綺麗な海辺だった。
真っ白な砂はさらさらで、海に入ってみると、底が透けて見える程の透明度だ。
「すごい、綺麗!」
総司は嬉しそうに歓声をあげ、水をばしゃばしゃさせた。それから、こちらへ歩みよってくる男に気づき、頬を赤らめた。
(やっぱり、恰好いい……)
正直な話、昼間の日の光の下で、土方の躰を見るなど、初めてのことなのだ。それだけに、どきどきしてしまう。
しなやかな筋肉におおわれた男らしい躰つきは、精悍で、だが、とても美しかった。
まるで、綺麗な黒豹のようだ。
土方は総司の視線に気づくと、髪をかきあげながら笑ってみせた。その笑顔にも、頬が熱くなる。
「どうした?」
総司のすぐ傍まで来ると、土方は訝しげに訊ねた。総司が慌てて「何でもないっ」と首をふると、くすっと笑ってから、恋人の水着姿を眺める。
「やっぱり、よく似合っている」
「ほ、本当……?」
「あぁ、とても可愛いよ」
満足げに云われ、総司はかぁっと耳朶まで赤くなった。
いつもファンやスタッフに、可愛いと云われ慣れている総司だが、やはり、彼からの言葉は特別なのだ。
何しろ、世界中で一番だい好きな恋人からの言葉なのだから。
土方は総司に、ある物をさし出した。それに、小首をかしげる。
「何?」
「シュノーケリングの道具」
「え」
目を瞬く総司に、土方は柔らかな口調で説明してくれた。
「タイビングはさすがに、俺も教えられないからね。けど、シュノーケリングなら簡単だし、ここは遠浅だからやりやすいと思って」
「ぼく、やった事ないです」
「大丈夫、簡単だから」
総司は土方に教えてもらい、シュノーケリングの道具を顔につけた。グラスごしに見える世界は、どこか不思議だ。
「じゃあ、行こうか」
土方は総司の手をひき、ゆっくりと海の中へ入った。総司もそれに従い、海へ身を沈める。
初めてで戸惑う総司に、土方は優しく教えてくれた。時々、間違って水を吸ったりしてしまったが、もともと総司は飲みこみも早い。そのうち一人で泳げるようになった。
海の中は、とても綺麗だった。
白い砂、ゆらゆら揺れる光の波、青い世界。そこを、色とりどりの綺麗な魚が泳いでいく。
初めて見る世界に、総司は魅了された、夢のようだと思う。
しかも、その美しい世界を、だい好きな人と一緒にいくのだから、これ以上の幸せはないだろう。
二人は海の中を泳ぐ時も、手を繋いでいた。指と指をからめあわせた恋人つなぎだ。土方のリードがとても上手く、全く支障にはならなかった。
海からあがると、二人は白い砂浜に並んで坐った。波打ち際に坐っているので、時々、波がふれて気持ちいい。
「土方さんって、何でも出来るんですね」
そう云った総司に、土方は小首をかしげた。
「そうかな」
「だって、シュノーケリングもそうだけど、ダイビングだって出来るんでしょ? クルーザーも運転できるし、料理もあんなに上手だし」
「けっこう普通だと思うけど。それに、総司は俺には絶対に出来ないことが出来るじゃないか」
「え、何?」
きょとんとする総司に、思わず笑ってしまった。超人気の歌姫が自覚ないあたりが不思議だ。
「歌だよ。それに、作曲作詞。全部、俺には到底できない事さ。総司の方がずっとすごいなぁと思うけど?」
「それ…は、好きだから」
「じゃあ、俺もそうだよ。海にもぐる事もクルーザーを運転する事も好きだから。総司のために料理をして、おいしいと云ってもらう事も好きだから」
にっこりと綺麗な顔で笑いかけてくる土方に、総司は頬を赤らめた。
青空の下、彼の笑顔はとても優しくて綺麗だ。
男前で長身で、仕事もできる検事で、料理も何でもできちゃう土方は、総司にとって理想の恋人だった。だが、あまりにも完璧すぎる彼に、時々、不安にもなるのだ。
こんなぼくで本当にいいの?
我儘ばかりのぼくに、嫌気がさしたりしない?
土方の裏の仕事はもちろん、その問題ありまくりの本性も知らない総司は、いつも引け目を感じてしまっていた。
しかも、リゾート地での遊びまで難なくこなす彼に、その気持ちはますます強くなっていく。
思わず口に出してしまった。
「土方さん、ぼくと一緒にいて楽しい?」
「……は?」
今更なことを聞かれた土方は、呆気にとられたようだった。彼にしては珍しく、目を丸くしてこちらを見ている。
それに、総司は口早に云った。
「だって、ぼく、何も出来ないし。シュノーケリングだって土方さんに教えてもらったし、土方さんに逢うまでは料理も出来る方かなぁと思っていたけど、全然かなわないし」
「総司」
「歌のことを云ってくれるけど、でも、それしかないし。他の事何も出来なくて、今度の旅行だって土方さんに全部手配してもらって……こんなぼく、嫌になったりしないの?」
そう口にしてから、総司はぎゅっと両手を握りしめた。
云う必要のない事まで云ってしまったと思う。
嫌になったりしないの? なんて訊ねて、もし、「あぁ、嫌になるよ」などと答えられたら、どうすればいいのか。この白い砂浜にずぶずぶと沈んでしまいそうだ。
「……」
黙り込んで俯いていると、その頭がぽんぽんと軽くたたかれた。
はっとして見上げれば、土方が苦笑しながら総司を見下ろしている。
「あのさ、総司」
「はい……」
「おまえ、自分がどれだけ魅力的か、全然自覚ないだろ」
「え……?」
「何か出来るかってことばかり数えているけど、おまえは天下の歌姫なんだぞ。可愛くて綺麗で優しくて、たくさんのファンが熱愛している存在だ。そんなおまえを恋人にしている俺の方が、ある日、突然、嫌われても不思議じゃないと思うけど」
「そ、そんな事ないもん!」
総司は慌てて土方の方に身を乗り出した。
「ぼく、嫌になったりなんかしないよ」
「本当に?」
土方の声音が一瞬、皮肉な色をおびた。
「俺がどんな男でも? 何をしても嫌いにならない?」
「うん、絶対に嫌いになりません。何があっても、土方さんは土方さんだもの」
「ありがとう、総司」
その小柄な躰を抱きよせながら、土方は微かに口角をあげた。むろん、総司は何も気づかない。
「俺にとってさ」
柔らかく髪や頬にキスを落とし、囁いた。
「総司、おまえは世界中の何にも代えがたい宝物なんだ。何か出来るとか、出来ないとか、そんなこと全然関係ない。おまえが云ってくれたように、何があっても、おまえはおまえだ。だから、ずっと好きだし、愛しているんだよ」
「土方さん……!」
総司は感激のあまり、目を潤ませた。
男の躰に手をまわして、ぎゅっとしがみつく。それを抱きすくめ、土方は満足げに笑った。
(何があってもって中には、おまえが俺を嫌うって事も入っているんだけどな)
自分が性悪だということは、むろん承知している。
でなければ、東京地検特捜部の検事をやりながら、その上でスナイパーの仕事など、やっていられるはずがないのだ。普通の人間なら、とうの昔におかしくなっているに違いない。
土方のような倫理感も常識も無関係のところで、己自身の考えだけを基底として生きている男だからこそ、やっていられるのだ。
唯我独尊。
まさに、彼の場合はその言葉がよく似合う。
だが、だからこそ、総司のような存在に惹かれたという事も云えた。総司は素直で優しく、裏表というものがない。
まったく土方とは正反対だ。
そんな総司だからこそ、土方は愛しくてたまらなくなるし、いったん手に入れたからには二度と手放したくないと思ってしまうのだ。
土方は総司の細い躰を抱きよせ、何度も頬や首筋にキスをおとした。
それにくすぐったそうに笑う総司が、誰よりも愛らしい。まさに、天使のような笑顔だ。
「もう一度、泳ぐか?」
そう訊ねると、総司は「うん!」と元気よく頷いた。シュノーケリングが気にいったらしく、早速それをつけている。
そのまま駆け出した総司を追いながら、土方は、恋人とのバカンスを思う存分楽しむことにした。
翌日、朝食を済ませると、総司は島の探索に行きたいと云いだした。
それに、土方は「え?」と驚いた。今日もまた泳ぎだろうと思っていたのだ。
「泳がないのか?」
「それはまた別の日ってことで、今日は島を冒険したい気分なのです」
「相変わらず、お姫さまだなぁ」
思わず苦笑してしまった土方に、総司はちょっと不安げな顔になった。上目づかいに見上げてくる。
「……だめ? ぼくって、わがまま?」
「そこが可愛いから、大丈夫」
土方はくすくす笑いながら、なめらかな頬にキスした。
「俺はおまえのわがままを叶えるのが生きがいなんだから、もっといっぱい我儘云って」
「土方さん、変わってる」
「そうかな。恋人の我儘を叶えるのは、男の願望だろう?」
「じゃあ、もっとすごい我儘を云ったら?」
「もっとすごい我儘って、どんな?」
「うーん……ずっと二人きりでいたい、とか」
「いいよ」
「え?」
総司は目を見開いた。それに、土方はにっこり笑いかける。
「この島でずっと暮らそうか。そうすれば、永久に二人きりだ」
「……」
彼の言葉に、総司は呆気にとられた。だが、平然としている土方の様子に、笑いだす。
「やだ、土方さんったら冗談ばかり。そんな事できる訳ないのに」
くすくす笑いながら歩きだしてゆく総司を見送り、土方は肩をすくめた。
(全然、冗談じゃねぇんだけどな)
裏の仕事が、彼の裏の顔がバレた時は?
当然、脱出ルートは確保してあるのだ。もちろん、その時は、総司を片手に抱きかかえてダイブ! だ。
(ま、今回のは予行練習ってとこかな)
土方は楽しそうに唇の端をあげると、総司の後を追った。総司がふり返ったのに気づき、いつもの優しい笑みをうかべる。
「どんな処に行きたい?」
「土方さん、この島の地図でも持っているの?」
「持ってないけど、だいたい頭に入っている」
「え、じゃあ」
総司は思わず立ち止まってしまった。
「前に来た事があるってこと? その……誰か女の人と」
「まさか」
土方は肩をすくめた。
「誰とも来たことはないよ。ただ、地図を事前に見て、頭に入れておいたのさ」
「そんな事、できるの? すごい、土方さん」
「……」
黙ったまま笑ってみせた。
何しろ、土方は検事であると同時に、凄腕のスナイパーなのだ。
位置情報がわからなければ、ターゲットを仕留めることなど出来るはずもない。
一度見た地図はすぐさま頭に入って当然だった。
結局、総司が小川が流れている綺麗な処がいいと云ったので、それに思い辺りがあった土方は、そこへ連れていってやる事にした。
小さな滝が近くにある林の中だ。
そこはとても美しい場所だった。
小さな滝が水音をたてて流れ、柔らかな小川へとつながってゆく。小川に沿うように細い樹木が生え、その下は一面、高級な緑の絨毯だった。木漏れ陽がちらちらと緑に揺れ、とても綺麗だ。
「これ、苔?」
総司は手でふれてみて、驚いたように声をあげた。
「すごい、ふかふかしている。まるで絨毯みたい」
「いや、絨毯より柔らかいと思うよ。ほら、坐ってごらん」
「うん」
彼に促され、総司は小川のほとりに腰をおろした。しっとりとした苔が柔らかく、とても心地よい。
「とても綺麗な処ですね、滝もあるし。まるで絵みたい」
「小川が見たいって云ったから。気にいった?」
「はい」
総司は身をのりだし、小川に手を浸した。冷たくて気持ちいい。小鳥の声が森の中をわたってゆく。
以前、彼に連れていってもらった秘密の花畑も、森も、素敵だったが、ここは異国なだけにまた違った良さがあった。総司が見たこともない樹木や花も生えている。
「何だか、王宮の庭みたい」
思わずそう呟いた総司に、土方が小首をかしげた。
「王宮の庭?」
「うん。小さな王宮の中庭、かな。んー、なんかいい唄が思い浮かびそうなんだけど」
「この場所をイメージした唄なら、素敵だろうね。出来上がったら、聞かせてくれる?」
「もちろん」
無邪気に笑う総司が可愛らしい。土方は微笑み、その白い手を掴みとった。手の甲に、指さきに、裏返して手のひらに、そっとキスをおとす。
「……」
悪戯っぽい笑みをうかべながら見ると、総司は顔を真っ赤にしていた。目もとまで仄かに赤らみ、色っぽい。
「ひ、土方さんっ」
「俺の愛する姫へのキスだよ」
「姫?」
「だって、ここは王宮の庭なのだろう? じゃあ、ここにいるのは、可愛い姫君だ。歌姫でもある、俺の最愛の姫」
「ぼくは……男の子ですよ」
総司は潤んだ瞳で、土方を睨みつけた。だが、そんな表情では、まったく効果はない。
土方はくすっと笑い、頬に口づけた。
「うん、わかっているよ。俺の可愛い男の子。でも、姫君でもあるんだよな」
「何それっ、全然わからない論法なんですけど」
「わからなくてもいいよ」
そう囁きかけた土方は、ゆっくりと総司の躰を苔の上に横たえた。黙ったまま見上げる可愛い顔を見下ろし、キスをおとす。
「何もわからなくていい……ただ、俺の恋人でいてくれたら、それでいいよ」
「ぼくは、土方さんの恋人?」
「あぁ、俺だけの大切な恋人だ」
「うん……」
幸せそうに頷き、総司は土方にむかって両手をのばした。優しく抱きよせてくれる男の肩に、しがみつく。
やがて、甘い時間が二人に訪れた。
次、お褥シーンがあります。苦手な方は避けてやってくださいね。