しばらくの間、土方は茫然と総司を見下ろしていた。
が、不意に我に返り、ふっと目をそらせた。きつく唇を噛みしめる。
その背に平山が声をかけた。
「それで……どう始末しましょう」
「………」
土方は押し黙ったままだった。それに平山が言葉を続けた。
「さっき言ってたんですが、面倒なんでバラしちまおうかと。死体は海の沖の方で捨ててやれば始末できますし」
びくりと土方の肩が震えた。
平山の言葉に反応したのではない。総司が顔をあげたのを感じたのだ。頬に鋭い視線を痛いほど感じた。
ぎりっと手のひらに爪を食い込ませた。
「……そうだな」
できるだけ感情をあらわさぬよう、低い声で言った。
「バラして海に捨てちまうか。それがいいかもしれねぇな」
その言葉に、総司が息を呑むのを感じた。信じられない、そんな顔できっと見ているのだろう。
あの綺麗に澄んだ瞳で。
「だが……」
ゆっくりと両腕を組んだ。
「ちょっと惜しいな。女でもこれだけの上玉はいねぇだろ」
「確かに。それで、その、バラす前にオレたちで姦してやろうかと……」
下卑た声で平山が言ったとたん、土方の形のいい眉が顰められた。
振り返り、彼らを底光りする目で見下ろした。
「駄目だ」
「え、でも……」
「こいつは俺がもらう。今日から、これは俺のものだ」
「そんな、隼人さんなら幾らでも他に……!」
不服をあらわそうとした平間に、土方は酷薄な笑みをうかべた。
「俺に逆らうのか?」
「……いえ」
口ごもった彼らを侮蔑するように一瞥してから、土方はあらためて総司に歩み寄った。
荒々しくその細い腕を掴んで立ち上がらせる。
「来い」
「……っ」
一瞬、総司が縋るような目で彼を見た。だが、それを土方は無視した。
これから自分が総司にする仕打ちを考えると、その場で何もかもぶち壊してしまいたい衝動にかられた。だが、そんな事できるはずがなかった。
(……畜生……っ)
心の奥底で己を罵ると、土方は総司を引きずるようにして歩き出した。
……隼人?
総司は目を見開いた。
だったら、この人は彼じゃないのか。
でも……なら、どうして自分を見て驚いたの? やっぱり、この人は「土方さん」なのだろうか。
廊下を引きずられてゆきながら、総司は男の顔を見上げた。
男らしく精悍な、けれど綺麗に整った顔。その黒髪も黒い瞳も、今、自分の腕を掴んでいるしなやかな指さきまで、何もかもが彼だった。まぎれもなく、総司のだい好きな人のものだった。
なのに。
「……土方さん」
小さく呼びかけた総司を、土方は冷ややかな瞳で見下ろした。それに息を呑む。今まで、こんな目を彼にむけられた事はなかったのだ。
「俺は隼人だ」
それだけ言い捨てると、土方は乱暴に総司をある部屋に放り込んだ。
広い部屋だった。屋敷自体と同じで、豪奢だが上品な感じは全くなかった。真ん中に大きなベッドが置かれてある事から、寝室なのだとわかる。
そのベッドの上に総司を坐らせると、土方は隅の洗面でコップに水をいれ、チェストから何かを取り出した。歩み寄ってくると、それを差し出した。
「これを飲め」
「……手を縛れてるのに飲めません」
「俺が飲ませてやるよ」
錠剤を唇に含ませようとしてくる土方から、総司は顔を背けた。
「いやです、毒なのでしょう」
「ばか、そんなんじゃねぇから、さっさと飲め。おまえのためだ」
苛立ったように言う彼を、総司は大きな瞳で睨みつけた。それに土方は嘆息すると、不意に錠剤を口に含んだ。ベッドに右膝だけつき、総司の頬を両手ではさみこむ。
「! ん……っ」
総司の目が見開かれた。いきなり土方が唇を重ねてきたのだ。閉じようとする総司の唇に舌を割りいれ、錠剤を落としこんでくる。喉奥に落ちたのを確かめると、いったん身を起こし今度は水を含んだ。
「やっ、自分で飲む……っ」
言いかけた言葉は口づけに阻まれた。口移しに水を飲まされ、ごくりと総司の喉が水を嚥下する。それとともに錠剤も落ちてゆくのを感じた。
だが、それで口づけが終わった訳ではなかった。
土方は総司の後ろ髪を掴んで押さえつけ、激しく唇を重ねてくる。
「ん……ぅ…んぅ……っ」
いやいやと首をふったが、土方はまるで構わなかった。男の熱い舌が深く口内を侵す。逃げようとする舌を絡めて吸い上げ、総司の歯ぐきを淫らに舐めあげた。
濃厚な口づけだった。まるで相手を酔わせるためのようなキスだった。
「ぅ…ふ……ぅっ……んん……っ」
背中に腕を回され、ゆっくりとベッドの上に横たえられた。
そのまま何度も角度をかえて口づけてくる。総司はもう抵抗できなかった。ようやく口づけから解放された後も、茫然と男を見上げている。
土方は総司の戒めを解いてくれた。が、それは優しさではなかった。
ほっと息をついたとたん、冷ややかな声が降ってきたのだ。
「今日から、おまえは俺のものだ」
大きく目を見開いた総司に、土方は酷薄な笑みを唇に刻んだ。
「生きのびたかったら、愛人の立場を受けいれるんだな。逃げようなんて考えるんじゃねぇぞ」
「愛人……どうして……っ」
「おまえがドジふんで、こんな所に来ちまったからだろうが」
蔑むような口調で言い捨て、土方は総司の服に手をかけた。纏っていた白いコートを脱がせ、そして、シャツのボタンを一つ一つ外し始める。
それに総司は困惑した。
「な……に、何を……?」
「抱くんだよ、おまえを」
「え、え……だって、ぼく、男なのに……」
「さっき言ったの聞いてなかったのか? おまえほどの上玉は女でもいやしねぇよ」
そう言った男を、総司は茫然と見上げた。
本当に、この人は「彼」なのだろうか。まるで別人だ。
「ひじか……」
「隼人だ。ついさっき、そう言っただろうが。何度も言わせんじゃねぇ」
ぴしゃりと言い、土方は身をかがめた。総司の首筋に顔をうずめてくる。唇が白い首筋から耳元、鎖骨に押し当てられた。熱く柔らかな感触が肌にふれ、甘く吸い上げられる。総司はぴくっと体を震わせた。
それに、くすっと笑い、土方は両手のひらで胸もとから脇腹、腰のラインを撫でおろした。
「いい感度だ。それに、おまえ綺麗な肌してるな。男妾にはおあつらえ向きのいい体してるよ」
「!」
総司は瞬間、土方の胸に両腕を突っぱねていた。
この人は違う。
絶対に別人だ。
あの優しい人がこんな酷いことを言うはずがない。
「い…やだ……放して!」
「何を言ってる。おまえは俺のものだ、拒絶する権利なんかねぇんだよ」
「いやだ! 放して……放せっ! いやだぁ!」
狂ったように暴れ出した総司に、土方は舌うちした。剥ぎ取ったシャツで総司の両手首を一纏めに括ると、それをベッドボードの柵に繋いでしまう。
「なっ……こんな……っ」
「……おとなしくなったら、外してやるよ」
そう呟き、土方は再び総司の体におおいかぶさった。男の唇が、男の手が、総司の体にふれてくる。
それを感じながら、総司は唇を噛みしめた。
絶対に声を出すものかと思ったのだ。それがせめてもの抵抗だった。
だが、それは長く続かなかった。
「……っ……」
土方は総司の可愛い胸の尖りを、ねっとりと舌で舐めあげた。唇に含み、優しく舌で転がしてやる。そうしながら片方の尖りも爪で擦りあげた。
「ぁ……っ………っ」
思わず総司の唇から喘ぎがもれた。もちろん、そんなところを触られたのは初めてだ。だが、驚くほど気持ちよかった。じわじわと甘い痺れがひろがってゆく。
「乳首のあたりの皮膚は弱いからな……よく感じるだろう?」
くっくっと笑いながら、土方は尖りを弄りつづけた。それに唇を噛んだまま首をふる。
右の尖りが真っ赤に熟れたように濡れそぼったのを確かめると、すぐに左の尖りを唇に含んだ。唇に含んだまま、ゆっくりと舌で尖りを捏ねるように舐めまわしてやる。
「ん…んん……っ……ぁ……あ……」
今まで知らなかった。そんなところで感じる自分が信じられなかった。
土方は尖りを舐めまわしながら、両手を体のラインにそって撫でおろした。柔らかく腰骨辺りを撫でさする。とたん、ぴくっと総司が震えた。それに小さく笑い、そこだけ執拗に撫でる。
「や…ん、そこ…ぁ……っ」
「そそるな。いい声してるよ、おまえ」
揶揄するように呟いた男を、総司は大きな瞳で睨みつけた。が、次の瞬間、悲鳴をあげそうになる。
不意に彼が総司のジーンズを下着ごと引き下ろそうとしたのだ。
「い、いやっ! やめてっ……」
「いい加減、観念しろって」
かるく肩をすくめただけで、土方はさっさと引き抜いてしまった。すらりとのびた白い下肢を露にされ、総司は羞恥に気を失いそうな気がした。
(こんな……こんなの酷い……)
「うんといい思いさせてやる」
土方はそう囁き、ゆっくりと総司のものを手のひらで包みこんだ。柔らかく指さきを動かし始める。
「あっ……!」
総司は顔を真っ赤にし、身を捩った。そんなこと他人にされるのは初めてなのだ。
嫌がる気持ちをよそに、男の手の中で総司のものは固くたち上がる。男のしなやかな指さき根元から先っぽを撫であげ、やがて軽く上下に擦りあげ始めた。とたん、総司の腰がびくっと震える。
「あっ…ぁあっ……や、あぁっ……!」
「嫌じゃねぇだろ」
「いや…だ、こんな……ぁあっ、は…ぁあ……っ」
総司は必死に首をふり、突き上げてくる快感を堪えようとした。だが、男の手は優しく動き、総司のものをどんどん追い上げてゆく。先っぽに親指を食い込ませたまま、全体を激しく擦り上げられた時にはもう、総司は体をのせぞらせ泣きじゃくるばかりだった。
「あぁっ……んんっ…あ……い、いっちゃうっ……あぁっ……」
「いけよ、このままいっちまえ」
「あっ、あっ、ああっ……い、いくぅ……っ!」
ぐっと総司の腰が浮いた瞬間、土方の手の中に白い蜜が飛び散っていた。
熱い喘ぎが総司の唇からもれていた。
どうしても無意識のうちに腰が揺れてしまう。もう、いったい何度放たれたのかわからないほど、総司は無理やり達せられていた。体中が熱く、意識が朦朧としてくる。彼の手管の上手さもあったが、これはどう考えても人工的なものが作用していた。
「さっ…きの、薬っ……」
「やっと効いてきたか」
土方は総司の小さな蕾に挿入した二本の指を抜き差ししながら、片頬だけで笑ってみせた。
「察しの通り、あれは催淫剤だ。副作用はねぇから、心配するな」
「そんな…の…っ……ひ…あ……っ」
「おまえのためだと言っただろ。飲んどかねぇと、これから俺にされることに耐えられるはずがねぇからな」
「何……ぁ、ぁあ…ん……んん……っ」
「もっともこれだけ感度がよけりゃ、かなり楽かもしれねぇが……さぁ、そろそろいいか」
何度もクリームを塗りこまれたせいで、総司の蕾はもうヌルヌルに濡れていた。そのクリームにも媚薬が混じってるため、総司は体を痺れさせる熱に戸惑い、震えていた。
「いや……な、に……怖いっ……」
涙目でふるふると首をふった総司に、土方は一瞬きつく唇を噛みしめた。身をかがめ、耳もとに唇を押しあてると低く囁く。
「全部俺にまかせてろ……優しくしてやるから」
「……?」
ぼんやり見上げると、切ない瞳で自分を見つめる土方がいた。そっと頬を指さきで撫でられる感触に、既視感をおぼえる。
(やっぱり……この人は土方さん……?)
縋るように見上げた総司から、土方は目をそらせた。総司の体の上で身を起こし、手早く自分がつけていた衣服を脱ぎ捨て始める。黒いシャツにブラックジーンズ、下着を床に落とした土方の裸身は、まるで美しく強靭な獣のようだった。しなやかだが、引き締まった逞しい体。その彼の体が再び総司の上におおいかぶさってきた時、我に返った。はっと体を強張らせる。
「やめ…て! いやっ、いやぁっ」
「今更、ふざけんじゃねぇよ」
荒々しい口調で言い捨て、土方は総司の両膝を抱え込んだ。胸につけさせてから大きく左右に押し広げる。あんまりな格好に、総司は泣きじゃくった。
「こん…な、いや、いやだ……」
「もっと嫌なことを、これからされるのさ」
低く呟き、土方は総司の蕾に己の猛ったものを押しあてた。びくっと総司が目を見開く。
熱い感触が恥ずかしい部分にふれていた。それは徐々に中へ埋め込まれようとしている。
「ひっ……」
息を呑んだ総司を、土方は見下ろした。低い声で命じる。
「力を抜け! 怪我しちまうぞ」
「やっ……やっ、い…やあっ……怖いぃ……っ!」
「おまえのためだ、そんなに力を入れるんじゃねぇ」
土方は先端だけ蕾に含ませたまま、必死に息を整えようとした。思わず眉を顰める。とんでもなく狭いのだ、痛いほどだった。
が、絶対に傷つけたくない。できるだけ優しくしてやりたかった。
「……っ」
総司は目を見開いた。土方が身をかがめ、胸や首筋に柔らかく口づけ始めたのだ。まるで花びらを降らすような、優しい口づけだった。総司の体の強張りがとけるまで口づけてくれる、何度も何度も。
「……ぁ…あ……は…あぁ……っ」
思わず総司は息を吐いた。その瞬間だった。
ゆっくりと土方が腰を沈めた。もの凄い重量感と圧迫感が腰奥を満たす。
「ああ……っ!」
鋭い悲鳴をあげ、総司は仰け反った。
男を知らなかった蕾に、彼の熱い猛りが差し込まれてくる。異様な感覚だった。痛さは僅かにあるが、それよりも息苦しいほどの熱さが背筋を突き抜けてくる。総司は激しく喘ぎながら首をふった。
「あっ、あっ、ああっ……やっ…ああぁ……っ!」
そんな総司を見下ろしながら、土方は慎重に腰を進めた。何とか全部受け入れさせると、また首筋や胸に口づけてやる。総司の表情に苦痛の色がないのを確かめてから、ゆっくりと腰を動かし始めた。
浅く深く抜き差しをくり返してゆく。たちまち総司は甘い快感に泣き始めた。
何しろ、とろとろになるまで蕾を愛撫され、催淫剤まで飲まされているのだ。敏感な少年の体が初めての快感に抵抗できるはずもなかった。
「ああっ、は…あぁっ……ああぁっ、ん、んぅっ……!」
「いいか? ここ……おまえのイイとこだろ?」
「やっ! あっ……やぁっ! あっ、あっ、ぅ、ぅ…あう──」
総司の唇の端から唾液が零れ落ちた。固く目をつぶり、男に与えられる快感だけを追い求めている。
執拗なほど、土方は総司の感じる部分だけを擦りあげた。己のものの出っ張り部分で激しく擦りあげてやると、総司は体を突っ張らせて泣きじゃくった。
「は…あぁ、ああっ……ぅ、あぅっ…ぁああっ……!」
「いい声だ、もっと泣けよ……なぁ」
「あ…んっ!……あぁっ…あぁあっ……は…あぁっ……」
土方は腰で揺さぶりをかけながら、総司のものを手のひらでぎゅっと握り締めてやった。びくんっと総司の腰が揺れる。その素直な反応が可愛かった。
薄く笑い、ゆっくりと総司のものを指で愛撫してやる。たちまち、総司の唇から嬌声がもれた。
「あぁあっ……い、やぁっ……さわらないで…ひ…あぁっ……!」
「触って欲しかったんだろ? ほら……もう、いっちまったぜ」
手を白い蜜で汚しながら、土方はくっくと喉奥で笑った。それに総司はすすり泣く。が、すぐ腰奥に男のものを鋭く突きたてられ、悲鳴をあげた。腰奥から背筋までゾクゾクするほど強烈な快感美が貫く。
「ぅ、ぁあ…あっ……ぁあ…っ、こん、な……あぁっ」
「いいって言えよ。もっとって泣いてみろ」
土方は自分が犯している獲物を見下ろし、残酷に命じた。それに総司は泣きながら首をふる。
「や…だ…っ……ぁあっ……よく、なんてないっ……ひ…あぁっ!」
「こんなに乱れといて、よく言うぜ」
くすっと笑い、土方は総司のものの根元を親指で強く押さえ込んだ。そのままで、激しく腰を前後に動かし始める。
「い…やぁ……っ!」
何度も何度もイイところを突き上げられる。熱い目も眩むような快感が総司の体を痺れさせた。だが。前のものは絶対に解放してもらえないのだ。
「やぁっ!……許し、てぇっ……ひいっ……ひっ、ひいぃっ……!」
「ほら、言えよ。いい、もっとって。そうすりゃイカせてやる」
「ぅ…は…ああっ! ひ…ぃい……い、いいっ……」
「もっと大声でだ」
「い……いいっ! ああっ……ああっ、もっと……もっ…とぉっ……!」
とうとう泣き叫んだ総司に、土方は満足そうに笑った。
「いい子だな……」
指を放してやると、総司は一気に達してしまった。白い蜜をまき散らしながら、泣きじゃくっている。もう何が何だかわからなくなってきたようだった。手首を拘束していたシャツを解いてやると、両腕を男の体にまわし必死にしがみついてくる。
(……総司)
優しく抱き寄せると、土方は深く繋がったまま唇を重ねた。総司も懸命に応えてくる。
それが可愛かった。愛しくて愛しくて、もう二度と放したくなかった。
こんな形での交わりなど、決して望んではいなかったけれど。
だが、確かに今、彼の腕の中には愛しい少年がいた。自分が今、抱いているのはあの総司なのだ。
「……っ」
声にならぬ言葉を囁くと、土方は総司を再び組み敷いた。
そして、その熱くしなやかな体に溺れていった。
「……今回は、随分執心のようだな」
そう皮肉な口調で言われ、土方はかるく唇を歪めた。
外はもう夜だった。
あれから、いったい何度、総司の中で達したのか自分でもわからぬほど夢中になって抱いてしまった。最愛の者を前に自制がきかなかった己に苦笑しながらシャワーをあび、失神してしまった総司の体も綺麗に清めてから、コートで包みこみ連れ出した。
車に乗せようとしたところで、砂利を踏む音に気づいてふり返ると、芹沢が立っていたのだ。
「屋敷中に、その子供のよがり泣く声が響いていたぞ」
「あんたが言ったんだろうが」
土方は薄く笑った。
「俺のものにしたけりゃ、すぐその場で抱けと。声を聞かせりゃ他の連中はもう手を出せねぇ……まぁ、確かにそうだろうが、あんたの好みそうな事だよ」
「………」
「うざってぇくらい、悪趣味だな」
嘲りに満ちた口調で言い放った土方に、芹沢の傍にいた新見が顔色を変えた。前に踏み出す。
「何だと、この野郎……っ」
が、すぐさま鋭く息を呑んだ。総司の体を左腕に抱えた土方の右手には、拳銃が鈍く光っていたのだ。音をたてて安全装置を外しながら、唇の端をつりあげてみせる。
「やるか?」
口元は笑っているが、その切れの長い目はぞっとするほど冷たかった。
それに芹沢は満足そうに笑った。
「その目だ」
「………」
「おまえは死神のような目をしておる。だから、わしはおまえを手放さんのだ……新見、おまえのかなう相手ではない、ひけ」
すごすごと去る新見を一瞥もせぬまま、土方は銃をしまった。
車のドアを開けると、総司の体を助手席にそっと下ろした。運転席にまわろうとする土方に、芹沢が声をかける。
「わかっているだろうな。明日、決行だぞ」
「まだ早いと言ってるだろうが」
「とにかく、明朝、こっちへ来い。話し合いだ」
土方は肩をすくめ、運転席にしなやかな体を滑り込ませた。キーを差し込むと、低いエンジン音が辺りの空気を震わせる。
屋敷の門から走り出た車は、都会の闇の中へと消え去っていった。
少し疲れたような声が電話越しに響いた。
「……で? 確かに無事なんだろうな」
それに土方はあちこちの書類をめくりながら頷いた。
彼の部屋だった。鳶色の板張り床が美しい広いリビングで、土方は電話をしていた。大きな窓ガラスの向こうには眩い程の夜景が見下ろせる。35階建の高層マンションの最上階。視線を遮る物などなかった。
「あぁ、何とかな。精神的にはぼろぼろだと思うが」
「どういう意味だ。まさか、おまえ……」
「あいつを抱いたよ。それがどうかしたのか」
平然と口調で答えた土方は、電話越しに怒鳴られた。
「馬鹿っ! 抱いたというより、強姦したんだろうが。おまえ、マジで帰れなくなるぞっ」
「仕方ねぇだろ」
ちょっと拗ねたような口調で土方は答えた。
「俺のものにするって言わねぇと、あいつは殺されてたんだ。それに……すぐ抱かねぇと駄目だった。あいつを極上の獲物として狙ってる連中に見せつけるためにもな」
「今が大事な時なんだ」
諭すように声が響いた。
「行動を慎めよ。その子とは巡り合わせが悪かったと思って、早めに手放してしまえ」
「そんなすぐには無理だ。それに……俺自身が手放したくねぇ」
「歳! おまえ、命とりになっても知らんぞ」
激した親友の声に、土方はくっくっと喉を鳴らして笑った。
「その時は、あんたが骨を拾ってくれよな」
「おい、歳、ちょっ……」
まだ何か言いたそうな電話を強引に切った。
土方はため息をもらし、寝室のドアを見つめた。あのドアの向こうには、総司が眠っている。
信頼していた彼に裏切られ犯され、深く傷ついた総司が。
やっと少しずつ心を開いてくれるようになっていたのに。
今まで誰も愛したことのなかった自分が、初めて愛しいと思った存在だったのに。
公園で初めて逢った時から、不思議なほど惹かれていた。優しく笑ってみせるくせに、どこか殻の中に閉じこもったような固い心を開かせたいと思った。
その綺麗な瞳に映る自分が嬉しかった。
自分でもどうしてこんなにと思うほど惹かれてゆき、気がつけばもう無我夢中で愛していたのだ。
何もかもが愛しかった……。
あの綺麗な瞳も、自分の名を呼んでくれる甘く澄んだ声も、桜色の唇も。
一度だけ、強引に手をつないだ時、驚いた顔で彼を見上げ、それから頬をバラ色に染めていた総司。その細い指が手を握り返してくれた瞬間、嬉しさのあまり体中が熱く火照った。
信じられないほどの幸福感だった。
こんなにも愛しいものと過ごす日々は輝いているのか。夢のようなのか。
ありえないのに、許されるはずがなかったのに。そんな日々がいつまでもつづくと信じていたのだ。
今日の昼間、あの屋敷で囚われていた総司に逢うまでは───
「………」
土方はテーブルに肘をついて寄りかかり、目を閉じた。
明日の朝、総司はどんな瞳で俺を見るのだろう。
もう……笑いかけてもらえない。
あの綺麗な笑顔も。
あの優しい瞳も。
二度と俺にはむけられない。
その代わりに向けられるだろう憎しみと殺意が痛かった。怖いほどだった。
だが、もう引き返す事はできないのだ。
「……壊しちまったのは、俺自身だ」
土方は目を開くと、しなやかに身を起こした。ばさっと音をたてて放り出してあったコートを拾い上げ、部屋を出て行く。
静かに閉じられた部屋の中に、夜の闇が落ちた。
ゆっくりと目を開いた。
見覚えのない天井を、ぼんやりした意識のまま見上げる。
いつのまにかベッドに寝かされていた。綺麗な白いシーツが肌に擦れる。
カーテンの隙間から射し込む朝の光を眺めていた総司は、はっと我に返った。
「あ、早く起きなきゃ! タロウの散歩……っ」
慌てて身を起こしかけたとたん、腰奥をずきんっと鈍い痛みが貫いた。思わずベッドにうずくまってしまう。
「な……に、これ……っ」
腿の間を生温かいものが流れていた。それに手をやり、粘ついた白いものに目を見張る。
次の瞬間、昨日の出来事が一気に蘇った。
「あ……っ!」
銀行強盗に浚われたこと。テロリストの集団、黒手団の屋敷へ連れこまれたこと。
そこで一人の男と出逢い、彼に犯されて。
その、自分を陵辱した酷い男は、彼は───
「……土方、さん……っ」
嘘だと思いたかった。昨日あったことがみんな、嘘であって欲しかった。
だが、ここが見知らぬ部屋であること、自分の体に残された彼の痕跡が、何もかも事実であったことを物語っていた。
「土方さん……土方、さん……っ」
総司はうずくまったまま、ぽろぽろと大粒の涙をこぼした。
生まれて初めて恋した人だった。
いつも一緒にいてくれた。こんな男の子といていいの?と聞いた自分に笑って、楽しいから一緒にいるのだと答えてくれた人。
自分の傷を知っても、優しく抱きしめてくれた。
俺が傍にいるから逃げるなと、心の奥底で求めていた言葉をくれた人。
まるで、萎れていた花が水をあたられ、瑞々しく咲きこぼれるように、彼の言葉は、彼の行為は、総司の心を開かせ鮮やかに息づかせていったのだ。
優しい彼が好きだった。彼といられる一瞬一瞬が大切な宝物だった。
だが、そんな夢の時間は終わったのだ。
すべては昨日、あんなにもだい好きだった彼の手で無残にも壊されてしまったのだ。
今まで過ごした二人の時間こそが偽りだったと、そう思い知らせるように。
「……っ」
ぎゅっと固く目を閉じた時、寝室の扉が開いた。
土方かと思ったが、それはあの公園で彼といた若者だった。確か、彼がはじめと呼んでいた。
「あなたは……」
慌てて涙を拭いながら問いかけた総司に、若者は無愛想に頷いた。
「おれは山口だ。あの公園で逢ったこと、覚えてるか」
「はい」
「なら、よかった。とりあえず、あの人に頼まれて服をもってきた。隼人さんが選んだ物だから、文句があってもおれには言わないでくれ」
ばさっとベッドの上に服が投げられた。
どれも質のよい高そうなものばかりだ。何回か彼と買い物もしてるので、総司の好みは知られている。当然のことながら、どれも総司の好みどおりのシンプルで柔らかな雰囲気のものばかりだった。
だが、総司はそれをベッドから乱暴に払い落とした。
「あの人が選んだものなんて、着たくありません!」
中には、先週、彼と逢った時、総司が欲しがっていたセーターもあった。あるブランドショップで見つけ、一目で気に入ってしまったものだった。だが、ピュアカシミアのそれはとんでもない値段がついていた。買ってやると言ってくれた土方に、総司は首をふった。バイト代をためて買いますと答えたのだ。
なのに、それが今ここにあるという事は、やはり、あの男は土方なのだ。
優しく笑いかけて心を開かせて。何も知らない総司が彼に夢中になったとたん、その信頼も愛もすべて裏切り、目の前で叩き壊してみせた残酷な男───
「だが、その格好では困るだろう」
山口は淡々とした口調で言った。身をかがめ、床に落ちた服を拾い上げる。
「おまえが今着ているのは、隼人さんのシャツだぞ。その方が嫌じゃないのか」
「えっ」
慌てて見下ろすと、総司は男物の白いシャツを着せられていた。華奢な少年の体にはかなり大きく、袖口が何度か丁寧に折られてある。
(これも、土方さんがしてくれたの……?)
気絶した自分にシャツを着せ、シャツの袖口を折っている彼を想像したとたん、かっと頬が熱くなった。が、それをふり払うように首をふると、総司は山口を懇願するように見つめた。
「お願いです、ぼくを帰らせてください。ここから逃がして」
山口は肩をすくめた。
「悪いが、それはできない。おまえは隼人さんの愛人になったんだ。ここから逃げることは許されない」
「そんな……まるで誘拐、監禁じゃないですか! こんなの犯罪でしょうっ?」
「確かに犯罪だ。だが、テロリストであるおれたちに、そんなことを説くほうが間違ってると思わないか。ここでは世間のそれとは違う掟ですべてが動いているんだ。こんな所へ来てしまった以上、諦めてもらう他ない」
そう答えてから、山口は念押しするように言葉をつづけた。
「いいか? 逃げようなんて思っても無理だからな。ここは35階の超高層マンションの最上階だ。唯一の出入り口である玄関の鍵は、外内両側とも暗証番号なしで開けることはできない。それも複雑なものの上に、三日毎にあの人は番号を変えるんだ。逃げ出すのはまず無理と思ったほうがいい」
「そん……な……」
呆然としている総司に、山口は歩み寄ってきた。
「風呂に入るか? 昨日ので体が気持ち悪いだろ」
「………」
「あぁ、体が重くて動けないのか」
そう言うなり、山口は身をかがめた。総司が驚く間もなく、ひょいっと両腕に抱き上げてしまう。
思わず叫んだ。
「下ろして下さい!」
「へぇ」
山口はかるく目を見開いた。
「おまえ、めちゃくちゃ軽いんだな。まるで女の子みたいだ」
「いや、こんな……下ろして!」
そう身を捩った時だった。
カタンと扉が鳴り、低い声が二人の後ろからかけられた。
「……何をしている」
驚いてふり返ると、そこには土方が立っていた。外出先から帰ってきたばかりなのか、コートを纏っている。それも総司といつも会う時に着ていた白いカジュアルなものと違い、真っ黒な裾の長いコートだった。よく似合ってはいるが、あの日々が偽りを装っていたのものだと言われているようで、悲しく淋しい。
「───」
顔をそむけた総司の体を抱いたまま、山口が小さく笑った。鋭い目で見据えている土方に歩み寄る。
「隼人さんのせいで歩けないそうですよ。今から風呂にいれてやろうと思ってたんだ。ほら、お返しします」
土方の腕に総司の体がそっとうつされた。だが、彼にふれられた瞬間、総司はびくりと体を竦ませた。その綺麗な顔も青褪めている。
それを見下ろす土方に一礼すると、山口はさっさと出て行った。重い沈黙が落ちた。
「………」
やがて、土方は深く嘆息した。かるく総司の体を抱え直してから訊ねた。
「風呂に入るか。汚れ、流したほうがいいだろう」
そう言うなり、総司の返事も待たず歩き出した。バスルームに入って、広いバスタブの床に坐らせると、シャワーを手元で調整しやすいようにして湯加減も見てくれる。シャンプーやスポンジを渡してから、土方は静かな声で言った。
「そのシャツはその辺の脱ぎ捨てておけ。新しい服はもってきてやるから、出る時はここのボタンを押すんだ。わかったな」
黙ったまま俯いている総司に一方的に言うと、土方はバスルームを出て行った。
扉が閉まり、彼の気配が遠ざかったとたん、総司の体から力が抜けた。また昨日のような事をされるのではないかと恐れていたのだ。確かに苦痛はまったくなかったが、だからといって許される行為ではなかった。あれは明らかに凌辱だったのだ。
だが、彼の愛人でいる限り、あの行為は繰り返されるのだろう。当然のように、彼はまた求めてくるに違いない。それから逃げる術はもうないのだ。山口の話から考えても、彼から逃げることは出来そうにない。
(逃げられない……? ううん……一つだけある。土方さんから逃げる方法が一つだけ……)
総司はぼんやりとした表情でバスルームの中を見回した。目的のものを見つけた瞬間、その目が鋭い光を帯びた。
のろのろと手をのばし、その剃刀を掴みとる。
もう何度もした行為だ。ちっとも怖くなかった。いや、それどころか、今度ほど死にたいと思ったことはなかった。
やっと訪れた幸せだったのに。
もう一人じゃない、生きてゆける。この優しい人の傍で。
そう信じていたのに、そう心から願っていたのに……。
刃を手首に押し当てる。その時だった。
「いいさ、死にたいなら勝手にしろよ」
嘲るような声がバスルームに響いた。驚いて見ると、いつのまにか入り口の扉が開き、土方がそこに立っていた。両腕を組んで戸口に凭れかかり、ゾッとするほど冷ややかな瞳で総司を見下ろしている。
「ここで見物しててやるぜ。だが、男にやられたくらいで死のうなんざ、つくづく弱い奴だな」
くっくと喉を鳴らして笑う男に、総司は唇を噛んだ。
「あなたに……何が……っ」
「何がわかるかって? あぁ、わからねぇな。男にやられ、さんざんよがり泣いた挙句、自殺しようとする奴の気持ちなんか、わかりたくもねぇ」
「どう…して、どうして、こんな……」
こみあげる嗚咽をこらえ、懸命に土方を見上げた。
「あんなに優しかったのに……どうしてこんな事をするの? それとも、あれは嘘だったの? ぼくに優しくしてくれたのは皆……」
「おまえにつき合っていた理由か?」
土方は蔑むように笑ってみせた。
「そんなもの、ただの暇つぶしさ。昨日、抱いてやったのだって、たまには変わった奴もいいだろうって手出してみたんだよ。意外と楽しめたけどな」
「ひど…い……っ」
「おまえだって歓んでたくせに、今更、何を言ってるんだ。すげぇ気持ちよかっただろ? 何なら、今すぐ抱いてやろうか」
「出て行って……!」
総司は握っていた剃刀を、突然、土方にむかって投げつけた。むろん、彼の傍をすり抜け床に落ちたが、土方はゆっくりと唇の端をつり上げた。嘲りにみちた笑みをうかべる。体を起こすと、無言のままバスルームの中に入ってきた。総司は男に恐怖し、叫んだ。
「いやっ、近寄らないで! 出て行って……っ」
「聞けねぇな。第一、おまえは俺の愛人だ。俺が命じた時は、さっさと足開きゃいいんだよ」
「いやあっ!」
土方はバスタブから総司の体を引きずり出すと、そのまま床に押し倒した。乱暴に組み伏せてくる。
総司は必死に彼の胸に両腕を突っぱねたが、かなうはずもなかった。
「あなたなんか嫌い! だいっ嫌い! 憎んでやるんだから……っ」
「あぁ、憎めよ。好きなだけ嫌って憎め」
「いつか……殺してやる! あなたを殺してやるっ!」
そう叫んだ総司を、土方は見下ろした。
一瞬、その黒い瞳に苦痛の色が浮かんだと思ったのは錯覚だったのか。
ぐっと総司の後ろ髪を掴み、顔を近づけた。
唇の端をつりあげて笑い、ゆっくりと満足げに囁いてみせた。
「……いいさ、殺せ」
「………」
「心臓を一突き、それとも拳銃で撃ち殺すか? いつでも殺されてやるぜ」
突然、土方は総司の細い体を両腕ですくいあげた。息もとまるほど、きつく抱きしめる。
くぐもった声が総司の耳に届いた。
「俺を嫌って憎んで、殺せばいい。それで……おまえが生きてゆけるなら……」
「え?」
最後の方の言葉が聞き取れず、総司は聞き返そうとした。だが、噛みつくように口づけられ、何も言えなくなる。
熱い口づけと愛撫。そして激しい交わり。
それは昨日とまったく同じ行為だった。ただ場所が違うだけの。
これから、何度も行われるだろう行為。
確かにあったはずの愛を壊すためのような───
(……土方さん……)
憎くて愛しい男を深く感じながら、総司は目を閉じた。その頬をゆっくりと涙がつたい落ちていった。
[あとがき]
かくれんぼの恋2です。予告どおり全然甘くない展開になってます。土方さん、初めての総司に何回してるんだよって状態だし。タイトルの意味はそろそろ、おわかり頂けたかと思います。こういう、気持ちを隠しての熱い恋って好きなんです。とくに土方さんの方がね。本当は可愛くて愛しくてたまらないのに、優しくできなくて酷い事ばっかりしてる土方さん。ま、もとがサドですからー? さぁ、次も頑張って書きますので、また読んで頂けるとすごく嬉しいです。
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