「隠し事?」
訝しげに、斉藤は土方を眺めやった。
思わず訊ねてしまう。
「何でそう思ったんですか。隠し事していると思った根拠は?」
「まぁ、強いて言えば、勘かな」
土方は苦笑し、グラスを口もとに運んだ。それに、斉藤が呆れ返る。
「勘で疑われたんじゃ、総司もたまったものじゃありませんね」
「けど、あいつは嘘がつけないたちだ。考えていることがもろに顔に出ちまう」
「まぁ……確かに」
「今回も、ライブのことを話している時、妙だなと思うことが何度かあったのさ。わざわざ俺が忙しいとわかっている時にぶつけてきたのも妙だし」
「へぇ」
斉藤は首をかしげた。
「総司のライブが、土方さんの忙しい時とかちあっているって事ですか。なるほど」
「……おまえ、妙な気をまわすなよ。情報まわすつもりはねぇからな」
「わかっていますよ。でも、まぁ……総司にすれば、偶然じゃないですか」
「それだけじゃねぇよ。口ごもったり、目が泳いでいたりしていたんだ。そわそわしているし、ライブのことを話題にすると、落ち着かない様子になるし」
「あーそれは、怪しいですね」
頷いた斉藤は、うーんと考え込んだ。
「悪いですけど、オレ、全然聞いていないんですよね。ただ、ライブをやるらしいって事ぐらいで」
「人が押し寄せたら困るから、抽選制だと言っていた」
「まぁ、それは知っていますけど、でも、普通のライブでしょう? 別に隠し事なんてあるはずないと……」
言いかけ、ふと何かに気づいたように、斉藤は黙ってしまった。
それに、土方が鋭い瞳をむける。
「何だ、斉藤。思い当たることがあるのか」
「たいした事じゃないですよ。ただ、ちょっと聞いた事があって……その、今度のライブはコラボだと」
「コラボ?」
「共演ですよ。それが入るらしいって、スタッフが話していたような……」
「……」
土方は思わず眉を顰めてしまった。
彼は、恋人としての総司も愛しているが、歌手としての総司も好きなので、その活動内容は事細かに知りつくしている。
そのため、総司が今まで誰かとコラボで歌ったことがない事を、よく知っていた。
原田という男が社長をつとめる事務所の意向なのか、総司自身の希望なのか、必ずソロで歌ってきたのだ。音楽番組でさえ、まったくない。
それなのに、いきなりライブで共演など、珍しいことだと思った。
だが、まぁ珍しいだろうが何だろうが、そんな事はどうでもよい。この場合、気になるのは、誰が相手なのかということだった。
土方が気にもとめないような年齡のいったベテラン歌手や、子供そのものの新人なら、わざわざ隠すこともないだろう。
となると、自然に、共演相手は絞られてくる訳で……
「……」
無意識のうちに、グラスを握る手に力がこもった。眉間に皺が刻まれ、黒い瞳が剣呑な色を湛える。
「……土方さん?」
押し黙ってしまった男の様子に、斉藤は、言ってはいけない事を口にしてしまったのだと今更ながら気づいた。
だが、時既に遅し。
土方は無言のままグラスをあおり、琥珀色の酒を一気に飲み干したのだった。
帰宅した総司は、びっくりした。
今日は来られないとの話だったのに、玄関に彼の靴があったのだ。むろん、それだけなら驚かない。今までも時々、こんなサプライズはあったのだ。
だが、やばい雰囲気は初めから漂っていた。
いつもなら、総司がドアを開けた気配に気づき、出迎えてくれる土方が出てきてもくれないのだ。リビングへ続くドアも開く様子がない。
不安に思いながら総司は玄関から上がり、廊下を歩いた。そっとドアを開けつつ、なんとなく自分の家なのに、おそるおそるリビングを覗いてしまう。
「……ただいま……」
小さな声で言うと、答えが返った。
「お帰り」
それも、すごく耳もとで。
「き、きゃあっ!?」
思わず飛び上がってしまった。慌ててふり返れば、そこには土方が佇んでいた。
かるく眉を顰めて、総司を見下ろしている。それに目を見開いた。
「ど、どこにいたの……っ!?」
「洗面室。さっき来たところだから、手を洗っていたんだ」
嘘ではないようだった。スーツの上着は脱いでいるが、ネクタイも緩めていない。
「あー、びっくりした」
そう言いながら胸をおさえた総司を、土方が切れの長い目でちらりと見た。
「びっくりする理由があるんじゃないの?」
「え?」
「いや、何でもない」
そっけなく答えると、土方はさっさとリビングへ入っていってしまった。どこか冷たさを感じる。
それに不安を覚えながら、総司は慌てて後を追った。途中、土方に注意されて手を洗ったが、それでも彼の機嫌は変わっていないようだ。
(……なんか、怒ってる?)
総司は確かに天然だし、ちょっと鈍感なところもありまくりなのだが、土方の感情については少しはキャッチできるようになっていた。
何しろ、恋人なのだ。大好きな彼氏なのだ。土方はポーカーフェイスが上手なので、不機嫌さも苛立ちもさらりと隠してしまうが、それでも、言葉の端々や、ちょっとした口調の変化、まなざしなどでキャッチ出来ることもある。
今日がまさにそうだった。
そっと伺ってみると、土方の端正な顔は別に不機嫌な表情を浮かべてはいない。
だが、あきらかに怒っているのだ。その証拠に笑顔がまったくないし、総司に優しい言葉をかけてくれることもない。
土方はネクタイを抜き取ると、いつものようにギャルソンエプロンを手にとり、キッチンへ入っていこうとした。それを、総司は引き止めた。
こんな状態でご飯をつくってもらっても、二人で楽しく食事をすることが出来ないはずだ。
自分が何か悪いことをしたのなら、謝らなくちゃ(と思っていた、この時は)。
「土方さん」
彼の腕を掴んで、引き止めた。大きな瞳でじっと見上げる。
土方がふり返り、無言のまま視線を返した。
ほら、やっぱり、おかしい。
黙っていることもそうだし、笑顔を全然見せてくれないなんて絶対に変だ。
「あの、あのね、なんか……怒ってる?」
そう訊ねると、土方が微かに唇の端をあげた。だが、それはいつもの優しい笑みではなく、ちょっと皮肉っぽい笑みで。
「……ふうん、総司には俺を怒らせた自覚があるの」
切りかえされ、言葉につまってしまった。だが、ここは正直にと思い、首をふる。
「わからない。でも、なんか怒ってるよね? ごめんなさい」
「総司は理由がわからなくても、謝る訳? それっておかしくないか」
「おかしいかもしれないけど、でも、土方さんが怒るなんて、ぼく、悪い事をしたに決まっているから」
「悪い事……はしていないよ」
土方はどこか拗ねたような口調で答えた。
それから、いきなり口早に言った。
「俺が勝手に嫉妬して、怒っているだけだから。ライブで誰かさんと共演すること隠されて、わざわざ俺が来られないように日程ぶつけられて、腹がたっているだけだし」
「えっ」
総司の目が丸くなった。思わず叫んでしまう。
「kotuneさんと共演するの、ばれちゃったの!?」
「……ふうん」
土方の目が細くなった。腕を組むと、身をかがめ、総司の顔を覗きこんでくる。
今度こそ、笑みをうかべている。だが、その目はまったく笑っていなかった。底光りさえしている。
「やっぱり、あの娘が共演相手なんだ」
「か、かまかけたのっ」
「これぐらい聞き出すの、検事である俺には朝飯前だからね」
さらりと言ってから、土方は肩をすくめた。ダイニングテーブルに軽く凭れかかる。その姿がまた格好よくて、思わず見惚れてしまう。
そんな事には気づかないまま、男は言葉をつづけた。
「なるほどね、kotune? だっけ。あの娘と共演するから、俺に見られないように仕組んだってこと」
「だ、だって……怒るでしょ。今も怒ってるけど」
「そりゃね、怒っていますよ」
土方は腕を組んだまま、総司の顔を覗きこんだ。黒い瞳にある微かな苛立ちに気づいて、思わず息を呑んでしまう。
本気で彼を怒らせたのだということが、わかった。
いつも優しい彼が怒るなんて、めったにない事だった。
総司がどんな我儘を言っても笑って受けとめてくれるし、わがまま言う総司が可愛いよなんて、甘い声で囁いてくれるぐらいだ。
だが、一方で、この男はとんでもなく独占欲が強かった。
他の誰かと一緒にお茶をしたり食事をしたり、いろいろと総司がしたことをすると、とても不機嫌になってしまうし、それが例えば伊庭などとなると、本気で怒ってしまう。挙句、セフレとよりを戻すなんて言ってくるぐらいだ。
もちろん、総司は、彼をきれいなお姉さんたちと共有するなんて、絶対にいやなので毎回喧嘩になってしまうのだが……。
この場合も、土方が怒っている原因は明らかだった。独占欲、やきもちだ。
いや、彼の場合、やきもちなんて可愛いものではない。
「俺が怒っている理由、わかる?」
そう聞かれ、総司はこくりと頷いた。大きな瞳で彼を見上げる。
「kotuneさんと共演するからでしょ。それを隠したからでしょ」
「わかっているなら、どうしてこんな事をする訳」
「だって、kotuneさんと共演したいんだもの、ライブするの楽しみなんだもの」
「だから隠したって訳?」
「ちょっと違うけど……」
違うのだ。
こんなふうに喧嘩になるのが嫌だったのだ。
冷たい瞳で見られたり、彼に嫉妬させたりして傷つけるのが嫌だった。
彼も嫉妬なんかしたくないはず、喧嘩したくないはず。
なぜなら、いつも嫉妬したりしている時、彼の方がずっと切ない瞳をしている気がするから。
なのに。
素直に、それを言うことが出来ないのは、どうしてなのだろう……?
「……でも」
総司は俯き、ベビーピンクの唇を尖らせた。
どんどん素直でなくなっていく自分を感じた。だが、止めることが出来なかった。
何で?
どうして、ここまで怒られなくちゃいけないの?
ぼくだって好きなようにする権利ぐらい、あるもの。
土方さんに全部、決められるなんておかしいもの。
「土方さん、怒るから」
気がつけば、俯きながら言っていた。
「こんなふうに、今もやっぱり怒ってるじゃない。喧嘩になるでしょ。だから、いやなんだもの。ぼくだって、したい事したいんだもの。誰かを好きになったりするのも、仲良くするのも全部、ぼくの自由だし」
「……」
押し黙ったままの土方に、余計に気持ちがヒートアップした。無性に腹がたってきて、ぱっと顔をあげたかと思うと叫んでしまう。
「だから……だから、ぼくは勝手にするんだものッ!」
突然、思っきり叫んだ総司に、土方は驚いたようだった。唖然としている。
だが、そんな彼の表情を見ている余裕もなく、くるりと背を向けた。ばたばたと駆け出し、自分の部屋へ飛び込んでしまう。
バタンと音をたててドアを閉めてから、だが、しかし、総司は、はっと我に返った。
とんでもない事を口に出してしまった気がした。
もちろん、覆水盆に戻らず。今更、ごめんなさいと謝るのも嫌だし、だいたい今はこっちの方が腹をたててしまっているしで、絶対にこの部屋から出ないもんと思った。
だが、それでも、総司は土方の行動が気になって、ドアに耳をそっとくっつけてしまった。
「……?」
何の音もしない。
こちらに歩いてくる音も、出て行く音もまったくしないのだ。
まるで、ドロンとその場から魔法のように消えちゃったようだった。それこそ、どこか謎めいていて何でも出来る土方なら有り得そうな話だ。
総司はため息をつくと、ドアのすぐ傍の床上に坐り込んだ。
何で、こうなっちゃったんだろう。
やっぱり、kotuneさんとのライブ、やめておいた方が良かったのかな。
だが、総司には彼がなぜ、あれほどこだわるのか、わからなかった。
正直な話、伊庭の時以上の反対ぶりだった。ただライブで共演するだけ、仲の良い友達になるだけなのに、どうしてここまで怒られるのか、まったくわからない。
しかも、家まで来てくれた挙句、喧嘩になるなんて。
「……せっかく会えたのに」
総司は小さく呟くと、たてた膝に顔を伏せた。
「総ちゃん、準備いい?」
そう聞かれ、鏡の前で髪を直していた総司は、「はぁい」と答えた。
日は流れ、いよいよライブ当日だ。もちろん、大入り満員で、ライブ会場は早くからたくさんのファンで賑わっていた。総司だけでなくkotuneのグループのファンも多いので、すごい熱気だ。
「よろしくね」
舞台袖に行くと、kotuneがにっこり笑って手をさし出してきた。
きゅっと引き締まった感じの小柄なkotuneは派手なメイクをしているが、素顔も可愛い女の子だ。総司よりも年上だが、キュートで明るい感じがとても素敵だった。
歌声もきれいで張りがあり、百年に一度と言われる天使の歌声をもつ総司と一緒に歌っても遜色ない。
総司はちょっと複雑な気持ちになりながら、その手を握り返した。
(……土方さん、今頃、仕事かな)
以前、見た仕事中の彼の様子を思い出した。
端正な顔は厳しく引き締まり、冷徹に言葉を重ねていく。彼自身が指揮をとらなければならないほど、とても大きな仕事なのだ。
そんな仕事を前にして大変な彼に、あんな想いをさせた事に、胸奥がズキリと痛んだ。
あの日、結局、総司が部屋を出てみると、土方の姿はどこにもなかったのだ。
それこそ、魔法のように消えてしまっていた。しかも、ダイニングテーブルには料理が用意されてあり、総司は目を見開いた。
「……土方さんって、魔法使い?」
思わずそう呟いてしまった。