久しぶりのオフだった。
 それも8日間! 信じられないぐらいだ。


「どうして? 急にどうして?」
 びっくりして訊ねた総司に、磯子は肩をすくめた。とんとんとスケジュール帳を、ボールペンでたたく。
 テレビ局の控室だった。
 先ほどまで歌番組の収録だったのだが、それが終わって帰ってきた処、突然、この話を切り出されたのだ。
「まぁ、急は急よね。いわゆる、急病になっちゃったんだから」
「急病?」
「総ちゃんの相手をするはずだった子よ。ほら、アイドル歌手の」
「えっと、……誰だっけ」
「もう、全然興味ないんだから。とにかく、CM録りのために置いていた日数が全部空いた訳。今更、他の予定いれられないし」
「8日間もとっていたの?」
「だって、ポスター撮影や録画、歌、全部入っていたでしょ。それぐらいかかるわよ」
「そっか……」
「で、8日間のオフってこと。いいじゃない、久しぶりに楽しめば?」
「うーん……」
 総司は考え込んでしまった。


 楽しめば? と云われても、明日から8日間なのだ。
 そんなすぐに、こっちも予定たてられそうにないし、それに。


(あの人だって……)


 売れっ子歌手並に忙しい彼の顔を思い浮かべ、総司はきゅっと唇を噛んだ。
 総司の恋人は、東京特捜本部のエース検事なのだ。それこそ、総司以上に多忙だと云っても過言ではない。そのため、二人の休みが重なることなどあまりなく、すれ違いまくりの日々だった。
 同じマンションの上下階に住んでいるからこそ、逢うことも出来ているが、そうでなければ、遠距離恋愛以上の遭遇率だろう。
 そんな彼に、突然、休みがとれましたと云って、どうにかなるはずもない。
「楽しめないよ」
 しゅんとして俯いた総司に、磯子は小首をかしげた。
「どうして?」
「どうしてって……」
「土方さんを誘えばいいじゃない」
「そんなの絶対無理!」
 総司はバタバタと両手をふりまわした。
「いきなり8日間もお休みなんて、とれるはずないし。土方さん、すっごく忙しいもの」
「そうかなぁ、聞くだけ聞いてみれば?」
 くすっと笑った磯子は、携帯電話を指さした。電話してみなさいよと、目が云っている。
 総司は桜色の唇を尖らせた。
「……無理に決まっているのに」
 小さく呟きながらも、携帯電話を手にとった。電話をかけてみる。
 短い呼び出し音の後、通話が繋がった。
 なめらかな低い声が耳もとで聞こえる。
「……はい、土方です」
「あ、あの……っ」
 総司は息を吸い込んだ。ぎゅっと携帯電話を握りしめる。
「ぼくだけど、あの……」
「あぁ、総司?」
 土方の声がより柔らかくなった。問いかけてくる。
「何だ」
「あの、あのね」
「何?」
「あの……っ」
 いつまでも云い淀んでいる総司の耳に、土方を呼んでいる声が電話の向こうから聞こえてきた。それに、ますます慌ててしまう。
 土方がちょっと困ったように云った。
「総司、悪いけど、仕事中なんだ。手短に云ってくれないか」
「あっ、ご、ごめんなさい」
 総司は耳まで熱くなるのを感じた。どうしよう、迷惑かけてる、どうしようと、そればかりが頭の中をぐるぐる回る。
 そして。
 気が付けば、叫ぶように云っていたのだった。


「明日から8日間、お休みとって! 土方さん!」












 ヘリコプターを降りると、海の青が目にしみた。
 びっくりする程、真っ青な海と空が広がり、ここが外国なんだなぁという事を実感させる景色だ。
 しばらく、ぼうっと景色に見惚れていた総司は、やがて、はっと我に返った。
 慌ててふり返ると、総司たちを送ってきてくれたヘリコプターは上へ舞い上がっていくところだ。
 土方はそれを見送る事もなく、荷物を手に総司の方へ歩み寄ってきた。にっこり笑いかけられる。
「ほら、行こう」
「は、はい」
 ぎこちなく頷いた総司を促し、土方は、そのコテージに向かって歩き出した。





 信じられない話だが、総司の「8日間、お休みとって!」という命令に返された答えは、「yes」だった。
 電光石火の早業で土方が休みをとり、総司を連れて日本を飛び立ったのは、その日の夜。
 翌日の昼にはこの島へ到着しているのだから、とんでもない行動力だ。
 飛行機の手配も何もかも、土方が仕事を片付けがてらやってのけた事だった。だから、夕方電話がかかってきて「旅行の仕度をしておいて」と云われた時には、総司もびっくりした。
 外国へ行くと告げられたのも、空港へのタクシーの中。
 いったい、自分の意思はどこにあるの? という疑問が頭をよぎったが、無理難題である総司の求めに、あっさり答えてくれた彼に逆らうことなど、到底できなかった。
 しかも、こんな素敵な島へ連れてきてくれたのだから、もう何も云うことはございません状態だ。
 土方が総司を連れてきたのは、南半球の離れ小島だった。フィジー諸島の一つだ。
 それも全くの無人島ということを聞いた総司は、不安になったりもしていたのだが、美しい島の様子と、用意されたコテージに、たちまちその不安も吹っ飛んだ。
 思わず歓声をあげてしまう。
「わぁ、可愛い……!」
 コテージは、島の小さな湾に張り出すように作られていた。
 木製の桟橋をわたってゆくと、可愛らしい白い屋根のコテージが二人を迎える。
 中に入れば、キッチンもバスルームも高級ホテルのコンドミニアム並みの設備で、二階には大きなベッドが置かれてあった。モスキーネットが風に揺れて、とてもロマンチックだ。
 リビングには美しい細工の家具が置かれ、床の真ん中はガラス張になっていた。覗き込むと、海の中が見えるという仕掛けだ。
 嬉しそうにあちこちを見てまわっていた総司は、コテージ横の桟橋につけられたクルーザーに気がついた。
「これは? このコテージの備品?」
「いや、違う。俺の」
「そうなんだ……って、えぇっ?」
 思わず仰け反ってしまった。かなり高価そうなクルーザーだ。だいたい、彼がクルーザーも運転できるなど、聞いたこともなかった。
「クルーザー、運転できるの」
「当然。運転できなきゃ、持ってないよ。まぁ、これで来ても良かったんだが……ヘリの方が綺麗な海も上から見せてあげられるだろ? だから、行はヘリにしたんだ」
「土方さん……」
 総司は思わず感激してしまった。頬が熱くなる。


 いつでも、彼は総司のことを一番に考えてくれるのだ。
 総司が楽しいように、幸せであるように、考えて行動してくれる。


 土方はにっこり笑いかけると、荷物をキッチンに運んでいった。
 色々と食材や日用品を買いこんできたのだ。
 それを仕舞い込んでいく彼に、総司は慌てて駆け寄った。
「手伝います」
「いや、総司は休んでいて」
「だって、そんなの……」
「じゃあ、これを洗面所に持っていって。そこの右奥の扉が洗面所だから」
「はい」
 総司は荷物を運びながら、土方をちらりと見やった。
 キッチンの前に佇む土方は、旅行に行く姿らしく、とてもラフな服装だった。濃紺のヘンリーシャツに、洗いざらしのジーンズという姿だ。それがまた、彼によく似合っていた。
 端正な顔だちに、すらりと引き締まった長身の彼は、空港でも飛行機の中でも、女性たちの視線を集めまくっていたのだ。客室アテンデントなどもやたら土方に愛想がよく、総司は隣でむうとしながらも、サングラスをかけて黙り込んでいる他なかった。
 だが、ここでは、独り占めなのだ。
 あの恰好いい彼は、総司だけを愛してくれるし、総司も彼を独り占めして愛することができる。
 綺麗な黒髪も、褐色の肌もさわり放題だし、濡れたような黒い瞳も見つめ放題だし。
 しかも、それはなんと8日間!
 土方がだい好きな総司にとって、まさにパラダイスの日々なのだ。


(夢みたい……)


 うっとりと幸せな思いにひたる総司は、だが、まったく気づいていなかった。
 逆なのだということを。
 この島も、コテージも、クルーザーも、何もかも。
 土方が総司を独り占めするために、用意されたパラダイスだということを。
 そして、この8日間、可愛い兎をたっぷり貪りつくすつもりの狼の巣に、自ら飛び込んでしまったという事を知る由もなく。
「総司、ジュースでも飲む?」
 そう聞いてくれる優しい彼氏の声に、総司は「はぁい」と返事をすると、無邪気に駆け寄っていったのだった。












 小さな島だった。
 20分ほどもあれば、一回りできる程の島だ。その上、見渡す限り真っ青な海で、島も陸も何も見えない。
 総司は真っ白な砂浜を、裸足で歩いてみた。さくさくと埋もれてゆくのが心地よい。手をひたしてみると、海の水はあたたかく、泳ぐにも最適だろう。
「よし、泳いじゃおう」
 そう決意すると、総司はバタバタとコテージに戻った。水着を探していると、上から声が降ってくる。
「何しているの」
 見上げると、土方が不思議そうに覗き込んでいた。
「何か探しもの?」
「あのね、水着なのです。泳ぎたいなぁと思って」
「……ふうん」
 土方はちょっと拗ねたように、唇を尖らせた。黒い瞳がきらりと光る。
 しばらく黙った後、腕組みしながら問いかけた。
「おまえ、一人で?」
「え? ……あ」
 総司は慌てて立ち上がった。


 しまったと思ったのだ。
 せっかく二人きりのバカンスなのに、一人で泳ぐなんて、彼が不愉快になるのは当然だった。
 いつも優しい彼だが、総司が一人で行動しようとすると、急に人が変わったように怖い瞳になる事もあるので、ちょっと慌ててしまう。


「ごめんなさい」
 総司は土方に両手をのばし、謝った。
「そうじゃなくて、あの海を見ていたら泳ぎたくなって」
「俺のことも忘れちゃうぐらい?」
「だ、だから、違うの。あのね」
 慌てふためく総司の様子に、土方はたまらず笑い出した。くっくっと喉を鳴らして笑いながら、逆に手をのばして総司の腕を掴むと、そのまま小柄な躰を引きよせる。
 ぎゅっと抱きしめた。
「わかったよ。ごめん、ちょっと意地悪した」
「土方さん!」
「うん、わかった。泳ぎたいんだよな」
「もう……知らないっ」
 拗ねてしまった総司の髪に、頬に、土方はキスを落とした。そっと背中を大きな手のひらで撫でられ、躰が熱くなる。
「ごめん。機嫌を直して」
「……」
「俺も一緒に泳いでいい……?」
 甘い柔らかな声で聞いてくる土方を、総司はまだ拗ねたまま見上げた。
 だが、その綺麗な笑顔を見たとたん、胸がどきどきして、拗ねていた気持ちなど一気に消え失せてしまう。
 どぎまぎしながら、答えた。
「……土方さんが、ぼくと一緒に泳ぎたかったら」
「もちろん、お姫様」
「じゃあ、一緒に水着を探して」
「畏まりました」
 悪戯っぽい声音で答えると、土方は総司の躰を離した。部屋を横切ると、クローゼットの扉を開け放つ。
 クローゼットから、さっさと水着やタオルなどを取り出し始めた。何だ、そこにあったんだと思いつつ眺めていた総司は、不意に、え? と目を瞬いた。
 じーっと凝視した後、思わず叫んでしまう。
「な、何その数!?」
「え?」
 総司の声に、土方はふり返った。心底不思議そうな顔をしている。
 その手にあるのは、総司用にしか見えない水着だった。
 水色や淡いピンク、白など、様々な色はあるが、びっくりするぐらいの数で出てきた水着に、総司は絶句した。
「そ、それ……っ」
「これ?」
 土方はにこやかに水着をかざしてみせた。どこかの俳優も顔負けの、爽やかで綺麗な笑顔だ。
 その笑顔で、とんでもない事を云ってのけた。
「昨日、仕事帰りにデパートに速攻で行ってさ、買いこんできたんだ」
「デパートって、えっ? 昨日の夕方に!?」
「あぁ。どれもおまえに似合いそうだから、目についたのを全部買いまくったんだけどね」
 旅行の手配だけでなく水着まで買いこんでいた男の行動力に眩暈を覚えつつ、総司は訊ねた。
「あの……何て云って、ぼくの水着を買った訳? どう見ても、土方さん用じゃないし」
「それは当然、可愛い恋人のためと云ったさ」
「か、可愛い恋人って……」
 もはや何も云えない。


 この人には羞恥心というものがないの!?


 いかにもエリートビジネスマンですという恰好の、仕立てのいいスーツ姿で、超がつくぐらい男前の極上の男が、嬉しそうにデパートで可愛い水着を買いまくっているのだ。
 その姿を想像するだけでくらくらするのに、店員に「可愛い恋人のため」と云ってのけるなんて、羞恥心というものがあるなら、絶対出来るはずがない。
 固まっている総司の前で、土方は水着を色々と取り出し、広げた。それを眺めながら、訊ねる。
「全部で……何着あるの?」
「さぁ?」
 土方は小首をかしげた。
「何着でもいいじゃない。それよりさ、俺的には、これなんか可愛いなと思うんだけど」
 土方がさし出した水着は、シンプルで半ズボンのような形のものだった。ただ、ピンク色で、花のモチーフがついているのが女の子っぽい。
 総司はそれをじっと見つめた。
「これ……土方さんの好み?」
「あぁ、気にいらない?」
「う、ううん」
 総司は慌てて首をふった。
 とっても可愛い水着だ。
 女の子っぽいが、いつもCMなどで衣装を着ている総司にすれば、これぐらいなんて事なかった。
 それに、だい好きな土方が気にいっている水着なのだ。これを着ないという手はないだろう。


(土方さんが、わざわざ買ってきてくれたんだし。他の水着も皆、可愛い系だし……どれ着ても同じだし)


 そう自分に云いきかせながら、ごそごそと着替えだした総司の後ろで、土方が「明日は、こっちを着てもらおうかな」と呟いていた。






















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