むろん、総司は、はるとして逢う時の彼を決して嫌ってはいないだろう。
でなければ、逢ってくれるはずもない。
だが、それは土方の一面だった。無理をしている訳ではないが、新選組副長として振る舞う彼もまた、彼自身なのだ。
総司はそれを受け入れていなかった。外で逢う気まぐれで優しい男としてだけ、土方を捉えているのだ。総司の中で、新選組副長である彼とは別人として分けられているに違いなかった。
それに歯がゆさを感じ、同時に、他の男――斉藤に奪われるのではないかという不安が、土方を焦らせた。突き上げるような焦燥感のまま、総司を宿屋に連れ込み、強引に抱いてしまったのだ。
総司が受け入れてくれた時、歓喜がこみあげた。初めて抱いたその躰は細くて小さくて、少しでも乱暴にすれば壊れてしまいそうだった。
土方は心から愛した。彼のすべてで愛し、それに総司が応えてくれたのだと信じた。
だからこそ、目が覚めた時の反動は大きかった。腕の中から消えただけでも衝撃なのに、あの文を見た瞬間、目の前が絶望の闇におおわれた。
……何もわかっていなかったのだ。
総司は彼を受け入れてくれたのではない。ただ流されるまま、一夜だけと応じたのだ。
そうしなければ土方が離さないと思ったのか、もう二度と逢わないとする事で、終わりにしたいという意思だったのか。
だが、そんな事どうでもよかった。自分から逃げ出した総司が、憎くて愛しくてたまらなかった。
この手で殺してしまいたい程、総司だけが欲しかった……。
(俺は、何をやっているんだ)
土方は、気絶している総司の頬に手をのばした。涙の痕がのこる頬を、そっと撫でてやる。
こんなにも愛している、大切に思っている。
宗次郎と呼ばれていた頃から、可愛くて愛しくてたまらなかった。この手の中で幸せにしてやりたいと、そう心から願っていたはずなのに。
「莫迦な男だ……」
土方はそう掠れた声で呟くと、総司の細い躰をそっと抱きしめた。
総司は神社に足を踏み入れると、少し戸惑ったように立ちどまった。
そこは以前、土方が連れてきてくれた神社だった。白い花がたくさん咲いていた、小さな神社だ。
むろん、今はもう花も散ってしまっている。緑におおわれたそこを目にすると、時の流れを感じたが、それでも来たかった。来て、あの時のことを思い出したかったのだ。
(土方さん……)
二人ならんで坐った岩の上に腰かけ、総司は目を閉じた。
土方とは相変わらずだった。
屯所内では他人のように視線もあわさないのに、突然、呼び出されるのだ。
日によって、土方の態度は違った。機嫌がよい時は、はるとしてつきあっていた頃のように、優しく笑いかけてくれるし、あちこち連れていってもくれる。綺麗な細工ものなど買ってもらった事もあった。
だが、機嫌が悪い時は、無言で総司の躰を抱きよせてくる。褥に突き倒され、乱暴に激しく抱かれることも度々だ。
もともと、総司にとって、土方は謎めいた男だった。どんな事を考えているのか、わからない処があるのだ。それは今、より一層強くなっていた。
知ろうとすればするほど、わからなくなってくる。
どうして、総司だと知っていながら抱いているのか。時折、優しく笑いかけてくれるのか。
外で逢う土方は、副長としての彼とまるで別人だった。はるの時とも違う。
とにかく、感情の起伏が激しいのだ。
何気なく口にした事に、怒りの色をあらわしたり、機嫌が悪くなったりする。そのくせ、悲しくて辛くて泣き出すと、優しく抱きしめてくれる彼に、総司は完全にふり回されていた。
何を考えているのか、まったくわからないのだ。
「私自身の気持ちも、わからないけれど……」
あんなふうに手込めみたいに抱かれるのに、乱暴にされるとわかっているのに、土方の呼び出しを断ることができない。怖いと思いつつ、それでも惹かれてしまう。
愛しい男なのだ。
そこに心がないにしても、彼に抱いてもらえるのだ。それは幸せだと思うべきだろう。
だが、幸せではなかった。決して、総司は幸せではなかったのだ。
あの頃、この神社で抱きあっていた頃のようには……
「自分を偽っていたけれど、でも……あの頃の方が、幸せだったよね……」
一時の夢だと思っていた。
確かに、総司は、土方からの優しい愛情を感じていたのだ。
だが、今、総司に接してくる土方からは、そのあたたかな気持ちは一切感じられない。総司を抱いている時も、冷たい感情のない瞳で見据えられている事があり、まるで観察されているようで、背中がぞっと寒くなった。
確かに、時折、優しく笑いかけてくれる事もある。だが、そんな事は稀だった。
失ったものは、二度と手に入らないのだ。
「土方さん……」
小さな声で、愛しい男の名を呼んだ。
むろん、応えは返らぬとわかっていての呟きだった。だからこそ、応えが返った時は、飛び上がるほど驚いた。
「……何だ」
低い声に、総司は慌ててふり向いた。そこに佇む男の姿に、心の臓が鷲掴みにされる。
「ひ、土方さん……っ」
「だから、何だと聞いている」
苛立った口調で問いかけてから、土方は、ふと冷たい笑みをうかべた。
「おまえ……俺がここにいると思わなかったのか」
「ここにいるって……」
「おまえが通った本堂の反対側にいたんだよ。ずっとここにいて、おまえを眺めていた」
「う…そ……っ」
総司は思わず両手で唇をおさえた。
なら、全部、聞かれてしまったのだろうか。
たいした事は云ってないと思うが、それでも、自分の独白を聞かれた事はいたたまれなかった。
ただでさえ侮蔑されているこの人に、これ以上、愚かだと思われたくない。
「し、失礼します……!」
弾かれたように立ち上がり、逃げ出そうとした総司だったが、そんなこと男が許すはずもなかった。鋼のような手が腕を掴み、引き寄せてくる。
見上げると、土方は形のよい唇で薄く嗤っていた。
「俺の顔を見たとたん、逃げるとはな。そこまで嫌う事はねぇだろう」
「き、嫌ってなんか……」
「へぇ? いつも俺に躰を好き勝手されているのに、嫌いじゃねぇのかよ」
嘲るような彼の声音に、涙がこみあげた。悲しくて辛くてたまらなくなる。
唇を噛んで俯くと、土方は肩をすくめた。不意に興味を失ったように手を離すと、先ほどまで総司が座っていた岩に歩み寄り、腰をおろす。
それをぼんやり見つめていると、黒い瞳をむけられた。
「嫌いじゃねぇって云うなら、俺の傍に来いよ。簡単な事だろう?」
「……っ」
総司はぎゅっと両手を握りしめた。
本当は怖いし、行きたくない。
行けば、また傷つけられたり、弄ばれたりするのはわかりきっていた。
だが、それでも、総司は彼を愛しているのだ。
嫌ってなどいるはずもないのだ。
一瞬息をつめてから、総司はのろのろと彼のもとへ歩き出した。岩の傍に立って土方を見下ろすと、男の手がのばされ、腰を抱き寄せられる。
「坐れよ」
そう云って、土方が総司を坐らせたのは、己の膝上だった。軽々と抱きあげられ、子供のように坐らされてしまう。
総司は彼の肩に両腕を突っぱね、いやいやと首をふった。だが、土方は離さず、首筋や頬に口づけてくる。
「すげぇ…可愛いな」
「い、や……嘘ばかり云わないで下さい」
「嘘なものか。おまえは本当に可愛いよ」
「……っ」
我慢できなかった。総司は土方の肩に腕をつっぱねたまま、大きな瞳で睨みつけた。
「そんな事あるはずないのに……!」
「総司」
「私が可愛いなんて、絶対にありえない。もう、はるじゃないのです。あなただって、私なんかに興味がないから、ずっと無視してきたのでしょう? 道端の石ころみたいに扱ってきた! なのに、今更こんな……っ」
「……」
「あなたは、こんな事をして何が楽しいの? あなたを騙したから、名を偽ったから、罰をあたえているのですか。なら、もう十分でしょう? 私の躰を抱いて弄んで、満足したでしょう? お願いだから、もう手放して……っ」
一気に吐き出すように叫んだ総司を、土方は昏く翳った瞳で見つめていた。無言のまま、静かに見つめている。
それに怯えたように見返すと、低い声が問いかけた。
「……云いたい事はそれだけか」
「……っ」
「好き勝手な事ばかり云いやがって。俺の気も知らねぇで、何が十分だ、満足だ」
荒々しく吐き捨てると、土方は総司の躰を引き寄せた。背中に大きな手のひらを這わせながら、薄く嗤う。
「生憎だが、俺は全然満足してねぇんだよ」
「!」
総司の目が見開かれた。それを愉悦にみちた表情で眺めながら、くっくっと喉奥で笑った。
「抱けば抱くほど、欲しくなるのさ。躰のすべてを貪りつくしてやりたくなるんだ」
「い、いや……」
「まだまだつきあって貰うぜ? 総司」
「許し……許して、いやぁ……っ」
首筋に顔をうずめてきた男に、総司は悲鳴をあげた。いやいやと泣きながら、首をふる。
それに構わず、土方は着物の衿もとをおろし、胸もとにも口づけた。胸の尖りを唇にふくみ、舌で転がしてやる。たちまち、男の唇の中で、総司の尖りがぴんと固くなった。
言葉では拒んでも、さんざん男を教え込まれたこの躰が彼を拒めるはずもないのだ。少しふれられただけで、躰の芯がとけそうなほど熱くなり、彼だけを求めて暴走を始める。
「っ、ぁっ…ぁん、やぁ……っ」
いつのまにか、総司の手は男の背にまわされていた。縋りつき、細い腰も、早く交わりを求めるように押しつけてくる。その可愛い様に、土方は低く笑った。
「本当に可愛いな」
ゆっくりと草むらの上に抱きおろした。己の羽織を敷いてやり、その上に横たえる。
外で抱かれる事に、総司は躊躇いを覚えたようだった。だが、土方がのしかかると、すぐさま愛撫のつづきを求めるように、抱きついてくる。
その仕草が愛らしく、艶めかしい。
可愛い可愛い総司。
永遠に手に入らない……俺の宝物。
腕の中の愛しい恋人を抱きしめながら、土方はほろ苦い思いに唇を歪めた。
「――総司」
固い表情の斉藤に声をかけられたのは、土方と神社で抱きあった翌日の事だった。
稽古から自室に戻ったばかりだった総司は、ふり返り、小首をかしげた。
「どうかしました?」
「いや、話がある。今ちょっといいか?」
「えぇ」
訝しく思いながら、総司は自室に斉藤を招きいれた。斉藤は周囲を見回してから障子を閉め、総司の前に腰をおろす。
それに、細い眉を顰めた。
「随分と慎重なんですね。内密の話ですか」
「まぁ、そうだな」
頷いた斉藤は、総司を鳶色の瞳で見つめた。それから、云った。
「単刀直入に聞こう。おまえと副長は、どういう関係なんだ」
「え……」
総司は驚いた。一瞬、言葉につまってしまう。だが、すぐに小さく笑ってごまかした。
「どういうって、斉藤さんも知っているでしょう?」
「……
「副長と一番隊組長の関係ですよ。それ以上でも以下でも……」
「昨日、神社で見かけたんだ」
「――」
呆然と目を見開いた。
斉藤は何を見たというのか。まさか、あの時の情事を……
「オレは、おまえが土方さんと抱きあっている姿を見ただけだ。やばい気がしたので、すぐにその場を離れた」
「……」
「だが、それでもわかる。おまえは土方さんと関係をもっているのだろう? それも、躰の関係を」
「……斉藤さん」
声が震えた。
情事を見られなかっただけ、よかったとするべきなのか。だが、それでも、斉藤に知られたことは衝撃だった。
震えながら俯いた総司に、斉藤が問いかけた。
「おまえと土方さんは……念兄弟なのか」
「違います」
きっぱりと総司は断言した。
それだけは違うことは確かだった。
土方がどういう意図で自分を抱いているのかわからないが、それでも、二人の間に精神的な繋がりは一切ない。
総司はともかく、情愛もなく抱いてくる男との関係を、どう云えばいいのか。
「私は……土方さんと契りを交わしています。でも、念兄弟ではないのです」
「意味がわからない。いったいどういう関係なんだ。おまえは……もしかして、土方さんに弄ばれているのか」
「……」
総司は長い睫毛を伏せて、黙り込んだ。
弄ばれている。
ある一面から見れば、そうなのだろう。気まぐれに呼び出され、抱かれる関係。
斉藤の言葉はあたっていると云えた。
だが、それに総司は頷く事ができなかった。なぜなら、総司自身も望んだことだから。弄ばれることを、抱かれることを、今も望んでいる。
いやだと泣きながら、彼を拒みながら、それでも心の奥底ではもっと抱いて、もっと傍にいてと、願っているのだ。
あんなに彼を拒みながら、実際、土方自身が総司を突き放したなら、絶望のあまり自害するかもしれなかった。
そんな矛盾が総司の中にはある。
「それも……違います」
首をふった総司に、斉藤は思わず声を荒げた。
「なら、どうして、あんな事をされているんだ。明らかに、おまえは嫌がっていただろう。なのに」
「斉藤さん」
悲鳴のような声だった。それに、思わず声を呑んでしまう。
総司は、縋るような表情で懇願した。
「お願いだから……もう何も聞かないで下さい」
「総司」
「私も……私だって、わからないのです。土方さんが何を思っているのか、何を信じていいのか、この先どうすればいいのか……何もかも……っ」
声が途切れた。きつく唇を噛みしめ、俯く。
そんな総司を見つめ、斉藤は両手を強く握りしめた。激しい怒りがこみあげてくるのを感じながら。
斉藤さん、動きます。次、お褥シーンがありますので、苦手な方は避けてやって下さいね。