作らず、山口に食事を持ってこさせ、一緒に食べさせた。大切なおまえを死なせる訳にはいかなかったんだ」
「……知らなかった」
総司は息を呑んだまま彼の言葉を聞いていたが、小さく呟いた。
「そんなこと全然……どうしてだろうって思ってたけど、土方さんはずっとぼくの事を思って行動してくれてたんだ。なのに……ごめんなさい」
「謝る事はねぇよ」
苦々しい表情で、土方は肩をすくめた。
「俺もさんざんな事をしちまったんだ。あんな事しておいて、おまえに謝られる資格もないしな」
「そんな……」
「それで? ご質問はこれだけですか?」
わざとからかうような口調で訊ねた土方に、総司は慌てて首をふった。ちょっと言いにくそうに躊躇ってから、口を開いた。
「あの……ぼくがここから……」
「うん?」
「ここから出れるのは……いつ?」
「………」
思わず土方は黙り込んでしまった。
やっぱり来たなと思った。何しろ恋人である男に監禁されているのだ。もう一ヶ月近くになっていた。聞かない方がおかしいだろう。
「それは……もうすぐだ」
「もうすぐって、いつ?」
「……おまえ、そんなにここから出たいのか?」
鋭い一瞥を総司に投げかけた。
心の奥底に、そんなに俺から逃げたいのかという気持ちがある。今でも総司が自分のものになったと今一つ信じ切れない彼は、こうした言葉一つですぐ不安に襲われてしまうのだ。
それに、総司を手放したくなかった。ここから出したくなかった。
出したら最後、自分のことなど見向きもせず、逃げ去ってしまいそうな気がしてならなかったのだ。
(……俺もとことん骨抜きにされてるな)
今までさんざん女と遊んできたくせに、ことが総司に絡むと、自分でも呆れるくらい動揺してしまう。こんなにも自分はこの少年を夢中で愛しているのだと思った。
不愉快そうに眉を顰めた土方に、総司は少し困った顔をした。
そして、ちょっと頬を紅潮させ、「あのね」と話し出す。
「もうすぐ……クリスマスでしょう?」
「そう言えば、そうだな」
「あなたと迎える初めてのクリスマスだから、その……プレゼントとかも贈りたいし。男同士で何だと思われるだろうけど、綺麗なクリスマスのイルミネーションを二人で見たり、食事をしたりしたいなぁって思ったんです。こんなお願い、だめですか……?」
「……総司」
思わず土方は立ち上がり、総司の傍に歩み寄っていた。椅子に腰かけたままの総司を向き直らせ、そっと包みこむように抱きすくめる。柔らかな髪に顔をうずめた。
「愛してるよ、総司……」
「土方……さん?」
「ごめんな、俺……疑っていた。おまえが俺から逃げたくて、ここから出たいんだとばかり思っていた」
「そんなの! ぼくがそんな事、思うはずないでしょう?」
総司は驚いたように叫んだ。
「ぼくはあなたが好きなのに。あなたの傍にいられたら、それだけで幸せなのに……!」
「だが、総司、これも確かな事なんだ。おまえは誘拐され、俺に監禁されている。その上、男に犯されて……」
「土方さん、ぼくは望んでここにいるの。それに、それに……ぼくはあなたに抱かれているんです。犯された訳じゃない」
「今はそうでも、前は違っただろ? それに、肝心な事をおまえは忘れている。俺は……」
静かな低い声で土方は言った。
「俺は……テロリストだ。大勢の罪もない人々を殺してきた男だ。おまえも平間から聞いたんだろ? 俺が死神だと、そう呼ばれるにふさわしい男だと」
「土方さん……」
総司は彼の腕の中で、固く目を閉じた。両手を男の背中にまわし、ぎゅっとしがみつく。
今でも信じられなかった。
この手が人を殺したなんて。直接的でないにしろ、大勢の人々を自分達の身勝手な主義主張のため惨殺してきた、残酷な男だなんて。
どうしても信じられなかった。だが、それが事実なのだ。
自分の愛した男はテロリスト。それも仲間内からも死神と呼ばれるような残酷な男だった。
(……でも、ぼくは……っ)
土方の体に抱きついたまま、総司は小さく喘いだ。
わかってる。
こんな愛なんて、誰にも許されるはずがないと。
神様だって許してくれない。
だが、それでも、この人が愛しかった。たとえ、世界中を敵に回し、その罪を指弾されたとしても、それでも、彼だけを愛していた。
心から愛さずにはいられなかった……。
「……愛してます」
掠れた声で総司は囁くように言った。
彼の胸もとに頬を擦り寄せた。
「あなただけを愛してます。あなたがどんな人でもいい、人殺しでも何でも構わない。もし、世界中の人があなたの敵となっても、ぼくだけはあなたの傍にいるから。ずっといつまでも、あなただけを愛してるから……」
「総司……」
土方の目が大きく見開かれた。
細い肩を掴んでおこさせ、顔を覗き込んでくる。総司は潤んだ瞳で愛しい男を見上げた。
桜色の唇が震えた。
「……愛してます、あなただけを誰よりも」
「総司……!」
不意に、土方の腕が総司の体をすくうように抱き上げた。ソファの上におろすと、おおいかぶさり、何度も唇を重ねてくる。甘く柔らかい口づけに陶然となった。
男の手が体を開かせるのを感じながら、総司はうっとりと目を閉じた。
「ぁ……んっ、はぁ……っ」
甘い声がリビングに響いていた。
ソファの傍の床には二人が脱ぎ捨てた衣服が散らばっている。ソファの背にかけられた少年の足が小さく揺れていた。ただ一つだけ身につけている白い靴下が妙に艶かしい。
その少年の足の間には男が顔をうずめ、先ほどから己の唇と舌でその快感を高めていた。
「んっ! ん……や、ぁ……だめぇ……っ」
何度も己のものの裏側から先端を熱い舌で舐め上げられ、総司はたまらず啜り泣いた。無意識のうちに腰が揺れてしまう。
それに土方は顔をあげ、小さく笑った。くっくっと喉を鳴らしながら、総司のものを手のひらで上下に擦ってやる。親指を鈴口に食い込ませ、グッと押しあげた。
「ひっ!」
とたん、総司の腰がぐっと持ち上がった。もう限界だったのだろう。次の瞬間、白い蜜が男の手の中に放たれた。
「……ぁ…あ……っ」
総司は喘ぎながら、目を閉じた。もう二度目なのだ。自分ばかりでなく、彼にも喜んで欲しかった。それに、もっと彼を身近に感じたいのだ。己の身の内で深く感じ、とろけあいたかった。
総司は目を開き、男を見上げた。そっと両手をさしのべる。
「……お願い、きて……」
「………」
それに土方が目を見開いた。呆気にとられ、総司を見下ろしている。
そんな男に、総司はじれったそうに体を擦り寄せた。
「早く……あなたが欲しいの……っ」
「……初めてだな、おまえがそんな事を言うのは」
「だって……欲しいんだもの。お願い……ね?」
潤んだ瞳でねだる総司に、土方は微笑んだ。かるく音をたてて頬に口づけてやる。
「可愛い、総司……」
「土方さん……ぁ……っ」
「おまえの欲しいものくれてやるよ」
土方はローションを取り出し、それを総司の蕾に塗りこめた。己のものにも滴らせ、濡らす。そして、土方は総司の両腿を抱え込んだ。
己の猛りを小さな蕾に押しあて、ゆっくりと腰を沈めてゆく。
総司の喉奥から小さな悲鳴がもれた。
「……ひ…いぃ……っ」
「総司……」
やはり挿入時の痛みは免れぬのだろう。
土方は眉を顰め、見下ろした。総司が苦痛に泣きそうな顔をしてるのを見ると、激しい罪悪感がこみあげてくる。だが、このままでは尚更辛いこともわかっていた。
「……総司、力を抜け」
「ぃ…やぁッ……いっ…た……っ」
「もう少し力を抜けって。わかってるだろ? 俺はおまえを傷つけたくねぇんだ」
「は…あっ……ぁ…あぁ……っ」
必死に総司が呼吸をくり返す。その頬や首筋に何度も柔らかな口づけをあたえながら、土方は腰を進めた。ようやく己の猛りを付け根まで挿入すると、総司の感じるポイントに押しあて、優しく奥を掻き回すようにした。くちゅくちゅと淫らな音が鳴った。
すぐさま、総司の唇から甘い啜り泣きがもれ始めた。
「ぁあぁあ……っ……ぁ…ああぁ……っ、い…いぃ……っ」
「ココが好きなんだろ? なぁ、総司」
「う……んっ、好きっ……好き……ぁあっ、はあっ! あっ……」
総司はソファの端を掴むようにして、何度も体を仰け反らせる。そんな仕草がまた可愛く、色っぽかった。土方は抱え上げた総司の白い腿の内側に唇を押しあてた。ゆっくりとなぞるように口づけてやる。
それにさえ感じ、総司は身を揉むようにして泣いた。
土方は満足げに喉を鳴らして笑い、総司の両膝をぐっと上に押し上げた。大きくそこを開かせると、柔らかな蕾へ上から打ち込むように己の猛りを抜き差し始める。
「ああっ! ぁあっ……い、いやあっ! ん…はあっ、あんっ…ぁああっ!」
総司はいきなりの激しい責めに、体を突っ張らせて泣き叫んだ。ぐっぐっと何度も体の中心に男の楔を打ちこまれ、熱い痺れが腰奥を満たし始める。背中を突き上げるような強烈な快感に、総司は半狂乱になった。
「い…いやあっ! ああっ……だ、だめ……怖いッ……ああっ! ひ、土方さん……っ」
「おまえの中、すげぇっ……とろけそうだ……っ」
「ああっ……はあっ、ぁあ…っ……やあっ! 土方さん……許してっ……ッ」
総司の体が上へ上へと逃れようとした。が、男の力強い手がそれを素早く引き戻し、もっと深々と貫かれる。総司の両手がさまよい、必死に男の背中に縋りついた。思わず爪をたててしまったが、彼はそれを咎めなかった。
見上げた視界の中で、土方の顔も快感に歪んでいた。眉を顰め、獣のように濡れた黒い瞳で少年を見下ろしている。かるく開かれた唇から、熱い吐息がもれた。
(……土方さんも感じてくれてるんだ……)
そう思った瞬間、体中がカアッと熱くなった。今までにない痺れるような熱が押し寄せてくる。とたん、耳もとで男が鋭く息を呑むのを感じた。
「ちくしょう……っ」
低く呻き、総司の両腿を抱え上げてくる。そのまま凄い勢いで動き始めた。容赦ない激しさで、男の猛りが濡れそぼった蕾に抜き差しされる。総司は何度も体を突っ張らせ、泣きじゃくった。
男の激しさに、体が壊れそうだった。でも、それでも構わなかった。
この人と繋がって、この人ととけあって、それで壊されてしまうなら、いっそ本望だった。
二度と離れたくないと思った。
二度と手放して欲しくなかった。
「総司……愛してる……っ」
「……ぼく…も愛してる、愛してます……土方さん……っ」
何度も名を呼んで愛を囁き、口づけあって、深く深く交わった。貪るように求めあいつづけた。
まるで。
互いの存在を刻みこみあうように。
今、そこにある愛しい人を忘れえぬように。
いつまでも愛を交わしあいつづける二人を、夜の闇だけがひっそりと見つめていた……。
「うまくいって、よかったな」
面とむかって山口にそう言われ、総司はさすがに恥ずかしくなった。
土方と想いが通じ合ったことを今日、ようやく山口に話したのだ。もう勘付いてはいただろうが、やはり、色々と心配してくれた彼に、きちんと話しておきたかった。
頬を羞恥で紅潮させた総司を、山口は鳶色の瞳で見下ろした。
「本当によかった。おまえもだが、あの人にとっても良かったと思うよ。随分、苦しんでいたみたいだから……」
「……えぇ」
「あの人はさ、すごく色んなものを抱えているんだ。おまえを巻き込まないために、あの人は何にも話さないみたいだけど、でも、わかってやってくれ。あの人の本質はすごく真摯な人なだ。冷たくて見えて本当は誰よりも優しいし、人一倍傷つきやすい心をもっている」
「山口さんは……」
総司は顔をあげ、山口をまっすぐ見た。
「土方さんのことを、とてもよくわかっているんですね」
「つきあいが長いからさ。けど、今のあの人を一番よく理解してあげられるのは、おまえだよ。本当にうまくいってよかったと思っているんだ」
「ありがとう、山口さん」
総司が綺麗な笑顔で礼を言うと、山口は照れたように視線をそらせた。
しばらくして帰って来た土方は、テーブルの上にある紙包みを見ると、形のよい眉を顰めた。
「何だ、これは」
「あ、山口さんが持ってきてくれたお菓子です。このお店のクッキー、おいしいって評判なんですって」
「はじめが?」
聞き返し、土方はますます眉間の皺を深くした。紙袋を手にとり、面白くなさそうに眺める。
「……あいつもなー、もう食事もってこなくていいんだから、あまり出入りするなって釘刺しとかねぇと」
「何を一人で言ってるんです?」
「いや、何でもない」
土方は紙袋をぽんっと放り出すと、総司の体を柔らかく抱き寄せた。甘く口づけてから、その瞳を覗きこんだ。
「俺が留守の間、いい子にしてたか? ん?」
「おとなしくしてましたよ。今日は山口さんが久しぶりに来てくれて、楽しかったし」
「あのな、総司」
土方は一つため息をついてから、総司の腰にまわした腕に力をこめた。
「前から聞きたいと思ってたんだがな」
「何?」
「おまえ、あの時、公園で俺に声かけただろ? カフェに朝食たべに来いって誘っただろ?」
「え、うん……誘いました」
「あれってさ、いつもそうなのか?」
「はあ?」
総司は目を丸くした。呆気にとられ、恋人を見上げた。
「あぁいうふうに、いつも気軽に誘ってたのか? って聞いてるんだよ」
「ち、違いますよ! あなたにしかしてません、あなたが初めてですっ」
慌てて否定した総司に、土方は満足そうに微笑んだ。だが、すぐに顔を引き締めると、真剣な口調で言い聞かせてくる。
「だったらいいが……いいか? あぁいうこと、もう絶対にするなよ」
「えーと……絶対って……」
「おまえって本当に人なつっこいからな。いつのまにか、はじめにもしっかり懐いてるし」
「な、懐いてるって、人を犬か猫みたいに……」
「あぁ、でも、おまえ、めちゃくちゃ可愛いからな。外に出したら、男の方から寄ってくるんだろうな。いつも俺が傍にいて見張ってる訳にもいかねぇし、やっぱり、ここに閉じ込めておくのが一番安心か。おまえの綺麗な笑顔を他の男に見られると思っただけで、すげぇ腹がたって仕方ねぇよ」
「ちょっ、ちょっと……土方さん!」
総司の言うことなど全然聞かず、とんでもない事を言っている男に心底あきれ返った。まるで子供みたいだ。
茫然としていると、いきなり息もとまるほど抱きしめられた。
「おまえは俺のものだ。俺だけのものだ、な……そうだろう?」
「土方さん……」
そっと総司は彼の背中に手をまわした。
くすくす笑いながら、その唇にキスした。
「だい好き、土方さん……!」
「総司……」
「ぼくはあなただけのものですよ。そんなの……あなたが一番知ってるくせに」
そう答えてから、総司は可愛らしく小首をかしげてみせた。
大きな瞳で恋人を見上げた。
「あのね、どっち?」
「え?」
「だから、お風呂かご飯か、どっちにします?」
「先に風呂にしよう。ちょっと俺、汗かいちまったからな」
「何かあったんですか?」
思わず訊ねた総司に、土方はふっと瞳を翳らせた。が、すぐ何でもなかったように微笑むと、総司のなめらかな頬に口づけた。
「一緒に入ろうか」
「え……と、変なことしないなら」
「変なことって?」
喉奥で笑いながら、土方は悪戯っぽい瞳で総司を覗きこんだ。藪蛇だったかと思ったが、もう遅い。
「おいで」
優しく手をひかれ、バスルームへ二人して歩いていきながら、総司はちょっと頬を赤らめた。
クリスマスはもう三日後だった。
が、外へ出してもらえる気配はなかった。そのかわり、土方が小さな白いツリーと花束を買ってきてくれた。イブの夜には二人でちょっとしたパーティを開こうと言われ、総司は嬉しそうに微笑んだ。二人で過ごせるのなら、それだけで幸せなのだ。
「ちょっとしたパーティって?」
ソファにならんで腰かけながら、総司は可愛らしく首をかしげた。それに土方が微笑む。
「ん、そうだな……俺がケーキや料理、買ってくるよ。もう予約もしておいたんだ」
「じゃあね、プレゼントは? ぼく、用意できませんよ」
「おまえがいてくれれば、それでいいさ」
「土方さんって口うますぎ。それで何人の女の人、口説いたんですか」
思わず上目づかいに睨みつけた総司に、土方はにやりと笑ってみせた。
「さぁ……何人だろうな。覚えてねぇよ」
「じゃあ、聞いてもいいですか?」
「あぁ、だが……答えるなら、条件があるぞ」
そう言った彼に、総司は小首をかしげた。
条件なんて、こんなこと言われたのは初めてだった。
「何? 条件って」
「おまえも俺の質問に答える事だ。お互い、一つずつにしよう」
「いいですけど……」
「じゃあ、おまえからだ。何でも聞けよ」
総司は傍らに坐っている土方を見つめた。
そっと、その手をとり、指さきで撫でる。
「……怒らない?」
「あぁ」
「あのね……ぼくの前にいた女の人たちのことなの。あの人たちも土方さんは愛したの? ぼくみたいな関係になって……それで、それで、殺したの……?」
「………」
しばらくの間、土方は押し黙っていた。
その端正な顔に怒りの色もないが、優しさもなかった。冷ややかな無表情に、突然、総司は怖くなる。
やっぱり、怒らせてしまったのかと思った。
「あ、あの……土方さん、ぼく……っ」
慌てて言いかけた、その時だった。
「……おまえが初めてだ」
「え」
「俺はおまえ以外の誰も愛したことがないんだ」
顔をあげ、土方は深く澄んだ黒い瞳で総司をまっすぐ見つめた。真摯な瞳で語りかけた。
「今まで、俺は一度だって誰かを愛した事がない。本当におまえが初めてなんだ。怖くなるくらいおまえに惹かれていった、気がついたら夢中で愛していたんだ。こんな感情が自分の内にあった事さえ、驚きだった。俺も人間だったんだなとつくづく思ったよ」
「土方さん……」
「俺はあの女たちを抱きはしたさ。愛人にしねぇと殺されていたし、彼女たちも割り切っていた。おまえみたいに嫌がらなかったからな。だが、すぐに逃がした。表向きは俺が殺して捨てたって事にして、友人のつてで逃がしたんだ。今頃は安全な場所で暮らしてるさ」
「殺したんじゃなかったんだ……」
全身の力が抜けるような安堵感で呟いた総司に、土方は苦笑した。
「おまえ、信じるのか? 今、俺が言ったこと全部、本当だと信じられるのか?」
「え、だって、本当なのでしょう?」
無邪気に総司は答えた。
「土方さんが言ったことだもの。ぼくは信じます」
「総司……」
信じきった瞳をむけられ、土方は息を呑んだ。そっと手をのばし、少年の細い体を引き寄せた。
「土方さん……?」
「……おまえに逢えてよかった」
「え?」
「俺はおまえに逢えてよかった。おまえが俺を愛してくれて……本当によかった」
「土方さん、そんな言い方しないで。なんだか、怖い……」
(過去形でなんて言わないで。そんな言い方されたら怖くなるから、あなたがどこか遠くへ行ってしまいそうで、怖くてたまらなくなるから……)
思わずぎゅっとしがみついた総司に、土方は少し驚いたようだった。
ひき離し、顔を覗きこもうとするが、少年は縋りつくように抱きついてくる。仕方なく膝上に抱き上げ、ぽんぽんと背中をたたいてやった。
「何を怖がってるんだ? 俺の言い方が悪かったんなら、謝るよ」
「ううん……何でもないの。おかしなことを考えちゃっただけ」
総司はちょっと無理して笑ってみせると、土方に訊ねた。
「それで? 条件なんでしょう? あなたの質問は何ですか」
「あぁ……」
頷き、土方は静かに総司の手首をとりあげた。銀色の細いブレスレットが嵌められた手首を見つめ、ゆっくりと囁いた。
「前におまえ、言っただろう? いつか教えてくれるって」
「………」
「俺が知りたいのは、この手首の傷の訳だ」
「……土方さん」
総司は目をさまよわせた。男の腕の中、きつく唇を噛んでいる。それを土方は静かに見つめた。
ゆっくりと、総司の柔らかな髪を優しい指さきで梳いてやる。その柔らかな感触に、総司はそっと目を閉じた。
「何から……話したらいいんだろう……」
「……おまえが話しやすいようにすればいい」
静かな男の声に、総司は目を開いた。
そして、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「ぼくは……ごく普通の家庭で育ちました。優しい両親がいて、年の離れた兄さんがいて、四人仲良く暮らしていたんです。平凡だったけど、とても幸せな生活だった。あの事件が起こるまでは……」
総司はそっと目を伏せた。
「ぼくが8才の時でした。日曜日で家には両親とぼくだけがいた。そこへ強盗が押し入ったんです」
「………」
「強盗は5人もいて、ぼくの目の前で両親は無惨に殺されました。血まみれになった両親をせせら笑い、男達は僅かな金を手にして出て行ったんです。その直後でした、兄さんが帰ってきたのは……。兄さんはすぐ警察に連絡し、その後はぼくをずっと抱き締めてました。怖かっただろ、許せない、あいつら殺してやる……そんな言葉が、ぼくの耳にずっと聞こえていた。それから失神して、気がついたら病院にいたんです」
「それで……犯人は捕まったのか」
訊ねた土方に、総司は首をふった。
「結局、つかまりませんでした。ぼくも必死に話したけど、8才の子供の証言です。信憑性が薄いとされて、ちょうど……もっと大きな事件が起きた頃で、あまり熱心に捜査して貰えなかったようでした。でも、その犯人たち……警察に捕まった方がましだったんだろうけど」
「? どういう意味だ」
眉を顰め、訊ねた土方に、総司はきゅっと唇を噛みしめた。
「兄さんが殺したんです」
「───」
「事件から五年後、ぼくの証言を信じていた兄はとうとう犯人たちを見つけだし、警察に届けず自分の手で始末しました。拷問して苦しませた挙句……じわじわと殺していったんです。聞いた話によると、恐怖で彼らは皆、死ぬ寸前には狂って……」
土方は押し黙ったまま、総司の話を聞いていた。
何一つ言葉を挟まない。だが、その切れの長い目は静かに底光りしていた。きっと唇を固く引き結び、何かを考えつづけている。
そんな男の様子に気づかぬまま、総司は言葉をつづけた。
「ぼくは怖かった。兄さんが行うすべてが。優しい兄だったのに、両親の死を切欠にどんどん変わっていってしまったんです。警察にも世間からも見捨てられた事から、誰も信じられなくなり、反社会的行動を強めていった。そんな兄さんの所業を見るたび、ぼくは恐ろしくて。まるで自分の罪みたいな気がして、兄がぼくを愛してくれる分、怖くてたまらなかった。逃げ出したい、ぼくのせいだ、みんな……ぼくの罪だ。そう思い込んでしまったぼくは、とうとう手首を切ったんです」
「………」
「もちろん、すぐ兄に見つかり助けられましたけど。ぼくへの監視と束縛、愛情はより強くなっていった。ぼくにはもう、他に逃げ場がなかった。何度もリストカットをくり返して、そのたびに泣いている兄を見るとたまらなかったけど、兄への恐れと罪の意識も強かった。そして、ある日、ぼくは……」
「逃げ出したのか。その、兄のもとから」
静かな声で言った土方に、総司は頷いた。
柔らかく頬にキスしてくれる土方の首に、甘えるように両腕をまわした。抱きつき、目を閉じた。
「まだ一年もたっていない……きっと、兄は今でもぼくを探してるでしょう。でも、ぼくはもう兄の傍にいられなかった。閉じ込められ、兄の愛と罪だけを感じていたら、きっと壊されてしまうと思ったから……」
「総司……」
ふっと土方が苦笑した。悪戯っぽい瞳で総司の顔を覗きこみ、笑った。
「俺だって似たようなものじゃねぇか。おまえを閉じ込め、何もかも奪っているんだ。俺こそ、おまえを愛しすぎて、そのうち壊しちまうかもしれねぇぞ」
「あなたならいいの」
総司は体を起こし、愛しい男の顔を見つめた。濡れたような黒い瞳がじっと見つめ返してくる。それを感じるだけで体中が熱く火照った。
「あなたになら壊されても構わない。言ったでしょう? 殺されてもいいんだって」
「………」
「さっき、あなたは言ってくれたけど、ぼくに逢えてよかったって。でも、それはぼくも同じだから。あの朝、公園で初めて逢った時から、ぼくはあなたが好きだった。世界中であなたが傍にいてくれるなら、他には何もいらないって思った。だから……」
そっと手をのばし、土方の引き締まった体にしがみついた。シャツごしに彼の体温と鼓動を感じた。
「だから……もう過去なんか忘れさせて。ぼくをみんな、あなただけのものにしてしまって」
「総司……」
「お願い、土方さん……!」
縋るように抱きついてくる総司を、土方は柔らかく横抱きにした。何度も甘いキスをあたえながら、ソファに横たえてゆく。潤んだ瞳がそっと彼を見上げた。熱く突き上げるような激しい想いに、土方は息を呑んだ。
(……総司、愛してる……!)
きつく息もとまるほど抱きしめた。
やがて、甘い啜り泣きと二人の息づかいだけが、ひそやかに部屋を満たしていった……。
真夜中だった。
ぐっすり眠る総司の傍らで、土方はゆっくりと身を起こした。
彼に身を摺り寄せるように眠っている総司を起こさぬよう、静かにベッドから滑り出る。寝室のドアを閉めると、リビングへ向かった。
電話をとりあげ、ナンバーをしなやかな指さきで辿った。
長いコール音の後、回線が繋がると、土方は僅かに目を細めた。その端正な顔は厳しく引き締まり、切れの長い目は冷徹な光をうかべている。総司には見せたことのない、また別の男の顔だった。
「……近藤さんか」
そう確かめた土方に、相手の男は怒っているようだった。確かに電話をかけるには非常識な時間だ。
「悪い、今まで一人になれなかったんだ……あぁ、うまくいってるよ。それで、ちょっと頼みがあるんだけどな」
会話をつづけながら、土方はちらりと窓ガラスの方へ視線をやった。
ガラスには、酷く冷ややかな表情をした男が映っている。唇に薄い笑みを刻み、その黒い瞳は昏い翳りをおびていた。そこにいるのは、優しい恋人でも、乱暴で荒々しいテロリストでもない。冷たく静かでありながら、その内にある底知れぬ残酷な本性を垣間見せる男の姿だった。まるで、闇の底でひっそりと息づく夜行獣のような───
こんな顔を見せたら、総司はどうするだろう……?
ふと、そんな事を思った。
この……本当の姿を見せたら、あいつは……。
「──歳?」
受話器ごしに呼びかけられ、土方は我に返った。
「あぁ……すまん」
「何なのだ、頼み事とは」
「ちょっと気になることがあるんだ。あんたに調べて欲しいんだが……」
土方はゆっくりと話し出した。
夜の闇の中、彼自身が買ってきた白い花が静かに揺れていた。
総司はうきうきとテーブルの上を綺麗に飾りつけていた。
ふわっと赤いリネンのクロスを広げた上に、斜め重ねで緑のクロスを掛ける。真ん中には低く生けた白い花を飾った。
今日はクリスマスイブだ。恋人と過ごすイブなんて初めてで、総司は朝からどきどきしっぱなしだった。土方はもう帰って来ていて、先ほどから料理やケーキを広げてくれている。皿を出す音に、総司は慌ててキッチンへ戻った。
「盛り付け、ぼくがしますから」
「いや、俺も手伝うよ」
「だって、ぼくがしたいんです。土方さんはあっちで待ってて下さい」
「……わかった」
苦笑し、土方はキッチンから出ていった。それを見送り、総司はせっせっと料理を盛り付けた。ケーキは冷蔵庫に入れてある。冷やしたシャンパンのためにグラスも出さなきゃと考えながら、総司は忙しく手を動かした。
その時だった。
突然、電話の音が鳴り出し、総司は顔をあげた。
カウンターごしに土方が歩み寄り、受話器を取り上げているのが見えた。総司はまた視線を手元に戻した。
しばらくして、受話器を置く音がした。が、見ると、土方はまだ電話の前に立っている。その端正な横顔に険しい表情をうかべ、じっと前を見据えていた。
何かあったのだろうか。
総司は不安になり、彼のもとへ歩み寄った。
「……土方さん?」
「………」
それに、土方は静かにふり返った。しばらくの間、黙ったまま総司を見つめていたが、不意に手をのばすと、その細い体を胸もとにきつく抱きこんだ。
が、それは一瞬のことだった。
突き放すように腕を解くと、土方は踵を返し、寝室へ入っていった。彼の態度を不審に思った総司が慌てて追うと、掛けてあった彼のコートから何かを取り出している。
「土方さん? どうしたの?」
呼びかけた総司の声にも、土方はふり返らなかった。窓の外へ視線をむけたまま、じっと押し黙っている。
どうしたらいいのかわからず、総司は戸惑った。躊躇いがちに歩み寄り、そっと彼の腕にふれかけた。
その時だった。
「……総司」
ようやく言葉を発してくれた彼に、総司はほっとした。
だが、それは、次の言葉を聞くまでだった。
「おまえの兄は……」
「え?」
「あの……伊東甲子太郎なのか」
「!」
不意に突き付けられた名前に、総司は大きく目を見開いた。
茫然と立ち尽くしたまま、男の広い背を見つめている。そんな総司の視線の中で、こちらをふり返らぬまま、土方は低い声でつづけた。
「伊東甲子太郎か、と聞いてるんだ。あの秘密結社──狼火の首領の」
「………」
「浪火と言えば、黒手団と並ぶ巨大なテロ集団だ。しかも、主義の違いで、数年前から血みどろの争いをうちと起こしている。その首領が伊東甲子太郎。総司、おまえはそいつの弟なんだろう……?」
何も答えられない総司に、土方は僅かに俯いた。
くっくっと低い笑い声が薄闇の中に響いた。
「この俺が全く気づかなかったとはな。まさか、おまえがあの伊東の弟だったなんて……だが、だからなのか。だから、俺から逃げもせずここにいたのか。兄のために黒手団の内情を探ろうと、ここに留まっていたのか」
「ち、ちが……っ」
「今ここで弁明しても無駄だ。おまえの言い分は芹沢の前で聞くことになってる。もっとも……ここで殺されたら何も言えねぇだろうけどな」
「え……何?」
思わず聞き返した総司に、土方はゆっくりとふり返った。
深く澄んだ黒い瞳で見つめてくる。静かに右腕をあげ、構えた。
総司は鋭く息を呑んだ。
「……土方…さん……っ」
薄闇の中、土方は拳銃を構えていたのだ。しかも、その鈍く光る銃口はまっすぐ総司に向けられていた。
大きく目を見開く総司に、土方は薄く笑った。だが、それはゾッとするほど、残酷で冷たい笑みだった。あの優しい彼とはまるで別人の酷薄な笑みに、総司は体中が激しく震え出すのを感じた。
そんな総司に、土方は優しい声で囁いた。
「可愛いおまえだ。安心しろ、苦しまねぇよう殺してやるよ」
「………」
銃口が胸もとに強く押しあてられた。
それを遠く感じながら。
己を殺そうとしている恋人の前で、総司は固く目を閉じたのだった……。
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[あとがき]
前半、べた甘の二人でしたが、とんでもない状態で次回に続きます。次回は最終話。ハッピーエンドかアンハッピーか、さぁ……どうでしょう。ところで総司の兄は、やっぱり伊東さんでした。大半の方が予測されてたんじゃないかな。こっちの伊東さんは優しいけど、ちょっと危ない人です。土方さんも本性怖いし、総司、どっちにしても大変。
つづき頑張って書きますので、また読んでやって下さいね。>
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