「泣きたい時は泣けばいい」
優しい声が囁いた。
それに、総司は息を呑み、彼を見上げた。
静かな瞳が総司を見つめていた。視線があうと、そっと微笑みかけられる。
「土方…さん……」
「泣きたい時に我慢するのはよくない。だから、泣いた方がいいんだ。……但し」
「え?」
「俺の前限定で。他の男の前で泣くのは厳禁だ」
独占欲をにじませた悪戯っぽい口調に、総司の頬も僅かだったが綻んだ。
それに満足げに笑った土方は、甘いキスを落としてやりながら言葉をつづけた。
「これからは俺も気をつけよう。おまえと逢えるように、出来るだけ時間をつくる。約束も果たせるよう努力する」
「そんな」
慌てて総司は首をふった。
「今だって、忙しい中逢ってくれているのに。そんな無理をしたら……」
「無理ではないだろう」
土方はくすっと笑った。
「俺が逢いたいから、時間をつくるんだ。恋人ともっと一緒にいたいと思うのは、ごく自然な事じゃないか?」
「そう…だけど……」
「それとも、総司は俺と逢いたくない?」
土方は悪戯っぽい笑みをうかべ、総司を覗き込んだ。濡れたような黒い瞳に見つめられたとたん、頬がぽうっと上気する。
慌てて俯き、どきどきする胸もとを小さくおさえた。
「……逢いたい、です」
恥ずかしそうに答える総司が、たまらなく可愛らしい。
土方は微笑み、そのなめらかな頬に首筋に唇を押しあてた。そうしながら、そっと柔らかな手つきでコートを脱がせてやる。
「ぁ……」
ふわりと落ちたコートの下は、以前彼が買ってやったクリーム色のセーターだった。それに洗いざらしのジーンズがよく似合い、とても清らかで瑞々しい印象を与える。
まるで、美しい若鹿のようだ。
土方はその華奢な躯をそっと両腕に抱きあげた。隣の寝室へ足を踏み入れると、大きなベッドを目にした総司がぴくんっと身を震わせる。
まっ白なシーツの上に横たえた躯は、とても綺麗でのびやかだった。それにネクタイを緩めながらのしかかり、唇を重ねる。
少し濃厚なキスをすると、総司が怯えたように身を捩った。男の肩に手をかけ、不安そうに見上げてくる。
「……まだ、怒ってる?」
土方はくすっと笑った。
「さぁ、どうかな」
「ごめんなさい……でも、酷くはしないで」
「酷くなどしないよ。ただ……」
僅かに小首をかしげ、その瞳を覗き込んでみせた。
「俺が総司をどれだけ愛しているか、よく教えてあげようと思ってね」
「え……?」
目を瞬いた総司に、土方は柔らかく微笑んだ。そうして、その細い躯を抱きすくめると、深く唇を重ねたのだった。
「や、ぁあ…っ」
総司はふるふると首をふった。
可愛らしい顔は涙に濡れ、桜色の唇からは甘いすすり泣きがもれている。
それを、土方は悠然とした表情で見下ろした。
総司はほとんど衣服を脱がされているが、土方の方はまだ前を開いただけだ。その格好で二人は繋がり、互いを求めあっていた。
否、今は総司の方だけが求めている。
ベッドの上に這わされ、後ろから繋がって。なのに、ほんの少し入れた処で、土方は先程から抜き挿しをくり返しているのだ。
男のものの先端だけが固い蕾を割るようにして押し入り、ゆるく動かしてはまた引き抜かれる。そのくり返しだった。
慎重というより、これは焦らしだ。
生殺しに近い責めに、総司はもう限界を迎えかけていた。必死になって腰をくねらせ、男を深く受け入れようとする。
「……ぁ、土方…さ……土方、さん…っ」
「何だ」
土方は平然と首をかしげてみせた。それに、総司がぽろぽろ涙をこぼす。
「や、や…っ! お願…っ」
「だから、何が」
「意地悪…しない、で…」
「意地悪なんかしてないよ」
くすくす笑いながら、土方は総司の白い背を掌ですっと撫であげた。そのついでに前にも手をまわし、尖った蕾を指の腹で擦りあげてやる。
「ぁ…んっ」
思わずびくびくっと躯を震わせた総司に、男の喉奥から満足げな笑い声がもれた。が、もう総司はそんな事も気にしていられない。
「やっ…お願、い……」
「何をお願いしているか、云ってくれないとわからない」
「ぁ、ぁあ…っ、も、だめぇ…っ」
快楽に弱い大天使は泣きじゃくり、懸命に懇願した。それを、土方は目を細めながら愛おしげに眺める。
「ほら、云ってごらん。云えば、すぐ欲しいものをあげるよ」
「ん、ぁ…は、ぁあ…っぁ……」
総司はまっ白なシーツに火照った顔を押しつけ、ぽろぽろと涙をこぼした。桜色の唇が震える。
「ぁ、い、入れ、て……っ」
「総司……?」
「お願い、土方…さんの、奥まで入れ…て…ぇッ」
「……」
可愛らしいお願いに、土方はゆっくりと唇の端をつりあげた。黒い瞳が愉悦の光をうかべる。
それは息を呑むほど美しいが、まさに、邪悪な魔王そのものの笑みだった。だが、突っ伏している総司からは見えず、気づかない。
「……いい子だ」
そう囁くと、土方は総司の細い腰を掴み、のしかかった。柔らかな蕾を、己の猛りで一気に貫く。
「ぃ…ぁああ──ッ!」
甲高い悲鳴をあげ、総司が仰け反った。反射的にシーツを掴み、上へ逃れようとするが、その細い腰が男の両手に掴まれ、乱暴に引き戻される。
そのまま、最奥に男の太い楔を捩じこまれ、総司はたまらず大声で泣き叫んだ。
「ぁ、ぁあっ、ぃやア…ッ」
「望んだのはおまえだ」
低い声で告げざま、男は激しく揺さぶりはじめた。柔らかな蕾に男の猛りが荒々しく抜き挿しされる。
総司は尖った顎を反らし、泣きじゃくった。
「ひ…ぃッ、ぁあっ、ぁあぅ…ッ」
「……願いどおりだろう?」
「っぁあッ、い、や…ああっ、ぃッ」
総司は後ろから揺さぶられながら、シーツにしがみついた。何かを掴んでなければ、おかしくなってしまいそうなのだ。
頭を落し腰を高くあげさせられた淫らな体位が、たまらなく恥ずかしかった。だが、一方で、耳もとにふれる男の荒い息使いが愛おしく、打ち込まれるたびに突き上げる快感美が躯を痺れさせてゆく。
「ぁあっ、ぁっ、い、気持ち…ぃ、い…っ」
蕾の奥を男の猛りで乱暴に捏ねまわされると、もうたまらなかった。甘く甘美な悦楽は、常識も正気も意地もすべてをとろけさせてしまう。
だが、土方は意地悪だった。不意に、総司の蕾から己の猛りを抜き、躯を離してしまったのだ。
「や……やぁっ…」
総司はシーツに突っ伏し、泣きじゃくった。思わず腰をくねらせる。
熱い楔を失った躯は、行き場のない熱に疼いてどうにかなりそうだ。
甘えるように啜り泣いていると、後ろから抱えおこされた。そのまま躯の向きを乱暴に変えられ、男の膝上に抱きあげられた。
驚いて見上げれば、熱っぽい光を宿した瞳で見下ろされる。
「土方…さん……っ」
ようやく男の求めるものを知らされた総司は、躊躇わなかった。土方の肩に手を置き、男の膝上に跨りなおした。そのままの体位で、自ら腰を落とし、男を艶やかに求めてゆく。
「ぁ、ぁあ…ぁぅ──」
身重で受け入れる男の猛りは熱く、凄まじいまでの重量感だった。苦しさに細い眉を顰め、必死になって腰を落とす。
何とか、最後まで受け入れると、総司は男の胸もとに凭れかかり、はぁっと息をついた。
その様に、土方は満足げに目を細めた。抱き寄せられ、耳もとに甘く囁かれる。
「総司……愛しているよ」
「ぁ…っ、ぁあッ! んぅッ…ぁああっ」
睦言に答えようとした瞬間、激しく揺さぶられた。腰を掴まれ、上下させられる。
真下から突き上げる男の猛りに、総司は甘く泣き叫んだ。
「ひっ、ぃあッ、ぁあっ」
「可愛いな、総司……」
「ふっ…ぁあっ、ぁうっ、ぅんっッ……」
激しくなってゆく律動に、我を忘れる。
まるで一つにとけあうかのような、濃厚な蜜夜。何度も交わり、互いだけを求めあって。
(……土方…さん……)
睦言さえも告げられぬまま。
あまりの快楽に気を失う直前、総司が見たのは、自分を抱きしめ口づける土方の優しい笑みだった……。
きらきらと朝の光がカーテン越しに踊っていた。
それを、総司はシーツにうもれたまま、ぼんやりと眺めた。
とても柔らかで美しい朝の光景だが、どこかもの悲しい。それはきっと、一人ぼっちだからだった。彼がいないからだ。
部屋には、他に誰もいない。
まるで昨夜の熱い夜が夢だったかのように、彼は姿を消していたのだ。総司が目を覚ました時にはもう、土方はこの部屋から去ってしまっていた。
「……仕方ないのかな」
ベッドの中で、総司はかるく身を丸めた。
躯は綺麗に清められている。あれから、土方が自らの手で清めてくれたに違いなかった。
清潔なパジャマも着せられ、とても心地よかったが、それでも、総司の胸は塞がっていた。
「起きるまで……いてくれたら良かったのに」
そう呟いてから、総司はすぐに、ううんと首をふった。
そんな事望んではいけないのだ。
彼はとても忙しい人だから、あぁして昨日一緒に時を過ごしてくれただけで、幸せだと思わなければ。
確かに、昨夜、彼は素直に求めて欲しいと云ってくれたが、それでも、総司は思い上がるつもりはなかった。
傲慢になれば、この恋は終わってしまう。
あの人にふさわしい存在になりたいから。
ずっと、恋人でいたいから。
総司はゆっくりと身を起し、ベッドから降りようとした。
とたん、きゅっと唇を噛みしめる。彼に抱かれた名残を感じたのだ。それがたまらなく恋しく、切なかった。
思わず部屋の中を見回してしまう。
「……」
ふたり一緒に過ごした後では、彼のいないこの部屋はとても冷たく感じられた。たまらなく淋しさを覚えてしまう。
だが、それではいけないのだと、総司は思いきってベッドから降りようとした。その時だった。
遠くで音が響き、扉の開閉音が鳴った。その後すぐ、人の入ってきた気配がする。
「!」
驚いてふり返った総司の目の前で、寝室の扉が開かれた。見間違うはずもない、土方がしなやかな身ごなしで部屋に入ってくる。
綺麗な深緑のセーターに、ノータックのチノパンを纏った彼は、黒髪を柔らかく後ろへ流している事もあって、より若々しく優しげに見えた。
「おはよう」
土方はベッドの傍まで歩いてくると、身をかがめ、総司の頬にキスを落とした。
「もう起きているとは思わなかったよ。間にあうよう戻ってくるつもりだったのに、すまない」
「土方…さん?」
不思議そうに問いかける総司に、土方は微かに苦笑した。
「一晩眠っただけで、恋人の顔を忘れてしまった?」
「そう…じゃなくて……ぼく……」
口ごもった総司は、ぎゅっと両手を握りしめたまま俯いてしまった。柔らかく乱れた髪に潤んだ瞳でベッドに坐り込んでいるその姿は、まさに愛らしい天使そのものだ。
土方はベッドに腰かけると、何だ?と問いかけるように手をとって握りしめた。
それに、総司が小さな声で云う。
「目を覚ましたら、土方さんがどこにもいなくて……」
「あぁ」
「もう、帰ったのだと思ったのです。東京に帰ってしまったのだと」
「……おまえを一人残して?」
土方は僅かに眉を顰めた。
「この俺がおまえを残して、それも何も云わずに去るような男だと思ったのか?」
「違う…けど、でも、土方さんは忙しいから、お仕事の事を思ったら、仕方ない事だって……」
「総司」
土方は天井を仰ぐと、大きくため息をついた。しばらく何かを考えるように黙り込んでいたが、やがて、手をのばし、総司の頬にそっとふれた。
仰向かせると、つぶらな瞳が少し不安げに彼を見上げてくる。
「総司……愛しているよ」
彼の言葉に、総司が小さく息を呑んだ。それを見つめ、土方は優しく微笑んだ。
「これだけは覚えていて欲しいんだ。俺にとって、おまえ以上に優先すべきものなどありえない。おまえが一番なんだ。俺は、おまえのためなら、どんな事だって出来る」
「土方…さん」
「だから、おまえも俺をもっと素直に求めて欲しい。愛して欲しい。昨夜、云っただろ? その方が嬉しいのだと。おまえは俺の立場を気づかってくれているが、それは俺からすると他人行儀に思えてしまうんだ。遠慮して気を使って……それでは本当の恋人とは云えないと、そう思わないか?」
「──」
総司の目が見開かれた。半ばもう泣きだしそうな表情で、彼だけを見つめている。
その小さな頭をそっと胸もとに抱きよせ、土方は優しく云いきかせた。
「愛しているよ。だから……おまえも俺を愛して欲しいんだ。そして、愛しているなら、もっと自分を見せてほしい」
「土方さん……」
「もっと、心のまま素直に、俺を求めてほしいんだ」
そう囁いてくれた土方の腕の中、総司は、陽だまりにふわりと包まれた気がした。実際、優しい彼の腕の中は、なんてあたたかで心地がいいのだろう。
この世界の中で、唯一、甘えられる居場所。
素直になることを許し、どんな自分でも受けとめてくれる人。
そんな人が自分の傍にいてくれるという幸せを、総司は泣きたいぐらいの気持ちで噛みしめた。
「土方さん……愛しています」
そう心から告げた総司に、土方は静かに微笑んだ。華奢な躯にゆるく両腕をまわし、そっと髪にキスを落としてやる。
それを心地よげに受けながら、彼の胸もとに顔をうずめている総司は、例えようもないほど可愛らしかった。上級悪魔たちからも恐れられる、あの大天使とは思えぬほどに。
「……」
土方の口角があがり、微かな笑みをうかべた。
総司がマンションを出ていった時、連絡がとれなくなった時。
いったいどうしてやろうか、と思った。
だが、昨夜、不安げに自分を見つめる総司を見たとたん、愛しさが突き上げてしまったのだ。
可愛いと、抱きしめてやりたいと思った。
そんな己に、苦笑する他なかったが。
(……俺も甘くなったものだ)
ゆっくりと、総司の髪を指さきで撫でた。一筋すくいあげ、口づけてやる。
優しい彼の仕草に甘えてくる総司を見下ろし、ふっと笑った。
優しさも愛も。
魔王たる彼から授けられるそれは、異形となるのだ。
すべては、蜜のような鎖に。
大天使の華奢な躯に、細い手足に、純白の翼に、魔王の鎖は甘く絡みつく。
それは、もはや永遠に……。
「……愛しているよ」
そう囁きかけた土方は、額に、睫毛に、頬に、甘いキスをおとした。
それを心地よげに受けながら、総司は彼に胸もとへ凭れかかった。
大きな瞳が、愛しさをこめて彼を見つめる。
「ぼくも……愛しています」
魔王の腕の中、大天使は幸せそうに微笑むと、そっと目を閉じたのだった。
……そして
魔王の鎖を絡ませた大天使は
この世の誰よりも、美しく艶やかに
麗しのきみとなる───
大天使総司は、魔王さま土方さんに愛され、囚われているからこそ、より美しく麗しくなるのです。
ラストまでお読み下さり、ありがとうございました♪
