彼が魔法使いかどうかは、ともかくとして。
とりあえず料理があるのに、総司の部屋に土方の姿はないということは確かで、何とも不思議なことに物音一つしなかったことも事実だった。
それきり、土方とはまったく会っていない。音信不通だ。
総司も意地をはってしまったことや、また喧嘩になりそうで怖かったこともあり、電話をしなかったし、土方も電話一つメール一つ寄越してこなかった。
しゅんとしている様子に気づかれ、磯子にあらいざらい事情を話すと、あちゃーという顔になった。
「土方さんと喧嘩すると、総ちゃん、テンション落ちるから隠したのにね」
「わかってるけど……でも、ばれちゃったんだもの」
「あの人、勘いいから。で、今も仲直り出来ていないって訳ね」
「うん……電話もメールもないし」
「総ちゃんから電話すれば?」
「だって、また喧嘩になっちゃいそうで怖いんだもの」
「あぁ、それは言えるわね」
「ごめんなさい、磯子ちゃん……」
俯いてしまった総司に、磯子は何か考えているようだった。だが、しばらくしてから言った。
「仕方ない。隠すように初めに言ったのはあたしだし、ちゃんと後始末するわ」
「どうするの?」
「あたしに任せて。大丈夫、総ちゃんは安心してライブのことだけ考えていればいいから」
「……」
結局のところ、何をどうするつもりなのかわからなかったが、磯子の言葉どおり、ライブの準備に専念する他なかった。そうして、準備を重ね、ライブ当日になったのだ。
スポットライトが眩しかった。
総司とkotuneたちがステージに出ていくと、わぁーっという凄い歓声があがる。音楽が始まると、その熱気は更にヒートアップした。初めから総立ち状態だ。
ギターをかきならしながら歌うkotuneと背中あわせになり、総司は歌った。声がリズムが重なり、とても心地いい。ライブ会場が揺れるほどの熱狂に、より気持ちが高まった。
歌うって、こんなに気持ちがいいこと。
それも、同じように音楽を楽しんでいる人と歌うって、とても素敵で最高の気分なんだ。
好きとか、恋愛とか、そういうのじゃなくて。
一緒に歌うのが気持ちいいから、本当に最高! の気分だから。
そういうの、土方さんにもわかってもらえらたら嬉しいのにな。
総司はそんな事を考えながら、マイクを握った。
ラストの一曲だ。
「これでラストの曲になります。みんな、今日は本当にありがとうー!」
そう叫ぶと、ライブ会場がより一層の大歓声に包まれた。それに、たまらないほどの幸福感を覚える。
激しくギターをかきならし始めたkotuneと一緒に、思いっきり歌った。ステージを駆けまわり飛び跳ね、リズムにあわせて唄いまくる。ドラムの音がベースの音が、心地いい。自分と一緒になったkotuneの声が混ざりあい、独特のハーモニーを生み出していく。それを感じながら、総司は目を閉じた。
再び目を開くと、二人の歌に熱狂してくれているファンの人たちが視界に入る。皆、手拍子をとり、音楽に酔いしれていた。
ライブ会場は超満員で、ほとんどがステージ前に押し寄せているため、手をのばせばふれそうなぐらいの処に、ファンの人たちがいる。大規模なコンサートでは得られない臨場感だった。
それを見回した総司は、一瞬、息をとめた。
(……え?)
ライブ会場の一番後ろだった。ドア付近の壁に一人の男が寄りかかるようにして、佇んでいた。
ファンの大半がステージ前に押し寄せているため、意外と、ドア付近は空いている。そのため、彼の姿は際立って見えたのだ。
仕事の途中に寄ってくれたのか、それとも、仕事帰りなのか。
彼は、ステージ上の総司だけを真っ直ぐ見つめていた。ここからでは表情はわからないが、それでも、なんとなくあたたかい視線を感じる。
(土方さん、来てくれたんだ……!)
総司は思わず笑顔になった。
嬉しくて嬉しくて、本当は今すぐ駆け寄って恋人に抱きつきたかったが、それは後と我慢する。
アンコールで求められ、歌いつづける総司を、土方は最後まで見守ってくれていた。
ライブが終わってすぐ、総司は電話をした。
まさか会場の中に走っていって彼を探す訳にはいかないが、このまま帰られてしまえば、またいつ逢えるかわからなくなってしまう。
そのため、舞台袖に戻ると、すぐさま電話をしたのだ。
とってくれるのか不安だったが、通話はすぐに繋がった。
「土方さん!?」
叫ぶように問いかけた総司に、電話の向こうで、くすっと笑う声がした。そのいつもどおりの優しい笑い声に、ほっとする。
「……どうした、総司」
「ど、どうしたって……ライブに来てくれたでしょ? 今、どこにいるの? もう怒ってない?」
矢継ぎ早に問いかける総司に、土方はちょっと困ったようだった。
「どれから答えればいいの?」
「えーと……うん、どこにいるの? にして下さい」
「わかった」
そう答えが返った瞬間、後ろから抱きすくめられた。
「!?」
びっくりしてふり返ると、土方が悪戯っぽい瞳で見下ろしている。いつの間に来たのか、総司のすぐ後ろに佇んでいたのだ。
「なッ、土方さ……えっ?」
呆気にとられている総司の躰がふわりと浮いた。土方がかるく身をかがめたかと思うと、その膝裏と腰に腕をまわし、軽々と抱き上げたのだ。
「ど、どうしたのっ? 何を……」
「限界」
「???」
呆然としている総司を抱いたまま、土方は歩き出していく。途中、スタッフたちが「おつかれさまー」と当たり前のように手をふってきたが、それに答えを返す余裕もなかった。
出口のところで磯子がにっこり笑いながら、土方に何かを渡した。今回のお詫び代わりねと言っているのが聞こえた。それに、土方が「Thank You」と流暢な発音で返し、唇の端をあげる。
結局、お姫様抱っこの状態で、総司はライブ会場から連れ去られたのだ。
土方に電話をしてから、ものの1分もかからない早業だった。
ライブ会場からタクシーに乗って、着いた先はホテルだった。
マンションへ帰るよりはこちらの方が近いのだが、どうしてホテルに連れ込まれるのかさっぱりわかっていない総司が我に返ったのは、交代でシャワーを浴びてからだった。(遅すぎるって?)
ふかふかのバスローブに包まれた総司が呆然としていると、濡れた髪をかきあげながら土方がバスルームから出てきた。冷蔵庫をあけて、訊ねてくる。
「何か飲む? 総司はジュースがいいよね」
「あ……はい」
つられて頷いてから、総司はようやく訊ねることが出来た。
「これって、どういうこと?」
「何が」
総司にジュースを渡しながら、土方が小首をかしげた。総司とお揃いのバスローブを纏っている。肩幅もあり、逞しく引き締まった躰つきの土方は、こういうバスローブもさらりと着こなしてしまう。
「だから、何でぼくたちが今、ホテルにいるの?」
「覚えてないの?」
「お、覚えてるけど、何が何だか……」
「磯子ちゃんが俺にお詫びの品ってことで、用意してくれたんだよ。ま、別に俺は磯子ちゃんに怒ってた訳じゃないけどね」
「ぼくに怒っていたってこと? ……今も怒っているの?」
おずおずと訊ねた総司に、土方は肩をすくめた。
「怒っていないよ。ただ、やきもち妬いていただけだ」
「う……それは、でも、kotuneさんとは音楽仲間で友達ってだけなんだけど」
また喧嘩になっちゃうかもしれないと思った。
だが、音楽を共有した相手との気持ち、それを彼にわかって欲しくて、総司は一生懸命言葉をつづけた。
「あのね、彼女と一緒に歌って、とても気持ちが良かったの。最高だったの。でもね、それは土方さんへの気持ちとは、全然違うの。土方さんのことは誰よりも大切だし、大好きだし、ずっとずっと傍にいたいから、この気持も出来たらわかって欲しいの。ぼくは歌うことをやめられないから、歌い手でありつづけたいから、だから」
「……わかっているよ、総司」
静かな声で、土方は言った。それから部屋を横ぎってくると、総司をベッドに坐らせて自分もその隣に腰かける。なめらかな頬にキスを落とした。
「だから、言っただろう? やきもちを妬いていたって。もう彼女と共演したからって、怒らないから」
「え?」
きょとんとしている総司の前で、土方は微かに笑った。
「俺さ」
言いながら、土方は片手で濡れた前髪をかきあげた。しなやかな指さきが髪をかきあげる、そんなちょっとした仕草も絵になってしまうのだから、この人の方がよっぽど芸能人に向いているのではないかと思えてしまう。
ぼーっと見惚れている総司に気づくことなく、土方は言葉をつづけた。
「おまえとあの娘が似合いだったから、やきもち妬いたんだ」
「似合いって……」
「年もだし、音楽仲間でもあるだろ? 俺なんか入っていけない世界で二人仲良くしていて、不安になったって訳」
「そんな……おかしいよ」
総司は思わず首をふった。
「ぼくの方こそ、いつも不安なのに。土方さんはこんなに大人で格好よくて、何でも出来て、ぼくなんかとつきあってくれている事が不思議なぐらいで」
「それは逆だって、いつも言っているだろ?」
くすっと笑った。
「俺がおまえを追いかけているんだよ。ファンだし、べた惚れだし、夢中だし。けど、おまえは音楽の事になると俺なんか忘れちゃって、夢の世界に行ってしまうだろ。いや、それでいいんだよ。俺はそんなおまえが好きになったんだから。けど、時々、不安になったり淋しくなったりするという訳」
「……」
びっくりして何も言うことが出来なかった。呆然と土方を見ている。
そんな総司の前で、土方はちょっと照れたように笑ってみせた。
「ごめん、みっともない処を見せた」
「ううん! すっごく嬉しいです。土方さんが自分の気持ち、教えてくれて嬉しい。ありがとう。でも、ぼく、土方さんが好きだから、大好きだから、音楽よりも好きだから」
「わかっているよ」
そう答えた土方は身を乗り出した。そっと唇を重ねる。背に腕がまわされ、あれれ? と思った時には、ぱすっとベッドに倒れこんでいた。
びっくりして天井を見上げる総司に、土方がにっこり笑いながらのしかかってくる。
「土方さん? え、えぇっ?」
「今から、大人の時間かな」
「大人のって……」
「お楽しみのお仕置きタイムだよ」
にこやかに言ってのける土方の笑顔が怖い。既に、男の手はバスローブの紐をほどき、なめらかな肌を撫でまわし始めていた。それに甘い快感を覚えながら、総司は必死に身を捩った。
「ちょっ……待って、お仕置きタイムって、もう怒ってないはずじゃ……」
「うん、怒っていないよ。でも、怒っていたことは確かだから、ちゃんとお仕置きしなくちゃね」
「何それっ……ぁ、やッ、ぁんっ」
抗おうとしても、どんどんふれてくる優しく繊細な指さきに、ふわふわと躰が浮いたようになってくる。甘い痺れが広がり、総司はたまらなくて腰をゆらめかせた。それに、土方がくすっと笑う。
「もう……俺が欲しい?」
「ち、ちが……」
「慌てないで。後で、たっぷりあげるから」
きれいな笑顔でとんでもない事を言いながら、土方は総司の躰に丹念に愛撫を施した。幾度も躰を重ねてはいるが、やはり、体格の差がありすぎるし、とても華奢な躰だ。丁寧すぎる程の愛撫を施してからでないと、壊してしまう。土方自身、情事の最中になると、あまりの心地よさに我を忘れ、手加減できなくなることもある。そのためにも、総司との情事では下準備が必要不可欠だった。
だが、一方で、総司の躰を柔らかく開かせていくという行為を楽しんでいることも事実だ。初な総司はこの行為をとても恥ずかしがり、「いや」とか「やだ」とか言って、すすり泣く。潤んだ瞳で彼を見上げ、しまいには「早く」とねだってくる姿に、ぞくぞくするぐらいの快感を覚えた。
別に、サドって訳ではないが、ちょっとした征服感と満足なのかもしれない。
「……やッ」
細い両足を抱え込み、膝裏を掴んで押し広げた。恥ずかしい体位に総司がいやいやと首をふるのにかまわず、濡れそぼった蕾に猛りをあてがう。総司の呼吸が早くなるのを感じながら、ゆっくりと腰を進めた。
「ひぃ…ぁああッ」
総司がぎゅっと目を閉じ、悲鳴をあげる。嫌がって逃げようとする小柄な躰を引き戻し、深く受け入れさせた。柔らかな蕾の奥深くを穿つ。
「……あぁっ」
奥に総司が感じるポイントがあることを知っている。だからこそ、そこに猛りを擦りつけるようにして、ゆっくりと腰をまわした。たちまち、総司が掠れた泣き声をあげ始める。
「ぃッ…ぁ、ぁあっ、ぁんっ…ぁあ」
「……気持ちいい? 総司」
「んっ、ぅ…ぁ、ぁあんッぁあぅ──」
総司は泣きながら、首をふった。それに、意地悪く小首をかしげてみせる。
動きをとめ、その潤んだ瞳を覗きこんだ。
「気持ちよくないの? じゃあ、やめようか」
「やっ、ぁ…土方さ……」
「俺が欲しいなら、ちゃんと口で言って。可愛くてねだってみせて」
「……ッ! いじわ…る……っ」
たまらず腰をゆらゆら動かしてしまう。だが、それに、土方は平然とした顔で見下ろしているだけだ。
総司は泣きながら両手をのばした。背中をうかせて男の首をかき抱き、掠れた声でねだる。
「お願い……して、土方さんが欲し……っ」
最後まで言うことが出来なかった。いきなり土方が総司の身体を抱き起こしたかと思うと、己の剛直の上に腰を落とさせたのだ。真下から限界まで貫かれ、総司は仰け反った。
「ぃやぁああッ」
凄まじい快感美に悲鳴をあげた。総司のものが衝撃で弾けてしまう。その快感に息を吐いたところを、力強く突き上げられた。
「ま、待って……お願、ま……っ」
「駄目だ、待てない」
あっさり断り、土方は総司の細い腰を両手で鷲掴みにした。そのまま激しく腰を上下させ始める。意思など関係なく、達したばかりで敏感になっている蕾を擦りあげられ、総司は泣き叫んだ。
「ひっ、ぃやあぁっ、ぁあッ」
「いやじゃないよね? 気持ちいいだろ?」
「は…ぁッ、ぁあっ…あっ、ぁあっ」
総司は上気した顔で、泣きじゃくった。快感が暴走し、次第に頭が朦朧としてくる。白い足の踵がシーツの波で溺れた。
やがて、土方は総司の躰をシーツの上に押し倒すと、激しく腰を打ちつけ始めた。もう総司は犯されるまま、泣きじゃくっている。
「ぁあッ…ぁッ、ぃやぁッ、ぁあっ」
「……総…司……っ」
「ぃぁあッ、ぁッ、土方さ…ぁああーッ!」
甲高い悲鳴をあげた瞬間、再び、総司のものは達していた。それと同時に、男の熱が蕾の奥に注ぎ込まれる。
嵐にもみくちゃにされるような、そのくせ、心地よく広がる快感に、総司は愛する男の躰にしがみついた。それに土方が優しく熱く抱きかえしてくれる。
恋人たちがシーツの波に再び溺れるのは、そのすぐ後のことだった。
翌日、総司は土方からいろいろな話を聞かされた。
土方に連絡をとってきたのは、斉藤だったこと。斉藤も磯子に言われてのことだったのだが、そこで、kotuneが永倉とつきあっているどころか、婚約者であることを聞かされたってこと。
「けど、これは内緒らしい。何しろ、kotuneって子も売れ出してきている処だからね」
肩をすくめる土方に、総司はちょっと唇を尖らせた。
「それはわかるけど、でも、土方さん、それ聞かなきゃずっと怒っていたの?」
「当然。俺、すごくやきもち妬いていたし」
「……そんなの狡い。ぼくと話しても怒っていたくせに」
「だから、怒っていたんじゃなくて、妬いていたの。それに、総司が直接電話でもくれて、ライブに来てとか、愛の言葉とか囁いてくれていたら、すぐさま俺は駆けつけたよ」
「え、ほんと?」
総司はびっくりして、目の前でにっこり笑っている恋人を見た。
「本当に、そんなことで仲直りしてくれたの?」
ちょっと拗ねたように訊ねる総司に、土方はくすっと笑った。手を伸ばし、しなやかな指さきで頬をなでる。
「もちろん、俺にとって、総司の言葉は一番だからね。何よりも、愛の言葉を聞かされれば、何でも全部許しちゃうよ」
「うそ……なんか信じられない」
「ちゃんと信じて」
そう囁き、微笑んだ。
目の前で、本当かなぁと呟いている可愛い恋人を見つめる。
そう。
きみの言葉は、俺のくだらない嫉妬や怒りなんてあっという間に溶かしてしまう力をもっている。
愛してる。
好き、大好き。
そんなふうに囁かれたら、それこそ一発だ。
何しろ、きみは俺の魔法使いなのだから。
誰も信じないし、誰も愛さないと決めてきたスナイパーの心を奪ってしまった、世界一の魔法使い。
それがきみなんだってこと、わかっているのかな。
「? 土方さん……?」
不思議そうに小首をかしげる総司に、土方は柔らかく微笑んだ。
そして、身をのりだすと、ベビーピンクの唇にそっと甘くキスしたのだった。
彼だけの魔法使いに、愛をこめて。