ずるいなぁと思う。
この可愛い恋人は、時々こんなふうに無意識のうちに、小悪魔になるのだ。可愛い可愛いアクマに。
しかし、こんなふうに云われたら、どうしようもない。
(送り出す他ないか……)
土方は身をかがめると、総司の白い額に、ちゅっとキスを落とした。
「……いっておいで」
「え、いいの?」
「とめても仕方ないんだろ。俺はおまえの事、めちゃくちゃ愛してるから。ちょっと離れたぐらいで、揺らぎはしないさ」
「う、うん……」
自分で云った事ながら、何だかしゅんとなってしまっている総司の髪を、土方はそっと撫でた。それから気づき、自分がしていた時計を外して、総司の手首につけさせる。
男物の大きなそれは、華奢な総司の手首につけると、何だかアンバランスでそのくせどこか色っぽかった。
「こ、これ……」
「お守り。離れている間、俺だと思って」
「土方さん……」
こくこくと何度も頷く総司に、土方は優しく微笑んだ。
そうして、荷物をまとめるのを結局はあれこれ手伝ってやり、無事外へ送り出す。
「じゃあね……ちょっとの間だけ」
「あぁ、気をつけてな」
にこやかに手をふる土方に、淋しそうな表情をうかべつつ総司は手をふり返した。そのままエレベーターに乗り込んでゆく。
その扉が閉まり、総司が完全に去ったのを確かめると、土方はゆっくりと手を下ろした。その端正な顔からは、一切の表情がかき消されている。
ツンドラが吹きそうなほど冷たい表情で、すうっと目を細めた。
「よくも……覚えていろよ」
むろん、怒りの矛先は総司でも磯子でもない。二人の仲を暴露した雑誌社だ。
彼の可愛い可愛い総司を、泣かせまでしたのだから、許せるものではなかった。ましてや、この騒動のために引き離されたのだ。
この恨み必ず晴らしてやると、土方は秘かに燃えた。
自分の部屋へ戻っていきながら、じっくり方策を考えた。切れの長い目が、剣呑な光を湛え始める。
世の中では。
人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られろと云うが。
「馬に蹴られろどころか、撃ち殺してやろう…だな」
スナイパーらしい物騒な事を呟き、土方は部屋に入った。スーツの上着を脱ぎ捨て、さっさとパソコンを立ち上がらせる。
珈琲の入ったマグカップ片手に、パソコンの前に坐った土方は、しばらくの間、ネット探索をくり返していた。やがて、満足する成果を得たらしく、うっすらと笑みをうかべる。
形のよい唇の端をつりあがった。
「本当なら殺してやりてぇいが、俺って優しいから?」
くすっと笑った彼の瞳は、ひやりと底光りしている。
優しいとは到底云えぬ声で呟いた土方は、珈琲を一口飲んでから、おもむろに受話器を取り上げた。
そして、やり手のエース検事らしく、着実に計画を実行へ移していったのだった。
「……はぁっ」
大きくため息をつき、総司は窓ガラスに額を押しつけた。
外は雨だが、空調のきいた室内は心地よい温度と湿度に保たれている。
だが、そんなこと、今の総司にはどうでも良かった。磯子がせめてもの慰めにとリザーブしてくれた、一流ホテルの綺麗な部屋も、ふかふかのベッドも、泡がでるバスルームも、総司にすれば、自分一人ではどうしようもない。
「そ、そりゃ、土方さんがいたらいたで困るかもしれないけど」
ちょっと色々想像してしまい、総司は頬を赤らめた。だが、すぐに自分が一人ぼっちだという事を思いだし、また、はぁっとため息をつく。
外は静かな雨だった。ぶ厚いガラスを通しては、雨音も聞こえない。
だが、昼下がりの東京は、静かに雨に濡れていた。薄く靄がかかり、何だか不思議な世界のようだ。
「水族館の魚みたい」
町ゆく人ではなく、自分がだった。
こんな処に閉じこめられて、じっと外を見ている自分が魚のように思えたのだ。
もう二日だった。ちょうど仕事が曲づくりの時期だったため、それが幸いしている。だが、半ばオフと云ってもよい一日を、ホテルの中で過すのは面白いはずがなかった。
いつもなら、曲づくりにも励めるだろうが、騒動のことや彼のことが気になり、なかなか集中ができない。
「あああ、もう駄目」
総司は歌詞をつくっていたのだが、シャーペンを放り出し、デスクに突っ伏した。
その手にはちゃんと、あの彼の時計が嵌められてある。
総司はそれをそっと指さきで撫でた。
とても精巧な造りだが、ブランドものではない。昔気質の職人がつくった一点ものだと聞いていた。
「綺麗な時計……」
これを自分につけてくれた彼の事を思いだし、とたん、泣きそうになった。
恋しくて逢いたくて、たまらないのだ。
いつもなら忙しくて逢えなくても我慢できるのに、禁じられているからか、状況のためか、たまらなく彼が恋しくなってしまう。何をしていても、彼の事ばかり考えてしまうのだ。
総司はふと気づき、携帯電話を取り上げた。確かめてみるが、何のメールも入っていない。
土方からの連絡が途切れている事も、総司の不安の材料となっていた。
怒っているとは思わない。
でも、土方さんも、それだけ大変って事じゃ……
「……もうお酒なんて飲まないもん」
今更悔いても遅い言葉を呟きつつ、総司は立ち上がった。気分転換にお風呂にでも入ってこようかと思ったのだ。
「そうしようっと」
総司は決めると、備え付けのバスキューブを選び始めた。
甘い香りのバスキューブばかりだ。磯子が買ってくれたもので、少し贅沢なものだ。
「やっぱり、ストロベリーかな?」
形もケーキ型のそれは甘すぎず、上品なストロベリーの香りがするバスキューブだった。総司のお気に入りだ。
ちょっと気持ちが上昇するのを感じつつ、総司はバスタブにお湯を注ぎはじめた。中へぽんっとバスキューブを放り込む。このホテルのバスルームは最新式のため、たった三分でお湯が張られる。
「うちのマンションにも欲しいかも」
総司はきゅっきゅっと音を鳴らしながら蛇口をひねり、お湯をとめた。バスルームの中は甘い香りで満たされている。
それに満足した総司は、さぁ服を脱ごうかと服に手をかけた。その時だった。
ピンポーン!
あまりマンションと変わらない呼び鈴が鳴った。
それに、総司は小首をかしげる。
磯子は先程帰ったところだし、他に誰かがくる予定もなかった。ルームサービスでくるはずの夕食も、まだまだ後だ。
「……誰だろ」
総司はおそるおそるドアへと歩み寄った。
もしかして、マスコミ関係者がここを嗅ぎつけ、押しかけてきたのだろうか。だとしたら、絶対に出てはいけない。
総司はドアに顔をくっつけ、そぉっと覗き窓から覗いた。
とたん、息を呑んだ。
「ひ、土方さんッ」
廊下に佇んでいるのは、確かに土方だった。
変装のつもりなのか、細いフレームのだて眼鏡をかけている。
いつもよりくしゃっと乱れた黒髪。
深緑の開襟シャツにブラックジーンズという、遊び人めいた恰好だ。そのくせ、彼が纏う大人の男特有の危うい艶っぽさは、いつもながら総司の胸をどきどきさせる。
土方はジーンズの隠しに両手を突っ込んだまま、廊下の向こうの方を眺めていた。
端正な横顔は引き締まり、どこか緊張感を漂わせている。
(何を見てるの……?)
不思議に思った時、不意に土方が視線をこちらへ戻した。
とたん、黒い瞳が悪戯っぽく光り、形のよい唇が甘やかな微笑みをうかべた。ドア越しに、低い声で囁きかけられる。
「総司……ここを開けて」
「……」
───陥落だった。
磯子に、土方さんが来ても絶対絶対開けては駄目と云われた事も、今の状況も、あっという間にすっ飛んでしまった。飛びつくようにしてドアの鍵を回し、押し広げる。
次の瞬間、あっという間に男が部屋へ入り込み、総司の小柄な躯はその腕の中におさめられていた。ぎゅっと息もとまるほど抱きしめられる。
「土方…さん」
「総司」
そう互いの名を呼びあい、土方は総司の頬を両手のひらで包み込んだ。身をかがめ、瞳と瞳をあわせる。
微かに笑った。
「ちょっと目が潤んでいる」
「だって……逢いたかったんだもの」
「今、こうして逢っているよ。ちゃんと逢いに来た」
「うん」
こくりと頷き、総司は爪先だちになった。両手をのばし、土方の首にかじりつく。
その体がふわりと浮いた。土方が腰に腕をまわし、たて抱きにしたのだ。視線が逆転したまま、土方は総司に微笑いかけた。
「いい匂いがする」
「あ、バスキューブかも。お風呂に入ろうと思ってたから」
「ストロベリーだな」
くすっと笑い、土方は総司を抱いたままバスルームへ入った。まっ白な大理石が張られたバスルームは広く、とても美しい。
土方は総司の衣服を脱がせながら、甘い笑みをうかべた。
「まるで、おまえ……ケーキみたいだ」
「ケーキ?」
総司は男の手にある予感を抱きながら、大きな瞳で彼を見上げた。
「じゃあ、ぼくは今から食べられちゃうの?」
「食べてもいい?」
「だーめ」
総司は可愛らしく笑った。
「甘いの、土方さん、苦手でしょ?」
「これは別ものさ」
「すっごく我侭」
「我侭お姫様に云われるとはね」
くすくす笑いながら、二人は互いの衣服を脱がせあった。
そのまま、ストロベリーの香りで満たされた白いお湯の中に身を沈め、甘く柔らかく濃厚に愛しあう。
逢えなかった時の淋しさを、消し去るように。
互いの求めあう気持ちを、確かめるように。
「……ふっ、ぁ…ぁん」
甘く掠れた声をあげ、総司は湯の中で身を捩った。
男の膝上に抱かれ、先程から何度も蕾の奥を指で探られている。そのたびに、総司が躯を動かすので、ばしゃばしゃと水音が鳴った。
「あまり暴れるなって」
「……だ、って…ぁ、ぃ、やぁッ」
「いや? こんなに可愛い声で泣いているのに?」
土方は火照った頬にちゅっと音をたてて口づけ、その細い躯を抱え直した。指を抜きとれば、総司がはぁっと息をつく。
ストロベリーの香りと、総司の幼くも艶めかしい肢体だけで、のぼせてしまいそうだ。
そんな事を考えつつ、土方は総司をバスタブの縁に掴まらせた。下肢を押し広げる。
「しっかり掴まっていろよ」
「え……?」
ぼうっとした表情でふり返った総司は、のしかかってくる男に息を呑んだ。蕾に熱いものがあてがわれた。
後で訪れる快感を知っていても、やはり怖い。
「やッ……!」
思わず上へ逃れようとした総司だったが、すぐさま引き戻された。そのまま、蕾が押し広げられ、ゆっくりと男の猛りが挿入されてくる。
「ぃッ、ひ…ッ」
総司はたまらず仰け反った。震えながら、必死にバスタブの縁をつかむ。
じわじわと下腹を犯す重量感と圧迫感に、息がつまりそうになった。だが、それも、一番感じる部分を抉るように、ぐっと突き上げられた瞬間、快感の泡となって弾ける。
「ぁあッ」
甲高い声をあげ、総司はびくびくっと躯を震わせた。入れられただけで、イッてしまったのだ。
それに気づいた土方がくすくす笑いながら、赤く染まった耳もとに唇を寄せた。
「入れられただけで、いっちゃった?」
「…ゃッ、も、やだぁ……っ」
「すげぇ可愛い。可愛くて可愛くて、全部食っちまいたいぐらいだ」
土方は総司の白い背中にキスの雨を降らせると、そのままぎゅっと後ろから抱きしめた。躯を密着させ、より感じるように甘く激しく揺さぶってゆく。
たちまち、総司は甘い悲鳴をあげた。
「や…ぁ、っぁあッぁあ」
「総司……あつ……っ」
「ん、んん、ぁ…ぁあっ、ぃ、ぃいッ」
総司は泣きながら、土方を全身で感じた。
耳もとにふれる彼の荒い息づかいも、濡れた黒髪の感触も、時折、キスを落してくれる熱い唇も。
しっかり抱きしめられたまま愛されると、本当に身も心も、とろけてしまいそうで。
「……す、き……っ」
激しく突き上げられながら、総司はいつしか譫言のように泣き叫んでいた。
「土方さん…が、好き……っ」
「……あぁ、俺もだ。総司……」
「も、離れないで……一緒に、ぁ…ぁああッ」
応えを返すように、男の逞しい両腕がその躯をきつく抱きしめた。
それに、総司は幸せそうに目を閉じた。
恋人たちの時間は、甘い甘いストロベリーの香りの中で、とけていったのだった。
軽やかな電子音が鳴っていた。
ホテルの電話だ。
「……」
薄く目を開いた土方は、小さく吐息をもらした。腕の中の可愛い恋人を眺める。
バスルームでの情事の後、ベッドでもさんざん可愛がってやったせいで、ぐっすり眠ってしまっていた。まだまだ、この甘いぬくもりを感じていたいが、仕方がないだろう。
土方は身を起すと、ベッドから滑り降りた。傍らで総司がむずかるように小さく声をあげたのに、ちょっとキスを落としてやる。
バスローブを纏いながら、受話器の子機を取り上げた。そのまま足早に寝室を出て、つづき間のリビングへ入った。そっと静かに扉を閉じる。
ホテルの交換台が告げてきた名に、一瞬、片眉をあげた。だが、すぐ繋ぐように頼む。
『もしもし? 総司?』
斉藤の声に、土方は僅かに低く笑った。
その声が向こうに届いたらしく、斉藤が素っ頓狂な声をあげる。
『ひ、土方さん!?』
「正解。よくわかったな」
『冗談じゃありませんよ、あなた、総司の部屋で何をしてるんですか』
「やぼな事をきくなって。それより、解除のお知らせだろ?」
くっくっと笑いながら、土方は云った。
「総司も俺もマンションへ戻っていいんだろ? それどころの騒ぎじゃねぇものなぁ」
『……やっぱり、あなたですか』
吐息まじりに、斉藤が呟いた。
『ニュースを見た時、あなたがリークしたんじゃないかと思ったんですが』
「さぁ? 何の話だ?」
斉藤はやれやれと云った感じで、言葉を紡ぐ。
『あなた達の事をスクープした雑誌社の親会社は、あの木口ですからね。木口自身の脱税やら粉飾決算やらがバレて近々逮捕の予定じゃ、あなた達の事など吹っ飛んでしまうに決まっていますよね』
「脱税で逮捕か、それは気の毒に」
土方はソファに腰かけながら、云った。だが、その黒い瞳がどこか悪戯っぽい光をうかべている。
『何が気の毒にですか。あなたが仕組んだ事でしょう?』
「おまえの勘ぐりだって。だいたいさ、この俺が、可愛い総司の仲を邪魔しやがった奴を、それぐらいで許すと本気で思っているのか?」
『……』
沈黙してしまった斉藤に、土方はくすくすと笑った。
「冗談だって、冗談」
『……土方さんの冗談は、冗談になりませんよ。とりあえず、総司によろしくと伝えておいて下さい。明日の朝、磯子ちゃんが迎えに行くそうですから』
「了解」
短い挨拶と共に切られた電話を、土方はしばらくの間、弄んでいた。やがて、ソファの上に投げ出すと、形のよい唇に不敵な笑みをうかべる。総司には、決して見せない裏の顔だ。
すべて、斉藤の推測どおりだった。
土方が総司を泣かせた報いに、雑誌社の親会社社長木口を陥れたのだ。むろん、脱税や粉飾決算は事実なのだから、何ら非難される事はなかった。あれで、自分の足下の火を消すのに大慌てだろう。
もっとも、彼の大切な可愛い総司を泣かせたのだから、あれぐらいで気がすまなかったが。
「……ま、その辺りはじっくり考えるとして」
愉悦を含んだ声音で呟くと、土方はソファから立ち上がった。寝室に入り、バスローブを脱ぎ捨てながら、ベッドへと歩み寄る。
まだ薄暗い部屋の中はしんと静まり返り、総司はぐっすりと眠っているようだった。その可愛い寝顔を覗き込んでから、するりと白いシーツの間へ滑りこむ。
少年の小さな躯を抱きしめてやると、総司は微かに吐息をもらした。うすく目を開く。
「……土方…さん……?」
「悪い、起こしちまったか」
「もう……朝……?」
「いや、まだ時間があるよ。大丈夫だ」
優しい声でそう囁いた土方に、総司は夢心地のまま「うん……」と頷いた。ちゅっとキスを落としてやれば、まだまだ眠たいのか、小さく欠伸をする。
土方は、その髪をそっと撫でてやった。
「もう少しおやすみ。ちゃんと起してやるから」
「うん……」
総司は土方の腕の中で、こくりと頷いた。ごそごそと身動きし、彼の胸もとへ身を寄せる。
居心地のよい場所を見つけたのか、ぴったりと土方の躯に身を寄せると、満足したように目を閉じた。甘えたな仔猫のように彼の胸もとへもぐりこむ。
「すげぇ、可愛い……」
たまらず、ベビーピンクの唇にキスをした土方だったが、それ以上熱を煽る事はしなかった。
ずっと一緒にいるのだから。
この甘い甘い恋人は、永遠に彼だけのものなのだから。
味わうのは、少しずつであればいい。
Love is eternal. The aspect of it may change, but the essence remains
the same. なのだ。
「……愛してるよ」
そっと囁き、土方は少年の躯を抱きしめた。
そして。
互いの躯に残る甘い香りを楽しみながら、柔らかな眠りへと落ちていったのだった……。
