斉藤が別の動きをしている事は、わかっていた。
間者としての役割は十分に務めている。だが、それとは別に、斉藤は私的な事で動いていた。
私的なこと──総司のことだ。
もともと、斉藤が総司に片恋している事は、土方もよくわかっていた。だからこそ、あの家へ匿ったのだろうし、土方にもそれを隠しつづけたのだ。
総司も、斉藤を頼りにしている。否、もしかすると、友人以上の気持ちを抱いているかもしれなかった。
他の男とは、斉藤ではないのか。
その疑問は常にあった。
あの嵐の夜、総司が告げた言葉がすべて真実だとは思っていない。実際、久しぶりに抱いた時、総司の躯は男を知らなかった。彼と別れるため、言葉の中に嘘偽りを混ぜたのだろう。
だが、一方で、総司にとって斉藤が特別な存在である事は確かだった。心許し、信頼している。
それは傍から見ていても明らかだった。恋人同士だった頃でさえ、二人の関係の深さに、嫉妬した事があったのだ。
今、こんな歪んだ関係にあるのなら、尚のことだった。
斉藤は、総司を奪ってゆこうとしている。この手から、愛する総司を奪おうとしているのだ。
……恐ろしかった。
総司を再び失うことへの恐ろしさに、気が狂いそうだった。
別れを告げられた時の絶望と苦悩が、全身に蘇る。
あんな思いは二度としたくなかった。大切な……この世の何よりも大切な存在を奪われることは、生きる術を失うことだ。
土方にとって、総司は命そのものだった。宗次郎と呼ばれていた幼い頃から見つめ、慈しみ、愛してきたのだ。
その存在を奪われ、どうして生きてゆけるのか。
(奪われるぐらいなら、いっそこの手で……)
愚かだとわかっていながら、それでも。
総司への狂気じみた愛故、同じ過ちをくり返してしまいそうな己に、土方はきつく唇を噛みしめた。
桜の花びらが舞い落ちてきた。
それを眺めながら、土方は黙っていた。何も云わず、ただその光景を眺めている。
総司がそっと見上げてみた端正な横顔は、息を呑むほど美しかった。
風が吹き乱してゆく艶やかな黒髪、形のよい眉。切れの長い目。
綺麗に澄んだ黒い瞳に、引き締まった口許。
そうして、均整のとれた長身に小袖を着流し佇んでいる様は、惚れ惚れするほどの男ぶりだった。この男には、人を否応もなく惹きつけてしまう艶があるのだ。
総司は、土方の笑顔も好きだったが、厳しい表情をする時も、ふと見せる冷たさにも、心惹かれていた。瞳も声も、その激しい気性も、何もかもが総司の心を掴んで離さないのだ。
(私がどんなに愛しているか、あなたは知らない……)
決して告げる事のできない思いに、総司は目を伏せた。
愛していると告げることは容易だった。だが、土方がそれを受け入れてくれるなどあり得ない。
別れを告げたのは、自分の方なのだ。失笑され、素気なく突き放されるのが目に見えるようだった。そんな相手に愛を告げても、虚しいだけだ。
土方はもう、総司を愛していないのだから。
優しくしたり冷たくしたり、弄んでいるとしか思えなかった。前に思ったように、罠にかかった小動物を嬲っているかのようだ。
「斉藤からの話を……受けたのか」
不意に、また土方が言葉をつづけた。
総司はびくりとして顔をあげ、土方を見つめた。それから、聞かれている事に気づき、慌てて首をふる。
「いえ」
「どうして」
「どうしてって……」
土方さんは、私に隊を出て欲しいの?
思わず喉元まで、言葉が込みあげた。だが、そんな事を訊ねる資格もないのだと、また俯く。
「私は……伊東先生の考えを、まだよく知りませんから」
「知れば、ついてゆくのか」
「……わかりません」
短い沈黙の後、総司は答えた。
そう答える他なかったのだ。逃げたいと思っている事は確かだった。今の土方との関係が苦しくて堪らないのも、本当だった。いっそ死んだ方がましだと思ったことさえあるのだ。
だが、彼を裏切るつもりもなかった。これ以上傷つけたいなんて、思わない。
愛する男を欺くなど、一度で十分だった。
「わからない、か」
土方は呟くと、微かに唇の端をあげた。喉奥で低く嗤い、傍の桜樹木の幹に背を凭せかける。
そうして腕を組み、小首をかしげるようにして総司を見据える土方は、皮肉げでありながら、たまらなく魅力的だった。
狂おしいほどの恋しさに、総司は息ができなくなる。
そんな総司を見つめたまま、土方はゆっくりと云った。
「……俺は、おまえを離さない」
「──」
突然の言葉に、総司の目が大きく見開かれた。心の臓を射抜かれたような衝撃が、全身に走る。
土方はかるく顎をあげ、傲慢な表情で総司を見据えた。
「おまえは俺のものだ。死ぬまで離さない」
「土方、さん……」
思わず後ずさった。
この場から逃げ出してしまいたくなる。彼に抱いている激しい感情すべてが、あふれ出してしまいそうで怖かった。取り繕うことなど出来ない。
そんな総司に、土方が手をのばした。不意に力強い手で手首を掴まれ、どきりとする。
「いや」と首をふったが、強引に抱きよせられた。男の広い胸もとに引き込まれ、息もできぬほど抱きしめられる。
震えながら見上げる総司に、土方は静かに笑った。
「……飼い殺してやると、云っただろう?」
睦言のような甘さで囁きながら、土方は総司の背を大きな掌で撫であげた。逃れようとすれば、腰に腕がまわされ、ぐいっと引き寄せられる。
より密着する互いの躯に、総司はかぁっと頬が火照るのを感じた。
「おまえは、俺だけのものだ。それを決して忘れるな」
耳朶を噛むようにして、土方が囁いた。男の手が着物の中にすべりこみ、肌をするりと撫であげる。
総司が男の胸もとにしがみつくようにして、こくりと頷くと、土方は満足げに低く嗤った。
「……いい子だ」
まるで褒美のように、頬に口づけをおとしてくれる。
見上げた総司に、微笑みかける土方の顔は、息を呑むほど綺麗だった。だが、一方で、その黒い瞳は、危険な獣じみた狂気を湛え、思わず身を竦ませる。
(……怖い)
彼の瞳にある狂気が怖かった。
殺されることは恐れない。いっそ、彼の手にかかって死んだ方が幸せかもしれなかった。
だが、彼は総司を決して殺さないのだ。獰猛な獣が小動物に牙をたて血を味わうように、総司を嬲っている。
永遠の地獄へ引きずりこもうとしている。死さえも救いだと思わせるような。
一度かかってしまった罠からは、もう逃げられぬのか。
「総司……可愛いな」
優しい声で囁き、土方はその細い躯を抱きしめた。花びらを降らすような口づけが、頬や首筋にあたえられた。だが、それをもう心地よいとは思えない。
男の腕の中、総司は祈るように固く瞼を閉ざした。
その細い躯を桜樹木の幹に凭れさせ、土方は優しく愛撫をあたえた。肌けられた白い肩に口づけ、着物の裾から手をさし入れた。
「……や……っ」
戸外での戯れに、総司は思わず首をふった。だが、それにも土方は喉奥で笑っただけだ。しなやかな指さきで蕾を何度もくすぐり、ゆっくりと挿し入れた。
「ぃ……っ」
きつい痛みに、思わず身を竦めた。だが、それに気づいた土方は総司のものに指を絡めて扱きあげる。たちまち溢れてきた蜜を指に纏わりつかせ、再び蕾へと挿し入れた。今度は根本まで入れられてしまう。
「ぁ、ぁ……」
総司は彼の腕にしがみついた。立ったままの愛撫など、初めての事だ。それ程、求められているとはいえ、やはり恥ずかしく、そして怖かった。
丹念に蕾をほぐすと、やがて、土方は総司の片足を腕に抱え上げた。膝裏に手をかけて幹に押しつける。
蕾に熱いものを感じて、はっと息を呑んだ。慌てて身を捩り逃げようとするが、肩を押え込まれる。
土方は総司の顔を見つめたまま、ゆっくりと腰を進めた。固い蕾を割るようにして、男の猛りが突き入れられてくる。
「ッ、ひィッ…やっ」
総司は思わず悲鳴をあげ、仰け反った。いやいやと首をふるが、土方はやめてくれない。
ぐっと奥まで貫かれ、苦痛と身を灼かれるような感覚に、泣き叫んだ。凄い圧迫感に、息がつまりそうになる。
「……ゃ…ッぁ、あ…痛…っ」
「総司、息をつめるな」
「ぁ…いやぁ、許し…て……ッ」
ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。それに、痛ましげに眉を顰め、土方が唇でぬぐってくれる。
だが、それでも繋がりを解こうとはしなかった。熱い猛りで深々と蕾を貫いたまま、総司の震える躯を抱きしめている。
土方は、それまでの強引さが嘘のように、総司の頬や首筋に口づけを落した。息がおさまるのを待ってくれる。やがて、総司の頬に赤みが戻り、体の力が抜けはじめると、そっと背を撫でてくれた。
柔らかく半ば抱きあげるようにし、慎重に抽挿を始める。
「ひ……っ」
思わず息を呑んだが、痛みは僅かだった。
感じる箇所だけを優しく擦りあげられ、ぞくりとするような甘い疼きが腰奥を突き上げてくる。
「……ぁ、ぁあ…っ、ぁ……」
総司は掠れた声をあげ、土方の肩に両手をまわした。抱きつき、しがみつく。
次第に激しくなってゆく男の動きに、総司は喘ぎ、泣いた。蕾の奥に、何度も男の猛りが激しく打ち込まれる。
「ぃッ、ぁあっ、ぁあっ」
「……っ、すげぇ熱……っ」
「ぁ、あぁあっ、土方さ…ぃ、ぁあーッ」
頤を突き上げ、一際高く泣いた瞬間、腰奥に男の熱が叩きつけられた。それと同時に、総司のものも弾けてしまう。
土方は総司のものを片手で乱暴に扱きながら、腰を打ちつけ続けた。熱が蕾の奥にまき散らされ、それにどうしようもなく快感を覚える。
「……ふっ、ぁあ…ぁ、ぁ……」
総司は甘い声をあげながら、土方の腰に細い足を絡めつかせた。もっと……と求めるように、身を擦りよせる。
二人は体を密着させたまま、ずるずると桜樹木の根元に坐り込んだ。不意に荒々しく体を反転させられ、地面の上へ這わされる。
獣のような体位に羞恥を覚える間もなく、いきなり後ろから再び貫かれた。強烈な快感に、一瞬、気絶しそうになる。
「ぁ、ぁああ──ッ!」
鋭い悲鳴をあげ、総司は仰け反った。地面に突っ伏してしまう。その細い腰を鷲掴みにし、土方は後ろから激しく腰を打ちつけた。男の太い楔が何度も蕾の奥に打ちこまれ、痺れるような快感美をもたらす。
「ひぃっ、ぃッ、ぃぁあッ」
泣きじゃくり悶える総司を、土方は狂ったように犯した。男の欲望のまま蹂躙され、総司は躯が壊れてしまうと思った。
だが、それでもいい。
それでも、もう……何もかも構わないのだ。
いっそ、すべてが壊れてしまえばいい。
私も、あなたも破滅してしまえば───
(愛してる、愛してるから。いっそ、お願い……!)
──その瞬間。
ふたりの行きつく先にある破滅を、総司は初めてかいま見た気がした。
「顔色が悪いな」
数日後、道場で斉藤に声をかけられた。
それにふり返った総司は、慌てて笑顔をつくってみせた。
「大丈夫ですよ。発作もおきてませんし」
「いや、体じゃなくて」
斉藤は総司の肘あたりをかるく掴むと、道場から外へ連れ出した。どのみち稽古はもう終えていたので、黙って従った。
井戸端で水をくみ上げながら、斉藤は云った。
「気持ちの方が辛いんじゃないのか。ここ最近、おまえは目を伏せてばかりいる」
「……」
「考え事か。それとも、オレが余計な事を云ったからか?」
「違います」
総司は首をふった。ぎゅっと両手を握りしめる。
「斉藤さんのせいじゃなくて、ただ、私がしっかりしてないから……駄目だから、土方さんにも……」
それきり黙り込んでしまった総司を、斉藤は鳶色の瞳で見つめた。
やがて、深く嘆息すると、手拭いを水に浸しながら云った。
「土方さんに、何か云われたのか」
「えっ……」
「そうだろう。おまえがそこまで考え込むなんて、それしか考えられない。大方、オレとの事を云われたのだろう?」
「……」
黙り込んでしまった総司に、斉藤は苦笑した。
桜色の唇を噛んでいる姿は愛らしく、まるで未成熟な少女のようだ。素直で優しく、可愛らしい。
まるで美しい花園で大切に育てられた姫君のようだった。この手で大切に守ってやりたくなる。
それはきっと、土方も同じことだろう。
本当は我が身を投げ出しても、守ってやりたいと願っているに違いない。なのに、誰よりも総司を愛していながら、守りたいと願いながら、そのくせ傷つけ追いつめてしまう土方の昏い情念を思った。
「土方さんは……おまえに執着しているからな」
そう呟いた斉藤に、総司は何も答えなかった。青ざめた表情で目を伏せている。
やがて、小さな声で云った。
「私は……まだ何も裏切っていないのに。伊東先生と共に行く事も、考えていない。なのに……土方さんは」
「やっぱり、何か云われたのか」
斉藤の問いかけに、総司は躊躇った。しばらく黙ってから、小さな声で答える。
「……飼い殺しに、してやると」
「──」
酷い言葉に、斉藤は息を呑んだ。
まさか、そんな事を云われているとは思いもしなかったのだ。
だが、考えてみれば、今の総司の状況はまさにそうだった。
飼い殺しだ。
他の誰かを愛する事を許さず、そのくせ、愛してやらない。
勝手気儘にかまったり、突き放したりをくり返している土方に、斉藤が怒りを覚えた事は一度や二度ではないのだ。
絶句している斉藤の前で、総司は長い睫毛を伏せた。
「あの人に私がした事を思えば、云われても仕方がありません。でも……最近、思うのです。こうして、土方さんの云うがままになっている事で、あの人を貶めているんじゃないかと。あの人を穢し、堕落させている……そう思えてならないのです」
「総司……」
「今は暴かれてないけれど……でも、もし暴かれたら、土方さんは何もかも失ってしまう。私が、土方さんの一生を目茶苦茶に壊してしまう。それが怖い、怖くてたまらないのです……」
「……」
総司の言葉に、斉藤は思わず唇を噛みしめた。
どこまでも、総司は彼だけを中心に考えているのだ。
土方のためなら、自分を犠牲にする事など全く厭わない。
目茶苦茶になるのは、総司自身とて同じ事だろうに……。
「なら、逃げるか」
斉藤の低い声に、総司はびくんと肩を震わせた。俯いたままの総司を見つめながら、斉藤は言葉をつづけた。
「少なくとも、今の状況を脱する事は出来る。オレがおまえを守り、救い出してやる」
「斉藤さん……」
「前にも云ったはずだ。辛い時は云って欲しいと。オレは、おまえが泣いているのをただ見ているのは我慢がならない」
「……」
黙ったままの総司に、斉藤は手をのばした。そっと肩を引き寄せ、抱きすくめる。
華奢な躯は微かに身じろいだが、抗いはしなかった。そっと凭れかかってくる。それに切ないまでの愛しさと憐憫を感じた。
思わず胸もとに強く抱きしめた。
その瞬間だった。
「!」
背後に凄まじい殺意を感じ、息を呑んだ。ふり返ろうとしたとたん、すっと首筋に冷たいものが押しあてられた。
「……離せ」
低い声が囁いた。
斉藤の腕の中にいた総司が弾かれたように顔をあげ、目を見開く。
「土方、さん……っ」
「総司を離せ」
冷然とした表情で命じた土方は、黙ったままの斉藤に、すうっと目を細めた。薄い笑みが唇にうかべられる。
「なんなら、今すぐ殺してやっても構わねぇんだぜ?」
「土方さん、やめて」
総司は思わず土方にむかって手をのばした。
いつ誰が通らぬともわからぬ場所で、小柄を突きつけるなど、平素の彼から思えば信じられない
人に見られれば、それこそ醜聞沙汰だ。気が狂ったとしか思えぬ所業だった。
「……っ」
自分さえ斉藤から離れればいいのだと、身を捩った。すっと斉藤の腕から力が抜ける。
とたん、土方が総司の腕を掴み、ぐいっと乱暴に引き寄せた。
「あ」
小さく息を呑んだ時には、土方の腕に抱きしめられている。
愛しい男の匂いに、躯中がかぁっと熱くなるのを感じた。無意識のうちに、その逞しい胸もとへ縋ってしまう。
己の胸もとへ従順に顔をうずめる総司を見下ろしながら、土方はゆっくりと小柄を降ろした。
切れの長い目が、斉藤を冷たく見据えた。
「二度と、総司にふれるな」
「……」
「こいつは俺のものだ」
そう云い捨てると、土方は身をかがめ、総司の腰と膝裏に腕をまわした。そのまま、軽々と抱きあげる。
驚いてしがみつく総司を腕に抱いたまま、土方は踵を返した。ゆっくりと歩み去ってゆく。
遠ざかる男の広い背を見据えたまま、斉藤はきつく両手を握りしめた。
土方さんVS斉藤さん。あと少しで完結です。
