……実際のところ。
総司は、土方が思っているほど潔癖でも純真でもなかった。
だいたい、そんな潔癖で純真であるのなら「この人変態かも?」なーんて思っている男と恋愛し、あれこれ出来たりするはずもないのだが、そのあたり土方はまったく気づいていない。
というか、完璧に思いこんでいる。
俺の総司は、子どもの頃と変わらず可愛くて潔癖で純真なのだ!! と(力説)。
ある意味、恋人である男の欲目なのだが、総司にとってそれは悩みの種だった。
本当は、毎日でもふれたいし、出来れば一緒のお布団で眠って、色々あれこれして欲しいのだ。だが、それを自分からねだるっていうのも、何だかおかしい気もして。
(普通、こういうのって男の人から、色々してくるんじゃないの?)
総司はぷうっと頬をふくらました。
自分も同性だとわかってはいるが、やはり、そこは攻めと受けの法則というべきものが存在している。
自分の方から出会い茶屋へ連れていって欲しいなどと、云えるはずがなかった。そんな事を云えば、土方は驚き、ひっくり返ってしまいそうな気がする。
だが、ここで手をこまねいていれば、下手すると、ずーっと屯所の中でか、もしくは、屯所の中では落ち着かないからやめておこう、なーんて事になっちゃうかもしれないのだ。
それだけは、ぜひとも避けたい事態! だった。
(でも、どうすればいいのかなぁ……)
総司は土方に買ってもらった菓子をはむはむ食べながら、深く深く考えこんだのだった。
さて、一方、土方である。
その翌日からさっそく忙しい副長の仕事の傍ら──というか、半ばそっちはうっちゃって、せっせと休息所探しに精を出していた。
だが、これがなかなかに難しい。
土方は眉間に皺を刻み、一つ二つと指を折って数えた。
(……まず、絶対に外せねぇのは)
その1 通勤の便
あまり屯所から遠くても困るし、かと云って近すぎるのも困るのだ。
遠いと通うのが不便だ。何より総司に辛い思いはさせたくない。
また、近いといつ隊士たちがやって来るかと落ち着かず、それじゃ屯所でするのと全然変わらねぇ。
その2 良好な住環境
出来れば静かな──二人で静寂の時を味わえるような場所であって欲しいが、かと云って、山奥の一軒家という訳にもいかない。
そんなの、熊にでも襲撃されたらどうするのだ!
その3 物件自体
家はあまり広すぎでもなく、狭すぎでもなく。華美でもなく、ぼろぼろでもなく。丁度いい具合あたりで、それ程お値段も高くなければ尚のこと宜しい。
総司にあれこれ買ってやりたい事もあるので、家だけにそれ程散財する訳にはいかないのだ。
などなどなど。
「そーんな都合のいい物件あったら、オレが買いてぇよっ!」
と同じように物件探しで苦労しているはずの永倉が絶叫するに違いない、難条件をあれこれ並べ立てた土方は、だが、しかしと考え込んだ。
何しろ、最大の条件があるのだ。
絶対絶対、外せない条件が。
それは。
(総司が気にいってくれる家って事、だよなぁ)
それも生半可なものでは駄目だ。他の事をすべて忘れてしまうぐらい、大喜びして気にいってくれるような物件でなければ、ならないのだ。
何故なら、そうでなければ、総司自身が「休息所なんてやだー!」と駄々をこねる可能性大ありだからだった。
(まぁ……「やだ」なんて駄々こねてる総司も、すげぇ可愛いけど)
ついつい口許を緩ませてしまう土方だが、それは置いといて。
何しろ、あれだけ純情で素直で無垢な総司なのだ。
「俺、今度さ、おまえのために休息所をもったんだ」
「えっ、ほんと? 嬉しいっ」
「喜んでくれて俺も嬉しいよ。総司……今夜、そこで過ごそうか」
「はい。土方さん、だい好き♪」
などと、とんとん拍子に事が運ぶとは、到底思えなかった。
むしろ駄々をこねられた挙げ句、逃げられること間違いなしだろう!
下心ありまくりのオオカミさんが、可愛いウサギちゃんを誘いこむためには、せっせと策を弄さなければならないのだ。とびきりおいしい餌を用意しなければならないのだ。
それは、この場合、総司好みの休息所だった。
総司がいかにも好みそうな家を見つけ、そこへ何も知らさず連れていき、
「わぁ、素敵な家ですね!」
とか何とか云ってくれたところで、
「総司……この家はな、愛するおまえのために用意したんだ」
などと耳もとで囁けば、万事うまく行くのではないだろうか?
無事、めでたしめでたしに収まるのではないだろうか!?
そうなれば、後に待っているのは、夢にまで見た二人きりの桃色生活!
幼い総司を初めて見た時から思い描いてきた、あの夢!
可愛い総司を家の奥に閉じこめ、綺麗に着飾らせて、人形みたいに大切にして、うんと可愛がって、それから、それから、それから……
桃色妄想に、ぶくぶくぶくーっと頭まで浸かりそうになった土方は、突然、はっと我に返った。
ここは、まだ屯所の玄関口なのだ。
冷厳な副長の仮面を外してはいけない。
俺は、新撰組の鬼副長。
平常心、平常心。
土方は周囲を素早く見回し、総司の姿がないのを確かめると、こっそり出かけた。むろん、これにも訳がある。
総司に休息所を探してるなどと知られれば、すべての計画がおじゃんになってしまうのだ。
だが、先に休息所を用意して、何も知らないウサギちゃんをちゃっちゃっと連れ込んでしまえば、後はもうオオカミさんの思うつぼ。
(俺の願いも夢じゃねぇってか)
そして。
土方は自然と口許が緩んでしまうのを感じながら、てくてく京の街を歩いていったのだった。
何処にあるのやらわからぬ(本当にそんな物件あるのかよ!? 永倉談)夢の休息所を探し求めて。
だが、一方で。
そんな土方の行動が、総司にばれない筈がなかった。
土方が思っているよりも遙かに、総司は敏感で目ざといのだ。
すぐさま土方のこっそり行動──というか外出に気づいた総司は、さっそく仲間に相談した。
この場合、その仲間とは、斉藤、原田の二人である。
もっとも、その両人を相談相手に選んだ事が、果たして正しい判断だったのかは深い謎である。
「なんかね、土方さん、毎日出ていくんですよ」
総司は、可愛いウサギ形のお饅頭をぱくぱく食べながら、云った。
それを見て、斉藤は(……共食いだ)と思ったが、黙っている。
「毎日って、どこへ?」
「それがわからないから、いらつくんじゃないですか」
「じゃ、何をしに?」
「それもわからないから、相談してるんでしょ」
総司はぷんっと頬をふくらましたが、その仕草もまた可愛らしい。
なめらかな白い頬がふっくらしている様は思わずさわりたい程だったが、むろん、忍耐の人斉藤はぐぐっと我慢した。
「あーあ、浮気とかしてないか心配〜」
そう云った総司に、原田と斉藤は心の中で「ないない!」と、きっぱり首をふった。
あの総司にべた惚れの土方が浮気などするはずないのだが、総司にすれば「それは彼の変態度を知らないから!」という事になる。
幸いにして、そんなものを知る由もない原田は、のんびりと云った。
「けど、総司って、けっこう前からいらついてたよな」
「え?」
ぎくりとした総司に、原田はにんまり笑った。
「なーんか、土方さんの外出を口実にしてるけど、これも同じく土方さんの事だろうけどさ、ここの処ご機嫌ななめだなぁって思ってたんだよ」
「そ、そんな事ありませんよ」
「そうかねぇ」
疑わしげに横目で眺めてから、原田はずばりと云った。
「夜の営みの方、ご無沙汰なのかい?」
「……っ」
思わず、総司は絶句してしまった。その隣で、斉藤が飲みかけていた茶にむせかえり、目を白黒させている。
「……なっ、よ、夜って……っ」
「照れなくていいよ」
「照れもしますよ! だいたい、夜って……そんなの……っ」
総司は勢いよく云いかけ、口をぱくぱくさせてしまった。
何故なら、悲しい事に言葉が続かなかったのだ。
十分満ち足りてます!とか何とか云いたいのに、それは事実ではない。
実際、もう一月もとんとご無沙汰だった。
いやいや、土方が忙しいのはよくわかっているし、彼だって総司に関心を失った訳では決してない。
その証に、副長室へ巡察の報告へ行ったりすれば、素早く辺りの気配を探ってから、手を握りしめたりしてくれるし。
時々、もっと二人きりになれた時は、口づけもしてくれるし。
だが、肝心の契りという事になると、まったくもってさっぱりなのだ。だが、それだって仕方のない事だった。
「屯所の中なんですもの、落ち着きませんよ」
結局、総司はぺらぺらと喋りまくっていた。兎饅頭を食べることで発散していたが、その実、かなり鬱憤がたまっていたのだろう。
「隊内で恋仲になんかなると大変ですよね。どこで何をしようにも、いつも人の目があって落ち着かないじゃないですか。夜だって、どっちの部屋でするのかさんざんもめて、で、結局はどっちでも、人の気配があちこちにあるのは同じ。そんなもの落ち着いて、色々やってられませんよ」
「……詳細な説明ありがとう」
斉藤がぼそりと呟いたが、総司はそれにこっくり頷いただけだった。また、ぱくぱく饅頭を食べている。
それを眺めやっていた原田が、また口を開いた。
「じゃあさ」
「え?」
「いっそ、休息所でも持っちゃえば?」
「きゅーそくじょ?」
何それという顔で、総司は原田を見た。それに、原田がにやにや笑いながら、斉藤の方へ「なぁ」とふる。
「この間、新八ちゃんが許可された処だし、総司なら速攻で許可降りるんじゃねーの」
「許可って……だから、そのきゅーそくじょというのは、何なのです」
「つまり、お妾さんを囲う場所だよ」
「はぁ!?」
総司は唖然となった。それから、不意に顔を真っ赤にすると、もの凄い勢いでまくしたて始めた。
「あのっ、あのですねっ、私は浮気なんか絶対するつもりありませんから! お妾さんとか囲う気なんて、全然……」
「違う違う」
原田はにやにや笑いながら、手をふった。それから、さも楽しそうに面白そうに、言葉をつづける。
「この場合、妾は総司か土方さんか……とにかく、惚れた相手と二人きりで過ごせる家を探したらどうだいって、云ってるんだよ」
原田の言葉に、総司は大きな瞳を見開いた。
「二人きりで過ごせる家……」
「そ。あんたがいい家見つけてきて、そこに土方さんを引っぱっていっちゃえば、それこそ何の気兼ねもなく過ごせる訳だろう? ま、押しかけ女房ならぬ、連れ込み女房って奴かな」
「で、でも……お高いでしょう?」
総司は魅力的な提案にぐらぐら心を揺り動かされながら、小さな声で云った。
「私、けっこうお菓子とかで色々使っちゃってて、そんなにお金もってないですよ」
「あ〜、そっちは大丈夫大丈夫」
原田は気楽に断言した。
「そんなの手に入れちゃえば、後は高給取りの副長土方さんが全額払ってくれるよ」
「あ、そうですね♪ なるほど〜」
ここにいない当の本人の意思は全く無視されたまま、とっとと話は進んでゆく。
「じゃ、まずはさ、物件探し。新八ちゃんも云ってたけど、なかなかいいのないらしいぜ」
「いいのとは?」
興味深げに、斉藤が傍らから訊ねた。それに、原田が説明する。
「まずは値段。これは外せないだろ? それに、屯所との距離。これも近くもなくて遠くもなくてってとこが肝心だぜ? それから、家の周りの様子、やっぱ静かでなくちゃ甘い新婚生活も水の泡になっちまうね」
などと、どこかの鬼副長のようにぺらぺら喋ってから、原田は総司の方へ向き直った。
「で、総司は?」
「はい?」
「いや、はい?じゃなくて」
原田は苦笑し、訊ねた。
「総司自身は、どんな家がいい訳?」
「え、私ですか? んー……」
総司は腕を組むと、うーんと考えこんだ。それから、ぱっと顔をあげると、ほんのり頬を染めて、嬉しそうに答えた。
「土方さんと二人きりで住める家!」
「は?」
「私は、土方さんと一緒にいられるなら、どこでも幸せいっぱいなのです♪」
「……」
原田と斉藤は無言のまま、頬を染めて「やだ、云っちゃったぁ♪ でも、本当の事だから〜」などと火照った頬に手をあて、うきうきしている総司を、じーっと眺めた。
そんな彼らに全く気づかぬまま、総司はうっとりと宙へ視線を飛ばした。なめらかな頬を紅潮させ、目をきらきらさせている。
「やっぱり、二人きりで住むなんて、夢ですよねぇ♪ 朝も一緒、夜眠る時も一緒、食事も一緒、お風呂も一緒だなんて……やだぁ、何を話させるんですか。もう恥ずかしくなっちゃうじゃないですか〜♪」
「……いや、別に聞いてねーし」
原田がほそりと呟いたが、それさえもあっさり聞き流し(というか、耳に入ってない?)、総司はうきうきと言葉をつづけた。
「私ね、前から出かける土方さんに、着物を着せてあげるの夢だったんです。土方さん、とーっても格好いいから、何でもよく似合うし。あ! そうだ! 黒谷へ行く前の夜は絶対、そこですごそうかな? そうしたら、あの、うっとり見惚れちゃう正装姿、私の手で着せてあげられるし♪ でもって、土方さんは優しいから「ありがとう」なんて微笑みかけてくれて、もしかすると他にも色々してくれちゃって……きゃあ、嬉しいっ! あ、でも、それじゃお褥に逆戻りになっちゃうかも? うーん、やっぱり遅刻はまずいかなぁ……」
んーと腕組みして考えこんでから、総司は無言のままの二人の方をふり返った。
そして、可愛らしく小首をかしげると、訊ねたのだった。
「ね? どう思います?」
……ばかっぷるにつける薬はなし
斉藤たちの脳裏に、そんな言葉が浮かんだかどうかは……定かではない。
──さて。
それぞれ休息所探しを始めた恋人たちだったが、それがとんでもない騒動へと発展していくのは、また次のお話。
つづく
