「……わかりました」
 小さな声で答えた総司に、伊東は気遣わしげな視線をむけた。
 冬の昼下がりだった。
 そこは、総司の部屋だ。ストーブと日射しで部屋の中はあたたかく、また暖色系で纏められたインテリアがとても柔らかな雰囲気をかもし出していた。
 総司が出してくれた紅茶を飲んでいた伊東は、カップを静かにソーサーへ戻した。そうして、低い声で訊ねる。
「今の言葉は、本当ですか?」
「……伊東さん」
「本当に、きみはわかっているのですか。この危険な状況を」
 伊東の言葉に、総司は黙り込んでしまった。じっと俯いたまま、手許を見つめている。
 そんな総司を鳶色の瞳で見つめ、静かに言葉をつづけた。
「今、悪魔に襲われればどうなるか……その危険を何よりも考えるべきです。悪への誘惑は恐ろしいものだと、きみもわかっているでしょう」
「わかっています。だから、大丈夫だと云っているのです」
 あくまで強情に云いはる総司に、伊東は僅かに苦笑した。ため息をつきながら、傍らのコートを引き寄せる。
「ならば、これ以上、何も云いません」
「伊東さん」
「ですが、もし少しでも不安を覚えたなら、私の処に来なさい」
「そんな……ご迷惑をかけられません」
 総司は、立ち上がりかけた伊東を見上げた。
「皆が大変な時なのに、そんな……」
「例の国の事ですか? 確かに数日のうちに発たなければならないと思いますが、それは私の方で何とか出来ます。きみは余計な事を考えず、療養に専念しなさい」
「……はい」
 俯いてしまった総司を、伊東は穏やかな瞳で見下ろした。手をのばし、そっと髪にふれる。まるで、祝福をあたえるように。
 はっと驚いて顔をあげる総司に、微笑みかけた。
「きみは相変わらず責任感が強い。一途で真摯だ。だが、それもきみが傷を負った一因でしょう」
「……」
「その事も考え、ゆっくりと療養しなさい」
 そう云うと、伊東はコートに腕をとおした。そのまま玄関へと向い、靴を履く。
 慌てて追ってきた総司を、伊東はふり返った。出ていきかけ、ふと思い出したように云った。
「先程の言葉、忘れないように」
「え?」
「傷を治す方法です。くれぐれも慎重に」
「はい……」
「お大事に」
 柔らかく微笑みかけ、伊東は出ていった。それを見送ってから、総司は部屋に戻りながら唇を噛みしめた。
 自分の失態だった。そのために悪魔を取り逃がし、挙げ句の果てには、こうして次の戦いに支障まで出てしまっているのだ。
 伊東にも迷惑をかけたに違いない。自分の不甲斐なさに、ため息が出た。


(情けない……どうしてこうなっちゃうんだろう)


 それでも、今は傷を癒すことに専念する他なかった。
 一日も早く回復し、悪魔たちとの戦いに復帰するべきなのだ。
 総司はハーブティでも入れようと、キッチンに入った。お湯をわかし、ガラスのポットにハーブの葉を二匙入れる。カップを取り出した処で、呼び鈴が鳴った。
 伊東が戻って来たのだろうか。
「はい……?」
 そう思ってドアを開いた総司は、とたん、息を呑んだ。
 立っていたのは、伊東ではなかった。
 黒髪に、黒い瞳。
 優しい笑みをうかべた、最愛の───
「土方さん!」
 思わず叫んでしまった総司は、慌てて両手で唇をおさえた。
 その可愛い仕草に、土方はくすっと笑った。
 仕事帰りなのか、すらりとした長身に、上質のスーツと黒いロングコートを纏っていた。ストイックでありながら、男の色香を漂わせるその姿に、思わず見惚れてしまう。
 総司の視線の先で、土方は玄関ドアを静かに閉めた。僅かに小首をかしげてみせる。
「邪魔だった、かな?」
「まさか」
 慌てて、首をふった。
「びっくりしちゃって、ごめんなさい。急に、どうしたのですか?」
「近くを通りかかってね。店の方が閉まっていたから、こっちに来たんだが……上がってもいいか?」
「あ、はい」
 慌てて頷いた総司に微笑みかけ、土方は部屋の中へ入った。コートとスーツの上着を脱ぎながら、総司に視線を走らせる。
 形のよい眉を、微かに顰めた。
「……具合でも悪いのか」
「え、違いますよ」
 総司は慌てて笑顔になった。
「ちょっと気まぐれに休んだだけです。だって、ほら、元気そうでしょう?」
「そうは見えない。気まぐれに店を休むなど、総司らしくない事だ。具合が悪いのではないか」
「だから、大丈夫です。何もありません」
 総司は必死になって否定し、お茶を入れますねと云いざま、キッチンに駆け込んだ。


 これは、悪魔との戦いで負った傷なのだ。
 そんなこと、土方に告げられるはずがなかった。いくら、彼が弱い魔力しか持たぬ悪魔であっても、悪魔は悪魔だ。大天使としての行動や結果など、告げられるはずもない。
 それに、総司は、土方が悪魔である事に、出来るだけふれないようにしていた。自分が大天使であることも。
 幾ら目をそらしても、事実は変わらないとわかっていても、恋人同士である自分たちが本来は敵対する立場であるなど、土方を深く激しく愛しているからこそ、考えたくないのだ。


 先程入れかけていたハーブティを、彼の分も入れる事にした。
 二つめのカップを取り出していると、土方がキッチンに入ってくる。それに、思わず身構えてしまう。
 自分の体調について追究されるのかと思ったのだ。
 だが、土方は、怯えたように身をすくめる総司を見て、僅かに苦笑した。
「そんなに怖がらないでくれ」
「怖がってなんか……」
「俺に、何か追究されるのを恐れているのだろう?」
 そう訊ねる土方に、総司は俯いた。それに嘆息し、穏やかな口調でつづける。
「なら……もう何も聞かないよ。俺は、おまえが嫌がることはしない」
 きっぱりと断言した土方に、総司は泣きそうになった。


 こんなにも優しい彼。
 どうして、彼が悪魔だったのだろう。
 もしそうでなければ、こちら側の者であれば、相談する事も出来たのに。
 こんなふうに、偽ることもなかったのに。


 俯いてしまった総司の細い肩に、土方はそっとふれた。とたん、総司がびくりと震えた。
 その一瞬、形のよい眉を顰めたが、土方は何も云わなかった。黙ったまま、総司の手許を覗き込み、柔らかく微笑いかける。
「ハーブティか? 俺が入れようか」
「え、土方さん、できるの?」
「もちろん」
 くすっと笑い、土方は総司のなめらかな頬にキスを落とした。それから、総司の手からティーセットを取り上げると、馴れた手つきでハーブティを入れ始める。
 やがて、ふんわりと漂うハーブの香りに、総司は、ほっと吐息をもらした。
「いい匂い……」
「そうだね。これは、ローズヒップが多めに入っているのかな」
「えぇ」
 こくりと頷いた総司を促し、土方はトレイを手にリビングへ戻った。ソファに二人並んで坐ってから、お茶を飲みはじめる。
 先程まで大天使伊東といた場所で、悪魔である土方と過していることに、総司は微かな罪悪感を覚えたが、ゆるく首をふった。


 彼は自分の恋人なのだ。
 互いの立場を理解した上で、愛しあった。
 今更、罪悪感を覚える事なんてないのに……。


「さっきまで、誰か客を迎えていたのか」
 突然の言葉に、総司はどきりとして息を飲んだ。
 カップを手にしたまま、呆然と、土方の方を大きな瞳で見つめる。
 それに気づいているのかいないのか、土方は目を伏せ、カップをテーブルに戻しながら云った。
「ここへ来る時、人とすれ違った。それで、総司の客だったのかなと思ったんだ」
「あ……」
 こくりと喉が鳴った。
 どう云えばいいのか、一瞬、迷う。
 だが、すぐに総司は自分を立て直すと、答えた。
「長いこと、お世話になっている人なのです。大学の教授をしていらして……」
「そうか」
「弟のように、ぼくの事を目にかけてくれているので、それで、店が休みだった事から心配して来て下さったのです」
「総司が人を家に入れるなど、珍しいね。余程、親しい間柄なのだろう」
 何か、男の声音に違和感を覚え、総司は彼の端正な顔を見上げた。それに、土方が切れの長い目で視線を返す。
 一瞬だったが、その黒い瞳に苛だちを認め、総司は、はっと息を呑んだ。


 彼は誤解しているのだ。
 自分以外の男がこの家に入ったことで誤解し、怒っている。
 違うのに。
 そんなんじゃないのに……!


 総司は慌てて身を乗り出し、彼の手を掴んだ。
「土方さん、誤解しないで」
「何が」
 土方は冷ややかな声音で訊ねた。それに、つきんと胸が痛くなりながら、必死に云いつのった。
「伊東さんとは、そんな関係とか全然ないのです。あの人はぼくの先輩で、随分前に奥様を亡くされているけれど、今でも亡き奥様の事を愛しておられるの。だから、ぼくと何かあるなんて、そんな」
「……」
「それに、ぼくには土方さんがいるでしょう? あなたしか、愛していない。あなただけがぼくのすべてだから……っ」
「……すまない」
 突然の謝意に、総司は目を見開いた。
 それに、土方はそっとなめらかな頬にふれながら、小さく苦笑した。
「邪推してしまった……すまない、おまえの事となると、俺も随分と狭量になってしまう。情けない話だ」
「土方さん……」
「嫉妬だな。総司を信じているつもりだったのに……隠し事をされている気がして、余計に苛立ってしまった」
「……ごめんなさい」
 思わず謝ってしまった。
 隠し事をしているのは、確かなのだ。それで、せっかく訪ねてきてくれた彼を苛立たせてしまったのも、自分のせい。
 長い睫毛を伏せ、悔恨に唇を噛んだ。
「……」
 そんな総司を、土方は冷たく澄んだ瞳で見下ろした。
 男の腕の中、小柄な躯で俯く総司はいたいけな小動物のようだ。愛らしく、だが、妙に嗜虐心を煽る。


 すれ違った男が誰かなど、わかりきった話だった。
 宿敵である伊東が自分のすぐ傍を通りすぎてゆくのを、先程眺めていたのだ。
 知らぬ間柄ではなかった。だが、むろん、旧知をわかちあうような仲でもない。それどころか、魔王たる己にとって、最も目障りで厄介な存在だった。総司の信頼と尊敬を受けていると知っているからこそ、尚のことだ。
 恋愛関係ではなくとも、総司が自分以外の誰かに心を許すなど、不愉快極まりない。しかも、総司が隠し事をし、それを伊東には打ち明けたのだろうとわかるだけに、苛立ちはよりつのった。
 どれ程力が弱いとしても、むろん、それは大きな偽りだが、悪魔として存在している彼に、総司が大天使のことを話すはずがない。
 常ならそれで構わぬ事だったが、今回は、どう見ても、総司は体調を崩している。それが明らかなだけに、土方は、何も打ち明けようとしない総司に、苛立ちを覚えずにはいられなかった。


 土方は黙ったまま総司の躯を強く抱き寄せた。
 白い首筋にキスを落し、ゆっくりとソファの上に組み伏せる。そうして、すぐさま小柄な躯にのしかかった。
 男の行動に、総司は驚いたように目を見開いた。
「……土方、さん……?」
「おまえが欲しい」
「え」
「総司、おまえを抱きたい」
 はっきりと言葉に出した男に、総司は頬を赤らめた。身体にふれる大きな手のひら、逞しい身体、男の匂い。それらが総司の身体と心を、ふわりと浮きたたせる。
 思わず両手を彼の背にまわしかけた。だが、すぐ、はっと我に返った。


 今は駄目なのだ。
 彼に、この身体を見られる訳にはいかない。


 慌てて首をふり、土方の肩を押し返した。
「だ、だめ……! 今日は……」
「今日は何?」
「そういう気分になれなくて、だから……っ」
「……」
 土方は目を眇めた。しばらく黙っていたが、やがて、微かに口角をあげてみせる。
「俺に隠し事をしているから?」
「土方さん……」
 総司は目を見開いた。一瞬、抵抗する力が緩んだ。
 その隙に、男の手がするりとセーターの中へ滑り込んだ。柔らかなセーターを捲り上げ、いつものように白い肌へ口づけを落とそうとしてくる。
「だめ……っ」
 そう叫んだ瞬間だった。
 土方の手がとまった。驚愕と、激しい感情の迸りを感じる。
 おそるおそる見上げれば、男の視線はまっすぐ傷にあてられていた。総司の脇腹にある、異常な傷だ。
 やがて、すうっと切れの長い目が細められた。珍しく怒気を露にした土方が、ゆっくりと低い声で訊ねた。
「……誰にやられた」
「……っ」
「総司、誰にやられたかと聞いているんだ」
「……」
 総司は黙ったまま、俯いた。
 彼にどう告げればいいのか、それさえわからない。どう云えば、彼を傷つけずにいられるのか。
 大天使として負った傷のことなど、彼に知られたくなかったのに……。
「ごめん…なさい」
「総司」
「今は答えたくないの……ごめんなさい、土方さん」
 総司はのろのろと起き上がり、土方を見上げた。泣いてはいけないと思うのに、瞳が潤んでしまっているのが自分でもわかる。それに気づいた土方が、痛ましげに眉を顰めた。
「総司……」
 そっとふれようとした手から、軽く身を捩ることで逃れた。そうしてしまった自分にショックを受けつつ、総司は小さな声で云った。
「お願いです。今日は帰って下さい……一人になりたいの」
「……」
「お願い、土方さん」
「……わかった」
 沈黙の後、土方は低く答えた。
 静かに身を起こすと、立ちあがり、脱ぎ捨てていたコートを拾いあげる。そのまま総司の方をふり返らぬまま出ていこうとする土方に、総司は慌てて立ち上がった。
 彼に嫌われたのではないか、そんな思いが頭をよぎった。こちらに向けられた広い背が自分を拒絶しているように感じる。彼を拒絶してしまったのは、自分の方なのに。
「土方さん、ごめんなさい」
 思わず玄関先まで追いすがった総司に、土方はふり返った。
 不安そうな総司を見ると、微かな苦笑をうかべる。手をのばし、そっと頬にふれた。
「大丈夫、怒っていないよ」
「土方さん……」
「ゆっくり休むといい。また来るから」
 優しいキスを落としてから、土方は開いた扉の隙間から出ていった。ふわりと彼の黒いコートがひるがえる。
 それを見送る間もなく閉じられた扉に、総司は泣き出しそうになった。そのまま玄関先でしゃがみこみ、自分の肩を抱きしめる。


 ぼくは、なんて弱いのだろう。
 愛しているのに。
 いつも一緒にいたいと、願っているはずなのに。


 固く瞼を閉ざした総司は、小さな嗚咽をもらした。













 高層ビルの最上階だった。
 不夜城都市の夜景は美しく、魔の香りに満ちている。
 ビルの端に佇んだ男は、その光景を悠然と見下ろしていた。
 黒い皮のジャンパーに、セーター、ブラックジーンズという若い男らしい恰好だが、その逞しい背に広げられた漆黒の翼が、彼がどのような存在であるかを知らしめる。
「……」
 じっと見下ろしていた土方は、突然、その目を細めた。切れの長い目の眦がつりあがり、端正な顔が厳しく引き締まる。
 戦いの始まりを告げるように、ゆっくりと両手をひろげた。そのまま一歩宙へ踏み出せば、広げられた翼が闇に輝いた。
 ばさっと音をたて、土方は飛び立った。しなやかに旋回しつつ、眩いばかりの不夜城都市の真っ只中へ降下してゆく。むろん、誰もその存在に気づかない。否、気づいたとしても、それは悪魔のみなのだ。
 だが、今夜、土方は己の気配を完全に消し去っていた。魔王としての存在そのものを消し去り、一人の男として夜の街に現われたのだ。
 裏路地に降り立った土方は、表の雑踏に視線をやった。その中を縫うように歩く男を見据え、唇を引き結ぶ。
 男は何度も周囲を見回し、歩いていた。明らかに何かを探し求めているのだ。周囲にはわからないだろうが、男が悪魔であることは、むろん、土方にはよくわかっていた。
 橘という男であり、上級悪魔だ、顔もよく見知っている。もっとも、土方の側近とは云えぬ者であり、それどころか、土方の存在を疎ましく思っている側の者だ。
 魔王である彼の力は強大であり、ほとんどの者が彼を崇め敬いひれ伏していたが、少数であっても逆らう者はいるのだ。
 橘の歩みが突然、とまった。すると、その前にある店から、一人の少年が出てくるのが見える。
 華奢な身体つきの少年を見た瞬間、土方は僅かに目を細めた。


(……総司)


 傷が癒えた訳ではない。
 だが、それでも日常の様々な事をせぬ訳にはいかないのだろう。
 買い物帰りなのか、総司は紙袋を抱えていた。今からアパートへ帰る処なのだろう。
 一瞬、どうしようかと土方は思った。橘の前で、総司に近づき、声をかけた方がいいのか。だが、それをしなければ、今夜にでも奴は総司を再び襲うかもしれないのだ。いくら大天使であっても、まだ傷の癒えていない総司では、十分戦えるかどうか。
 橘が総司に傷をあたえたことで、快楽を覚えたのは確かだった。それも極上の快楽だ。だからこそ、総司を再びつけ狙い、今度こそ、そのすべてを貪り尽くそうとしているに違いなかった。
 総司が、この魔王たる土方のものであると、知っていながらの行為だ。


(身の程知らずが)


 吐き捨てるように呟き、土方は足を踏み出そうとした。その時だった。
「──総司」
 まるで計ったように、声が響いた。
 見ると、敏捷な動きの若者が総司へと歩み寄る処だった。斉藤だ。紙袋を受け取り、笑顔で話しかけている。
 待ち合わせをしていた訳ではないらしく、総司は驚いていた。そのまま二人立ち話をした後、総司の家へと歩きだす。角を曲がる際、斉藤がちらりとこちらに視線をやったのがわかった。
「……」
 土方は壁に凭れかかると、唇の端を微かにあげた。
 どこで何を知ったかわからぬが、総司のことを案じた斉藤が自ら出て来たのだろう。おかげで、橘は退散したようだが、むろん、これで終わりではない。否、むしろ、問題はこれからなのだ。
「総司を……移すしかねぇな」
 低い声で呟き、嘆息した。己のスケジュールを頭の中で繰ってみる。二日程なら都合がつけられるだろうと判断し、壁から背を起こした時だった。
「土方さん」
 傍らから、斉藤が声をかけてきた。むろん、彼が近づいてきていたのは、先刻から承知の上だ。
 土方は切れの長い目を斉藤にむけ、微かに笑ってみせた。
「総司は無事送り届けてきたのか」
「えぇ」
 頷いた斉藤を、眺めた。
「おまえ、事情を知っているのか」
「知りませんよ。たまたま総司の店を訪れて留守だったので、こちらに歩いてきたのです。総司は体調が悪そうですね」
「傷を負っている」
「それはそれは」
「魔の傷だ。さっき、橘がいただろう。あいつが傷を負わせた」
「……」
 斉藤は無言のまま、目を細めた。だが、その瞳には、怒りのかげろいが揺れる。
 それに視線をむけぬまま、土方は再び壁に凭れかかった。裏路地のため、人通りはない。
 否、土方が結界を張ったため、辺りは都会の夜とは思えぬほど静まりかえっていた。冷たい夜の底で、魔王とその右腕である上級悪魔は言葉をかわす。
「しばらくの間、総司を東京から遠ざける」
「どこへ」
「そうだな……」
 土方は僅かに目を眇めた。
「本当なら海外がいいが、俺の休みも2日が限度だ」
「となると、国内ですか。あなたの別荘はどうです」
「軽井沢か」
「えぇ。あそこは別荘地でも奥まった処にあるから、好都合だと思いますが」
「……」
 視線を落とし、考え込んだ。


 確かに、あの別荘は好都合だった。
 賑わいから遠く離れ、雑木林の中にぽつりと建っているコテージだ。土方自身の持ち物であり、時折、息抜きに使っていた。
 とくに冬はいい。雪に閉ざされはするが、その分、冷涼で静かな気が満ち、力も得やすい。
 総司を守るための結界も、より強固に張れるだろう。


 黙ったまま踵を返した土方に、斉藤は安堵した表情になった。
 何も云わないという事は、自分の意見を受け入れた証だ。もっとも、魔王である土方の考えは、いつもながら掴めぬのだが。
 この後、どう行動するつもりなのかも。
「……」
 歩み去る男の背を見送り、斉藤は小さく唇を噛んだ。
















軽井沢で魔王さま土方さんと過ごす、冬休みです。つづき、読んでやって下さいね♪


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