「……パーティ?」
土方は驚いたように、聞き返した。
それに、総司はこっくりと頷いた。
スープカップに添えられた丸みのある瀬戸物のスプーンを、細い指さきが弄んだ。
穏やかな昼下がりだった。
お仕事の合間をぬっていつものカフェで待ち合わせ、お茶ついでにブランチまで済ませている最中だったのだが、総司がオープンサンドをぺろりとたいらげた後、何を気にしているのか、そわそわし始めたのだ。
それに気づいた土方がしばらく観察した後、おもむろに聞いてみれば、
「あのね、パーティなのです」
「……」
いつもながら、総司の説明はなかなか突拍子もない。何の脈絡もなく始めるので、主語も述語もあったものではないのだ。
だが、それでも会話が成り立つのだから、土方もなかなか恋人として練れてきたというべきなのであろう。
「パーティ?」
「うん。それで、そのパーティへ一緒に行って欲しいんだけど」
「……俺が?」
土方はかるく目を見開いた。
何しろ、売れっ子人気歌手である総司にとって、彼の存在は、スキャンダルそのものなのだ。
そもそもスターに恋愛はご法度。
なのに、その大スターがしっかり恋愛しちゃった上に、しかも同性の恋人など、バレたら日本中ひっくり返るような大騒ぎだ。
マネージャーの磯子が許してくれたこと自体、奇跡的な程だった。
「何でまた……俺が一緒に?」
「ぼく、もともとパーティ嫌いで有名なのです。それで、あまり出ないのだけれど……」
総司はちょっと困ったように長い睫毛を伏せた。きゅっと噛んだ唇が桜んぼのようで、今すぐにでもキスしてやりたくなる。
だが、その代わりに、ふわふわと柔らかな髪に手をのばして撫でてやり、土方は優しく先を促した。
「けれど?」
「うん。事務所の社長の原田さんが頼んでくるのです、このパーティにだけは出席して欲しいって。ある大きな会社の何周年記念パーティで、スポンサーの関係もあるから、招待を断る訳にはいかないらしくて……」
「なるほど」
「でも、ぼく、一人で行くの怖いし苦手だし、それで、磯子ちゃんに云ったら、じゃあ土方さんにエスコートしてもらえば?って」
「おいおい、俺は部外者だぜ」
「ん、でもね」
総司はかるく小首をかしげた。
「磯子ちゃん、云ってましたよ。たぶん、土方さんも招待されてるんじゃない?って。土方さん、あの会社の関係者なんですか?」
「……」
土方は思わず苦笑してしまった。
磯子の言葉は表の仕事の関係を揶揄しているものだが、それと同時に、総司にたいして未だ秘密にしている事への皮肉も含んでいるのだろう。
まぁ、裏の仕事がバレたら大事だが、表の仕事はたまたま切っ掛けが掴めず黙っていただけなのだが……。
「……わかった」
しばらく黙って思案した後、土方は頷いた。
ふと黒い瞳を悪戯っぽくきらめかせると、手をのばす。優雅なまでの仕草で総司の手をとり、それにちゅっと唇を押しあてた。
「土方さんっ」
かぁぁっと顔を真っ赤にしてしまった総司に、くすくす笑いながら、片目をつむってみせた。
「喜んで、お姫さまのお供をさせて頂きますよ」
「お、お姫さまって……」
「俺にとっては世界で一番大事な可愛い歌姫だ。他の誰にも……指一本ふれさせたりしないから、安心してくれ」
「???」
総司はきょとんとした顔で、土方を見上げた。それから、おそるおそる訊ねてくる。
「なんか、土方さん……誤解してない? ぼくが頼んだのはパーティでのエスコートで、何もボディガードを頼んだ訳じゃ」
「同じ事だろ」
「え? そうなの? 同じことになるの?」
相変わらずの天然さで訊ねてくる総司に、土方は苦笑した。
恋人をエスコートするという事は、他の男から守るというのも重要な役目の一つだろう。
それに、彼の恋人はとびきり可愛い歌姫なのだから。
目の前の総司は、歌声そのままに、まるで天使のように可愛らしく、とても綺麗だ。
つやつやした柔らかな髪も、こちらを見つめている大きな瞳も、ぷるんとした桜色の唇も、何もかもが、たまらなく可愛らしい。
細い躯は抱きしめると、まるで淡雪のようにとけてしまいそうで。
雪のようにまっ白な肌は、指さきをすべらせてみれば、どれだけなめらかな事か……。
(……とは云っても、その雪みたいな白い肌、全然味あわせて貰ってないけどな)
突然そっちの方に思考が至り、土方は僅かに眉を顰めてしまった。
スプーンを弄りまわしている可愛い恋人の仕草を眺めつつ、思わず吐息までついてしまう。
つきあってもう半年。
そろそろいいだろうと思うのに、今もってお許しが出ない状況なのだ。土方にしてみれば、我慢も限界にぎりぎり達している。
この間など、セフレの一人に
「歳がそんなに我慢するなんて、よほどその子が可愛いのね。べた惚れじゃない〜」
などと、からかいまじり憐憫まじりに云われてしまった。
だが、今更云われるまでもなく、事実、思いっきりべた惚れなのだ。
もともと歌手として知っていた時から、可愛いなとは思っていたが、実際に逢ってしかも恋人ごっこなど始めてからは、もう欲しくて欲しくてたまらなくなってしまった。
全部、俺のものにしてしまいたい。
みんな手にいれて、独占してやりたい。
そんな気持ちを熱いほど抱いたからこそ、恋人になったのだが、結局のところ惚れた弱みなのか、今もって手を出せてない状態だった。
凄腕スナイパーとして裏の世界では恐れられるこの男も、可愛い恋人の前では全く形無しだ。
「……なぁ、総司」
土方はさり気なく総司の肩を抱く手に力をこめながら、にっこりときれいな笑顔をうかべた。
「そのパーティが開かれるのって、どこなんだ」
「あ、ごめんなさい。招待状も持ってきてるのです」
総司は慌ててごそごそ取り出すと、その招待状を土方にむけてさし出した。
シンプルだが上質のカードに、日時や場所が記されてある。
それを受け取った土方は、すっと視線を走らせた。とたん、ふっと満足げな笑みを口許にうかべた。
「……成る程、Rホテルか」
「え?」
「いや、何でもない」
土方はカードを総司に返すと、優しく微笑んだ。
「楽しみだな、パーティの日」
「うん」
総司は素直に頷いた。
そして、こう云ったのだった。
「ぼくも土方さんが一緒に来てくれるなら、楽しみです」
──その言葉を、あとで深く深く後悔する事になるとも知らず……。
「何、これっ。信じられない!」
一週間後。
総司は顔を真っ赤にして叫んでいた。
それを、土方が平然とした様子で眺めた。僅かに小首をかしげてみせる。
「何が」
「な、何がって……全部! これ全部ですよ!」
総司は両手を腰にあて、とんとんっと足で床を踏みならした。とたん、ふわふわと白いレースの裾がひるがえる。
場所は、とある高級ブティックだった。
いつもとあまり代わり映えのしない格好で家を出ようとした総司をつかまえた土方が、ここへ無理やりつれて来たのだ。
もちろん、パーティへ行く前なので、彼も正装している。
カジュアルなスーツ姿だった。上質のブラウン系のスーツに、ワイシャツ、タイトに締められたネクタイ。こっくりと深みのあるブラウンが、彼の艶やかな黒髪や黒い瞳によく映えて美しい。
褐色の肌と白いシャツのコントラストも、どきりとする程セクシャルだった。しなやかな指さきで煩わしげに前髪をかきあげる仕草一つまで、映画のワンシーンのようで、総司は思わずうっとり見惚れてしまった程だ。
(……やっぱり、この人って綺麗)
だが、すぐにはっと我に返った。
総司がそう思ったという事は、当然ながら、他の人々にとってもそうなのだ。
何しろ、しなやかな長身に上質のスーツを纏ったその姿は、誰もがふり返ってしまうほど男の色香をふりまいていて。
その証拠に、店の女性や客たちも、土方にちらちらと見惚れる視線をやっている。
それに一瞬唇を尖らしかけて──またまた、総司ははっと我に返った。
やきもち焼いてる場合じゃないって!
そりゃ、気にはなるけど、でも。
今は、この格好の方が大問題もの!
「これって、これって!」
総司はまた、とんとんっと足を踏みならした。そんな仕草さえ、
(可愛いくてたまらないな)
などと男が目を細めている事には、全く気づいていない。
「どこからどう見ても、女の子の格好じゃないですか!」
「そうかなぁ」
土方は小首をかしげながら、総司を眺めた。それから、また、にっこりと微笑んでみせる。
「大丈夫だよ」
「何がです」
「だから、どっちにしろ似合ってるって事。すげぇ可愛いから、大丈夫だ」
「だーかーら、そういう事じゃなくて!」
総司はぶんぶん首をふってから、鏡の方へ向き直った。
そこには、少年とも少女ともつかぬ、不思議な魅力をもった姿が映っていた。中性的というよりも、むしろ無性の天使めいた印象だ。
つやつやした黒髪につけられた、白いレースの飾り。
上にはシンプルな白いブラウスを纏い、きゅっとしまった腰からふわりと足首まで広がる繊細な純白のレース。すんなりとした細い足のラインを見せるレモンイエローのボトムズが、レースの下から透けて見える。
可憐で美しく、清楚なのに艶めいた不思議な存在。
まさに歌声どおりの、天使のような───
「すげぇ似合ってるから、大丈夫だって」
総司の後ろに立った土方は、後ろから覗きこむようにしながら、鏡ごしに優しく微笑みかけた。
「だいたい……それぐらい、衣装で着た事あるだろ?」
「……」
総司はその言葉に、思わずちらりと彼の顔を見てしまった。
それに、土方はにっこり笑い返してきたが、何というか、まったくもって目が笑っていない。
どう考えても、三日前に放映されたばかりのCMの事を云っているのだ。
女の子と同じ天使の格好をして、抱きあって唄ったあのCM。
可愛らしいイメージが総司にぴったりで、評判は上々だったのだが、あれを初めて見た時から、土方の機嫌は一気に急降下していた。
それはもう見事なぐらいに。
慌てて、総司は抗弁した。
「あ、あれはお仕事ですから」
「ふうん」
土方はわざとらしく肩をすくめた。
「お仕事ね」
「そ、そうです」
「じゃあ、このパーティ出席は仕事じゃないと?」
「う、それは……勿論お仕事だけど……」
そう答えたとたんだった。
土方の目がきらりと光るのに、しまった!と思ったが、もう遅い。
にっと彼の唇の端がつりあがり、覗き込むようにして云ってくる。
「なら、この服だって着れるよな? パーティ出席はCMと同じくお仕事なんだから、これも衣装と同じだ。当然、着れるよな?」
「……」
ここぞとばかりに追いつめてくる土方を、総司は恨めしそうに見上げた。思わずなめらかな頬をぷうっとふくらましてしまう。
「……土方さんの意地悪」
だが、そんな言葉も彼にはへいのへいっちゃらで。
「それはどうも」
土方はにっこり笑い、優雅に一礼までしてみせた。その仕草がまた流れるように優雅で、周囲の視線をさらっているのがますます憎らしい。
「さぁ、そろそろ時間だ。お姫様、参りましょうか」
つんっと唇を尖らせてそっぽを向いた総司に、土方は形のよい唇の端をつりあげた。
「……総司」
少年の細い肩に手をかけて己の方へ向き直らせると、僅かに身をかがめ、濡れた瞳で見つめてくる。
思わず見返したとたん、そっと囁かれた。
誰にも聞こえないように。
低められた甘い声が告げる、睦言───
「愛してるよ」
とたん、総司の中にあった小さな怒りが、あっという間にしゅーっと音をたてて消えてしまった。その絶大な効果はもう驚くほどで。
だが、それも無理ない事だろう。
誰もがふり返る、きれいな笑顔が自分だけにむけられ、あまつさえ、とびきりのいい声で優しく「愛してるよ」なんて、囁いてくれるのだから。
いつまでも怒ってられる訳……ないよね?
そう自分に云い聞かせ、総司はため息をついた。
ちらりと見上げれば、また、にっこりときれいな笑顔を返される。
そして。
彼に手をひかれるまま大人しく歩きだした総司の足もとで、ふわりと白いレースが華やかに揺れた……。
パーティはとても盛大なものだった。
さすが一流企業の何周年だかの記念パーティだ。財界は勿論、各界の有名人がそこに集い、大変な賑わいだった。
その中を総司は土方の陰に隠れるようにして、おずおずと歩いていた。あまりに少女めいた格好のせいか、人の多さのせいか、誰も総司の存在には気づいていない。
それはかえって有り難かった。
売れっ子スターであるのに、どうしてもこういう場所では気後れしてしまう総司なのだ。
むしろ、エスコートする土方の方が堂々としていた。
こういった場所にもよく物慣れた様子で、それを内心不思議に思っていた総司は、すぐさま、その疑問を晴らされる事になった。
「──歳じゃないか!」
歩みよってきた男が、鷹揚な調子で声をかけてきたのだ。
それに土方がふり返り、ちょっと目を見開いてから柔らかな笑みをうかべた。
「近藤さん、あんたも来てたのか」
「あぁ」
近藤と呼ばれた男は厳つい顔をしていたが、目はとても穏やかだった。貫禄もあり、どこかの企業の社長といったイメージだ。
その近藤がちらりと総司の方へ視線をやり、驚いた顔になった。
「おや、こちらは……歌手の?」
「あぁ……総司だ」
何の躊躇いもなく総司を紹介した土方に、近藤はますます驚いたようだった。
「まさか、歳、おまえがこんなスターと知り合いとはな。パーティで知り合ったのか」
「色々あってな。あんたにはまた話すよ」
「しかし……スキャンダルがらみじゃないだろうな。芸能界との繋がりはなかなか難しいぞ」
思わずとも云うように眉を顰めた近藤に、土方は肩をすくめた。
「そんなもの関係ないさ」
「本当に大丈夫か。今、そっちも大変なのだろう……ほら、例の銀行の」
「あぁ、まぁな」
「そんな時に、東京地検特捜部のエース検事がスキャンダルで足元すくわれたら、どうしようもないだろうが」
(……え?)
思いがけない近藤の言葉に、総司は目を瞠った。
[あとがき]
まずはパーティ、土方さんの表のお仕事公表編です。はい、検事さんです。表は固いご職業、裏稼業はスナイパー。どちらもあまりよく知らないので、?と思われても、スルーしてやって下さいませ。
さて、土方さん、今回こそ本懐なるか? つづき、また読んでやって下さいね。
