しばらく黙った後、土方は低く嗤った。
「……どこへ、だろうな」
 揶揄するような言葉に、総司はきつく唇を噛みしめた。


 彼は、伊庭のもとへ逃げるだろうと思っているのだ。
 それはある意味、当然のことだった。一度はその手をとろうとした相手なのだ。
 彼がその経緯を知っている以上、総司が土方との行為を拒絶した場合、その反動で伊庭のもとへ逃げると考えても、当然のことだった。
 だが、それは違うのだ。決してありえぬ話なのだ。
 総司にとって、土方は、ただ一人心から愛した男なのだから。


(でも、こんな憶測……土方さんの本当の気持ちなんて、何もわからないのに)


 目を伏せてしまった総司を、土方は柔らかく抱きすくめた。耳もとに、囁きかけられる。
「だが、それがどこへであっても、俺はおまえを逃がさねぇよ」
「土方…さん……」
「絶対に逃がさない」
 総司の目が見開かれた。
 まるで脅すような男の言葉だったが、総司にとって、それは甘い睦言に他ならなかった。
 背中に男の大きな手があてられ、より深く抱きしめられた。髪に、頬に、口づけが落とされる。
 男の奥底にある昏い情愛と執着をあらわすかのように。
 それはやがて、激しい接吻にかわった。深く唇を重ねられ、陶然となる。
 舌をからめられ、口内を舐めまわされた。濃厚な口づけが、総司の躰の芯に火を灯す。
「んっ…ぁ、は…ぁ……っ」
 体格差があるため、土方は総司の腰を腕で浚うようにして、口づけていた。総司も縋るように、男の胸もとを掴んでいる。
 何度も角度をかえて口づけられ、総司は頭がぼうっと霞むのを感じた。膝に力が入らなくなってくる。
 もう駄目と思った瞬間、男の逞しい腕がその躰を抱きあげた。
 慌ててしがみつく総司を、熱っぽい瞳が見下ろす。
「……総司……」
 掠れた声が囁き、また口づけがあたえられた。そのまま何度も口づけをかわしながら、隣室へとはこばれる。
 褥に降ろされた時も、総司は何一つ抗わなかった。従順に躰を開き、男の手にすべてを委ねてゆく。
 帯が解かれ、着物が肌けられた。露わになった白い肌に、土方は優しく唇を押しあてる。
 首筋から鎖骨、胸の尖りまでも吸われ、総司は甘く喘いだ。わき腹から腰を撫でまわす男の手も心地よい。
「綺麗な肌だな……」
 うっとりと土方が呟いた。
「真っ白で、雪みたいだ」
「ぁ、ん…っ、や……」
「恥ずかしがらず、全部、見せてくれ。おまえは本当に綺麗だ」
 男の声に、頬が熱くなった。綺麗だと云われたことは嬉しいが、それでも、彼に見られているのだと思うと、恥ずかしくてたまらなくなる。
 身をよじった総司を男の手が柔らかくおさえた。下肢を開かされ、総司のものに指さきがふれる。とたん、びくりと腰を跳ねあげた。
「やっ、いや…ぁ」
「気持ちよくなるだけだ、総司」
「だ、だって……恥ずかし……っ」
 恥らう総司に構わず、土方は総司のものを片手でしごきあげた。親指を先端に食い込ませ、ぐりぐりと揉みこんでやる。
 そうしながら、すっかり濡れそぼった胸の尖りを舐めあげると、総司が泣き声をあげた。
「やだ、ぁっ、ぁ…ぁあ、ぁ…っ」
「我慢するな……ほら、素直に感じてみろ」
 男の指さきは驚くほど繊細に動き、総司の快感を引き出していった。どんどん熱が高まってゆく。
 やがて、男の手のひらの中に蜜を吐きだしてしまった総司は、呆然と目を見開いた。
 呆気ないほどだった。もっと我慢できなかった自分が、彼の手を汚してしまった自分が、恥ずかしくなる。
 だが、土方はまるで気にしていないようだった。
 それどころか、満足そうに笑うと、総司のなめらかな頬に口づけた。
「いい子だ……すげぇ可愛かったよ」
「っ……土方、さん……」
「いいな? そうして躰の力を抜いているんだ」
 そう云いきかせると、土方は、傍らに置いていた貝殻を開き、その中のものを指ですくった。粘ついたそれに、総司は目を瞬いた。
「な…に……?」
「おまえを少しでも楽にするものだよ。初めてで何もなしは辛すぎるからな」
 土方は何気ない口調で云うと、濡れた指さきを総司の蕾に押しあてた。片手で総司の膝を掴んで押し上げ、剥きだしになったそこへ指を挿しいれてゆく。
「っ、や…あッ……」
 総司は思わず声をあげた。
 潤滑油のおかげか、痛みはほとんどなかったが、違和感は否めなかった。だが、土方は丹念に指で蕾に奥を探ってゆく。
 男の指の腹が、ある一か所に触れたとたん、鋭い快感が走った。
「あ…んっ……」
 声をあげて顔を赤くした総司に、土方は微笑んだ。指でそこをグリッと押しあげてやるたび、可愛い泣き声があがる。
「ここが総司のいい処だな」
「な、んで? やっ、こんな……っ」
「気持ちよくなる場所さ。ほら……いいだろ?」
「ぁ、ぁ…あぁ、んっ、ぁん……っ」
 総司は仔猫のような声をあげ、身を捩った。男の手から逃れようとしているが、しっかり抑え込まれた状態ではどうしようもない。
 くちゅくちゅと鳴る音が恥ずかしかった。だが、それ以上に、男から与えられる快感が怖い。
 何もかも初めてで、総司は躰中がどうにかなってしまいそうだった。
 いつのまにか、指を三本も入れられていた。蕾の中でばらばらに動かされ、泣き声をあげる。
「も、やぁっ…ぁっ、ぁあ…土方、さん……っ」
 ねだるように彼名を呼ぶ総司に、土方の喉が鳴った。たまらず指を抜くと、総司の膝を両方とも掴んで押し広げ、蕾に己の猛りをあてがう。
 そのまま一気に最奥まで貫いた。
「ッ! ひぃっ、ぁああっ……ッ!」
 総司が鋭い悲鳴をあげ、のけ反った。激しい苦痛に男から逃れようとするが、がっしり抱え込まれた状態では逃げられない。
 泣きじゃくる総司に眉を顰めたが、土方は構わず、ぐっぐっと腰を深く入れた。上から挿しこむようにして、最奥まで貫く。
 総司の見開かれた瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれた。
「ひ…ぁ、ぁあっ、痛いっ…ぃ、たぁい……っ」
「総司……力を抜くんだ」
「や、だ……やだぁ、っ…ぁ、も、やめ…てぇ……」
 子どものように泣きじゃくる総司は、痛々しかった。だが、今更やめられるはずもないのだ。
 土方は総司の小柄な躰を両腕にすっぽりと抱きすくめ、首筋や胸もとに唇を押しあてた。少しでも快感を呼びおこすように、総司のものも片手で包み込んで愛撫する。
 それでも泣きじゃくる総司に、怪我をさせてしまったかと不安になり、蕾に指さきでふれた。だが、押し広げられているだけで、血も傷もなく、安堵する。
「総司……」
 そっと頬に口づけた。涙を唇でぬぐってやる。
 次第に、総司も落ち着いてきているようだった。はぁっはぁっと肩で息はしているが、頬に赤みが戻りはじめている。
 それを確かめ、土方は身を起こした。総司の膝裏に手をかけ、ゆっくりと抽挿を始める。たちまち、総司が泣き叫んだ。
「う、動かないで……いやぁっ、ぁ」
「このままの方が辛い。大丈夫だ……よくしてやるから」
「やぁっ、ぁあっ…壊れ、ちゃうよぉ…っ、あぅ――」
 総司は仰け反り、泣きじゃくった。
 凄まじい重量感と圧迫感だった。躰の奥に熱く太い杭でも打ち込まれたようだ。
 そこへ動かれるのだ。何度も引き抜かれ、再び奥まで突き入れられるたび、凄まじい衝撃に気を失いそうになった。
「ひ…ぃ、ぁ、あ……」
「総司……総司、目を開けろ」
 鋭い声音だった。
 まるで叱責するように命じられ、総司は目を開いた。涙で霞んだ視界に、男の顔が映る。
 両頬を手のひらで包みこまれ、口づけられた。
 耳もとで、男の声が囁きかける。
「総司……おまえを抱いているのは、俺だ。この俺だ」
「……土方、さん……?」
 幼子のような頼りない声で、聞き返した。
 土方は頷き、答えた。
「そうだ、俺だ。ずっと幼い頃から、おまえを愛してきた俺だよ」
「……あ」
 総司の瞳に熱い涙がこみあげた。
 痛みとは違う、喜びの涙だった。
 弟としてでもいい。
 だが、抱かれている今、愛していると囁いてもらえることは、この上ない幸せだった。
 どんな形でもあれ、彼からの愛が欲しかったのだ。
「土方…さん……」
 のろのろと白い両手をのばした総司を、土方は優しく抱きよせてくれた。そっと背を撫でてくれる。
「爪をたてても、噛みついても構わねぇから……俺にしがみついていろ。いいな?」
「うん……」
「総司、俺の可愛い総司……」
 何度も何度も口づけられた。そのまま、ゆっくりと土方が抽挿を再開する。
 だが、そこに痛みはなかった。怖さも不安も。
 総司は素直に躰を開き、男を受け入れた。そのことで、甘やかな快感に苦痛もなにかもとけ消えたのだ。あるのは、ただ彼への愛しさと、情欲だった。
「んっ、ぁ…ぁあっ、は…ぁっ」
 次第に頬も上気し、声が甘く掠れた。それに気づいた土方は、動きを速めた。
 総司の細い躰を抱えるようにして、激しく揺さぶってゆく。男の太い楔が蕾の奥を穿つたび、強烈な快感美が背筋を走り抜けた。
「ぁ、ぁあっ、んっ、ぁ……っ」
「……すげぇ…熱っ……」
「ふ…ぁ、ぁあっ、ぃ…いぃっ、ア…―ッ」
 びくびくっと総司の躰が震え、悲鳴をあげた瞬間、総司のものが達していた。白い蜜が飛び散る。
 はぁっと褥に沈んだ総司だったが、むろん、土方はまだ達していない。むしろ、今の総司の艶めかしい表情や姿態に煽られた。
 獣のように低く唸ると、総司の躰を二つ折りにし、激しく腰を打ちつけ始める。
 たちまち、総司がのけ反り、悲鳴をあげた。
「や、ぁあーっ、ぁっ……ひぃっ」
 何しろ、達したばかりで感じやすい蕾の奥を穿たれるのだ。痛いほどの快感だった。男の逞しい躰の下で、泣きじゃくり懇願する。
「も…許してっ、許してぇ……っ」
「まだだ……俺は、まだいってねぇよ」
「ぁ、ぁあっ、お願……ひぃっ、ひぃっ」
 蕾の奥深くに何度も男の太い楔を打ち込まれた。奥をグリグリと捏ねられ、掻き回される。
 そのたびに、総司は「ひぃっ」と泣き声をあげた。強烈な快感に、何が何だかわからなくなってくる。
「ぁあっ、も…だめぇっ、ぁあっ、ぁっ」
「……は…ぁっ、総司……っ」
「や、ぁあっ、ぁっ、ぁああーッ……っ!」
 深々と最奥まで貫かれた瞬間、総司は悲鳴をあげた。頤をつきあげ、目を閉じる。
 その最奥に、男の熱が叩きつけられた。
 どくんと脈うつその熱に、総司は目を見開いた。
「ひ……っ」
 男の熱を注がれるなど、初めての経験なのだ。どくどくと注がれる男の熱に、泣きじゃくった。
 泣きながら縋りつくと、土方は逞しい腕で力強く抱きしめてくれた。髪に頬を擦りつけ、はぁっと熱い吐息をもらす。
「総司……愛してる」
 その囁きに、目を閉じた。男の背に手をまわし、ぎゅっとしがみつく。
 これが夢ならば、永遠に終わらないで欲しかった。
 そんな願い、叶うはずもなかったけれど。


(土方さん、愛してる……)


 口に出せぬ想いのまま、総司の頬を涙がこぼれ落ちていった。












 ふっと目が覚めた。
 まだ辺りは薄暗く、夜明け前のようだ。
 傍らのぬくもりを探し、総司は手をのばした。だが、そこには誰もいない。
 一気に血の気がひいた。


(……土方さん……!)


 身を起こしたとたん、痛みが走った。だが、それを堪えて立ち上がり、部屋を出る。
 襖を開いた総司は、思わず安堵の吐息をもらしていた。縁側への障子が開かれ、そこに土方が腰を下ろしていたのだ。
 総司が起きたことに気づき、驚いたようにふり返る。
「土方…さん……」
 手をのばした総司に、慌てて立ち上がった。走りより、その小柄な躰を抱きとめる。
「無理をするな」
 土方はしっかりと逞しい腕で支えながら、云った。
「痛みがあるのだろう? 無理だけはするな」
「大丈夫です」
 総司はゆるく首をふり、微笑んでみせた。それに苦しげに眉を顰めた土方は、黙ったまま総司の躰を抱きあげた。縁側へと運んでくれる。
 夜明けの光がうっすらと庭を浮かびあがらせていた。朝の大気が清々しい。
 縁側に座布団を敷いたうえで、土方は総司の躰をそこに坐らせた。腰に腕をまわして、抱きよせてくれる。
「もっと休ませてやるつもりだったのに……すまん、起こしちまったな」
「土方さんは、こんな早くにどうして?」
「まぁ……色々な」
 土方は言葉を濁し、微かに笑った。その翳りのある表情に不安を覚える。
 じっと見つめていると、静かな声で問われた。
「総司……聞いていいか?」
「え、はい」
「昨夜、おまえはどうして俺に抱かれたんだ」
「――」
 あまりにも今更なことを聞かれ、総司は目を見開いた。咄嗟に何と答えればいいか、わからない。
 だが、黒い瞳で見つめてくる土方に、早く答えなければと思った。
 そのため、思い浮かんだ言葉を口にしてしまう。
「それは……淋しかったからです」


 実際、そうだった。
 いくら恋人同士になったと云っても、二人の関係はあくまで偽りだ。
 だからこそ、土方は島原や祇園に通うし、総司も伊庭と逢い続け、それをお互い、束縛も嫉妬もしない。
 二人の間にあるのは、兄弟のような愛情だけなのだ。
 口づけと抱擁しか許されない、関係。
 それが、総司にはたまらなく淋しかった。辛かった。
 どんなに土方と共にいても、否、傍にいればいるほど、本当の意味で愛されていないことを思い知らされ、淋しさがつのった。
 深い水底にいるような孤独を感じた。
 だが、昨夜は違った。
 土方が契りを求めてくれた時、泣きたくなるぐらい嬉しかった。
 淋しくなかった。本当に、身も心も愛された気がしたのだ。


 長い睫毛をふせた総司を、土方は無言のまま見下ろした。しばらく何も云わず、鋭い視線をあてている。
 やがて、ゆっくりと呟いた。
「……淋しかったから、か」
 男の声音の冷たさに、総司は、はっと息を呑んだ。