その日、総司はお買い物のために都心へ出ていた。
ほんのちょっとのつもりが、あれこれデパートを見てまわっているうちに、日も暮れてしまい、外に出てみればもう夜になってしまっていた。
とは云っても、まだ8時だ。
イルミネーションは眩いほどで、行き交う人々も多く、街は賑わいに満ちていた。
その中を、総司は土方のマンションにむかうため、地下鉄の駅へと歩き出した。
まだ同居はしていないが、今夜からしばらく彼の部屋へお泊まりする約束をしていたのだ。但し、土方自身の帰りは遅くなる──もしかすると午前様かもしれないと聞いていたので、あまり急ぐ必要はなかった。
「でも、明日は非番だものね」
総司は嬉しそうに一人で笑い、それから、慌てて抱えていた荷物で顔をかくした。
妙に気恥ずかしくなってしまったのだ。
だが、頬をほんのり染め、大きな瞳を生き生きと輝かせた総司は、とても可愛らしい。
土方が見れば、そんな笑顔、外で見せるなと云いそうだが、生憎、総司自身はちらちら向けられていく視線にも全く気づいていなかった。
やがて、地下鉄の駅近くのあるビルの前を通りかかった。
この辺りは繁華街に近いので、少し怪しげな店も多い。
そのビルはショットバーが入っている店だった。おしゃれな雰囲気だが、総司には大人っぽすぎて苦手で、足早に通り過ぎようとした。
だが、その時だった。
目の端にひっかかった人の姿に、思わず足がとまった。え?と目を見開いてしまう。
ショットバーの入り口付近だった。
扉に手をかけるようにして口早に話す男と、壁に背を凭せかけて話を聞く若い男がいた。
総司が目をひかれたのは、その話を聞いている男の方だ。
均整のとれた長身だった。
どこか、獰猛な獣じみた雰囲気をただよわせる男だ。
逞しい胸もとが覗く色の沈んだオレンジ色のヘンリーシャツに、すらりと長い脚にぴったりフィットした細身のスエードのジーンズ。
指さきでかき乱したような黒髪が、とても艶やかだった。
黒いサングラスが、男の端正な顔をより怜悧に際だたせている。
男はこちらに気づいてないようだった。
煙草をくわえ、僅かに伏し目がちにしながら相手の話を聞いている。時折、その形のよい唇に、微かな笑みがうかべられた。
銀色のリングをはめた指が煙草をはさみ、紫煙をくゆらせる。
仕草一つにも男の色香が滲み、何とも魅力的だった。
「──」
総司は息をつめ、その男の横顔をじっと見つめた。
似ている……と思う
っていうより、そのもの?
でも、雰囲気も格好も、まるで別人だし……。
「……っ」
総司は何だか怖くなり、慌てて歩み出した。その場から立ち去り、急いで地下鉄の降り口へ入る。足早に階段を駆け下りた。
胸がどきどきして、怖かった。
というか、頬が上気し、頭の中がぼうっとしたのだ。
あれ、土方さん?……じゃないよね。
え、でも、だったら、どうしてこんなにどきどきしているの?
土方さんに似ているから?
ぼくって、そんなに面食いだっけ?
総司は慌てて、ぶんぶん首をふった。
面食いだろうが何だろうが、彼にちょっと似ているから見惚れてしまうなんて、とんでもない事だと思ったのだ。
浮気をしたような気持ちになってしまう。
「う、浮気なんかじゃないもん」
総司は膝上においた紙袋をぎゅっと抱きしめると、小さく自分に云い聞かせるように呟いた。
「……ただいま」
土方が帰ってきたのは、結局、12時過ぎだった。
ひどく疲れたような表情だったが、出迎えた総司の姿に、嬉しそうに笑ってくれる。
それを総司はちょっと探るように、じっと見つめてしまった。
黒髪はいつものようにきちんと整えられ──そりゃ、もちろん朝よりは乱れているだろうけど。
濃紺のスーツに、白いワイシャツ、タイトに締めた品のよいネクタイ。
どこから見てもエリートビジネスマンだ。
あの遊び人風の男とは似ても似つかぬ出で立ちだった。それに、雰囲気もまったく違う。
(やっぱり違ったんだ。あれは土方さんじゃなかった……って、それはそれで問題? え、問題って何が)
あれこれ考えながら、総司は無意識のうちにぼーっと土方を見上げていたのだろう。
土方が苦笑し、くしゃっと総司の髪をかきあげた。
「だいぶ眠そうだな。遅くまで待たせてごめん」
「え、ううん。そんな謝らないで」
総司は慌ててふるふると首をふった。
仕事で疲れているのは彼なのだ。謝られる事ではなかった。
それに土方は微かに笑ってみせてから、リビングへ入った。鞄を投げ出し、ソファに腰をおろすと疲れたように重いため息をつく。
煩わしげにネクタイを緩め、シュッと音をたてて引き抜いた。
投げ出された鞄やスーツの上着を総司は手早く片付けていたが、不意に名を呼ばれふり返った。
「何?」
こちらをじっと見つめている土方に、小首をかしげる。
「あ、ご飯ですか。すぐ用意を」
「いや……軽く済ませてきたから、いい」
「そうなの」
「それより……こっちにおいで」
「はい」
手をさし出す土方に素直に頷いて、総司は彼の傍へと歩み寄った。ソファの隣に坐ると、そっと抱きよせられる。
キスされるのかと思ったが、土方は総司の細い肩に頭を凭せかけた。さらりと彼の艶やかな黒髪が頬にふれる。
「? 土方さん……?」
「……すげぇ疲れた」
低く呟いた彼の声は、確かに疲れを滲ませている。
総司は思わずそっと彼の背に手をまわした。優しく撫でてあげる。
「そんなにお仕事大変なの?」
「あぁ。ちょっとな……」
「無理しないでね」
「しないように気をつけているが、ここの処やばいな」
くすっと笑った土方の声が耳もとにふれて、くすぐったい。
小さく身を捩ると、土方の手が追いかけてきた。すっぽりと両腕で抱きしめられる。
「おまえ……いい匂いがする」
「え、ほんと?」
「あぁ。甘くて優しくて……いい匂いだ。気持ちがやすまるよ」
「ぼくはあなたの癒しグッズ?」
「あぁ、俺だけの特注のな」
くすくす笑いながら、土方は総司の腰と膝裏に手をまわした。え?と思った時には、ふわりと抱きあげられている。
総司は慌てて男の肩にしがみつきながら、目を瞬いた。
「土方さんっ?」
「一緒に風呂に入ろう。おまえの甘い匂いを堪能させてくれ」
「え、それって」
頬を紅潮させた総司の耳もとに、土方は唇を寄せた。低めに落とした声で囁きかける。
「……おまえの躯で、俺を癒してくれるんだろ?」
「!」
とたん、総司の顔が真っ赤になった。耳朶まで桜色にして、土方の胸もとに顔をうずめてしまう。
「やだ……もう」
「すげぇ可愛いよ、総司」
くすくす笑いながら、土方は総司の躯を抱いてバスルームに向った。
「……ぁ、んっ」
甘い声がバスルームに響いた。
土方自身は自分で髪も躯も洗ってしまったくせに、総司の躯を洗ってやると云い出したのだ。
結構です!と断ったが、あっという間に男の膝上に抱きあげられてしまい、躯中を石鹸の泡だらけにされてしまった。
当然のことながら、洗うだけで済むはずがなくて───
「や、ぃ…やぁんッ」
男の手に泡だらけのものを掴まれ、総司は羞恥に身を捩った。が、後ろから抱きかかえられた格好で、しかも両脚を男の膝でおし開かれているのでは、まともに抵抗など出来るはずもない。
ゆっくりと男の手が総司のものをしごき始めると、桜色の唇から細い吐息がもれた。
「んッ、ふ…ぁ、ぁあ…ん…ッ」
「おまえのコレは、素直だな。ほら、ちょっと撫でてやるだけで、可愛く応えてくる」
そう悪戯っぽく囁きざま、土方は指さきでくるりと総司のものの先端を撫でた。
それに、総司が「ぁんっ」と甘い声をあげ、仰け反る。白い手が縋るように男の膝を掴んだ。
うっすらと目を開けば、鏡に二人の姿が映し出されている。
精悍な引き締まった体躯をもつ男の褐色の肌。
それに抱かれる、華奢な白い肌の若者。
首筋に口づけ、片手で細い腰を抱きながら、もう一方の手で追い上げてくる様は、まるで喰らいつく獰猛な獣のようだ。
そんな事を思った瞬間、総司の脳裏をふと例の男の姿がかすめた。
危険な獰猛な獣めいた雰囲気を纏っていた男。
しなやかな体躯のラインを際だたせるシャツとジーンズがよく似合い、男の色香を漂わせていた。
あの男が誰かを抱く時、どんな風にするのだろう。
もっと獣めいた感じになるのか、それとも……
「あ…やッ!」
不意にぐっと蕾に指を挿し込まれ、総司は悲鳴をあげた。
驚いて見上げると、土方はどこか苛立った目で見下ろしていた。黒い瞳に、怒りの色がほの見える。
「土方…さん……?」
おずおずと呼びかけた総司の耳もとに、土方は唇を寄せた。押し殺した声で囁きかけてくる。
「……事の最中に考えごととは、随分余裕だな」
「えっ、あ」
「いったい何を考えていたんだ」
そう訊ねながら、土方は挿入した指をゆっくりと動かした。柔らかな蕾の奥を突いたかと思うと、中で鉤型に曲げてくる。
いきなり増した圧迫感と刺激に、総司は「ヒッ」と声を呑んだ。
「ぅ、ぁッ…あっ、あ!」
「ほら、答えろよ。何を考えていたんだ?」
「な、何も考えてなんか…ゃッ、ぁあっ、あッ」
「嘘つけ」
土方は指を二本に増やすと、それでぐんっと奥を貫いた。
総司の細い腰が跳ね上がり、小さな桃色のものからとろりと先走りの蜜がこぼれる。
「ふっ、ぁっ、ああぁ……っ」
「おまえのココ、もうとろとろだな」
「や、ぁあんっ…ぁんっッ」
そのままぐちゅぐちゅと感じやすい蕾を男の指で掻き回され、たちまち腰の芯がとろけてしまった。躯中が熱くて熱くて、早くどうにかして欲しくなる。
たまらず男に身をすり寄せた。
わかっているくせに「どうした?」とわざとらしく首をかしげてみせる土方に、子どものようにねだった。
「お願い……ちょうだい」
「俺のが欲しいのか?」
「うん、土方さんのいれて……お願い」
「ふうん……なら、答えてみな」
「……え」
快楽でとろとろにされてしまった総司には、何を云われているのかわからない。
それに土方は喉奥で笑い、その上気した頬に後ろから唇を押しあてた。
「さっきの質問だよ。何を考えていたか」
「……あ、な、何も……」
「なら、ずっとお預けだな」
土方は冷たく云ってのけると、指も抜いてしまった。満たされぬ快楽に、総司はふるふると首をふる。
「や、やだ! お願い」
総司は半泣きになりながら腰を艶めかしく振った。必死になって自ら彼の猛りに蕾をあてがおうとする。
だが、土方はその細い腰を掴むと、かるく浮かせてしまった。
「やぁ……!」
とうとう総司の目に涙があふれた。泣きじゃくりながら、「お願い、入れて」とくり返す。
そのとんでもなく可愛い、けれど色っぽい様に、土方は思わず舌打ちした。
正直な話、こっちもぎりぎりなのだ。
だが、己との情事の最中に、他へ意識をもっていかれるなど許せる事ではなかった。
もともと強かった独占欲だが、再会してから特に酷くなっている。
総司のすべてを手にいれてしまいたいと願う己の貪欲さに、自嘲したこともしばしばだった。
むろん、よくわかっている。幾ら恋人だからといって、その身も心もすべて独占するなど無理な事なのだ。
だが、だからこそ願ってしまう。
自分と一緒にいる時だけはせめて、自分の事だけを見つめ、自分の事だけを考えていて欲しいと。
「総司……答えろ」
濡れた髪をかきあげてやり、桜色の耳朶を噛むようにして囁きかけた。
そんな刺激にも、ぴくんっと躯を震わせる総司が可愛い。
「答えれば、すぐおまえの欲しいものをやるよ。うんと可愛がってやる」
「ほん…と?」
総司は小さな声で訊ねた。
「聞いても……怒らない……?」
「あぁ」
「……あの、ね」
総司は男の手をぎゅっと掴んだ。
それから、躊躇いがちにだったが、ぽつりぽつりと話し始めた。
地下鉄の駅近くで、ある男を見かけたこと。
とても綺麗で格好のいい男で、思わず見惚れてしまったこと。
まるで獣みたいな感じがして……あまりに印象的だったからか、つい思い出してしまったことなど。
「……お、怒った?」
話を終えた後も押し黙ったままの土方に、総司はびくびくしながら訊ねた。
嫉妬深い彼が怒らないはずがないと、思ったのだ。
見上げた土方の表情は何か考え込んでいるようだった。形のよい眉を僅かに顰めている。
「土方さん……?」
呼びかけた総司の前で、土方は微かにため息をついた。それから、黒い瞳で総司を見ると、悪戯っぽく笑いかけてくる。
「ったく、俺の可愛いウサギは、ほんと油断ならねぇな」
「え」
ちゅっと音をたてて額にキスされた。
怒られるとばかり思っていた総司は、目を瞠った。
「ちょっと目を離すと、そんな処へ遊びに行っちまう。あの地下鉄の駅近くはあまり評判がよくねぇ処なんだぞ」
「え、でも、あのデパートに行ったら……」
「おまえ、知らないのか? デパ地下直結で別の線の駅があるんだ。あれに乗ってもここへは来られる」
「そうなの?」
びっくりしたように訊ねる総司を、土方はぎゅっと抱きしめた。
素肌がふれあって、とても心地がよい。
「あんまり危ない処をうろついたりするなよ。それから、万一そうした処を通りかかっても、立ち止まったりするな」
「はい……」
「おまえに何かあったらと思っただけで、俺は不安でたまらなくなる。俺はな、総司、おまえが傷つくことが一番怖いんだ」
男の真摯な言葉に、総司は目を伏せた。
「ごめんなさい。もう二度とあんな場所には行きません」
「……いい子だ」
土方は安堵したように微笑むと、甘いキスをあたえてくれた。そのまま総司の躯の向きをかえさせ、己の膝上に抱きあげる。
濡れそぼった蕾に、男の熱い猛りが煽るように擦りつけられた。
「ぁ…んっ」
総司は男の肩を掴み、身を仰け反らせた。
そのそらされた胸の尖りをぺろりと舐め上げながら、悪戯っぽい笑みをうかべる。
「……欲しいか?」
「ぅ、んっ……欲しい…っ」
「ちゃんと答えたいい子に、ご褒美をやるよ」
腰を掴まれ、かるく持ち上げられる。そのまま、ゆっくりと男の剛直の上へ下ろさせられた。
狭い蕾を割り広げるように入ってくる男の太い楔に、総司は掠れた悲鳴をあげた。
「ゃ、はぁあ…っぁあっ」
腰を掴んでいた男の手が緩み、楔の上へ腰を下ろしてしまう。
真下から一気に最奥まで貫かれ、総司は激しく仰け反った。
「ッぃ、ぁああぁーッ!」
「総司……」
首筋に胸もとにキスをおとされ、男の掌が宥めるように白い肌を撫であげる。
それに甘い疼きを感じて、総司はふるりと首をふった。苦痛よりも快楽が上回っている事を示すため、男の首に細い両腕をまわす。
「土方…さん……」
自ら唇を深く重ねた。
それに一瞬驚いてから、土方はとろけるようなキスを返してくれる。
やがて、唇を重ねたまま、緩やかな抽挿を始めた男に、総司は甘い吐息をもらした。
腰を抱えこむようにして揺さぶられ、蜜のような快楽に何もかも消えさっていってしまう。
「ぁ、ぁあっ…んッ、ぁー…っ」
そのままタイルの床に押し倒され、貪るように抱かれた。甘い悲鳴をあげ、身もだえる。
どこまでも続く快楽が少し怖い半面、とろけそうなほど心地よかった。
夢のように気持ちよくて、彼しかもう考えられなくて。
総司はしなやかに躯を開き、獣のように貪ってくる男を深く受けいれる。
(……土方…さん……)
深く唇を重ねてくる男を感じながら、総司はうっとりと目を閉じた。
