久しぶりのオフの日だった。
 しかも、土方のお休みも(表も裏も)重なって。
 残業後に帰ってきた土方は、そのまま自分の部屋で寝たけれど。
 翌朝早く起きると、下の階へ降り、さっさと合い鍵で(そんなもの無くても開けられるのだが、一応恋人の特権として有り難く頂いた)玄関ドアを開けて、総司の部屋へ入った。
 しんと静まり返った部屋のカーテンをばさばさ開けて、キッチンに立ってお湯をわかして、今日は休日のなのでとパンケーキを焼いてやって、甘党総司のために以前作り置きしておいたアイスを確かめて。フルーツ盛り合わせも用意して。
 それから、やっと。
 総司がくうくう眠る寝室のドアを開けた。
 見れば、毛布が小さな体の大きさにふくらんでいる。端からぴょこっとのぞく柔らかな髪が何とも愛おしい。
「……総司」
 土方は歩み寄ると、ベッドの脇に両膝をついた。そっと頬を掌で撫でてやり、髪を指さきで梳くようにしてかきあげる。
「……ん……」
 総司が小さく寝返りをうち、やがて、うすく目を開いた。
 まだ夢見るような、淡い光をうかべた瞳が、ぼんやりと土方を見あげる。
 それに、にっこり微笑みかけた。
 とびきりの笑顔で。
「おはよう、総司」
 だが、しかし。
 そんな彼に対して。
 可愛い恋人から、返ってきた言葉は。


「……あのう、どちらさま?」


 だった。












「何で、俺に連絡しなかったんだ!」
 そう叫んだ土方に、磯子もイライラと云い返した。いつものごとく、ぶ厚いスケジュール帳を手にしている。
「仕方ないでしょ。連絡つかなかったんだから」
「だからって、入院させるだろこの場合」
「昨日は何ともなかったのです。ちゃんと検査したけど異常なしだったし、総ちゃんの様子も普通だったし」
「じゃあ、何でこんな事に!」
「睡眠中に記憶飛んだ理由まで、あたしにわかりませんよ。医者じゃないんだから!」
「誰も理由を教えてくれって云ってない!」
「そっちが、何でって云ったんじゃないですか!」


 けんけんごうごう。
 まさに、そう表現していいような口論が先程からえんえんと続いていた。
 時間は午前10時。
 場所は総司の部屋。
 メンバーは、土方と磯子、総司と、そして。


(……ついて来なかった方が、良かったかも)


 斉藤はそう思いながら、はあっとため息をついた。
 ちらりと見れば、土方と磯子の口論は未だつづいている。先程から、ずっとあの調子なのだ。
 斉藤からすると、あの土方相手にぽんぽんあれだけ云える磯子は、ある意味、尊敬に値する。もっとも、土方の裏のお仕事を知らないがためかもしれないが。


(いやいや、磯子ちゃんは総司至上主義だからなぁ)


 総司のデビュー当時からマネージャーを勤めている磯子の毎日は、ほとんど総司一色に埋め尽くされていると云ってもいい。磯子にとって、総司のためになる事だったら、どんな反則的な事でもやばい事でも、「ラジャ♪」なのだ。
 もしかすると、土方がスナイパーである事を知っても、磯子だったら、
「あらぁ、お得。無報酬でボディガード雇えちゃうよね〜♪」
 などと、あっさり認めてしまいそうなのである。
 いやはや、怖い怖い。


(それはともかく)


 斉藤はため息をつきつつ、リビングでテレビを見ながら、一人黙々と朝食をとっている総司の元へ行ってみた。
 この騒動の張本人であるというのに、総司は至って平然だ。
 というより、やはり天然。
 記憶が吹っ飛んでるという事を聞いても、小首をかしげ、あの大きな瞳を見開いて。
「えー、そうなの?」
 だけ、だったらしいから、まことにもって恐れ入る話。
 天然もここに極まりだろう。いや、脳天気と云うべきか。
 斉藤は総司の傍らに腰を下ろして、その朝食を見て、くらりと眩暈を起こしそうになった。


(すんごい……ゲロ甘)


 少しは甘いものがいける斉藤でも、これは幾ら何でもアウトである。
 何しろ、総司は、こってり甘そうなパンケーキに、メープルシロップをたっぷりかけ、超甘のハニーアイスをのせ、挙げ句には糖度の高そうなストロベリージャムまでつけて食べていたのだ。
 おいしそうに、幸せそうに。
 ぱくぱく食べている。
 記憶がぶっ飛んでいても、その超甘党嗜好は変わらないようである。
「そ、総司」
「はい?」
 総司は呼びかけた斉藤に、フォークをとめた。小首をかしげる。
「それ、自分でつくった朝ご飯なのか?」
「え? あ、ううん、あの人が」
 総司はしゅぱっと土方の方を指さした。それから、にこーっと無邪気に笑う。
「いつもお休みの日は、こういうの作ってくれているんですって」
「……いつも」
「これ、とってもおいしいんですよ♪ 優しい、いい人ですよね、あの人」
 にこにこ笑う総司を前に、斉藤の脳裏をある言葉がよぎった。


(……餌付け)


 完全に、どこから見ても、総司は餌付けされている。
 いや、総司の場合、食べ物でつるのが一番なのだろう。それをあの男もまたよくよく心得ているのだ。
 あの男の正体を考えると、アイスとかパンケーキとかジャムとかの間に、とんでもなく深いギャップを感じてしまうのだが。
「何を話しているんだ」
 気がつけば、土方がリビングへ入ってきていた。まだ機嫌が悪いのか、眉間に皺が寄っている。
 それに、斉藤はいえいえと苦笑しながら、立ち上がった。
「おいしそうだな、と云っていたのです」
「なら、おまえも食べるか?」
「……遠慮させて頂きましょう。それより、話し合いはついたのですか」
「あぁ」
 土方はため息をつき、くしゃりと片手で前髪をかきあげた。
「ちょうど今日はオフだし、一日だけ様子を見て、それで駄目なら明日病院へ行こうという事に。まぁ、昨日の段階で行って検査までしてるんだから、あまり意味はないだろうけど」
「そうですか。しかし、それにしても」
 斉藤はちらりと総司の方を見やった。見たところ、外傷は全くない。しかし。
「記憶喪失とは。……窓から落ちたって本当なんですか」
「本当よ」
 うんざりしたように、磯子が云った。ちょっと顔をしかめている。
「とは云っても、1階の窓からだけどね」
「1階」
「開けてた窓から帽子が飛んでいっちゃって、それ掴もうと身を乗り出して、どすんっ」
「何か四コマ漫画みたいですね」
「それを云ったらお終いよ」
 はぁっとため息をついてから、磯子は土方の方へ向き直った。
「とにかく、よろしくお願いします。今日一日、様子を見てて下さいね」
「わかったよ。けど、何かあったらまた連絡する」
 そう云った土方に、磯子はにっこり笑って頷いた。
 何だかんだいっても、磯子は、この総司の恋人である男を信頼しているのだ。
 エース検事なんかである割には、どこか得体の知れなさがある男だが、総司を溺愛している事は120%確実だ。べた惚れだと云ってもいいだろう。
 それで、総司が彼を愛してて幸せであるのなら、磯子には万事OKなのであった。


「総ちゃんさえ幸せなら、いいのよ。世界は総ちゃんのためにって処かしら」


 帰り道、そう呟いた磯子に、斉藤は(何か違う)と思ったのだった。












「さて」
 土方は朝食後、ちゃっちゃっと片付けも終えてから、総司の傍らに腰を下ろした。
 じっと大きな瞳で見つめてくる総司を、記憶がなくても何だろうがやっぱり可愛いなと思いつつ、云った。
「色々、教えてあげないとな」
「はい」
「名前はさっき教えたから、今度は俺の名前。土方歳三と云って、上の階に住んでる」
「上の階」
 ことりと総司は小首をかしげた。
 それから、ごくごく当然のことを訊ねてくる。
「あの、それで、ぼくとあなたの関係は何なのですか? お友達にしては……ちょっと年が離れてる気もするし」
「あぁ、それな」
 土方はにっこり笑った。
「まぁ、愛人ってとこかな」
「へ?」
「だから、愛人」
「……って、誰が誰の」
「俺がおまえの」
「と、と、ととという事は、つまり……」
「うん、俺はおまえのヒモなんだ」
 きれいな笑顔で堂々と云ってのけた男に、総司はひっくり返りそうになった。


 記憶がないのでわからないのだが。
 しかし、愛人とは!
 ヒモとは!
 まさに、何、それー!? である。


「ヒモって……ヒモって、ぼくがあなたを養ってるの!?」
「というか、囲ってる。おまえ、金あるからなぁ。こっちは見た目とかが勝負だし、あ、もちろん、ベッドの中でのテクの方も自信あり♪」
「ベ、ベッドの中……」
「あたり前だろ? 愛人なんだから、そりゃする事しますよ。それに、家事とかも色々やってるし、けっこうお買い得だったんだぜ、俺」
 くすくす笑いながら云う土方を、総司は呆然と見つめた。
 それは、確かに。
 見た目が勝負と云ってのけるだけあって、目の前の男は、とんでもなく格好いい。
 まるでモデルのようで、今も、黒いハイネックのシャツに、ブラックジーンズというシンプルな格好なのに、どこか男の色気を醸し出していた。
 艶っぽいと云うのだろうか。
 覚えてないはずの総司でさえ、どきどきしてしまう。
 ぼーっと見惚れていると、濡れたような黒い瞳が総司を見つめ返してきた。
 ふと、悪戯っぽい笑みをうかべる唇が、たまらなく魅力的だ。 
「……何を考えているの?」
 気がつけば、男のしなやかな指さきが首筋にまわされていた。項から後ろ髪をかきあげられ、ぞくりと背筋が甘く痺れる。
 慌てて身を捩ると、耳もとにくすっと笑い声がふれた。
「もう、抱いて欲しくなっちゃった?」
「ち、ちが……っ」
「今日はオフだし、本当なら一日ベッドの中で過ごすはずだったんだけど。お約束どおりにそうしてみる?」
「え、え……?」
「これもさ、一応報酬の一つだし」
 土方の言葉に、総司はきょとんと彼を見あげた。
 そのなめらかな頬に、ちゅっとキスを落として。
「俺が貰う報酬って奴? ヒモでもやっぱり対価がないとな」
「対価って」
「セックス。あ、もちろん、おまえを気持ちよくさせる事が必須条件だから大丈夫。たっぷり、よがらせてあげるよ」
 にっこり笑いながら云われたが、云ってる言葉と、きれいな笑顔がまったくミスマッチ。
 呆気にとられているうちに、総司は彼に抱きあげられ、さっさと寝室へ運ばれてしまった。
 いつのまに綺麗にしたのやらの、まっ白なシーツの上にそぉっと下ろされ、だが、すぐ男がのしかかってくる。
「や」
 慌てて逃れようとしたが、引き戻されて。
 抱きしめられて、キスされて。
 躯のあちこちを男の大きな手でさわられ撫でられ、どんどん躯が熱くなっていっちゃって。
 あれよあれよという間の出来事だったのだが。
 気が付けば、いつのまにやら、総司は男を受け入れてしまっていた。
 びっくりするぐらい、簡単に。
「……ぁ、あんっ ぁあんっ」
 しかも。
 まるで女の子みたいな声で、泣いちゃったりして。
 そんな総司を見下ろして、土方は嬉しそうに笑った。ゆっくりと腰を回しながら、訊ねてくる。
「な? 気持ちいい?」
「ん…ぁ、ぁ、ぁあ……っ」
「ほら、ちゃんと答えてごらん?」
 くすくす笑いながら、土方は総司の白い胸を指さきでなぞった。そうしながら、自分の雄の先端で、総司の蕾の奥にある部分をグリッと擦りあげてくる。
 とたん、総司の唇から甘い悲鳴があがった。
「ぃ…ぁああんっ」
「躯は正直だなぁ。きゅうきゅう締め付けてくるよ」
「ぁ、ぁあ、ぁあっ…や、ぁあっ」
 ふるふると首をふる総司の瞳から涙がこぼれた。だが、それは強すぎる快楽ゆえの涙だ。
 土方は微笑み、総司の躯をすくいあげるように抱きしめた。当然、動きはとまってしまう。
 しばらく待ってみたが、ずっとそのままで。
 とうとう総司は喘ぎ、細い両手をのばした。男の背にぎゅっと縋りつく。
「お願…っ……」
「何?」
「う、動いて……土方さんが、欲し……っ」
 快感をもとめ、総司は啜り泣いた。中途半端に放っておかれるのが苦しくてたまらない。
 もっともっと熱い快感が欲しいのに。
 土方が意地悪い笑みをうかべた、身を倒し、総司の耳もとに唇を寄せてくる。
「……俺が、欲しい……?」
 甘く掠れた声に、どきんっとなった。躯の芯がとろけそうなほど熱くなる。
 総司は頷き、土方の躯に手足をからませた。
「……ぅ、ん……欲し……っ」
「じゃあ、もう手加減しないよ?」
「ぁ……っ」
 男の言葉に息を呑んだ瞬間、土方は総司の細い片脚をぐいっと抱え上げた。
 太い猛りで柔らかな蕾を抉るように穿った。そのまま激しい抽挿が始まる。
「ひッ…ぁああッ」
 総司は仰け反り、泣き叫んだ。目の前がまっ白にスパークしそうになる。
 必死になって、シーツを両手で握りしめた。
「ひっ、ぅ…ぁあっ、ぁあっ、はぁあっ」
「……は、ぁ…すげぇ締めつけ……」
「んぅ、ん! ぁあっ…あぅっ、や、ぁッ──」
 柔らかく綻んだ蕾に、男の猛りが乱暴に抜き挿しされた。くちゅりくちゅりと鳴る音が淫らだ。
 土方は総司のものに手をのばし、ゆるく扱き上げてやった。とたん、響く甘い悲鳴が耳に心地よい。
 くりっくりっと親指の腹で総司のものの先っぽを擦りあげてやりながら、腰の動きもより速めてゆく。
 片腕で細い腰を抱えるようにして、激しく揺さぶった。
「ぃ、ぁああああっ!」
 甲高い悲鳴があがった瞬間、土方の手が熱く濡れた。白い蜜が男の指の間から滴り落ちてゆく。
 達したと同時に、総司の内部もきゅうっと締まった。
「……!」
 甘く淫らに締めつけるその心地よさに、土方の喉がごくりと鳴った。堪らず熱を放ってしまう。
「っ…は、ぁ……っ」
 蕾の奥へ己の熱を注ぎこむ間も腰の動きをとめなかったので、総司は強烈すぎる快楽に泣きじゃくりつづけていた。何度も腰が跳ね上がる。
「……ぁ……っ」
 ようやく動きをとめると、総司は喘ぎながらくたりとシーツの上に横たわった。はぁはぁと喘ぐ声だけが響く。
 汗に濡れた髪が額にはりつき、それをかき上げてやると、とろんと快楽に濡れた瞳でこちらを見あげた。
 それに、土方は目を細めた。
「……」
 総司がどう思っているかわからないが、一度などで許してあげるつもりはなかった。
 あっさり自分のことまで忘れた薄情者には、お仕置きが必要なのだ。
 でないと、こっちの気持ちがおさまらない。


(俺を思い出すまで、抱きまくってやろうかな?)


 ぺろりと舌で唇を舐めると、土方は総司の細い躯をもう一度柔らかく、だが、絶対に逃がさないようしっかりと組み敷いた。