「おまえには関係ない」
それが、土方の答えだった。
副長室で総司とのことを問いただした斉藤に、土方は冷たい口調で云いきったのだ。
むろん、斉藤にしても、こうする事に躊躇いはあった。肩を震わせていた総司を思うと、胸奥が鋭く痛んだ。
だが、それでも、大切な存在だからこそ、放っておくことが出来なかったのだ。
「確かに関係はありません」
きつい口調で、斉藤は云い返した。
「ですが、総司はオレにとって大切な友人です。そうである以上、その友人が苦しんでいるのを見過ごす事はできない」
「へぇ……綺麗ごとを云うじゃねぇか」
土方は目を細め、くっと喉奥で嗤った。冷ややかな瞳が斉藤を見据える。
「総司に横恋慕しているくせに、友人面で俺に意見とはな。たいした面の皮の厚さだ」
「確かに、オレは総司に惚れていますよ。でも、どちらにしろ、総司が大切な存在である事には変わりない」
「なら、ずっと抱え込んでいろよ」
突き放すような口調で、土方が云った。
「大切な総司を、腕の中に抱え込んでいればいいさ」
「それを、土方さんは許しますか」
「……」
土方は斉藤を眺めやった。短い沈黙の後、形のよい唇の端がつりあがる。
「ふれる事も許さねぇな」
凄みのある低い声音だった。男の奥にある狂暴さが、一瞬、炎を放つ。
日頃覚えのある殺意を目の前の男から確かに感じ、斉藤は息を呑んだ。身構え、無意識のうちに傍においた刀へ手をやってしまう。
獰猛な獣がゆっくりと身をおこし、こちらを睨みすえた錯覚をおぼえたのだ。
「……許さないとは、どういう事です」
喉に声が絡むのを感じた。
だが、それでも聞かずにはいられず、斉藤は問いかけた。
「総司が自分の念弟だと認める訳ですか」
「おまえには関係ない」
「それは聞きました。でも、ふれる事も許さないなんて、今までのあなたと総司の関係を考えれば異常だ。土方さんにそんな事を云う資格があるとは、到底思えない」
「なら、好きなように考えればいいだろう」
土方は文机に頬杖をつき、薄く嗤った。
「俺は、誰であれ総司にふれる奴は許さない、ただそれだけの事だ」
「……わかりました」
斉藤は引き下がる事にした。これ以上聞いても、この男のことだ、まともに応えてくれるとは到底思えなかった。それどころか、今度こそ牙をたてられかねない。
土方が己の内面を人に見せるなど、ありえないのだ。もっとも、総司相手であればどうなのかは、また別の話だが。
副長室を出た斉藤は、額に汗をかいていた事を知った。
その日、土方は機嫌が悪かった。
宿屋に呼び出されたのだが、先ほどから無言のままだ。
それが総司には恐ろしかった。部屋に入ってから言葉もかわしていない。
(土方さん……)
今も愛しい男だった。
否、今の方がずっと愛しているのかもしれない。
怖いとは思うが、それでも、総司は土方が好きで好きでたまらなかった。愛されていないとわかっていても、抱いてもらえるなら、傍にいてくれるならと、彼の呼び出しに応じてしまうのは、そのためだ。
食事と入浴を終えた後、ようやく土方が口を開いた。
「来い」
傲然と命じ、手をさしのべてくる。
それに、総司はのろのろと従った。彼に肩を抱かれ、隣室の褥の上へとうつる。
すぐさま押し倒された。のしかかってくる彼に、今夜も酷く抱かれるのかと身をすくませる。
確かに、土方は乱暴な事はしなかった。
総司に痛みをあたえるのも、初めだけだ。どんなに苛立っている時でも、総司の躰を傷つけたりする事は一切なかったのだ。
だが、それでも、総司は怖かった。
目も眩むような激しい快感美に何度も何度も追いやられ、男の情欲というものを徹底的に教え込まれる。
こんな時、自分の躰の支配者は自分でなく、彼なのだと、実感するのだ。
「い…や……っ」
抗うと尚更酷くされるとわかっていても、抗ってしまう。
案の定、土方はより苛立ちを覚えたらしく、短く舌打ちすると、自分の肩を押し返そうとする手を纏めて掴み上げ、頭上に押しつけた。そのまま乱暴に口づけてくる。
蹂躙するような口づけに、涙がぽろぽろこぼれた。着物を脱がされ、懇願する。
「お願い……酷く、しないで」
「なら、おとなしくしていろ」
冷たい声音で返された。涙でいっぱいの瞳で見上げると、土方は一瞬、唇を噛みしめた。
総司をとらえていた手の力を緩め、低い声で云いきかせる。
「何もおまえを苦しめたい訳じゃないんだ……ただ、おまえを俺のものにしたいだけだ」
「――」
土方の言葉に、総司は目を見開いた。
初めて抱かれた時、囁かれた言葉を思い出したのだ。おまえを俺のものにすると囁いてくれた、あの時のことを。
あの時も今も、総司を見下ろす土方の瞳は、熱っぽく男の情欲を感じさせる。
「……私は……」
小さな声で問いかけた。
「私は……土方さんの、もの……?」
「おまえは嫌だろうがな」
忌々しげに吐き捨てた土方に、総司は両手をのばした。また突っぱねようとするのかを思った土方に、いきなり抱きついてくる。男の広い背に手をまわし、ぎゅっとしがみついた。
吐息のような声がもれる。
「……嬉しい」
「総司?」
「私は……あなたものだと云ってくれたのが、嬉しいのです。本当に嬉しい……」
なめらかな頬をそめて何度もくり返す総司に、土方も己の中にあった苛立ちが消えていくのを感じた。
昼間、斉藤にあれこれ云われた事で、気が高ぶっていたのだ。
だが、今、総司は己の腕の中にいてくれる。
俺のものだと囁いた自分に、嬉しいと返してくれる。
それだけで十分ではないか。
「……すまん」
土方は総司の躰を抱きおこすと、低い声で謝った。褥の上、そっと総司の頬や髪を撫でながら、言葉をつづける。
「苛立って、また酷い事をしちまう処だった。怖がらせちまったな」
「土方さん……」
総司は土方の肩口に小さな頭を凭せかけた。甘えるように身をよせ、互いのぬくもりだけを感じあう。
それを抱きよせながら、土方はため息をついた。
「俺は本当に駄目だな。おまえの事となると、平常心を失ってしまう」
「私のこと?」
「そうだ。今日も、あいつが余計な事を……」
云いかけ、言葉を途切れさせた。口にするも忌々しいのだ。眉を顰め、煩わしげに黒髪を片手でかきあげる土方を、総司は不安げに見つめた。
そんな総司を、土方は見下ろした。
「……総司」
「はい」
「おまえ……好きな奴はいるのか」
いきなり訊ねられ、総司は大きく目を見開いた。かぁっと頬が熱くなってしまう。
黙ったまま俯いた総司に、土方は唇を噛みしめた。黒い瞳がまぎれもない嫉妬と怒りの光を湛える。だが、それを押し殺し、視線をそらした。
「やはり、いるのか」
「……」
「なのに、こんな九つも年上の男に好き勝手されて、たまらねぇよな。最低な気分だろうな」
「最低、だなんて」
総司は慌てて否定をしようとした。自分の好きな男を、たとえ彼自身であっても最低だなどと云って欲しくなかったのだ。
だが、土方はそれを遮るように、総司の手首を掴んだ。ぐいっと引き寄せ、倒れ込んできた躰を抱きすくめる。
怯えた表情で見上げた総司を、土方は見下ろした。
「おまえは俺のものだ」
低い声で囁かれ、目を見開いた。
「どんなにおまえが俺を嫌っても、他の男を好いていても……それでも、俺はおまえを離さない。この腕に抱きつづけてやる」
「土方…さん……」
「総司、俺にはおまえだけだ」
「……っ」
抗いかけていた手がとまった。呆然と、土方を見上げている。
だが、そんな総司に気づかぬまま、土方は総司の首筋や肩に口づけた。男の大きな手のひらが躰中を撫でまわし始める。
いつもの手馴れた愛撫を感じながら、総司は、彼の言葉をくり返した。
俺にはおまえだけだ
嘘だとは思えなかった。
ましてや、からかっているとか、悪ふざけだとか、考えられない。
土方は本気で総司に告げてくれたのだ。彼には、総司だけなのだと。
それは、土方との恋に絶望しかかっていた総司を、救い出してくれる言葉だった。
どういう意味合いで云われたのかは、わからない。それでも、土方にとって、総司は取るに足らぬ存在ではないという事を、教えてくれた言葉だった。
ほんの少しでも、彼の心の中に居場所があるのだと、そう教えられた気がしたのだ。自惚れかもしれなかったけれど……。
(それでも嬉しい。あなたにとって、私が道端の石ころ同然の存在でない事がわかっただけでも……)
口づけてくる土方に、総司は目を閉じた。自ら躰を開き、応えていく。
いつもと違う積極的な反応に、土方が戸惑っているのを感じたが、恥ずかしさを堪え応じた。甘い声をあげ、男を求める。
そのためか、土方は優しかった。初め、あんな強引に事を進めたのが嘘のように、優しく愛撫し、とろけそうなほどの甘い快感をあたえてくれる。
「ふっ…ぁあっ、ぁんっ、ぁ……っ」
総司は手の甲を唇に押しあて、啜り泣いた。無意識のうちに腰が揺れてしまう。
今、男は総司の下肢に顔をうずめていた。総司のものを舐め、しゃぶりまわしている。ぴちゃぴちゃ鳴る音に、羞恥心を煽られたが、それでも必死に堪えた。
土方の黒髪に指をからめ、目を閉じる。
「ぁ、ぁあ…ぁ、ぁ…ぃ、くぅ……っ」
蜜が吐き出された。それを嚥下してしまった男を、呆然と見上げた。視線があったとたん、顔を真っ赤にした総司に、土方がくすっと笑う。
頬を指さきで撫でられた。
「すげぇ可愛いな……」
「んっ、ぁ……」
「そんな顔をするな、我慢できなくなるだろうが」
掠れた声が囁いた。確かに、総司の腿にふれている男のものは熱く固い。それに、総司はそろそろと手をのばした。驚いて目を見開く土方にかまわず、指さきで包みこむ。
「……総司」
「お願い、私にもさせて」
手の中で、男のものは熱く脈うっていた。それに躰の芯がずくりと疼く。
総司は不器用な手つきで、土方のものを愛撫した。たどたどしい手つきだったが、土方には十分だった。
あの総司が己のものを自ら愛撫してくれているのだ、それだけで達してしまいそうな快感だった。
だが、それを堪え、土方は総司の手首を掴んだ。引き離すと、傷ついたような表情で総司が彼を見上げる。
桜色の唇が震えた。
「……ごめん…なさい」
「総司」
「上手じゃなくて、ごめんなさい……私……っ」
「そうじゃねぇよ。これ以上されたら、俺の方がもたない」
土方は微笑み、総司の下肢に手をのばした。柔らかく蕾を指のはらでくすぐるように撫でる。
「俺は……ここでいきたいからな」
「あ……っ」
総司が顔を真っ赤にした。男の胸もとに縋りつき、顔をふせてくる。その華奢な躰を抱きすくめ、丁寧に愛撫した。指にふのりを絡め、蕾をほぐしていく。
いつも、総司が泣きだすまで愛撫した。蕾が熱をもち、花が開くように十分ほぐれるまで、愛撫しつづけたのだ。
本当は、早く入れたかった。早く総司と一つにとけあい、この小柄な躰を知っているのは自分だけなのだと、満たされたかったのだ。
だが、それを懸命に堪えた。
強引な事をしているのはわかっている。男に抱かれるという、総司にとって屈辱的な行為を強制していることも。
だからこそ、絶対に傷つけたくなかったのだ。総司を、この世の誰よりも愛しているだけに。
幼い頃から、愛しつづけてきただけに。
(愛している……総司)
偽りの関係を解いてからこそ、告げることが出来なくなった言葉を、胸の内で囁いた。
気がつけば、総司がもう我慢できないと啜り泣き、彼に縋りついている。彼が欲しいと、途切れ途切れの声で哀願されていた。その艶めかしいさまに、頭の奥がかっと熱くなる。
「総司……っ」
たまらず、総司の両膝を抱え上げていた。怯えたような表情を見たが、もう我慢できない。
土方は、熱い猛りを濡れそぼった蕾にあてがうと、一気に奥まで貫いた。
「……ぃぁ、ああーッ」
総司が悲鳴をあげ、のけ反った。ぽろぽろ涙をこぼしながら、首をふっている。
苦痛があるのだろう。当然のことだった。土方は長身で完成された大人の男であるのに対し、総司は小柄である上に、まだ未成熟な少年のような躰つきなのだ。体格の差がありすぎた。
だが、それでも欲しいと思ってしまう。ほんの力をこめれば折れてしまいそうな躰を貪り、喰らってやりたいと、土方の中にある餓えた獣が牙をむく。
「……っ」
土方は、上へ上へ逃れようとする総司を乱暴に引き戻した。細い肩を掴んで抑えつけ、激しく腰を打ちつけ始める。
たちまち、総司が泣きだした。
「っ……ぁ、ぁあっ、は…ぁ…ッ」
「……すげぇ熱……たまらねぇ……っ」
「ひぃぁあッ、あう――」
総司は褥を必死に握りしめた。何度も何度も、腰奥に男の太い楔が打ちこまれる。その度に感じる重量感と圧迫に、息がつまりそうになった。
苦痛と快感がないまざり、総司を激しい熱の彼方へと押し上げる。
土方は総司の躰を二つ折りにし、犯すように腰を打ちつけた。震える蕾を男の猛りが深々と穿ち、また引き抜かれる。
総司はいやいやと首をふった。
「ぃ、やぁッ、おかし…くなっちゃ……っ」
「は…ぁ……っ」
「ぁあッ、ひぃぁ、ぁあッ」
総司が悲鳴をあげ、のけ反った。達してしまったのだ。白い蜜が飛び散ってしまっている。
はぁはぁと肩で息をしながら呆然としている総司を、土方は強引にうつ伏せにさせた。獣のように褥へ這わせ、後ろからのしかかる。
それに、総司は目を見開いた。泣きながら懇願する。
「い、今いったばかりだから……だめ…ぇ…っ」
「まだ俺はいってねぇよ」
「お願ッ……いやあ!」
ぐっと腰を突きださせられ、総司は泣き声をあげた。嫌がり泣く総司に奇妙なほど煽られながら、土方はその蕾に己の猛りを押しあてた。
逃れられないよう腰をしっかり鷲掴みにすると、一気に突き入れる。
「ひぃーッ」
小動物のような悲鳴をあげ、総司がのけ反った。ぐりっと感じやすい箇所を擦りあげてやると、「いやあっ」と泣き叫ぶ。
達したばかりの総司の蕾は熱く、とろけそうだった。その気持ちよさに喉を鳴らし、土方は激しく腰を打ちつけ始めた。力強い律動に、総司が泣き声をあげ始める。
「ァアッ、ぁ…ぁあっ、ひぃぁっ」
「あぁ……最高だよ、おまえの躰は」
「土方…さ、ぁあっ…やぁっ、ぁああッ」
後ろからさんざん責めたてた。激しく揺さぶり、総司の蕾の奥を抉り、腰と使ってかき回してやると、また達してしまったようだった。ぽたぽたと白い蜜が褥に滴る。
だが、土方の方もそろそろ限界だった。総司の腰を掴み、激しい律動をくり返す。
「ぁあッ、ひぃっ…ぁ、ぁあっ」
「……くっ、総司……っ」
「ぁ、ぁあッ、ぁあああーッ……!」
総司が感極まった声をあげた瞬間、その腰奥に男の熱が叩きつけられていた。土方は最後の一滴まで注ぐように、射精している間も腰を打ちつけ続ける。
何度も何度も熱いものを注がれる感触に、総司は涙でいっぱいの目を見開いた。
「……ぁ、ひ…ぁ、ぁ…つぃ……っ」
桜色の唇がわななき、微かな泣き声をあげる。
それがまたいじらしくて、艶めかしく、男をより煽るとも知らぬまま。
土方は熱い吐息をもらすと、愛しい恋人の躰を抱きすくめた。
完結まで、あと3話です。