……さて。
土方と総司が、すったもんだの末に、ようやく恋仲となれたのは、昨年の事だった。
当然のことながら、恋の成就の後に訪れるのは、I LOVE BABY!な日々のはずである。
そのはず、だったのだが……。
「……はぁ」
土方は両腕をおもむろに組むと、深々とため息をついた。
そのため息には、悩みの深さがひしひし現われている。
そう、土方は悩んでいた。
新撰組の鬼副長と呼ばれる土方歳三は、それこそ夜も眠れぬほど悩んでいた。とは云っても、隊内の事などではない。ましてや、副長の執務に関する事などではない。
ならば、その悩みは何か!?と問えば、当然、予測される答えは。
そう!
可愛い可愛い、めろめろべたべたに惚れきってしまっている恋人。
愛しいマイハニー(?)総司の事なのである。
十年来の遅い恋の成就にもかかわらず、というか、だからこそなのか、土方は相も変わらず総司にべた惚れだった。
もう目の中に入れても痛くない、あちこち口づけまくりたいぐらい可愛くてたまらない!と、その惚れっぷりはある意味変態の域に達しかけている。
もっとも、総司自身には、長年「土方さんは、可愛い男の子が好きな変態」と認識されてきたため、今更という感もあるし、総司にべた惚れなのは真実なのだから、彼にすれば変態呼ばわりされても、むしろ本望であろう(推測)。
だが、そうして可愛い恋人を手にいれ、幸せの絶頂にいるはずの土方が今、なぜ、どうしてこんなにも悩んでいるのか?
それは、可愛い恋人との夜のため、であった。
土方も総司も、それ相応の年齢に達した大人だ。恋人としてつきあうとなれば、それなりに色々致したくなるのも当然の事なのである。
実際、二人は恋人同士となってからしばらくして、契りの方も無事めでたく果たしたのだが、そこからがまた大問題だった。
何しろ、今、二人が暮らしているのは、新撰組という大所帯の中だ。二人きりの一軒家などではない。
副長室も総司の部屋も、縁側に面してるし、そこを通る人もある。
ましてや、土方の部屋はとにかく人の出入りが激しいのだ。そんなところで、おちおち二人の蜜夜をしっぽり楽しんでいられるはずもなかった。
むろん、何度かは実行したのだが、やはり落ち着かないものは落ち着かない。どうしても、廊下の様子や、周囲の物音を気にしてしまう。
それは総司も同じくのようで、彼の腕の中、喘ぎつつ必死に声を殺している。
まぁ、もっとも、そのいとけない可憐な姿を見るたび、土方の方は尚更ぼぼぼぼーっと燃え上がり、より可愛がったりしちゃっていたのだが。
(このままでは、絶対にやばい)
土方はぐぐっと眉間に皺を刻み、考えこんだ。
ちなみに念のため申し上げておくと、今、彼がいるのは副長室ではない。
幹部のみの打ち合わせの席である。
先程から、近藤がのんびりまったりした口調で、訓辞めいた事を話し、その隣で土方は渋い表情で押し黙ったまま考え込んでいる。
平隊士たちから見れば「あぁ、また副長が何か思案しておられる」と思う処だろうが、生憎、幹部たちはそうは思わない。
というより、寝ている。
何しろ、ぽかぽか日射しもあたたかな昼下がりだ。
近藤のまったりとした声だけが、うつらうつらと頭をかたむける幹部たちの頭上を、ほやほやと通りすぎてゆく。
総司は生憎巡察で出席してないのだが、その他の面々はほぼ揃っていた。揃ってはいたが、寝ている。
原田などはほとんど前へつんのめっているし、永倉は両手を膝についた形で何とか踏ん張りぎりぎり状態だ。
斉藤だけは背筋をぴんっとのばして端座し一見起きているように見えるが、その実、思いっきり爆睡している。
そんな中で、土方がある意味、桃色妄想にあれこれ浸っていたとしても、ばれるはずがなかった。
「……であるからして、これからも新撰組はより一層の……うんたらかんたら……」
近藤の訓辞は、まだまだつづいてゆく。
それを完全に右から左へ聞き流しながら、土方は思案した。
いったい、どうするべきなのか。
当然、屯所以外で場をもつのが一番なのだが、それがなかなか難しい。
総司は可愛いくて純真である事から、土方が簡単にすぐ思いつくような場所には、到底つれてゆけないのだ。
そう、つまりは出会い茶屋だ。
もしそんな処へ連れていったなら、総司に思いっきり平手打ちくらわされ、「土方さんなんてだいッ嫌いー!」と、こっちが気絶しそうな事を云われるに決まっている。
それだけは絶対に避けたかった。というより、悪夢だ。
「……どうしたものかなぁ」
思わずそう呟いてしまった土方に、近藤が「歳!」とふり返った。
見れば、「おまえは聞いてくれていたのかっ」と、感激に目を熱くしている。
(……っていうか、退屈で皆寝てるって知ってて喋ってたのかよ、あんた)
などと、土方はある意味、近藤の根性に感心しながら、聞き返した。
「何だ」
「何だって、つまり、どうするべきかって事だろう?」
「え……あ、あぁ」
「歳、おまえも悩んでくれていたんだなぁ。今度よく考えておいてくれよ」
感動にひたりながら云ってくる近藤に、今更全然聞いてねぇよとは云えず、土方は黙然と頷いた。
それに、近藤が言葉をつづける。
「部屋替えはやっぱり重要だからなぁ。皆、誰と同室になるか、なかなか悩むところだろう」
「……え」
土方はちょっと固まった。一瞬唖然として近藤を見てから、問いかける。
「何で、いったいいつのまに、部屋替えの話になってるんだよ」
「かなり前からだが」
「はぁ? 嘘だろ」
「嘘じゃないぞ。その証拠に……山崎君、部屋替え表をこちらへ」
近藤の言葉に、山崎がすすすーっと音もなく現われ、土方に向けて、部屋替え表を恭しくさし出した。
それを受け取り見た瞬間、土方は、文字通り目が点になった。
「な、何で、どうして! あんたと総司が同室なんだよっ!?」
「うむ、その方が楽しそうだと思ってな」
「楽しそうって、いったい何考えてるんだ! あんた局長だろうが、局長なら、一人部屋が当然だろっ!」
「局長は一人淋しくしてろって事か? 歳は冷たい奴だなぁ。だが、まぁ安心しろ。おまえは一人部屋だから」
「そういう事じゃねぇって!」
思わず声を荒げてしまった土方は、突然、はっと気がついた。慌てて見回してみれば、もうとっくに皆目を覚まし、こちらをじっと見つめている。
こほんと咳払いし、土方は云った。
「とにかく、部屋替えはなしだ」
とたん、周囲から、まるで寺子屋の子どもたちのごとく、「えー!?」と不平の声があがった。
一睨みでそれを黙らせてから、土方は部屋替え表をべりべりべりーっと思いっきり引き裂いた。
隣で、近藤が「あぁっ!?」と悲鳴をあげていたが、知ったことではない。
それを眺めていた永倉が、困ったような表情で声をかけてきた。
「あのさぁ」
「何だ」
「部屋替えはどうでもいいんだが、一つ頼みがあるんだよ」
「頼み?」
「あぁ」
あらたまった様子の永倉に、土方は僅かに眉を顰めた。
それに、永倉がぼつりぼつりと話しはじめる。
「近藤さんもあるって話だし……その、おれもいい年だし」
「幾つかは知らん」
「いや、年の事じゃなくて、本当は左之みたいに女房の方がいいだろうけど、その……」
「何が云いたいか、さっぱりわからん」
あっさりそう断言した土方の隣で、近藤がぽんっと両手を叩いた。
「わかったぞ! 新八!」
「え、ほんと?」
「おまえ、休息所がもちたいのだろう?」
「あたりだよ! さすが近藤さん!」
「おだてたって、何も出んぞ。わははは」
笑う近藤の傍で、土方は押し黙っていた。眉間に皺を寄せ、不機嫌そうな表情でじいっと永倉を睨み据えている。
その様子にさすがに気づいた永倉は、「げっ!」という顔になったが、それでも引く訳にはいかないと訊ねてきた。
「だ、駄目かい?」
「……」
「いや、わかってるんだ、あんたの考えは」
「……」
「幹部がそういうの持つ事で規律が乱れるとか何とか、考えているんだろ? けど、おれはどうしても欲しいし……その……」
「その手だ!」
「……は?」
突然、大声で叫んだ土方に、皆は唖然となった。その前で、土方はすっくと立ち上がり、両手を握りしめた。
「その手があった! そうか、それで万事解決だ!」
「ひ、土方さん? そのう……」
「よくぞ教えてくれた、永倉! おまえは俺の恩人だ!」
土方は永倉の手をとると、しっかと握りしめた。それから、めちゃくちゃ上機嫌な様子で、さっさと部屋から出てゆく。
それを見送った皆は唖然としたままだったが、斉藤だけが一人ぼつりと「……やばい」と呟いた。
土方が事態打開のために思いついたこと、それは休息所である。
いわゆる、お妾さんを囲う場所だが、そこに、大切な大切な可愛い総司を囲っちゃおう!という訳なのだ。
勿論、毎日ずっとという訳にはいかない。だが、非番の時や、二人だけの夜を過ごす時、休息所があれば、今までの悩みにもすべて綺麗さっぱり解決されるではないか。
なんて、素晴らしい考えなんだ!
どうして今まで思いつかなかったのか、自分でも信じられねぇよ!
恋する男の行動は素早い。
土方はさっそく外出し、めぼしい物件を見て回る事にした。だが、部屋を出ようとした処で、総司とばったり出逢った。
と云っても、巡察から帰ってきたからではなく、もうとっくに帰営した総司が土方の部屋へ、いそいそとやってきてくれたのだ。
「土方さん、今からお出かけ?」
可愛らしく小首をかしげて訊ねられ、土方は思わず頬が緩むのを感じた。
やっぱり、総司の可憐さは格別だ。
「いや、出かけようかと思っていたが……おまえも一緒にくるか?」
「え、でも」
総司は何故か、ぽっと頬を染めた。
色白でなめらかな頬が、ほんのり桜色に紅潮する。
「……今から出かけたら……」
「出かけたら?」
「その……夜になってしまいますよ」
「そうだな」
「帰りが、その……門限に間にあわなかったりしたら……」
「夕餉だけ食って帰ってこればいいさ」
あっさり答えた土方を前に、総司は沈黙した。
「…………」
「総司?」
「……いえ、別に何でもありません」
不思議そうな土方の前で、総司はこっそりため息をついた。
そのどこかがっかりした様子に、土方は全く気づかない。
「ほら、行くぞ」
歩き出した土方の背を、総司は大きな瞳でじいっと見つめた。それから、もう一度ため息をつくと、とぼとぼと歩き出していったのだった。
さて。
乙女総ちゃんの心境や、いかに?
つづく
[あとがき]
完結済のシリーズ復活です。あの後の二人の日々を見たいというお声、多数頂きましたので、うきうき書かせて頂きました♪
3周年記念連載です。いつも来て下さる皆様への、ささやかなお礼でございます。ほんの少しでも、皆様が楽しんで下さいますように。
