「この間の事件、土方さん担当ですか?」
「……」
 斉藤の言葉に、眺めていた写真から、土方は視線を外した。
 ふり返り、スタジオの真ん中でカメラをあれこれさわっている斉藤を眺めやる。
 斉藤のスタジオだった。小さいが、彼の腕には定評があり、結構はやっているのだ。
 今は休憩中のため、他に誰もいない。土方が訪ねてきた段階でスタッフには席を外させたのだが、それはいつも事だった。
 土方は先日のスーツ姿とは違い、ラフな服装だった。黒いシャツにブラックジーンズ、その上から皮ジャンを羽織っている。
 艶やかな黒髪も指さきでかき乱したように僅かに跳ね、ワイルドな雰囲気が、いつもと違った魅力をこの男にあたえていた。
 かけていたサングラスを外しながら、聞き返した。
「それは、この間の贈収賄事件のことか」
「違いますよ。別口。官僚の方です」
「……」
 土方は黙ったまま、唇の端をあげた。
 先日、路上で経済省の官僚が射殺されたのだ。そのため、大騒ぎになり、新聞にも大きく取り上げられている。
 ゆっくりと部屋を横ぎり、椅子を片手で引いた。それに背もたれを抱くようにして腰かけ、悪戯っぽい笑みを口許にうかべる。
 黒い瞳がきらりと光った。
「……Yes、No、どちらにせよ、俺が答えると思うか?」
「ですね」
 斉藤は聞いても仕方がない事だったと、肩をすくめた。
 スナイパーが仕事の内容を話すなど、ありえる話ではないのだ。それに、あの的確さ、腕前、どれも彼の烙印が押されたも同然なのだから。
 では、と、話題を変えた。
「総司とは上手くいってますか」
「そうだな」
 土方はかるく首をかしげた。
「どうだろう。身体の方はともかく、かな」
「身体の方?」
「だから、最近、全然そういう関係もってねぇんだよ。すれ違いが多かった事もあるが、総司がずーっと上の空で、誘いをかけても聞いているんだか、聞いてないんだか」
 土方は肩をすくめた。
「いっそ強引にいっちまおうかと思うが、あまり無理をして壊してもなぁ」
「それは駄目ですよ」
「わかってるって。ま、とにかく、総司がデート中も上の空なんで、うまくいっているとは云い難いな」
「総司が上の空ですか。何でまた」
 不思議そうに問いかける斉藤に、土方は頷いた。
「何か、思い悩んでいるみたいでさ」
「総司に悩み事? 作曲のことで悩んでいるとか、そういうのじゃないんですか」
「違うね、あれは。たぶん、プライベートなことだと思う」
「どうして、そう思うのです」
「強いて云うなら、恋人の勘かな」
 臆面もない土方の答えに、斉藤はカメラをきゅきゅきゅーっと磨きながら、御馳走様と呟いた。だが、すぐに切り返す。
「じゃあ、その恋人の勘で、悩みの理由もわかるんじゃないんですか」
「わからねぇよ。けど、まぁ……」
 くすっと笑った。
「浮気以外だったら、別に何でも構わないけど」
「それが彼氏の言葉ですか!」
「総司の悩みだぜ? 俺があれこれ考えても仕方ないだろ」
「助けてあげようとか思わない訳ですか」
「俺が?」
 心底びっくりしたように、土方は目を見開いた。ちょっと小首をかしげるようにして考えてから、きっぱりと首をふる。
「思わないね」
「ほんっと、冷たい彼氏ですね」
「冷たいかな。けど、総司の悩みだろ。俺が何をどう助けるって云うんだ」
「……」
 斉藤は、珍しい動物でも見るような表情で、まじまじと土方を眺めた。それを、土方は不思議そうに見返す。


(本当に、この人は……)


 お世辞にも恵まれたとは云えない生い立ちのためか、善悪の概念に、どこか欠け落ちたところがあるのだ。
 もっとも、でなければ、東京地検特捜部のエース検事の副業にスナイパーなど(どちらが副業か、わかったものではないが)、平気でやっていられるはずもないが。
 斉藤にしても、詳しい事は知らない。だが、土方の生い立ちが普通ではない事ぐらい、だいたい察しがつくのだ。天涯孤独の身である事だけは確かだった。
 だからこそ、総司のような純真でまっすぐな心の子を、愛したに違いないのだが。


(その愛情もまた、なーんか歪んでるっぽいしなぁ)


 知らん顔して放っておいたり、とことん甘やかしたり、気まぐれに恋人をやっているように見えるのだが、そのくせ、総司が世界中の誰よりも大事なのだ。
 それこそ、自分の命よりも大事に思っているのは、傍で見ていてもよくわかる。
 だが、こういう時、こんな変わった恋人をもっている総司が可哀相になるのも、確かで……


「悩みごとを聞いてあげたり、その悩みを解決するために一緒に頑張ったり、色々あるでしょう」
 まるで電話相談のようだと思いながら、斉藤は云った。
 それに、土方が「ふうん?」と、呟いた。椅子の背もたれに頬杖をつきながら、笑う。
「じゃあ、おまえがしてやれよ」
「は?」
「そう思うなら、おまえが相談相手になってやればいいんじゃねぇの? 適任だろ」
「て、適任って」
 呆気にとられている斉藤の前で、土方は立ち上がった。そのまま出ていこうとする。それに、慌てて声をかけた。
「本当にいいんですか? あなたの総司の相談相手に、オレがなっても」
「今までだってしてるだろうが。別にかまやしねぇよ」
「本当の本当に、構わないんですか」
「あぁ」
 念押しする斉藤に、土方は唇の端を微かにあげた。サングラスをかけながら、不敵な笑みをうかべる。
「全然構わねぇよ。好きにしてくれ」
 そう云いきると、それきり踵を返した。さっさと部屋を出てゆく。
 その広い背を見送り、斉藤は訳のわからなさに首をかしげた。












 世の中、上手くしたもので。
 翌日、斉藤は総司との仕事が入っていた。軽井沢の高原で新曲ポスターの撮影だったのだ。今度の曲はとても明るく爽やかで、高原の風をイメージしたという話だった。
 斉藤はそのイメージを頭に入れた上で、撮影に臨んだ。淡いクリーム色のTシャツにジーンズというシンプルだが、とても愛らしい総司の姿を、笑顔を、様々な角度から撮ってゆく。
 斉藤にとっても、総司はとても魅力的な被写体だった。愛らしい笑顔も、フィンダー越しでも感じる優しさ、清らかさ、素直さ。何もかもが、まるで天使のようだ。
 撮影の後、総司はいそいそと斉藤の傍にやってきた。椅子にぴょこんと坐り、笑顔で話しかけてくる。
「久しぶりですよね、斉藤さんとのお仕事」
「そうだな。ちょっと最近、仕事休んでいたし」
「旅行でも行っていたのですか?」
「いや」
 実は、公安の方の仕事が立て込んでいたのだが、それは秘密だ。
「ところで、総司」
 斉藤はカメラを仕舞うと、総司の方へ向き直った。
「土方さんから聞いたんだけど、何か悩み事があるんだって?」
「……え」
 いきなり単刀直入に問いかけられた総司は、びっくりしたようで目を瞬いた。大きな瞳で斉藤を見つめる。
「斉藤さん、何で知ってるの?」
「土方さんから聞いた」
「あ……そうなんだ。土方さん、気づいていたんだ……」
 なめらかな頬が、ぽっと赤らんだ。俯き、小さな声で嬉しそうに「気づいてくれてたんだ、土方さん」なんて呟いている。


 愛されているよなー、しかもこんな可愛い子に!


 と、ちょっと──いや、かなりムカつきながら、斉藤は言葉をつづけた。
「で? いったい何を悩んでいるんだ?」
「うーん、斉藤さん、知っているのかなぁ」
「何を」
「あのね」
 総司は顔をあげ、大きな瞳で斉藤をじっと見つめた。つやつやの髪に、大きな瞳。ぷるんとした唇が愛らしく、どんな事でも答えてやりたくなる。
「斉藤さん、知ってる?」
「だから、何を」
「土方さんのお誕生日」
「…………は?」
 5秒ほどの沈黙の後、斉藤は聞き返した。それに、総司は細い指をあわせながら、恥ずかしそうに云った。
「恋人同士なのに、ぼく、土方さんのお誕生日知らないの。もうすぐみたいなんだけど、それで、絶対知ってお祝いしてあげたくて」
「……なるほど」
「ね、斉藤さんは知ってる?」
 にこにこと無邪気に聞いてくる総司の前で、斉藤は果てしない虚脱感を覚えていた。


 なるほど、そうだったのか。
 そういう事だったのか!


 あの男は、さすがに自分の誕生日の事とまではわからないまでも、総司の悩みの内容は自分のことと、確信していた訳だ。
 だから、斉藤が相談相手になることも、あっさり許可した。
 自分のことを相談にのる訳にもいかないって事もあるが、総司がどれだけ自分にべた惚れなのか、斉藤に見せびらかす目的もあったのだろう。


(前々からわかっていたけど……とことん性悪)


 あの時、うかべていた不敵な笑みを思い出し、斉藤は深々とため息をついた。
 そんな斉藤を、総司は不思議そうに覗き込んだ。さらりと髪が揺れる。
「斉藤さん? 聞いてる?」
「……あ、あぁ」
 慌てて顔をあげた。笑顔をつくり、答える。
「聞いてるよ。土方さんの誕生日だろ」
「うん」
「悪いけど、オレも知らない。だいたい、そんなに親しくないし」
「そうですよね。斉藤さん、土方さんとは顔見知り程度だし、知ってる訳ないか」
 こくこくと頷き納得した総司は、がっかりした様子で両足をぽんと投げ出した。ベビーピンクの唇が微かに尖っている。
「もう、どうしたらいいかわかんないや」
「本人に聞くのが一番早いじゃない」
「それはわかってますけど、でも、なんか今更? って感じするし。土方さんを傷つけたくないし」
「傷つく?」
「だって、ふつう傷つくでしょ。恋人が自分の誕生日も知らないなんて」
「いや、それはどうだろう」
 あの男が、そんなことで傷つくほど繊細な心の持ち主とは、到底思えないのだが。
「傷つくどころか、喜ぶと思うけどなぁ」
「喜ぶはずないじゃないですか! それは、ちゃんと祝ってからの話でしょ」
「総司は祝うつもりなんだ。けど、何でまた急に?」
「えっと……その……」
 もごもごと口ごもった総司の横で、ずっと話を聞いていた磯子が小さく笑った。くすくす笑いながら云う。
「それは、あの女子アナたちに負けたくないからよね」
「磯子ちゃん!」
「女子アナ?」
 不思議そうに聞き返した斉藤に、磯子は楽しそうに一部始終を話した。それを聞いて、斉藤はますますため息をつきたくなった。


 つまりは、やきもちなのだ。
 やきもちを妬いて、彼の誕生日を誰よりも祝ってあげようと決意した訳だった。
 それこそ、総司がそんな可愛い悋気をやいていると聞けば、あの男は絶対に喜ぶだろう。
 満足げに笑うさまが目にうかぶようだった。


 だが、一方で、斉藤はふと、ある事に気づいて眉を顰めた。


 総司が土方の誕生日を調べるということは、とどのつまり、彼の身辺を探るということだ。
 あの危険な男──暗殺者の身辺を。
 まずい事まで知ってしまわなければいいがと、不安になった。土方が総司を手にかけるとは思えないが、それでも、絶対とは云いきれない。そのあたりが怖い男なのだ。


「総司、あのさ」
 意を決した斉藤は身を乗り出した。
「運転免許証とかは、どうだろう」
「え?」
 総司はきょとんとした顔で、斉藤を見返した。
「運転免許証?」
「そう。あれなら、誕生日がのっているはずだろ。土方さんが車運転する時とかに、何か口実をつくって見せて貰ったら? 見たことないからどんな写真か見せて、とか」
「斉藤さん!」
 突然、総司が大声で彼の名を呼んだ。
 そうして、え? え? とびっくりしている斉藤に、目をうるうるっとさせたかと思うと、いきなりがばっと抱きついてきた。細い両腕が彼の首にまわされ、柔らかな髪が頬にふれる。
「斉藤さん、ありがとう! それ最高! 絶対うまくいくと思いますっ」
「そ、そうかな」
「そんな事考えつくなんて、斉藤さん、天才! もう何とお礼を云っていいか、わかんないぐらい」
 大喜びの総司はぎゅうぎゅう斉藤に抱きつくと、ぱっと手を離した。
 その時、ちょうど弁当が配られたらしく、向こうの方から声がかかる。それに、「はーい」と元気よく返事し、総司は子どものように駆け出していった。
 呆然とその姿を見送る斉藤の傍で、もくもくと手帳に何かを書いていた磯子が顔をあげた。
「貸し、一点ね」
「え?」
「土方さんに内緒にしといてあげる、貸し。バレたら殺されそうでしょ」
「……」(いや、確実に撃ち殺されますって)
「いつか、この貸しは返して貰うから。楽しみにしておいてね」
「……はい」
「さぁてと、ご飯食べよっかな」
 ぱたんと手帳を(別名、閻魔帳?)閉じた磯子は、にっこり笑うと、楽しそうに向こうへ歩いていく。
 それを見送り、疲れきった気分の斉藤は、深々とため息をついたのだった。











 さて、運転免許証を見るという、ある意味とんでもなく初歩的な手段を教えてもらった総司は、うきうきしながら土方とのデートを心待ちにした。
 とりあえずドライブに誘おうと思っている。
 もちろん、彼が運転するのは確かなのだが、車で出かけない事には始まらないのだ。
「運転免許証、運転免許証を見なくちゃだめだめ〜♪」
 と、妙な歌詞をつけた歌をうたいながら(歌は変でも、歌声は絶品)、総司は自分の部屋のドアを開けた。
 すると、ふわっといい匂いが広がり、奥から「お帰り」という声がして、土方がひょいと顔を覗かせた。
「土方さん!」
 呼び出そうと思っていた彼が、突然、現われたことで、総司は嬉しさに思わず叫んでしまった。

















次、お褥シーンがありますので、ご注意下さいね。


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