土方が自分を憎んでいることはわかった。
少なくとも、愛されてはいない。再会してから優しくしてくれたのも、自分を捕らえ復讐するためだったのか。
当然だろうと思った。
自分はあんなにも優しく愛してくれた土方を裏切り、傷つけ、屈辱と怒りを味わわせたのだ。憎まれて当然だった。
いっそ告げれば良かったのかもしれない。
あなたのためを思ってした事なのだと。だが、今更、それは云い訳にすぎぬとすぐさま思い返した。
土方の気持ち、想いを考えず、一方的に切り捨てようとしたのは、確かなのだ。
「恨んで……憎んでいるの?」
そう訊ねた総司に、土方は何も答えなかった。ただ、黒い瞳が昏い炎だけを湛えている。
そこに、総司は、無言の答えを感じとった。
冷たい水のような絶望が、全身を浸してゆく。まるで、ひたひたと沈む底なし沼のように。
呆然と目を見開いていると、土方が総司の顔を仰向かせてきた。唇を重ねられる。
「……っ…ぅ…」
あの頃とはまるで違う、噛みつくような口づけだった。そのくせ、激しく濃厚な口づけに、躯の芯がじんわりと痺れてゆく。
土方は唇が腫れぼったくなるまで吸い、舌をからめた。柔らかな舌が総司の口腔を犯し、舌裏まで舐めまわされる。そのたびに、総司はびくびくと躯を震わせ、目を閉じた。
頭の中がぼうっと霞んでゆく。溺れこんでしまいそうな、口づけだ。
気がつけば、総司は土方との口づけに、夢中で応じていた。頬を紅潮させ、無意識のうちに身を寄せる。躯が密着し、互いの熱い体温を痛いほど感じた。
「んっ…ふ、ぁ……っ」
男の熱い唇が首筋へ押しつけられた。あちこちに鮮やかな花びらを散らしながら、なめらかな肌にすべらせてゆく。乳首も唇にふくまれた。舌で転がされ、自分でもおかしいと思うほど声をあげてしまう。
「ぁっ、ぁあっ…んっ──」
土方を抱きしめたいと思った。彼を抱きしめ、今も愛していると告げられたら、どんなにいいだろう。
だが、土方が信じるはずもなかった。それに、誇り高い彼が裏切り者を再び受け入れるなど、考えられない。
やがて、土方の手が総司の下肢の奥を探った。ゆっくりと丁寧にほぐしていきながら、訊ねられた。
「ここに……男を受け入れていたのか」
「……そん、な……っ」
総司は目を見開いた。まだ口づけに濡れた唇が震える。
「そんなの……ある訳……」
「あって当然のことだ。あの夜、おまえは、他の男と契りを結んだと云った」
「……」
「今も……逢っているのか」
低い声で問いかけられ、総司は息を呑んだ。ふるりと首をふったが、それを土方が信じていないのは目に見えてわかった。
これ以上何を云っても無駄だと思った。
黙ったまま顔をそむけ、きつく唇を噛みしめた。土方は眉を顰め、忌々しげに舌打ちした。
「……畜生ッ」
乱暴に蕾から指が引き抜かれ、膝を抱えあげられた。蕾にあてがわれた熱に、びくりと身が竦む。
土方はそのまま腰を進めてきた。小さな蕾に男の太い猛りが突き入れられてくる。
「ぃッ、ひっ───」
総司は躯を裂く苦痛に、悲鳴をあげた。久しぶりなのだ、容易に受け入れられるはずがなかった。
「や、ぃ、やだ…っ、ぁう…っ」
泣きながら首をふり、必死に上へずり上がろうとする。きつく指を握りこみ、足が宙を蹴った。
土方は、細い肩を掴み、荒々しく引き戻した。根本まで男の太い猛りを受けいれさせる。
「ぃ、やあああーッ!」
一気に最奥まで貫かれ、あまりの苦痛に泣き叫んだ。のけぞった白い喉が震えている。
ぽろぽろと涙がこぼれた。
泣きじゃくる総司の様子に、土方は眉を顰めた。すかさず手で探ってみたが、切れてはいない。
その事に秘かに安堵しつつ、低い声で云った。
「……息を吐け」
「ゃッ、い…たぃ、痛…ッ」
「おまえもわかっているだろう。ほら、息を吐くんだ」
「……ぅッ、ぁ、は、ぁあ…っ」
「そうだ……いい子だな」
土方は、総司が少しでも楽になるよう、その首筋や胸もとに唇を這わせた。手首を縛っていた帯も解いてやり、総司のものに指をからめ、優しく扱いてやる。
傷つけたい訳ではなかった。泣かせたいのでもないのだ。
ただ、愛したかった。
己だけの総司に、戻って欲しかったのだ。
「総司……総司……っ」
譫言のようにその名を呼びながら、土方は総司の細い躯を抱きしめた。深く繋がったままの下肢なので、彼が動くたび、総司が小さく悲鳴をあげる。
その頬をつたう涙を唇でぬぐった。ゆっくりと腰を動かし始める。
「ッ……」
一瞬、総司が躯を強ばらせたが、優しく気づかう男の動きに安堵の吐息をもらした。潤んだ瞳で彼を見上げる。
総司自身、彼を拒みたい訳ではなかった。
だが、不意打ちのように訪れた土方との交わりは、苦痛をもたらした。もともと、歴然とした体格差なのだ。逞しい長身である土方を受けいれるには、総司の躯は華奢で小柄すぎる。
それでも、二人がつきあっていた頃は、何度も彼を受け入れた。そのため、苦痛の先にある快感を知っている。
総司は目を閉じ、おずおずとだったが、土方の背に手をまわした。早く快感を得て、もっと深く彼を受け入れたい。彼を少しでも喜ばせたい。
どんな形であれ、この人が自分を求めてくれるなら、これ程嬉しい事はないのだから。
「……」
素直に躯を開く総司に、土方は目を細めた。そっと頬に口づけ、ほっそりした躯をすくいあげるように抱きしめる。
「俺の総司……」
「……ぁ、ぅ…ぁ、土方…さん……」
「俺のものだ。おまえは……俺だけのものだ」
土方は総司の躯を膝上に抱きあげると、無我夢中で頬を擦りよせた。大きな掌で躯のあちこちを撫でまわし、唇を押しあててゆく。
再び畳の上に押し倒され、大きく両膝を広げられた。露になった蕾に男の太い猛りが突き入れられる。
「ひっ、ぁ…ぁあっ」
総司は仰け反り、悲鳴をあげた。やはり、無意識のうちに躯が逃げを打つ。
その肩を掴み、のしかかるようにして腰を打ちつけた。総司の躯は知り尽くしている。この清らかな少女のような躯に、男を教え込んだのは土方自身なのだ。
土方は、総司の感じる箇所だけを根気よく突きあげた。先端でぐっぐっと押しあげると、総司の唇から甘い啜り泣きがもれる。
「ぃッ、ぁあっ…く、ぅ…ッ…」
「気持ち…いいか? 総司……」
「やっ、ぃやあっ、ぁんっ…ぁ…ぁあッ」
なめらかな頬が薔薇色に上気するのを見てとると、土方はもう容赦しなかった。己の欲望のまま、激しく揺さぶりはじめる。
「ぁッ、そん…なっ、激し…ぃやあッ」
「……すげぇ…熱……っ」
「ふっ、ぁあッ、ぁああんっ、ぁ…っ」
男の太い楔が濡れそぼった蕾に抜き挿しされた。そのたびに、ぐちゅぐちゅ鳴る淫らな音に、総司がいやぁっと泣きじゃくる。羞恥に目元を染める様が、たまらなく可愛いかった。
汗ばんだ髪をかきあげ、唇を重ねる。舌を絡め、互いを求めあった。
二人、快楽の頂きへとのぼりつめてゆく。
「ぁッぁあっ、土方…さん……っ」
総司が濡れた声で、彼の名を呼んだ。男の肩を抱き、しがみつく。
それを抱きしめ、土方は激しく腰を打ちつけた。男の太い楔が蕾の奥を穿ち、強烈な快感が背筋を突き抜ける。
「……総司っ、く…っ」
「ッ! ぃぁああ……っ」
総司が甲高い悲鳴をあげた瞬間、蕾の奥に男の熱が叩きつけられていた。感じる部分に勢いよく注がれ、その刺激に目の前がまっ白になる。素早く掴んだ男の掌の中、総司のものが蜜を吐き出した。
「ぁっ、ぁあっ…ぁ、ぃ…ぃい…っ」
あまりの快楽に泣きじゃくる総司の躯を、土方は荒く息をしながら両腕に抱きしめた。汗に濡れた躯が密着し、互いの鼓動を感じる。
やがて、指をからめあい、二人は互いだけを見つめあった。そっと口づけをかわし、目を閉じる。
恋人ではなかった。
甘く優しい時は遠い昔にあり、今はすれ違うばかりの二人だ。
だが、それでも。
愛してると、言葉に出せぬ思いは同じで……
「……総司」
そっと抱きしめた土方の腕の中、総司は静かに目を閉じた。
翌朝、総司は土方に連れられ、新撰組へ戻った。
すぐさま連れて行かれた局長室で、近藤は何とも云えぬ表情だったが、反対する事もできなかった。
結局、総司は京の町中で療養していたとされ、一番隊組長への復帰が許可された。忙しい日々が再び始まり、総司は今までの穏やかさとは全く違う、殺伐とした世界に身を置く事となった。
以前とさして変わらぬ日々だったが、明らかな違いもあった。
それは──束縛だった。
私的な外出を、土方は一切許さなかった。
総司が外へ出られるのは、大勢の一番隊隊士たちに囲まれての巡察のみとなった。隊内にいる時は、道場以外、常に土方の傍にとめおかれ、総司の部屋も副長室と襖一枚を挟んでの隣室へ移された
足枷をつけられたような日々は、さすがに苦痛だった。自由が全くないのだ。息がつまりそうだと思った。
だが、土方の考えは理解できた。また逃げ出すのではないかと疑っているのだ。
そして、事実、総司は逃げ出す事ばかりを考えていた。
まるで一度捕えられた鳥が、籠から逃げ出すように。
(このままで、いいはずがないのに……)
敵の多い土方が己の感情を露にするなど、許されない事なのだ。
いつ、敵に付け入られるやもしれぬ。ましてや、総司との関係、ここに到るまでの経緯が余人に知られれば、醜聞沙汰、ひいては彼の破滅を招くだろう。
そんな事になるのなら、いっそ隊士たちの前で逃亡し、処刑されてしまおうかと思った。
土方に憎まれている我が身だ。命など、もう惜しくも何ともなかった。
もっとも、あの夜以来、土方はその胸奥に抱いている憎しみを、表には出さなかった。結局、言及したのはあの夜のみだ。
優しいとは到底云えぬ態度だったが、それでも、嘲りや蔑みが向けられる事はなかった。束縛される事を除けば、他の隊士たちとあまり変わらぬ扱いだ。
ただ、躯の関係は続いていた。
その時だけは、普段の冷徹さもかなぐり捨て、獰猛な獣のようになる男に、総司は怯えた。あの夜も思ったが、まるで昔とは違っていたのだ。むろん、抗えるはずもなかった。
時折、屯所の一室でも組み敷かれた。
そんな時、男の腕の中で、総司は必死に声を堪えた。痕がつくほど指を噛んでしまった事もある。
だが、それにより煽られるのか、土方は激しく狂おしく抱いた。
総司は懸命に、男の熱を受けとめつづけた。次第に男に抱かれる事に馴らされ、快楽に我を忘れてしまう事もあった。
だが、ふとした瞬間、冷めた目でこちらを見下ろしている土方に気づき、ぞっと背筋が寒くなった。
どんなに熱く肌をあわせても、そこに愛がないのなら、虚しく辛いだけなのだ。
それを思い知らされるような日々に、総司は逃げ出してしまいたくなる。
(私は、いったいどうすればいいの……)
総司は廊下に佇み、ぼんやりと庭を眺めた。
朝から、土方は黒谷へ出かけていた。本来なら総司も同行するはずだったのだが、少し微熱があったため、留守を云いつけられたのだ。
そのため、久しぶりに総司は自由を得ていた。
さすがに知った時の土方の怒りが怖かったため、外へは出なかったが、屯所の中をあちこち歩きまわった。隊士たちのたまり場にも顔を出し、今、昼飯をとるため廊下を歩いている最中だったのだが。
「あ、雪……」
ふと気がつけば、白い粉雪がちらちらと降り舞っていた。
薄青い空に降る雪は美しく、静かだ。
それをぼんやり眺めていると、不意に、傍らに誰かが立つのを感じた。
ふり返った総司は、小さく息を呑んだ。
「斉藤さん……」
屯所へ戻ってから、初めての事だった。顔をあわせてはいたが、言葉を交わす事さえ出来なかったのだ。
斉藤は総司の傍らに佇み、空を見上げた。
しばらくの間、二人は黙ったまま並んで空を見上げていた。だが、やがて、総司は小さな声で云った。
「……すみませんでした」
「……?」
怪訝そうにふり向いた斉藤に、言葉をつづけた。
「あんなに色々して貰って、気づかってくれたのに……結局、私はその好意も何もすべて無にしてしまいました」
「総司……」
「土方さんから離れる事ができなかった。もっと早く京を去っていれば……あの時、斉藤さんが云ってくれたように、土方さんに殺されかけてすぐ江戸へ戻っていれば、こんな事にはならなかったのに。私は、斉藤さんにも近藤先生にも迷惑をかけてばかりで……」
「おまえのせいじゃないよ」
斉藤は思わず総司の手をとり、包み込んだ。ひんやりした細い指が、斉藤の胸に強い庇護欲をわきおこらせる。
「総司、オレがおまえを京から去らせようとしたのは、おまえの気持ちを思ったからだ。その身に危険が及ぶことを恐れたからだ」
「斉藤さん……」
「だから、今、おまえが新撰組に戻った事は少し辛いが、安堵もしている。土方さんがおまえを手にかける事はなかった。それが本当に心配だったから……」
「……」
総司はふと視線を庭先へ戻した。
ひらひらと降り舞う粉雪を見つめながら、桜色の唇で呟いた。
「あの時、どうして……死ねなかったのでしょうね」
「総司」
「土方さんが私を手にかけた時、あのまま死んでいれば……こんなに苦しむこともなかったのに」
そう云ってから、だが、総司はすぐに小さく笑った。
「ほら、私は……こんなにも身勝手なのです。私を殺したあの人がどんなに苦しむか、そんな事考えもしない。だから、京にも留まって、あの人と再会して混乱させて、挙げ句……」
「総司、自分を責めるな」
斉藤は手をのばし、総司の細い躯をゆるく抱きしめた。そっと髪に頬をよせる。
「おまえは十分、頑張ったよ。たくさん辛い事があるのに、土方さんのためだけに堪えてきたんだ。褒められこそすれ、責められる謂れはない」
「斉藤さん……」
彼の言葉に、総司は少しは気持ちが楽になったようだった。
先程よりは余程柔らかな表情で、斉藤を見上げる。
「ありがとう、斉藤さん」
「総司」
「あなたがいてくれるから、私は本当に救われる。生きてゆこうという気持ちになれるのです」
「……」
それは、男に抱く気持ちではなかった。
あくまで大切な友人に対するまなざしだ。
だが、斉藤はそれでいいと思った。自分の存在が、ほんの小さな形であっても救いとなるのなら、総司のためにあれるのなら、それで構わないのだ。
斉藤は、土方が総司を束縛している事を、知っていた。見えぬ足枷でもつけるような扱いに、怒りを覚えた事もある。だが、一方で、土方の気持ちも理解できた。
土方は、総司を失いたくないのだ。
一度失った恋人を、再び逃がしてしまう不安に堪えきれない。だからこそ、総司をあそこまで束縛し、いつも腕の中に抱きこむようにしているのだろう。
そんな歪んだ関係が、いつまでも続くはずがないのだが……。
「オレは、総司の傍にいるよ」
低い声で、斉藤は静かに告げた。
痛ましくてたまらない、だが、どうしてやる事もできぬ愛しい存在を腕の中に感じながら、斉藤は囁いたのだった。
「いつまでも……傍にいる」
それに、総司は彼の腕の中で、頑是無い子どものようにこくりと小さく頷いたのだった。
土方さんの束縛、独占欲は強くなっていきます。
