……ここだけの話。

 理想ばっちりの恋人を求めるなら、てっとり早く自分でせっせと育てるのが一番だ。
 いわゆる、光源氏計画という奴か。
 だが、そう考えるのはそれを実践したことのない奴らで、実際やってみるとこれがなかなか難しい。

 あっちを伸ばして、こっちを刈り取って。
 色々せっせと可愛がり、無事、自分の超好みどおりに育ったとして。
 あぁ、よかったー! と感涙にむせび泣く前に。

 最後にして、最大の大難関があるのだ!



 もしも、もしもだ。
 その手塩にかけまくって育てた可愛い恋人が、他の奴らに奪われたりしたら? 
 自分のことなんか、ぜーんぜん見向きもしなかったら?
 しかも。
 自分のことなんか、男として認めもしなかったとしたら?

 ……一生、立ち直れないだろう。

 どーんと地面までめりこんで、落ち込んでやけ酒かっくらって、ふて寝するしかねぇか。
 いやいや、それはあまりにみっともない。
 だが、それでも。
 完璧に理想どおりに育てあげた恋人に手も出せず、一人ぐるぐる回りつつ指くわえて眺めているだけなんて、とんでもない話だ!

 そう、とんでもない話……なのだが。
 しかし、実際。

 それは今、現実に、俺の身の上に起っていることで…………










 ちゅんちゅんと朝の雀の声が清々しい。
 ……というか、煩せぇ。
 朝から騒ぎ立てるんじゃねぇよ!
 こっちは一睡もしてねぇんだからな!


 そんな事を思いながら、歳三こと、新撰組副長土方歳三はむくっと布団から起き上がった。
 この京へ上がってもう1年。
 いい加減、見慣れたこの部屋なのだが、今日はちょっと違ってみえる。
 決して寝不足のためではなく、しっかりと原因はあるのだ。
 それは。


「……総司、起きろよ」


 声をかけると、土方の隣──というか膝元で、ごそごそと若者が身動きした。それから、少しだけ布団から顔をだすと、「んー」と微かに声をあげた。
 だが、目は覚めない。
 彼の膝元あたりに躯を押しつけると、また、すやすやと眠りに落ちていった。
「……」
 土方はその寝顔を、思わずじーっと見つめてしまった。


 さらさらした絹糸のような髪が褥に散らばり、なめらかな頬に翳りを落とす長い睫毛。
 ぷるんとした唇は桜色で、つやつやしてて、思わず口づけたくなる程だ。
 年齢相応に成長した躯は、だが、今でも細くて華奢で、いわゆる柳腰だったりして。
 まっ白な肌は相変わらず雪のようで、しみ一つなく、すべすべしている。
 きれいで可愛くて、可憐で、儚げで。
 理想どおりどころか、もうもう理想以上に育ってくれた、可愛い可愛い総司。

(けど、俺のものじゃねぇんだよなぁ……)

 土方は僅かに眉を顰めた。だが、その視線は相変わらず総司から離れない。
 時折、肌けた襟もとから覗く白い肌とかに、ついつい視線が吸い寄せられてしまうのだ。
 色気たっぷりの寝姿に、腰のあたりまで熱くなってくる。

(やべぇって、おい)

 土方は、総司の何とも魅惑的な白いお肌から視線をぺりぺりーっと引きはがし、あらぬ方向を見やった。
 このままでは後先考えず、手を出してしまいそうだ。
 総司のほっそり華奢な躯を抱きすくめて、その白いすべすべした肌に唇を押しつけれたら、どんなに気持ちいいことか。
 むろん、これが恋人同士の蜜夜の翌朝であったのなら、そんな事しちゃっても何の問題もなかっただろう。
 だが、しかし、土方にとっては無情にも、二人は恋人同士でも何でもなかったのだ。
 ただの兄弟のような間柄。
 隊の中ではどうやら恋人同士と思われているようだが、残念ながらそれは完璧に間違っている。
 土方の方はそうしたいのは山々なのだが、総司の方は全くその気はないらしいのだ。というより、男扱いもしていない。
 総司にとって、土方はあくまで「兄がわり」なのだ。
 むろん、総司が大人になった時から、はっきりと想いを告げてきている。
 さんざん好きだ、愛してると、何度も何度も云ったのだ。
 だが、それに対して、総司は笑うばかりだった。
 どう見ても、本気にしていない。
 土方はますますやっきになって告白をくり返したが、世にも恐ろしい事に、云えば云うほどドつぼに嵌っていくようだった。

「もう、土方さんったら冗談ばっかり〜♪」

 どんなに真剣に愛を語っても、けらけら笑いながら、かるーく流されてしまうのだ。
 土方は、呆然となった。


 かわされてるのか?
 相手にもされてねぇのか?
 女落としたら確実と云われた、百戦錬磨のこの俺がっ!?


 信じられない思いだったが、事実、全くもって相手にもされていない。男としても認識されていないのだ。
 そう。
 男としてきっちり認識していたら、こんな風に「寒いから」と彼の布団へもぐりこんで来たりしないだろう。
 挙げ句、もんもんと妄想に悩む土方をよそに、すぴすぴ熟睡したりしないだろう。
 人を炬燵がわりにして、抱きついてきたりしないだろう。


 こっちは一睡もできなかったんだぞ!
 ちくしょうーっ。


 土方は「……はぁ」とため息をつくと、立ち上がった。
 新撰組副長の毎日は多忙を極めているのだ。こんな朝から、ぼーっと妄想にひたっている場合ではない。
 さっさと着替えていると、総司がうっすら目を開いた。
 潤んだ瞳が彼を見あげる。
「……ん、土方…さん……?」
「おはよう」
「おはよう…ございます」
 まだ眠そうに呟いた総司の傍に、土方は跪いた。手をのばし、そっと髪をかきあげてやる。
 上気した頬に口づけぐらいしたいところだが、そこは我慢我慢。
「早く起きねぇと、朝飯くいっぱぐれるぞ」
「んー、でも眠いです……」
 総司はちょっと舌っ足らずな甘い声で、云ってのけた。挙げ句、ぷるんとした桜色の唇をちょっと尖らせてみせる。
 それに、思わずごっくんと喉を鳴らしてしまった。


 あぁ、この唇に接吻してやりてぇ!
 甘い舌を、一度でいいから味わいてぇよ!


 そんな事を考えながらついつい、じーっと見つめてしまうと、そんな彼に気づいたのか、総司は小首をかしげた。
「? 土方さん……?」
「え、あ。いや、何でもねぇ」
「ふうん……」
 あっさり頷いた総司はまた布団の中へもぐりこもうとした。それに、慌てて手をのばして引き留める。
「待てよ。朝だって云ってるだろ」
「だって、今日、私は非番なんですよ」
「けど、ここは俺の部屋だ」
「そうですね。でも、私も眠いし寒いのです。もう少しだけ……いいでしょう?」
 不意に総司は手をのばすと、土方の手を掴んだ。その掌に己の頬をそっとすり寄せながら、にっこり微笑んでみせる。
 ぱっと花が咲いたような、可愛い笑顔。
 その笑顔に、心底総司にべた惚れのこの男が、抵抗できるはずもなかった。
「……わかったよ」
 土方はため息をつきつつ頷いた。
「後で俺が朝餉、ここへ持ってきてやる。ちゃんと起きて食えよ」
「あ、じゃあね、ついでに着替えもお願いしまぁーす。私の部屋からとってきてね♪」
 ちゃっかりした総司の言葉に、もはや何も云う気になれない。
「……」
 土方は無言のまま力なく頷くと、のろのろと立ち上がった。重い足取りで部屋を出てゆく。
 それを「いってらっしゃーい♪」と見送ってから、総司はまた、お布団の中へぬくぬくと潜りこんでいったのだった。








 朝の広間はごった返している。
 というか、飯粒が飛びまくっている。
 一膳飯屋状態と化している、新撰組朝食時の光景だ。
 その中で、土方は味噌汁を一口飲んでから、「はぁぁぁ」とため息をついた。
 隣で食事をとっていた斉藤が、不思議そうに彼を見やった。
「どうしたんです、ため息なんかついて」
「……別に」
「それが別にって顔ですか」
 斉藤は何を思ったのか、にやっと笑った。
「目の下にクマまでつくって……昨夜はお盛んすぎましたか?」
「???」
 訝しげに眉を顰め、土方は顔をあげた。
 すると、周囲にいた原田や永倉、斉藤が皆、にやにや意味深な笑みをうかべながら彼を見ている。
「? 何だ」
「やだねぇ、とぼけちゃって〜」
 原田がバシーンッと土方の背を叩いた。
 鬼の副長にこんな事が出来るのは、あまり他にはいない。
 土方は「いてぇな」と呟きながら、原田を切れの長い目で睨んだ。平隊士なら震え上がりそうな一瞥だが、原田はへいのへっちゃらだ。
 わざとらしく周囲を見回し、訊ねた。
「総司は?」
「え」
「昨日、あんたの部屋で寝たんだろ。で、総司はどうしたんだ?」
「まだ寝てる」
「ひゅーっ」
 原田は口笛を吹き、げらげら笑った。
「そりゃお盛んだねぇ。朝起きれないぐらい、やっちゃった訳かー」
「…………」
「色男は大変だ」
 はっはっはっと、原田や永倉たちは大声で笑った。
 それにあわせ、土方は微かに笑ってみせた。だが、胸の中ではしっかりぐさぐさ傷ついている。


 ……悪かったな。
 お盛んどころか、指一本ふれてねぇんだよ!

 こっちはな、なーんにも出来ず、総司の寝顔を見つめて、ぐるぐる一人妄想しまくってただけなんだ。
 けど、けど……そんなみっともねぇこと云えねぇだろうっ!
 男としての沽券にかかわっちまう。

 くそっ。


 土方は舌打ちしたい気持ちをおさえながら、焼き魚を箸でほぐした。


 出逢ってから、十年。
 総司一筋だった。
 こういう魚だって、全部きれいにほぐしてやって来たんだ。
 抱っこもしたし、好きとも云われたし。
 大人になってからは、ちゃんと愛してるとも好きだとも云った。
 必死になって口説きまくった。
 だが、それでも全く埒のあかない相手に、夜も眠れぬほどもんもんと悩んだ。
 何しろ、相手はあの総司!
 可愛くて可憐で、優しくて素直で、誰からも好かれる総司!
 もたもたしていたら、それこそ他の誰かに奪られちまう。
 十年も待った挙げ句だぞ!
 俺って変態なんだーっ……と涙しつつも、一目惚れした時から、舐めるように可愛がりまくった総司を。
 他の誰かに取られるなんざ、絶対絶対冗談じゃねぇよーっ!







 だが、そんな彼の葛藤や苦悩とは裏腹に。
 どこをどう見ればそう見えるのか、さっぱりわからないが。
 新撰組の中で、土方と総司は恋人という事になっているのだ。
 相思相愛の熱々かっぷる。
 だが、それが真実ではない以上。
 お似合いですね♪なんて云われたりしても、力なく笑い返すことしかできなくて。

 総司が何と答えているのか聞いた事はないが、「え、土方さんと〜? 違うに決まってるじゃない」なーんて、いつきっぱり否定されるか心底びくびくものだ。
 そんな自分が情けなく、またもの悲しくて。
 しかしながら。
 十年がかりで口説いているのに、未だ口説き落とせてないなんて事は、絶対知られる訳にはいかなくて。
 ひたすら隠しつづけて。

 誰にも云えない、彼の秘密。
 云えないからこそ、深まる愛の苦悩。

(……哀愁しちまうよなぁ……)

 思わず箸を宙に止めたまま、土方は遠い目になってしまった。
 そんな彼を。
 若い恋人相手に夜の奮闘でお疲れなのであろうと勝手に判断し、永倉も原田も斉藤も、あっさり知らん顔しててくれたのだった。
 これも友情か。






 ──さて
 十年たっても、未だ愛する仔猫ちゃんに手を出せず
 ため息ばかりついている彼を
 とんでもない怒濤の衝撃が襲うのは

 あと何日後?