彼の趣味は、よーくわかっているつもりだった。
 可愛い男の子好きでしょ?という念押しを、土方自身は何度も否定はしていたが、そもそも十才の総司に一目惚れした事からして、弁解の余地は全くないのだ。


 可愛い男の子が、きっぱり彼のお好み!


 だが、だからこそ、総司は逆に、ちょっぴり安心もしていた。
 土方が幾ら何でも子どもに手を出すほどの危険人物ではない以上(と信じたい)、その嗜好に少しでも近い存在が常に恋愛の対象となるに違いない。
 となれば、もと可愛い男の子であって(男の子対象と決めつけている)、やはり男の子が好きなのだから、幼顔で目も大きくて、当然、彼よりも小柄で──と、対象の条件はかなり絞られてくるのだ。
 土方が総司を好いてくれているのはよくわかっているが、でも、やはり競争者は少なければ少ないほどいい。
 何しろ、土方は、総司がいつでも見惚れてしまうぐらい、格好よくて綺麗な顔をしていて、すらりとした長身で、正装なんかしたらもう抱きつきたくなるぐらい男前で、頭の切れもいい、とびきりいい男なのだから。


(……そりゃ、嗜好とか思考には色々問題はあるけどね)


 総司は柱に凭れかかり、はあぁぁっとため息をついた。
 安心していたのが、間違いだったのだろうか?
 油断せず、もっと手綱をぎゅぅぅーっと引き締めておいたら良かったのだろうか?
 膝を抱え込み、あれこれ考えこんだ。
 一晩屯所をあけた土方を心配し、今朝探しに出たのだ。使いが屯所へ来てたので、どっち方面に行ったかはわかっていたし、無事である事も確認できていた。
 でも、きっと、(迎えに行ってあげたら、土方さんは喜んでくれるはず♪)と、けなげにも総司は考えたのだ。
 もしかすると抱きしめて好きだとか何とか囁いて、とっても久しぶりに色々いい事もしてくれるかもしれない。
 そんな可愛らしい下心も抱きながら、うきうきと彼を探しに出かけた。
 だが。
 そこで、総司が見たものは。


(まさか、土方さんと斉藤さんが出来ちゃってたなんて──ッ!!)


 とんでもない誤解だ!と、ここに当の本人達がいれば絶叫しただろうが、生憎、それはただ今不可能なお話。
 出合い宿から仲良さそーうに談笑しながら出てきた二人の姿に、総司は目の前がざっぱり真っ暗になった。あまりの衝撃に、その場でくらくらと失神寸前だった。
 とどめに、あの会話。


「こんな所に土方さんと泊ったなんて知られたら、どんな騒ぎになるか」
「それがわかってるなら、他言無用だぞ」
「土方さんと秘密共有ってのがもの悲しいものがありますが、仕方ありませんね」


、二人が秘密を共有するような深い仲であることは、総司の衝撃に、ますます追い討ちをかけた。
 あまりの衝撃に呆然となり、二人が立ち去った後、総司は藁にも縋るような思いで何度もその宿を見直してみた。だが、しかし、やっぱりそこは出合い宿で。
 どう見ても、いわゆる連れ込み宿で。
「はぁああ」
 ため息をつき、総司は膝を抱え直した。
 その後の屯所までの道のりを、全く覚えていなかった。よく辿りつけたものだが、よろよろ帰りついた総司は今、こうして自分の部屋でがっくり項垂れている。おいしいお菓子も何も手につかない程だった。
 それぐらい衝撃だったのだ。
 今の状況は、総司の想像の域を、遙か遠く富士山の彼方ぐらいにまで、すっ飛び越えまくっていたのだ。


 彼は可愛い男の子が好きなのではなかったの!?
 宗旨替えなんて!
 いつ何処でそうなっちゃった訳!?


 様々な疑惑が総司の頭の中でうずまいたが。
 だが、しかし!
 今はっきりしている事は、


(土方さんが、私と斉藤さんで二股かけてたって事!!)


 総司はきっぱり断言すると、ぎゅぅぅっと両手を握りしめた。
 そして、その目は完全に据わっている。
 今朝の衝撃が少しずつ薄れてくると、今度は少しずつ怒りが込みあげてきたのだ。
 めらめらめらめら怒りを燃え上がらせながら、大きな瞳で、きっと宙を睨みすえた。


(浮気どころか、あの分じゃ二股って事だよね!)
(それに、何? 私は茶屋にも連れていってくれなかったのに、斉藤さんとは出合い宿だなんて! こんな事されて、私が黙って大人しくしてると思ってる訳っ!?)


 総司はきいいーっと嫉妬と怒りにぶち切れそうになりながら、片付けるのを忘れていた枕をえいっとばかりに蹴り飛ばした。
 ごろんっと転がり、枕は縁側へと飛び出る。
 それを、誰かの手が拾い上げた。
「……あ」
 びっくりして顔をあげると、近藤が不思議そうな顔をして総司を見ていた。
 目があったとたん、笑ってみせる。
「どうした、総司が物にあたるなど珍しいな」
「……す、すみません」
「何か、悩みごとか?」
 近藤は部屋に入ってくると、総司の隣に腰をおろした。
 にこにこ穏やかに笑いながら、この可愛い一番弟子の顔を覗き込む。
 それに、総司は俯いた。なめらかな頬が仄かな桜色に染まる。
「え、あ……はい……」
「話してごらん? 力になってあげられるかもしれないよ」
「でも……近藤先生」
 総司はもごもごと口ごもった。
「こんな事聞いたら、きっと驚かれます。びっくりして、腰抜かされちゃうかもしれません」
「まさかそんな、はははは」
「それに……そのう、他言無用にして頂きたいのです」
 総司は長い睫毛を瞬かせた。
「噂になんてなったら大変だから、絶対に他言無用に」
「うむ、他言無用だな」
「はい。……でも、私の話を聞けば、近藤先生はある人を詰問したくなるかもしれません」
「詰問などしないよ」
 近藤は穏やかな笑顔で軽―くやすうけあいした。
「任せなさい。絶対に他言はしないと約束しよう」
「本当ですか?」
「うむ」
「本当に、他言されません?」
「うむ、大丈夫だ」
 きっぱり断言した近藤に、総司はようやく、ほっと表情を緩めた。
「では」と居住まいを正し、近藤を見つめる。
 それから、すうっと息を吸い込むと、話し出した……。










 その日、土方は、珍妙な表情の近藤によって局長室へ招かれた。
 入ってみると当然ながら他に人の姿はなく、しかもえらく強ばった表情の近藤に、何か隊に一大事でもあったのかと、土方は思わず緊張した。
 だが、近藤は向かい合って坐ったきり、なかなか話を切り出さない。
「近藤さん?」
 呼びかけ促してみるが、それでも「あー」とか「うー」とかくり返し、何やら目も泳ぎまくっている。
 それに、土方は眉を顰めつつ、手元に視線を落とした。そこには、先程小姓の隊士が入れてくれた茶がある。
 喉でも渇いた事だし飲もうかと、土方は湯飲み茶碗を取り上げた。
 それを見ながら、近藤がようやく口を開いた。
「実は、人から聞いた話なのだが」
「あぁ」
「歳、おまえは……その……」
 一瞬だけ近藤は口ごもった。だが、迷いもそこまでだった。
 ぐぐっと身を乗り出すと、一気にずばりきっぱり云いきったのだ。


「おまえは、斉藤と念兄弟の契りを交わした深い仲なのか!?」


「!?」
 その瞬間、土方の手から茶碗がゴットンッ!と滑り落ちた。
 茶碗は見事にひっくり返り、なみなみと入っていた茶は皆こぼれてしまう。みるみるうちに畳へ茶が広がっていったが、そんな事を気にする余裕などなかった。
 切れの長い目を、これ以上ないぐらい大きく見開いている。
 いつも冷静沈着な彼らしくもない、まさに唖然呆然!の土方の様子に、近藤はそれなりに納得し、ふかーく頷いた。
 両腕を組み、重々しく嘆息する。
「……やはりそうか。事実だったのか」
「…………」
「おれも聞いた時はまさかと思ったが、しかし……出合い宿にまで一緒に泊まる仲では、間違えようもあるまい。いや、さすがのおれも驚いた」
「ちょっ……ちょっと待ってくれっ!」
 ここに至って、土方はようやく茫然自失状態から復活した。慌てて身を乗り出す。
「いったい何だって、そういう事になっているんだ。どうして、俺が斉藤と」
「隠さなくてもいい、歳」
 沈痛な表情で片手をあげ、近藤は押しとどめた。角ばった顔に、微妙に弱々しい笑みをうかべてみせる。
「おれはおまえの友だ。たとえ、おまえが男が好きなのだとわかっても、手のつけようのない変態だと知らされても、それでも……歳ッ!」
 がしっと手を掴まれた。
 驚いて見れば、近藤は、その目に涙まで浮かべていた。
 近藤曰く「手につけられない変態の友」をそれでも見捨てぬ友情に酔いしれているのか、一人感動しまくっている。
「おれはおまえの友だぞ! ずっとずーっと見捨てないからな!」
「い、いや、それはありがとう……」
「世の中は偏見と誤解にみちているが、それでも強く生きるんだぞ! おれはおまえの味方だからなっ」
「そ、それは有り難いと思うが、近藤さん」
 少しひきながら答えつつ、土方はさり気なく近藤の手をもぎはなした。
「俺とあんたの間にも、大きな誤解があるように思うんだ。だいたい、何だって斉藤と俺が念兄弟だなどと……」
「だから、さっき云っただろ? 出合い宿のことを聞いたからだと。だが、歳……」
 不意に、近藤がしんみりした表情になった。何だか憐憫めいた目つきで、しみじみと土方の端正な顔を眺める。
「おまえも変わった趣味だなぁ。あれだけ美しい女に云い寄られても知らん顔していたおまえが、まさか、斉藤に手を出すとは」
「近藤さん、ちょっと待っ……」
「いや、わかっておる」
 近藤は心の広いところを見せて、何度も深く頷いた。
「人それぞれ好みがあるからな。だが、あれだけ美しい女やら、娘以上に可愛らしい総司が傍にいるのに、まさか、斉藤とは。いや、驚きだ」
「驚いてるのは、こっちだよ!」
「そうか。やはり、恋愛というものは驚きに満ちているのだな」
「だから、そうじゃなくて!」
 全然まったくもって噛み合わない会話に、土方は必死に抗弁しようとした。だが、その瞬間、ふと気がついた。


 この情報を近藤に入れたものがいるはずなのだ。
 斉藤と何もないのは確かだが(あってたまるか!)、出合い宿に泊まったのは事実だ。
 だが、それを近藤に告げたのは、いったい誰なのか?


「近藤さん」
 土方は不意に姿勢を正すと、近藤をまっすぐ見据えた。
「一つ聞きたい事がある」
「何だ」
「この話の出所だ。いったい誰に聞いた」
 そう訊ねた土方に、近藤はあぁと頷いた。
 そして、あっさり答えた。
「総司だよ」
「!! なっ……何だってぇっ!?」
 衝撃と驚愕に、土方は思わず後ろへ大きく仰け反ってしまった。
 いったい何がどうなって、総司が話の出所になっているのかさっぱりわからないが、それでも、総司がこの事を既に知っているのは事実なのだ。
 彼の愛するあの総司が!


(……あ、悪夢だ……)


 土方はあまりの出来事にくらくら眩暈を覚え、思わずがっくりと畳に手をついてしまった……。










つづく