久しぶりの戸外だった。
 陽光の下を歩くのはとても心地よく、風が髪をさらさらと揺らしてゆく。
 手を繋いでだと歩きにくい事に気づいた土方は、そっと腕に掴まらせてくれた。縋るような形になったが、彼のぬくもりをより近く感じることが出来て嬉しい。
 本当の恋人同士みたいだと思った。
 むろん、いつもならこんな事は出来ない。
 愛していると、もしも──もしも告げて、両思いになれたとしても、彼が新撰組副長で、総司が一番隊組長である限り、こんな事できるはずがなかった。
 でも、今は違う。
 今、総司は目が見えない若者であり、土方はそれを世話する隼人という男なのだ。そうであると信じている限り、この優しい世界はずっと守られる。
 それは、まるで硝子玉のような世界だった。


 綺麗に透きとおって、でも、脆く壊れやすい硝子玉……。


「あっ」
 不意に、総司が小さく声をあげた。足先をひっかけたのだ。
 転びかけたが、すぐさま土方が腰に手をまわして支えてくれた。それに、総司が彼の胸もとへ身をよせる。
「……っ」
 思わず息をつめた。
 外で感じる男のぬくもり、肌の匂いは、また違っていた。
 こうしていると、小柄な自分は、長身である彼の躯にすっぽりと包みこまれているようだ。
「少し休もうか」
 掌に綴られ、小首をかしげた。
 だが、つづけられた言葉に、ぱっと顔を輝かせた。
「甘味処がある」
「えっ、本当に?」
 総司の声が弾んだ。
「じゃあ、休みましょう! 甘いもの食べたいなぁと思っていたのです」
 たちまち元気よくなった総司に、土方は声を殺し笑っているようだった。それにちょっと唇を尖らせると、かるく指さきで突っつかれた。
「そんな顔するな」
「だって」
「口づけたくなる」
「な……っ」
 総司の頬がかぁっと熱くなった。慌てて土方に背をむけて歩きだそうとするが、また、転びそうになってしまう。
 細い腰をすくうように抱きよせられ、ますます耳朶まで赤くなった。
 恥ずかしくてたまらない。
 周囲が見えないが、実際は、他に人もいるのだろう。


 なのに、こんな事するなんて。
 土方さん、変に思われちゃうよ?


「い、行きましょう。ほら、早く」
 総司は土方の腕を掴み、かるく揺さぶった。それに、ちょっと吐息をもらしてから、土方は歩き出した。
 甘味処はすぐ近くにあり、二人はすぐさま暖簾をくぐった。
 少し考えてから、土方は、総司を奥の席に坐らせた。衝立もあるので、あまり人目にはつかない。
 しばらくすると、注文した団子が運ばれてきた。それを食べて、「おいしい」と嬉しそうに笑う総司に、土方は頬を綻ばせた。


 ずっと昔、総司が子どもの頃も。
 こうして甘いものを、食べさせてやったものだった。
 試衛館の門前を箒で掃いている宗次郎に歩み寄り、懐から包みを出してやると、少年の顔がぱっと輝いた。
 何度も礼を云い、はしゃぎ喜ぶ宗次郎の姿に、こんなに喜んでくれるのなら、菓子ぐらい幾らでも買ってきてやると思ったものだ。


「うまいか」
 掌に綴ると、総司はこくりと頷いた。
「とってもおいしいですよ。隼人さんもどうですか?」
「甘いものが苦手」
「あ……ごめんなさい」
 何を謝っているのかわからないが、総司はどこか慌てたように湯飲みを口にはこんだ。少し慣れてきたのか、うまく飲めている。
 それを眺めつつ、土方も茶を一口飲んだ。
 すると、総司がまた訊ねてきた。
「ここには……よく来るのですか?」
「少しだけ」
「甘いもの苦手なのに? もしかして……恋人を連れて来たりしたの?」
「……」
 驚いて顔をあげると、総司は思いつめたように唇を噛みしめていた。


 もしかして、妬いているのだろうか。
 ここに女性を連れてくる彼を想像し、やきもちを妬いている?


 しばらく考え込んでから、土方は悪戯っぽい笑みをうかべた。ゆっくりと綴る。
 総司が全身で、その指の動きを追っているのがわかった。
「連れて来た」
 とたん、総司の白い頬が強ばった。さっと手を引っ込めようとする。
 それに、土方は喉奥で笑いを殺しながら、引きとめた。もう一度、書き綴る。
「今、連れて来た」
「えっ」
「恋人は、おまえだ」
 男の言葉に、総司は小さく「……あ」と声をあげた。たちまち、なめらかな頬が鮮やかに紅潮する。
 しばらく黙っていたが、やがて、おずおずと問いかけた。
「本当…に?」
「本当、総司だけが恋人」
 できるだけ心をこめて書いた土方に、総司は何度も何度も頷いた。嬉しいと頬を染めて喜び、ぎゅっと彼の手を握り返してくる。
 そして、云った。
「私も…です。私も、あなただけに恋してます」
 一途な言葉に、土方は微笑んだ。


 ずっと愛してきた相手からの、告白。
 夢にまで見た、言葉。
 だが、それは今、偽りの男に捧げられたものなのだ。決して、彼自身に向けられたものではない。
 その事を理解していながら、それでも、純粋に嬉しかった。
 今だけ。
 幸せな今だけは、どうか許して欲しい。
 そう──心から願って。


 土方は総司の頬をそっと撫でてやると、好きだと、己の気持ちを綴ったのだった。












 帰り道だった。
 いつのまにか日は傾き、白い道に、手を繋いで歩く二人の影が長くのびてゆく。
 それを眺めながら歩いていた土方は、突然、総司が「あ」と声をあげるのを聞いた。
 ふり返ると、ゆるく頭をめぐらせている。
「何だ」
「花の匂い。とてもいい匂いがしますよね」
 やはり、敏感になっているのだろう。
 土方は己の気づかなかったことに気づいた総司に、少し驚きながら視線を走らせた。
 総司の言葉どおり、すぐ近くの道ばたに花が咲いていた。
 山茶花だ。甘やかな香りを放っている。
「……」
 土方は歩み寄ると手をのばし、それを手折った。そっと、総司の耳もとにさしてやる。
 黒髪に白い花。
 まるで、そこに花が咲いたようで、とてもよく似合った。
「何の花……?」
「山茶花だ」
 総司は少しくすぐったそうに首をすくめ、笑った。指さきで花びらにふれる。
「いい匂い」
「……」
「ありがとう、隼人さん」
 むけられたきれいな笑顔に、どきりとした。
 花で飾られたからだろうか。若者は、匂いたつように艶やかだった。
 清楚で瑞々しくありながら、どこか甘い艶を漂わせる総司に、くらりと酩酊してしまいそうだ。
 土方は思わず手をのばし、総司の細い腰に腕をまわした。その華奢な躯を抱きよせれば、山茶花が甘く薫る。
「……隼人、さん?」
 不思議そうに問いかける総司の首筋に、口づけを落とした。とたん、驚いて、びくんっと身をすくませる総司が可愛らしい。
「早く帰ろう」
 そう綴ると、総司は小首をかしげた。
「どうしてですか?」
「抱きたい」
「え」
「おまえを抱きたい」
 彼の言葉に、たちまち、総司の顔が真っ赤になってしまった。
 小さく首をふると、恥ずかしそうに男の胸もとへ顔をうずめてくる。その初々しい仕草こそが、彼を煽っていると知らぬままに。
 土方は総司の肩を抱くと、先程よりは少し足早に家へ向った。総司も黙ったままついてくる。
 家に入ると、中は薄暗かった。
 茜色の夕陽が障子ごしに射し込んでいるが、明かりを灯さなければ薄暗い。
 だが、土方はそんな事に構わず、総司の躯を抱きしめた。戸を閉めたとたん、深く唇を重ねる。
「っ…ん、ふ……っ」
 男の腕の中、総司が甘い喘ぎをあげた。細い指が彼の胸もとにあてられる。
 二人は何度も口づけをかわしあいながら、もつれるようにして框を上がった。そのまま部屋の畳の上へ引き倒されたが、総司は抗い一つしなかった。
 性急な彼の求めにも応じ、柔らかく躯を開いてゆく。たちまち、総司の甘い息づかいと花の香りに、部屋は満たされた。
 すると、総司の背と腰に男の腕がまわされた。そのまま、ふわりと抱きあげられる。
「……え」
 若者の細い躯を抱いたまま、土方は部屋を横切った。男の腕の中、総司が不安げに身じろぐ。
「隼人さん……?」
 どこへ連れてゆかれるのかと思ったが、その答えはすぐ得られた。湯の匂いでわかったのだ。風呂場だ。
 くるくると着物を脱がされ、総司は顔を赤らめた。
 己からは見えないだけに、尚更恥ずかしい。相手も裸になっている事はわかるのだが、見られているのは自分だけなのだ。
「や……っ」
 思わず身を縮めた総司に、土方が苦笑する気配がした。そっと手をひかれ、風呂場に招き入れられた。
 ちょうど沸かした処だったようで、あたたかな湯気が二人を包みこむ。
 土方は羞じらう総司を床に坐らせると、丁寧に躯を洗った。目隠しをとる事はなかったが、髪も指さき一つまで綺麗に洗ってゆく。
「…ぁ、ん…」
 可愛らしい声で身を捩る総司に、土方は目を細めた。
 濡れた肌がふれあい、心地よい。
 人の肌とはこんなにもすべらかで、気持ちよいものなのだ。
 気がつけば、洗い場で二人、固く抱きあっていた。その肌に、唇に、甘い愛撫をあたえてやると、総司も手探りでおずおずと彼の肌にふれてくる。
 細い指さきが彼のものを掠め、思わず息を呑んだ。
 欲しくて欲しくてたまらなくなる。
「ぁ、や…ぁ、ッ」
 洗い終わった後、そのまま蕾に指をさし入れると、総司が小さな声をあげて身もがいた。白い肌がほんのり桜色に染まり、艶めかしい。
 それに欲しくて堪らなくなったが、堪え、丹念に蕾をほぐした。
 やがて、そこが熱くとろけてゆく。
 土方は総司の頬が上気しているのを確かめ、細い腰を掴んでもちあげた。ゆっくりと、男の猛りの上へ腰を落とさせる。
 とたん、総司が悲鳴をあげた。
「ひぃ、あー…ッ」
 痛いほど、両手が彼の肩口にしがみついてくる。それを抱えこむようにして、最奥まで貫いた。
「…や、ぁッ…ぅ……っ」
 総司はぽろぽろ涙をこぼし、土方に縋りついた。やはり初めは痛いのだろう。
 それを少しでも和らげてやろうと、土方は総司の細い躯を抱え込んだまま、優しく背を撫でてやった。首筋や頬に、口づけを落としてやる。
 その甲斐もあってか、やがて、総司の躯から力が抜けた。頬にも赤みが戻ってくる。
 それを確かめ、緩やかに揺さぶりをかけ始めると、甘い声が泣いた。
「…ッ、ぃ…ぁあっ、ぁッ」
 細い腰を掴み、上下に動かした。それと共に、彼自身も突き上げ、蕾の奥を穿ってやる。
 ねっとりと絡みつくような熱が、土方に、目眩みするほどの快楽をもたらした。思わず息が荒くなり、呻きそうになる。
 総司は揺さぶられるまま泣きじゃくり、艶めかしく身悶えた。
 半開きになった桜色の唇も、紅潮した頬も、たまらなく愛らしく色っぽい。
 胸の乳首をぺろりと舌で舐めてやると、一際、声が甘く掠れた。
「ぁ、ぁあ…っ、も…やあぁッ」
 快感のあまり、総司がいやいやと首をふる。
 その項を掴んで引寄せ、深く唇を重ねた。
 そうしたまま、一気に最奥まで貫いてやると、くぐもった悲鳴がもれる。
「…っ…ッー…!」
 とたん、総司のものが弾け、男の引き締まった腹から胸に白い蜜が飛び散った。
 それと同時に、柔らかな蕾が彼のものをきゅうっと締めつける。
「……っ」
 とっさに喉奥で声を殺し、きつく目を閉じた。
 腰奥に注がれた熱に、総司はうわごとのように声をあげた。
「ぁ、ぁ…つ…ぃッ、ぁあ……っ」
 注がれる事にさえ感じているのか、土方の肩口にしがみつき啜り泣いた。それがまた男を刺激し、熱く煽ってゆく。
 いったん躯を離してから、濡れたまま抱きあげた。
 湯につかる事なく外へ出ると、手早く拭い、二人もつれあうようにして部屋へ戻った。
 裸身のまま畳の上へ押し倒された時、総司は甘い吐息をもらした。誘うように両手をのばし、彼を求めてくる。
 それに堪らず、土方は総司の細い躯を抱きすくめた。むしゃぶりつくように、白い肌のあちこちに口づけ、また深く交わってゆく。
「ッ、ぁああ…ッ」
 彼の腕の中、総司が甘い悲鳴をあげ、仰け反った。
 それをもっと感じたくて、激しく抱いた。


(総司、愛してる……!)


 愛しいものをこの腕に抱いている。
 その事に目も眩むほどの幸せを感じつつも、刻一刻と迫る夢の終りに、土方はきつく唇を噛みしめた。 












 翌朝の事だった。
 気が付けば、陽の光が柔らかく二人の褥に降りかかっていた。あたたかく心地よい。
 それを感じながら、総司は小さく身じろいだ。
 昨夜は交わり愛しあったまま気絶するように眠ってしまったため、その後の事は知らない。
 だが、土方が綺麗に清めてくれたようだった。きちんと寝着を着せられ、褥の上に寝させられている。
「……」
 手でさぐると、すぐさま抱き寄せられた。総司は微笑み、男の胸もとに身を寄せる。
 優しく抱きすくめてくれる彼が愛しかった。


 ずっと、このまま一緒にいれたらいいのに。
 こうしていつまでも、彼の腕の中で微睡んでいたいのに。


 だが、現はそれを許さないのだ。
「!」
 突然、総司はびくんと肩を震わせた。
 誰かが戸を叩いたのだ。
 荒くはないが、静かに。
 あの世話をしてくれている女性のはずがなかった。こんな朝早く訪れてはこないのだ。
 では、いったい誰なのか。
「……」
 土方も息をつめ、様子をうかがっているようだった。
 そこへ、外から声がかけられた。
「総司、起きているか? 斉藤だが……」
「!」
 ひゅっと息を呑んだ。
 思わず、土方の胸もとにしがみついてしまう。
 いっそ、このまま知らぬ顔でいた方がいいのかとも思った。
 だが、そういう訳にもいかないだろう。せっかく訪ねてきてくれた友を、そんな形で欺きたくなかった。
 総司は躊躇いがちにだったが、小さく返事をした。
「はい。今開けます……」
 そっと身を起しても、土方は引き留めなかった。ぬくもりが離れてゆく。
 総司は寝着の上に丹前を羽織ると、戸口に向った。土方は奥の部屋にいるので、戸口からは伺えない。
「……斉藤さん」
 背に、愛しい男の気配を感じながら、総司はゆっくりと戸を開けた───。