暖炉の火がぱちぱちと音を爆ぜていた。
ガラス越しにゆらめく炎が、とても美しい。
それを眺めながら、総司は暖炉前のラグマットの上に行儀悪く寝そべっていた。
先程まで彼に借りて読んでいたミステリーは閉じてしまい、腹ばいになった格好で頬杖をつき、舞い踊る炎を無心に見つめている。
「……そろそろ眠るか」
静かな声をかけられ、総司は小さく肩を震わせた。「え?」と驚いた様子で目を瞬き、後ろをふり返る。
すぐ傍に、土方はいた。
暖炉にむけて据えられた一人がけソファにゆったりと腰かけ、彼もまた本を読んでいたのだ。
その姿を、総司はぼんやりと眺めた。
こうして室内で寛ぐ姿を見るのは、初めてだ。外出先ではやはり気がはっているのか、いつも土方はどこか人をよせつけぬ雰囲気をまとっていた。
だが、今ここにいる彼は、ゆったりと寛いでいる。風呂あがりのため僅かに濡れた黒髪が額にかかり、総司を見つめている黒い瞳はとても穏やかだった。濃紺のパジャマがよく似合っていて、その上に羽織ったカーディガンが柔らかな印象をあたえる。
「もう少しだけ……起きています」
「なら、何か飲み物をつくろう」
「あ、じゃあぼくが……」
「いいさ、夕食の支度を全部おまえに任せてしまったんだ。これぐらいさせてくれ」
優しい笑顔でそう云うと、土方はソファから立ち上がった。そんなさり気ない仕草一つも、しなやかで美しい。
やがて、ミルクココアを二つ運んできた彼に、総司は小首をかしげた。
「土方さん、ココアみたいに甘いの飲めるのですか?」
「こっちはおまえの……砂糖入りのココア、俺は、砂糖なしのココアさ」
「砂糖なしのココアって、甘くないココアってこと?」
総司は目を丸くした。
「そんなのココアじゃないー!」
「これはこれで、カカオの味が楽しめてうまいんだぞ」
くすくす笑いながら、土方はラグマットの上に腰をおろした。寝転がっている総司のすぐ傍だ。
男の体温を身近に感じた総司は、急に気恥ずかしくなってしまった。慌てて起き上がると、坐り直す。
それに、土方が喉奥で笑い声をたてた。
「何もそんなあらたまらなくても」
「寝ころんでココア、飲めませんから」
「飲めるだろう」
「ふつう飲めませんよ」
「ふうん……じゃあ、夜明けの珈琲ってのは、やっぱりベッドの中で飲むんじゃないんだな」
「??? 夜明けの珈琲?」
きょとんとする総司に、土方は肩をすくめて笑っただけだった。僅かに目を伏せて、ココアを飲んでいる。
その彼のすぐ傍で、総司もこくんとココアを飲んだ。ふわっと甘い味が口の中に広がり、躯があたたかくなる。
それを幸せに感じながら、総司は土方を見上げた。
「土方さん、あのね」
「ん? 何だ」
「聞きたい事があるんだけど……」
そう口ごもった総司に、一瞬、土方は鋭い瞳をむけた。
それは、やはり記憶の事なのだろうか──?
あやふやな記憶だと云っていた。しかも、それに自分が関係している事を、薄々勘づいているようだ。
だが、すべてを話す気はなかった。
二人の関係を話したとしても、総司が記憶を失う切っ掛けになったあの事件だけは───
「……何だ」
つとめて自然に聞き返した。だが、僅かに喉にからんだような声になってしまった。
総司はそれに気づいたのか気づいてないのか、無邪気な仕草で小首をかしげた。
「あのね」
「あぁ」
「今日の晩御飯の時なんだけど。どうして、あんなに驚いたのですか?」
「え」
土方は思わず総司の顔を見返した。
そんな問いかけをされるとは思ってもみなかったという事もあったが、あの時の心情が態度に出ていたとは全く気づいてなかったのだ。
「驚いて……いたか?」
「いました。それも、すっごく」
「そうか」
土方は苦笑し、マグカップをトレイの上に置いた。ゆっくりとした動作で、その丸みをおびた陶器を指さきでなぞりながら、目を伏せる。
「そうだな……驚いたかもしれねぇな」
「どうして、ですか?」
「あの時と全く同じだったから」
「え?」
きょとんとする総司に、土方は顔をあげた。静かな──だが、どこか淋しげな笑みがその端正な顔をかすめた。
「おまえが俺に初めてつくってくれた料理と、同じ献立だったんだ」
「同じ献立って……ビーフシチューに、胡桃パンが?」
「それに、サラダも」
「ふうん。すごい偶然ですね」
総司は小さく笑った。
「ビーフシチューだったら得意だし、男の人であまり嫌いな人はいないかなと思ったから、つくったんですけど……おいしかったですか?」
「あぉ、おいしかったよ」
「……その時も、今も?」
僅かな躊躇いをもちながらも訊ねた総司に、土方は一瞬、言葉を途切れさせた。だが、すぐに優しい笑顔になると、頷いてみせる。
「あぁ、もちろん」
「……そう」
それきり、総司はまた黙り込んでしまった。子どものように膝を抱え込み、舞い踊る暖炉の炎を見つめている。
何を想っているのか、どこか沈んだ様子の総司を見つめながら、土方は微かな吐息をついた……。
窓ガラス越し、暗闇に降り舞う雪が見えた。
目の前からつづく針葉樹の森、その向こうに聳える山々に、純白の雪がいつまでも降り舞う。
真夜中の光景は美しく、清らかだった。
「……」
土方はそれを眺めながら、ソファで一人グラスを傾けていた。綺麗にカットされたグラスの中、琥珀色の酒が揺れる。
明かりを消したので、暖炉の炎だけが広いリビングを照らしていた。
ふと視線を動かしてみれば、ラグマットの上で総司はすやすやと眠りこんでいる。先程かけてやった毛布にくるまれたその寝顔は、あどけなく愛おしかった。
(あの頃と、ちっとも変わらねぇな……)
何度も夜を共にしていた頃、この腕の中で見守ってきた寝顔だった。
そのぬくもりをどれだけ愛しいと思ったことか。
思えば、いつも総司の幸せを願っていた。世界中の誰よりも幸せでいて欲しいと、心から願っていた。
だからこそ、あの事件の時、自ら総司との繋がりを絶ちきったのだ。身を引き裂かれるような苦痛に耐えながら、最愛の恋人の手を離した。
そして、総司を失い過ごした年月。
気も狂いそうなほどの絶望と孤独、寂寥に堪えつづけた日々だった。
その頃から思えば、今はまるで夢のようだ。
姿を消そうとした自分を、総司は追ってくれた。そして、あまつさえ、好きだと告げてくれたのだ。
もう、とめる事などできなかった。
総司を愛しいと思う気持ちは、その言葉によってあふれ、彼のすべてを炎のように燃やしつくしたのだ。
……愛しかった。
この世の誰よりも。
狂おしいほど愛しく、恋しかった。
総司だけが、誰よりも。
今もこの気持ちは変わらない。変わるはずもない。
その幸せを願う、気持ちも───
「……総司」
土方はそっと床上に跪くと、総司の寝顔を覗き込んだ。
指さきで頬に落ちかかった髪を、柔らかくかきあげてやる。長い睫毛がなめらかな頬に翳りをおとし、蕾のような桜色の唇が甘い寝息をもらしていた。たまらなく可憐で愛らしい寝顔だった。
土方は突き上げるような愛しさに、目を細めた。身をかがめると、総司を起さぬよう気をつけながらも、両腕でその華奢な体をそっと抱きすくめた。
そのまま、祈るように固く瞼を閉ざす。
「……愛してる」
微かな低い声が、薄闇に響いた。
一面の雪景色だった。
森をぬけると、目の前には光輝くような純白の雪野原がひろがり、そのむこうに湖水がきらきらと眩い光を反射させている。
「きれい……!」
総司は思わず歓声をあげ、土方をふり返った。
「ね、とっても綺麗ですね」
その笑顔はまるで天使のように愛らしく、可憐だ。
土方は目を細めながら、微笑んだ。
「……あぁ、そうだな。綺麗だ」
そっと手をのばし、髪を撫でてやる。それに総司は顔をちょっと赤らめてから、不意にくるりと背をむけた。
ぱたぱたと走り出してゆく。
足下で舞い上がった雪がきらきら輝き、まるでドラマのワンシーンのようだった。ふわふわと柔らかな髪が跳ね、首にまいた白いマフラーが揺れて可愛らしい。
「あんまり走ると、転ぶぞ」
そう声をかけたとたん、え?とこちらをふり返った総司がものの見事に転んだ。雪の中へ突っ込んでしまう。
「おい、大丈夫か」
慌てて走りよると、総司はぺたんと坐り込んだまま、髪や顔についた雪を手ではらっていた。
「雪まみれになっちゃった」
「余計な声をかけたからかな」
「そうですよ」
総司はぷうっと頬をふくらまし、土方を見上げた。
「絶対、土方さんのせいです。だから」
「え?」
不意に総司が手をのばしたかと思うと、彼の腕を掴んだ。そのままぐいっと力いっぱい引き寄せる。
「うわっ!」
思ってもみなかった総司の行為に、反射神経に優れた土方も咄嗟に反応できなかった。バランスを崩し、総司のすぐ傍へ倒れこんでしまう。
当然ながら、彼も頭から爪先まで雪まみれだ。
総司が楽しそうに声をあげて笑った。
「ほら、一緒ですよ」
「……ったく、雪まみれじゃねぇか」
土方は身を起すと、ぶるるっと犬のように頭をふった。黒髪から雪が飛び散る。
雪の上に片膝抱えてすわりこみ、濡れてしまった黒髪を片手で煩わしげにかきあげた。じっと見ている総司に、肩をすくめるようにして笑いかけてくる。
その姿はいつもの彼とはまるで違っていた。無邪気な男の子のような笑顔。
たまらなく嬉しくなった総司は彼の傍に坐り込むと、男の肩に小さな頭を凭せかけた。驚いたように土方が見下ろしたが、それでも構わなかった。
「……雪……」
しばらく黙って雪景色を眺めていたが、不意に、総司がぽつりと問いかけた。
「二人で……雪を見た事ありますか……?」
それに、土方はちらりと視線を流す。短い沈黙の後、答えた。
「こんなたくさんの雪は……見た事ないな」
「そう」
「東京で何度か雪は見たが、それでも、雪野原とかは見た事がなかった」
ふと、土方は目を伏せた。どこか淋しげな笑みが口許にうかべられる。
「今更だが、もっと出かけておけば良かったと思うよ。もっとたくさんの思い出をつくっておけば、少しは俺も淋しさを紛らわせたのかなと……」
「ぼくがいなくて……淋しかった?」
「!」
突然の言葉に、土方は弾かれたように顔をあげた。一瞬、大きく目を見開き、総司を凝視する。
それに、総司は小さく笑った。
「ごめんなさい。記憶が戻った訳ではないの……ただ、聞いてみたいと思ったから」
「……そう…か」
まるで、あの頃のような口調に、驚いてしまったのだ。それは歓びだったのか、怯えだったのか、今もわからないが。
土方は安堵感と失望がないまざった奇妙な感情を覚えながら、ゆるく首をふった。
「別に謝る事はない。それに……その問いに対する答はYesだ」
「土方さん」
「おかしな云い方だが、自分が淋しいと思っているのかわからなくなるぐらい、苦しみも悲しみも全部麻痺してしまうぐらい……淋しかった」
「……」
総司は息を呑んだまま、彼を見上げている。
それに、土方は静かに微笑んでみせた。
「だから……今がまるで夢のように思えるんだ。あれ程求めつづけたおまえがここにいる事が」
そう云ってから、土方は不意に立ち上がった。湖の方へ歩きだそうとしてから、ふと気づいたようにふり返る。
「……おいで」
優しい笑顔と一緒にさし出された男の手に、総司は胸がどきどきした。頬をそめながら手をのばすと、握りしめ、そっと立ち上がらせてくれる。
手を繋いだまま、二人は湖の波打ち際にむかって歩き出した。水面が風に波打っている。
それをぼんやり眺めていると、土方は不意に身をかがめた。
「何?」
「……魚だ」
打ち上げられでもしたのか、小さな白い魚が微かに身を震わせていた。それが痛々しい。
土方は目を伏せ、そっと魚を掌の中にすくいあげた。冷たく濡れた感触、そして、微かな震えが伝わってくる。
己の手の中にある、小さな命。
ふと、そんな事を思った。
小さな生命。
それを生かすのも殺すのも、自分の意志次第なのだ。
今、この瞬間。
自分の傍にいてくれる、愛おしい存在と同じように───
土方はそっと魚を指さきで撫でてから、水の中へと放った。ぱしゃんと音をたてて放たれた魚は、身をくねらせ、そのまま湖へと消えてゆく。
「……」
土方は湖面を見つめ、僅かに目を細めた。己だけの思考を追っている。
そんな彼に、総司は微かな不安を覚えた。何故だか、不意に彼がどこか遠くへいってしまうような気がしたのだ。
黙ったままそっと手を握りしめると、総司は土方の躯に身を寄りそわせた。だが、握り返しもふり向きもしない彼に、さり気ない拒絶を感じてしまう。
見上げると、土方はまだ湖を見つめていた。端正な横顔からは一切の表情がかき消され、冷たく感じるほどだ。
「……総司」
不意に、土方が呼びかけた。「はい」と答えると、視線を湖面にむけたまま、ゆっくりと続けられる。
「話があるんだ」
「え……」
驚いて見上げた総司に、土方がようやく視線をむけた。
彼の黒い瞳は、静かな意志の光を湛えていた。
「これは、おまえも、もうわかっている事だと思う。俺はこれ以上誤魔化す気はないし、おまえを迷わせる気もない。今すべてを話そうと思うんだ」
「土方さん……」
「総司……おまえは俺の恋人だった」
「!」
総司の目が大きく瞠られた。
それは、何となくわかっていた事だった。だが、それを土方が今はっきり口にした事に、驚いたのだ。
息をつめるようにして、彼だけを見つめる。
それを見つめ返し、土方は静かにつづけた。
「世界中の誰よりも」
「……」
「俺が生まれて初めて愛した、ただ一人の恋人だった……」
ざくっざくっと音が鳴っていた。
森の中を歩いてゆく、雪を踏みしめる足音だ。
二人はゆっくりと別荘にむかって歩いていた。土方が先にたって歩き、その後を総司が俯いたまま歩いてゆく。
時折ふり返ってみたが、総司は一度も顔をあげなかった。ずっと、その長い睫毛をふせている。
その様子に、土方はきつく唇を噛みしめた。
(……やはり、ショックだったのか)
いくら好きだと云っても、総司にとってそれは淡い恋慕のようなものだったのだろう。
それがいきなり、男の恋人だと云われ、躯の関係までもった仲だったと告げられれば、ショックを受けて当然だった。ましてや、土方は当初、総司をさんざんレイプしているのだ。あんなにも歪んだ形で始まった二人の関係を、まだ年若い総司がすんなり受け入れられるはずもなかった。
(俺はまた、斉藤あたりに怒られそうだな)
ほろ苦い笑みをうかべ、土方は前へ向き直った。再び歩き出していきながら、考える。
あの伊東の事件だけは除いて、黒手団にいた事から記憶喪失の時にした事まで、すべて何もかも話したと知れば、斉藤はまた呆れ怒るだろう。だが、嘘だけはつきたくなかった。総司に対して、嘘をつく事はできなかったのだ。
むろん、あの事件だけは別だ。総司の精神状態を思えば、話せるはずもなかった。話すべきでは決してなかった。
「……」
土方は森から歩み出ると、目の前に建つ別荘を一瞬見上げた。それから、すっと視線をその傍に停められた車へと流す。
車に歩みよって行きながら、土方は、その背に痛いほど総司の視線を感じたが、やめるつもりはなかった。車のドアを押し開く。そうしながら、総司の方へは視線をやらぬまま、云った。
ひどく投げやりな口調だった。
「……このまま帰るか」
「え」
総司が驚いたように目を瞠った。
それに、微かな笑みをうかべた。
「そんなに驚く事もないだろう。おまえはもう俺の正体を知ったんだ」
「正体って……」
「俺はおまえが思っているような、男じゃない。好きな相手を無理やり犯し、監禁した最低の男だ」
「そん…な!」
総司がふるふると首をふった。きつく両手を握りしめる。
「どうして、そんな云い方するの」
「どうしても何も、事実だ」
土方はドアをバンッと音をたてて閉じると、そのまま車のボディに背を凭せかけた。腕を組み、僅かに唇を歪ませる。
「嘘偽りのない事実なのさ」
「でも、その後、ぼくは幸せだったはずです。あなたを愛して……あなたに愛されて、幸せだったはず」
「幸せ…か」
くすっと笑った。
「おまえが本当に幸せだったのかどうかは、俺にもわからねぇよ。それにな、おまえもおかしいと思わねぇのか」
「な、何がです」
「幸せだったはずのおまえが、恋人である俺のことを忘れたんだ。綺麗さっぱり記憶から消し去ってしまった。そのこと自体が、おまえの幸せを否定していると思わねぇのか?」
そう云いざま鋭い瞳で見据えてきた土方に、総司は息を呑んだ。
確かに、何度も考えてきた事だった。
こんなにも好きだと思う人、昔恋人だった人──別れて再会して、また恋に落ちた男。
(なのに、どうして、ぼくは彼を忘れてしまったの……?)
それは、記憶を失うほど酷い事をされたからだ──という疑いようのない事実を、総司に突きつけていた。幸せであったのなら、本当に彼に愛されて幸せだったのなら、彼の事を忘れるはずがないのだから。
忘れたいと望んだ。
この人のことを自分の中から消し去ってしまいたいと、そう願ったから、忘れたのだ。
何もかも、自分自身が望んだこと───
「……確かに、そうかもしれません」
総司はしばらく黙り込んだ後、静かな声でそう云った。
「でも……だけど」
ぎゅっと両手でコートを握りしめた。
それから、一つ息を吸ってから、きっと顔をあげた。大きな瞳で、まっすぐ土方だけを見つめる。
そして、云った。
「それが……何だというのですか?」
「──」
まさか、そんな事を云われると思っていなかったらしく、土方の目が見開かれた。
驚いた表情の男にむかって、総司は澄んだ声ではっきりと云いきった。
「以前、ぼくはあなたの恋人だった。そして、何かあったから、あなたの事を忘れてしまった。でも、それがいったい何だというのです? 今のぼくたちに何の関係があるというの?」
「……総司」
「どうして今を大事にしたらいけないの? 何で、過去にとらわれなくちゃいけないの? あなたが好きだという気持ちを、どうして……!」
不意に、総司は言葉を途切らせた。
込みあげる感情の強さに、無意識のうちに涙があふれていた。視界がぼやけてしまう。それをぐいっと手の甲でぬぐい、総司は一直線に土方のもとへ歩みよった。
そのまま両手をのばすと、呆然としている男の躯に抱きついた。広い胸に縋りつき、叫んだ。
「ぼくはあなたが好き! 好きで好きで、たまらないの……!」
「総…司……」
「他の誰でもない。過去も何も関係ない。ただ、今ここにいてくれるあなただけが好きなの。愛してるの」
迸るような激しい想いのまま云いきった総司は、顔をあげた。涙に濡れた瞳で土方を見上げ、唇を震わせた。
息をつめて見つめる土方の前で、総司の目からぽろりと涙がこぼれ落ちた。
「それだけじゃ……だめ?」
声が震えた。
「今だけを見つめて、あなたを愛したら……だめですか?」
「! 総司……っ」
もう、たまらなかった。
突き上げるような愛しさに、狂おしいほどの恋しさに堪えられず、土方はそのほっそりした躯を抱きよせた。背中が撓るほど抱きしめ、その柔らかな髪に頬をすり寄せる。
「愛してる! 愛してる、総司……!」
「土方…さん……」
「愛してる。前も今も……これからも、ずっとおまえだけを」
土方はそう告げると、総司の項を掴むようにして仰向かせ、唇を重ねた。
吐息まで奪うような激しいキスに、一瞬、総司の躯が男の腕の中で竦み上がる。だが、すぐ懸命に応えようと、男の首に両手をまわした。つまさき立ちになって縋りついてくる。
「…っ…ぁ、ん…ぅ…っ」
躯の芯まで痺れてしまいそうな、甘く濃厚なキスだった。何度も角度をかえて口づけられ、総司はしまいに躯中の力が抜けて立っていられなくなる。
それに気づいた土方は総司の躯を軽々と抱きあげると、ふわりと車のボンネットの上に坐らせた。
そのまま、また背に手をまわして抱きよせ、深く唇を重ねてくる。
総司が想像していたより、彼の唇は熱かった。
もっと冷たいと思ったのに、そのキスと同じように熱くて情熱的で、とろけてしまいそうで───
「……愛してる……」
耳もとに唇を寄せて囁きかける男の腕の中、総司はうっとりと目を閉じた……。
