謝られるとは思わなかったのだ。
 総司が驚いた顔で見上げると、土方は再びため息をついた。片手で煩わしげに髪をかきあげながら、言葉をつづける。
「まさか、泣くとは思わなかった」
「……」
「昔の事を云ったのは悪かった。あの頃の事を、おまえが忘れたいと望んでいると思ったんだ」
「どうし…て……?」
 総司は小さな声で聞き返した。思わず手をのばし、ぎゅっと男の胸もとにしがみつく。
「そんな、忘れたいなんて」
「総司……」
「だって、土方さん、あなたとの思い出は……」
 告げかけた言葉が途切れた。
 土方が不意に総司を抱きしめたかと思うと、唇を重ねてきたのだ。深く口づけられ、息さえ出来なくなる。
 角度を変えて口づけられ、そのまま畳の上に押し倒された。艶やかな黒髪が広がり、大きな瞳が男を驚いたように見上げる。
「総司」
 そっと頬に手をあて、身をかがめた。再び唇を重ねる。
 総司がおずおずと躊躇いがちに応えてくるのを感じながら、土方は固く瞼を閉ざした。


 これ以上、聞きたくなかった。
 総司の唇から、あの頃のことをどう思っているかなど、聞きたくなかったのだ。
 裏切られた今尚、あの頃は、土方にとって大切な記憶だった。
 愛らしい笑顔を見せてくれた、総司。かわいい恋人。
 今となれば、夢のようだった甘い日々。
 だからこそ、それを壊したくなかった。傷つけたくなかった。大切に、胸の奥へ大切に仕舞っておきたかったのだ。


(……情けねぇな)


 自嘲するような思いで、総司の躯を抱きしめた。片手で帯を解きながら、その白い肌をまさぐってゆく。
 屯所での交わりを、総司がいつも拒むのを知ってはいたが、今日はどうしても抱いてしまいたかった。愛しいから、ではない。ただ、自分のものであるはずの存在を、繋ぎとめたい、確かめたいだけかもしれなかった。
 やがて、深く交わった時、総司はくぐもった悲鳴をあげた。
 痛みがあるのだろう。それでも、男の着物を噛みしめ、必死になって声を殺している様がいとけなく愛らしかった。


(俺は、こいつに溺れきっている)


 土方はそれを深く自覚するように、総司の躯とより深く交わった。
 角度を変えた事で根本まで男の猛りが突き入れられ、総司が悲鳴をあげる。
「ッ、ぁ…ぁあッ、あ…っ」
 ぽろぽろと大粒の涙がこぼす様が、艶めかしい。
 土方は総司のものを片手で扱きあげてやりながら、ゆっくりと抽挿を始めた。痛みに竦み上がる総司を押さえつけるようにして、犯してゆく。
「ぃ、やッ、土方さ……っ」
 案の定、総司は拒絶の声をあげた。泣きながら、いやいやと首をふっている。
 いつ人に見つかるかと不安があるため、どうしても、躯が固かった。男を拒んでいる。それが憎らしく、だが、一方で怖がる様が可愛らしく、土方は総司のなめらかな頬や首筋に、ちゅっと音をたてて口づけた。
 耳もとに唇を寄せ、優しい声で囁きかけてやる。
「……総司、いい子だな」
「ッ、ぁ…や…ぁ」
「大丈夫だ、俺にまかせて。俺に……おまえを愛させてくれ」
「……っ」
 息を呑んだ気配がした。
 土方の言葉に、総司が驚いたように彼を見上げている。それに甘く微笑みかけ、土方は花びらを降らすような口づけをあたえた。彼の腕の中、若者の細い躯が次第に柔らかく男を受けいれてゆく。
 土方はそれを確かめると、総司の両膝を抱え込んだ。
 はっと息を呑んだ総司を逃がさぬよう押さえ込み、力強い抽挿を始めた。蕾の奥を男の猛りで穿たれ、総司は悲鳴をあげる。だが、その声に苦痛の色はなかった。
「……ぁあッ! ぁっ、ぁ…んっ」
「総司……可愛いな」
「ぁ、ぁっ、ひっ、ぃああッ」
 強烈な快感美に、総司は仰け反った。畳に爪をたて、泣きじゃくっている。
 土方は総司の躯を二つ折りにし、激しく腰を打ちつけた。太い楔が蕾の奥を穿ち、いい処を擦りあげてゆく。そのたびに、総司が泣き叫び、小さなものから蜜がこぼれた。
「ぁあっ、ぁっ、も……だめ、だめぇっ」
「……まだだ、総司」
「や、だめッ…いっちゃ…ぁああーッ」
 一際甲高い悲鳴をあげ、総司が頤を突き上げた。見れば、後ろだけで達してしまったのか、総司のものから蜜が迸っている。
 頬を紅潮させ、はぁっはぁっと激しく息をしている総司に、土方は目を細めた。可愛い、愛おしいと思う余りの反動か、苛めてやりたくなり、つい叱責するような口調で云った。
「勝手にいくなよ。俺は、まだだと云っただろう?」
「だ、だって……っ」
「この上、口応えか」
 傲慢に口角をあげてみせた土方に、総司は怯えたような顔になった。いやいやと子どものように首をふる。
「ご、ごめんなさ……」
 謝りかける総司の耳もとに、土方は唇を寄せた。なめらかな低い声で囁きかける。
「……気ぃ失うぐらい、可愛がってやるぜ?」
「ッ、土方さ……」
 はっと息を呑んだ総司は、慌てて逃れようとした。だが、もう遅い。
 土方は総司の躯を反転させ、そのまま膝上に抱きあげた。両膝裏に手を回し、己の猛りの上へと無理やり腰を下ろさせる。
 総司の目が大きく見開かれた。
「ッ、それ…やっ、ぃやぁあッ」
 必死になって暴れたが、どうする事も出来なかった。大きく開かされた蕾が、男の猛りで真下から貫かれる。
 土方が手の力を緩めたとたん、総司は男の膝上に腰を下ろす事になってしまった。太い楔を最奥まで受け入れさせられ、総司が悲鳴をあげる。
「ぁ、ぁ、ぁああ──ッ!」
 もの凄い衝撃だった。ぎゅっと閉じた目の裏で、火花が飛び散る。
 だが、悲鳴はすぐさま途切れた。男の手で唇を塞がれたのだ。咄嗟の事だったが、さすがに外へ漏れたかもしれなかった。
 土方は苦笑しながら、細い肩や項に口づけた。総司は土方に唇を手で塞がれたまま、ぶるぶると身を震わせ、泣きじゃくっている。
 その様がいとけない小動物のようで、たまらなく可愛かった。もっと苛めたくなるし、もっと守ってやりたくもなる。
 そして。


(もっと貪り尽くしたくなる……)


 土方は己の思考の危なさに苦笑しつつ、総司の膝裏に手をかけた。
 ゆっくりと、その華奢な躯を上下させてゆく。
 総司が泣き声をあげたが、もう構わなかった。いっそ暴かれてしまえばいい。どうなっても構わないと思った。
 次第に激しくなってゆく動きに、総司の声も甲高くなった。
「ぁあッ、ぃ…ぃい、やッ…ぁあっ……」
「総司……あぁ、たまらねぇ……っ」
「あ…ぁあッ、ぁッ、ひぃッ」
 男の腕の中、総司は快感に我を忘れ、泣きじゃくっている。それが愛しくて可愛くて、憎らしくて。


(……愛してる、総司……愛してる)


 その言葉だけを、何度も何度もくり返し、土方は総司の躯を抱いた。
 貪るように、犯し、征服した。
 すべてを手にいれられるはずもないと、わかっていながら、否、だからこそ、抱かずにはいられない恋人。
 この世の誰よりも愛しく、残酷なほど美しいこの生き物。


(……愛してる……)


 もはや、その想いがどこにあるのかさえわからぬまま、土方は固く瞼を閉ざした──。












 斉藤は固い表情で、その光景を見つめていた。
 一つの部屋から、土方が総司を連れ出した処だった。広い庭を挟んでの此処からはその表情までは見えないが、総司のふらつく足取りから、先程まで何をされていたのかわかってしまう。
 恋人として扱う気がないのに、土方は総司と躯の関係だけはもっているようだった。茶屋でならわかるが、屯所でまで事に及ぶ彼の考えが理解できない。
 醜聞沙汰になっても構わないのか。
 何よりも、それを黙って受け入れる総司が痛々しかった。見ていて、堪らなくなる。
「……」
 斉藤は視線をそらした。彼らは見られている事に気づいていないだろう。
 もっとも、土方ならば、気づいたとしても平然と視線を返してくるだろうが、総司の気持ちを思えばいたたまれなかった。
「……何とかしないと、駄目だ」
 低く呟きながら、手を口許にやった。考え事をする時の癖で、指を噛んだ。


 彼自身、土方から総司を奪うつもりはなかった。
 だが、最近の土方のやり方には、どうにも納得できなくなったのだ。
 伊東へ近づく事を命じたのは、土方自身だった。つまりは間者になれと云ったのだ。それに対し、斉藤は納得し従っていたが、その事と総司の事は全く別だった。
 土方が総司に狂ったように執着し、愛していることは知っている。今なお、愛していることは明らかなのだ。
 だが、斉藤もまた、総司を愛していた。土方とは全く違う形だったが、深く愛していたのだ。
 だからこそ、総司が苦しむのは見ていられなかった。土方を愛するがゆえに苦しみ、傷つく姿を見るたび、何もしてやれない自分が歯がゆくて堪らなかった。
 助けてやりたいと思った。そのためには、総司を土方からひき離すべきだった。いっそ無理やりにでも離してしまえばいいのだ。
 そのためには、土方の傍以外の居場所をつくってやるべきだった。伊東はまだ分離の事を口に出してはいない。だが、いずれそうなる事は明らかだった。
 総司自身が選ぶ事にしろ、道は幾つか示してやった方がよいのだ。
 我慢に我慢を重ねた結果、脱走などという事になれば、その先に待つのは処断、死のみだ。それだけは避けなければならなかった。
 総司を守るためなのだ。
 そのためならば、手段を選んではいられない。


 斉藤は決意にみちた瞳で、宙を真っ直ぐ見据えた。












 桜の花びらがひらひらと舞っていた。
 それを見上げ、総司は小さく微笑んだ。
 春の訪れは少しだけ、総司の心を軽くしていた。土方との関係は相変わらずであり、その上、冷え切った京の冬に佇んでいると、心まで凍えてしまいそうな気がする。
 あたたかな春の光景は、ささくれ立った気持ちを和らげてくれた。
「綺麗……」
 淡い青空に、満開の桜が見事だった。優しい色合いだけに満たされた世界は、とても心地よい。
 総司は桜樹木がつづく中を、一人ゆっくりと歩いていたが、突然、我に返った。ここに連れて来てくれた男の存在を、思い出したのだ。
「……土方さん」
 小さくその名を呼んだが、返事はかえらなかった。
 桜樹木に夢中になっていたので、機嫌を悪くしたのかと思ったが、土方もその美しい光景に見惚れていたようだった。否、柔らかな桜の花びらが舞い散る中、そぞろ歩く玲瓏とした若者の姿に、見惚れていたのだ。
「本当に、綺麗だな」
 呟いた男の言葉に、総司はこくりと頷いた。桜の事を云っているのだと思ったのだが、歩み寄ってきた土方はその華奢な躯を抱きよせ、耳もとに囁きかける。
「おまえの事だよ、総司」
「……ぁ」
「綺麗だ、桜の花のよりも……綺麗だ」
 甘やかに低めた声で囁かれ、総司は頬を上気させた。嬉しくて、男の広い胸もとへ凭れかかる。


 屯所に戻ってから、初めての道行きだった。
 躯を重ねるだけではなく、こうして美しい花を見せるため連れ出してくれたことが、たまらなく嬉しかった。
 土方からそれを告げられた時は信じられなくて、だが、本当だと聞くと、甘酸っぱい嬉しさが胸奥に込みあげた。知らず知らずのうちに、笑顔になってしまう。総司のあまりの喜びように、土方は戸惑っていたが、彼も満更ではないようだった。
 その日になると馬に乗せ、総司をそこまで連れていってくれたのだ。
 馬に乗せられた事自体も、とても久しぶりだった。昔、恋人同士だった頃は何度か乗せられた事があるが、今は全く絶えて久しかった。
 だが、今日は、土方は総司を馬に乗せ、連れてきてくれたのだ。
 美しい桜樹木がつづくここは、あまり人に知られていない場所のようだった。そのため、他に人の姿はない。おそらく、山深い場所である事と、寂れた神社裏に広がっているためだろう。


「どうして、ここに?」
 総司は土方の腕に身をゆだねながら、訊ねた。
 大きな瞳で、彼を見つめる。
「どうして、ここに連れて来てくれたのですか?」
「そうだな……」
 土方は僅かに目を細めた。
「おまえに、この桜を見せいという気持ちもあるが」
 身をかがめ、そっと細い躯を胸もとに抱きすくめた。髪に頬をすりよせる。
 まるで恋人にするような仕草に、息をとめていると、低い声で囁かれた。
「桜の中に、おまえを立たせてみたかった……」
「私を……?」
 不思議そうに問いかける総司に、土方はもう何も答えなかった。黙ったまま、総司を抱きしめている。
 男の腕の中、総司はそっと目を伏せた。


 彼の言葉の意味は、わかる気がした。外見だけを、求められているのだ。まるで、美しい着物か絵でも愛でるように、土方は総司を眺めている。
 そんな気がした。ここへ連れ出したのも、結局は、気まぐれだという事だ。土方に憎まれていると思っている総司には、彼の言葉がそうとしか受け取れなかった。


 黙り込んでいると、土方が静かに腕の力をゆるめた。それでも、総司の肩を抱いたまま、頭上を見上げる。
 淡い青空に、儚げな桜の花びらが美しかった。どこまでも続く桜林はまるで夢の世界のようだ。
 そんな事をぼんやり考えていると、突然、土方が云った。
「……話があるだろう」
「え……?」
 何を云われたかわからず、総司は土方をふり返った。小首をかしげ、見つめる。
 それに、土方は視線をむけぬまま、言葉をつづけた。
「斉藤とのことだ」
「土方さ……」
 思わず息を呑んだ。
 まさか、ここで切り出されるとは思ってもみなかったのだ。
 呆然としている総司の前で、土方は薄く笑った。
「先日、誘いを受けただろう。伊東一派に加わらぬかと」
「──」
「総司、おまえはどうする気だ……?」
 男の声音は冷たく、そして、残酷だった。
















 

桜の中に、おまえを〜の台詞が、今回一番書きたかったシーンです。