酔っぱらうにも、色々なタイプがある。
ものすっごいお喋りになるとか、ハイになるとか、泣き上戸になるとか。下手すりゃ、キス魔だとか。
総司の場合は、また別だった。
いくら二十歳になって飲めるようになったと云っても、もともとお酒に弱いのだ。しかも、ぽよよんとした天然ぶりが更に輪をかけ、グレードアップしてしまう。
だから、なのか。
酒の席で。場所は居酒屋、同じ芸能人やらスタッフやらと呑んでいた席で、ぽろっと云っちゃったのだ。
「え? 好きな人〜?」
総司はとろんとした瞳で、その問いを投げかけた相手を見た。
相手も酔っぱらった赤ら顔で、にこにこしながら頷く。
「そ、好きな人」
「うーん」
「いるんでしょ? 総司くんなら、どんな可愛い女の子でも似合うし」
「いやいや、総司くんだと、逆に女の子の方が霞んじゃうない」
がははと笑うスタッフたちの横で、マネージャーの磯子は、はははと力無く笑った。
実際、そうなのだから仕方がない。
男の子であるはずの総司なのだが、そこらのアイドル顔負けの可愛さ、可憐さだった。中性的な魅力と、その透明感のある天使の歌声で、全国の老若男女を魅了しつづけている。
「で、いるんでしょ?」
しつこく訊ねるスタッフに、総司は「んー」と笑った。すべすべした頬が仄かに染まり、ベビーピンクの唇が甘い桜んぼのようだ。
「いますよ〜」
そう答えた総司に、周囲は「おおーっ」となった。だが、磯子はぎくっとした。
もしかしてと見れば、総司は完全に酔っぱらっている。頬は上気し、目はとろんと潤んでいた。
やばい、やばい、やばい。
「そ、総ちゃ……っ」
慌てて磯子は立ち上がり、とめようとした。だが、既に遅しだった。
「あのね」
総司はにこにこしながら、答えた。
それも、居酒屋に響きわたるぐらいの大声で、力いっぱい宣言した。
「ぼく、土方さんがだい好きなんです!」
だが、悲しいかな。
当然のことながら、周囲の反応は今ひとつだった。皆、きょとんとしている。
「土方? 誰、それ」
「そんな女優いたっけ。歌手?」
「違う、違いますよ〜」
総司は一転、ぷんすか怒って両手をふり回した。
好きな人のことなのだ。だい好きな恋人のことなのだ。
酔いでぶっ飛んでしまっている総司は、だい好きな彼の事を説明しなくては! と燃え上がっていた。
どんなに彼が恰好よくて素敵で優しいのか、説明しなければ!
「女優じゃなくて、検事さん! 東京特捜のエース検事の、土方歳三さんなんです」
「エース検事……え?」
「すっごく優しくて恰好よくて、お料理も上手なんですよ。何でも出来ちゃうし、もちろん、きっとお仕事も出来て」
聞き間違う事のないぐらい、きっぱりはっきりぺらぺら懇切丁寧に説明しまくる総司に、磯子は「あちゃ〜」と頭を抱えた。
だが、そんなマネージャーの苦悩を知る由もない総司は、うきうきしながら喋っている。
「この間もね、ぼくのだい好きな苺ムースつくってくれて。嬉しくておいしくて、頬っぺた落ちそうになっちゃった」
「えー、ちょっと待ってよ。その人って男だよね」
「もちろん。すっごく恰好いいですよ、ぼくより背も高いし」
「その人が総司くんの好きな人〜?」
「うん!」
元気よく返事をする総司に、一瞬、磯子は目の前がまっ暗になる思いだった。
だが、しかし。
幸いにしてそこは居酒屋。
居酒屋と云えば、酔っぱらいのいる処。
酔っぱらいがまともに話をするはずもないし、聞くはずもない。
(わ、忘れているはずよね。覚えていても、誰もまともにとる訳……)
自分に云い聞かせるようにこくこく頷いていた磯子は、居酒屋の中をふと見回し、ぎくりとした。
奥の方の席に、ダンボ耳の記者たちが陣取っているのが目に入ったのだ。
「…………」
沈黙してしまった磯子に、天然呑気な酔っぱらいベイビーが、
「いっちゃん、もっと飲もう〜!」
と、ビールをグラスにどばーっと注いだ。
「……頭、痛い〜」
翌日、当然の結果が出ていた。
総司は完全な絵に描いたような二日酔いになっていたのだ。
あたり前の事なので全く同情しないが、恋人である土方の方は違うらしく、先程からせっせと世話を焼いている。
二人してオフだった事は幸いよね、と、磯子は思った。
ソファに寝っ転がっている総司を眺めつつ、磯子は土方に話しかけた。
「何、つくっているの?」
「ミックスジュース」
バナナや林檎をせっせと剥いている土方に、磯子は小首をかしげた。
「それって、二日酔いに聞く訳?」
「総司だからな、甘いものの方がいいみたいなんだ。この間もこれでマシになったし」
「え、二度目?」
「ここまで酷いのは、二度目かな」
土方は肩をすくめつつ、答えた。
「貰った酒がまた上等の甘口で、妙にそれを気にいった総司が、俺が風呂に入っている間に飲みまくって、べろんべろんになっちまった訳だ」
「で、翌朝はお決まりの二日酔いって訳ね」
やれやれと首をふってから、磯子は総司の元へもどった。きゅ〜っとなっている総司を覗き込む。
「総ちゃん、大丈夫?」
「……大丈夫…じゃない〜……」
「仕方ないわよ。まぁ、明日にはよくなってる事を祈ってるわ」
「でなきゃ、やだ……」
「やだって自業自得でしょうが」
磯子は立ち上がりかけて、ふと気が付いた。鞄を肩にかけながら、訊ねる。
「そう云えば、覚えてるの?」
「え?」
「昨日のことよ、総ちゃん、全部覚えている訳?」
「……って、何かあったっけ……」
きょとんとした顔の総司に、磯子は「やっぱり」と呟いた。それに、総司が小首をかしげる。
「何? ぼく、何かした?」
「何かしたというより、云ったのよ」
「え?」
「まぁ、大丈夫でしょ。周りもみんな酔っぱらっていたし」
そう云うと、磯子は今度こそ本当に立ち上がった。キッチンで、ジューサーをごーっと回している土方に声をかけ、部屋を出てゆく。
見送る土方との会話、バタンと閉じられる音を聞きながら、総司はんーっと可愛い顔をしかめた。
何か、ひっかかってはいる。
しかし、如何せん頭痛が酷くて、なーんにも考えられないのだ。
(いいや、もう。たいした事じゃないだろうし)
総司はそう判断を下すと、抱え込んだクッションにぱふっと顔をうずめた。
とたん、上から声が降ってくる。
「総司、飲めるか?」
「え……」
見上げると、土方がテーブルにミックスジュースを置く処だった。ご丁寧にグラスにオレンジまでつけられ、まったりした黄色がとてもおいしそうだ。
「うん」
総司はだい好きなジュースに、嬉々として起き上がった。まだ頭が痛いが、それでも甘いものは飲みたい。食欲が全くないのだから、尚のことだった。
ごくごく飲むと、体の中がすっと涼しくなった気がした。
彼がつくってくれたから、否、だい好きな彼がつくってくれたからこそ、こんなにもおいしいのだろう。
そんな事を考えながら、総司は土方を見上げた。ソファの隣に腰かけた彼に寄りそい、その胸もとに凭れかかる。
「だーい好き」
そう云った総司に、土方はちょっと目を見開いた。だが、すぐに、くすっと笑うと、総司の頬にキスを落してくれる。
「そんなにおいしかったか?」
「うん、とっても」
「愛がこもってるからな」
臆面もなく云ってのけた土方に、総司はくすくす笑いだした。とびきり幸せな気分でグラスを置くと、ごそごそ身動きし、土方の膝上に猫のように乗りあがった。
「おいおい」
土方は総司の細い腰に腕をまわして支えると、悪戯っぽい瞳でその可愛い顔を覗き込んだ。
「もう二日酔い全快か?」
「そうじゃないけど、甘えたくなっちゃって」
総司は土方の胸もとに、ぬくぬくと気持ちよさそうに凭れかかった。彼の鼓動とぬくもりが心地よい。
ゆっくり髪を撫でてくれる彼の手も、安心感と睡魔を誘った。
「眠くなった?」
「う…ん……」
「おやすみ」
甘いキスが頬に落とされた。
それに、にこっと小さく笑って。
総司は土方の胸もとに凭れかかったまま、すやすやと心地よい眠りに落ちていったのだった。
騒動が起こったのは、翌日の事だった。
どうにか二日酔いから脱出した総司は、その日、スタジオにいた。一人で、せっせと歌の調整をしていたのだ。
そこへ駆け込んできたのは、磯子だった。
「そ、総ちゃん!」
上ずった声で叫んだ磯子は、目を丸くしている総司に一冊の雑誌を突きつけた。
「何? え?」
「これ、これを見てよッ」
磯子が捲ってみせたページを目にした時、総司は一瞬、意味がわからなかった。
そこに載っていたのは、かなり見栄えのいい男の写真だった。若い男だ。
タイトに締められたネクタイから、ワイシャツ、スーツが長身によく似合い、惚れ惚れする程だった。綺麗に整えられた黒髪も、切れの長い目も、形のよい唇も、みーんなよくよく見慣れたものだ。
仕事の最中──それも、特捜の捜査なのか、端正な顔に厳しい表情をうかべていたが、それは紛れもなく……
「……土方、さん……?」
小さな声でもそもそと呟いた総司に、磯子が叫んだ。
「見りゃわかるでしょ!? そうよ、土方さんよっ」
「って、何で……え、この記事……」
ざっと記事に目を通した総司は、呆気にとられた。
そこには、国民的アイドルである歌姫総司が、東京特捜部のエース検事と、親密な間柄であることが、えんえんと書かれてあったのだ。さすがに同性愛的な意味あいを帯びてくるので、あからさまではないが、それとなく匂わせてある処がまた怪しげだ。
「何で? 何で、この人たち、ぼくたちの事を知ってるの?」
総司は雑誌から顔をあげ、磯子に訊ねた。
「ぼくと土方さんが親しいなんて、そんな……」
「総ちゃん、やっぱり全然覚えてなかったのね」
「へ?」
「この間の居酒屋で、総ちゃん自身が喋ったのよ。つまり、土方さんのことノロケまくっちゃった訳」
「ノロケって……え、えぇえーッ!?」
総司は思わず仰け反ってしまった。
「そ、そんな事しちゃったのっ?」
「めろめろになって、ノロケまくってたわよ。恰好よくて優しくて、だい好きとか」
「だって、それは本当の事だもの! 土方さん、すっごく恰好よくて優しくて……」
思わず力説してしまった総司に、磯子はやれやれと首をふった。
「あのね、総ちゃん、今この状況をわかってる?」
「う」
「土方さんが恰好いいとか優しいとか、そんなの云ってる場合じゃないのよ」
「……はい」
「じゃあ、とりあえずホテルへ移動しましょ。マンションにいったん帰って荷物まとめたら、ホテルへ避難した方が無難だからね。それから、当然、土方さんとも逢うの禁止!」
「で、でも……っ」
総司は、たったか歩き出した磯子を追いながら、訊ねた。
「ぼくなら当然だけど……何で、土方さんまでこんなに詳しく載せられちゃうの?」
「ある意味、彼も公人でしょ」
磯子は仕方がないという表情で答えた。
「何度か、映像も撮られているし。ほら、記者会見とか、捜査の時とか。その映像を流用したみたいよ」
「そんな……」
「それに今、東京特捜部、金融関係で大事件あげて注目浴びているでしょう? 尚更だと思うの」
「でも、芸能人じゃないなんだし……別に逢っても……」
「あのね、総ちゃん」
くるりとふり返った磯子は、厳しい口調で云ってのけた。
「今度の事は、総ちゃんだけじゃない、土方さんのキャリアにもかかわってくる事なのよ」
「え」
「検事って事は、つまりは官僚でしょ。検察庁の官僚。それがこんなスキャンダル起したら、やばいに決まってるじゃない。ましてや、男の子の総ちゃんが恋人だなんてバレたら、一巻の終わりよ」
「……っ」
総司は思わず息を呑んだ。本当に驚いたらしく、大きく目を見開いている。
その様子に、磯子は何だか小さなウサギを苛めたような気分になりつつ、声を和らげた。
「だから……ね? そうなる前に事を収めなきゃ。そのための方策なのよ、これは」
「……うん」
「じゃあ、行きましょう」
とぼとぼと歩き出した総司を心配そうに眺めやり、磯子は大きくため息をついた。
当然のようにマンション周囲にもマスコミはいたが、総司は磯子の車で中へ入る事に成功した。
地下駐車場で待っている磯子を待たせないように、大急ぎで部屋へ入り、ポンポンと荷物をボストンバックに詰め込んでゆく。
その大忙しの真っ最中だった。
ピンポーン。
高らかに鳴った音に、総司は細い眉を顰めてふり返った。だが、すぐに出るのだし放っておこうと知らん顔で、荷物をまとめ続ける。
「えーと、これでいいかな」
総司は綺麗に畳んだ服をつめこみ、忘れ物はないかと部屋の中を見回した。
それから、「あ、そうだ」と思いだし、洗面所へ走る。愛用の石鹸を取り出した処で、不意に、総司はびくんっと身を竦めた。鏡に自分以外の影が映ったのだ。
「!?」
驚いた総司は、次の瞬間、後ろから抱きすくめられていた。スーツの腕がまわされ、ぎゅっと抱きしめられる。
すぐさま誰かわかった総司は、かぁっと頬を上気させた。
「ひ、土方さんっ」
慌ててわたわた手をふり回すと、土方がくすくす笑った。
「えらく急いでいるんだな。急なロケか?」
「そ、そうじゃなくてっ」
総司は土方の手から逃れ、彼の姿を見た。
仕事帰りから直行で来てくれたのか、一分の隙もないスーツ姿だった。どこから見ても、エリートビジネスマンだ。
タイトに締められたネクタイに、まっ白な糊のきいたシャツ、黒っぽい上質のスーツまで、均整のとれた長身によく似合っている。
(めちゃくちゃ恰好いい……ほら、やっぱり優しくて恰好いいもん。嘘じゃないもん)
総司はうっとり見惚れてしまってから、はっと我に返った。
磯子の警告が頭に点滅したのだ。
「だ、だめ!」
慌てて距離を置いた総司に、もう一度抱き寄せようとしていた土方は目を丸くした。
「何が」
「だから、だめ! 近づいちゃ駄目なの」
「??? よく意味がわからないけど……何で?」
「土方さん、雑誌見てないの?」
思わずそう訊ねてしまった総司に、土方は一瞬、目を見開いた。それから、何とも奇妙な、どこか愉しんでいるような笑みをうかべる。
「……あぁ、見たよ」
「見たんだったら、わかるでしょ。あんな事書かれて、逢ってたらそれこそ問題になっちゃいますよ」
「問題、ない」
土方はくすくす笑いながら、壁に背を凭せかけた。腕を組み、微かに小首をかしげてみせる。
「同じマンションに住んでるのに? 同棲同然なのに? 今更問題も何もないんじゃないのって思うけど」
「だから……ホテルへ移るんです!」
そう叫んだ総司に、土方は「え?」という顔になった。それから、本当なのか、すっとぼけているのか、大喜びで総司の躯をひょいと抱きあげてくる。
「そうかそうか、お泊まりか。どこにする? どこでも好きなホテル、リクエストOKだぜ」
「そうじゃなくて! ぼく一人で行くの!」
「いやだね」
あっさり云いきった土方は身をかがめ、総司の躯をぎゅうっと抱きしめた。小柄な少年の躯は、男の腕の中にすっぽりとおさまってしまう。
「おまえと逢えないなんて、いやだ。我慢できると思うか?」
「ぼくも、いやだけど……辛いけど……っ」
「なら、ここにいろよ」
「だって……」
総司はきゅっと唇を噛みしめた。
磯子に云われた言葉がぐるぐる回っている。
自分の立場なんてどうだっていい。
でも、彼のキャリアに傷がつくなんて、そんなの絶対に嫌だから。
してはいけない事だから。
「……少しの間だけだもの」
総司は大きな瞳で彼を見上げた。
「ほんの少しだけ、離れた方がいいの」
「おまえは平気なのか?」
「土方さんが……」
総司は桜色の唇で、そっと囁いた。
「ぼくを……愛してくれているなら」
「……」
可愛いお姫さまの殺し文句に、土方はつい苦笑してしまった。
