斉藤は、珍しい組み合わせに驚いているようだった。
 しばらくこちらを眺めていたが、やがて、諦めたようにため息をついた。歩みよってくると、呆れた表情で黛を見下ろす。
「総司をひっかけるなんて、何しているんです」
「何よ、その云い方。恋愛相談に乗ってあげていただけじゃない」
「それはそれは」
 うんざりしたように肩をすくめてから、斉藤は総司にむかって穏やかに微笑みかけた。
「今日は一人で遠出?」
「はい。あ……坐って下さい、斉藤さん」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
 斉藤は黛の隣に腰かけると、オーダーを聞きにきた店員に珈琲を頼んだ。ちらりと黛の顔を見たが、澄ましている。


 今日逢った時に二人で色々探索をするため、魔力を封じさせておいたのが幸いだった。
 でなければ、一発で総司に悪魔だとばれてしまっただろう。
 しかし、そうであっても、少し目を離した隙に、自分から大天使に声をかけるとは。
 この下級悪魔は油断も隙もあったものではない。


「あの、お二人はどうしてここへ?」
 不思議そうに訊ねた総司に、斉藤は柔らかな口調で答えた。
「ちょっと遊びにね。お互い相手もいない事だし、二人でぶらぶらと」
「相手もいないって……」
 思わず口ごもってしまった総司に、黛は艶やかな黒髪をかきあげながら、悪戯っぽく笑った。
「もう、誤解しないで。あたしはフリーなの。恋多き女だから、特定の人とはつきあわないのよ。あの人とは違うの」
「え、あの」
「だいたいね、こーんな可愛い恋人がいるのに、あたしなんかに目をくれる訳がないでしょ」
 そう云うと、黛は総司のなめらかな頬に掌でふれた。伝わってくるぬくもりに、ふっと目を細める。
 その表情の意味に気づかぬまま、総司は頬を赤らめた。
「か、可愛いなんて……」
「可愛いわよ。もう食べちゃいたいぐらい」
「黛さん」
「いいじゃない〜、云うぐらいは。別に本気で食べちゃう訳じゃなんだから」
 窘める斉藤にくすっと笑い、黛は一撫でしてから、手を離した。それから、斉藤の方を見やり、云った。
「じゃあ、あたし、そろそろ行くわね」
「送っていきましょうか」
「いいわ。迎えに来るはずだから」
 下僕の一人がと声に出さない言葉に、斉藤は苦笑した。
 黛はスタッフのほとんどを彼女専属の下僕と化してしまっているのだ。呆れた話だが、彼らは皆、嬉々として黛に仕えているのだから、傍から口出しすべき事ではない。
 黛は立ち上がると、斉藤の肩に手を置き、身をかがめた。かるく頬にキスしてから、「じゃあね」と総司にもにっこり笑いかけ、店を出てゆく。
 それをぼぅっと見送った総司は、彼女の姿が見えなくなると、はぁっと大きくため息をついた。
 斉藤が怪訝そうに眺めやる。
「どうした」
「……何だか、自分がとんでもなく子どもに思えるのです」
「子どもって」
「一人で勝手に誤解して、拗ねて、土方さんを困らせて。挙げ句に、こんな所に一人で来ちゃって」
「心配していたよ」
「えっ」
 驚いて顔をあげた総司に、斉藤は小さく笑った。
「昼頃、オレの携帯に土方さんから電話があってさ。そっちに行ってないかって。店は臨時休業だし、アパートにはいないしで、心配してかけてきたらしい」
「そ、そうなんですか。心配…してくれているんだ」
 思わず頬を火照らせながら呟いた総司だったが、すぐ我に返り、大きく首をふった。
「だめ、だめです。忙しい土方さんに心配かけるなんて、駄目だもの」
「少しぐらい心配かけても罪にならないよ。総司は、いつも控えめすぎるから」
「そんな……」
「それに、たまには、自分の気持ちを正直に出すのも、いいんじゃないか?」
「でも」
 俯いてしまった総司に、斉藤は苦笑いした。


 こういう慎ましく控えめな処が、総司の好ましい処なのだ。
 清らかで素直で。
 小さな薔薇の蕾のように、麗しくも愛らしい。
 誰よりも。
 あの魔王こそが、そう思っているに違いない。


「そう云えば、総司」
「え?」
 総司が顔をあげると、斉藤が小首をかしげるようにしてこちらを見ていた。鳶色の瞳が悪戯っぽくきらめいた。
「今夜はどうするつもりなんだ? 泊まる処、決まっているのか?」
「え、ぼく……帰るつもりなんですけど」
「この辺りは郊外だから、終電がとんでもなく早いんだよ。もう出ちゃったと思うけどね」
「えぇっ!?」
 総司はびっくりした。慌てて時間を見れば、確かにもうかなり遅い時間帯だ。
「で、でも、黛さんは」
「あれは、スタッフの誰かが車で迎えに来ているから。オレはホテルとっているし」
「え……え」
 大きな瞳が戸惑いの色をうかべ、とても可愛らしい。
 本当は、大天使の翼で飛んでしまえば、夜だろうと何だろうと東京へ帰れるのだが、それを斉藤に云えるはずもなくて困っているのがよくわかった。
 斉藤は立ち上がりながら、さり気なく云った。
「一人じゃ淋しいし、ちょうどいい。一緒に泊まろうか」
「え」
「どのみち終電はもうないんだ。他に方法がないだろう?」
「で、でも」
 困惑したように見上げてくる総司に、斉藤は柔らかく笑いながら手をさしのべた。












「斉藤さん、ぼく……本当にいいですから」
 先程から何度も、総司は同じ言葉をくり返していた。
 綺麗なお伽の国のようなその街は、夜の闇にきらきら輝く明かりのため、より幻想的だ。
 郊外にしては夜遅くまで店が開き、街を散策する人々の数も多く賑わっていた。おそらく土曜日であるためだろうが、今の総司にはそれを考える余裕もない。
 さっさと歩いてゆく斉藤の後を追いながら、必死に云いつのった。
「本当にいいのです。何とかなりますから」
「野宿でもする気か?」
「ファミレスとかで朝を待ちます」
「ちゃんと部屋をとってあるんだ。そこで寝た方が早いだろう」
「でも、困るんです。そんな事したら」
「土方さんに叱られる?」
 不意に、斉藤が足をとめたかと思うと、くるりとふり返った。悪戯っぽい光をうかべた鳶色の瞳が、びっくりしたように目を瞠る総司の可愛い顔を見つめた。
 くすっと笑った。
「オレと泊まったりしたら、ますます喧嘩になってしまう?」
「そう…です。だって」
「仲直りしたいから。それで、土方さんと来るはずだったこの街に来て、何かおみやげでも買って帰って、それを切っ掛けに仲直りできたらいいなと思っていた。そんな処じゃないか?」
「どう…して、それを」
 驚いて目を見開く総司が素直で可愛くて、斉藤は思わず笑ってしまった。クリーム色のコートの隠しに両手を突っ込み、楽しそうに笑う。
「さて、どうしてでしょう」
「……斉藤さん?」
「手品の種明かしは、この後で」
 そんな謎めいた言葉を告げてから、斉藤はまた背をむけ、足早に歩き出した。見事なほど人をよけ、すいすい歩いてゆく斉藤の後を、総司は必死に小走りで追う。
 総司の巻いた白いマフラーがふわふわ揺れた。
「ここだよ」
 見上げれば、ノスタルジックな雰囲気の美しい建物があった。
 クリーム色の漆喰壁に彫刻が施され、今時珍しい木製の大きな両開き扉のエントランスだった。磨き抜かれた金色のノブが輝いている。
 それ程大きくはないが、いかにも一流ホテルという感じに、総司は思わず後ずさってしまった。
「……え、ここですか」
「そう」
 頷き、斉藤は何の躊躇いもなくホテルの正面玄関へ向っていった。後を追えば、扉傍に立っていたドアボーイが恭しく扉を開けてくれる。
 中へ入ったとたん、あたたかい空気とラベンダーの香りが、総司の全身をふわりと包み込んだ。
 心地良さに、思わず安堵の吐息がもれる。
 斉藤はゆっくりとロビーを横切り、フロントの方へ向った。だが、その途中にあるソファの傍で、不意に立ち止まる。
 ふり返り、総司を手招きした。
「……?」
 意味がわからぬまま歩み寄りかけた総司は、次の瞬間、目を見開いた。


(……う、そ……)


 ソファに腰かけていた若い男がすっと立ち上がり、こちらをふり返ったのだ。
 すらりとした長身に、上質のスーツがよく似合っている。
 端正な顔だちが人目を惹き、その身に纏う雰囲気には何ともいえぬ男の艶があった。冷たく澄んだ黒い瞳が、総司を見つめる。
 まるで、心臓を射抜かれたような気がした。
「……土方、さん……」
 立ちつくす総司に、土方は無言だった。冷ややかに一瞥しただけで、そのまま斉藤の方へ向き直る。
「世話をかけて、すまなかった」
「ハロウィーンの時と同じですね」
「そうだな、この礼はするよ。黛にも宜しく伝えておいてくれ」
「えぇ、わかりました」
 斉藤はかるく一礼すると、総司に微笑みかけてから歩み去っていった。このまま帰るつもりなのか、正面玄関の扉から出てゆく。
 それを見送ってから、土方はすっと踵を返した。総司の方を見ようともせず、黙ったままエレベーターホールへと歩きだす。
 だが、今追わなければ何もかも終わってしまう気がして、総司は躊躇いがちにだったが彼の後を追った。
 エレベーターの扉が開き、土方は中へ乗り込むと、最上階のボタンを押した。不安に怯えながら見つめる総司に、視線を向けようともしなかった。
 無言のまま壁に背を凭せかけ、腕を組んでいる。
 僅かに伏せられたその端正な横顔を、総司はそっと眺めやった。


(土方さん……怒っている……)


 喧嘩したのだから、当然なのだが。
 今の彼の怒りは、それとは又別の処にあるような気がした。
 斉藤とホテルへ入ってきた事か、一週間も携帯の電話を拒否した事か、何の連絡もせず勝手な行動をした事か。
 どれをとっても、彼を怒らせるには十分だった。
「……」
 エレベーターが目的の階に着くと、土方はさっさと歩み出た。廊下奥のコーナースイートらしい扉に鍵をさしこみ、開ける。
 入るよう視線で促され、総司はおずおずと彼に従った。
 中はシックな深緑で纏められた、落ち着いた雰囲気の部屋だった。とても綺麗で居心地がよい。
 ふかふかの絨毯を踏みしめた総司は、ぼんやりと部屋の中を見回した。
 そのすぐ傍を通りすぎながら、土方はスーツの上着を脱ぎ捨てた。無造作にソファへ放り投げる仕草一つからも、彼の燻る怒りを感じさせる。
 怯えたように目を瞠る総司の前で、突然、土方が云った。
「おまえは何故、俺に何も話さない」
「……土方さん」
「何も俺に云わないのは、不服がないからか? そうではないだろう。俺に対して辛いものがあるのなら、黙っていなくなるより、俺自身に訴えるべきじゃないのか」
「……」
 総司は黙ったまま俯いてしまった。


 素直に気持ちを伝えられるのなら、こんなにも苦しまないのだ。
 だが、土方に迷惑をかけたくない、子どもだと思われたくない、嫉妬する自分を見られたくない。
 そんな想いが渦巻き、口を閉ざさせてしまう。


 部屋の真ん中に佇んだまま、じっと黙り込んだ。
「……」
 恋人の強情さに、土方は天井を仰いでため息をついた。呆れたような男の様子に、総司がびくんっと身を竦める。
 突然、土方は踵を返し、部屋の隅にあるバーカウンターに歩み寄った。無言のままブランデーの瓶を取り上げ、水割りをつくり始める。
 その冷たく整った横顔に、総司は泣きだしたくなった。ぎゅっと両手を握りしめていると、低い声がかけられた。
「……そんなに俺に心を許したくないのなら、好きにすればいい」
「!」
 彼にしては、珍しいほど冷ややかな声音だった。だが、それだけ怒っているという事なのだろう。
 弾かれたように顔をあげた総司に、土方は視線さえ向けず言葉をつづけた。彼の手元で、氷が微かに音をたてる。
「云いたい事も云わず、気を使って遠慮して……それで、本当の恋人と云えるのか?」
「──」
 男の言葉は、鋭い矢のように総司の心に突き刺さった。


 彼の言葉通りだった。
 遠慮ばかりして、気をつかって。
 そんなの、本当の恋人ではないだろう。


 総司は込みあげる涙をこらえ、俯いた。
 そんな言葉まで彼に云わせてしまった自分が悲しかった。いたたまれなくて、身をひるがえし部屋を出ていこうとする。
 まるで、あの喧嘩の夜のように。
 だが、土方は横をすり抜けようとする総司の腕を、素早く掴んだ。それに、びくんと目を見開く。
「土方さん……」
「また出ていって終わりにするつもりか」
「だって……お願い、離して」
「総司」
 思わず抵抗しかけた総司の躯を、男の腕が強引に引き寄せた。後ろから抱きしめる。
 彼の腕の中、総司は身を固くした。


 久しぶりの彼の匂いが、懐かしいと同時に、少し怖い……。


「……土方…さん」
 怯えたように身じろぐと、きつく抱きしめられ、ますます怖くなった。
 だが、そんな総司の耳もとに、土方は唇を寄せた。そして、低い声でぽつりと呟いた。
「心配した……」
「……え」
 先程とはまるで違う、切ないほど優しい声だった。
 総司は微かに息を呑んだ。まさか、そんなふうに囁きかけられると、思っていなかったのだ。
 小柄な躯を抱きすくめたまま、土方は言葉をつづけた。
「とても……心配したんだ。ずっと携帯は繋がらないし、挙げ句に今日は店を休んで行方知れずときている。とうとう俺の事が嫌になって、どこかへ逃げてしまったのかと思った」
「そんな……」
 慌ててふり返ろうとした総司だったが、土方はそれを許さなかった。強く抱きしめたまま、後ろから耳朶を甘咬みする。
「もっとも、おまえが逃げたら、俺はすぐさま追うだろう。追ってつかまえて、もう二度と離さない」
「土方…さん」
「素直で可愛いのに、時折、意地っぱりになってしまうんだな。逃げて一人ぼっちで泣いていても、わからないよ」
 土方が何の事を云っているのかすぐわかり、総司は頬を紅潮させた。


 きっと、黛から事の次第を聞いたのだろう。
 だが、それが黛からだということ自体で、たまらなくなった。泣きたくなった。
 自分が本当に子どものようで、こんなふうに拗ねて逃げ出した事が、恥ずかしくてたまらなくなる。
 もっと毅然としていたいのに、大人でありたいのに。
 彼にふさわしい自分になりたいのに……。


 きゅっと唇を噛んだまま俯いてしまった総司を、土方はあやすように優しく揺さぶった。髪に首筋に、キスをおとしてくれる。
「総司……話してごらん」
「……」
「もっと、自分の気持ちを話していいんだ。俺に求めることがあるのなら、素直に求めてほしい。その方が俺は嬉しいんだ」
「……っ……」
 ぽろりと涙がこぼれた。


 もう我慢できなかった。駄目だと思った。
 冷たく怒られている時は、我慢できた。
 だが、こうして彼のぬくもりに包まれ、優しくあやされてしまうと、もう駄目なのだ。
 張り詰めていた心の壁が、脆いガラスのように突きくずされてしまう。


「……ゃ、なの……」
「え?」
「土方…さんが、女の人と一緒にいるの見るの……いやなの。ぼくより、女の人といる事優先させるの、嫌なの」
「総司」
「もっと傍にいて欲しい、ぼくだって一緒にいたいよ。土方さんに甘えて、色んな事を話して、いっぱい好きって云いたいの。でも、そんなの駄目だから……我が儘だと思うから、だから……っ」
 総司は子どものようにしゃくりあげた。抱きしめてくれる彼の腕の中、泣きじゃくる。
「ごめん…なさい、我侭云ってごめんなさい。あなたを愛しているから……好きだから、もっといい自分を見せたかったのに……なのに……っ」
「総司、もういい」
 土方はすぐ傍のソファに腰をおろすと、総司の腕をひいて己の膝上に坐らせた。
 そのまま、すっぽりと抱きすくめ、子どもをあやすように髪に口づけてやる。
「もういい……もういいんだ。我慢しなくていいから、総司」
「…好き、なのです。もっと一緒にいたくて……女の人と一緒にいるあなたを見ると、胸の奥が痛くて辛くて泣きたくなって……っ」
「総司」
 土方はそっと総司の顔を仰向かせると、その頬を掌で包みこんだ。涙で濡れた頬に口づけ、まだ震える睫毛にも唇を押しあてる。
 そして、泣き濡れた瞳をのぞき込み、優しく微笑んだ。

















 

いや、ここで切る? ってとこで、つづきです。ごめんなさい〜。
次はお褥シーンがあるので、苦手な方は避けてやって下さいね。

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