「総司……」
 優しく、あたたかく抱きすくめられた。
 土方の唇が頬にふれ、耳朶にふれ、首筋から──胸もとへと、降りてゆく。
 総司の様子がおかしいと気づいてはいるのだろうが、それをやはり勉強疲れだと思っているのか、土方は何も聞かない事にしたらしかった。
 再び、そっとベッドに沈められ、躯中にキスの雨を降らされる。白い肌を甘咬みしたり、胸の尖りを吸い上げたりしながら、土方は総司のものを片手で握りしめた。
「……ぁ…あっ」
 ぴくんっと腰を跳ね上げた総司に微笑み、土方は指さきをくるくると滑らせた。先端の窪み部分から、裏側を何度も撫であげ、撫でおろしてやる。たちまち、総司のものは張りつめ、しっとりと蜜に濡れてきた。
 だが、土方はそれを半ば勃ちあがらせただけで、手を離した。
「……あ、んっ」
 総司がふるふるっと首をふった。中途半端に放っておかれるなんて、意地悪されているとしか思えない。さっき噛みついた事への意趣返しだろうか。
 潤んだ瞳で見上げると、土方はベッドサイドからローションを取り出している処だった。とろりとした液体を指さきに絡めながら、総司を濡れたような黒い瞳で見下ろしてくる。視線がからみあうと、かるく唇の端をあげてみせた。
「……心配するな。後でちゃんといかせてやるよ」
「う、ん…ぁ、あっ」
 濡れた指さきが、後ろの割れ目の奥へとすべらされた。蕾の周囲をかるく突っつかれ、総司は喘いだ。たまらなくて、ゆらゆら腰を揺らしてしまう。
 それにくすっと笑い、土方は「可愛いな」と呟いた。
 やがて、指が蕾へ沈み込んでゆく。
「は……っ」
 思わず、総司は息をつめかけたが、慌てて呼吸をくり返した。くちゅりと音をたてて、男の長くしなやかな指が蕾へ挿入される。
 総司の躯すべてを知り尽くし、快楽をその躯に教え込んできた男は、僅かに目を細めた。むろん、間違える事はない。的確に、指さきは総司のイイ処を探りあて、ゆっくりと揉みこみ始めた。
「ぁあ…んっ、い……っ」
 総司は甘い声をあげ、身を捩った。ソコを男の指の腹で押されるたび、びくびくっと己のものが震えるのがわかる。たまらなく気持ちよかった。
 もっともっと欲しくて、自ら両膝を開き、喘ぐ。
 土方はすぐさまその望みを叶えてくれた。いったん抜いた指を、三本にふやして挿入してくれる。蕾の奥でばらばらに指を動かされ、総司は甘い悲鳴をあげた。
「ぁ…ッぁあんっ、ぁっ…ッ」
 ローションで濡れそぼり、とろとろに蕾を蕩け始めたのを見て取り、土方は指を抜いた。総司の太腿の裏側から手をすべらせて、左右に膝を押し広げる。
 淡く震える蕾に、己の熱い猛りをあてがい、そのまま一息に貫いた。
「ぃっ…あああッ!」
 総司が甲高い悲鳴をあげ、仰け反った。
 だが、ローションで濡らされた蕾は、難なく男の猛りを受け入れる。ぐちゅっと音が鳴り、最奥まで深く突き入れられた。
 熱い衝撃と快感に、びくびくと細い躯が震えた。
「やっ、ぁあ、あ、あ……」
 涙がこぼれ、頬をつたい落ちてゆく。
 それに、土方は僅かに眉を顰めた。身を倒し、そっと唇で涙を拭ってやる。だが、そうする事でかえって角度がついてしまい、小さな悲鳴があがった。
「……痛いのか?」
「ちが…う、けど……ぁ…あっ、ん、んんっ……」
 総司はシーツをぎゅっと両手で握りしめた。
「すご…っ、おっき…ぃ……っ」
「悪い。一度、外で出した方が良かったな」
 妙に冷静な呟きが、なぜか色っぽく聞こえ、総司は煽られてる思いでぞくぞくした。背筋から這い上がる快感と、微かな痛み。
 もっと快楽を強くしたくて、総司は両膝で男の腰をはさみこんだ。
「は…やく……っ」
 動いて、と、艶めいた瞳でねだってみせる。
 それに土方は微笑み、総司の両膝をかかえ込んだ。ゆっくりと抽挿を始める。
 先端だけが残るようにぎりぎりまで引き抜き、総司が息を吐いた処で、また一気に奥を乱暴に穿つ。一番感じる部分を、男の猛りが突き上げ淫らに捏ね回してくる。
「ぁあっ、ぁあっんんッ、ふ…ぁあんっ」
 総司は泣きじゃくり、激しく身もだえた。甘い蕩けるような快楽がその腰奥に宿り、じわじわと躯中を燃え上がらせてゆく。
 男が大きく腰を回し、ぐりっと奥を抉られた。
「ひ…いッ!」
 とたん、激しく仰け反った総司のものから、透明が蜜がこぼれた。
 それを眺め、土方はくすくす笑った。指さきでぬるりと撫でてやりながら、満足げに呟く。
「……所謂、ところてんって奴だな」
「な…に?」
「本人の意思に関係なく、弱点を突かれると出ちまう現象の事さ」
 生真面目な程の口調の説明だったが、彼の黒い瞳は艶っぽく濡れて、ぞくぞくするほど魅力的だ。
 それをうっとり見上げていると、また奥を鋭く抉られた。
「ぁあっ、あっ…は、ぁああーッ!」
 その後はもう嵐のようだった。
 気がつけば、いつのまにか躯をひっくり返され、ベッドに這わされてしまっていた。腰だけを高く突き上げ、何度も何度も後ろから最奥を穿たれる。
 蕾に男の太い猛りが抽挿されるたび、くちゅくちゅ鳴る音が恥ずかしい。
 だが、それさえも考えられぬまま、総司は後ろから激しく揺さぶられた。
「い…や、あ、あ、ああぁあッ!」
 頭の中がまっ白になり、壊れてしまいそうと思う。
 シーツに顔を押しつけて、必死になって奥歯を食いしばった。だが、もう限界だ。彼より先にいってしまいそうになる。
 そう思ったとたん、総司のものがぎゅうっと男の手で握りしめられた。
「ひっ、ひぃぁあーッ!」
 甲高い悲鳴をあげ、総司は仰け反った。あっという間に吐精してしまう。男の指の間から、とろとろと白い蜜があふれ滴り落ちた。
 それに、土方が短く舌打ちした。
「……ったく、先にいくなよ」
「だ、だって……っ」
「俺もいかせて貰うからな」
 そう云いざま、土方はもう力の入らない総司の腰を両手で鷲掴みし、角度をつけた。そのまま、貪るような激しい抽挿を始める。
「ぃ、やぁああッ!」
 涙でいっぱいの総司の目が大きく見開かれた。
 いったばかりで感じやすい蕾を、男の猛りで激しく穿たれるのだ。とても耐えられる責めではなかった。必死に上へ逃れようとするが、すぐさま乱暴に引き戻された。
 泣き声と悲鳴が、寝室の中へまき散らされた。男の息使いも荒くなってくる。
「ひっ、ぁあっ! や、いやぁあ…ッ」
「…くっ……総…司……っ」
「ッぁあ、ぅ…あ、あああー…ッ!」
 総司の躯がぐっと仰け反った瞬間、土方はその最奥に己の熱を激しく叩きつけていた。
 熱い吐息がもれ、二人の躯が一つになって蕩けてゆく。
「ぁ、あ、ん……ん……」
 甘いすすり泣きをもらす総司に微笑み、土方はゆっくりと身を起こした。そのまま総司の躯も抱き起こすと、胡座をかいた己の膝上に抱きあげる。
「! や……っ」
 慌てて身を捩るのを抱きすくめ、無理やり腰を下ろさせた。
 まだ猛ったまま剛直の上に腰を落とさせられ、総司の目が大きく見開かれる。
「ッひっ…あっ! あッ」
 土方は総司の両膝を抱え上げ、大きく左右に開かせた。そのまま、ゆっくりと腰を落とさせ上げさせるという動きを、何度もくり返す。
 まるで味わうような動きだった。
 そのたびに、総司は身を仰け反らせ「あーッ!」と泣き叫んでいる。
 だが、快楽を覚えている証に、総司のものは勃ちあがり熟れた果実のようだった。
「……もっと、楽しもうぜ?」
 そう耳もとで甘く低く囁いた土方に、総司はふるふると首をふった。
 だが、それでも、躯は男を快楽を求め、しなやかに受け入れてゆく。
(……土方さん、好き…好き、だい好き……!)
 熱い夜の中で。
 ただ、それだけを思った。
 他の──何もかもを忘れてしまえるように。
 そして。
 総司は目を閉じると、愛する男があたえてくれる甘い快楽に溺れこんでいったのだった……。








 さて、それから数日後。
 二人は、ロンドン行きの飛行機に乗るため、成田空港にいた。待合いロビーで珈琲を飲んでいると(総司はカフェオレ)、斉藤がやって来る。
「おはようございます、土方さん、総司」
「あ、おはようございます」
「おはよう」
 挨拶をかわしてから、斉藤も珈琲を買ってきた。
 三人並んで珈琲を飲んでいると、周囲の人々がちらちらと視線を送ってきた。何しろ、とんでもなく目立つのだ。
 土方はもとモデルだけあって、端正で華のある容姿をもつ男だし、斉藤も鳶色の瞳が印象的な、なかなか顔だちの整った若者だ。
 そんな二人に左右をはさまれた状態で坐っていた総司は、思わず立ち上がってしまった。
 驚いて見上げる二人に、慌てた調子で云った。
「え、えっと……あの、ちょっと窓の外の景色が見たいなぁって」
「そうか、なら俺も行く」
「え?」
「オレも」
 呆気にとられるうちに、土方と斉藤はさっさと珈琲を飲み干し、立ち上がった。二人に両腕をとられ、すたすたと窓際へと連れていかれてしまう。
 もっとも、土方がこうする理由はわかっていた。以前、こういう人の多い場所で一人になったとたん、総司はナンパされまくってしまったのだ。あれ以来、土方の過保護ぶりはますますアップしている。むろん、その話を聞いた斉藤も右に同じくだった。
 しばらくの間、三人は何をするでもなく窓際でぼーっと立っていたが、やがて、搭乗を促すアナウンスが流れたのを切っ掛けに、踵を返した。
「行こうか」
「はい」
 頷きあい歩きだす二人を見ながら、総司は思った。
 この人たちを見て、二人とも刑事──それも警視庁のキャリアだなんて、誰が気づくのかな、と。
 二人ともやはり仕事のための渡欧なので、きっちりスーツを着込んでいる。どこから見ても、エリートビジネスマン風だった。それも、とびきり格好いいビジネスマンだ
 それは決して、総司の欲目ではないだろう。
 沢山のいい男を見慣れているだろう、アテンダントでさえ、チケットを受け取る際に頬をぱっと赤らめた。おまけに、土方が「おはよう」と愛想よく綺麗な顔で笑いかけるから、尚更だ。
(……なるほど、この人いつもこーんな事してるから、もてるんだ。ふううぅん)
 総司はそう思いながら、無意識のうちに目つきが悪くなるのを感じた。後ろから、じとーっと睨みつける。
 その不穏な気配を察したのか、土方がはっと我に返ったようにふり返った。
 だが、それに総司はにっこりと微笑んでみせた。
「どうかしましたか? 土方さん?」
「……いや。なんか今、視線が背中に突き刺さった気が……」
「ふうぅぅん。気のせいじゃないでしょうか」
 傍で斉藤がひきつっていたが、総司はしらっと云ってのけた。だが、その目は笑っていない。
 土方はため息をつくと、総司の手をひいて歩き出した。席に着いてからは、人前であっても優しく肩を抱いてくる。
 濡れたような黒い瞳がじっと覗き込んだ。
「そんな拗ねるなよ」
「拗ねてなんか……っ」
 ぷんっと頬をふくらました総司に、土方はくすっと笑った。
「ま、そういうやきもち焼いて拗ねてるおまえも、可愛いけどな」
「……やきもちなんか、やいてません」
「ふうん」
「ぼ、ぼくは別に……っ」
「だい好きだよ、総司。おまえが一番可愛い」
 ぐっとトーンを落とした甘く掠れた声で、耳朶を噛むように囁かれ、総司は頬をかぁっと火照らせてしまった。先ほどのスチュワーデスの比ではない。
 まだほんの少しだけ拗ねながら、だが、それでも甘えるように土方の胸もとへ凭れかかった。そのまま、甘いキスを求めてしまいそうになる。
 すると、隣から声がかかった。
「……二人とも、ここが公の場である事をお忘れなく」
 ふり向くと、斉藤が憮然としていた。それに、土方が肩をすくめる。
「まるでお目付役だな」
「近藤さんにきつーく云われてますので」
「おい、近藤さんの回し者かよ。おまえ、何をせびったんだ」
「人聞きの悪い。そうそうオレも、いつも見返り要求している訳じゃありませんよ」
「本当かねぇ」
 いつもどおり軽口を叩きながら、土方はシートの背に凭れかかった。
 ここはビジネスクラスの1階席だった。ファーストをとっても良かったのだが、一介の刑事がそれじゃまずいと、ビジネスクラスにしたのだ。実際、最新のシートなので居心地はなかなか良かった。
 もともと好奇心ゆたかな総司は嬉しそうにあちこち見回し、シートのボタンや器械を弄り回している。
 そんな時だった。
 突然、頭上から声が降ってきたのだ。
「……あら! 歳じゃない」
 まるで、先日の再現だった。
 驚いて見上げた三人の前に立っていたのは、まさしく透音その人だったのだ。
 薄いサングラスをかけて素顔を隠し、だが、見間違いようのないプロポーション、はきはきした喋り方で、すぐ本人と知れる。
 にこにこしながら、透音は総司にむけて手をさし出した。きゅっと握手する。
「また逢ったわね。今日は旅行?」
「……はい」
「ふうん。いいわね、恋人と旅行なんて羨ましいわ」
 それに、総司はどんっと胸奥が重くなるのを感じた。
 透音の言葉が、土方と旅行する事を羨ましいと云っているように、聞こえてしまったのだ。
 黙り込んでしまった総司に何か感じたのか、斉藤が云いかけた。
「……土方さん、この人は……」
「え、あぁ」
 土方は気がついたように、斉藤の方へ手をさしのべた。
「透音、紹介するよ。こっちは俺の同僚の……」
「斉藤さん、でしょう?」
 にっこり笑いながら、透音は云った。小首をかしげると、白い首筋に、短く揃えた黒髪がさらりと揺れて艶めかしい。
「すぐわかっちゃったわ。だって、聞いてたとおりなんだもの」
「!」
 透音の言葉に、総司は弾かれたように顔をあげた。
 聞いてたとおり?
 じゃあ、何?
 土方さんはこの透音さんとそんなに何度も逢ってるの? 今も?
 斉藤さんの事を詳しく話すぐらい、親しい仲なの?
 信子さんが云ったように、犬猿の仲だったんじゃないの?
 どんどんふくれあがってゆく疑問に、総司はぎゅっと両手を握りしめた。
 そんな事にも気づかず、土方は透音と楽しそうに言葉をかわしている。どうやら、昔の知り合いの近況の事で、もりあがっているらしかった。
 俯く総司に、斉藤が心配そうに視線をおくっていた……。 








 定刻どおり、成田発ヒュースロー行きの飛行機は離陸した。 
 土方は総司のベルトをしめたり、あれこれ気遣ってくれたが、それに総司はほとんど返事もしなかった。黙ってなされるがままになっている。
 初めのうち、離陸の緊張のためかと思っていたらしい土方も、さすがにそれが30分もつづくと、おかしいと思い始めたようだった。
 眉を顰め、総司の顔を覗き込んでくる。
「……総司?」
「……」
「おまえ、気分でも悪いのか?」
 それに黙ったまま、ふるふると首をふった。だが、決して顔をあげず、ぎゅっと両手を握りしめたままだ。
 土方は優しい声音でつづけた。
「飛行機で緊張しているのか? 何か飲み物でも頼もうか?」
「……いりません」
「じゃあ、眠たいのか。だったら、毛布でも……」
「眠たくなんかありません」
 とうとう堪りかねて、総司はぱっと顔をあげた。ちょっと潤んだ大きな瞳が、土方を見上げる。
「ぼくは……ぼくは……っ」
 云いたいこと、聞きたいことがいっぱいあった。
 でも、心の奥で駄目だ駄目だと誰かが叫んでいる。
 それは決して、彼のためではなかった。臆病で怖がりで不安がってばっかりの自分のためだ。
 もしも肯定されたら?
 いつも逢っていたって。
 ごめん、浮気したって。
 ううん……それどころか、あの透音さんが本当の恋人だって。
 もしも、そんなふうに云われてしまったら、ぼくはいったいどうすればいいの?
 きっと怒ることも泣くことも出来やしない。
 ただ、もう何もできず何も云えず、去ってしまう土方さんを見送るだけなんだ。
 そんなの嫌だから、考えただけで頭の中がまっ白になっちゃうから、だから──何も聞きたくない。知りたくない。
 もう忘れよう、知らない顔でいようって、そう心に決めたはずなのに……。
「……っ」
 黙ったまま唇を震わせる総司に、土方はひどく驚いたようだった。目を瞠り、ついで、どこか痛ましげな表情になる。
 手をのばし、そっと総司の頭を抱いて己の胸もとに引き寄せた。
 そして、僅かに目を伏せると、低い声で云った。
「……ごめん」
「!」
 それに、総司は目を見開いた。
 今ここで、そんな言葉を聞かされるとは思っていなかったのだ。ショックで、頭の奥がガンガンと鳴り始める。
 そんな総司の様子に気づくはずもない土方は、その胸に恋人を抱いたまま、言葉をつづけた。
「本当にごめん。総司、俺は……」




 その、瞬間だった。




 突然──飛行機前方で、悲鳴と怒号が起こったのだ。
 驚いて顔をあげた総司の目に、銃をもった男三人組が飛び込んできた。どうやら撃った後らしく、白煙をたちのぼらせている。
「この飛行機はハイジャックされた!」
 そう上ずった声で、男の一人が叫んだ。
 頭をツルツルに剃った若い男だ。他の二人もかなり若く、どう見てもただのチンピラだった。
 だが、それでもハイジャックはハイジャックだ。
 異様な光景と様子に、席にいた子供の何人かが大声で泣き出した。女性も幾人か悲鳴をあげる。
 そんな乗客たちに銃口を向け、彼らは叫んだ。
「我々は、黒手団だ!」
 ──黒手団。
 それは、今は壊滅したはずのテロ集団の名だった。
 実際、その壊滅へ導いたのは、土方と斉藤たちなのだが、この三人のハイジャック犯の顔は知らない。恐らく、幹部である彼らと顔をあわせる事さえなかった、下っ端だったのだろう。
 斉藤がひゅうっと小さく口笛を鳴らした
 余裕の表情で肘掛けに頬杖をつきながら、ちらりと土方の方へ視線を送る。
「……また懐かしい名ですねぇ。二年ぶりですか」
「そうだな。もっとも、あんな連中見たこともねぇが」
 土方も全く動揺していないようだった。冷たく澄んだ瞳で、その騒ぎを冷静に見つめている。
「だいたい、何で銃なんか持ち込めたんだ? そんなに成田の警備は甘いのか?」
「さぁ。オレたちの管轄じゃありませんから」
「冷たいな、斉藤は」
「お互い様でしょう」
 そう肩をすくめた斉藤に苦笑しながら、土方は総司の方へ視線を戻した。
 頬をこわばらせ身をすくめている総司に、優しい声で云い聞かせる。
「大丈夫だ、何も心配するな」
「……土方さん」
「何だ」
「あの人の処へ行かなくていいの?」
「? あの人って誰のことだ」
「だから……透音さんの処です」
 そう云ってから、総司はすっと視線を前方へ流してみせた。透音は彼らの席から五つ斜め前に坐っているのだ。マネージャーらしい人と一緒にいるようだった。
「何で、俺が」
 不思議そうに問いかけた土方に、総司はきゅっと唇を噛みしめた。
 目を伏せながら、小さな声で答える。
「透音さんを守るためです」
「はぁ? 俺が透音を?」
「ぼくなんかより、透音さんを守るためにあっちへ行った方がいいんじゃないですか」
「だから、何で俺が?」
 さっぱりわからないと云いたげな口調だった。だが、それさえも、今の総司には、偽りに聞こえてしまう。
「大事な人なのでしょう? ずっと昔からの知り合いなのでしょう?」
「それはそうだが、いや、昔からの知り合いって事だけだぞ。大事な人ってのは、おまえの事だろうが」
「本当に? だったら、どうして隠したの? 透音さんとのこと」
「別に……隠してなんか……」
「嘘!」
 ぱっと顔をあげ、総司は叫んだ。
 そのなめらかな頬に血がのぼり、怒りのためか瞳がきらきらして、こんな時に不謹慎だろうが、とても綺麗で艶めかしい。
 一瞬、見惚れそうになってしまった土方だが、総司の言葉を聞いたとたん唖然となった。
「ぼく、全部知っているんだから! 土方さん、あの透音さんと一緒にモデルやってたくせにっ」
「!」
 土方は鋭く息を呑んだ。驚愕の表情で、総司を見つめる。
 思わず声が掠れた。
「……何で、それを知ってるんだ」
「信子さんに聞きました。雑誌もたくさん見せてもらいました」
「姉さんは何でまたそんな事……って、雑誌!? そんなものまだあったのかよっ?」
「えぇ、ありました。たっくさん。土方さんが透音さんといちゃつきまくってる写真、いーっぱい拝見させて頂きました!」
「おい、あんな写真で怒られるなんざ、冗談じゃねぇよ。あれは仕事だろうが」
 土方はちょっと不愉快そうに眉を顰めた。
 自分の知らないうちに過去が全部ばれていた、恥ずかしさも手伝ってだろう。無意識のうちに声が低くなった。
「モデルの仕事で、カメラマンの指示どおりポーズをとっていただけだ」
「ふうん、そうですか」
「あのな、仕事とプライベートの区別ぐらい、ちゃんとしてた。ごっちゃになんざするものか。それぐらい、わからねぇのかよ」
「えぇ、えぇ。わかりませんねっ」
 総司は頬をふくらまし、答えた。
「あんな写真を見て、平気でいられると思っている訳? だいたい、やましい事がないなら隠さなきゃいいじゃない」
「だから、別に隠してなんかいねぇよ。わざわざ話す必要はないと思っていただけだ」
「あっそ。ぼくには、そんなこと話す必要もないんだ。ぼくって、その程度の存在だった訳ですよね」
「ひねた取り方するなよ。可愛くないぞ」
「可愛くない!?」
 総司はきっとした表情で土方に向き直ると、大きな瞳で睨みつけた。
「可愛くないって、どういう意味ですか! じゃあ、土方さんは、何があってもにこにこしてるお人形さんみたいなぼくが良かった訳?」
「そういう事を云ってるんじゃねぇだろうが」
 うんざりした表情で、土方が前髪を片手でかきあげた。
 斉藤が傍からげんなりした表情で見ていたが、夫婦(?)喧嘩は犬も食わない。口出しして、飛ばっちりをくらう気は全くなかった。



 二人の間に、機内に漂うものとは全く別の、緊迫した空気が張りつめた。






つづく 









 

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