まるで紫と白の絨毯のようだった。
 青空の下、どこまでもラベンダーと白い日々草の花畑がつづいている。
 涼しい風とともに心地よい香りが柔らかくとどき、総司は思わずうっとりと微笑んだ。
「綺麗……すごく綺麗ですね」
 そう言った総司に、土方は優しく微笑んでくれた。それが嬉しくて頬をあからめる。
 郊外の広大な公園の中にあるこの花畑は、総司が前から行きたかった場所だった。だが、かなり遠いので、どこか行きたい所は? と聞かれた時もすぐには答えられなかったのだ。
 この頃、土方は仕事が忙しいのか、少し疲れているようだった。何の仕事をしているのか聞いた事はないが、だい好きな彼に迷惑はかけたくなかった。
 何度も訊ねられ、ようやく答えた総司に、カフェのテラス席に腰かけていた土方は小さく笑った。車のキーを取り出しながら立ちあがり、見上げた総司の髪をくしゃっと片手でかき回し、悪戯っぽい瞳でこう言ったのだった。
「遠慮なんかするんじゃない。おまえはもっと甘えていいんだ」
 優しい声だった。総司の心を蕩かしてしまう魔法の声だった。
 それからすぐ車を飛ばして高速にのり、この花畑に連れてこられたのだ。
 想像していたより、もっと綺麗な場所だった。でも、何よりも、このだい好きな人と一緒にこの光景を見られたことが嬉しかった。
「総司」
 呼びかけられ、総司はふり返った。それに土方は後ろの丘を指し示した。
「あそこに上った方がよく見えるんじゃないか」
「ほんとだ。上ってもいいですか?」
「あぁ」
 頷いた土方の隣にならび、総司は歩きだした。丘はなだらかな急斜面になっている。
 一歩あがりかけ、土方がふり返った。さり気なく手をさし出された。それに総司はちょっと躊躇ったが、すぐ手をのばした。
 ぎゅっと握りしめられる。
(……土方さん……だい好き)
 頬を赤らめ見上げると、土方はすぐ気づき、微笑んでくれた。
 総司も心からの笑みを返す。 
 ラベンダーと白い花がゆれる光景の中で。
 愛しい人と共にいられる幸せをかみしめながら、二人はゆっくりと丘を上っていた……。
 
 

 

「……ぁ……」
 総司は喘いだ。
 呆然と目を見開いたまま、天井を見上げた。
 広いベッドには誰もいない。無造作にパジャマの上だけを着せられ、総司は一人残されていた。
 のろのろと頭をめぐらせると、目に入った時計はもう朝の9時を示していた。昨日、逃げ出した罰として、さんざん土方に犯された挙句、失神するように眠ってしまったのだ。まだ体が鉛のように重く、気だるかった。
「……ゆ…め……?」
 一瞬、どちらが現実か夢なのかわからず、総司は小さく呟いた。が、すぐ今が現実なのだと思い知らされた。さっき見た花畑の夢は過去の事なのだ。土方とつきあっていた頃の───
「……っ」
 突然こみ上げて来た涙に、総司は唇をふるわせた。
 我慢しようとしたが到底できず、シーツに顔を押し付けると、激しく泣きだした。
 あれが現実だったらよかったのに。こんなことすべてが悪い夢だったら良かったのに。
 どうして、あの頃、ぼくはあんなに幸せだったのだろう。
 あの人と過ごした日々が、あんなにも幸せでなければ良かった。もしそうなら、こんなにも傷つく事はなかったのに。
 こんなにも、あの人を想って泣く事も……!
「……総司」
 突然、声をかけられ、総司はびくっと体を震わせた。おそるおそるふり返ると、戸口の所に山口が困ったような顔で立っていた。
「山口さん……」
 彼ではなかったことに安堵と落胆を感じながら、総司は涙をぬぐった。
「ご、ごめんなさい。みっともないとこ見せちゃって……」
「いや、それはいいが……朝食をもってきた。食べれるか」
「あんまり……」
「スープだけでも飲んだほうがいい。体があたたまるぞ」
 熱心に勧める山口に、総司はようやく頷いた。ベッドから降りようとして──突然、違和感に気づいた。
「……な…に?」
 ふり向きそれを確かめた総司は、鋭く息を呑んだ。
「何……これ!」
 左手首だった。総司の細い手首に銀色のブレスレットが嵌められてあった。それはいいとしても、何とそのブレスレットには長く細い鎖が付けられてあり、ヘッドボードの柱に繋がれていたのだ。まるで奴隷扱いだった。
 総司の頬がカッと紅潮した。
 優しげな容姿とは裏腹に、けっこう気の強い総司だ。こんな扱いに我慢できるはずがなかった。
 山口がとめるまもなく、手近にあったスタンドを掴みとり、いきなりそれに叩きつけた。だが、繊細で美しい造りのくせに、余程頑丈なのか全く傷ひとつ付かない。かえってスタンドの方が壊れてしまった。
「おいおい、おまえも意外と乱暴なんだな」
「だって、こんなの最低じゃないですか! 鎖で繋ぐなんてっ」
「まぁ、確かに。けどさ、それ、昨晩、わざわざ知り合いの宝石店に持ってこさせた代物らしいぞ。めちゃくちゃ高いらしいし」
「値段なんか関係ありません! それより、これ外して下さい。すごく不愉快です」
「ま、気持ちはわかるよ」
 山口は肩をすくめ、取り出した鍵で鎖は外してくれた。が、ブレスレットだけは残される。それも鍵がないと外せないらしい。
 怒った顔で見上げた総司に、山口は苦笑した。
「睨むなよ。おれが許されてるのは鎖だけだ。鍵ももってないしな」
「どうして……」
「それ、発信機が内蔵されてるんだよ」
 あっさり答えた山口に、総司は目を見開いた。
「発信機って……嘘!」
「嘘じゃないさ。それをつけてる限り、どこへ逃げてもあの人にばれるって訳。隼人さんは独占欲強いからな」
「どうして、そんな……」
 呆気にとられている総司を、山口は鳶色の瞳で見下ろした。
 小さく嘆息した。
「……あの人もさ、傷ついてるんだよ」
「土方さんが?」
「あぁ……おまえが昨日逃げ出したことで、すごくショック受けていた。こうでもしないと、またすぐ逃げ出されそうで怖くてたまらないんじゃないか」
「そんな……」
 思わず首をふり、両手を握りしめた。
 そんなことあるはずがなかった。
 自分など、彼にとって何の価値もないのだ。いずれは飽きられ壊される運命にある玩具。
 それを失うことが怖いなんて……。
 今朝見た夢を思い出した。
 あれは確かにあったことだった。出会ってからしばらく経った頃、郊外の花畑へ二人で行った時の夢。
 夢の中で、彼と自分は手をつないでいた。
 まるで恋人同士のように、指をからめあい握りしめあっていた。それが本当に幸せで嬉しくてたまらなかった。
 あの時、思ったのだ。手だけじゃない、自分の心もこの人に繋がれているのだと。
 世界中の誰よりも好きだと。
 そう。
 彼に恋した瞬間、この心はすべて彼のものとなったのだ。
 何もかも、あの人のものだけに。
 なのに、今、彼はこんな物で自分を繋ごうとしていた。
 あの頃のような優しさや愛情ではない、無機質な機械で繋ごうとしているのだ。
 それが総司には悲しくてたまらなかった。
(こんなぼくなんか、簡単に手に入るのに……。今でもよくわかってる。あの人がもし優しく微笑みかけてくれたら、あの頃のように抱きしめてくれたら、ぼくはたちまち心を許してしまうんだ。裏切られた事もみんな忘れて、土方さんの胸に縋ってしまうに違いない。こんな物がなくても、ぼくは……)
 総司はまた込み上げてきた涙をこらえ、俯いた。
 きゅっと唇を噛みしめる。
 その姿を、傍らから山口が痛ましそうに見つめていた。
 

 

 
 夢のむこうで、総司は音を聞いていた。
 山口が帰った後、リビングのソファの後ろで凭れかかり、ぼんやり窓外の光景を眺めているうちに眠ってしまったのだ。
 もともと頑丈とは言いがたい少年の華奢な体だった。昨夜、大人の男の欲望のまま行われた情事は、本人が自覚している以上に体を疲弊させていた。 
(……な…に……?)
 総司は僅かに身じろいだ。
 先ほどから酷く騒々しいのだ。部屋や廊下を焦ったように往復する足音、荒々しく扉を開閉する音───
 やがて、その足音はリビングの中に入ってきた。ぐるりと回ってから出て行こうとして、不意に立ち止まる。
「……っ」
 鋭く息を呑む音が聞こえたかと思うと、足音がまっすぐこちらへ向かってきた。
 傍らに誰かが跪いた瞬間、突然、乱暴にすくいあげられる。そのまま、息もとまるほどきつく抱きしめられた。
「……?」
 総司はぼんやりと目を開いた。とたん、土方の腕に抱かれているのだとわかり、思わず体をびくりと震わせてしまった。
 見上げた土方の表情は、焦燥と安堵の入り混じった複雑なものだった。眉をひそめ、まっすぐ食い入るように総司を見つめている。
「……お、お帰りなさい……」
 何と言ってよいかわからず、総司はおずおずと言った。それに一瞬、土方は目を見開いたが、何も答えなかった。
 まるでその存在を確かめるように、指さきでそっと頬にふれてくる。
 総司は思わず目を閉じた。
 ふれた彼の指さきに、様々な記憶がよみがえる。
 はじめて手をつないだ日の事。あの花畑での幸せ。
 そして、昨夜、罰として彼に抱かれた記憶───
「………」
 黙ったまま、総司は顔をそむけた。身を捩り、男の腕の中から抜け出そうとする。が、土方はより強く抱きこむと、そのまま床に引き倒してきた。
 それを総司はまっすぐ見上げた。
 勝気そうな大きな瞳で、自分を組み伏せる男を見つめた。
「……また抱くのですか」
 少年の問いかけに、土方は形のよい唇をゆがめた。
「だとしたら? おまえは逃げるのか」
「逃がさないのでしょう? こんなブレスレットまでぼくに付けさせたくせに」
「ブレスレット?」
 僅かに小首をかしげてから、土方は「あぁ」と頷いた。
「そうだったな。これには発信機が内蔵されてるからな」
「こんな物、ぼくには必要ないでしょう?」
「おまえには必要なくても、俺には必要があるのさ」
 土方は総司の手首を掴んで引き寄せると、そっと唇を押しつけた。ブレスレットに、白い手首に口づけ、少しずつ腕のラインに唇を滑らせてゆく。甘い疼きに、総司は唇を噛んだ。それでも微かな喘ぎがもれてしまう。
「……ぁ……」
「これは……おまえを繋ぐ鎖だ」
 男の声が囁いた。それはまるで甘い睦言のようだった。
「世界中のどこへ逃げても、おまえは俺に繋がれている。もう二度と逃がさない」
「………」
「おまえは俺のものだから、俺だけのものだから……」
「───」
 総司は大きく目を見開いた。
 彼の声音に、表情に、何かを感じたのだ。だが、それを問いかけようとした時、総司の唇は塞がれた。
 激しい蕩けるようなキスをあたえられる。
 総司は思わず土方の体に縋りついた。彼のシャツに皺がよるほどしがみつき、その熱い口づけに夢中で応えた。
 もう、すべてを忘れたかった。
 いっそのこと、彼の愛人になりきり、その蜜のような快楽に溺れて、何もかも忘れ果ててしまいたかった。
 優しい記憶も恋も愛も。
 何もかも───
 やがて、少年の体に男の冷たい手がふれてきた。
 それを遠く感じながら、総司はあふれる涙に目を閉じた……。
 

 

 
 相変わらずの監禁生活だったが、逃亡前と明らかに変わった事があった。
 あれほど総司に無関心だった土方が、家にいる間は片時も放さなくなったのだ。それも酷いやり方でだった。
 帰ってくるとすぐ総司を組み伏せ、その細い体に男の欲望を叩き付けた。何度も何度も、それは総司が失神するまで行われたのだ。
 失神と言っても、苦痛などは一度も与えられてない。だが、快楽も過ぎれば苦痛になるということを、総司は身をもって思い知らされていた。
「……ひっ……あぁっ……」
 総司はタイルに爪をたて、身をすくませた。
 それに土方は唇を歪めた。
「そんなに体、固くするなよ。息を吐け」
「だ…って……できない……っ」
「キツすぎるんだ、これじゃ入らねぇぞ」
「無理……無理です、やあ…っ……くっ……」
 大粒の涙がぽろぽろこぼれ落ちた。
 今、二人はバスルームにいた。逃げだした総司を追いかけ、結局ここで捕まえたのだ。白いタイルの壁に体を押しつけたまま愛撫し、立ったまま挿入しようとしたが、初めての体位に総司が怖がり、手間取っていた。
 泣きながら壁に縋りついた。いやいやと首をふる。
「やっ……あぁ…っ、は……っ」
「ちゃんと支えててやるから。いいか、呼吸を何度もくり返すんだ……」
「ん、はぁ……くっ…はぁ……っ」
「……そう。そうだ……いい子だな」
 土方は何度もそのしなやかな背中に甘いキスを落としてやった。前にまわした手で総司のものを握りしめ、柔らかく揉みあげる。
 総司の喘ぎが甘くなり、腰が僅かに揺れた。
 それに微笑み、ゆっくりと慎重に貫いてゆく。やがて、総司の甲高い声がバスルームに反響した。
「ああ──っ……!」
「……ほら、全部入ったぞ」
 満足げに笑い、土方は総司の火照った体を背中から抱きすくめた。首筋に口づけると、くすぐったそうに総司が身を捩る。それが可愛かった。
 ゆっくりと腰を動かし始めた。
 深々と己の猛りを埋め込んだまま、奥を掻き回すようにする。うまい具合に少年の感じる部分を擦りあげたらしく、たちまち総司は甘く泣き始めた。
「ひいっ……ひっ、いっ…ぃ──あぁっ」
「いいか? ココがいいんだろ?」
「う…ん……ひいっ、ひっ……も…っと、もっとしてぇ……あぁああぁーッ……!」
 総司が声も限りに泣き叫んだ。
 蕾の奥を男の猛りで何度も激しく突き上げられたのだ。がくがくと体が揺さぶられる。目も眩むような快感に溺れ、総司は泣きじゃくった。その後ろ髪を掴んでふり返らせ、熱く唇を重ねた。
「んっ……ん! ぅ…うッ……く…ぅう……っ!」
 唇を、顎を、首筋を、キスでなぞった。
 何もかもが可愛くてたまらない。何度抱いても飽きなかった。
 こんな事を続けていれば、いずれ総司が壊れてしまうとわかっていたが、他に自分の気持ちを吐き出す術がなかった。心が手に入らないのなら、体をすべて己のものにしてしまいたかった。
 この柔らかな髪も、涙をうかべ俺を見つめる瞳も。甘く濡れた唇も、声も。
 何もかも。
(……俺のものだ……!)
 息もとまるほど抱きしめた男の腕の中で、総司は激しく体を震わせた。タイルに白い蜜が飛び散る。だが、それは終わらずいつまでもトロトロ流れつづけた。気づいた土方はその熱いものを手のひらに包みこみ、きゅうっと握りしめてやった。
 総司は顔を真っ赤にし、男の手を掴んだ。何とか引き放そうとするが、逆に手をつかまれ自分の手ごと握りしめられた。
「ひいっ……やっ! いやっ……ああ…やめ…てぇッ……!」
「気持ちよくてたまらねぇくせに。もっと素直になれよ」
 くっくっと喉を鳴らして笑い、土方は濡れたそれを強弱をつけて揉んだ。男の指の間から蜜がぽたぽたと床に滴り落ちてゆく。
 総司は泣きながら首をふった。膝が震える。
「やっ……も、立って…られな…ぃっ……」
「俺が腰抱えてるだろうが」
「だめ……だめぇ……っ」
「仕方ねぇな」
 舌うちし、土方は総司を抱えたまま床に坐りこんだ。動き出そうとして、ふと気づき、総司の膝裏に手をかけてすくい上げた。
 耳もとに唇を押しつけ、そっと囁きかけた。
「……ほら、見てみろよ」
「ん……な…に……?」
「すげぇ綺麗だ、おまえ……」
「え……」
 総司はうすく目を開いた。ぼんやりとしたものが見える。
 一瞬、何だかよくわからなかった。が、次の瞬間、総司は悲鳴をあげた。
 鏡だった。
 めちゃくちゃに服を乱され、後ろから男に抱かれている少年の姿がそこに映っていた。磨き上げられた大きな鏡は、総司の潤んだ瞳から紅潮した頬、男と深く繋がった下半身まで、余す所なく映し出していたのだ。
「いやあっ!」
 慌てて目を閉じ、顔をそむけた。それに土方が声をたてて笑った。
「何を嫌がってるんだ。ほら、見ろよ……すげぇ色っぽいぜ」
「や…めてっ……ひどい……っ」
「見ろって。俺と繋がってるだろ? おまえの中に俺が入ってる……なぁ、そうだろ?」
 男の甘く掠れた声が耳にとどいた。
 それに総司は目を開いた。
 もしかして、土方さんも感じてる? ぼくを抱く事で少しは感じてくれてるの……?
「………」
 おずおずと総司は鏡に目をむけた。
 彼の言葉どおり、総司の蕾がぎりぎりまで開かされ、男のものを深々と咥えこんでいた。完全に繋がってる。
「……総司……見てごらん」
 優しい声で囁きながら、土方はゆっくりと総司の腰を持ち上げた。男の猛りが抜かれ、半分ほど姿をあらわす。逞しいそれに、総司は大きく目を見開いた。
「う…そ……っ」
 思わず息を呑んだ。
 あんな大きな物が入っていたの? 本当に?
 呆然としている総司に、土方は薄く笑った。
「おまえの中に入ってるんだ。ほら……おまえに感じて、もっと大きくなっちまった」
「あぁ……土方…さんぅ……っ」
「俺が欲しいなら、自分で腰を動かしてみろよ」
「………っ」
 一瞬、躊躇った。が、すぐに頷き、総司はそろそろと体を動かし始めた。初めは躊躇いがちに、やがて無我夢中になって。
「……ん……はあっ、はあっ……ぁあっ……!」
「あぁ、総司……すげぇいい」
「ぼく…も、ひっ、ああっ……い、いいッ……んっ、あんっ、ああッ!」
 総司は快感を追い求め、体を動かしつづけた。
 うすく目を開くと、鏡の中に男を求める少年の姿が映っている。だが、もう羞恥も何も消えてしまっていた。
 今はもう、彼に抱かれていたかった。
 この人と繋がっていられたら、幸せなのだ。この人がいてくれるのなら、他には何も望まないとまで思った。
(好き……好き、愛して…る……っ)
 鏡ごしに土方と目があった。
 彼の黒い瞳が、快楽に溺れてゆく総司のさまをじっと見つめている。その熱っぽい視線にさえ感じた。
 好きで好きでたまらなかった。
「……土方…さん……っ!」
 この世の誰よりも愛しい男の名を呼びながら。
 快楽の彼方へと昇りつめてゆく総司の体を、土方は黙ったまま強く抱きしめた。
 

 

 
 ポットから注ぐと、甘い香りが部屋に広がった。純白のティーカップに、バニラティーの赤が満たされる。
 それを総司は嬉しそうに見つめた。
 昨日、山口に頼んで紅茶の葉を買ってきて貰ったのだ。カフェで働いていた時は珈琲が多かったが、もともと総司は紅茶の方が好きだった。
 とくにフレーバーティが好みだ。様々なフルーツが混ざり合った甘い香りがだい好きだった。
「……おいしい」
 総司はティを一口飲むと、小さく息をついた。
 体がほっとする気がする。ここ最近のはりつめた神経が少しはほぐされる気がした。
 相変わらず、土方とはあまり会話がない。もう数え切れぬほど体を繋げたのに、互いの心は遠く離れていた。
 もっと近寄りたいのに。
 少しでも、あの人の心にふれたいのに……。
「……土方さん」
 ティカップを両手でもちながら、総司はそっと目を伏せた。
 この頃、抱かれるたびに思うのだ。
 彼が好きだと。愛しくてたまらないのだと。
 でも、それは……どの彼をなのだろう。
 昔の彼を? それとも、今の彼を? 
 やっぱり、あの優しかった彼と重ねるからこそ、好きだと思うのだろうか。今でも、あの頃の彼に恋しつづけているのだろうか。
「でも……そんなの当然じゃない。今のあの人なんて……」
 無理やりここに監禁して。
 自分の気持ちも想いもみんな壊した挙句、体まで奪って。
 乱暴で強引で身勝手で。
 いつでも優しい言葉一つかけてくれた事がなくて、傷つけられるばかりで。
 なのに……
「………」
 総司はため息をついた。
 なのに、どうして……こんな気持ちになるのだろう。
 とりとめのない思いに、総司はゆるく首をふった。
 ふと見ると、もう夕方の7時だ。そろそろ山口がやって来るはずだった。
 そう思った時、玄関の方で音がした。ロックが解除される音が響き、扉が開く。だが、その次に続くはずの──扉が閉じられる音はしなかった。かわりに聞こえてきたのは、何かが倒れる音だった。
「……?」
 総司は立ち上がり、リビングから廊下へと出た。突き辺りの玄関へとむかう。
 途中ですぐ気が付いた。
 扉が開かれたままなのだ。異変があったとしか思えなかった。その上、血の匂いを感じた瞬間、思わず走り出していた。
「……っ!」
 見たとたん、心臓がとまるかと思った。
 扉が開け放たれた玄関。その扉に凭れかかり、男が倒れ込んでいた。
 黒いコートもシャツも血でどす黒く濡れ、今もわき腹から床へと真っ赤な血が流れている。気絶してるらしく、男の体は身動き一つしなかった。
「そ、んな……土方…さん……っ」
 一瞬、頭の中がまっ白になった。
 傷ついてる男の姿に、何が何だかわからなくなった。気がつくと、総司はその場に崩れるように坐りこみ、必死で男の体に縋りついていた。
 息も細く、出血のショックのためか体が驚くほど冷たい。どんどん流れ出す血が彼の命を削っているのだと気づいた総司は、慌てて傷口にコートを押し当てた。必死にとめようとするが、総司の手も真っ赤になってしまい、まるで止まらない。
 どうしたらいいのかわからず、総司は半狂乱になった。
「土方さん! 土方さん……いやだっ、死なないで……っ!」
 泣きじゃくりながら、しがみついた。
 その時だった。
「いったい、どうしたんだ!」
 声に驚いて顔をあげると、山口がそこに立ち、驚いた表情で二人を見下ろしていた。それに総司は泣きながら叫んだ。気絶している男の体を抱きしめ、大粒の涙をぽろぽろこぼし、必死に懇願した。
「お願い……助けて!」
「総司」
「こ、このままじゃ、土方さんが死んじゃうっ……助けて……っ!」
「総司、落ち着け」
 ぱんっとかるく頬をはたくと、山口は口早に命じた。
「とにかく、おまえはすぐ電話で医者を呼ぶんだ。救急車は駄目だからな。ここに電話しろ」
「は、はい」
「おれは応急手当をするから、電話の後で手伝ってくれ」
 山口の言葉に頷き、総司はリビングへと走り出した。山口から渡されたメモをたよりに電話をかける。
 呼び出し音を聞きながら、思わず願った。
(お願い……あの人を助けて……!)
 祈るように何度もくり返しながら、総司は固く目を閉じた。
 

 
 
 
 血まみれの手でロックを解除した。
 息が荒い。体中が重く、痺れるようだった。視界も意識も朦朧とし始めていた。
「……ざまぁねぇよな」
 嘲るように呟き、土方は体ごと押すように扉を開いた。が、そのまま、ずるずると倒れ込んでしまう。
 起き上がろうとしたが、指一本動かせなかった。冷たい石張りの床にうずくまった。意識が遠のいてゆく。
 幾つも見た夢の中で、総司が泣いていたような気がした。
「死なないで!」と叫ぶ、総司の声を聞いた気がした。
 だが、それは夢であるはずだった。
 こんな状態の彼を見つければ、総司は驚くだろう。だが、すぐに気が付くに違いない。今がチャンスなのだと。
 ここから逃げ出せる、彼から逃げられるチャンスなのだと。
 開け放たれた扉から総司は出ていき、そして二度とふり返らない。死んでゆこうとする彼を顧みる事もない。
 それが現実なのだ。
 容赦ない残酷な現実なのだ。
(……総司……!)
 夢の中で、何度も叫んだ。
 愛しい少年の名だけを。
 世界中の誰よりも、守ってやりたかった少年───
 心から愛していた。
 今まで、誰かを愛したことなんかなかったのに、ずっとこうして一人生きてゆくのだと思っていたのに、気がつけば夢中で愛していた。この腕の中で無邪気に笑いかけてくれる総司が、愛しくて愛しくてたまらなかった。
 守ってやりたかった。 
 何があっても、己の命と引き換えにしても。
 いつまでも、この手で守ってやろうと思った、守ってやれると信じていた。なのに……
(愛してるのに、こんなにも俺はおまえを愛してるのに……っ)
 うずくまり、夢の中で泣いた。
 堪えられぬ苦しみに、報われぬ辛さに、彼はいつまでも子供のように泣きつづけていた……。
 

 

 
 覚醒はゆっくりだった。
 少しずつ体に感覚がもどり、視界がはっきりしてくる。
 ぼんやりと目を開いた土方の傍で、声がした。
「……気が付きましたか」
 頭をめぐらせると、山口が立っていた。ようやく気が付いた彼に安堵の表情をうかべていた。
 自分の部屋らしく見慣れた光景が目に映る。今は夜らしく、窓ガラスの向こうに銀色の月が見えた。
 小さく吐息をもらした。
「俺は……助かったのか」
「ご覧のとおりね。しかし、いったい何があったんです」
「エレベーターの中でいきなり刺された。内部の奴だ」
「じゃあ、まさか……」
「いや、おそらく平間がらみだろう。あいつとつるんでるの何度か見たからな。けっこうしつこい」
「原因は総司ですか。なるほど」
 肩をすくめた山口を見上げ、土方は軽く首をかしげてみせた。
「で?」
「何です」
「俺の体、どうなったんだ」
「それだけ、しっかり話せるならわかるでしょう? まぁ、七針ほど縫いましたが、内臓は傷ついてないので大丈夫だそうですよ。もっとも、あのまま放っておけば、出血多量で死んでいたでしょうがね」
「おまえが助けてくれたのか」
「いいえ、総司ですよ」
 そう答えた山口に、土方は驚いた。その目が軽く見開かれる。
「……まさか」
「嘘でも冗談でもありせんよ」
 山口は何を思い出したのか、ふと笑みをうかべた。
 それに土方は眉を顰めた。
「何がおかしい」
「いや、嬉しいんですよ。いいもの見させて貰ったなと思って」
「はじめ、何が言いたいんだ」
 苛立った口調になった土方を、山口は眺めた。そしてベッドの脇に立ったまま、ゆっくりと言った。
「おれがここへ着いた時、玄関はもう血の海でした。その中で、おれは見つけたんですよ。気絶したあなたを抱きしめ、『死なないで!』と泣きじゃくっている総司をね」
「………」
「ものすごく取り乱してて、扉が開いてるのに逃げる事なんか考えてもいないようだった。必死にあなたの出血を止めようとして、おれを見るなり、助けてと懇願してきたんです。医者が来た後もあなたの傍を離れなくて、ついさっきまで看護していたのは総司ですよ。あんまり思いつめた様子なので、あのままじゃもたないと思い、休ませたところです。もっとも、あの様子じゃリビングのソファで起きてるでしょうがね」
 山口の言葉に、土方は一瞬だけ目を見開いたが、あとは表情一つ変えなかった。
 伏目がちに視線をおとし、じっと押し黙っている。それにちらりと視線をやり、山口は踵を返した。
「総司にも知らせてきてやりますよ。あなたが気が付いたってね。でないと、いつまでたっても休みそうにないし」
「……はじめ」
 ようやく口を開いた土方に、山口がふり返った。
 それに澄んだ黒い瞳をまっすぐむけ、しっかりとした口調で言った。
「いろいろ面倒かけて、済まなかったな」
「どう致しまして」
 小さく笑ってみせると、山口はそのまま部屋を出て行った。パタンと音をたててドアが閉じられる。
 それを聞きながら、土方は固く目を閉じた。
 のろのろと両手で顔をおおう。
 やがて、吐息のような声がその唇からもれた。
「……総…司……っ」
 愛と不信と喜びの入り混じったその声は、夜の闇に溶けて消えた。
 

 

 
 土方の怪我の回復は早かった。
 彼自身の強靭な体故でもあったが、それは懸命に看護につとめた総司のおかげでもあった。
 数日後、ほぼ完治した土方はさっそくパソコンを開き、様々な遅れを取り戻そうとしていたが、ふと、傍らにいる総司をふり返った。あの怪我から、総司はいつも彼の傍にいるようになったのだ。何を話す訳でもないが、黙って傍にひっそりといてくれた。
「……ありがとう」
 突然の礼の言葉に、総司は驚いたように顔をあげた。
 その綺麗な顔から目をそらしたまま、土方は静かにつづけた。
「おまえのおかげで助かった。本当に感謝してる」
「そんな……たいした事してません。あなたが怪我した時だって、ぼく、泣いてるだけだったし……」
「山口から聞いたよ……心配してくれたんだってな」
「……だって……」
 耳たぶまで赤くしている総司がたまらなく可愛い。
 突き上げるような衝動に堪え切れず、土方は思わず手をのばした。そっと頬にふれ、手のひらで優しく包みこむ。
「土方さん……」
 総司は甘えるように睫毛を瞬かせ、うっとりと彼を見上げた。その潤んだ瞳に吸い寄せられように顔を近づけ、甘く口づけた。重ねた唇を擦り合わせ、そっと吸ってやる。抱き寄せた男の腕の中で、ぴくんっと総司の体が震えた。
 すぐに解放してやった。
 これ以上、怖がらせるような事はしたくなかったのだ。
 くしゃっと髪をかきあげてやってから、手を離した。そのまま仕事を続けようとしたが、インターホンが音をたてた。
 慌てて出た総司が問いかけるような表情でふり返った。相手の名を聞き、肩をすくめた。
「新見か。仕方がない、上がってくるよう言ってくれ」
「はい」
 数分後、新見は平山とともに上がってきた。平山は平間と共に総司を誘拐したうちの一人だ。あの時、平間と同じように舐めるような視線を総司にむけていたのだ。そして、それは今も変わっていなかった。
 新見と土方が話をしてる間、平山は粘っこい目つきで総司を見ていた。
 それが気味悪く、思わず総司は土方の傍に行った。彼の背中に隠れるように身を寄せた。それに気づいた土方がふり返り、前と同じように、そっと腰に腕を回して引き寄せてくれた。
 おずおずと見上げると、優しく耳もとや首筋にキスをあたえられた。
 それは前と同じ行為だった。だが、総司の反応がまったく違っていたのだ。
 一瞬だけ震えたが、すぐ男の腕に身をまかせた。うっとりと吐息をもらし、素直に目を閉じる。なめらかな白い頬を紅潮させ、あまつさえ男の背中に手をまわし迄したのだ。それは、まるで恋人の優しいキスを受けているような行為だった。
 むろん、その反応に土方もすぐ気が付いた。眉を顰め、訝しげに総司の顔を覗きこむ。
「……総司?」
 男の声に、総司は目をあげた。艶かしく潤んだ瞳が男を見つめた。
 土方は黙ったまま、それを見つめ返した。だが、何も言わなかった。総司を腕に抱いたまま、新見との話をつづけた。
 新見と平山が帰った後、土方は玄関のロックを確認してからリビングへ戻ってきた。
 が、入った瞬間、立ち止まる。ぐるりと見回し、眉をひそめた。
「……総司?」
 寝室へでも行ったのかと思った。だが、すぐ気がついた。窓際の裾の長いカーテンがふくらんでいるのだ。
 苦笑し、そちらへ歩み寄ろうとした。とたん、鋭い声が飛んだ。
「来ないで!」
「総司?」
「お願い……こっちに来ないで!」
 カーテンの中で総司は泣いているようだった。うずくまり、泣いている。それを感じ取り、土方はたまらなくなった。
 歩み寄り跪くと、カーテンに手をかけた。
「どうしたんだ、いったい」
「……苦しいの……っ」
 涙声が答えた。
 えっえっと嗚咽をあげ、子供のように泣きじゃくっていた。
「ぼくが……すごく惨めで、どうしようもなくて……本当にどうしたらいいのかわからなくて……っ」
「何かあったのか」
「……何もない。あなたにとっては、どうでもいい事だもの。土方さんはぼくのことなんか無関心だし……どうせいつか捨てる玩具にしか思ってないんだから」
「玩具?」
 土方は眉をひそめた。何の話をしてるのか、さっぱりわからない。
 そんな彼に、総司は泣きながら言いつのった。
「だって……ぼくを殺すのでしょう……っ?」
「え?」
「飽きたら……も、もう飽きられてるだろうけど、あなたはいつかぼくを殺すのでしょう? 今までの愛人みたいに、殺して海に捨てちゃうのでしょう?」
「俺が……おまえを殺す?」
 思わず目を見開いた。驚きのあまり声が掠れてしまう。
「何で、俺がおまえを殺すんだ。いったい、どうしてそんな……」
「……いいんです、構わないから」
 カーテンをより強く引き寄せ、総司は小さな声で言った。微かに手が震えた。
「浚われた時から覚悟してたから、あなたの手で殺されるならいいって思うから。でも……」
「総司?」
「でも、あなたがぼくの事を何とも思ってない事が悲しいんです。辛くてたまらない。一片の感情もなく、ぼくを殺してまたすぐ他の誰かを抱くのかと思ったら、胸の奥が苦しくて息ができなくて……っ」
「………」
 土方は深く息を呑んだ。
 涙声で告げられる総司の言葉を聞いているうちに、ふと思ったのだ。
 もしかして、自分は少しだけ期待していいのだろうか。せめて憎まれてないのだと、思ってもいいのだろうか──?
「総司……顔を見せてくれ」
 思わずカーテンを強く引いた土方に、総司が首をふる気配がした。
「いや、見ないで! 涙でぐちゃぐちゃで、すごくみっともないから」
「みっともないものか。頼むから、総司……」
「……っ」
 総司の力が緩んだ。カーテンに手をかけ、ゆっくりと広げる。丸く広げられた空間の中に、総司が坐りこんでいた。大きな瞳に涙をいっぱいため、彼を見上げている。胸が痛くなるほど可愛らしい様子に、土方は思わず囁いた。
「綺麗だ。泣き顔も可愛いよ、総司……」
「そんなふうに……言わないで」
 総司はまた泣きじゃくった。
「優しいふりしてるだけなのに、ぼくのこと酷くして、ずっと傷つけてきたくせに……っ」
「総司……」
「あなたがぼくなんか、どうでもいいと思ってる事わかってる。何とも思ってない事も……でも、でも……っ」
 不意に総司が両手をのばした。
 身を投げかけるように土方の胸に縋りついてくる。そのまま、ぎゅっとしがみついた。
「それでも、ぼくは……あなたが好きだから! 好きで好きでたまらないから……っ」
「───」
 土方の目が見開かれた。
 呆然と、胸もとにしがみつき泣きじゃくる総司を見下ろしている。
 抱きしめることさえできなかった。突然、叶えられた幸福に、何も考えることができなかった。
 一縷の望みもないと思っていた恋だった。
 憎まれていると、あんな事をした自分が許されるはずがないと、ずっと諦めていたのだ。なのに……!
「……総司……」
 そっと、躊躇いがちに土方は総司の体に両腕をまわした。拒絶されるのではないかという恐れがあったのだ。だが、腕の中の少年は素直に身をゆだねてきた。その体を優しく抱き寄せる。
「ごめん…なさい……」
 腕の中で総司がすすり泣いた。
 それに土方は眉をひそめた。
「何を謝るんだ」
「だって……ただの玩具としか思われてないのに、こんな事言って……せっかく少しうまくいきかけてたのに、愛人でもいいから傍にいさせて欲しかったのに、我慢できなくて……っ」
「おまえ、何を言ってる!」
 思わず乱暴に土方は総司の細い肩を掴んだ。それを怒ったと解釈したのか、総司はびくりと体を竦ませた。
 慌てて後ずさり、壁に背をつけた。
 大粒の涙がぽろぽろこぼれた。
「ごめんなさい……っ」
「総司」
「あ、あなたを好きになって……ごめんなさい……!」
「総司、謝るなっ」
 きつい口調で言ってしまい、怯えた表情の総司に舌打ちした。ため息をつくと、土方はゆるく首をふった。
「謝るべきなのは、俺の方だろう。さんざん、おまえに酷い事をしてきたんだからな」
「土方さん……」
「俺はおまえに酷い事ばかりした。あんなに優しくしたくせに、それを否定して、ここに監禁しておまえを犯して……本当に最低な男だった」
「………」
「だが、総司……これだけはわかってくれ」
 土方は黒い瞳でまっすぐ総司を見つめた。真摯な想いをこめた声音ではっきりと言った。
「俺はおまえを玩具だなんて思った事ない。どうでもいいなんて、そんな事思うものか。俺はずっと、おまえの事ばかり考えていた。おまえを……」
 一瞬、土方は躊躇った。だが、すぐ静かな声で告げた。
「おまえを……愛しているんだ」
「……え」
 総司はぼんやりと土方を見上げた。
(……今、何て言ったの……?)
「愛してる、おまえだけを愛してる。こんなにも誰かを好きになったは初めてだ」
 真剣な口調で告げてくる土方に、総司は息を呑んだ。
 彼の言葉を理解した瞬間、体中がかぁっと熱くなった。頬から耳たぶまで真っ赤になってしまう。
 呆然としたまま、ゆるゆると首をふった。
「う…そ……」
「嘘じゃない、俺は本気だ。おまえを愛したかった、優しくしてやりたかった。だが、おまえはここに連れて来られた時、絶望して死のうとしていた。だから、俺を憎むことで殺意を抱く事で、少しでも生きてくれればと思ったんだ」
 驚いた表情で彼を見ている総司に、土方は悪戯っぽく笑ってみせた。
「今でも俺が憎いか? 殺してやりたいと思ってるか?」
「……っ」
 思わず激しく首をふった総司に、土方は手をさしのべた。
 そして、優しい声で囁いた。
「おいで……総司」
「あ……」
 総司は思わず身を起こした。
 まだ信じられないけど。この人がぼくを愛してくれてたなんて、夢としか思えないけど。
 でも、この人を愛してるから。
 彼が今、生きている。あの黒い瞳が自分を映し、彼の声が囁き、その手が抱きしめてくれる。
 どこか遠くへ消えてしまわず、今、ちゃんとここで生きて呼吸してくれている。
 それを感じられるだけで、たまらないほど幸せになれる自分を、知ってしまったから。
 何もかも捨ててもいい程、この人を愛してる自分がそこにいたから───
「土方さん……」
 あと少しという所で、不意に男の手が総司の腕を掴んだ。あっと思った瞬間、強引に引き寄せられ、きつく息もとまるほど抱きしめられた。
「……総司、愛してる」
 男の囁きに、総司は頬を紅潮させた。
「ぼくも……あなたを愛してます」
 優しい男の腕の中で、総司は甘えるようにその肩口へ頭を凭せかけた。
 あの頃もこうして抱きしめられた。鼓動、彼の体温も匂いも何もかも同じだった。ようやく取り戻せた大切な居場所だった。
 そっと頬がすくいあげられ、唇が重ねられた。
 甘く優しいキス。
 総司は素直に目を閉じ、男の首を細い両腕でかき抱いた。何度も唇を重ねあい、キスを求める。
 それを、土方は静かな瞳で見下ろした。
「………」
 この時。
 総司は何も知らなかったのだ。
 今、こうして愛を囁き自分を抱きしめている土方が、ある決意をしていたことを。
 それが、ふたりの別れへのカウントダウンだったことも。
 気づくはずもなくて───
「……土方さん……愛してます」
 ようやく叶えられた恋に、総司は幸せだった。他の何も見えていなかった。
 この先に待つ最悪な結末など知る由もなく、そっと目を閉じたのだった……。













[あとがき]
 長くてすみませんでした。えーと、急展開してませんね。そこまでいきつけませんでした。すみません。ようやく成就したけど、含みありって奴です。次はもう前半、らぶらぶの新婚状態です。やっと急展開もするはずですし。頑張って書きますので、また読んで頂けると嬉しいです。


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