ガラスの窓越しに夜景が美しかった。
遠く東京タワーがレッドに輝いている。
それを眺めながら、土方はゆっくりとソファに身を沈めた。
すらりとした足を組んで寛ぐと、傍らのテーブルから用意されたグラスを取り上げた。彼のしなやかな指の中で、琥珀色の酒が芳醇な香りを匂いたたせる。
その肩に、今夜彼の相手をする事になった女がしなだれかかったが、土方は見向きもしなかった。
あてがわれた者になど、全く興味がない。それに、彼はいつも、最高級のものを味わいつくしているのだ。その気になどなるはずもなかった。
歪んだ欲望を満たすための、だが、造りだけは豪奢に整えられた高級クラブ。
その場所に、どうしてもと誘われてきた土方は、もう既に飽きだしていた。彼を強引に誘った議員の姿を目で探すと、早々に女と店の外へでも出てしまったのか姿はない。
「……」
かるく肩をすくめると、土方は立ち上がった。
纏わりついてくる女を丁寧に、だが冷ややかに突き放し、踵を返した。慌てて出てきたママらしい着物姿の女に、切れの長い目をむけた。
「帰る。清算をしてくれ」
「あら、まだいらしたばかりでございましょう? もし、他の子が宜しければ……」
「気が乗らない。それだけの事だ」
そう固い口調で答えた土方に、ママは小さく苦笑いをうかべた。
恐らく、噂どおりの清廉潔白の固い男だと思ったのだろう。むろん、それは大きな誤りだったが、そう思われていた方がむしろ好都合だった。
土方は支払いを済ませると、さっさとクラブを出た。エレベーターで地上へ降りたとたん、携帯電話がスーツの胸ポケットで鳴った。
パチンと開いて見た表示に、土方の目が細められた。柔らかな笑みが口許にうかぶ。
それでも、わざと冷ややかな声音で、
「土方です」
と答えた彼に、電話の向こうで可愛い恋人は少し躊躇ったようだった。
『……土方さん? 総司です』
「あぁ」
『もしかして、お仕事中だった?』
「いや、今から帰るところだ。……山崎が迎えに来た」
視線の向こう、山崎が運転する車が道路脇に滑り込む処だった。それにかるく手をあげてみせながら、ゆっくりと歩んだ。
『そんな時にごめんなさい。少し予定を聞きたくて』
「予定? いつの事だ?」
そう訊ねた土方に、総司は小さな声で答えた。
『あのね……10月31日なんだけど』
「31日? 今月の?」
聞き返してから、土方はすぐにその日が何か思い当たり、苦笑いを口許にうかべた。
相変わらず子供っぽく、可愛らしい恋人だと思った。
「ハロウィーンだろう?」
『土方さんでも知ってるんだ。あのね、その日にパンプキンパイとか焼いて、パーティがしたいなぁと思って』
「おまえは天使の仮装、俺は悪魔の仮装という訳か」
『それじゃ、全然仮装になりませんよ』
桜色の唇を可愛らしく尖らせる総司が、目にうかぶようだった。
くすっと笑った。
「それもそうだな。……だが、悪いが、その日は先約が入っている」
『え?』
「というより、うちが主催するパーティなんだ。あるホテルを借り切って盛大にやる事になってる」
『……そう、なんですか』
「すまない。それに、ここの処忙しいから、しばらく逢えそうにもないんだ」
『お仕事ですもの。仕方ありませんね』
「あぁ。……悪いが、これで。また連絡するよ」
そう云うと、土方は総司の返事も待たずに通話を切った。
だが、せっかくの恋人からの誘いを断ったにも関わらず、その形のよい唇は、微かな笑みをうかべていた。
男にしては長い睫毛を伏せると、くすっと小さく笑った。
「さぁ……どうする? 総司」
愉悦にみちた声音で呟き、土方は携帯電話をスーツに仕舞い込んだ。
そして、ゆっくりと歩き出した。
その頭上に、美しい都会のイルミネーションと、漆黒の夜空が広がる。まるで、彼自身の闇色の翼のような───
土方はそれらを見上げ、うっとりと微笑んだ。
聖夜とも呼ばれる魔法の夜まで、あと十日の出来事だった……。
総司は深くため息をついた。
今日はお店が休みのため、気分転換のために町へ出てきている。だが、あちこちのハローウィンの飾りつけを見るたび、胸の奥がきゅっと痛くなった。
「……はぁ」
もう一度、深いため息をついたとたん、傍で小さな笑い声が響いた。
「!」
驚いてふり返ると、斉藤がをマグカップを二つのせたトレイを手に立っていた。
総司は町へ出たついでに、斉藤の店を訪れていたのだ。
だが、ショーウインドウの際に腰かけ、ハローウィンの飾りつけをされた街を見ているうちに、土方の事ばかり考えてしまっていたらしい。
「大きなため息だな」
斉藤は小さなテーブルを引き寄せると、その上にことんと音をたてて湯気のたつマグカップを置いた。
自分にはカフェオーレを、総司にはミルクココアを用意してくれたらしい。
手にとると、ふんわり甘い香りがたった。
「いったい、どうしたんだ?」
「……ため息の理由ですか? 聞きたい?」
「いつも幸せそうなおまえのため息の理由……ぜひ、聞きたいね」
自分は壁に凭れ佇んだままそう答え、カップを口に運んだ斉藤を、総司は見上げた。
焦げ茶の薄地のセーターとジーンズを細身に纏った斉藤は、いつも思うのだが、どこか土方に似た雰囲気を漂わせている。
それゆえなのか、二度ほど逢っただけで総司は斉藤に心を許し、友人となっていた。
むろん、それが同じ邪悪な魔を秘めているからこそだという事を、総司は全く知らない。
「土方さんの事なんです……」
きゅっとカップを両手で包み込みながら、総司は長い睫毛を伏せた。
「なんだか最近、すごく冷たくて……厭きられちゃったのかなぁって」
「まさか。あの人はおまえの事をとても大事にしてるじゃないか」
「それも一ヶ月前まではです。ここ一ヶ月、全然逢ってないし電話もなくて……」
「忙しいからじゃないのか?」
「それは確かだけど、でも……テレビとか新聞とかで見る限り、前とそんなに変った感じもないのに」
総司はショーウインドウの窓ガラスに凭れかかった。
それを、斉藤は鳶色の瞳でじっと見つめている。
「昨日、ぼく……思いきって電話したんです。ほら、10月31日ってハロウィーンでしょう? で、それにかこつけて逢えませんか?って。そうしたら……」
「そうしたら?」
「……断られちゃった」
淋しそうに答え、総司はまたため息をついた。
その時の事を思い出したのか、ちょっと潤んだ瞳で小さく笑ってみせる。
「パーティがあるって、だから駄目だって云われたんだけど……ううん、その事はいいんです。だって、忙しいあの人なら、よくある事だったから。でも……その後、土方さん、さっさと電話を切っちゃって。何だか、ぼくを疎んでるみたいだった」
「きっと傍に誰かがいたんだろう」
「違うみたい。外だったから。電話してる間もすごく冷たくて他人行儀で……ぼく、断られた事よりも、その方がずっと辛くて悲しくて……」
総司はきゅっと唇を噛みしめた。
「やっぱり、もうぼくみたいな男の子はいやなのかなぁ。綺麗な女の人の方がいいのかなぁ……」
「本気でそう思ってるのか?」
「わからないけど、でも……ついそんな風に考えちゃって。土方さんの気持ちが、ぼく……全然わからないや」
「なら、確かめてみるか?」
「……え?」
きょとんとした総司に、斉藤はくすっと笑った。そのままカップを置くと奥の仕事部屋へ行き、何かを手に戻ってくる。
総司の前に立つと、それをすっとさし出した。
「斉藤…さん?」
「パーティの招待状だ。土方さんから、この間受け取った。一人だけ同伴者OKとなっている、一緒に行こうか」
「え…えっ、そんな……っ」
総司は驚き、慌てて立ち上がった。
目の前にさし出された上質の封筒を見つめる。確かに招待状のようだった。中から出されたカードには、10月31日6時からという日時と、場所などが書かれてある。
「仮装パーティらしいな、これ」
斉藤は楽しそうに云った。
「ハロウィーンにちなんでだろうが、日本でこんな事をやるとはね。けど、土方さんが主催するパーティには何度か行った事があるが、なかなか盛大で洗練されたものだ。けっこう楽しめると思うよ」
「でも、そんな……招待されてないのに……」
「同伴者一人OKとなっている。おまえじゃ駄目だとは誰も云わないだろう? この招待状さえもっていけば入れるさ」
そう云ってから、斉藤は鳶色の瞳でまっすぐ総司を見つめた。
「そこで、はっきり聞いてみればいい。土方さんがおまえをどう思っているのか、白黒つければいいさ」
「……斉藤さん」
「大丈夫。おれがついている、いやだと思ったらすぐに連れて帰ってあげるよ」
「……」
それに、総司はぎゅっと両手を握りしめた。息をつめ、大きな瞳で招待状だけを見つめている。
だが、やがて、総司はその招待状を受け取ると、静かにこっくりと頷いたのだった……。
10月31日の夜だった。
総司は車から降り立つと、思わずちょっと息を呑んでしまった。
郊外の森奥につくられたホテル。
二階建のホテルは美しい邸宅風で、薔薇に美しく満たされた広大な庭園からも、別名薔薇ホテルと呼ばれているようだった。今も甘やかな芳香がここまで漂ってくる。造りは小さいが、高級なホテルである事は確かだった。
今、そのホテルの周囲には明かりが灯され、色鮮やかな仮装をした人々が笑いさざめきながら入ってゆく。まるで日本ではないようだった。
「なんか……すごいですね」
思わず声をひそめてしまった総司に、斉藤は笑った。
「まぁな。けど、おまえだってなかなかよく似合ってるよ」
「……」
それに、総司は自分の格好を見下ろした。
斉藤が用意してくれた衣装なのだが、それは可愛らしい妖精の姿だった。
真珠色のシンプルな上着に、きゅっと足首の処でしまった緋色のズボンを履いている。それに、ふわりと花びらのように幾重にもかさねられた真珠色のオーガンジー。
総司が歩くたび、それはふわりとひるがえり、ちらりと緋色が覗く様は艶めかしかった。どこかエキゾチックな雰囲気を醸しだしている。
ショートカットした柔らかな髪に小さな白薔薇を飾った姿は、どこから見ても可憐な少女にしか見えなかった。
「なんで、ぼくだけ仮装なんです」
桜色の唇を尖らし云った総司に、斉藤は肩をすくめた。
「おれも少しは仮装するよ」
すっと目元だけを隠す仮面をつけながら、云った。
その身にはカジュアルだが、黒っぽいスーツの上下を纏っている。逆に、タキシードや夜会服は厳禁とされていたのだ。
「それって仮装?」
「男はこれでいいのさ」
「ぼくだって、男です」
「けど、男の同伴者が男では、さすがに認められないだろう」
それに、ぐっと総司はつまってしまった。
斉藤の言葉も確かなのだ。こういうパーティの場合、同伴者は異性と限られているのがほとんどなのだから。
石の階段を上ってゆくと、玄関口で招待状の提示が求められ、厳重なボディチェックがなされた。昨今の物騒な事情から考えれば、当然のことだろう。
「わぁ……!」
総司は斉藤ともにホールに入ったとたん、感嘆の声をあげた。
大きなホールは、人で満ちていた。だが、庭も開放されてるためか、それ程息苦しさを感じさせない。
様々な仮装で着飾った人々、きらめくキャンドル、美しく飾り付けられた室内。シャンパングラスがきらきらと、シャンデリアの明かりを受けて輝いた。
そのすべてが、どこか幻想めいている。皆、ひそやかに言葉を交わし、誰もがまるでファンタジックな映画にでも出てくる者たちのようだ。
「すごく面白いですね」
総司は感心しながら、周囲を見回した。斉藤に訊ねる。
「いつも、こんな感じなんですか?」
「違うよ。やっぱり、ハロウィーンだからかな、色々趣向が幻想風にしてある。けど、基本的にお行儀のいいパーティだよ。土方さん自身、二通りのパーティを開くんだ。一つは政治関係の上っ面だけの豪華なパーティ。で、今回のように親しい友人や知人たちを呼んだ内輪の……だが、とても洗練されたパーティ。もちろん、おれはこっちのパーティの方が好きだけどね」
くすっと笑い、斉藤はすっと身をひるがえした。
「何か飲み物でもとってこよう。お腹が空いたなら、料理もとってこようか」
「ううん、一応少し食事してきましたし……大丈夫です」
「なら、飲み物をとってくるよ」
そう云って、斉藤は奥のバーの方へ去っていった。未成年である総司のために、ソフトドリンクでもとって来てくれるのだろう。
少し喉が渇いていた総司は、それを有り難く見送った。
だが、すぐにここに来た本来の目的を思い出し、周囲を見回した。だが、どこにも土方の姿はない。あの華をもつ彼ならすぐわかるはずなのに、何も感じ取れなかった。
それよりも───
(……え?)
総司は鋭く息を呑んだ。
一瞬、禍々しい程の魔が心の琴線にふれたのだ。
誰かが、闇の手でさっと一撫でしていったようだった。
(……な…に……?)
もの凄い威圧感だった。
そして、たまらなく魅惑されてしまう。
とろりと滴り落ちるような、邪悪で残酷な魔───……
「!」
総司は大きく目を見開いた。さぁっと体中の血が逆流するような感覚を味わう。
(これ、悪魔だ! それも、すごく強力な悪魔がここにいる……!)
今まで味わった事もない凄まじさだった。
まるで、青く澄み渡っていた空が、見る見る間に、真っ黒な雲に覆われてゆくような……。
(怖い……!)
思わず総司は後ずさった。
こんな事初めてだった。大天使である自分が恐れてしまうなど。
その事からも、一つの結論を導かせてしまう。
ここにいるのは、ただの悪魔なんかではない。
もしかすると、それは───
「……っ!」
あまりにも強力な魔の威圧感に、呼吸ができなくなり、総司は思わずきつく目を閉じた。
その瞬間だった。
不意に、ホールの奥にある大きな扉が開かれたのだ。わぁっと周囲から歓声があがった。
「!」
総司は驚き、そちらをふり返った。
そこには、大勢の人々に囲まれ、彼が立っていた。
主は仮装しないのか、淡いパープルのシャツに、黒っぽいスーツをその長身に纏っている。
ただ仮面だけはつけていたが、今、それを微かに笑いながら外したところだった。
端正な顔だちがシャンデリアの明かりの下、露になり、うっとりするほど綺麗な笑顔が人々にむけられた。
さらりと整えられた艶やかな黒髪、深く澄んだ黒曜石の瞳、微かな笑みをうかべた形のよい唇。
何もかも、思わず見惚れてしまうほどの端麗さだった。
握手を求められ、すっとさし出すしなやかな指さきまで、とても綺麗だ。
まるで、そこだけスッポトライトがあてられたようだった。
強く激しく、誰をも惹きつけてしまう華と艶。
それに、大天使である自分でさえ、こんなにも魅了されてしまっているのだから。
誰よりも、愛しくて愛しくてたまらないのだから……。
「……」
そんな事を考えながらぼんやり土方の姿を見ていた総司は、はっと気がついた。
いつのまにか、あの闇の気配が消え失せていたのだ。錯覚だったのかと思うほど、全く存在していない。
だが、錯覚ではなかった。あんな凄まじい闇の気配が偽りであるはずがない、あれは真実なのだ。
もう、その魔は消え去ったにせよ───
(今更……追うこともできない。ううん、ぼくに何とか出来るの? あんな凄まじい力……とても太刀打ちできない……)
初めてだと思った。
悪魔を恐れるなど、本当に初めての事だったのだ。だが、だからこそ、あれはただの悪魔ではありえなかった。
「……総司?」
不意に、傍らから声をかけられ、総司は思わずびくりと体を震わせてしまった。
慌ててふり返ると、そこには驚いた表情の斉藤がグラスを両手にもった状態で立っていた。
「どうしたんだ? 何かあったのか」
「……あ、う…ううん、何でもないんです」
総司は斉藤からグラスを受け取り、笑ってみせた。
「ありがとう。えっと……これは?」
「ジンジャーエールだ。甘すぎたか?」
「ううん。ぼく、お酒飲めないから」
「それに未成年だろ」
くすっと笑い、斉藤は自分も口にグラスを運んだ。彼のグラスにはスコッチが入ってるらしく、特有の濃厚な香りがたつ。
「土方さんが出てきたな」
遠く視線をやりながら、斉藤は云った。それに、こくりと頷く。
完全に壁の花になっている総司にちらりと視線をやり、斉藤は笑った。
「あの人のところに行かないのか?」
「だって……あれじゃ、近寄れない」
「だな。じゃあ、おれがあの人をひっぱり出してやろうか」
「え?」
きょとんとする総司に構わず、斉藤はその手からグラスを取り上げると、近くのテーブルに置いた。そして、かるく一礼してみせる。
「……踊って頂けますか?」
「え……えぇっ?」
総司は目を丸くし、呆気にとられた。
が、斉藤はもう既に総司の手をとり、踊りの輪の中へ入ってゆこうとしている。柔らかな音楽が流れる中、幾組かのカップルが軽やかにステップを踏んでいた。
慌てて、総司は斉藤を引き留めた。
「ちょっ……待って。駄目です、ぼく、踊れませんよ」
「大丈夫。ただ、おれにあわせて足を動かしていればいいから」
「でも……」
躊躇ったが、もうホール中央にまで出てしまっている。今更、逃げ出せなかった。
仕方なく総司は踊り始めたが、お世辞にもそれは上手いとは云えなかった。
斉藤が優しく教えリードしてくれるのだが、どうしても上手くいかない。
「ほら、こうして……右、左で……」
「えっと、あっ、ご、ごめんなさい……っ」
「いいって。ほら、下ばかり見てないで」
と云われても、顔をあげて踊ることなど到底できない状態だった。
もう転ばないよう、斉藤についてゆくだけで必死だ。
しばらく踊ってから、斉藤はくすっと笑った。
「やっぱり、相性が悪いのかな」
「ご、ごめんなさい……」
「いいさ。もっと適任者がいるし……それに、これで目的は果たした事になる」
そう云ってステップをやめた斉藤に、総司は「え?」と顔をあげた。とたん、すっとその手が他の男にとられる。
いつのまにか、総司の傍に誰かが歩み寄っていたのだ。
細い腰に腕を回され、ふわりと躯の向きを変えさせられた。
「……!?」
驚いて身を固くしたとたんだった。
甘やかなブルガリ・ブラックの香りに、馴れた感触に、総司は目を見開いた。
躯中が熱くなり、指さきが震えた。
「……ぁ……」
思わず後ずさりかけた処をまた強引に引き寄せられ、抱きすくめられる。
見上げれば、濡れたような黒い瞳が見下ろしていた。視線がからみあうと、甘く微笑みかけられる。
その力強い腕の中、総司は長い睫毛を震わせた。
小さな声で、彼の名を呼んだ。
優しくて冷たくて
気まぐれで。
世界中の誰よりも、愛しい男の名を。
「……土方…さん……」
魔法の夜はまだ始まったばかりだった───……
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